戦場の走り方   作:ブロックONE

26 / 41
M4A1の報告:運転技術向上の鍵は………振り子の置物と………水の入った紙コップ?


Vol.20 ドライバーからの課題

それは、オブザーバーが軍人と調査に向かい、その後ドライバーが諸用から帰って来るまでに起こった事である。

 

 

 某日。

 

 狭く曲がりくねった、まるで峠道の様な演習地の一角にて。

 ドライバーから二号車を借り、戦術人形M4A1は、鍛練のために走り込んでいた。演習地として使っているので、現在は封鎖して使っている。今回は人形のみの自主練。

  

 この走行練習は、ドライバーはただでは許可を出さず、ある条件をM4たちが飲んだ上で許可を出したものであった。

 

 

 演習コースで軽快な排気音を轟かせる二号車。M4は道幅を最大まで使い、一つ一つコーナーを攻略していく。

 

 

 

 一方、他のAR小隊の人形たちは… 

 

 「ねぇ、この練習って、一体何の意味があるのかしら?」

 

 M4A1の様子を見守るAR小隊のメンバーは…

 

 「どうして?AR-15、まさか運転嫌いになっちゃったの?」

 

 「いえ、正直言って逆よ。確かに『裸の車』に乗り込んだ時の事故のリスクが減る、言わば人形側のシステムに頼らないマニュアル操縦の訓練ってことよね?でも、私たちにとっては、こういった練習ってどうも変な感じがするわ…」

 

 AR-15が言う『裸の車』というのは、人形が車両に備えられたカメラや各種操縦系統に接続し、直接ステアリングを握らずとも、電脳だけで操縦する機能が存在しない、ステアリングを握り、ペダルやシフトレバーで操縦する、従来のアナログな操縦系統を持つ自動車のことである。

 人形はデータを食わせる、つまり、作戦データをインストールさせることで、より戦闘に対する先鋭化を図る事が出来るため、彼女は人間がやるような練習を行うことに疑問を感じていた。

 

 

 「それだけ、指揮官のレベルに近づくには必要なことなんだろう。ガバッとペダルを踏み、ぐいっとステアリングを切る人形特有の力任せなマニュアル操作のままでは、これから先危険だと判断したんじゃないのか?」

 

 M16は言う。長く存在し続けるベテランメンタルの人形としては、ドライバーにも何かしら考えがある上で、条件を出して許可をしたのかもと憶測を立てていた。

 

 

 

 尚、現行の自動車は事故防止などで自動運転機能が重要視されるが、かつて開催されたとされるAIを積んだ半自動操縦のレースカーたちにあやかった触れ込みの販促を行い、市場を暫く確立していたが、結局自律人形に運転機能をつければ良いとされた。しかし、やはりある一定の速度域になったり、予想だにしない挙動からの制御になると、 M16の言う様な力ずくと表現できる操作が多かった。反応してもセンサーに接続していない場合は、スピードを上げた途端に些か乱暴になっていたり、ひどい場合はコントロールを失い、スピンをしたりぶつけたりする事もあった。乱暴かどうかに限っては、これは同乗した時の受けとる側次第かもしれないが。

 

 しかし、ロガーを見ると、どうしても一気に踏み込んでいたり、急な操作が目立ち、数値としてはっきりと結果が記録される。

 

 一部の業務専用の人形には、元よりその対策が施されていたそうであるという。

 

 「それに…特にM4はどういうわけだか、指揮官の走り方にご執心だもんな!」

 

 夢中で車をコントロールするM4を車載カメラの映像で眺めながらM16は言う、普段引っ込み思案気味な妹が、自発的にドライバーに運転の練習がしたいと申し出たのだ。彼女は、それが少し頼もしくも、嬉しく感じていた。その内、同乗した時に感じる恐怖が少なくなってくれるかもしれないと、正直期待もしている。若干の姉補正も入ってはいるが。

 

 モニターに映る二号車は、コーナー直前までに減速を終わらせ、グリップ力を安定させながら曲がっていた。以前のM4なら、この様な場所でも、まだステアリングをこじらせ危なっかしい走りをしていたが、今は別人の様になっていた。

 

 M4においては、この訓練の前からも格段と運転の練度が上がりつつあった。それはAR小隊全体に言えることであり、以前、レーシングカートでドライバーにぶっちぎられたのが、その後の走行練習の意識に影響していた様である。

 

  

 

 

その発端は、数日前のこと。 

 

 

 「あの…指揮官!」

 

 M4はドライバーの部屋の前で彼を待ち、出てきたと同時に声を掛けた。

 

