稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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86話:特権

宇宙歴793年 帝国歴484年 6月上旬

首都星オーディン 軍務省情報部

ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

「ラインハルト様、分析すればするほど、叛乱軍の研鑽も見えて参りますが、必ずしも全ての叛徒が幸福に暮らせているのか?という面では疑問が湧いて参ります。自分たちが選んだ為政者に農奴のような生活をさせられて納得できるものなのでしょうか?」

 

「キルヒアイス、その質問には俺も答えられないな。リューデリッツ伯やオーベルシュタイン卿なら答えられるのかもしれんが、自分なりの答え探しも任務に含まれるからな。まずは自分なりの見解を考える所から始めよう」

 

前線総司令部基地司令付に任官して2年、組織の中での実務は一通り身に付け、多少の事なら決済権をもらえればスムーズに処理できるようになった頃合いで、情報部のオーベルシュタイン卿の分室への異動を命じられた。艦隊司令部への転出を望んでいたが、士官学校へ進まない事を了承してもらう代わりに、配属に関しては私の後見人に一任する旨を約束した。その約束をたがえる訳にもゆかないし、配属する意図もよくよく聞くと納得できるものだった。

『前線総司令部基地司令付という役職にあれば、確認したいと思ったことは帝国の事であればほぼ情報を入手できるだろう。だが、戦場ではそうもいかぬし、そもそも戦争中の叛乱軍の事をしっかり理解しておくことはマイナスにはならない。偉そうな事を言っているが、私も自分の感覚を叛乱軍に当てはめた結果、ミスをした。犠牲が出なかったから良かったが、戦地でのミスは命取りになる。戦地に向かうのはもう少し後にさせて欲しい』

姉上の事も含め、俺の知らない所でも配慮をしてくれている後見人からそう言われては、うなずくしかなかった。ただ任務に取り掛かると、確かに俺たちは世間知らずだったのだと思わされる日々だった。

少佐として転出したオーベルシュタイン卿の分室の個室のひとつを与えられ、『叛乱軍を経済的格差から分断可能か?』という考察と『分断できるならその手段も併せて考察する』という任務に勤しんできた。手段の考察には至っていないものの、少なくとも分断する事については十分可能性があると思う。

そして今までは一緒に昇進してきたキルヒアイスは大尉に留まった。伯の手元を離れてキルヒアイスを俺の補佐役にしておくには必要な措置だったが、また伯が気づかぬうちに配慮してくれていたのだと素直に感謝できた。キルヒアイスを昇進させる為にも、俺が昇進に値する功績を立てなければと励みにもなっている。

 

「このデータを分析する限りでは、首都星ハイネセンの経済的優位性を背景に、他の星系は実質、植民地のような扱いを受けているとしか思えません。嗜好品である紅茶のブランド化に成功したシロン星はともかく、その他の農業惑星はRC社が積極的に開発を進めている辺境星域以下の経済規模ですし、場所によっては農奴並みの生活を強いられている様に存じます。民主主義では自分たちで為政者を選べるのに、なぜ苛政を強いる為政者を選ぶのでしょう?」

 

「キルヒアイス、おそらくだが、叛徒軍は全てが首都星ハイネセンを中心にして社会が作られているのかもしれないな。人口も圧倒的に少ない状況で帝国と、いつかは対決する日が来ると建国期の先人たちは考えたはずだ。社会基盤の安定性を考えれば、重要な部分はある程度は分散させるべきだが、その分、効率は悪くなる。いずれ来る帝国との対決に向けて効率を優先しハイネセンを中心に社会を作った。

結果、何かにつけてハイネセンの意向を気にせざるを得なくなり、ハイネセンの叛徒の意向が優先されるようになる。そうなれば拡大期は良いが、停滞期に入れば真っ先に割を食うのは末端だ。経済レベルもバーラト星系から離れるほど低くなる。本来なら後背地になるため、もっと発展していても良い星系もハイネセンの経済力を越えないレベルに抑えられている。これなら説明がつくが......」

 

「帝国でも聞いたような話ですね。私の目にはハイネセンの叛徒たちが門閥貴族のように見えて参ります。皆の困窮をよそに、自分たちは比較的豊かな生活をされてるようですから。建国の地とは言えその後継者たちまでが優遇されるというのも、特権の様にかんじてしまいます」

 

確かにキルヒアイスの言う通りだ。『爵位』という明確な物は存在していないが、建国に関わった功労者たちの子孫が、子孫であるというだけで実質『特権』のような優遇をされるなら、帝国の貴族階級と何も変わらない様にも思ってしまうが......。俺たちが数ヵ月で取りまとめた資料を読んで感じる違和感を、叛徒たちは感じないのだろうか?

