稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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75話:訃報と朗報

宇宙暦789年 帝国暦480年 10月中旬

首都星ハイネセン ローザス邸

ヤン・ウェンリー

 

「この度は、お悔やみ申しあげます。ミリアム嬢、私はお偉いさんが苦手なのですが、ローザス提督はもっと早く知己を得ておきたかった方でした。私が言うのも変ですが、残念に思います」

 

「ありがとうヤン少佐。祖父は貴方の事を気に入っていたから、その言葉を聞けば祖父も喜ぶわ」

 

『K文書』がきっかけで妙な縁を結ぶことになったローザス提督が亡くなったという訃報に接して数日、私はローザス提督の告別式に参加していた。前回お目にかかった時は、あくまで非公式の回答ではあったが、アッシュビー提督が巨大な戦果を挙げた一因として亡命者のスパイ網の貢献があった事を返礼に記載する事が了承され、『彼に思い残す事が無いような返礼が用意できる』と嬉し気にされていた。それから数ヵ月で、提督の訃報に接する事になるとは思ってもみなかった。

 

「祖父はもう何年も前から、現実より思い出に浸るほうが、喜びを感じると洩らしていたわ。遺書も遺していたの。『今は一日も早く、730年マフィアの連中にあの件を伝えて、ブルースにあれやこれや言う事が望みだ』ってね。『K文書』だったかしら?その送り主の息子さんから丁寧な礼状が届いた翌日に古くなった睡眠薬を大量に服用したみたい」

 

そこでミリアム嬢は言葉を区切った。

 

「話の発端のケーフェンヒラー男爵は、祖父の返信が届いた日に、『これで思い残すことなく旅立てる』と感想を述べて、その夜に、寝ている間に心筋梗塞で亡くなったらしいわ。ブルース・アッシュビーは死後まで関わった人間を不幸にした疫病神よ」

 

彼女の立場からするとそう見えるのだろうか?だが、真実はただ一つではないのかもしれない。遺された孫娘の立場での真実、知己を得たばかりの佐官の真実、そして半世紀近く経ってから一縷の望みにかけた者の真実。それぞれの真実が違っていてもおかしなことではないのかもしれない。

私見を述べるなら、ローザス提督は、宇宙の向こう側の旧友が思い残すことなく逝けた事に若干のうらやましさを感じたのではないだろうか?アッシュビー提督を中心とした730年マフィアが活躍した時代は、最終的に自由惑星同盟を、亡国の危機から何度も救った。

だが、半世紀近い時が流れ、自分も人生の終焉を考える年代になった時、先に逝った仲間たちに必ずしも胸を張って話せない現状があったとしたら......。もうこれ以上、見たくもないものを見せつけられるのは遠慮したいと考えたのではないだろうか?とは言え、ミリアム嬢にこの場でそんな事を言うのは、無粋が過ぎるだろう。

 

「そういう部分が無かったとは言いませんが、ローザス提督はご自身の人生の主役でした。それは730年マフィアのお歴々もそうでしょう。私自身、志は歴史家にあったのですが、軍人にならなければ、ローザス提督と知己になることもなかったでしょう。不本意な部分が無いとは言いませんが、主人公として精一杯歩んだ人生を、『不幸』と決めつけられてしまうのは、いささか悲しい気もします」

 

私なりに気の利いたことを言おうとしたが、どうも及第点はもらえなかったようだ。ただ、『そういう考え方もあるかもね』というと、ミリアム嬢は喪主の席へ戻っていった。弔問客の列に視線を向けると、俳優の様な男性が目についた。見覚えがあるが、あれは誰だっただろうか?記憶を辿っていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると

 

「ヤン、お前さんも参列に来ていたのか。歴史家志望だったお前さんに丁度よい任務だと思ったが、こんな終わり方になってしまってすまないな」

 

「キャゼルヌ先輩、いらしていたんですね。『ローザス提督の回顧録』は愛読書のひとつでしたし、この任務がなければ知己を得る事も無かったでしょう。もう少し色々とお話を伺いたかったですが、提督にとっては、先に旅立った730年マフィアの面々と、再会したい気持ちが強かったのかもしれません」

 

「そうか、ローザス提督に配慮してケーフェンヒラー男爵への返書をある程度踏み込んだものにしても良いという判断が、裏目に出たかもしれんな。それで?何を考えこんでいたんだ?」

 

ちょうど喪主のミリアム嬢と話している俳優の様な男性が誰か考えていたと先輩に伝えると

 

「あれは中道派のトリューニヒト議員だな。売り出し中という意味ではお前さんと同じだが、その時々で支持されそうな政策を打ち出すので、他の派閥からは『カメレオン』だの『百面相』だのと言われているらしい。演説はうまいし、良く言えば機を見るに敏といった所だろうが、些か節操がないといった所だろうな」

 

「私の場合は、売り込んだつもりはないのですが......」

 

「先輩方、こちらにおられたんですね」

 

先輩と話をしていると士官学校の制服を着たアッテンボローが声をかけてきた。ローザス提督の葬儀は軍部葬だから士官学校生も動員されたようだ。講義をサボる大義名分が出来た事が嬉しいのか、ニコニコしている。

 

「アッテンボロー、お前さんも来ていたのか?最近の士官学校はどんな様子なんだ?」

 

「変わりありませんよ。良い奴と悪い奴が半々ってとこですね。それより俺にとって良くない知らせを耳にしましてね。あのドーソン教官がとうとう異動になるんですよ」

 

「候補生たちには朗報だろうに、なんで良くない知らせなんだ?」

 

