稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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73話:奇跡

宇宙暦788年 帝国暦479年 12月中旬

首都星ハイネセン 統合作戦本部応接室

ヤン・ウェンリー

 

「ヤン少佐、この後はハイネセンネットワークのインタビューまで少しこちらでお休みください。お時間になりましたらお呼びしますので」

 

広報課の年配の中尉が、伝達事項を伝えると部屋から出て行った。参ったなあ、ひとつ狂えばすべてが狂う。まさか自分が『広報の為の英雄』に祭り上げられる事になるとは。本来、事業家になりたかった彼も、戦功を上げる度にこんな気持ちになっていたのだろうか?要望を出したが、同盟軍の備品に紅茶は用意されていないらしい。仕方なく自費で用意したシロン産の紅茶を入れて、香りを楽しむ。朝からスケジュールがびっしりで、やっと一息付けた感じだ。

エルファシル星系から共に脱出した避難民のみんなとは、ジャムシード星系で別れる事になったが、元気にしているだろうか?なんとか避難計画を進めていた時に差し入れをしてくれた少女の事を思い出した。名前も聞けずじまいだったが、彼女もジャムシード星系に作られる避難民キャンプに向かったのだろうか?そんな事を考えていたら内線の呼び出し音が鳴る。まだ時間には早いはずだ。誰からかと思い、通話ボタンを押すと、電話の主はキャゼルヌ先輩だった。

 

「ヤン、元気そうで何よりだ。同盟軍の英雄名簿に自分の名前が加わった感想はどうだ?」

 

「とても前向きに喜べる状況ではありませんね。軍が一瞬とは言え民間人を見捨てたと思われかねない状況でした。それを誤魔化すための芝居の主人公役ですからね。あまり気乗りする話でもありません。それで、哀れにも不本意な役割を押し付けられた後輩に、何か良い話でも持ってきて下さったのですか?」

 

「うむ。直近では些細な話だが、紅茶の費用は軍で手当てできることになった。きちんと領収書を取っておくようにな。それとエルファシル星系には戦災復興支援法の適用が決まりそうだ。避難民たちにとって慰めになるかは分からんが、ないよりはマシだろう?」

 

駐屯艦隊が降伏した後、住民が既に脱出した事を確認した帝国軍は、惑星エルファシルのインフラを徹底的に破壊して撤収したと聞く。『命あっての物種』ともいうが、人は霞を食べて生きられるわけではない。市民300万人の脱出作戦は成功したとはいえ、彼らが以前の生活を取り戻すにはかなりの時間が必要になるだろう。

 

「これも彼の声明の影響なのでしょうか?確かに帝国からあのような声明が漏れ聞こえて来れば、さすがに政府も無い袖を振らざるを得ないという所なのでしょうが」

 

「右派からは軍事費を削らせるのが狙いだという反対意見があったのも事実だが、実際問題エルファシルを一時的にせよ占拠されたのは政府の失点だからな。復興一時金と当面の生活費の支援だけでもかなりの額だ。復興が終わるまでと考えれば、一個艦隊分位の予算が消えるだろうが、今回は彼の策に乗るべきだと個人的には思っているよ。ただでさえ市民たちは長引く戦争と重税にあえいでいる。ここでいざという時に切り捨てられると思われれば、それこそ同盟が崩壊しかねないからな。

まあ暗い話は今は止めておこう。シトレ提督からも『良い教え子を持てた』とのお言葉を預かっている。ヤン、お前さんは誇って良い事をしたんだ。もうしばらくは不本意だろうが道化を演じてくれ。その後は、お前さん好みの任務が割り当てられるように手配しておくから」

 

そう言い残すと、先輩は通話を終えた。『誇ってよい事』かあ。自分自身ではそうは思っていない事をうすうす先輩も感じているのだろうか?軍の広報課が取り仕切るインタビューでは、実際の脱出作戦の詳細は機密とされ、好きなものや座右の銘など当たり障りのない事しか聞かれない。皮肉な見方をすれば、守るべき市民を見捨てた防衛司令官とその防衛司令官をおとりにして脱出作戦を敢行した部下の話だ。そんな話の詳細など広められても、『軍が守るべき市民を見捨てた』という事実が広まるだけだ。300万人を脱出させたことを『奇跡』と持ち上げて、市民の目を逸らす道化にする事が目的なのだから当然なのだが......。繰り返される中身の無いインタビューには正直うんざりしていた。

