稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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76話:我儘

宇宙暦790年 帝国暦481年 4月上旬

アムリッツァ星域 前線司令部 歓楽街

ウォルフガング・ミッターマイヤー

 

「ミッターマイヤーと酒を飲むのもしばらくはお預けだな。来年は卿も艦隊司令部に転出することになるだろう。俺はシュタイエルマルク元帥の艦隊だが、卿の雰囲気に合いそうなのは、ルントシュテット元帥の艦隊だろうな。まあ、その辺りも、リューデリッツ伯が色々とお考えなのであろうが......」

 

「ロイエンタールと同期のビュッテンフェルト大尉は、メルカッツ提督の艦隊だったな。確かに、適性を踏まえての異動だろうが、上官がここまで俺たちのキャリアを考えてくれるのは有り難い事だが、結果を残さねばとプレッシャーも感じるな」

 

「卿でもプレッシャーを感じるか。それは良い事を聞いた。俺自身も『リューデリッツ伯が手塩にかけた人材』のひとりに数えられているからな。気楽に異動するわけでもない。安心したぞ」

 

士官学校を卒業して『前線総司令部基地司令付き』に任官して一年。士官学校以来、何かと仲が良くなったロイエンタール中尉が先任でいてくれたおかげもあり何とか務める事が出来たが、決裁権をもって取り組む任務も多く、緊張する日々が続いた。リューデリッツ伯のご嫡男、アルブレヒト殿とも親しかった縁もあり、お屋敷にも出入りさせて頂いた。その関係で、プライベートの場では『俺・お前』の関係にしようとロイエンタールが言い出し、お互い忌憚のない付き合いをするようになった。今回はロイエンタールが大尉に昇進の上、正規艦隊司令部の参謀に転出するので、その壮行会を兼ねた席だ。

 

「それにしても、メルカッツ提督はご苦労されるだろうな。ファーレンハイト卿はもともと志望していたらしいが、あの『猪突』まで預かることになるとは。どちらも攻勢型だが、攻勢に傾き過ぎるきらいがある。伯の事だ。その辺りも含めて資料を用意しているだろうし、わざわざ自ら挨拶に出向いたほどだからな。日頃からメルカッツ提督を『宿将』とおっしゃられているが、行動でもそれを示された。あの『猪突』はただただ喜んでいたが、どこまで伯の配慮に気が付いているのやら」

 

「まあ、最低限は身につけられただろうが、ビッテンフェルト大尉に細かい配慮を期待するのも間違っているように思うし、彼が細かい事を気にしだしたら、それはそれでらしさを失ってしまう様にも思うがな」

 

グラスを傾けながら、ロイエンタールの愚痴染みた話に付き合う。彼の中ではリューデリッツ伯はある意味『理想』に近い所がある。そんな存在が、自分以外の同世代に配慮し、しかも配慮された本人が、その意味に気づいていないとなると、良い感情を持つのは難しいだろう。貴族特有なのか?確固とした実績を上げた人間の余裕なのか?その場では分からず、後から細かい配慮がされていたのだと気づくことが、伯の下にいると多い。俺自身も、いずれそうなりたいと思っているが、気恥ずかしいので内密にしている。

 

「俺の場合はメックリンガー中佐が先任でおられるから、まあ心配はしていない。ルントシュテット艦隊にはシェーンコップ大佐がいるが、あの人は艦隊参謀より、陸戦部隊の指揮官に転向しそうだしな。伯の周囲に艦隊司令候補はたくさんいるから、人材が少ない所を補うつもりのようだ。まあ、一度手合わせした装甲擲弾兵副総監のオフレッサー大将に見込まれた部分もあるらしいが......」

 

「あの方も、我らの前では兄貴分だが、伯にはあの方なりのやり方で忠誠を尽くしておられるからな。口で忠誠を誓う事は誰にでもできるが、実際に忠誠を自己流の行動で示すのは難しい。同じことが出来るとは思えぬが、そういう生き様を好ましく思える自分ではありたいと思う」

 

俺が答えると、ロイエンタールは少し笑みを浮かべ。一度グラスを傾けてから

 

「シェーンコップ卿は大奥様に礼儀作法を習っていた頃から何も変わっていないのだ。誰にでもわかる流儀は好まず、自分の感性が通じる人間にのみ伝われば良いという流儀だからな。天の邪鬼と言うか、へそ曲がりと言うか......。伯はどちらかと言うと相手に合わせて感性を変える方だが、大奥様が、彼の試行錯誤をかなり喜ばれてな。

思い返せば、大奥様もかなり感性が鋭い方だった。今思えば、至らないなりに俺のアレンジした会食を経験して頂きたかったな。シェーンコップ卿は『公式の場で伯の名を貶めるわけにはゆかない』とお願いして、何度か会食を経験して頂いていたはずだ」

 

