稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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82話:帰国

宇宙歴791年 帝国歴482年 8月上旬

首都星ハイネセン 統合作戦本部

アレクサンドル・ビュコック

 

「ご無沙汰しておりました。ビュコック教官。シロン仕込みとまでは行きませんが、周囲に紅茶派が増えました。私のオフィスでは紅茶を出すことにしましたので、ご賞味いただければ幸いです」

 

「気を使わせてすまんな。それにお主ももう大将閣下じゃ。たたき上げの老人にまで気を使っていては身が持たんじゃろうに」

 

エルファシル星系の基地司令の引継ぎを終え、統合作戦本部に報告を終えて数日。士官学校の校長から正規艦隊司令に転出したシトレ大将の第8艦隊司令部に出頭を命じられた。シトレ大将が任官したての新任少尉の時代に指導役を担当して以来、たたき上げの儂を何かと気遣ってくれる関係じゃった。それにしても紅茶派が多数派になるとは、珍しい事があるもんじゃ。

 

「今は私たちだけですから、『教官』で通させてもらいましょう。教官の下にいたヤン中佐も参謀として所属されていまして、同じく参謀のラップ大尉と何やら画策したようです。声をかける機会があれば一言添えて頂ければ幸いです」

 

「ほう、ヤン中佐は近頃の若い者にはめずらしく老人のよもやま話にも、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれたが、ラップ大尉とやらも見所がありそうじゃな」

 

「はい。ラップ大尉はヤン中佐とは同期なのですが、病気療養に入っておりましてな。やっと完治したので、現役に復帰したところです。ヤン中佐は目を離すと気を抜く所がありますから、補佐役にして尻を叩かせているという所です」

 

そんな話をしていると、ノックと共に従卒......ではないだろう、栗毛の士官が入室してきた。見事な手さばきでカップにお茶を注ぐとそれぞれの手元にカップを置き、一礼して退室していった。

 

「いやあ、見事なものじゃ、それに香りも素晴らしい。早速賞味させて頂こう」

 

「艦隊司令部が正式に立ち上がるまでの臨時出向で来てくれているミンツ中尉です。元々は後方勤務本部のキャゼルヌ大佐の所にいたのですが、ヤン中佐が頼み込んで手配してくれたのです」

 

シトレ大将は儂が驚くさまが余程嬉しかったらしい。ニコニコしながら紅茶の香りを楽しむようにカップを口元にゆっくりと運んだ。これだけの紅茶が飲めるなら、紅茶派が増えるのもうなずける。濃さもほのかに苦みが感じされる程度に抑えてある。儂の好みにおそらく合わせてくれたのじゃろう。

 

「それで教官、本題なのですが、第8艦隊の艦隊副司令官をお願いしたいと考えています。警備艦隊からウランフ少将、フェザーン方面を哨戒していたボロディン少将にも、分艦隊司令官をお願いしています。今の戦況では簡単に戦力を消耗させるわけにもいきません。艦隊のご意見番として手腕を取って頂きたいのです」

 

「うむ。ウランフとボロディンなら、気心のしれた仲じゃ。うまくやれるじゃろう。しかし儂は兵卒からの叩き上げじゃ。さすがに分艦隊司令官は無いと思っておったが、まさか艦隊副司令官とはな。そこまで人材面で厳しい状況じゃとは思っておらなんだが」

 

儂がそう言うと、シトレ大将は少し渋い顔をしながらティーカップをソーサーに戻した。

 

「あまり大きな声では話せない内容なのですが、戦況が劣勢なのを理由になにかと軍部の人事や昇進に国防委員会が口を出しているのです。このままでは実績や能力ではなく、国防委員会への伝手で、昇進や要職への任命が行われかねない状況です。教官をはじめウランフ、ボロディンの両名にも、次回の戦いでは昇進に値する功績を上げて頂きたいのです」

 

「うむ。なにかと噂になっておったが、実際は惜敗にも関わらず昇進したロボス大将に、その取り巻きのパエッタ、ムーア、パストーレか。命を賭けて功績を立てるより政治家に近づいた方が簡単じゃし、功績も認められやすくなるとなれば甘い誘惑なのはわかるが、儂が地方回りをしとる間にそんなことになっていたとはな」

