真の勇者なら1人で魔王に勝てるよね 作:お茶に煎餅、お酒にチーズ
一週間に1話って結構大変だなあ……。
というわけで、今週は6話目です。
余り話は進んでいないため、まったり読んでくれると嬉しいです。
──そして、夜が明けた
小鳥の囀りと川のせせらぎを目覚ましにして、レイブンは目を覚ましたようだ。むくりとベッドから身を起こすと、眠そうな様子で自慢のサラサラヘアを撫でつけた
「………っ……」
一度大きく伸びをすれば、先程よりも意識がハッキリとしたように見える。ベッドを降りて寝間着のまま外に出て、家の裏手にある小川から桶にたっぷり水を注いだ後、バシャバシャと豪快に顔を洗う。冷たい水で洗顔したお陰か、手拭いで顔を拭いたレイブンの顔はいつも通りの凛々しさを取り戻していた
目が覚めたら早速とばかりに納屋へと向かい、扉の側に立て掛けてあった練習用の木剣を手に取って素振りを始めた。唐竹、袈裟、逆袈裟……と剣術の全9方向の斬撃を丁寧に繰り返していく。それぞれ1000回ずつで合計9000回の素振りを終えた頃には、日の出すぐに開始したのに今はもう村人たちも起き出して日々の仕事に精を出していた
基本的にレイブンは剣術を得意としているが、他にも祖父のテオから槍術と体術を直々に教えられている。朝は剣術、昼は槍術、夜は体術の鍛錬を彼此10年も続けてきており、世界中を旅する間に実戦も経験しているお陰で達人級の腕前の持ち主になった
そして、鍛錬をしていない時間は村の仕事をしている。時にメルと一緒に馬の世話をしたり、時にペルラやエマを筆頭とした女性陣に混ざって農作業を手伝ったり、時に山に狩りに出る男性陣に付いて行ったりと敢えて仕事は決められていない。それは、テオに連れられて旅に出たりと村を離れることがあったからだろう
朝に洗顔のため汲んだばかりの水に手拭いを浸して、よく絞ってから汗をかいた身体を拭いていく。何度か手拭いについた汚れを落としながら、少しして身体を拭き終わると居間に向かった
ちょうどペルラが朝食を卓の上に並べていたところだったらしく、座って待ってなさいと優しく告げられてレイブンも素直に従った。それから程なくして朝食が完成して、2人して席について大地の精霊に祈りを捧げた後に穏やかに談笑をしながら食事を始める
朝食の内容は、丸パン2個と昨夜のシチューの残りと家畜の腸詰めを焼いたものという簡素な食事。しかし、この村では一般的な風景である
食事を終えれば普段は仕事に入るのだが、今日ばかりは勝手が違った。なぜなら今日はレイブンの〈勇者〉としての門出となる日だ。この村にはそんな彼にも仕事を手伝わせるほど狭量な人物はいなかった
お茶を一杯飲んでひと心地ついてから旅の準備を始める。とはいえ、昨日の内に装備・道具など必需品と思われるものは全て容量に制限のない〈魔法の袋〉に纏めて入れてある。元は祖父の物とレイブンに与えられた物で2つあるため、装備袋と道具袋で分けて仕舞うという贅沢な真似をしていた
それとは別にすぐに取り出せるように小さな袋を身につけているが、容量に制限がある〈魔法の袋〉であるため見た目とは裏腹に結構な量が入るようになっている
本来なら嵩張るので持っていかないが、袋には余裕があるので着替えや保存食の類もあるだけ持っていくつもりのようだ。どれだけ旅が長丁場になるかわからない以上は荷物が多くなるのも仕方がない
昔に祖父から譲り受けた旅装束、素地には紫色を使って袖と袴は茶色という全体的に渋い色合いで纏まっている。若者が着るにはなかなか難しい服だが、レイブンの寡黙で年齢以上に落ち着いた雰囲気によるものか不思議と似合っている
旅装束に着替えて鉄の片手剣を背負い〈魔法の袋〉を身体に括り付ける。そのまま部屋を出ると、待ち構えていたペルラが感動した面持ちで手を広げた
「うう……。本当に立派になって………。その姿、お爺ちゃんにも見せてあげたかったわ」
ペルラは数年前に亡くなった祖父にレイブンの晴れ姿を見せられないことを悔やむように目を瞑る。きっと、今この姿を最も見たかったのはテオだったに違いないと思っているように見えた
しかし、湿っぽい雰囲気はすぐに取り払って、今度は真剣な表情でレイブンと見詰め合う形になる