 それはカリーナから自室にいると聞いたが、彼女曰く、普段はドライバーの部屋は開かずの間だとのことで、なにか考え事で籠っているのでは?と思い、邪魔はできまいと中々ノックが出来ずにいた。

 

 出待ちされていたドライバーはちょっと呆気に取られた様子で、M4を見据える。

 

 ―M4か。わざわざ出待ちしていたのか?―

 

 「すみません指揮官、驚かせてしまって…実はお願いがあってここに参りました…」

 

 ―お願い?ほう?聞かせてくれ―

 

 

 「はい。その…もっと運転の練習がしたいんです」

 

 

それを聞いたドライバーは、以前雪山へ向かった時の事を思い出し、一瞬考えた。二号車はメンテ済み。M4も手伝って何時でも走らせられる状態。しかし、もっと限界が低い車で練習させた方が良いのか、それとも、万一的な今後を考え、一号車とそう変わらない仕様の二号車を乗せ続け適応させながら練習させるかを仕事傍ら考えていた。指揮官としては、ドライバーの目線で言う『下手』な運転技術のままにはしてはおけなかったからだ。車のダメージは追跡や逃走、または移動に妨げる。走っていて壊れることもあるが、ほんの些細な接触だって著しく性能を下げることがある。軍用のビークルに乗せるんだって、今のままでは無駄にさせてしまう。それはあまりに良心が痛む。

 

 M4は自覚した上での、ダメ元でのお願いだった。だが、同じことをしたら信頼を失ってしまうと考えた。しかし、ドライバーの基地の車で使える車は今のところ二号車だけ。しかもドライバー以外で二号車を乗り回したのはM4。今の運転技術で、仲間を危険には晒せない。

 

 

 

 

 

 

 

 ―………。良いぞ?しかし、条件がある―

 

 「条件…ですか?」

 

 ―ああ。少し待っていてくれ。すまんな?― 

 

 

 

 ドライバーは再び部屋にもどり、すぐ戻ってきた。

 

 「指揮官、これは何ですか?」

 

 ―荷重移動を視覚的に、より具体的に理解するためのものだ。条件は、お前に課題を与える。それをクリアしてほしいんだ。その課題というのは、先ずこれを車のダッシュボードに置いて走らせる…―

 

 あるものをM4に渡す。揺らしたり傾けると、中央の球体が傾く振り子の様な置物だった。

 

 ―…この時、こいつが派手に揺れ動かないように、タイヤの摩擦円や荷重などを意識して走らせるんだ。言っとくがこれは難しいぞ。だから、はじめはゆっくりでもいい、少しずつペースを上げて行け。そうだ、この基地の演習区域に、峠道みたいな所があるだろ?そこで往復しつつ、やってみると良い。足回りは荷重の向きを分かりやすくするため、何時もより、少し柔らか目にセットしておく。貸してやれる車は、この前同様に二号車だ。今度はボディパネルを元の軽いやつに戻してある分、ぶつけないように気を付けて運転してくれよ?あと、道路はみんなのものだから、いざって時は合理的に、他の皆と仲良く使う様に―

 

 と、細かくジェスチャーするドライバー。彼は更に続けた。

 

 ―これから俺は、諸用で数日間基地を離れる。そして、俺が帰ったら、俺も二号車に乗り、テストを行うぞ。もし、他のAR小隊の皆も一緒にやりたいというのなら、今のうちに連絡し、もう一度ここに来てくれ。ああ、そろそろAR小隊総員の技術向上を考えていてな。それに、お前一人じゃ心細いだろう?―

 

 

 「…!了解しました。すぐ知らせて来ますっ」

 

 

 この時受け答えしたM4は、何時もより声が弾んでいた様だった。ドライバーは一人頷きながら、その背中を見守る。

 

そして、AR小隊全員の四名が訓練参加を希望したのを確認すると、ドライバーはヘリアンやペルシカ、そして目付け役のオブザーバーに連絡を入れ許可を取り付け、オブザーバーにも委任した際に置き手紙を机に置いたり、カリーナに言付けをしたり、コースを使用する時間帯を見定め、車のセットを整備クルーに頼んだりと、準備を始める。AR小隊は16LABに戻されたりすることがあるため、一言断っておけば要らぬトラブルを回避できると考えたため。ペルシカはM4とドライバーのやり取りが切っ掛けという事で、興味を持つが、ペルシカ自身の立場上、そちらへ赴いて生で見られないことを残念がっていた。

 

 

 そしてドライバーの出発当日。彼の出発後から暫くしてオブザーバーがやって来ると、『話はドライバーから聞いている。ヘリアントス氏もペルシカリア氏も知っているから、思う存分練習を行う様に』と話していた。

 

 

………………………………………………

 

 そして現在に至る。

 

 (荷重の位置、タイヤの摩擦円…それを意識しながら……!)

