というか両者とも耐久力がいささか人外じみてると思うんですよね⋯⋯。
アマゾン。それは人を喰らう怪物。
アマゾン。それは生まれてきてはならなかった存在。
アマゾン。それは、一匹残らず狩るべき獲物───。
かつて野座間製薬が創り出してしまった、この世にあってはならない生命。アマゾン細胞と呼ばれる未知の細胞が人間大にまで成長を遂げることで、彼らは初めて一個体として活動出来る。
姿形は人。人語を解し、人と同じような日常を送る個体もいる。だがどれだけ社会に紛れこもうとも、その実態は他者を餌とし喰らい尽くす化け物である。
どうしようもなく満たされない飢え。特に人のタンパク質を好むアマゾン細胞は獲物を前にすると活性化し、その身体を異形と化す。動植物を象った彼らの力は常軌を逸し、およそ人が抗える存在ではない。喰われるだけの肉となった弱者は、ただただ貪られるだけだった。
しかし、それを許さない男が一人、居た。
鷹山仁───アマゾンを生み出した男。犯した過ちを正すために自らアマゾン細胞を身体へ投与し、"アマゾンアルファ"として彼らを狩り続けた。
狩って、狩って、狩り続け。例えその身を人外のそれとしても、果てしない殺戮に身を委ねた。逃げ出した実験体も、愛する者も、何もかもを殺し尽くした。
全ては、人間を、守る為に。
だが、彼の前に立ちはだかる者が居た。
水澤悠。またの名を"アマゾンオメガ"。
アマゾンとして生まれ、アマゾンの為に闘う男。鷹山仁にとって、彼は駆除すべき獲物でしかない。一時は協力することもあったが、いつか必ず殺さねばならない存在。やがて両者が対峙し、殺し合いをするのは明白だった。
血で血を洗う死闘。互いの血肉を引き裂き、喰らい、本能のままに牙を剥く。その命を奪う為に。
それでも、鷹山仁が水澤悠に勝利することは、なかった。はらわたを貫かれ、彼は無惨な肉塊へと変わり果てた。愛する者を幻視しながら、不思議な充足感に包まれ、死んでいった。
そうだ。鷹山仁という男は、確かに死んだのだ。
だが⋯⋯だとするならば。
何故今、自分は意識がある?
「⋯⋯」
仁は、今置かれている状況がまるで理解出来ていなかった。
身体の感覚も、思考能力も、全く変わりない。手足は不自由なく動き、クリアに物事を思考出来る。コンディションは芳しくはないが、これは生者でなければ決して行えないことだ。
生き返った、という可能性はゼロではない。元来アマゾン細胞は優れた再生能力を持ち、タンパク質さえあれば無尽蔵に増殖する。仮に燃料が無いとしても、通常の細胞よりは数段回復力が高い。あの直後、時間をかけアマゾン細胞が分裂し結果として傷を再生させた、と考えても不思議ではない。
しかし、拭いきれない違和感がある。
まず現在自身が置かれている環境。もしあの場で死体が回収、あるいはそのまま残置されていたのなら。前者なら4Cの施設の筈であり、後者でも周りを木々で囲まれた森林だ。だというのに、見渡す限り広がるのはほの暗い空間。何やら遺跡めいた構造の建物にも見える。
(⋯⋯どうなってんだ。奴らの巣にでも拉致られたか?)
それが事実なら考え得る限り最悪の事態だ。今のところ姿は見えないが、奴らがいつ何処から現れてもおかしくはない。変身できれば簡単に蹴散らせるのだが⋯⋯。
(コイツはあるが燃料が足りない、か)
幽鬼のように起き上がる仁の手には、ソレが握られていた。
奇妙な形状をしたベルト。中心にグリップが取り付けられたソレは仁が戦う上で欠かせない代物だ。これを装着することで、彼は初めて狩りを行える。
何故、これが手元にあったのか。不思議でならないが、それよりも問題なのが今の仁にエネルギーが足りていないことだ。
一度だけなら変身は可能だろう。だが、車はガソリンがなければ走れない。水澤悠との戦いからどれだけの時間が経過したのかは不明だが、十分な燃料が得られていないのは事実だ。数にもよるが、大群で来られた場合勝機は薄い。
(⋯⋯考えても仕方ねぇ)
この場に留まるのは得策ではない。そう判断した仁はひとまず辺りの探索を開始しようと歩き始める。
だが、その瞬間だった。
「⋯⋯!」
何かが、いる。
鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が、暗闇で蠢く何かを捉えた。正体は分からない。姿は見えず、しかし気配は強く感じ取れる。アマゾンだろうか? それにしては妙な気配ではあるが⋯⋯。
いずれにしろ警戒せねばなるまい。仁はベルトを装着し、臨戦態勢を取る。下手に動く事はせず、五感を周囲に張り巡らせながらじっとその場に静止していた。
「───GAAAAAA!!!」
「ッ!」
そしてそれは、間もなくして襲い来る。右側より飛び掛る何かに対し、仁は素早く身を翻し躱す。変身せずともこの程度なら造作もない。
いったい何者が襲って来たのか。躱した先に居るソレに目を向けた仁は、思わず自分の目を疑った。
「なんだありゃあ⋯⋯」
