黄昏のエルメリア短編集   作:三代目盲打ちテイク

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羅睺帝・黄幡

 魔的なほどに大きな満月が夜を照らしている。

 夜風にそよぐは虫の合唱。

 静かで涼やかな音色は秋の訪れを教えてくれている。

「良い夜じゃ。こんな夜は酒でも飲むに限ると思うが?」

 縁側に男がいた。

 ずいぶんと図々しい男だ。

 許可もなく人の家に上がり込み、縁側で酒をかっ喰らっている。

「知らん。我が物顔で我が家に入り浸るな黄幡。それとも貴様の剣を渡しにでも来たか」

 羅睺帝・黄幡。

 これでも葦原の守りの要であるのだから世も末といったものか。

 いや、これでも守れる世の中であることを良いというべきなのか。

「む、なにやら馬鹿にされた気がする」

「ああ、馬鹿にしたから安心すると良い」

「なるほど、それは安心――って、出来るかい! ええい、昔から不遜な奴め」

「で? 何をしに来た」

「なに、いつものやつよ」

「であれば、語るに及ばず」

 刹那を切り分ける剣光の閃きを黄幡はひょいとかわす。

 尋常ならざる身軽さは、その総身を剣の上に立たせるほど。

「さあ、遊ぶか!」

 滾る意気。

 満月の夜。

 魔性の宵口に武芸者二人が長屋街を駆け抜ける。

 片や軽功による輕駆け。

 片やその身一つの疾走。

 交差の都度、花開くは戟花。

 刃合わせで、鳴り響く錚々の金音。

 屋根の上、平常ならざる足場なれど互いの技に乱れなし。

 おぞましいほどの鈴鳴りは鋼が奏でる雅楽。

 冷気すら感じられる刀身の熱いこと。

 猛る内力で以て放たれる刹羅の発勁が黄幡へと斬擊七閃とともに叩き込まれる。

「フッ――」

 笑み。

 諦観ではなく、歓喜。

 脚、腰、連動された得物が回る。

 旗付きの長物。

 石突きと呼ぶにはあまりにも剣呑すぎる刃と穂先が空を裂く。

 一息――穂先が天を穿つ。

 柄を滑らせた手が穂先へ至るとともに全身合一の回転が風を起こす。

 石突きが一閃を弾く。

 続く二閃、三閃をしなる柄より生じた見えざる刃が斬り伏せた。

 手が滑る。

 柄の中央。

 定位置へ。

 刺突。

 四閃を穂先が穿つ。

 五、六、七。

 薙ぎ。

 旗が舞う。

 それだけで、剣凶の技をしのぐ。

 

「ほれ、次は?」

 

 軽く通りの谷を横断しながら、刹羅へと笑いかける。

 内功の輝きと刃が返答。

 放たれる白刃は、ゾッとするほどの冷気とおぞましいほどの熱量を内包している。

 そいつを体を反らしてかわせば。

 髪散る一房。

 

「腕をあげたのう!」

「ぬかせ」

 

 爆ぜる剣気。

 

「おお?」

 

 たたらを踏む黄幡

 刹羅は追撃の構え。

 納刀。

 鞘走り。

 居合うは刃光一閃。

 剣纏うは黒刃雷火。

 光を斬り伏せた証左。

 

「剣凶・放蕩神牙」

 

 剣銘結ぶは剣凶の居合い抜き。

 鞘走る剣閃は、ただ斬線のみを描く。

 神すらも殺す意愛。

 

「剣を寄越せ」

「勝ったらやるといっておろう? 耄碌したか爺さん?」

「貴様よりは若いわ、糞爺」

「言ったな、阿呆爺!」

 

 放たれた技前が黄幡の胴へと向かう。

 しかしてその玉体傷つけるに能わず。

 その刃を黄幡は取る。

 どの流派にも存在する取るに足らぬ技。

 行うに易くないそれ。

 刹羅の刃は、黄幡の肘と膝に取られた。

 

「疾ッ――!」

 

 刹那、刃を手放し掌底が黄幡を襲う。

 老骨とは思えぬ剛健。

 

「あらよっとォ!」

 

 それを片足のみの跳躍でもって躱す。

 挟んだ刀そのままに、軽業師が如く跳ぶ。

 

「とと――ォ!?」

 

 着地点の見切り。

 すでに踏み込む爆縮地。

 屋根瓦を千枚ほど駄目にしながらの疾走投擲。

 飛翔する屋根瓦を舞うがごとく躱す黄幡は片足のみ。

 その足払えば、天地逆転、手が足へ。

 

「そら、返すぞ」

 

 刃の投擲。

 足技一つ。

 器用に蹴り返せば、それはもう豪速の砲弾。

 しかして、刹羅の強化された身体能力はたやすく己の愛刀の柄をとる。

 慣性を腕から腰へ流し、回転運動へ組み込む。

 威力をそのまま斬撃へと転化。

 光刃を身をひねり躱し、刹羅の足を払う。

 

「そらっと」

 

 そこに縦回転を加えたかかと落とし。

 旗が舞う。

 回転回避。

 接続。

 蹴り。

 容赦のない黄幡の蹴りが頭部へと迫る。

 

「破ッ――」

 

 発勁。

 腕からの発勁の衝撃で黄幡を止め、宙へ姿勢を戻す。

 