 

 いざドライバーの言うとおりに実践してみると、結構難易度が高いことに気付くM4。ペダルの操作ひとつだけでも、振り子は直ぐに激しく揺れ出す。道路のアップダウンやコーナリング時の横Gでの衝撃も合わさり、難易度をより高度に感じさせた。

 

 摩擦円を意識して効率よくグリップ力を引き出す。すると、少しタイヤは鳴るものの高い速度で抜けることが出来た。

 

 以前、雪山での失態の落とし前をしっかりと付けるべく、ここはM16たちの為にも、スキルを上げて一皮剥けていかなければならないと判断したM4は、感覚を掴むべく、車体の動いた時に感じる揺れや振動、自身の予測等を身体に組み込まれたセンサーで数値化し、経験値に変え、人間で言う体得を目指す。気が付くと、少しずつ慣性ドリフトを行い、コーナーを流しながら走らせられるようになった。二号車は、ドライバーのオーダー通りに足回りも柔らか目に調整されているため、姿勢変化を感じやすくなり、よりコントロールしやすい状態にある。

 

 

 

 

 そして、走行時間を終え、小隊のメンバーが待つテントへ向かう。

 

 「あ、M4おかえり~!」

 「お疲れさま、M4」

 「おかえり、M4。結構良い走りだったぞ!以前よりスムーズになっていたか」

 

 

 「あ、ありがとう皆…えへへ…」

 

 待機スペースに仮設したピットに停めて降りると、出迎えるAR小隊の面々。M4は誉められて少し照れくさい様子。これまでは怖がられたりとか、SOPiiから運転替わるよ!とか言われたり、止まるとAR-15が半泣きになってたり、この前はM16が意識を失ったりと、とんでもないことになっていた。多分、怖いのは腕だけの問題ではないと思われるのだが。

 

 

 

二号車は整備クルーから貸してもらった整備ロボットたちが即座に点検作業を行う。整備クルーの皆さんは現在スコーピオンが壊した警備チーム用のSUVの修理をしていた。

 

 

 二号車の点検が済むまでは、暫しのインターバル。これは、ドライバーから教わったこと。その間は水分を補給したり、心を落ち着けたりする時間。運転は思いの外疲れるし、蓄積した情報整理もしておきたい。

 

 

 

 

 「ふむ、その振り子…荷重移動のトレーニングだな…」

 

 

 そこにオブザーバーがM4の背後からひょこっと現れる。

 

 

 「は、はい………っ!?」

 

 「あ、ザーバーさんだ!」

 「アンタ何時の間に来たんだ?」

 「まるで気配を感じなかったわ…」

 

 「すまん。邪魔をしたくなかったものでな。登場するタイミングを見計らっていたんだ」

 

 

 そっと見守るスタンスで参ったオブザーバー。SOP iiからは、指揮官だとドライバーと混同するため、彼の事は便宜上、『ザーバーさん』と呼んでいる。

 

 

 「中々良いとは思うが…その顔だと、まだ納得がいかないみたいだな、M4A1よ…」

 

 

 「はい…」

 

 

 「ドライバーがやっていた練習法はたくさんある。そうだな…もっと分かりやすく感じるものがあるぞ?難易度は跳ね上がるが…」

 

 すると、オブザーバーは紙コップを取り出した。

 

 「今度はこれを、ダッシュボードのドリンクホルダに置き、こぼさないように走ってみてくれ。無事フィニッシュラインに到達したら水分補給が出来る…というのはどうだろうか。車の振動等もある…少し少な目に注いでおく」

 

 唐突に提案するオブザーバー。彼は半分から少し下位までに注ぐ。

 

 「え…?」

 「ドライバーに渡されたものも良いだろうが、これだと更に具体的にわかるぞ。奴の感覚に達したいと言うのならば、こうして色々な物を試すことも大切だ」

 

 オブザーバーは、目をハの字にして、まるで昔の事でも思い出しているかのような顔をしながら説明した。M4たちは、きっとオブザーバーもドライバーに振り回されたことがあるのか…?と思うのだった。

 

 

 「二号車のチェックが済み次第、先ずは私が手本を見せよう」

 

 「待ってくれよオブザーバーさん、アンタが運転するってのか?」

 

 「ふむ。その様子だと心配しているのか?その昔…あのヘルメットの男と私は、あらゆるステージで張り合っていたことがあってな…。まぁ私の昔話など、今はどうでも良い事だ」

 

 

