黄昏のエルメリア短編集   作:三代目盲打ちテイク

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螢惑帝・歳殺

 季節外れの豪雨が皇都大和(やまと)に降り続いていた。

 人も神も、だれもがこんな夜は家の中、あたたかな団欒の中にいる。

 話題といえば、巷を賑わす刀狩りについて。

 はてさて、いったいどのような手合いがそのようなことをやっているのかと、一家の長が不思議そうに語る。

 

 ――どこぞの神様がやっているのよ。

 

 この葦原にいる神々の一柱がそぞろ気まぐれを起こしたのだと。

 なるほど、至言ではある。

 護国神たる羅睺帝などは市井に交じり、飲み歩いているという話だ。

 

 娘子の言うことも的を射ている可能性はある。

 

 あるいは――ただの人斬りなのかもしれぬ。

 

 そんな噂話を団欒の中で語る。

 剣呑としたものであるが、なに雷雨の夜にはちょうどよかろう。

 稚児もいる。

 怪談に興じるにはいささか早すぎる。

 

 そんな一家団欒の外。

 大和の大通り。

 河川にかかる橋を目指し、降り続く雨の中、傘を差した少年が歩いていた。

 足取りは剣客の術理を宿した歩法と呼ばれるような武術の片鱗を感じさせるそれであった。

 

 まさかこのような少年が件の刀狩りか?

 否。

 そうではない。

 

「このような夜更けに、傘も差さず往来で何をしている」

 

 立ち止まり問いかける。

 そこにいたのは雷鳴に照らされた男。

 雨吹き荒ぶ嵐の夜に傘もささず立ち尽くす様は、気狂いかあるいは白痴を思わせる。

 悪鬼か羅刹か。

 地獄に立つがごとき男は、血走った目を少年――歳殺に向けた。

 

 その足元には箱一つと無数の剣。

 雨で洗い流せぬほどの血がそこには染みついている。

 

 ふむ、なるほど。

 どう見てもこいつが巷を騒がす刀狩りのようである。

 武林に属する者ならばその名を聞いたことがあるだろう。

 『寂唸剣忌』

 人呼んで曰く、人斬り。刀狂い。

 彼に剣を奪われたものは多いと聞く。

 

「知れたこと」

「ふむ。そうなれば貴様が件の刀狩りか」

「……貴様は、熒惑帝(けいこくてい)だな」

「如何にも」

 

 熒惑帝・歳殺。

 この葦原を護る一柱の一つ。

 剣を持つ者だ。

 刀を生む者だ。

 

 男は無言。

 数多の剣を持った男は無言。

 ただ暗く淀んだ漆黒の殺意で以て返礼とする。

 

「沈黙は肯定ととるが――」

「貴様は……いや、貴様にとって剣とはなんだ」

 

 であれば男――刹羅のやるべくことは決まっている。

 

「剣か……弱きものが強くなるための牙だ。強きものが弱きを守るための爪だ。

 だが、お前にとっては違うらしい」

「剣は、悪だ」

 

 剣があるから争いが起こり人が死ぬ。

 剣を持つから人は悪に成り下がるのだ。

 

「故に剣を寄越せ、貴様が持つには分不相応だ」

 

 ようやくだ。

 ようやく――。

 

「それは出来んな」

「ならば斬る」

 

 剣は悪だ。

 それを持つ者を刹羅は許せぬ。

 例えそれが歳刹であろうとも。

 

「抜け」

「ふむ、俺はこれでいい」

 

 歳殺はさしていた傘をたたみ、刹羅へと向ける。

 

「知っているか、寂唸剣忌。確かに剣は人を殺せるが、人を殺すのに剣は必要ないんだぜ」

 

 傘に気が爆ぜる。

 人智を超えた内力は、正面に立っているだけで、内傷を与える。

 だが、刹羅もまた達人なり。

 内息に乱れなく、既に数度の立ち合いを経た直後、気は練り上げられている

 今ならば――

 

