しばしの間、両者は互いを観察していた。
突然現れた鎧の男。くたびれ薄汚れた鎧に身を包み、こじんまりとした剣と盾をそれぞれ装備している。どこか物々しい空気がする以外は、いかにもファンタジーものの作品に居るような風貌だ。仁からした印象はそれ以上でもそれ以下でもない。
対して、ゴブリンスレイヤーの方はかなり警戒していた。
ゴブリンは基本単独で行動することはない。常に群れ、非力である弱点を数でカバーしている。それが厄介な点であり、狡猾な知恵と相まって一筋縄ではいかない魔物だ。罠を用い、獲物を陥れる。気の済むまで痛ぶり殺し、あるいは壊れるまで犯し尽くす。一匹がどれだけ脆弱でも、それが百いれば大きな脅威となるのだ。
だからこそ、彼の周囲に転がるゴブリンの死体を見て違和感を覚えた。見たところ何かしらの得物を所持している様子はなく、防具の類も身に付けてはいない。保持している奇妙な物体は気に掛かるが、とても戦闘が出来る風には見えない。
にも関わらず、目の前には真新しい死体の山が築かれている。他に冒険者の姿は見えず、状況を鑑みるとこの男が殺したと考えるのが妥当だ。
いったいどうやって殺したというのだ?
徒手空拳の達人ならば素手でも勝てるだろう。だがゴブリンの死体は鋭利な刃物で寸断されたかのように真っ二つ、それも尽くが、だ。大柄な剣でもなければこのような芸当、出来る筈もない。
不可解な点が多いが、しかしそれは仁も同じ。むしろ質問したい事が山ほどあるのは仁の方だ。
「お前が何モンなのかは置いておくとして⋯⋯話が通じる相手、でいいんだな?」
「そうだ」
「聞きたいことがある。まぁこんな所で話すのもなんだから外に出たいんだが⋯⋯あいにく迷っちまってな。道案内して欲しい」
「構わん。ついてこい」
もちろん、方弁だ。素性の知れない鎧男は信用に値しないが、それは向こうも同様だろう。その眼差しは兜に隠れ定かではないが、明らかにこちらの動向を伺っていた。確かになんの武器も持たない謎の男がゴブリンを皆殺しにしているのだから、警戒するのは必然だ。
だが、背に腹は変えられない。どうにかしてここを出て、現状を把握する必要がある。自分が生きている理由、この世界の実態、そしてアマゾンが存在しているかどうか⋯⋯。いずれにしろ、生きて脱出しなければなにも出来はしない。
帰りの道中、二人は無言だった。互いに互いを警戒しているのだから当然と言えよう。
やがて地上に出ると、既に日は落ち月明かりが照らしていた。見上げるとそこには二つの月。もはや驚きを通り越して感心すら覚える。いよいよもって、自分は別の世界にいるらしい。まぁ、ここが地獄という事もあるかも知れないが。
しばらく歩いていると、ボロボロの小屋が見えた。とても住めたものではないが、一晩明かす程度なら問題はないだろう。
「これから街に向かうが、ここで夜を越してからにする。それでいいな」
「ああ」
「最初は俺が見張りにつく。二時間ごとに交代だ」
「分かった」
端的なやり取りの後、ゴブリンスレイヤーは外へ出る。束の間の休息だが、その前に頭の整理が必要だ。
「⋯⋯腹、減ったなァ」
物欲しそうに鳴る腹を押さえ、仁は小さく呟いた。
(あの男⋯⋯)
見張りに立つ中、ゴブリンスレイヤーは思案していた。無論、仁についてだ。
彼の殺しの手段はこの際置いておくとして、最も気に掛かるのがその出自。辺境の遺跡、それもゴブリンの根城となっている場所に何故一人で? もちろん、冒険者という可能性もあるだろう。依頼が重なってしまうケースは少ないもののある。彼のそのパターンだった、という事も考えられる。
だが仮にそうだとして、何の痕跡も残さずあんな深部まで行けるものだろうか。隠密に関する魔術はあるが、完全に痕跡を消すのは難しい。最初からそこにでもいない限り、少なからず辿った軌跡は残るものだ。
まさか、『混沌の勢力』の一員? いや、それはない。本当にそうならばゴブリンをけしかける筈だし、ましてやゴブリンを虐殺したりはしない。メリットがないからだ。そもそもあれ程大量のゴブリンを殺せる実力があるのなら自ら殺しに掛かるだろう。
何より、彼の纏う気配。一見飄々としているように見えて、その奥底には得体の知れぬ何かを感じる。自分がゴブリンを憎むように、彼もまた何かを憎んでいる。漆黒の意思とでも言うべきか、仁の瞳には光が宿っていなかった。まるで、地獄そのものを見てきたかのような⋯⋯。
(⋯⋯)
何を考えていたのだ、自分は。ゴブリンスレイヤーはこれまでの考えを捨てた。彼の素性がどうであれ、自分に関係ないことだ。依頼の妨害さえされなければ脅威足り得ることはない。
それでも、警戒を解くのは早計だ。街のギルドにでも送り届けるまで気を張り巡らせねばなるまい。
恐らくあの男は、ゴブリンよりもずっと危険だ。ゴブリンスレイヤーを持ってしても、本能的に感じるのだ。
鷹山仁という男の持つ、どす黒い狂気を。
◇◇◇
「地獄にしちゃ賑やかすぎるな」
夜が明け街へとたどり着いた仁。人の活気が溢れる街並みを見て、思わず感嘆する。元いた世界とは違う、人々の営みが垣間見えた。機械に囲まれた現代ではこうは行くまい。
