――正義とはなんだ。
――信念とはなんだ。
己の中でそれが明確な形となったのはきっとあの日だ。
正義とは、雷霆。
信念とは、その光になること。
己が規定する、己を己たらしめる種火。
燃え上がる炎を生んでくれたのは、きっと燃えたあの日。
不死鳥のように炎の中でその正義は、その信念は生まれたのだ。
だから、僕は――。
●
王都炎上。
その日、王都下層に存在する一画は炎に包まれていた。
ロストによる襲撃。
エルメリアに置いては、なにも珍しくもない事態であった。
当事者以外にとっては――。
大気中の酸素が、あらゆるすべてを贄に奉げて人々を支える叡智の炎が、そこにいる全ての者に牙をむいていた。
そこに広がっているのは地獄絵図。
ぐつぐつと煮える魔女の窯の底で、それは殺していた。
失った者。
黄昏の怪物。
人々を襲う夜の獣だ。
ロスト。
そう呼ばれるもの。
炎の形をした怪物は、あらゆるすべてを燃やし尽くしながらその本能のままに殺戮を繰り返す。
それでも、少年は逃げていた。
「っは――」
わずかな酸素を頼りに、少年――キニスは逃げていた
火の粉が舞っている。
灰が舞っている。
それは、良くしてくれたおじさんの残骸だった。
悲鳴。
怒号。
恐怖。
そこにはすべてがあった。
なぜならばこの殺戮現象の元凶が絶望そのものなのだから。
魔的、ですらある満月が照らす中、王都は火灯に包まれている。
むせかえる、臓腑を焼き尽くす憎悪の瘴気。
誰も逃がしはしない。
殺す。
殺す。
殺す。
殺意の奔流。
なぜだ、などと口にしたところで意味はない。
言葉は出力した端から焼けて灰となる。
むしろ言葉にするために吸い込んだ空気が内臓を焼いてしまう。
死。
死。
死。
そこにはそれ以外になにもない。
キニスは己が生きていることすら信じられずにいた。
半分だけの視界。
どうしてあの
『GRAAAA――』
その時、理解する。
ただ遊ばれているだけなのだと。
背後より響く炎の咆哮。
ばちばちと燃える屍の山の上で、それはゆっくりと踏み出した。
炎が爆ぜる。
爆風がキニスの体を持ち上げて地面へとたたきつける。
「がっ……」
それでも、それでも――
「いやだ」
死にたくない。
灼熱が皮膚をあぶり。
焼けただれさせ、もはや痛みもなにもわからない。
本当はもう走りたくなんてないけれど――走れ。
死にたくない。
そう純粋に願って走る。
高純度の祈り。
生の息吹など彼以外に存在しないのだから、彼の願いだけがただただ闇に響くのだ。
故にこそ――
『GRAA――』
駄目だ、逃がさない。
恐怖に追いつかれる。
絶望に先を行かれる。
死がすぐそこに。
潰れた眼が痛む。
潰れたからだが痛む。
それでもキニスは走った。
だからこそ願いは聞き届けられる。
諦めない心は奇跡を起こすのだ。
さあ、来るぞ。
雷光纏い、明日を目指す星が来る。
「――そこまでです」
響いた声は凛とした女のもの。
ロストにまっすぐに向けられた音は雷鳴のように少年の心を打った。
いつの間にか、キニスの目の前に一人の女性が立っていた。
絶望の時間は終わりだ。
朝を告げる明星の使徒が来た。
これより先に悲劇などはないのだかと、総身が伝えている。
「仕事をしましょう――」
槍を構える。
怪物を相手にそんなものでどうするのだ。
否、これで十分なのだ。
その身に宿る星を鑑みれば――。
「――――!!」
一足。
到来した星が雷光となる。
紫電が奔り、女は――エルルーンは稲光となった。
繰り出されるは千雷。
轟音とともに、雷鳴りが響く。
それこそは天より来る絶望を打ち砕く神の雷。
槍の穂先が物質ならざるロストの肉体を貫く。
悲鳴咆哮。
されど遅い。
既に彼女の身は光と等価。
炎爪が空を割く、光すら捉えられなければ彼女の肉体を捉えるに能わず。
だが、彼女の槍は焔の肉体を穿つ。
神速の雷撃。
放たれる雷の一撃がロストを焼く。
その光、見るものすべてを眩く照らす。
「すごい……」
まるで舞うかの如く戦う乙女。
この人がいればもう大丈夫だという安心感がキニスの体から力を抜いていく。
夜の闇を照らす炎を喰らいつくし、その閃光だけをキニスは見つめていた。
「フッ――」
燃えるような酸素を吸い込んで、失われたすべてを背負うがごとく、戦乙女は再び雷へ入る。
稲光そのままに爆ぜる紫電をたなびかせ、エルルーンは槍をふるう。
一足一刺。
雷迅のままに放たれる無数の槍雨が炎の如きロストへと繰り出される。
放たれる炎息など無意味。
音を超えた槍の穂先が空を真とする。
破ることのできぬ壁が炎の侵入を防ぎ、穿つ。
戦場を疾走する迅雷をロストは捉えられない。
もはやロストの感知領域をエルルーンは超過している。
雷そのもの。
否、光そのもの。
どうしてただのロストにその速度を認識できようか。
出来るはずもなし。
牙も爪も。
どれほど炎を放とうともエルルーンを捉えられない。
刺され、離れられ。
つかむことすら許されない。
総合的な戦闘能力で負けている。
ならば、子供を盾にと、ロストの本能が戦術を出力する。
「遅いですよ」
背を向けた瞬間、ロストの絶命は確定した。
最果てより轟雷が来る。
雷霆が降る。
戦乙女が持つ槍雷。
――英雄より放たれた白雷がロストを滅す。
「大丈夫ですか? 怪我をしていますね、待っていてください、今手当をしますね」
キニスは、思った。
彼女のようになりたいと。
絶対になるのだと――。
少々短いですが、キニスフィルターにかかればエルちゃんはこんな感じに見えています。