「今ならば断てるなどと言ってくれるなよ」

「――!!」

 

 一足に踏み込む。

 鞘鳴りとともに剣気が走る。

 天地を裂かんと剣が猛る。

 斬殺必定。

 刃に流れる内功が、数うちを名刀へと押し上げている。

 如何に気を通していようが傘で防げるはずもなし。

 

「殺った!」

「なにがだ?」

 

 剣光。

 鈴音。

 雨を引き裂く刃風が豪雷を斬る。

 

「なに――」

 

 刹羅の剣は、傘に止められていた。

 なぜ、などとは問うまい。

 刹那に判断を下す。

 

 放たれる掌打。

 気を込めた拳は鋼の如し。

 手刀であれば、人を断てよう。

 しかして、それを歳殺は軽く払った。

 

 はぜる気の莫大なこと。

 二人の達人の体を吹き飛ばすが、仕切り直しというには程遠い。

 いまだ、緒戦の攻防は続いている。

 

 人の眼でもはや追うことは不可能。

 互いにの眼にはもはや雨粒など止まって見える。

 

 彼らが剣をふるうとき、雨が一瞬止まる。

 切り裂かれた大気が豪雨を吹き飛ばす。

 それほどまでに鋭く、丹田よりめぐらされた気は流麗だ。

 よどみなくめぐる気。

 

 鋼に通したそれは、刃に通したそれはもはや因果律すら切断する兇器である。

 だが、歳殺はそれを傘で受けている。

 同じく気功を用いた物質の強化であるが、鋼と傘では鋼がかつのが道理。

 しかして、何合打ち合おうとも傘が砕けることはない。

 

 いかなる術理か。

 否、刹羅の心眼は正確に歳殺の行いを捉えている。

 ただ単純、歳殺の技量が己の技巧を上回っているだけのこと。

 

「これが八天将か」

 

 呼吸を乱さぬ程度につぶやく。

 2500年以上、この国を守護してきたまさしく怪物だ。

 そんなものが、人の形をし、人の技を使うのだ。

 

「剣凶・火残飛縁」

 

 斬火一閃。

 刹羅の内力が火気へと転じ、歳刹へと飛翔する。

 それを軸足回転とともに躱せば、軽身功にて刹羅が跳ぶ。

 

 気脈すら介した神速の歩法。

 わずかの間、刹羅は現世から消えていた。

 転ずるは背後。

 刹那、斬撃。

 

「剣凶・破軍天女」

 

 意と技が同時に放たれる。

 殺意を手繰り、己の存在を気取った瞬間、すでに攻撃は終わっている。

 その首を斬る。

 

「甘い」

 

 錚々鳴り響く金音。

 刃と傘の逢瀬。

 雨が上へと降った。

 

「縁を飛ばす剣凶の技から続くものだろう、それは。であれば、俺には通じん」

 

 なぜならば、縁を切るのだ。

 歳殺という神は。

 

 合縁奇縁。

 あまたの縁はあれども、歳殺に断てぬ縁はなし。

 その縁断てば、もはや繋がらぬ、元には戻らぬ。

 故に技の縁を斬れば、首落とすことなど出来ようものか。

 

「であるか……」

 

 これでは足りぬか。

 

「貴様の技量は認めてもよいがその行いは認められん。素直にやめるならば、ここらで手打ちとするが?」

「ふざけるなよ。私を止めたくば、殺せ」

「うむ、であろうな。しかし、殺すのはな」

 

 約定がある。

 

「しかし、このまま続けても勝ち目はないだろう、寂唸剣忌」

「いいや。まだだ」

「足元の魔剣でも使ってみるか? ともすれば届くやもしれんぞ」

「ふざけろ」

 

