稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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85話:蠢動

宇宙歴792年 帝国歴483年 10月上旬

ブラウンシュバイク星系 惑星ヴェスターラント

フレーゲル男爵

 

「フレーゲル男爵、この度はわざわざのご足労感謝する。叔父上からヴェスターラントの代官職を頂いたのは光栄な事だが、ここは御覧の通り、点在するオアシスを中心に農園があるだけだ。面白い事も無いゆえ、卿が来訪すると聞いて心待ちにしていたのだ」

 

「シャイド男爵、何を言うのだ。我らの世代で統治する立場にあるのは卿だけだ。私も叔父上の代理として他家への使者になったりもするが、まだまだ使い走りの域を出ておらぬ。変な謙遜をする必要もあるまい」

 

シャイド男爵家は我がフレーゲル男爵家同様、帝国の藩屏たるブラウンシュヴァイク公爵家の血族だ。叔父上は帝室から降嫁を許され、本来なら帝政を主導する立場になられても良いはずだが、軍部系貴族と政府系貴族は独自の動きを取り、叔父上に従おうとはされていない。特に軍部系貴族は、『実力重視』を名目として、我ら門閥貴族の関係者を軍から排除しただけでなく、士官学校や幼年学校からも排除した。

結果として我らの世代は門閥貴族の子弟が集まる教育機関に集う事となり、団結は強まったが、我らが就くべき役職を爵位も持たぬ平民どもに奪われた様な形だ。帝国の運営は、ルドルフ大帝に功績を認められた我ら門閥貴族が担うべきものであるはず。今の帝国の有り様は本来あるべき姿ではない。

 

「それで、相談したい事があるとのことだったが、どんな内容かな?代官職にある以上、長期にわたってヴェスターラントを離れるわけにはゆかぬが、それ以外の事なら卿と私の仲だ。相談には乗るが......」

 

「うむ。卿に相談したかったのは、今の帝国の有り様をどう考えるか?という事だ。政府系の貴族は汚職と麻薬にまみれ、自浄作用などない。軍部は無能な叛徒どもを叩けているからと増長し、我ら門閥貴族が指揮すべき兵たちを抱え込んでいる。帝国を主導すべきなのは、ルドルフ大帝に信任された我ら門閥貴族であるべきだとは思わぬか?」

 

シャイド男爵は少し考え込む様子であったが

 

「確かに卿の言う通りだな。今の帝国の有り様はルドルフ大帝の意図された物とは違うであろうな。だがどうする?陛下の信頼は皇女殿下と寵姫の弟の後見人にしたあたり、リューデリッツ伯を中心とした軍部系貴族にあろう。その辺はどうするのだ?」

 

「そもそもリューデリッツ伯など、3男坊として好き勝手していた折に偶々できた酒が、放蕩者として有名だった当時の陛下の気まぐれで皇室御用達となり、それがきっかけで引き立てられただけであろう?何より皇太子殿下が身罷られたにも関わらず、後継者を指名されてはいない。立太孫の儀式も行われる様子が無い。ならば、年長であるエリザベートが至尊の冠を戴くことになってもおかしなことではあるまい」

 

「卿の言い分ももっともな話だが、さすがに政府と軍を相手にするには、ブラウンシュヴァイク公爵家の一門と寄り子だけでは難しいな。その辺は何か考えているのか?」

 

「もちろんだ。まずはブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家、双方に繋がりがあるコルプト子爵に繋ぎを取ってもらう。それを軸に門閥貴族4000家をまとめるのだ。卿だけに話すが、フェザーンも軍部に持っていた利権から締め出されつつあり、今の有り様を必ずしも歓迎していない様子なのだ。フェザーンの協力があれば、資金面でも問題は無い。十分対抗できるだろう?」

 

「そこまで考えているなら問題なかろう。私も卿に協力しよう。この件が成功すれば叔父上も次代の人材が育っていると安心されるはずだ。我らの実力を示すときがきたやもしれぬな......」

 

シャイド男爵もその気になってくれた。後は時間をかけて門閥貴族を集結させればよい。立太孫の儀式が行われるような事があれば困ることになるが、要は妨害工作を我らがすれば良いだけだ。フェザーンの協力があれば、宮内省を動かす事も容易だろう。ついに帝国を我らが門閥貴族の手に取り戻すことが出来る。それがなった暁には、私の功績は揺るぎないものになる。

