此処に、怪物は
「…………俺の勝利だ」
無様に地面に倒れて血反吐を吐きながら笑みを浮かべた俺に、翡翠の双眸が静かに見下ろす。
その硝子のような無機質さを帯びた瞳は、敗北を認めた上で激情に猛り狂っていた。
「認めない……君の、勝利など……ふざけるな、認めるものか……!」
「……なんだ、存外人間らしいじゃ、ないか」
立っているのは君で、地面に倒れているのは俺。
誰が見ても勝敗は明らかだ。
だが、勝ったのは俺のようだ。
それは、まぎれもなく彼の言葉が、認めている。
俺たちをつなぐ、ただ一つのモノ。
それが俺の勝利を認めている。
彼の敗北を形にしている。
なぜならば、俺は何一つ、手放さなかったからだ。
人の命を奪うことへの葛藤も、「人でありたい」という切なる望みも……想い人に向けた優しさも。
友人を救いたいという衝動に似た願いも。
俺は何一つ、この手につかんだままなのだから。
彼が俺にさせようとしたことを何一つしてやらなかったのだ。これを勝利と呼ばないのならば、何を勝利と呼ぶのだろうか。
「ああ、アルベール。俺の鏡写し。言葉で人を殺せる才能を持つ君。『俺を怪物とする』という願いが破れ、同類を得ることが出来なかった君に予言しよう。
君はこれから先、何一つ成しえない。何も感じることはない。君はもはや目的を持つことはないだろう。
その無関心は何物にも揺らせず、何者にも打ち砕くことは出来まい。何故なら君はもう――」
──もう二度と、同類に巡り合うことはないのだから。
「死者が生き返ることの無いように、俺の代わりは誰にも務まらない。
対極の存在である俺は消え、君はこれから孤独の中で生きていくしかないのだ。だが、君はなにも思わないのだろうな。
なぜならば、怪物には温もりなど必要ないのだから」
俺にとって君は鏡写しの存在で、そして同時に、最悪の存在だったのだ。
同等の才能を持ち、会話することが出来る存在。
何か一つ間違えてしまえば、俺は君になってしまうという最悪をまざまざと見せつけられる。
随分と気をもんだものだが……。
「こうなってみると、存外、悪くないものだった」
「ふざけるな……ふざけるなよ、貴様、この僕の計算を、この僕の文法を! すべて打ち砕いておいて、最後の褒美すら持ち逃げするというのか!」
「別に、我々はそういう仲、でもないだろう」
胸倉につかみかかってくるその手を振り払う力すら残っていないが、その分思考だけは澄み渡っている。
まったくらしくないじゃないか。
普段の君なら、こんな手なんて使わないだろうに。
だがそれはもはや彼にはお得意の言葉も残っていないのと同義なのだ。
「――――…………」
もはや何一つ、言葉にできず彼が持った震えるナイフが俺の喉を掻き切る。
──ああ、なんて素晴らしい日だろう。
唇が弧を描く。こんなに穏やかに笑ったのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
雨降りしきる空の下でそんなことを思いながら、揺れる翡翠を見つめて
悪くない最期だった、と声に出さず言う。
生き地獄を歩むしかない彼は、顔を歪めた気がした。
はこさん宅ウェール・ケラススさんとうちのアルベール・ウェルナーのお話でした。
はこさんが素晴らしいもの書いてたから私も書いた!
はこさんのと鏡写しになるように構成とか参考にしました。