緑谷出久は転生者 作:ほねっこ
『や…やめろよ…それ以上は…ぼ、僕がゆるひゃないぞ!』
いじめられていた子を助けた。幼馴染が他の子をイジメていたから、絶対止めなきゃいけないと思って、だから飛び込んだ。
もしかしたら止まってくれるかもしれない―――そんな淡い期待もあったのは嘘じゃない。だけど、そんな期待はすぐに粉砕された。
『無個性のデクのくせに…いっぱしにヒーロー気取りかぁ…ああ?』
その少年は…手のひらをぱちぱちと爆発させながら、そういった。その顔は笑顔だった。
―――――個性、という力がこの世界に溢れてどれくらいの時間が経っただろう。
どこかの国で、身体が発光する赤子が生まれた事が始まりだった。それを機に人類は超能力―――『個性』と後に呼ばれるようになる力を得ていった。それは目の前のものを持ち上げるだけの力から、戦車と単体で戦える圧倒的な力まで様々。そんな力を持った人間がランダムに、様々な場所で誕生し始めたのだ。
そんなこんなで当然地球は戦火に包まれた。要は圧倒的な力で全てを支配したい人と、それを阻止したい人とがぶつかり合ったのだ。
そんな世界だから、とある二つの存在がこの世の中心に据えられた。
ヴィラン…そして、ヒーローの存在。
その戦火は姿を変えて綿々と続いている。
そう、過去に幻想のものとされていた『ヒーロー』が現実になったのが、今の世界なのだ。街に出れば悪い姿をしたヴィランが現れて、それを国の許可を得た本物のヒーローが退治する。そんな夢みたいな日常が続く場所に、世界は様変わりしたのだった。
夢は現実に。今、日本は…いや、世界中はヒーローブーム。誰もがヒーローに憧れて、誰もがその夢に手を伸ばす。
僕、緑谷出久も、もちろんそうだった。
ただ、あの時。
幼馴染のかっちゃんに殴られて、散々ぼこぼこにされたあの時に、若干6歳にして、僕は現実というものを思い知った。
この世は、人は三つのジャンルに振り分けられる。
一つはヒーロー。一つはヴィラン。そして最後に―――個性を一つも持っていない、無個性という存在。何者にもなれる可能性のない、そんな存在。
つまり、 僕の事だ。
『無個性は、ヒーローにはなれない』。
そんな当たり前な現実は、僕の心にズシリとのしかかった。
これは、そんな世界で僕が諦め悪くみっともなく足掻く…そんな、僕の物語だ。
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『キシシシ!またやられたなぁ、出久!』
放課後。バラバラに爆破された大切なノート、『ヒーロー観察ノート』を池の中から掬い上げていた緑谷出久の頭の中に、そんな騒がしい声が響いた。
『だから俺様に代われって言ったんだ。俺様に代わったらよう、あんな奴すぐにぼっこぼこなんだぜぇ?』
「そ、そんなのダメだよ…そんな事したら、お前暴れまくるんだろ…」
『まあ、俺TUEEEする為にこの世界に来たんだしな!』
出久は『一人』で頭を抱えて喋っていた。端から見るとそれはとても危ない光景に映るかもしれないが、しかし出久の顔は疲れてはいるものの至極真面目だった。
今、出久は一つの問題に直面していた。否、爆破されて池の中にぽちゃんされたこのノートの原因も問題の一つかもしれないけれど、それ以上の問題だ。
『折角転生してきたってのに、乗っ取りには失敗するし主人公だしそもそも身体は貧弱だしで…最悪な転生生活だぜ。俺TUEEEEできると思ってたのによ』
「だから、個性は許可なく使っちゃ犯罪なんだって…それに、僕絶対嫌だからね?君に身体を乗っ取られるなんて」
そう、最近唐突に頭の中に沸いて出てきたこの謎の声だ。
謎の声は自分の事を『転生者』と言い、出久の身体を乗っ取ろうとしたが失敗したといい、そして身体を今すぐ寄越せと宣うのだ。これを問題とせずして何を問題にできるのだろうか。
「そもそも、転生者って何なんだよ」
『転生者は転生者だろ?』
「そんな常識みたいに語られても僕は知らないよ…」
ため息を吐いて、出久は空を仰ぎ見た。
突然現れたこの隣人もそうだし、唯一の幼馴染のあの態度もそうだ。どうして自分って他の人と違うのだろう。無個性だし、やっと現れた僕の異常も人格あるし身体乗っ取ろうとしてくるしでちょっと訳が分からない。
そもそも、幻聴だしこれ。多分。きっとそう。だって、出久は医者にも判を押される程『無個性』なのだ。
『なあ、俺ずっと疑問だったんだけど、爆豪勝己だっけ?あいつこれからヒーローになるの?絶対ヴィランと繋がって表でヒーロー、裏であくどい事しまくるクズヒーローになると思うんだけど。
原作途中から読んでねえからなぁ…でも、絶対後で裏切るタイプだと思うんだよな。幼馴染ってだけでフラグ立ってると思うし』
「…かっちゃんはそんな事しないよ…」
せめて、この歯に衣着せぬ言い草だけはどうにかならないかなぁ。後原作って何の事?