その少しして点検が終了したと整備ロボットたちが合図してきた。

 

 

 

 M4たちを丁度チェックの終わった二号車のシートに座らせ、オブザーバーは運転席へと座り、備え付けられたドリンクホルダーに水の入った紙コップを設置した。つまり無闇に荷重を掛けたりすると、水浸し。それはもう具体的過ぎて、むしろスリリングである。

 

 

「さあ、それでは、皆シートに座りなさい。シートベルトは着けたか?」

 

 オブザーバーは全員が乗り込んだのを確認し、二号車を発進させた。

 

 基地のガードロボットたちは、その様子を見て、『行ってらっしゃーい』とアームを横に振って見送っていた。

 

 車内ではドライバーが渡した振り子と共に揺れ、紙コップの水が波打つ様に見えた。地面の凹凸を拾った際に真上に跳ね、それがまた水面へと落ちる。まるで踊っている様だ。振り子も唐突に激しく揺れることはない。

 

 連続カーブでは溢れる寸前まで水面が揺らぐ。

 

 AR小隊一同、水を溢さず二号車を走らせるオブザーバーに驚きを隠せない。

 

 そして、溢さず往復を終える。流石にスピードレンジが低めなので、AR-15は今回恐怖でメンタルが揺らいだり、声を上げる事はなかった。

 

 次に、オブザーバーは助手席に座り、その鉄面皮な顔のまま『くれぐれも、助手席の私の顔面にぶっかけないでくれよ?…ん?女の子にぶっかけられるってこれある意味夢シチュか…?』などと顔に合わない冗談混じりの注意を促してから、改めて走行練習を再会した。練習は先程同様に代わり番で行われた。人形たちは紙コップの中で揺れる水に手こずった。何せ少しでも飛ばそうとすれば直ぐに溢れそうになるからだ。振り子の時よりは比べ物にならない。

 

というか、助手席のオブザーバーにぶっかけるのは、それは多分大変なことになりかねないので、その意味では速度を出しても慎重な運転を心掛ける様に善処していた。

 

 

 そして、全員の走行が終わる。それを何回か繰り返し、時間が来たので先ほどのピットにてミーティングを行う。オブザーバーは見事にぶっかけられることはなく終了した。

 

 

 

 「ドライバーの奴は、カートから四輪へ上がった時、更なるコントロール感覚を養うべく、足回りをわざと柔らかくセットし、この様に紙コップやら振り子やらを載っけて走らせていた。無論私もな…」

 

 

 

 ミーティングの大事な部分が済み、気持ち休めにちょっとした雑談が行われていた。オブザーバーはその中でそんなことを話しており、いつも運転達者なイメージの強いドライバーにも、そんな時代があった事を知る。

 

 

 「ところで…前から気になったんだけど、ザーバーさんって指揮官とどういう関係なの?」

 

 「先程の通り、昔から張り合っていた。おまけに、ヤツとは同じレーシングスクールに通っていた事もある。まぁ、長く商売敵だった仲さ」

 

 「差し詰め、指揮官のライバルってわけか?」

 

 「そうなるかもしれんな。ドライバーが私によく絡んできて、今度は私がつれない態度を取る。するとまたドライバーがしつこく絡んで来る…という展開だった。よく周囲から仲良しコンビだとか持て囃されたものさ」

 

 「なるほどなぁ…」

 

 「レーシングスクール…?」

 

 その単語にM4が反応した。

 

 「ああ、若手のカーレーサーを育成する、自動車メーカーもしくは個人で開かれる塾の様なものだ。その スクールによっては、プロへの道が開かれ、しかも、メーカーからマシン等の手厚いサポートを受けられる」

 

 「へぇ~!面白そう!」

「メーカーから?となると相当なレベルなんですね?」

 

 

 「まあ、そうなる。だがな…時代の変化は残酷だ。コーラップスが原因で起こった戦争が激化。戦後からまた紛争も増え、汚染も後押しして社会全体は混乱の中。修行や参戦のための渡航もかなり難しくなり、AIの発達と共に自動運転が更に発達、そして、処理能力の高い自動人形が台頭したため、そこまで高度な運転技能を人間は持とうとしなくなった……」

 

 人形たちは、なんだか残念そうだった。しかし、M16はこう話した。

 

 「…だが、それでも人間の様には上手くはいかんこともあるのもまた事実だ。こればかりは、経験を積んだ人からの手厚い指導が欲しくなる」

 

 

 

 「ええ、操縦系統に直接接続して操作が出来ないアナログ車は、人形にとっては操縦がとてもシビアだから…」

 

 

 「特に、高速走行しちゃうとね…」

 