 

「それにしてもやり手というか、打つ手にそつが無いというか、さすがというか......」

 

事の始まりは、4月に赴任したエルファシル星系に、駐屯していた守備艦隊と同数の分艦隊が、おそらく強行偵察だったのだろうが、迫ってきた事から始まった。初戦はなんとか引き分けに持ち込むことが出来たが、帝国の後退は擬態で、油断した守備艦隊は後背を突かれ敗退。帝国軍は周辺に遊弋していた艦隊を呼び寄せて、一気に惑星エルファシルを占領する動きを見せた。

戦力は圧倒的に少なく、前線でも後方でも実績を残してきたリンチ司令でも取りうる選択肢は2つしかなかった。『全滅覚悟で増援が来るまで戦う』か『包囲を破って増援を呼びに行く』かのどちらかだ。だが、どちらを選んでも惑星エルファシルの市民300万人は危険にさらされる。当然の権利として市民たちは脱出作戦の実施を求め、異動してきたばかりで暇そうな私が、その担当になった。

計画立案と、実施準備までは手配したが、民間の輸送船がのこのこと帝国軍の包囲の前に出て行っても、脱出できる訳が無い。防衛司令部の雰囲気が、『全滅覚悟で戦う』物ではなかったので、リンチ司令は包囲網の突破を考えていると判断し、帝国軍の目が突破を図る守備艦隊に向いた時を見計らって、反対方向に脱出した訳だ。軍用船ではなく民間船だったことも危機的な状況に思わぬ幸運をもたらしてくれた。

レーダー透過装置が無かったことから、あまりにもはっきりとレーダーに映った為、『戦闘領域では透過装置を使うもの』という先入観から、隕石群だと誤認されたのだ。何とか隣のエルゴン星系の防衛部隊と合流し、300万人の避難民を受け入れる余地のあるジャムシード星系に向かった。ジャムシード星系で避難民と別れ、報告の為にハイネセンへ戻った私は、『エルファシルの奇跡』の英雄として道化役をする日々に放り込まれることになる。そんな日々が数日経ったころ、帝国軍の公式発表がフェザーンからもたらされ、右派と左派が白熱した議論をすることになる爆弾が投下される事になる。つけたままにしていたニュースチャンネルがその話題を始めたようだ。

 

「では次のニュースです。先日リリースされた帝国軍の公式発表に対して、サンフォード最高評議会議長が声明を出しました。議長声明によると、同盟政府はエルファシルの市民の安全を軽視した事は無く、今回の一件は予測不可能な事態が重なってしまった結果とのことです。エルファシルの避難民に対しては戦災復興支援法が適用される模様です。早速、今日のゲストに見解を伺いましょう。まずは右派からウインザー代議員、お願いします」

 

「私は今回の戦災復興支援法の適用には反対しておりました。エルファシルのインフラが壊滅的な打撃を受けたとはいえ、同盟市民は犠牲を払いながらこの戦争を戦って参りました。とはいえ戦況は劣勢です。今は一隻でも多くの戦闘艦を宇宙艦隊に用意するときです。戦争に負けるような事があれば、同盟市民全員が農奴にされかねません。この予算があれば、一個艦隊相当の戦力を用意できたはずです。復興は市民の努力によって成し遂げられるべきだったと思いますわ」

 

「ウインザー議員、ありがとうございます。では左派からレベロ議員、お願いします」

 

「戦力化を進める予算が不足していることは、私も重々承知している。ただ、人間は霞を食べて生きられるものではない。ヤン少佐の鬼謀で軍は市民の命を守ることは出来たが、生活を守ることは出来なかった。そういう意味では、今回の戦災復興支援法の適用は妥当だと考えている。多数派が少数派を切り捨てるような事はあってはならない。政府も全面的にサポートするので、エルファシルの避難民の皆さまは一刻も早く復興を成し遂げて頂きたい」

