「現時刻を以て、狂嵐の魔公子瑞稀、魔王への復帰をご報告致します」
「お帰りなさい。待っていました」
瑞稀からメルフェレス様への簡潔な報告を聞きながら、セレスは以前とは比べ物にならない程に強くなり、姿さえ変わった瑞稀の後ろ姿を睨みながら訝しんでいた
(なんだ、あれは。ドラゴンの翼?奴はドラゴンだった?有り得ない、以前相対した時はドラゴンの魔素なんて感じなかった。何よりもあの膨大な魔素はなんだ)
訝しむセレスに瑞稀がゆっくり振り向く
ただ、振り向いただけなのに、セレスは恐怖を感じていた
理の神として圧倒的な力を持つセレスが、瑞稀の殺気に当てられて、気圧された
「待たせたな」
たった一言
その一言に込められた隠し切れない怒りと力
「状況を見るに、貴様の説得は失敗したようだな」
「説得?私が利用されているなどという世迷言─」
「どうでもいい。斬鉄達が失敗したならやる事は1つだ」
そう言う瑞稀は静かな、しかし抑え切れない程の膨大な魔素を放ちはじめる
「私とやり合うつもりか?ついこの前私に、完膚なきまでに敗北した事を忘れたか?何度やっても同じだ。お前は私に勝てな─」
「どうでもいいと言った。貴様相手にくれてやる言の葉なぞ無い。黙って地に堕ちろ、愚神」
言い終わると同時に瑞稀は魔法を放った
「降り注げ。サンダーレイジ」
それは上級魔法の1つ
破壊力に優れた雷魔法の中で、攻撃範囲に優れた魔法であり、瑞稀が得意とする魔法の1つだ
しかし、セレスはそれを魔法陣ごと一刀両断する
「何をしても同じだ!以前と変わらず、お前が放つ全ての魔法を斬り払ってやろう!」
意識せずセレスの口調が荒くなる
先程感じた恐怖を無意識に振り払うために
対照的に瑞稀は何処までも冷徹
「いつまで続くか、試してみろ」
かつて天魔戦争の折、大天使長を滅した雷、撃滅轟雷が詠唱を破棄され、高速で大量に放たれる
撃滅轟雷は最上位魔法であり、当時の瑞稀が、魔力を取り戻したばかりとはいえ、制御を失う程に扱いが難しい魔法だ
それなのに、そんな撃滅轟雷を今の瑞稀は同時に数千もの数を放っている
威力も天魔戦争の時より、詠唱を破棄しているのに上がっている
詠唱破棄は本来詠唱が必要な魔法を詠唱無しで、素早く発動出来る代わりに威力や攻撃範囲が落ちるという弱点がある
瑞稀は本来落ちる筈の威力を、魔法陣に限界まで魔力を上乗せする事で威力を上げて補っている
魔法陣への魔力上乗せも扱いが難しい技術の1つだ
威力が上がる代わりに、制御が難しく、魔法の暴発がしやすくなる
そして当然、魔力の消費量が増える
更に瑞稀は連鎖術式という特殊な術式を使い、撃滅轟雷が放たれ、魔法陣が消える時、予めセットされていた別の撃滅轟雷を続けて発動し続けている
それにより瑞稀の魔法は絶えずセレスに降り注いでいる
だが連鎖術式による瑞稀への負担は通常の魔法の数十倍にもなる
ただ1種類の魔法にこれほど技術を注ぎ込み、それでも顔色1つ変えず、圧倒的な物量で擦り潰す勢いで攻め続ける
「凄まじい数の魔法だが、私を殺すには足りない!」
セレスも負けじと剣を振る
剣筋はデタラメなれど、込められた力は絶大
数千を超える瑞稀の魔法を全て斬り払っていく
(クソ!何だこれは!1つでも地形を変える程の威力がある魔法を一度に数千も放ち、あまつさえそれを放ち続けている!それでも顔色1つ変えないとはな。アレは本当にあの絶対神なのか!?魔王になったようだが、それだけでこれ程変わるのか!?魔法の威力も数も以前とは比べ物にならん!これでは魔王というより、化け物と言った方が正しいではないか!)