 「いくら情報があり、早く認知判断が出来ても、操縦時の加減が利きにくく、どうしてもロスが生じてしまうんですよね…」

 

 M16からAR-15、SOP ii、M4と続いていく。オブザーバーは『そうか…ふむ…』と相槌を打つ。直線で速度を出すのは誰にでも出来るが、それがタイトなコーナーだったり、曲がりくねったりする場所の場合は、別に訓練が必要で、それをやろうと考えるのは殆ど運転が好きな人形くらいであった。いつも高速度で走行するために必要なスポーツドライビングの心得に対する関心や認識が疎かったりもする。

 

 

 そこに…

 

 

 

 

 「運転技術に関するものは、単なる操縦方法等と異なり、所謂、作戦報告書の様にデータ化するのは難しく、私たちがそこで先鋭化していくためには、持ち寄ったボディ(身体)での多くの実走経験そのものが必要になる……と言うことですね」

 

 RO635がAR小隊の後ろから現れ、そう言った。

 

 「RO!貴女たちも走行練習に?」

 

 SOPiiが話し掛ける。

  

 「ええ、私たちは今来たばかりよ。ああ、ごめんなさい。いきなり話に割り込んでしまって…」

 

 「気にしないでRO。これは私たち共通の課題だもの」

 

 と、M4はROにそう返す。

 

 「だからこそ、あなたたちAR小隊には負けられないわね!」

 

 ROの後ろから顔を出しAAT-52はそう話す。…となると、92式とステンの姿もあった。AAT-52が言う台詞には、恐らく彼女の出身国に、F1やWRC等を主催する自動車連盟の本部がある事に起因してるからだとされる。本場だから他の国出身の得物と同名の人形たちには負けられない、と言うことになる。となると、RO等もそこに含まれてしまうが、AAT-52本人はあまりそこまで考えておらず、この時は単にエリートであるAR小隊にライバル心を燃やしているに過ぎなかった。

 

 

 「さて、AR小隊はこれより撤収時刻だな。総員、片付け始め。私も手伝うぞ。RO、君の部隊は、何時でも練習に取り掛かれるように、準備をしておきたまえ」

 

 「了解しました。さあ、皆準備を始めましょう」

 

 ROはパレット小隊の皆を引き連れ準備に掛かる。AR小隊も各自片付けを開始し、撤収していった。M4は、どこか物足りなかったのか、コースの方を時折眺めていることがあった。

 

尚、この日のレコードタイムが抜けないと嘆くAAT-52。ROがボードをよく見ると…

 

 

1位 NO NAME(恐らく手本で走っていたオブザーバー)

2位 M4A1

3位 M16A1

4位 SOP ii

5位 AR-15

 

6位 AAT-52

7位 RO635

8位 ステンMk-ii

9位 92式

 

 

という状態だった。というか、そもそもAR小隊とオブザーバーの乗っていた二号車はドライバーの一号車の予備なので、性能的には圧倒的な差が開くのは当然。ROはドローン映像からゴーストを再生し、比較しても比較するまでもなかった。

 

おまけに、オブザーバーは模範走行しただけなので、除外をし、車のクラス別にすると、AAT-52はそれでもROたちを差し置いてパレット小隊内外でトップを飾っていた。

 

どちらも殆どがコンマの差。嘆くAAT-52をROは『また別の機会で同じ車で挑んでみましょう?』と励ましていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 AR小隊の撤収後、基地の兵舎にて。

M4は、自分が走った後とオブザーバーの模範走行の違いを見比べていた。

 

 総合的にやはり違い過ぎると痛感、未だに勢いよく動かそうとしている傾向があり、比較的硬い動き。一方でオブザーバーは操作そのものに滑らかさがあり、たった一つの所作だけでも、車の動きも自分達がやっている時よりスマートに見えたのだ。ペダルワークも、そこからの細かなフットワーク、そしてステアリングやシフトの操作も。

 

 一先ずは本日の練習に関するレポートを纏めて提出し、一度M16たちと休息することにした。

 

 

 その一方。

 オブザーバーはというと、ドライバーから借りている執務室兼自室で、何者かと連絡を取っていた。立場上、やはり報連相は厳である模様。

 

 しかし、なぜ、ドライバーの机があるのに、ミカン箱の仮設の机に座布団という形で執務をしているのだろうか…しかも背筋もピンと伸ばしており、綺麗な正座である。それはオブザーバーのみぞ知る…のかもしれない。

 

 

 

 

 そしてその夜、M4はオブザーバーから臨時の依頼を言い渡され、再び二号車のステアリングを握っていた。滑らかな運転を心掛けており、これは昼間の反省点を意識している。

 