「卿らにも可愛げがある幼少期があったと思うと、それはそれでおかしみを感じるな。あのオーベルシュタイン卿の幼少期を知っているだけでも、俺は羨ましさを覚えるが......」

 

ロイエンタールは一瞬こまったような表情をした。

 

「ミッターマイヤーなら他言はしないだろうが、伯と奥様を含めて、当時、あの屋敷に揃っていたのは良くも悪くも普通に両親に養育されずに育った面々だった。大奥様が皆の母親役だったのだと思う。オーベルシュタイン卿は幼少から優秀だった。だがな、俺とシェーンコップ卿は彼が夜な夜な勉学に励んでいたのを知っている。先天的に義眼を必要とする生まれを蔑まれて来た中で、やっと得られた温もりと居場所を失いたくなかったのだ。似たような思いは俺にもあったから良くわかる。

シェーンコップ卿は少し違うが、酒の席で連帯保証人になり、先祖代々の家を窮地に追い込むような祖父より、その危機を何でもないかのように解決してくれる本物の貴族から少しでも学び取りたいと思うのは当然だろう。ミッターマイヤーが知る必要もないが、貴族社会には思わぬ落とし穴があるのだ。ロイエンタール家も落とし穴に引っかかった口だしな......」

 

そこまで言うと、『壮行会の場に相応しい明るい話題ではなかったな』といってこの話題を打ち切った。帝大の経営学部を卒業し、RC社に入社したリューデリッツ伯のご嫡男、アルブレヒト殿も、自分の軍人としての才能に悩んでおられたし、平民が思うほど、貴族社会は幸福に彩られた世界ではない様だ。ここは俺から話を変えよう。

 

「そういえば、あの件は伯も本気のようだな。ディートハルト殿と仲の良い先輩方も含めて、将来の正規艦隊司令候補には軒並み声をかけたらしいし、見届け人にグリューネワルト伯爵夫人の同席も手配したと聞く。オフレッサー大将にも手合わせを打診したらしいし、伯のお考えはどのあたりにあるのだろうか?諦めさせようとお考えなのか?」

 

「逆だろうな。士官学校には行かずに任官するからこそ、伯が用意できる一番厳しい環境を用意したのだろう。確かに、このまま士官学校に入学させても、首席は楽にとるだろう。だが今の心持では、彼が同期たちの信望を集められるか?は正直厳しいだろう。むしろ妬まれるだけのような気もする。ならば任官させて、より厳しく鍛えるというご判断なのだろうが......。伯はなにかとミューゼル卿には甘いからな。唯一の救いは、側近候補のキルヒアイスが優秀なわりに謙虚な良識人だという事だろうが......」

 

伯が後見人となったミューゼル卿は幼年学校で首席を通しているし、その側近候補のキルヒアイスも次席を確保している。俺も参加していたリューデリッツ伯流の英才教育のたまものではあったが、幼年学校の卒業を来年に控え、『士官学校に進まず任官したい』と言い出したことが、事の発端だ。戦術の講師役を引き受けていたから2人が優秀な事は分かっているが、15歳の皇族に連なる者が任官しても、周囲は戸惑うと思うのだが......。

 

「ミューゼル卿は確かに優秀だが、『我慢すること』だけは苦手だ。だが、優秀だったからこそ、我慢させる状況が無かったとも言える。正規艦隊司令官になるまでは、任地は全て伯の指示に従う事を約束させたらしいし、戦術シミュレーターと白兵戦の手合わせで負けるような事があれば士官学校へ行かせるというニュアンスを含ませて約束されたようだ。実際問題、今の状態で士官学校に入学させても、猫を檻に閉じ込めるような物だ。為にはならん。任官する前に思いっきり鼻っ柱を折っておくつもりなのだろう」

 

「ならば、戦術シミュレーターは負けるわけにはいかんな。お考え次第では、多少手心を加えたほうが良いのかとも思っていたが......」

 

「指名されたという事は鼻っ柱を折れという事だ。後始末は伯がしてくれる。『猪突』程ではないが攻勢が大好きだ。それを踏まえれば指名を受ける程の人材なら負ける事は無いだろうな。伯が指揮下の人材が異動する際にわざわざ頼んで回りだしたのも、今からそうしておくことでミューゼル卿の事を頼む際に少しでも『特別扱い』している事を薄める為だろう。あの坊やたちは、伯の配慮をどこまで理解できるのやら......」

 

ロイエンタールは自分がミューゼル卿の出汁にされたことが不本意なのかもしれないが、伯の行動がきっかけで、異動の際は上官が足を運んで挨拶する風潮も生まれている。一概に悪とは言えないだろうが、見込まれた以上、大人げないがミューゼル卿には勝たせてもらうとしよう。

 

「卿が言う事が正しいなら、ミューゼル卿の鼻っ柱を折れる人材だと見込まれたという事だ。まずはそこから始めよう。ましてや講師役をしていた我らが、戦術シミュレーターで負けるわけにはいかんからな」