平静を装っているが、内心余裕など無く、悪態を吐いている
それでも微塵も表には出さない
以前の戦いで瑞稀相手に少しでも動揺を見せれば、そこを突いてくるのは分かっている
「ではギアを上げようか」
そう言うと魔法の術式を書き換えていく瑞稀
次に瑞稀が描くのは無双の雷、天旋雷劫界
今や瑞稀が最も得意とする魔法だ
それを数万単位で白色雷にて放つ
「白い雷っ!?まさか貴様!!」
セレスは必死に魔法を切り払うが、如何せん数が数
一気に劣勢に陥る
「なんだ、この程度か。白龍神王の前では貴様の力なぞ、児戯でしかないな。理の神なら、もう少し位は踊れると思ったが、見込み違いか」
「やはり貴様が今代の白龍神王か!ならば本気で殺しに行くぞ!!」
セレスが膨大な魔力を刀に纏わせる
その魔力は空間を歪ませる程の濃度にまで高まっていた
それでも、それすらも─
「殺せるならやってみろ。貴様の力が我が龍鱗を貫けるなら貫いみせよ。我が首、落とせると思うなら、落としてみせよ」
不動
構えもせず、ただ佇むのみ
受け止める為に踏ん張るでもなく、不動のまま
「死ね!!斬鉄閃!!!」
空間すら割かんと放たれる全力の斬鉄閃
あらゆるモノを両断せんとする死の斬撃が、途轍もない魔力の炸裂を伴い、瑞稀に直撃する
それでもなお不動のまま
無防備に直撃を食らっても、その不動の姿に一切の乱れ無し
「服が駄目になったか。一張羅だったのだかなぁ」
服が吹き飛び、顕となった瑞稀の上半身には、傷1つ無く、美しい白銀の輝きを放つ鱗が生えていた
白龍神王の龍鱗はかつて全世界を相手取り、なお倒す事が出来ず、封印する事しか出来なかった、正真正銘の化け物だ
理の神とはいえ、セレス如きでは傷1つ付ける事など出来はしない
「それで?今のが全力か?力を隠しているなら使うと良い。貴様が如何なる力を使おうと、俺が上から捩じ伏せる。今のが全力なら、残念だが諦めろ。死出の旅路の準備をするがいい。辞世の句を詠む位の猶予をやろう」
「有り得ない…私の全力が…これ程の差が…」
「ふむ。戦意喪失か。理の神とて白龍神王の前ではこんなものか。つまらん。もう逝け」
瑞稀の刀がセレスの首目掛けて一閃され─
「旦那!待ってくれ!!」
─瑞稀の刀が止まる
斬鉄が止めたのだ
セレスと瑞稀の間に飛び出し、身を呈して瑞稀を止めてみせた
「退け斬鉄」
「待ってくれ!もうセレスに戦う気力は無い!俺にもう一度チャンスをくれ!頼む!!」
「言った筈だ。助けたいのなら俺が加減を忘れぬ内に説得しろと。そしてお前は失敗した。だから殺す。分かったら退け」
「ああ、言われたさ!加減を忘れぬ内にってな!旦那はまだ加減を忘れてねえ。ならまだセレスを説得してもいい筈だ!」
「屁理屈だな。俺の意思は変わらん。退け、お前ごと斬るのは本意ではない。だか退かぬなら、叛意有りと見なし、お前ごと斬る」
「王が自らの言葉を曲げるのか!?こんな戦う気力も無く、剣すら握れねえ奴を斬るのか!?誇りはどうしたんだよ!そもそもいつも屁理屈こねる旦那に屁理屈だなんて言われたくねえっつうの!」
「貴様っ!!優しく言えば図に乗りおって!」
いい加減イライラしてきた瑞稀が声を荒げると、静かな、しかし何処か抗えぬ声が戦場に響く
「瑞稀。落ち着いて?」
フェリアの静かな声が瑞稀の身体の自由を奪った
まるで金縛りにあったかの様に身体が動かない
「リア。止めるな」
「いいえ。止めます。斬鉄の言う通り、貴方はまだ加減を忘れていない。ならば斬鉄はまだ失敗していません。気高き王である貴方が、自らの言を曲げてはなりません。どうか今一度冷静になって下さい」
甘っちょろい事を言うフェリアに対する呆れと、何故か安堵している瑞稀
しかし、それだけではない
瑞稀は恐怖を感じていた
心底震え上がる様な恐怖ではない
ともすれば気付かぬ程の些細なモノ
それでも確かに瑞稀は恐怖を感じている
「…よかろう。リアに免じてこの場は俺が退く」
些細ながら、無視出来ぬ恐怖に突き動かされ、剣を納める
何故恐怖を感じたのかすら分からないが、リアを無視する事を本能的に拒んでいる様だった
「感謝します!貴方はやっぱり優しいですね。斬鉄、。貴方の王の慈悲に応えなさい。貴方は王の決定を曲げさせたのだから、成果を以て不忠をそそぎなさい」
「分かってる!ありがとう!旦那!絶対に説得してみせるぜ!」
瑞稀は一言、励めとだけ言うと、腕を組んで目を閉じる
セレスに対してもはや興味が薄れてしまったようだ
しかしこれで斬鉄がセレスの説得に成功すれば、ディアレストは大幅に弱体化する
そうなれば勝利は確定した様なものだ
とはいえ、今の瑞稀にはそれすらどうでもいいのだが─
『甘さは変わらぬか。それで良いのだろうな。そうでなければならないと言えるか。本当に変わらぬな…