 

 

 その任務とは、ドライバーとオブザーバーにとってはお得意先である小料理店に向けて荷物を配達しようとしたが、遠征してきた人権団体の活動により、通行止めなってしまったらしく、沈静化させるまでに時間が掛かっていた。うかつに車も出せない。

 

 そこで、久方ぶりにドライバーたちの力を借りたいのだという。しかし、ドライバーは不在なので、ここは、オブザーバーが与えられた権限の上でそれを受理し、執り行うことにした。そこで、話を聞いた人形たちの中でM4が志願した。他の皆はもしもに備えて、基地で待機を命じる。というか、直ぐに出られるのがM4くらいしか居なかったというのもある。出先でデモ隊の関係者等に見付かると厄介なので、二号車の車体は予備として置かれていた、ホワイト一色でグリフィン等のロゴが一切入っていないボディパネルに素早く交換され、基地を出発していった。

 

 

 

 さて、M4からしたら、この旧道は安全区の一部である以前にドライバーの手伝いで走り慣れた道。そこを通って指定された荷を市場から受け取り、今度は料理屋まで運ぶ。訪問すると、女将は顔見知りの人形であるM4に暖かく迎え入れた。

 

 

 「忙しい時なのに、わざわざありがとうね?」

 

 「いえ、お礼を言われるほどでは…」

 

 「あ、そうだ!これ持っていって?」

 

 女将は手伝った人形たちに何かしら労いの品をくれる。 人形が食事を取れるのをオブザーバーたちから聞いたそうで、お礼としておにぎりやら試作のものをご馳走してくれたりする。今回は出来立ての白米で作ったというおにぎりを頂いた。屋内栽培ものらしいが、見た目から本当に屋内で栽培されたものなの?と思うほど。具は鮭。鮭は養殖物らしいが、その味はとても良かった。

 

 もし、ここにM16がいたら、配達後や休日に呑みに訪れて長居することになりそう…と想像するM4。何より、何時もはスプリングフィールドのカフェバーにて飲食するため、たまにとは言えど、こういう所に来ると新鮮味を感じる。

 

 伝票は二次元コードを読み込ませるだけで届いた事が伝わるため、後はM4が二号車と共に基地へ帰投し、完遂したことを臨時指揮官のオブザーバーに報告するだけ。

 

 そしてここから帰り道。夜道を走る二号車の車内には、よく見るとドリンクホルダーが付けたままで、そこには水の入った紙コップがあった。オブザーバーは『荷物のこともあるし、どうせだからこれで行け』と話していたのだった。

 

 まるで、今のM4は自身が影響を受けた漫画の主人公の様な状況。ただ違うのは、扱っている車種と道路の場所。

 

 夜道は視界が悪い。人形故にその辺は補正が利くが、何だか狭く感じる。

 

 昼間見たオブザーバーの走らせ方と、何時ものドライバーの走らせ方を思い出しつつ、紙コップの水を溢さぬように下り道を走らせた。

 

 旧道故に通行止めになっているため、道幅を大きく使える。ただし対向車が来なければ。

 

 ステアリングを切り、動きが固くならないように流動的なコントロールを心掛けた。

 

 効果は早速現れた。しかしまだ掴み掛けの粗削り。でも、確実に昼間よりも良くなっている。幾つかシミュレートを繰り返していた。人形ゆえに訓練の成果は早く出始めた。『これならば指揮官に合格を貰える』と、そうM4は確信する。

 

 何時も頼まれたときに走ってきたデータと比較しても、車体の挙動が安定している。セッティングが昼の訓練の時の様にワインディングを走るのを想定し、ギャップを変に拾いすぎないように比較的柔らかめになっているのも、それを手伝っているのだろうか。

 

 その矢先。

 ふと、搭載されているバックビューカメラから後続車が迫って来るのを確認した。車体は黒に黄に白、派手と言えば派手なカラー。二号車もボディパネルを換装してあるため、グリフィンのロゴは入っていないが、形状だけからしても派手な方である。

 

 

 (何だろう…こんな時間に…)

 

 

 出発したのはM4と二号車のみ。それにあの車種は基地では見掛けないし、この辺りは旧道ということもあり、M4が知る限りではドライバーくらいしか通っていない。

 

 

 「……♪」

 

 後続車の運転手は前方の二号車を捉えほくそ笑む。真っ暗故に誰が乗ってるかは、M4からはよく分からない。ただ、車内でサイドテールが揺れる。乗ってるのは女性だろうか。シフトタイミングランプが点灯し、パドル型のシフトを操作してギヤを一段上げる。

 