「こっちだ」
柄にもなく見とれていると、ゴブリンスレイヤーがそう言って大きな建物に入っていく。
帰路の際に軽い説明を受けたが、この世界には冒険者なる者達がいるらしい。災禍をもたらす魔物達から罪なき人々を守り、対価として報酬を貰う。その斡旋、登録をしているのが今彼が入っていった冒険者ギルドだという。
仁もゴブリンスレイヤーに続き、中へと入る。そこは街の人々よりも熱気に溢れ、多種多様の装備をした者達が軒を連ねていた。
だからこそ、戦う者の視線や興味はより濃く感じ取れる。大多数は飲んだくれ談笑に勤しんでいるが、数人の実力者は現れた仁に目を向けていた。仁の纏う雰囲気は衆人の中であっても際立つもの、ゴブリンスレイヤーとも違う異様な人物に対し、彼らは奇異の眼差しで見ていた。正直辟易する思いだが、気にしたところで何にもならない。
「⋯⋯どこいったあいつ?」
他の冒険者に気を取られている隙にゴブリンスレイヤーの姿を見失ってしまう。しばらく辺りを見回していると、奥のカウンターで話し込んでいるのを仁は見た。彼の元へ向かうと、なにやら三つ編みをした女性とやり取りをしている。ここの受付だろうか。
「⋯⋯はい、確認しました。これで依頼は完了となります。お疲れ様でした。それでゴブリンスレイヤーさん、お連れの方というのは?」
「俺のことか?」
仁の姿を見た女性の顔はやや訝しげだった。全く、何故誰も彼もがそんな眼差しで見るのか。上半身裸にコートを着ているだけの男が来ればそうなるのも仕方ないかも知れないが⋯⋯。
「え、えぇと⋯⋯この方でよろしいんですか? ゴブリンスレイヤーさん」
「そうだ」
彼女が受付と見て間違いないだろう。ゴブリンスレイヤー───仁はここで初めて彼の名を知った───によると、ここで基本的な説明や身分の登録が可能だという。冒険者などに興味はないが、右も左も分からない異世界での身分証明は必須だろう。ここからならば一人でどうとでもなる。
「聞きたいことがあるならここで聞くといい」
「ああ。世話になった。ゴブリン⋯⋯スレイヤー?」
「構わん」
短く返すとゴブリンスレイヤーは人混みの中へと消えていく。不思議な男だったが、また近いうちに会うだろう。そんな予感が仁の中にはあった。
「あの、よろしいですか?」
「あ?」
「ここで冒険者の登録が行えます。冒険者希望の方でよろしいんですよね?」
「まぁ⋯⋯そういうこと、になるか」
「ではこちらに記入をお願いします。分からないことがあれば遠慮なく聞いて下さいね」
そう言われた手渡された紙に目を通し、仁は顔をしかめた。
文字が、全く、読めない。
英語とも違うくねった文字は、元生物学者の仁でも見たことがない。これでいったいどう記入しろというのだ。
「あー⋯⋯悪いが、文字の読み書きが出来なくてな。代わりに記入してくれるか?」
「構いませんよ。順を追って記入していきますね」
実際に識字は出来るのだが、文化文明が異なるのだからどうしようもない。そうとは分かっていても少し恥ずかしいのが正直なところ。
そうして代筆して貰う間、並行して諸々の説明を受ける。
まず、冒険者の階級について。冒険者には十段階に分かれた階級が存在し、ギルドの評価で位が上がっていく仕組みになっている。階級が上がれば上がる程受けられる依頼の難易度は高くなり、報酬も同じように比例するという。登録したばかりだと最低級の『白磁』となり、まずは簡単な依頼からこなすのが定石だ。
だが仁にとって冒険者だとか階級だとか、そんな肩書きはどうでもいい。登録するのはこの世界で円滑に生きていく為。自分の役目は人を害する獲物を狩ること。アマゾンが存在しなくともそれは変わらない。
とはいえ、節操なしに狩りをしていては目をつけられる危険もある。この世界の理解も足りていないし、しばらくは実直に依頼をこなすのが無難だろう。
「⋯⋯はいっ! これで登録は完了しました。職業は"戦士"になりますね。でも本当に良かったんですか? 適当に職業を決めてしまって」
「言っただろ。職業なんざどうだっていいってな。依頼をこなせりゃ関係ない」
無事冒険者の登録は完了、仁の職業は"戦士"だ。実際は仁が適当に決めてくれと受付嬢に促したからで、突然の無茶振りに対応した結果だった。だが、変身し戦うという意味では戦士として相違ない。というより、そんな記号は全く持ってどうでも良いのだ。
「一つ聞きたいんだが、近くに宿かなんかあるか?」
「ありますよ。あ、この街は初めてですよね? 迷っては元も子もないので、地図をお渡ししますね」
「すまん。助⋯か⋯⋯る⋯⋯」
「ッ!? だ、大丈夫ですか!?」
地図を受け取った瞬間、仁の意識は消えた。変身してより一日、多量のエネルギーを消費した状態で今まで持ちこたえたツケが回ったのだ。飢餓状態に陥っていた仁の身体は最早気を保つことなど出来ず、結果的に意識を失った。
結局、仁はそのまま付近の宿へと担ぎ込まれた。その間、彼の腹は獣のように鳴り響いていたという。
悠が異常なだけであって、アマゾン自体はちゃんと燃料補給しないとぶっ倒れるんじゃないかと自分は解釈してます。さしもの仁さんとて例外じゃありません。