そうすればブラウンシュヴァイク公爵家を継ぐことも夢ではなくなるだろう。そもそも我らがブラウンシュヴァイク公爵家を差し置いて皇女の後見人になるなど、リューデリッツ伯を始めとする軍部貴族は増長し切っている。一度弁えることを教えなければなるまい。

 

 

宇宙歴792年 帝国歴483年 11月上旬

首都星オーディン 国務省 尚書執務室

財務次官 ゲルラッハ財務次官

 

「やっと政府内も落ち着いたと思えば、今度は皇太子殿下が崩御されるとはな。恐れ多い事ではあるが、結局混乱をもたらすだけもたらして、最後に紛争の種を残して逝かれるとは......。故人を悪く言うのは不本意ではあるが、この宇宙であの方に恩恵を受けた者はおそらく一人もおるまいな。財務省の方は如何じゃ?国務省にまでカストロプ公爵の強欲ぶりが鳴り響いておるが......」

 

「財務次官として、お詫び申し上げます。率直な所、爵位の差もありますし、私が歯止め役になるにも限界があります。現在はあくまで政府発注案件からのリベートの強要に納まっておりますが、年々隠す素振りが無くなりつつあるのも事実。国務省どころか宮中全体で公然の秘密でありましょう。ご期待に沿えず、申し訳ございません」

 

「すでにルーゲ伯から罷免と財産の差し押さえには十分な証拠があるとせっつかれておる。ただ、まだ話は下りてきておらんが、皇太孫であらせられるマクシミリアン殿下の事もある。立太孫が行われる時期に、政府内の不祥事を明らかにするわけにもゆくまい。時期と状況を今少しわきまえる男なら良かったのじゃが、むしろ野放しにしたせいで見境が無くなっておるようじゃ」

 

リヒテンラーデ候がため息をつかれる。地球教摘発の為の健康診断と言う名目での薬物検査が大混乱の引き金となってまもなく6年。軍部系貴族とブラウンシュヴァイク公爵家・リッテンハイム侯爵家が全面的に協力する以上、例外は認められなかった。そして皇族弑逆という大逆罪に関わる調査の為、通常なら内々に処理されるような案件も手心が加えられることは無かった。

結果として多くの政府・宮廷系貴族の醜聞が明らかになり、混乱は治まったものの次代の尚書候補たちが何かしらの形で巻き込まれた。将来の内務尚書候補だったハルテンベルク伯など、『婚約者を内密に弑されたこと』を逆恨みした妹君に階段から突き落とされ、お亡くなりになられた。本来なら次代の育成を進めるべき所だがそちらは一切手が付けられていない。

 

「次代の育成にやっと時間をさけるという時期に、皇太子殿下がご崩御されたとなると、またしばらくは混乱が続きましょう。軍部でもあのご両家でも構いませぬ。人材をもらい受けねば将来的には困ったことになりそうですが......」

 

「承知しておるが、今は動けぬ。少なくとも立太孫が行われぬうちは動けぬのだ。陛下もすでに老齢に入られておる。男系を優先するなら候補者は一人に絞られる。だが母親が下級貴族で年齢も幼い。あの両家からすれば、男系であるだけで下級貴族から生まれた者を至尊の座に据えるとなれば、何かと物言いもあろう。既に立太孫式を行わせぬように蠢動している輩もおるようじゃし、年齢はあちらが上じゃ」

 

至尊の座はルドルフ大帝以来、男性が継承してきた。女帝の先例は無いが、言われてみればあの両家が素直にその座を諦めるとは思えぬ。そう言う意味では軍部も皇女ではあるが担ぐ対象を持っていることになる。彼らはどう動くのだろうか?

 

「候、軍部はどう動きましょうか?少なくとも彼らも両家の候補より年少になりますが、候補者を抱えていると存じます。それに地球教の事ではあの両家と協力体制を取りましたが......」

 

「そこは大丈夫であろう。あの両家に軍部が協力したとして、軍部に何かメリットが生まれると思う?むしろ幼帝を担いで軍部に浸透しようとするのがオチじゃ。第二次ティアマト会戦の後の事を、彼らは忘れてはおるまい。政府がなにかしかけぬ限りは、動くことは無いはずじゃ。むしろあの強欲の矛先が軍部に向くことが無いようにだけ気を付けてくれれば何とかなろう......」

 

