稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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71話:異動

宇宙暦787年 帝国暦478年 12月中旬

首都星オーディン 黒真珠の間

ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

 

「帝国軍前線総司令部基地司令官ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ殿~!」

 

勲章を得た時同様、近衛の前口上を聞きながら、赤絨毯をテクテクと進む。アムリッツァ星域に実質新設に近い形になった第11駐留基地あらため前線総司令部だが、その建設と、イゼルローン回廊、叛乱軍側の諸星系を含めた偵察・通信網の構築を併せて、功績とされ、元帥へ昇進となった。これから元帥杖の授与が行われる。次兄のコルネリアスも一緒に元帥へ昇進する事となった。俺の出番の前に、既に元帥杖を授与されている。

 

次兄は、艦隊司令として戦功を上げているので当然としても、俺の元帥への昇進は、『地球教団への対処』も込みの判断だ。本来なら俺よりメルカッツ上級大将を元帥にすべきだと上申したが、自己主張が強くないメルカッツ先輩が割を食った形になってしまった。現在の艦隊運用の実戦部隊の将官では、戦術面で屈指の実力の持ち主であることは分かっているので、宿将に相応しい階級を、折を見て用意できるようにするつもりだ。

 

横目で赤絨毯の両サイドに居並ぶ文官・武官たちを眺める。武官サイドの前列寄りに、嬉し気にこちらを見るメルカッツ先輩の姿が見える。他者の成功を心から喜べる当たり、本当に人格者だし、そういう人材が重鎮として上にいてくれれば安心出来るのだが......。ただ、下級貴族出身の先輩を元帥にすると、軍部からたたき出したボンボンどもが騒ぎ出しそうだという状況から、踏み切れないでいた。

 

その横には元帥としては最新任の次兄が、親しい人だけがわかる『人の悪い笑み』を浮かべている。俺が元帥への昇進を喜ばしく思っていない事をおそらく見透かしているのだろう。元帥になったからには簡単には退役できない。せいぜい頑張れという所だろうか?とはいえ悲しい事に、RC社は前フェザーン自治領主のワレンコフ氏が入社してくれれば、俺がいなくても十分な状況だ。実際問題、リューデリッツ伯として果たせる役割は、今は軍部にしかないというのも実情だろう。不本意なことだが。そうこうしているうちに、笑顔の兄貴が座る玉座から10歩位の所で、片膝をついて控える。

 

「リューデリッツ伯、ザイトリッツ。貴公の前線総司令部の建設、並びに偵察・通信体制を確立した功により、汝を帝国軍、元帥に任じるものとする。帝国歴478年12月銀河帝国皇帝、フリードリヒ4世」

 

「は!元帥の称号に相応しい貢献を以って、この御恩に応える所存です」

 

兄貴から元帥杖を受け取ると、最敬礼をしてから数歩下がり、元帥たちが立ち並ぶ場の一番下座に移動する。元帥ともなれば元帥府を開く権利が与えられるが、宇宙艦隊司令部に所属する4名の元帥で話しあって、元帥府は開かない判断をした。折角、軍部貴族が団結している所に、派閥形成の要因になるようなことはしたくなかったという部分と、ルントシュテット伯爵家のディートハルトを始め、未来の帝国軍の重鎮候補たちへの育成プランに、新しい取り組みを組み入れる為だ。

具体的には任官後、1~2年は後方支援部門や憲兵隊などで、ある程度決済権を持たせて仕事をさせ、その後に各艦隊司令部を経験させてから、相性や適性に基づいて、参謀や戦闘艦の指揮に充てる。その後に分艦隊司令などを経て、艦隊司令官にするようなプランだ。もともと功を競い合って、協力する姿勢が薄かった帝国軍だが、第二次ティアマト会戦をきっかけにそういう風潮は薄れた。ただ、戦況が優勢なこともあり、次代でそれが元に戻るようなことが無いようにという配慮だ。先代のシュタイエルマルク伯爵の遺言の様な提案書が元になっている。軍内部に反対する者はいなかった。

 

国歌である『ワルキューレよ永遠なれ』が鳴り響き、兄貴が退場する。この後は祝賀パーティーが予定されているが、まだ間がある。控室でお茶でも飲むことにしよう。黒真珠の間を退出すると、通路の壁際には若手士官たちが控えていた。俺を見つけて、新任の副官が歩み寄ってくる。

 

「閣下、お疲れ様でした。祝賀会まで少し間がありますが如何なさいますか?」

 

「待たせたね、ロイエンタール卿。控室でお茶でも飲んで、少しゆっくりしよう。どうも堅苦しいのは肩がこるからね」

 