 魔剣。

 子刀見識・開心見誠

 悪殺愛護

 火錬鬼剣

 刻針時計

 唯刀・不断物無

 子刀逢魔・常世常闇

 大蛇刀・紫紅白皇

 舞踏剣・妖香美姫

 嘘喰・誠心紅一

 悪滅・黒夜慟哭

 禍喰・血染剣

 無刃・月光夜裂

 泡沫之霞

 

 どこぞのバカ宵凶神が作り上げ、世に流している作品だ。

 こいつを盗んでは厄介な奴にばら撒く盗賊もいる。

 

「よくも集めた」

「使うつもりなどない」

 

 ただ、だれも使わなければよいと思っている。

 これを使われるということは世が乱れるということ。

 誰かが死ぬということ。

 

 そのようなもの使わせんし、使っているのならば奪う。

 

「では、どうする」

「知れたこと」

 

 決まっている。

 斬る。

 奪う。

 

 何一つ、変わらない。

 無理だろうが何だろうが。

 紅刹羅にはそれ以外に何もないのだ。

 たが斬り、ただ奪う。

 そのためだけにこの身を奉げてきたのだ。

 

「行くぞ歳殺、我が憧れよ。今宵、その縁、こちらから斬る――剣凶・天魔辟易」

「――ッ!」

 

 確かにあったはずの距離は、一瞬にして零となっていた。

 

 音より速い?

 ――否。

 ならば光より速い?

 ‎――否。

 これは、そのような凡百がたどり着ける程度の極致などではありはしない。

 

 これは、時も空も超越した先。

 時と空を穿ち、零へと至る剣。

 まさしく絶技。

 相手が認識するのはその武の極地、零の地平。その果て。

 自らが何をされたかなど認識することもなく、ただ死だけを認識する。

 

 時と空、世界の境界線上にて、穿つ一閃。

 

 ――至るは、時と空を越えた先。

 

 今、あらゆるものを超越する。

 時も空も、もはや二人を縛ることは出来ない。

 

 無限もなく、零もない、空の地平。

 ‎世界と時空の境界線上。

 二人の刻がぶつかり合い生まれた特異点。

 ‎目指すは、敵対者を貫く時間軸――。

 

 剣凶の絶技。

 己の命を削り、放つはただただ美しいだけの一閃き。

 

「その剣をよこせ」

「言って聞かない相手にまだ言を論ずるほど俺の心は広くないのでな」

 

 言って聞かぬ悪童ならば相応でもって糺すのみ。

 歳殺が放つは、傘でもって放たれる断邪の剣。

 

 剣戟一合。

 雷雲断ちて、雨失せる。

 上弦の月が、二人の武芸者を見下ろしていた。

 

「なぜ断たぬ」

「傘はさすものぞ」

 

 金音とともに落ちる刃。

 刹羅の剣は根元からへし折れている。

 

「まあ、雨は上がったがお前には必要だろう」

「…………」

 

 からんと、音を鳴らし歳殺は刹羅に背を向けた。

 もはやここでの用事は済んだとでも言わんばかり。

 

「貴様は……変わらんのだな」

『どーするよ、刹羅。殺さんのかー?』

 

 惆天宮・彩艶壺畫。

 足元のただの薬箱にしか見えぬナニカが言葉を口にした。

 

「殺せん、今はな……ああ、まったく」

 

 ならばいつか殺せばいいだけのこと。

 

「行くぞ」

『はいはいっと。結構剣も増えてきたし、そろそろ売っちゃあどうだ?』

「馬鹿者め」

『お前の方が大馬鹿者だろうに。今時、剣が悪だ悪だーって叫んで人斬りして剣集めしてる馬鹿なんぞどこにもいねえだろうよ』

 

 ●

 

「おい、戦え」

「無理ー」

 

 

「おい、剣をよこせ」

「無理―」

 

「剣」

「菓子を頼め」

 

「菓子をくれ」

「剣を、っていや、おい、どうした熱でもあるのか?」

「この前、頼めと言ったのは貴様だろう」

 

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