仁が見た生物は、この世界においてゴブリンと呼ばれていた。醜悪な顔に子供ほどしかない体格。よくファンタジーものの映画で見るような、ステレオタイプの怪物だ。
何故あんな生物が目の前に居るのか? 少なくとも仁が住んでいた世界にあんなものは存在しない。フィクションの住人に過ぎないからだ。
しかし、自分は確かに生きている。息を吐き、目で物を捉えられる。ならば眼前の生物は、紛うことなき本物なのではないのか。
───流石に訳が分からなくなってきた。
さしもの仁とて混乱はする。というより、このような状況に置かれれば誰でもそうなるだろう。
頭の整理をしたいところだが、そうは問屋が卸さないようだ。気付けば周囲には山ほどのゴブリンが出現し、仁を取り囲んでいた。粗雑な武器類を構えているあたり、逃がすつもりはないらしい。
(こいつらはアマゾンじゃねぇが⋯⋯殺らなきゃ殺られる、か。仕方ねぇ)
元より、仁が狩るのは人間を守る為。人を喰らうアマゾンを駆除し、少しでもその脅威を減らす。だからこそ、自分は変身するのだと。
彼らはアマゾンではない。だが、人に害を成す存在という意味では同じだ。故に、狩らねばならない。
ゴブリン達が耳障りな雄叫びを上げ飛び掛る。そんな事など意に介さず、仁は左のグリップをゆっくりと捻る。
《ALPHA》
そして静かに、それでいて強く言い放つ。
「───アマゾン」
《Blood and Wild! W-W-W-Wild!!》
途方もない熱風が吹き荒れ、ゴブリン達は為す術もなく吹き飛ばされていく。それだけで死ぬ者もいたが、当然生き残る者もいる。だが熱風で死ねたのがどれだけ幸福なのか、今に思い知るだろう。
それ程までに彼は、人に仇なす者に容赦ない鉄槌を下す。何故ならそれが、それこそが彼の果たすべき
「フゥゥゥゥゥ⋯⋯⋯」
アマゾンアルファへと変身した仁は、改めて自身の状態が万全でない事を自覚する。やはり、圧倒的にエネルギーが足りていない。戦えてもせいぜい10分が限界だろう。
関係ない。そんなもの、これまでに何度も経験している。
「GURUAAAAAAA!!!」
四方八方から襲い来るゴブリン。数にものを言わせた戦術だ。視界を埋め尽くす程の物量は大したものだが、アマゾンに比べれば有象無象に等しい。
とはいえただでさえ燃料不足、短時間でケリをつける必要がある。仁はグリップを回した。
《Violent Slash》
無機質な電子音声が鳴り、緑の複眼が妖しく光った。右腕のアームカッターが肥大化し、凶悪な刃と化したそれをゴブリンの群れへと振るう。コマのように身体を回転させ、飛び掛かってくるゴブリンをまとめて一刀両断。柔らかい肉は容易く裂け、無惨な肉塊へと変える。
それだけでは終わらない。逃げ出した生き残りを捉えた仁は、強靭な脚力を生かし一気に距離を詰める。そしてその勢いのまま右脚を振り上げ、サッカーボールのようにゴブリンを蹴り飛ばす。約30トンにも及ぶ威力の蹴りを喰らい、ゴブリンは文字通り弾け飛んだ。
「気持ち悪ぃな⋯⋯」
べっとりとこびり付いた臓物を払いながら仁は独りごちる。かつて戦ったアマゾン達はまだ頑丈だった。ただ蹴る殴るだけでは簡単に倒せず、かなりしぶとい個体もいた。
しかし、このゴブリンは違う。これではまるで子供だ。与えられた武器をがむしゃらに振るう、程度の低い連中。駆除するのは赤子の手をひねるより簡単だった。
「GUAAAA!!」
「まだ来るか」
増援が駆け付けたのか、前方から大挙としてゴブリンが押し寄せる。本当に数だけは大層なものだ。大群の背後からは弓矢が飛来するも、あの程度では防御の必要すらない。
「悪く思うなよ。お前らから先に仕掛けたんだからなァ⋯⋯!」
そこから先はあまりに一方的だった。
ゴブリンの頭を掴んでは砕き、アームカッターで胴を分かつ。あるいは爪を突き立て肉を抉り、力のままに蹴りを入れる。
子供ほどの力しか持たないゴブリンがアマゾンとなった仁に敵う筈もなく。ただひたすら残酷に。無慈悲に。そのちっぽけな生命を狩り取っていく。その姿はまさしく、殺戮者そのものだった。
「⋯⋯あらかた片付いたか?」
夥しい死体の山を築いたところで、敵の兆候が消えたのを認識する。変身し強化された感覚でもその気配は察知出来ず、ゴブリン達は撤退したようだ。
ひとまずの安全を確認し、ベルトを外す。先程の熱波とは逆に凍てついた空気が仁の元へと収束、やがて元の人間の姿へと戻っていった。
変身が解除された途端、仁は片膝をついてしまう。無理をした訳ではないが、アマゾンとして必要最低限の食糧すら摂取していないのがまずかった。変身は想像以上にエネルギーを要する。
(今はここから離れるのが先決か)
この瞬間に襲われでもしたらひとたまりもない。何とか立ち上がり移動しようとした矢先、仁の耳に何者かの足音が届く。ゴブリンのものとは違う、大の大人の歩幅。がちゃがちゃと鎧を着ているかのような、金属の擦れる音。
やがて前方の通路から現れた人物は、仁の姿を見て口を開いた。
「お前は誰だ?」
その瞬間こそ、