 

「はい。なんとか戦力化できている8個艦隊ですが、先任の正規艦隊司令官の中にはそろそろ退役を迎える方もいます。パエッタはともかく、ムーアとパストーレには正規艦隊司令官はまだ無理でしょう。宿題ばかりが先行しますが、私も全力でサポートしますのでなんとかお願いいたします」

 

心持と味覚は連動するようじゃ。素晴らしいお茶が少々苦いものになってしまった。だが、さすがに指導が厳しいからと、裏で手を回すような輩が正規艦隊司令官になるようなことがあれば、この風潮はますます強まるじゃろう。それにしても劣勢じゃと言うのに、国防委員会もロボスも何を考えておるのじゃろうか。盗賊が迫っておるのに番犬の牙を抜くようなものじゃろうに。派閥形成のような事はあまり得意ではないのじゃが、そうも言ってはおれぬようじゃ。

 

「承知した。この老人で役に立てるなら、艦隊副司令の件、受けさせてもらおう。少なくともヤン中佐を始め、若木たちは育っておるのじゃ。良い形で次代につなげられるように老骨に鞭打つとしよう」

 

シトレ大将はホッとした様子で感謝を伝えてきた。教え子に頼み込まれて無下にする訳にもいかんじゃろうて。しばらくは女房孝行に勤しむつもりじゃったがそうも言ってはおられんようじゃ。早速じゃが、久しぶりにグリーンヒル中将やクブルスリー中将の所にも顔を出してみる事にしよう。まずは統合作戦本部の事情を、儂なりに確認せねばなるまいて。

 

 

宇宙歴791年 帝国歴482年 12月上旬

首都星オーディン グリューネワルト伯爵家・別邸

ジークフリード・キルヒアイス

 

「ラインハルト、ジーク。よく無事に帰ってくれましたね。お帰りなさい」

 

「姉上、ただいま戻りました。しかし宜しかったのですか?本日は特段なにかあった日ではなかったように存じますが......」

 

「あら、あなた達が無事に前線から戻ったのよ?陛下からも労うようにお言葉を頂いたわ。さあ、まずは着替えていらっしゃい。お茶の用意はしてあるからサロンで待っているわ」

 

アンネローゼ様はそう言い残されてサロンの方へ足を向けられた。警護の兼ね合いでこの別邸はリューデリッツ邸と門は共用だ。宇宙港から地上車で戻ってきたが、厳しい研鑽の日々を過ごしたこの場所が近づくにつれて、妙な安心感を感じた。隣におられたラインハルト様も同じようなお気持ちだったようだ。少しずつ機嫌が良くなられた。

 

「キルヒアイス、妙なものだな。姉上がおられるからかもしれないが、『帰ってきた』という気持ちが、この屋敷に近づくにつれて強くなった。思い返せばそれなりに大変な日々だったが、あの日々が今の俺たちの支えでもあるのかもしれないな」

 

身の周りの物を詰めたカバンを片手に。ほぼ一年ぶりにそれぞれの自室へ向かう。見慣れたはずの廊下も、窓から見える庭園もラインハルト様のおっしゃるとおり『帰ってきた』という気持ちを強めてくれる。不思議と笑みがこぼれた。ドアを開けると、屋敷付きのメイドの方が、しっかり手入れしてくれたのだろう。物は少ないが、清潔感のある私の部屋が変わらぬままそこにあった。思わずベットに身を預けたくなるが、アンネローゼ様をお待たせするわけにもいかない。普段着に着替えて、軍服をクローゼットにかけてから階下に向かう。私がドアを閉めたタイミングで、隣の部屋からもドアが閉まる音がした。

 

「キルヒアイス、あまり姉上をお待たせするわけにもゆかぬからな。さあ、サロンに急ごう」

 

いつもよりすこし早足のラインハルト様についていく。リューデリッツ伯からもしっかり英気を養うように指示を受けたが、その本人は最前線で動きがあるとのことで、まだお戻りになられていない。アンネローゼ様の事も含め伯のご配慮なのだろうが、後見人が戦地にいる中で、被後見人が休暇に入ってしまっても良いのだろうか?サロンに向かうとアンネローゼ様が、すでにケーキを切り分けてお皿に取り分けておられた。私も急いでお茶をいれる準備をする。ラインハルト様は褒めて下さるが、ときどきリューデリッツ伯やシェーンコップ卿から振る舞って頂く際には、まだまだ研鑽の余地があるのだと、感じる事が出来るようになった。いつかあのお二人をお茶で唸らせるのが個人的な目標だったりもする。