 

「とにかく少なくとも経済的格差から分断することは十分可能性がありそうだが、それもあくまで手元に集めたデータで出した仮説にすぎない。もっと多くの情報を集める必要があるだろうし、政治や法律、経済の有識者に見解を聞いてみるのも良いかもしれないな」

 

「分かりました。オーベルシュタイン卿に確認が必要でしょうが、開明派を自称されているブラッケ氏やリヒター氏。RC社のアルブレヒト様とシルヴァーベルヒ氏。司法で言うとルーゲ伯、地方自治で言うとマリーンドルフ伯に打診の上、お時間を頂けるなら見解を伺ってみましょう」

 

キルヒアイスが早速手配を始める。アポイントの調整も含めれば、候補に挙がった方々に話を聞くだけでもかなりの時間がかかるだろう。他にできる事と言えば禁書になっている『共和主義者』の書籍の研究だろうが、さすがにそこには手を出せない。社会秩序維持局に借りを作るのは政府系貴族に借りを作ることになるから控えるべきだ。

そう言う意味では世事に詳しいシェーンコップ卿や、ロイエンタール卿。それにフェザーン視点でワレンコフ氏に話を聞いてみても良いかもしれない。こういう時に意見を求める事も、幼年学校時代の俺には苦手なことだった。素直に意見を求められるようになった辺り、少しは成長出来ているのだろうか?そこでまた伯に言われたことを思い出していた。4月に酒びたりの生活のツケが回り、俺の父親が病死した。当初は葬式に参列する気は無かったが

 

『ミューゼル卿、今、許してやれとは言わぬ。だがな、母上の死も事業の失敗も、グリューネワルト伯爵夫人が後宮に入ることになったのも御父上の責任ではない。自分の子供を守りたい。より裕福な暮らしをさせてやりたいと思わぬ親はおらぬ。それに毎月28日はグリューネワルト伯爵夫人と偲ぶことになる。お墓参りを一生せぬと言う訳にもいかぬし、父上だけ離して埋葬するわけにもゆくまい?

行動せずに後悔する事はあっても、行動して後悔することは無い。それに当主として喪主を務めるのも嫡男の役目だ。卿がせぬならグリューネワルト伯爵夫人が差配する事になろう?そんな事になれば、宮廷内での攻撃材料にされかねん。葬式は故人の為にするものではない。遺された者たちの為にするものだ。喪主の件、きちんと果たしてくれるな?』

 

そう言われれば、断る事も出来なかったし、俺自身、仮に喪主をしていなかったら後悔していただろう。今思えば俺には『姉上を守れる』、『ミューゼル家の生活を守れる』立場も力も無かった。父を憎んだが、『守れなかった』事が罪なら俺も同罪だ。俺は自分の罪から逃げる為に父を憎んだのだろうか?はっきりしているのは『同じようなことが少しでも起きない世の中を作りたい』と思い始めている事だ。そう言う意味では、叛乱軍でも似たような不条理があることを知れたのは収穫だった。あちらにも俺と同じように今の有り様を不満に思う叛徒がいるという事なのだから。

 

 

宇宙歴793年 帝国歴484年 8月上旬

首都星ハイネセン シルバーブリッジ

ユリアン・ミンツ

 

「ヤン大佐、起きてください。そろそろ起床のお時間ですよ」

 

「ユリアン、あと5分、いや4分50秒......」

 

「分かりました。紅茶と朝食の仕上げをしておきますからあと4分ですよ」

 

僕はこの家にお世話になり始めて数日後から、恒例になりつつあるやり取りをしながら、ヤン大佐に起床を促すと、キッチンに戻り、熱しておいたフライパンにベーコンを乗せて大佐のお好みのしっとり目に焼く。そして卵を静かに割り、一緒にすこし水を入れて蓋をする。このタイミングでトースターのスイッチを入れてから、沸かしておいたお湯をティーセットに注ぎ入れる。そうこうしているうちに目玉焼きが半熟より少し硬めに焼きあがる。火を止めてお皿に盛り付けたところで、トースターから『チン』という音がしてトーストが焼きあがった。

トーストを取り出してお皿に乗せてからキッチンの一角に並べ終えた頃合いで、二階から物音がして、人の気配がキッチンへ近づいてくる。大佐は今日も何とか起きてくれたようだ。このタイミングでティーセットにいれていたお湯を捨てて、大佐のお気に入りのシロン産の紅茶の茶葉を3匙入れてから熱湯を注ぐ。これで朝食の仕上げは完了だ。洗面室の方からしていた水の音が止まり、大佐がキッチンへいらっしゃる。

 

「ユリアン、今朝もすまないな。私はどうも眠りが深いタイプだから助かるよ。それにしても今日も既に良い香りがしているね。憂鬱な一日も、この香りから始まるとなると良い一日になりそうで嬉しくなるよ」

 

「大佐、褒めて頂くのは嬉しいのですが、あまりゆっくりと朝食を取るにはもうお時間がありませんよ?」

 

僕がカップに紅茶を注ぎ入れるのを横目に、『頂きます』と食事の前にされる挨拶をされ、朝食を食べ始めた大佐に応えると、大佐は目線を時計の方に向けて、困ったように左手で頭を掻いた。同時に右手で僕が差し出したティーカップを受け取り、口元に運ぶのも毎朝の事だ。大佐は時には朝方まで、書斎で色々と考え事をされている事も僕は知っている。だからあまり細かい事は言わずに黙っているけど、大佐の睡眠時間は足りていないようにも思う。まだそんな御歳じゃないけど、健康面は大丈夫なのだろうか?

