鬱蒼とした樹海の中にぽつんと慎ましく建った木造の一軒家に、幼い俺は奏女様に拉致られ連れて来られていた
…ボロとは言わん、しかしもうちょい広めに建てれんかったのか…
一軒家と言ったがね、これはどちらかと言うと小屋だ。これ多分広さ的には五畳あるかないかだよね…
明らかに二人で住むには狭すぎる。いや、一人でも狭い
しかもど真ん中に布団敷いてるから他に物置けねえし、何より布団はご丁寧にダブルが1つだけ…
いやさ、一緒に寝ろと?若い男女(ガキと見た目だけ)が同じ布団で夜を共にしろと!?アホか!貞操を持ちなさい!
「今日からここで私と二人で住む」
「…ここで?」
言いたい気持ちは分かる、今でも言うね
「そう、ここで」
「…あんたとふたりっきりで?」
キャッキャッウフフなイチャイチャライフなら良いが、これから始まるのは語るもおぞましい地獄の修行だ
「そう、私と二人きりで」
「……いつまで?」
「さあ?あんたが立派に独り立ちしたらじゃない?」
…奏女様、適当だなぁ…
「…マジで?」
「マジで」
マジなんです
「…メシは?」
真っ先に食い物の心配とは…我ながら子供らしさが無いな、サバイバル精神満載か
可愛げ無し!つうか他にもあるだろ!?友達と遊びたいとか!テレビは?とか!ゲームしたいとか!
あっ!友達なんて唯しか居なかった!テレビあんま見なかった!ゲームなんてこの頃した事ないわ!
「飯の心配はいらない。私が作る」
「…材料は?」
「肉ならその辺にいっぱい住んでるから大丈夫。山菜や木の実、キノコもあるし。魚は食える奴が居るかは分からんがどうにかなる」
奏女様、肉はその辺に住んでるってさ、それは魔獣や魔龍や。決して食用の家畜ちゃうよ。最悪こっちがあいつらの食料やで
しかも魚は食える奴が居るかは分からんだと?食える怪魚や魔魚なぞリヴァイアサン以外ほぼおらんわ!
そして海でもあるまいに、リヴァイアサンがいるわけねえだろうが!
「…俺帰る!こんな森の中に住めるわけねえ!!」
だよね!
「駄目、もう遅い♪」
楽しそうだな。奏女様め、意地の悪い笑みを浮かべてらっしゃる…
「というかどうやって帰るつもり?」
「は?!そんなもん歩いてりゃそのうち森から出れんだからなんとかなんだろ!」
無理無理…諦めな
今の俺でも森から出るのは、単騎駆けじゃ1週間はかかるね
「無理だよ、その前に間違いなくあんたは死ぬ。ここはね、魔の森と呼ばれる全次元でもトップクラスの危険地帯だ。分かりやすく言うとね、ここは魔獣や魔龍の巣窟なんだ。ここは森の最奥、中心だよ。当然生息してる魔獣共の力は桁違いだ。黙って私の傍に居た方が安全だよ?一応ここら一帯は私の結界が張ってあるから魔獣共は入って来れないしね」
…そう、何の因果か、ここは魔界。我等がメルフェレス魔界の立ち入り禁止区域、最上級危険地帯、魔の森
魔王すら足を踏み入れたがらないガチの危険地帯
今更だが、俺、昔この魔界に来てたのな…
「…ウソだろ…」
「嘘じゃないね」
事実です、諦めろ
「そう言えばあんたを弟子に取ったのに自己紹介がまだだったね。これから二人で住むのに大事な事を忘れてたよ、ごめんごめん」
「俺はまだあんたに弟子入りするなんて言ってないぞ!」
言うだけ無駄無駄、諦めろ
「私は琥牙奏女太刀乃神。斬式夢幻流と天破狂奏流の継承者だよ。あんたに教えるのは天破狂奏流の方かなぁ、斬式は強力だが危険だからね。大丈夫大丈夫!私が手取り足取り、優しく厳しく鍛えてあげるよ。ちなみにまだ若い綺麗なお姉さんだ、ババア呼ばわりしたら殺す」
嘘つき!優しく厳しくじゃなくて、厳しく、時に厳しく、ひたすら厳しく鍛えたじゃないか!優しさなんてなかった!
いや待てよ?死なないように加減してくれてたし、強力な魔獣共を狩る時は奏女様がメインで、俺はサポートだから優しさもあったのか?
……んなわけあるか!!優しさなんて欠片もねえわ!!
しかも若いだと?!オオボラもいいとこだ!!クソババアじゃねえか!!若えのは見た目だけだろ!!この見た目詐欺!おっぱいお化け!
自分で綺麗なお姉さんとか言ってんじゃねえよ!事実でも少しは謙遜しろ!クソババア!おっぱいお化け!
殺すとか!ガチ目の殺気飛ばすとか!子供相手にムキになるなよ!短気!寛容な心を持て!そのおっぱいの如く大きな慈愛を持て!!