 

「相変わらず、ジークの入れたお茶は香りが違うわね。私も工夫してはいるのだけど、お客様方に毎回わたしが振る舞う訳にもゆかないし、焦ると逆に良くないらしいし、悩ましい所なのです」

 

「アンネローゼ様がお上手にお茶を入れられるようになってしまっては、私の役目が減ってしまいます。それはそれで寂しい気もしますね」

 

「まあ、ジーク。嬉しい事を言ってくれるのね。まずはお茶とケーキを楽しみましょう。やっと帰ってきたんだもの。話を聞かせてくださいね」

 

席について、早速ケーキを口に運ぶ。だんだん強まっていた『帰ってきた』と言う思いが、最高潮に達した気がした。自然にラインハルト様と目線が合い、うなずきあった。私たちは帰ってきたのだ。

 

「姉上のケーキを口に含んだとき、帰ってきたのだと実感しました。別に前線総司令部が辛いわけではないのですが、研鑽の日々を過ごしたこの屋敷が近づいてくるにつれて安堵する気持ちが強くなりました。もうこの屋敷が私の故郷なのかもしれませんね。姉上、ただいま戻りました」

 

ラインハルト様も久しぶりに穏やかな表情をされている。私も不思議と安堵していた。前線総司令部基地司令官付きは、決して楽な役職ではなかった。後方支援がメインだが、准尉とは言えある程度決済権をもって任務にあたる事が普通だった。伯の名代として高級将校へのメッセンジャー役もこなしたし、現場で不具合がないか?積極的に情報収集する事も求められた。もっと効率を上げるにはどうすればよいかを考えさせられ続けたし、他部署の士官たちからは常に『リューデリッツ伯が見込んだ人材』として見られる為、気が抜けなかった。人間関係の構築も、シェーンコップ卿が色々と教えてくれたが、知っているのと、出来るのとはかなりの違いがある。私はともかくラインハルト様は苦戦されておられたようだ。そして、伯の配慮の凄味も感じる日々だった。任される任務で分からないという事が一切なかった。英才教育で教え込まれたことが活きる任務ばかりだったし、求められる成果も明確で、与えられる情報も明確だった。ラインハルト様は少し物足りなそうな雰囲気をされることもあったが、『理不尽な状況』から『乗り越えられる状況』に戻った事も影響しているのだろう。

 

「前線総司令部基地司令付きを拝命したのですが、あの基地の大きさは帝都にも匹敵するほどです。それに6個艦隊が出入りしますから、基地司令の職務は、大都市の責任者のような物です。そのサポートをする役職ですから、艦隊が出入りすれば補給の手配を、何か問題が起きれば決裁権をもって対処する事もあります。時には憲兵隊や、現地の捜査機関と連携を取る事もありますし、基地自体の建設構想も特殊なので、より効率を上げられないか、改善策を考える事も求められます」

 

「おそらくあの基地で一番広範囲の部署と関わる役職と言えましょう。伯の名代として艦隊司令官の方々とも関わりますし、多くの方々にお力添えを頂いています。任官した当初は基地の広さに迷ってしまわないか心配になるほどでございました。」

 

「それに、私たちで提案した改善策が採用されたのです。効果も既に出ておりますので、些細な功績ですが、昇進に値すると評価され、年明けには二人とも少尉になります。伯からも、姉上に胸を張ってお伝えせよとの事でした」

 

アンネローゼ様もご安心されたご様子だ。伯からはまず後方から軍の動きを学び取るようにとのご配慮なのだろうが、ラインハルト様は本当は最前線に出たがっている。任官する前なら、ご本心をそのまま話されていたかもしれない。そんなことになればアンネローゼ様もご心配されるだろうし、伯とラインハルト様の間で、お困りにもなるだろう。シェーンコップ卿の人間関係構築に関しての指導が少しは活きているのだろうか?笑顔を保ちながら胸をなでおろす思いだった。


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