「何を言っているんです。私も来年には任官です。任官先にドーソン教官がいたら私の軍歴は灰色のスタートですよ。頭の痛い話です......」

 

そんなキャゼルヌ先輩とアッテンボローのやり取りを観ていると、葬儀の場なのに思わず笑ってしまいそうになる。ドーソン教官とアッテンボローは何かとやりあった仲だし、教官は『根に持つタイプ』だ。アッテンボローにとってはさぞかし頭の痛い話だろう。

 

「積もる話もありそうだ。どうせお前さん方はこの後の予定もないだろう。さすかに『マーチ・ラビット』は無理だが、飲みながら続きを話すとしよう」

 

3人でローザス邸を後にし、近場のレストランへ足を運ぶ。キャゼルヌ先輩に餌付けされているような気もするが、断る理由もないし、私自身、積もる話を二人に聞いてもらいたかった。ローザス提督の事も含めて報告書を作成したら、この『歴史家の真似事』みたいな任務も終わってしまうだろう。次の任務の事を考えながら、二人の背中についていくことにした。

 

 

宇宙暦789年 帝国暦480年 12月上旬

キフォイザー星域 惑星スルーズヘイム

元フェザーン自治領主 ワレンコフ

 

「閣下にこの話を受けて頂けて安心しました。先代のケーフェンヒラー男爵の訃報は急な話でしたし、全体を見れる人材が育っていない中での話でしたから。重ねてになりますがありがとうございます」

 

「リューデリッツ伯、もう私は貴方の部下ですし自治領主でもありません。呼び捨てにして頂いても構いませんが......」

 

「では『ワレンコフさん』と一先ずお呼びする事にしましょう。同世代で当てにしている方を呼び捨てにするのはいささか気が進みませんから」

 

そう言いながら、伯は手元のティーカップを手に取り、お茶を楽しむ。私も同じようにお茶を飲んだ。新しい主になるリューデリッツ伯とは、なにかと酒ではなくお茶を一緒に飲む関係だった。知り合って20年以上、かなりの回数お茶の席を共にしたが、回数を数えてみたい気もした。

彼が経営するRC社において、実質的な右腕だったケーフェンヒラー男爵の訃報から数日後に、右腕としてRC社への入社を求められた。命の恩人でもあるし、彼のビジネスの力量は私も十分理解している。断る理由も無かったし少しでも恩返しが出来ればという気持ちもあった。

 

「シルヴァーベルヒ氏は、見込まれた通り優秀です。5年もすれば十分『右腕』候補になるでしょう。オーベルシュタイン卿からも何かと助けて頂いています。近々で深刻な問題はありません」

 

「ワレンコフさんにそういって頂けると安心ですね。後は、フェザーン自治領主代行にしたルビンスキーさんの件ですね。ボルテックさんは誠実な部分がありますから安心して任せる事も出来るのですが、ルビンスキーさんはいささか野心が出過ぎていて、RC社の社風には合わない様にも思いますし」

 

私の後任としてフェザーン自治領主代行になったルビンスキーは、確かに実務能力は高いものの、周囲を蹴り落してでもより上の地位を欲しがる所がある。RC社は働きに応じて地位も報酬も与えられるが、本質的には領地開発のサポートをする事で利益を上げる事が存在意義だ。短期的に儲ければ良いわけでもないし、領主の皆さまとの信頼関係も必要だ。誰にとって残念なのかは分からないがルビンスキーに合う職場とは言えないだろう。

 

「となるとRC社の外で使うことになります。フェザーン自治領の不可侵性は既に失われた以上、彼も今の地位が安泰ではない事も認識しているはずです。何か褒美を用意しなければ、自分の実績を伯に認めさせるために強引な手段も取りかねませんが......」

 

「そうですね、適性と性格に合いそうな役割は一つ候補がありますが、そのためにはまず帝国内で門閥貴族を一掃とまではいかないまでも弱めなければいけません。民主制とやらに親しんだ方々が急に帝政に馴染める訳がありませんからね。統治の原則は、バラバラにして争わせることです。その旗振り役をとは思っています。出来もしないことをぶち上げる政治家や、実情も理解せずに威勢の良い方になびく民衆を憎しみ合わせる火種の番人といった所でしょうか?」

 

既に戦争後の事まで考えていたとはさすがだ。それにルビンスキーには確かに自分の策で右往左往する様子を眺めて自尊心を満たすようなところがある。適職ではあるだろうが......。

 

「肩書は何とでも出来ますが、政府内ではなく外局扱いで用意したいですね。あくまで影響力は限定的なものにする。配慮できるのはそこまでですが、彼は私にそこまで配慮させるだけの功績をあげてくれるでしょうか?」

 

「『信用』はともかく、仮に地球教の事がなくとも私の後任としてフェザーン自治領主になるはずだった男です。必死になれば多少の事は何とかすると存じますが......」

 

「分かりました。ひとつ彼に頼むことにする事にしましょう。私と親しくしてはやりにくい頼みごとになりますから、ワレンコフさんを通じてやり取りする事にします。さすがにボルテックさんを通しては、彼の自尊心を傷つけてしまうでしょうし」

 

伯がそれなりの役職を代償にする依頼で、しかも伯と親しいとやりにくい依頼か。そういえば、ルビンスキーにはガイエスブルク要塞の件で、そっちへの伝手があったな。私が人選を相談した時から、こんな事態を想定していたのだろうか?だとしたら主として心強い限りだ。私はしっかり『信用』して任せて頂いた役目を果たすだけだ。


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