「人の話聞けよ!!」
無駄無駄、人の話なんざ聞かないからね
唯我独尊、我が道を往くとは奏女様のためにこそある言葉だね
「で?あんたの名前は?好きな食べ物も教えな。後好きな遊び、運動、なんでもいいから、とにかく好きなもん教えな」
「……瑞稀」
おい、自己紹介はそれだけか?もうちょいあるだろ!?
しかもわざわざ奏女様が話振ってたろ!素直に答えろ!知らんぞ!奏女様は短気だからすぐにキレるぞ!お前は本当に可愛げが無いな!!誰だ?!このクソガキ!
俺だ!!
「…じゃあ瑞稀、好きなものは?教えろって言っただろうが」
ほら見ろ!もうキレてる!
「なんで教えなきゃいけないんだよ!だいたいなんなんだよ!いきなり現れて弟子にするとか!一緒に住むとか!意味分かんねえんだよ!」
「…そうだね、流石に急すぎたね。しかし呆れた、徹平は何も瑞稀に説明してないんだね…」
されてません、あのジジイはボケが進行してるので、説明してない事すら忘れてるんですきっと
「取り敢えず私が何で瑞稀を弟子にして、何でこの森で二人きりで住む必要があるのかを説明するわね?」
こうして落ち着いてる時は滅茶苦茶美人なんだけどな
如何せん口は悪い、短気、気性が荒い上に我が凄まじく強い
残念過ぎる…!
「まず私は瑞稀のおじいちゃん、徹平に瑞稀を鍛えてくれと頼まれたの。そして私はそれを引き受けた。ちなみに何で私に頼んだのかは、私の口からは言えない。ごめんね」
「…なんで引き受けたんだよ?」
「貴方を放っておけなかったからかな。瑞稀はさ、鬼崎が、世界が憎いんだろう?何よりも怖いんだろ?自分が生きていていいのか分からずに。いや、答えなくていい。貴方の眼が全て語ってくれた」
…流石としか言えないな…
眼を見ただけで見抜くか
まあ、この頃はガキだから隠す事を知らなかったからな
「…なにが言いたいんだよ…俺は…!鬼崎に全て奪われた!あんたになにがわかんだよ!!分かったような事言ってんじゃねえ!!だいたい…!俺がなにをしようが…!どこで死のうがあんたには関係ないだろ!!」
おい、やめろ
お前こそ知った口を叩くな
「…そうだね。ごめんね、分かったような事言って…本当にごめん…」
奏女様が哀しんでいる
他でもない、幼く未熟な俺の言葉で
…悔恨、罪悪感で血の気が引く思いだ…
「でも、だからこそ。これから貴方を知りたい。私は貴方の理解者に成りたい。貴方に私を知ってほしい。私の理解者に成ってほしいと思ってる。そして教えてあげたいんだ、知ってほしいんだ。世界は決して醜いだけではない事を、怨嗟だけでは視えない世界を。この世に癒えぬ怨嗟は決して無い事を。何よりも生きる事の喜びを、尊さを、素晴らしさを。愛される喜びを、愛する事の喜びを、想いが繋がるぬくもりを」
…ああ…そうだ
俺はここで本当の意味で人に成り…貴女の死と共に人として死に、
「なにを…言ってんだ…わけがわかんねえよ…」
そうだろうさ、お前は今は人に非ず、怨嗟を抱え叫ぶだけの獣なのだから
真正面から叩き付けられる人の情を理解出来るわけもない
「今は解らなくていいんだ。そのために私がいる。そのためにここで暮らすんだ。私は貴方と共に在り、愛を説く。私の全てを貴方に託すために、貴方を育てる、人として」
貴女がいたから俺は、俺で在れた
あまねく理の頂点に君臨せし無双の神よ、無限の愛で俺を導いた女神よ
貴女に全身全霊の感謝を、そして謝罪を
貴女のおかげで俺は…本当に幸せだった。貴女と俺だけで完結された、二人だけの世界。本当に幸せだったんだ
そして貴女を奪われ、嘆きに沈む俺を救い上げてくれた妻達。彼女達のためならば、この命、捧げる事を厭わない程に愛おしい
けれども…それでも俺は…
怨嗟を捨てれなかった…
貴女を奪われた怒りを捨てれなかった…!
結果貴女が俺のために施した封印を、俺自身の手で解いてしまった…!
貴女は最期に俺に強く在れと…!なのに俺は…!!
自らの怨嗟にすら屈してしまう…!!
「もう怯えなくていいんだ。大丈夫、瑞稀には私がいる。世界が貴方を否定すると言うのなら、私が護ろう。世界が貴方にぬくもりを与えないと言うのなら、私が抱き締めよう。世界が貴方を愛さないと言うのなら、私が愛そう。私はいつまでも瑞稀の味方だよ」
そう言って奏女様は俺を抱き締めた
俺は…与えられたぬくもりに…ただただ奏女様の柔らかなぬくもりに抱かれて…生まれて初めて声を上げて泣き続けた。まるで産声を上げるかの如く
魔王のキャラ崩壊が進んでいる!
実際は素の彼を出す機会がなかっただけなんですけどね
そして奏女様の無限の包容力が発動しました!
瑞稀、陥落!