 M4は煽り運転かと思い、映像を記録し、速度を上げる。この状態は停まっては危険。なので振り切ろうとした。おまけに、この狭い道で運転しながら得物を扱うのは幾らなんでも危険。

 

 後続車からのパッシングによる発光信号で『バ・ト・ル』という意思表示を感じる。

 

 あれがドライバーの一号車でならば、腕試しも兼ねて望むところだと言いたいのだが、一号車ではない。

 

 それともドライバーの新しい車だろうか。少なくとも鉄血ではないので、最悪の場合は停まって処理するのも仕方無いと考えた。

 

 一先ず速度を上げる。すると、後続車も攻めの走りをし出す。だがぶつけてことようとはしてこない。追い抜こうと一種のオーバーテイクを狙っている様に見えた。そして後ろからラインをトレースされている。

 

 

 M4は攻め、後続車を離す。しかし、直ぐにテールトゥノーズに持ち込まれ、接触しないようにギリギリを保ってくる。

 

 (ああ、不味いわ…最悪な状況ね……)

 

 M4は口に出さずとも、そう思考した。メンタルが揺れ動く。

 

 こういう時、指揮官(ドライバー)ならどうするのか、普通に振り切ってしまうのか。だとしても、今の自分にそんな芸当が出来るのか。

 

 このままでは追い抜かれてしまう。それはなんだか許せない彼女は、後続車を降り切ろうと攻める。

 

 後続車は、相変わらず二号車のスリップについていた。バケットシートに包まれる乗り手の少女らしき人物は、不気味な薄笑いを浮かべており、琥珀色の目がしっかりと前方の二号車を捉えていた。

 

 ヘアピンに差し掛かるが…

 

 (だめ…相手の方が速い…!)

 

 M4は出口で並ばれる。薄暗くて運転手はわからない。しかし、車内では相手は薄笑いをまた浮かべ、速度を落としたM4と二号車を尻目に、悠々と走り去って行くのだった。

 

 追い抜いたその車にはバンパーに『45』と小さく数字が刻まれていた。車体の形状を記憶し、一先ず基地に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ふむ、妙な車にパッシングされ、オーバーテイクされた、か…」

 

 「すみません…」

 

 「君が無事なら、私としては言うことはない。それにこういう時、旧道とは言え安全区。発砲は難しいし、道が狭くてすぐ急カーブだ。それに、変に停まるのは危険と教わっていたものだもんな…オブザーバーさんもそう思うだろ?」

 

 謝るM4にM16は慰める。実質安全区では有事でも発砲すると大事になりかね無いこともある。

 

 「如何にも。この場合は懸命な判断と言えよう。やつもそう言う筈だ」

 

 オブザーバーはそう一言。

 

 「もう!一体誰なの!?M4煽ったやつ!」

 

 「落ち着きなさいSOP ii。憤慨したって解決しないわよ?M4と二号車が無事帰って来たのは、確かに何よりの吉報ね…」

 

 SOPiiをなだめるAR-15。

 

 

 

 「オブザーバーさん、ドライバー指揮官なら、こういう時、 どうしたと思いますか……?」

 

 「…ふむ」

 

 オブザーバーはこの問い掛けに対し、暫し考え込む。

 

 

 「ヤツなら、先ずは紙コップの飲料水を飲み干したかもな…」

 

 「……、…あっ!」

 

 M4は大変なことに紙コップの水を気にしていなかった。M4は声を上げ、皆に一言断ってから整備クルーが点検するガレージに駆け足で向かった。

 

 

 

 

 

 「そ、その…申し訳ありませんでしたっ…!」

 

 「ああ、大丈夫だよM4A1。指揮官はたまに全身水浸しで乗ったり、ヤバイ時なんて泥だらけ、砂だらけ、たまに煤だらけで乗り込む事があってね…そりゃもう大変だった」

 

 「ここの車両は防水や汚損対策は完璧にしてる。飲料水くらいなら平気さ!でも、次は一応気を付けておくれ?」

 

 「はい…気を付けます…本当に申し訳ありませんでした…」

 

 整備クルーの落ち着いた返答に、ペコリと頭を下げるM4。というか、煤まみれって、ドライバーに一体何があったのだろうか。

 

 その後、またM16たちの元に戻る。

 そして、そんな彼からの課題をクリアするためにも、AR小隊の皆と共に、戻ってきた二号車に乗って再び鍛練に励むのだった。

 

 「M4!次乗る時、私も乗せてね!」

 「そんなこと言って、あんた女将さんにごほうびもらいたいんでしょ?」

 「ひどーい!さすがに違うよ!?ちょっと合ってるけど…」

 