返事をしつつ、そう思う出久であった。
出久はあの暴行事件からすくすくと育ち現在中学3年生となっていた。
中学3年生と言えば、人生の節目とも成りえる大切な時期だ。行く高校によって未来は大きく変わるといってもいいだろう。
重度なオールマイト中毒者である出久はもちろん、第一志望を『雄英』にしていた。ヒーローになりたいし、何よりあの憧れの人みたいに、いつでも笑っていられるヒーローになりたい。そう思っていた。
だけど、『雄英』を受けようとしていることがバレただけであの態度だ。
本当、自信がなくなってくる。記念受験だなんて、そんなつもりは全然ないのに。
それに、最後には『飛び降りて人生やり直せ』だって?そんなの、自殺教唆だぞ。ヒーローになろうとしている奴が言っていい言葉じゃないだろ、本当。
だけど、そんな事面向かって言えるわけがない。それだけ、出久と彼―――爆豪勝己との差はあまりにも広がっているのだった。
ノートを回収した出久は、今一人で帰宅していた。友達がいない出久はいつも一人で帰宅している…のだが、今は頭の中に隣人がいるので一人って感じがしない訳だが。
「はあ…これからどうしよう…」
『ったく、んなに悩むんなら、とっとと俺と代わればいいじゃねえか。そうすれば悩む必要ないぞ?』
「それじゃ何も解決しないでしょ…」
そうだった。彼の事だけじゃない。出久にはこいつもいたのだった。
頭の中のこいつ―――名前は分からない。以前出久が尋ねた時、『そりゃ緑谷出久に転生してきたんだから、俺の名前も緑谷出久だろ』と言われたときはゾッとしたものだ。何それ怖い。
「それにしても、本当にこの人の事は何も分からないんだよな…人格を持った個性って割と存在して、二心一対ヒーロー『ラジコメン』もその一人だ。彼の個性は完全に本人の人格から離れて存在していて、お互い会話することもできるしそれ以外のコミュニケーションもする。さらに喧嘩したり仲直りもするんだって話もあるしそれに記憶も別々っていうのも聞いたことがあるけど…僕とこの人の関係も同じようなもの。もしこの人を僕の個性と捉えた場合、僕はこの人と何とかうまくやっていかなきゃならない…それは分かってるんだけど、性格が僕と乖離し過ぎてるっていうか、どこかかっちゃんと似てるからあまりしゃべれないっていうか、そもそもどんな個性なのかまだ全容も把握できてないんだよな。でも話そうとしてもはぐらかされるばかりだし…でもヒーローになるためにはまず個性を制御しないとどうしようもないわけで…今までは幻聴か何かだと思ってたけどここまで長く続くとやっぱり個性だと思った方が自然なんだよな…それだともうちょっとコミュニケーションをとらないとダメなんだろうか…」
『生緑谷出久のブツブツ…やっぱりちょっと怖いな!」
思わず思考に沈んでしまっていた出久は、覚悟した表情で口を開いた。
「ねえ、君…僕と一緒にヒーローになるつもりはない…!?」
『ヒーローねぇ…まあ、このまま進めばそうなるんだろうけど…でも俺、ヴィランルートも結構ありだと思うんだよな。なあ、出久。俺と一緒にヴィランになるつもりはない?』
「ダメだこいつを外に解き放つなんて僕にはできない…!」
ダメだった。こともあろうにヴィランに誘って来やがった。出久は口をつぐんで歩き出した。
さっきのは気の迷いだったのだ。こいつと一緒にヒーローなんてぶっちゃけありえない。
『ちぇっ。しゃあない。分かったよヒーローになってやるよ。ほら、これでいいだろ?分かったら身体寄越せよ。よーこーせーよー!
…あれ、ちょっと出久さん?無視ですか?返事しろよおい…ねえ、ちょっと?返事してよ…おーい。ちょ、声聞こえてない系?マジでやめてよ、俺、ちゃんと存在してるよね?大丈夫だよね?ここちゃんと現実だよね…?お話ししようぜ出久…なあ、俺ちゃん泣いちゃうよ?このまま消えるとか俺様いやなんだけど…ねえちょっと!』
今更手のひらを返されても…と出久は無慈悲にもスルーした。何せこいつ怖い。軽々しくヴィランになりたいという奴を相棒に認定する程、出久も懐が広い訳じゃない。
『あばばばば…胡蝶の夢が…俺は俺の筈なのに…身体がないのは何故…一体俺様とは…?俺は本当に存在してるのか…?』
「…」
出久はそろそろ冷や汗を流した。なんだかヤバい方向に思考が進んでいってるのが分かる。出久は仕方ないとため息を吐いて、口を開こうとして――――。
バカンっ!とけたたましい音を立てて吹っ飛んだマンホールと、そこからぬるりと現れたヴィランの姿に、身体が硬直した。
「Mサイズの隠れ蓑…ミッケ…♡」
にやり、と人の顔とは既に言えない、流体の身体を持ったヴィランが、嗤った。