リヒテンラーデ候は苦々し気なご様子だ。私も候に及ばぬなりになんとか混乱を治めるために苦労してきた。そんな苦労は知らんとばかりに、汚職を重ねるカストロプ公にはうんざりしている。

 

「候、そうなりますと人材をどちらからも借りる事が出来なくなります。せめてフォルゲン伯なりマリーンドルフ伯なりを登用することは出来ないのでしょうか?ルーゲ伯の憤懣も募るばかりですし、リューデリッツ伯のご嫡男とルーゲ伯のご令嬢がご結婚されました。ルーゲ伯の意向に歩み寄るそぶりだけでもする必要があると存じますが......」

 

「分かっておるが、それも今は動けぬのだ。あの一件で処罰されたものはまだ誰も公の場に復帰しておらぬ。人材がいないからと言って前科者を政府が率先して抜擢など出来ぬ。それにマリーンドルフ伯はカストロプ公の縁者であろう?抜擢などすれば政府は汚職を容認したと判断されかねぬし、そもそもいつ処罰されるのか?と皆が眺めておる状況だ。打診をしてもマリーンドルフ伯が受けるはずがない。

それにマリーンドルフ伯は個人的にリューデリッツ伯と親しく、ご令嬢もなにかとお屋敷に招かれる仲だと聞く。変な受け取られ方をされれば、それこそ火種になりかねぬのだ。致し方あるまいが、尚書はともかく局長クラスは実績があるなら下級貴族や平民を抜擢してなんとかしのぐしかあるまいな......」

 

結局、リヒテンラーデ候が国務尚書になられてから、すべきことは明確であるのに、したくても出来ぬ状況が続いている。私にもう少し影響力があればもっとお支えできるのだが......。それに比べれば軍部貴族は人材が豊富だし、軍全体でも下級貴族や平民を抜擢して後進の育成も以前以上に積極的に進めている。彼らからすればまごついてすべきことをしていない政府がどう映っているのだろうか?切り捨てられはしないだろうが、少なくとも当てにできるとは思われていまい。公爵の強欲の矛先だけは軍部に向けさせない。まずはそれを肝に命じよう。

 

 

宇宙歴792年 帝国歴483年 12月上旬

地球 旧ムンバイ市街地 地下鉄跡

ド・ヴィリエ大主教

 

「新たに20万人が、旧デリー付近に追放されて参りました。いずれも着の身着のまま。いずれも地球教の信者たちでございます。受け入れるべきではございますが、すでにこのムンバイでは食糧が不足しつつあります。このままでは共倒れになりかねませぬ」

 

「ならばうまくチッタゴン方面に誘導せよ。東南アジア方面なら食料に余裕があるはずだ。どちらにしてもあちらの方が気候がまだ温暖だ。春が来るまでに凍死するようなこともあるまい。すぐに指示を出すようにな」

 

直ぐに教団の者が広間を出ていく。なんとか狂信者の巣窟から脱出できたものの、地球を脱出してフェザーンに潜伏する計画はとん挫した。この惑星に出入りできるのは帝国軍だけだ。そして流刑に近い形で地球に送り込まれる信徒たちは、成層圏でコンテナのような物に移され、輸送機はそのコンテナを地上に置くと、そのまま飛び去って行く。帝国軍に紛れて脱出する事はほぼ不可能。その上、成層圏が静止軌道上に新設された防衛衛星の防空識別圏に入っているらしく、問答無用で撃ち落とされる状況になっていた。

 

地球は完全に封鎖されている。この惑星に落とされた者は二度と外に出ることは出来ない。この星は狂信者たちの聖地から無期懲役囚の刑務所に格上げされていた。自分がその囚人でなければ、宇宙が安全になったと喜んでいただろう。だが、帝国内で摘発された教徒たちが続々と着の身着のままで放り込まれてきた以上、誰かが指示を出して少なくとも飢え死にするような状況を避けなければならなかった。

 

逃亡に成功した信徒の中で一番地位が高かった私が、大司教としてこの刑務所の所長役をすることになった。今更ながら他に道は無い。成りあがるために選んだ地球教だったが、結果として刑務所の所長として生きていくことになりそうだ。この荒廃し汚染もされている惑星に、あと何人の信徒が放り込まれるのか......。この惑星に未来は無い。絶望した人間に宗教は確かに必要だが、救いすらない環境で信徒たちは生きていけるのだろうか......。


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