 SOP iiとAR-15のやり取りにM4とM16は、思わず笑う。しかし、M4自信においては、追い抜かれた事にどこか悔しさを感じていた。

 

 そして、彼女の番がやって来て、今日もステアリングを握る。まだ上達への道は長し。

 

 

 

 

 某所の地下駐車場。

 

 そこにM4と二号車をオーバーテイクした車が停車した。形状は3ドアのハッチバック。外装も内装もドライバーの一号車と形は異なれど、似通ったものである。

 

 すると…

 

 

 

 「あ、おかえりなさい45姉!」

 

 「ただいま、9」

 

 そう。この車を運転していたのは、もしかしなくてもUMP45であった。妹のUMP9がその帰りを出迎える。

 

 

 「…あら416、珍しいわね?貴女まで出迎えてくれるとは嬉しいわ♪」

 

 「そうね、てっきり負けて吠え面かいて戻ってくるものかと思ったんだけど…」

 

 憎まれ口を叩く416。

 

 「ふふっ…それ、結構相手のことを買ってるって事よね?」

 

 「な、なんですって!?別にそんなんじゃ…!」

 

 発言の裏を突かれて顔を赤くする416。

 

 そこにG11が横から現れ…

 

「あ、おかえり45。ねえ聞いてよ、416ったら心配そうにしてさ、夜遅くまで待ってたんだよ~?」

 

 にやけて語る。まさしく、『良いもん見れたぜ!』と言いたげな顔であった。

 

 「G11!?余計なことを言わないでよ!?」

 

 

 「あらら?そうだったのね。でも、ざーんねん!勝っちゃったわ♪ごめんねぇ~?ふふふっ」

 

 わざと陽気な態度で416に返す。大袈裟にダブルピースしながらにっこりと笑顔を向ける45。それを見た416は、ふんだ!と腕を組みそっぽを向いた。

 

 UMP9がふと車内を覗き込む。すると、備え付けれていたドリンクホルダーに、使い捨てのプラスチックの透明なコップに水が入っているのを発見する。

 

 「すごーい!行く前と水量が変わってないよ!」

 

 この発言に思わず、416とG11も中を覗く。

 

 「………出先で継ぎ足したとかじゃないでしょうね?」

 

 

416は、ジト目で45を見ながら問う。

 

 

 「失礼しちゃうわ。私そんなズルいことする女に見える~?」

 

 「どの口が言うんだか…」

 

 「416はこの前もポタポタ溢してたもんねフギャッ!?」

チョップをくらうG11

 

 「お黙んなさい!私は完璧よ…!完璧だもん!」

 

 

 

 

 そんな45たち404小隊とは、別の場所でM4たちと出くわすことになる。

 

 

 

 

………………………………………………

 

 

オブザーバーの報告:安心しろドライバー。お前の弟子…特にM4A1は着実に育ってきてるぞ。あと、車のことは大目に見てやってくれ。部品代は必ず弁償する。

 

 

ドライバーの報告:インパネ回りに水…なるほどな。把握したよオブザーバー。あんな状況じゃあ、紙コップの水まで気を配れんよな。後、お陰でM4のタイヤの使い方が格段と良くなってるぞ。これは良い傾向だ。感謝する。M4、お前はなにも悪くない。

 

 

カリーナの日報:M4さんを後ろからオーバーテイクしたあの車。一体何者なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RO635の報告:私にも出番をください(切実)




閲覧ありがとうございました。

M4の ドラテク が 上がった !



今回はドライバー不在時のM4たちの様子でした。
紙コップに水いれて溢さず走るって、つべとか見るとやっている方もいるそうですね。私はやったことはないですがスゲー難しいそうです。真似はしない方がいいです。やるなら自己責任で。私もそうします←


振り子はドライバーの優しさ。紙コップはオブザーバーの厳しさ……だと思ってください(何のだよ)


あと、二号車の足回りのセットが柔らかくしてあるのは、かつて私がリアルで某サーキットにて練習する機会を得た際、お世話になった講師の方の解説が元だったりします。

講師の方に感謝しております。そして読者の皆様にも感謝です…!




次に、深層映写イベントが始まりましたね。
さっそく覚えたばかりの赤豆潰しをしようとしたら、タイミングが悪く見事に爆殺されました(笑)

多分イベント中は更新が遅くなるかもしれません。


では、また次回でノシ


RO635「君の心に、ブーストファイア!」

今後、【戦場の走り方】内で見てみたいものは?(もしかしたら反映されるかもしれません)

  • 劇中に世界の名車を登場。
  • AR小隊vs404小隊のレース対決。
  • スオミを走らせよう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。