 

「レベロ議員、ありがとうございました。ではここで、議論のきっかけとなった帝国軍の公式発表を確認したいと思います。こちらをご覧ください」

 

ここで画面が切り替わり、42歳には見えない若々しさと、繰り返し鍛錬することで得られる均整の取れた体格をした人物が登場した。これは帝国国内向けのモノだから帝国語が使われているが、フェザーン経由で同盟に流すことを想定していたのだろう。同盟語の字幕がついている。

 

「帝国の臣民諸君、兵士諸君、普段はあまり表には出ないが、私はザイトリッツ・フォン・リューデリッツだ。今回、最前線でエルファシル星系を一時的にとは言え占拠する事が出来た。隙あらば更なる戦果を上げようと言う軍の戦意の高さを頼もしく思っている。引き続き、この勢いを維持してくれれば、戦況の優勢が揺らぐことが無いと確信している。よろしくお願いしたい」

 

何度も観た映像だ。一旦ここで言葉を区切り、自信ありげな表情から一気に悲し気な表情をしてから言葉を続ける。

 

「一部からはエルファシル占拠にあたって、住民の脱出を許した事へ非難する声があると聞く。『エルファシルの英雄』ヤン・ウェンリー氏にしてやられたのは事実だろう。だが冷静に考えて見て欲しい。私がお付き合いのある領主たちは、領民を置いて逃げるような方はひとりもいないし、領民の生活と安全を守るために最大限励まれている。同様の価値観をあちらの為政者たちが持っているとすれば、最前線に近い300万人が暮らす惑星だ。大規模な駐留基地の存在を見込んでいたし、強行偵察のつもりが予想外に防衛戦力が少なく、あれよあれよという間に占拠に至っていた。と言うのが実情だ。つまり、帝国が臣民の生活を守っている感覚で想定したら、あまりにもずさんな防衛体制だったという事だ」

 

ここで、また言葉を区切り今度は怒りの表情になって話が続く。

 

「一部の共和主義者の中で唱えられていることが事実ではないことがはっきりした。宇宙のあちら側では帝国ほど、民衆の生活や安全は守られていないのだ。正直に言おう。今回の失態は私の不徳とするところだ。だが、私も領主として統治する側の人間だ。ここまで領民の安全と生活が軽視されているとは思えなかった。軍は占拠の合間に惑星エルファシルのインフラを徹底的に破壊した上で撤収した。想像してみて欲しい。育ってきた故郷が一切合切破壊される事を。それをもって溜飲を下げてくれればありがたい。

もっとも、今回の事は戦訓とするが、軍首脳部は決して戦力を過小評価しない事で一致している。戦況は優勢に進んでいるが一人でも戦死者を減らす方向はこれからも変わらないので安心してほしい。帝国軍はこれからも臣民の生活と安全を守るために戦っていく。生活が脅かされるような事態は断じて許さないので安心してほしい」

 

ここで公式発表は終わる。これを見た市民たちは、むしろ彼を代議員に選びたいと思うのではないだろうか。特に被害を受けたエルファシルの避難民達の中には、故郷を破壊した帝国軍ではなく、300万人を守るにはあまりにも少ない防衛戦力しか割り当てなかった同盟政府に批判を向ける者も多いとか。帝国臣民に同盟政府はあてにならないと思わせ、同盟市民にも政府への不満を煽る内容だ。

統治者として、同様の立場にいるはずの者たちの配慮の無さへの怒りもあるのだろうが、これで彼には政治家としての才能もあることが明確になった。こちら側に生まれてくれていれば、年長の友人としても、上官としても、票を入れる候補としても申し分ないのに、世の中は本当にうまくいかないものだ。

 

「ヤン少佐、お時間です。インタビューの場へご案内しますのでこちらへどうぞ」

 

考え事をしているうちに時間が来たようだ。急かされる前に少し冷めた紅茶を飲み干して先導についていく。こんな役回りも正直嫌だ。本当に世の中はうまくゆかないものだ。


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