言葉を交わしながら、控室へ歩みを進める。ロイエンタール卿は副官と言っても見習いに近い。同じく副官役のビッテンフェルト少尉と交代で俺に付き添っている。ビッテンフェルト少尉はロイエンタール卿の同期で、戦術シミュレーションでは攻勢がハマれば無敗と言う、極端な人材だ。長所を殺すようなことはしないが、他の事もある程度は出来ないと、万が一の事もある。ロイエンタール卿がバランス型の人材なので、日々、色合いが変わるので楽しませてもらっている。

とはいえ、実務担当はシェーンコップ少佐とメックリンガー少佐だ。地球教対策への貢献を理由に昇進させ、決裁権を持たせて業務を割り振っている。新任の2人が副官業務に馴れてきたら、転出させて艦隊参謀としての経験を積んでもらうつもりだ。オーベルシュタイン大佐の情報部の分室も経験させたいし、ケスラー大佐が担当する憲兵隊の分室に行かせても良い経験になるだろう。後任はルントシュテット伯爵家の嫡男ディートハルトとその仲間たちだ。テオドールも3個艦隊規模の駐留基地の立ち上げが完了すれば中将だし、彼の下でも良い経験が出来るだろう。兄貴から預かったミューゼル卿と赤毛の側近候補もいずれはこのレールに乗せるつもりだ。なんとかこの取り組みが成功してくれればよいが......。

 

 

宇宙暦788年 帝国暦479年 1月中旬

首都星ハイネセン 宇宙港

ヤン・ウェンリー

 

「ヤン?まさかあなたまで異動なんて、すっかり寂しくなってしまうわ」

 

「まあ、これも雇われ人の宿命だからね。統合作戦本部記録統計室は私にとっては楽園だったから残念だけど、好き勝手に資料を読み漁っていたからなあ。前線で苦労して来いってことなのだろうね」

 

見送りに来てくれたジェシカが、寂しそうな表情でため息をついた。こういう時に気の利いた言葉を言えれば良いのだが、そういうのは苦手だ。困った時の癖で頭を掻きながら、趣にかけた言葉を口にしてしまう。

 

「統合作戦本部記録統計室が楽園だなんていう同盟軍士官は、あなたぐらいでしょうけど......。身体には気を付けてね。帝国軍は攻勢を強めていると聞くし、エルファシル星系が戦場になったことは無いってジャンから聞いたけど、前線に近い事は変わりがないもの」

 

おそらくジェシカの婚約者になるであろう同期のジャン・ロベール・ラップは彼の将才に相応しく正規艦隊の司令部参謀に転任した。彼ならいずれは将官になれるだろうし、ジェシカの事を幸せにしてくれるだろう。その当人は、所属する艦隊が哨戒任務の為、前線付近を遊弋中のはずだ。話をする機会があればよいが......。

 

「ジェシカ、わざわざ見送りに来てくれてありがとう。そろそろ時間だ。また話せるのを楽しみにしているよ」

 

お礼を述べてからトランクを持ち、搭乗口へ向かう。搭乗口に入る前に一度振り返って、ジェシカに軽く敬礼してからシャトルの指定座席に向かった。エルファシルの駐屯基地への到着は4月だ。なんだかんだと乗り継ぎがあるため、思った以上に時間がかかるのと、定期便も豊富なわけではないのでこの時期に出発することになった。

シャトルの出発を待ちながら、戦史研究科廃止への反対運動がきっかけで縁を得たキャゼルヌ先輩と士官学校の後輩アッテンボローがひらいてくれた送別会の事を思い出していた。

 

「それでは、ヤンが変な所でつまずかないことを願って!」

 

妙な乾杯の音頭から始まった送別会だが、この2人とはなんとなく馬が合うので居心地が良いのも確かだ。第一志望の経済学部の受験日を間違え、士官学校へ入学。組織工学に関する論文を書き、それが大企業の経営陣に認められてスカウトされたキャゼルヌ先輩。本来ジャーナリストを志望していたが、そちらの大学受験には失敗し、士官学校に入学したアッテンボロー。そして歴史学者志望で、無料で歴史が学べるからと士官学校を選んだ私。

もともと軍人志望ではなかったという共通点と、軍人といえば、どちらかと言うと精神論を重視しがちな中で、そういう事は上官の部下への怠慢だと考えている事も、居心地の良さにつながっているのかもしれない。

 

「しかし、ヤン先輩。統合作戦本部記録統計室から、エルファシル駐屯基地へ転出と言うのも急な話ですね?何か失敗でもやらかしたんですか?」

 

「アッテンボロー、逆だな。何もしなさ過ぎたから転出させられたんだ。毎日毎日、優雅に紅茶を飲みながら資料と自費で購入した書籍をのほほんと読んでいれば、記録統計室が地下10階にあるとはいえ目につく。さぼるならさぼる形に体裁を整えればよいものを、肝心なところが抜けているからな。『前線で苦労して気合を入れなおせ』って所だろうな」