 

「もっとゆっくり味わいたいのはやまやまだが、宮仕えの悲しさだね。ユリアン、今日の朝食も美味しかったよ。ではお役目に取り掛かるとしようか」

 

2杯目の紅茶を飲み干すと、少し名残惜し気にティーカップに残った香りを心を向けてからカップを置き、リビングのドアの手前の棚にいつも放り込まれるベレー帽を取り出して被ると、『では行ってくる』と言い残して出勤されていった。毎朝の慌ただしい時間が一段落して、この家に静けさが戻ってくる。僕も食べかけの朝食を食べ終えたら、食器とティーセットを洗って初級学校へ向かう。

 

寝る前に今日の時間割に合わせた教科書を詰め込んだカバンを手に取り、備え付けのセキュリティーシステムのスイッチを入れてから、指紋認証でドアにロックをかけて、足早に通い馴れ始めた通学路を進む。数ヵ月前まではこんな生活になるとは思ってもみなかった。僕は養父となったヤン大佐とその先輩で仲良しのキャゼルヌ准将と出会うきっかけになった、祖母が亡くなった時の事を思い出していた。

僕がそもそも祖母と暮らすことになったのは、昨年初めの父の戦死がきっかけだった。母を幼いころに亡くしたミンツ家は父子家庭だった。父さんは控えめな人で、自分のお茶を人に振る舞うのが好きな人だった。僕にもミンツ流のお茶の入れ方を教えてくれたし、帝国との戦争に貢献する父を、僕は誇りに思っていた。

そんな父が戦死して、僕もとうとう孤児になると思った。帝国との戦争が150年以上続いていれば、軍人の子弟が孤児になるなど普通の事になる。友達にもそういう環境の子がいたので自分の番が来たと思っただけだったが、そこで父方の祖母が存命であることを初めて知った。

祖母は事情を詳しくは語ってくれなかったが、子供なりに察した所では、僕の母が帝国からの亡命者の娘であったことと、ミンツ家が長征一万光年に参加していた由緒正しい家柄であった為、祖母はこの結婚に反対していたようだ。父は家柄よりも母を選び、事実上の絶縁状態だったらしい。僕の事も孫というより『父を奪った女の子供』と認識していた。祖母が亡くなった時、悲しさより、ホッとする気持ちが強かったが、僕が薄情なわけではないと思う。

 

「お!ミンツ君 おはよう!」

 

「先生、おはようございます」

 

通学路の途中で、算数担当の先生に挨拶をかけられる。祖母は僕に挨拶をする事も、挨拶を返すことも無かった。祖母が死んだことで福祉局にお世話になる事になったが、一時預かりの施設に移って数日、軍服に身を包んだヤン大佐とキャゼルヌ准将が僕を訪ねてこられた。

 

「やあミンツ君。私はキャゼルヌ准将、こっちはヤン大佐だ。私たちは君の御父上といささか御縁があってね。父上からは聞いていないかもしれないが、お茶を振る舞って頂いた仲なんだ。少し話をさせてもらえるかな?」

 

そして、詳しくは分からなかったが、トラバース法という法律があり、孤児を高級軍人の下で養育する決まりがあるとのことだった。

 

「御父上には美味しい紅茶を振る舞ってもらった縁がある。もし嫌でなければ私の家で養育させてもらいたいんだ。もっとも私は家事は苦手だからそっちは期待しないで欲しいんだが......」

 

頭を掻きながらヤン大佐は僕に養子になる話をしてくれた。父と二人暮らしの時から家事は得意だったし、なにより控えめな父が振る舞った紅茶の縁と言うのもなんとなく嬉しかった。もちろんその場で『こちらこそよろしくお願いします』と応えていた。大佐の家事能力は控えめに言っても絶無だったけど、それも良かったのだと思う。僕が家事をこなすことで、大佐のお役に立っている。ここでお世話になっても大丈夫だと実感できるからだ。毎朝大佐を起こすのも、ひそかな楽しみだったりもする。

 

「おお!ミンツ君、おはよう。週末の練習試合はしっかり頼むぞ!」

 

「はい!監督。今日もご指導をよろしくお願いします!」

 

気づいたら校門に差し掛かっていた。フライングボール部の監督を兼ねている校長先生が挨拶してくれる。監督によると、僕はかなり筋が良いらしい。フライングボールも、大佐にお世話になってから始めたスポーツだ。祖母は僕の事をなにかと縛ろうとして、課外活動をする事を了承してくれなかった。まずは授業に集中しよう。成績不振でヤン大佐が学校に呼びだされるようなことになってはいけないのだから。


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