 

この話は、声をかけられた全員に伝えよう。全勝する必要もないかもしれないが、伯に見込まれた以上、何かのタイミングでミューゼル卿を預かることもありうる。その時に戦術シミュレーターで負けたとあってはお互いやりにくいだろう。多少姑息な気もしたが、敵の分析は普通に行われる事だ。大人の狡さを学ぶ意味でも丁度良いだろう。俺は狡さとはかけ離れた印象しかないミューゼル卿を思い出しながら、皆に伝えるミューゼル卿の攻略法を考えていた。

 

 

宇宙暦790年 帝国暦481年 4月上旬

惑星エルファシル 駐屯部隊仮設基地

ヤン・ウェンリー

 

「この度、エルファシル駐屯基地、参事官を拝命しました。ヤン・ウェンリー少佐です。よろしくお願いします」

 

「うむ、基地司令官のビュコックじゃ。とはいえ、儂は異動したばかりじゃ。ヤン少佐の方がエルファシルには詳しいかもしれんな。インフラを立て直したら避難民たちの帰還が始まる。今の焼け野原よりはマシになるじゃろうが、なかなか厳しい現実に直面することになるじゃろう。軍への信頼回復も急務となる。脱出作戦を成功させたお主がいれば、避難民達も多少は安心出来よう?今回は貧乏くじを引かせてしまう様な形になったが、なんとか役目を果たしてほしい」

 

基地司令官のビュコック少将は二等兵からのたたき上げだ。マーロヴィア星域の警備司令官をされていたはずだが、エルファシル星系の防衛体制の立て直しを命じられ、少将に昇進された。昇進は嬉しいものかもしれないが、インフラをズタズタにされた星系の防衛体制の立て直し、しかも住民は必ずしも軍を信頼していないとなると、喜ばしい任務ではないだろう。貧乏くじを引かされたのはむしろビュコック司令官だと思うのだが、こちらを気遣ってくれている様だ。意外なことに、椅子を勧められた。

 

「お気遣いありがとうございます。ただ、正直ホッとしている部分もあります。ハイネセンにいても、広報課の道化役にされるだけでしょうし、拝命した任務も一段落した所でした。避難民の方々の事も気がかりでしたし、個人的には参事官として赴任できたことを嬉しく思っています」

 

「コンコン......」

 

ノックとともに従卒が入室し、お茶をそれぞれの手元に置くと、退室していった。驚いたことにコーヒーではなく紅茶だ。

 

「以前シロンにも赴任したことがあってな。それ以来、紅茶派なのだ。少佐はコーヒーの方が良かったかな?」

 

「いえ、私も実は紅茶派でして、もちろんシロン産のものを愛飲させて頂いています」

 

お互いカップを口元に運び、香りを楽しみながら紅茶を口に含む。うん、好みの入れ具合だ。シロンに赴任していたと言う事は、本場の入れ方なども修めておられるのだろうか?

 

「それは嬉しい事じゃ。入隊してからコーヒー尽くしじゃったが、本場の味を知ってから紅茶派に転向した口でな。同好の士を求めておるんじゃが、なかなか啓蒙活動が捗らんのじゃ。たまにはお茶に付き合ってもらえれば助かる」

 

「美味しいお茶のご相伴に預かれるなら歓迎です。それに司令には実はお話を伺いたかったのです。さすがにマーロヴィア星域までの旅費が経費として認められなかったので断念したのですが......」

 

「うむ、少佐の経歴には目を通した。だいぶ昔の事を調査したそうじゃな。ローザス提督の軍部葬には儂も参列したかったが、さすがに往復の期間を考えるとな。辞令を統合作戦本部で受け取る際に、墓参りはさせてもらったんじゃ」

 

「そうでしたか、私は任務がきっかけで提督との知己を得たのですが、もっと早くお会いしたかった方でした。『ローザス提督の回顧録』も愛読書のひとつでしたし、色々とお話を伺いました」

 

「ローザス提督の訃報には儂も驚いた。730年マフィアは確かに一つの時代の象徴じゃったが、揃って晩年は不遇じゃったな。アッシュビー提督が戦死された第二次ティアマト会戦の時は、儂は軍曹でな、戦艦の砲術下士官として参戦しておったが激戦に次ぐ激戦であっという間に弾を撃ち尽くしてしまってな。次があれば、もう少し配分を考えようと思った記憶があるな」

 

紅茶派という共通点から、予定外の談笑の時間は予想外に楽しい時間となった。帰還する避難民たちの心境を思えば、必ずしも楽な任務ではないが少なくとも上役とはうまくやれそうだ。ビュコック司令官は貧乏くじとおっしゃったが、アッテンボローが危惧していたドーソン教官と同じ職場になる事に比較したら、恵まれた職場になるだろう。


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