「さあて、仕切り直しじゃ。儂もだいぶ体が温まってきたぞ」

 

 月が天頂へ挑む自分。

 冷たくなりつつある夜風が着物を揺らす。

 冷徹な殺意と温和な戦意が緋花を散らす。

 

「フッ――」

 

 息一つ。

 互いに跳ぶ。

 空をつかみ、気を踏みしめ。

 斬刺一閃。

 振るわれる刃。

 花開く夜剣花。

 満月の夜に鋼の星が瞬く。

 鳴り響く金打音。

 天へ昇る二人の武者を七つ星が見つめていた。

 宙を舞台とした武舞。

 

「行くぞ――剣凶・孤影初月(こえいみかづき)

 

 剣銘結び、斬撃と成す。

 空中斬閃。

 天より落ちる斬剣。

 

「応とも、来い!!」

 

 得物を振り回し、巻き付く旗。

 刺突の構え。

 中空一矢。

 一つの矢が如く、天を蹴り出した。

 望月に二人の武影が交差する。

 それこそは、綺羅綺羅しくも輝く武星だ。

 

 ●

 

「んじゃあ、熱燗で頼むな」

 

 戦いの後はいつもこれだ。

 図々しくもこの馬鹿は熱燗を所望であるらしい。

 

「なら駄賃がわりに剣を寄越せ」

 

 そう言いながらも用意してしまうのはなぜだ。

 まったく己すら理解できぬとは未熟すぎる。

 

「言うとろう勝てばやると。お! こいつはうまいのう。どこで売っとる」

 

 漬物ひとつ。

 肴を食らい黄幡は喜色満面だ。よほどうまいらしい。

 

「そいつは自作だ」

 

 数種の香草と出汁、香味油、香辛料を混ぜ合わせ、七日七晩漬け込んだものだ。

 酒にはよく合う。

 ことさら葦原の地酒には。

 こりこりとした食感とぴりりとした味覚は、いくらでも食えてしまう。

 妻方の一族の秘伝であったか。

 一族になるのだからと教え込まれたものだ。

 我が家に伝わる吸物も教えたが、アレはうまかったな。

 

「小器用なやつよのう」

「フン、あいつには及ばん。ほれ熱燗だ」

「ほう? お前さんよりも腕のたつのがいると? ――とと、うむ良き案配じゃな」

「妻だ」

「なに、妻帯かおまえさん。そうはみえんぞ」

「死んでいるからな」

「うむ、そうか……」

 

 魔宵の月が縁側に座る二人を照らす。

 なみなみとおちょこに注がれた葦原の地酒の、強い酒精が体を温める。

 

「かぁ、これよこれ」

「これが葦原の護りとは」

 

 そうは思えないが力量はまさしく人智を超えていると刹羅は認めている。

 先の戦いも結局決着などはつかなかった。

 ここ数十年戦っているが、決着がついたことなどない。

 いいや、すべては刹羅の負けか……。

 

「カカ、ほれのめのめ勿体ないぞ」

「私の酒だ。貴様に言われるまでもない」

 

 ゆったりと時間が流れていく。

 雲が夜空を横切り、とっくりが倒れる。

 酒飲みと虫の声だけが月光の中に響いていた。

 

「じゃ、また来るからの!」

 

 熱燗や特上の肴をねだりこれでもかと食らい飲んだ黄幡は、嵐のように去って行った。

 

「帰ったか」

 

 まったく、アレで葦原の要たる八天将であるというのだから世の中わからないものだ。

 

「あのようなものに、命を任せるしかないなどとはな……」

 

 まったくもってありえない。

 

「他者に命を預けるなど、剣を持たせるなどありえん」

 

 他者に命を預けた結果が刹羅なのだから。

 もう数十年も前のことになる。

 武林の番付に名を連ね、名が葦原に広まりつつあった頃。

 あの日、鏢局の仕事として護衛紛いに出ていた。

 どうしてもと言われれば侠客としてならす身。

 世の義にもとり引き受けた。

 娘には泣かれ、妻には怒られたか。

 名を上げれば恨まれるが常。

 命の危機はいつものこと。

 故に信頼していた友人に妻と娘を任せた。

 それが間違いであった。

 結果として、家に帰った時、妻と娘は死んでいた。

 その尊厳をどこまでも踏みにじられて。

 全て友人の手引きだった

 命を、剣を他者に任せるなど愚か者の極みだ。

 

「故に、皆、不足。剣を扱うに値するは私のみよ」

 

 殺した。

 奪った。

 殺した。殺した殺した殺した殺した。

 もはや、最初に何を思い、彼女らがどんな顔をしているのか忘れるほどに。

 殺した。

 

「いかんな。酔いがまわったか。これでは黄幡に小言が言えん」

 

 なぜと問われたこともあったな。

 

「なぜなどもはやない。剣は悪だ。それだけで良い。あと何本か。あとどれくらい殺すのか」

 

 どれくらいだ。

 

 その問いに答えられる者などいるはずもなし。

 

 剣を悪とする男は、ただ剣を振るう宿痾を抱えるのみだ……

 




黄幡が本気出すときとは死合うときは、名乗りをあげるとかだとかっこいいなーとか思ったので、今回黄幡は名乗りを上げてません。
刹羅もまた同様に。
それらはきっと殺し名なので。
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