 

「先輩にとっては楽園を追い出される感じですね。私もサボるときは体裁を整えるようにしたいと思います」

 

「お前さんは逃げ道を作るのは得意だからな。こういう失敗はしないタイプだろう」

 

「二人とも好き勝手言ってくれますね。確かに楽園を追い出された気持ちですが、前線の空気も肌で感じておくのも、歴史研究に活かせると思いますし、いつかは経験しなければならない事でしたから」

 

「ヤン。お前さんはあまり要領が良い方じゃない。エルファシル星系のリンチ司令は前線でも後方でもそれなりの実績を上げている。変に目を付けられるような事が無いようにな」

 

そんな話をしながら、送別会が進んでいく。横目で見るとアッテンボローはいつもより早いペースで料理を平らげていた。今日のお店は、先輩が奮発してくれたからかなり美味だ。食い溜めしておこうという魂胆なのだろうが、財布は先輩持ちだ。好き勝手言われた腹いせではないが、気づかないふりをしておこう。

 

「エルファシル星系と言えば、以前ヤン先輩が駐留基地を作ってみたらとおっしゃられていましたよね?キャゼルヌ先輩、後方支援部門としては、その辺はいかがです?」

 

「残念だが予算が無い。無い袖は振れんな......。予算があればヤンの言う通り、エルファシル星系に大規模な駐留基地を作るべきだが、現状では駐留させる艦隊が足らない。しばらくは無理だろうな」

 

「そうですか、何かと我が軍は後手後手に回ってますね。戦力を消耗している側が、効率でも負けていれば、消耗戦から抜け出せるはずもないですよ。ヤン先輩、くれぐれも気を付けて下さいよ」

 

そんな会話を聞きながら、最新情報でいよいよ彼が元帥に昇進した事に思いをはせていた。彼が元帥になった以上、前線で帝国軍が万全の状態で戦えるように、さらに手配りするだろう。本来なら事業家になりたかったという話をボリスから聞いた時は、そんな運命のいたずらもあるのかと思ったが、進みたかった道へ進めずに軍人になるというのは、過去の歴史から見ても星の数ほどある話だ。そして、歴史に残る偉業を成し遂げる事も......。

 

「そういえば、以前ヤン先輩の話に出てきたリューデリッツ伯爵ですが、元帥に昇進したのがきっかけで、ジャーナリストの親父が調べてみたそうです。詳しくは記事にしてからと言われましたが、『こっち側に生まれていたら素直にファンになれたのに』とぼやいてましたよ。私は詳しくないんですが、そんなにすごい人物なんですか?あの親父にとっては最大の誉め言葉でしたから」

 

「事業家としても投資家としても、この宇宙で当代屈指だろうな。その手腕には敵国人でありながら賞賛せざるを得んところがある。元経営者志望の立場からすると、現在の帝国も同盟も銀河連邦の時代と比較すれば衰退し切った状況だ。彼がしたことは事前に需要を確定させてから、展開しているRC社の事業エリアにその供給力を投資する事で用意させた。

一種の計画経済だが、経済は生き物だ。衰弱し切っていては自力ではうまく動けないからこそ、うまく動けるようになるまではどう動けばよいかの脚本を用意したわけだな。教育と医療もほぼ無料で受けられるらしいし、同盟軍の下級兵士よりも待遇はマシかもしれん。笑えない冗談だが......」

 

「歴史的に見ても。10億人ちかい人間にそんな環境を用意できた人物はいない。それだけでも偉業なのに、戦争にも長けているとなるとね。本来、内政に強い人物は軍事には疎かったりするものなんですが......」

 

「まあ、彼が政府系の貴族に生まれなかったことを、むしろ喜ぶべきかもしれん。帝国全土で彼が動いていれば国力差は突き放されていたかもしれんからな」

 

「フェザーンに生まれてくれていれば、事業家として大成して、同盟も恩恵が受けられたでしょうし、なかなかうまくいかないものですね」

 

先輩は意図的に言葉にしなかったが、自由惑星同盟にとって危険な人物である以上に、民主制にとって危険な存在だろう。民衆があれこれ考えなくても、努力すれば一定以上の収入が得られ、教育も医療も無料。そんなことが宇宙規模で実現できるなら、議論するばかりで、現状が何も変わらない今の同盟政府など市民たちから見れば、愚か者の集まりとしか映らないだろう。

父のビジネスパートナーであったとは言え、敵国人の子供にも配慮を欠かさない人物を、『民主制にとって危険』という理由で憎むことが、私にできるのだろうか?


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