「──レイブン。忘れちゃダメだよ。アンタは村で一番勇敢だったお爺ちゃんの孫なんだからね。この先なにが起きてもアンタだったら乗り越えられるって、お母さん信じてるわ。だから、頑張ってくるんだよ」
「いや、無──うん。わかったよ」
少し間はあったが、レイブンは素直に頷いた。それでこそ自慢の息子だと、ペルラも非常に満足そうな様子だった。心なしかペルラがイイ笑顔なのに反して、レイブンは顔の色が優れないように見えるが気の所為だろう
……と、そこで、なにを思い出したのかペルラは嬉しそうにレイブンが腰にぶら下げた袋を指差した
「そうだわ、レイブン。餞としてアンタの荷物の中にお金を入れておいたからね。元からそれなりの金額を持ってるんだろうけど、お母さんの気持ちってことで受け取っておいてくれないかい。デルカダール王国に向かう前に村の道具屋で足りない物を買い揃えるくらいのお金は入ってるはずだからね」
僅かに驚いた表情をしたレイブンを見て、ペルラはしてやったりとばかりにニヤリと不敵に笑った。やはり子は親には勝てないようだった
そんな家族の心温まる光景はさておき、そろそろ出立の時間が近づいてきている。道具屋を筆頭に旅の前にやることを済ませるため、もう家を出なければならない
「さあ! 村のみんなもアンタの旅立ちを見守ろうと集まってるわ! 準備ができたらアンタもくるんだよ!」
そう言ったペルラも、村人たちと一緒に見送るつもりのようで恰幅の良い体を揺らして外へと向かった
旅の準備は既に粗方完了しているので、レイブンも残りの支度を終わらせようと足早に家を出てから、まずは道具屋に向かおうとしたところで困った様子で頭を抱えている村人を見つけた
当然ながらレイブンが素知らぬふりなんてするはずがなく、自らの準備を後回しにして話し掛けた
「う〜ん、困った、困ったぞ………。どうしたもんかな……」
「トムさん。なにかあったの?」
「おお、レイブンじゃないか! ちょうど良いところに来てくれた。ひとつ頼みを聞いてくれよ」
トムと呼ばれた男は言葉通りにレイブンへと今起こってる困りごとの協力を要請した
彼は少し前に息子と遊んでいる時に、その息子が大事にしている風切りの羽をうっかり放り投げてしまったのだ、と浮かない表情で語った。どうやらレイブンの家の横手にある納屋の屋根の上に引っ掛かっているとのことだが、都合の悪いことにトムは高いところが苦手で取りに行けない。そこでレイブンが代わりに屋根に登って取ってきて欲しいというのが頼みの内容だった
「納屋の屋根だね。任せて」
「お前ならそう言ってくれると信じてたぜ! ──“汝、みんなに優しくせよ”………っていう村の教え、お前は守ってるもんな! よし! それじゃあ早速、納屋の方に向かってくれ。風切りの羽を見つけたら俺のところにきてくれよ。お礼をするからな!」
それじゃあ頼んだぜ! というトムの言葉に頷くことで応えて、レイブンは来た道を戻って自宅の隣にある納屋へと向かって行った
近くなのですぐに到着すれば、まず屋根に登れそうな場所を探していく。大して手間取ることなく見つけたのは、今日はまだ整理していなかったらしい木箱だ。良い具合に積み重なっており、そのまま上に登れそうだった
身軽な様子でレイブンが登ったところで、件の風切りの羽はあっという間に見つかった。下からでも目視できるくらいなのだから当然だが、屋根に登った程近い場所に引っ掛かっていたようだ
目的の物を手に入れたので、レイブンは怪我をしないように気をつけて屋根から降りていく
レイブンは旅に出る直前で忙しく、依頼人のトムも待っているので些か急いでいるようにも見えた。慎重に降りようとしていたが、急に面倒になったのかのように屋根から無造作に飛び降りた
トムの元に戻ったところで、依頼品の風切りの羽を渡せば彼は浮かない顔を一転して喜びに変えた
「息子の大事な風切りの羽をなくして一時は親子の縁を切られるかと思ったが、お前のお陰で助かったよ。俺にしたように困っている人を見かけたら悩みを聞いて助けてやるといい。人助けすりゃ、きっと良いことがあるはずだ。一々言わなくてもお前ならわかってるとは思うが、時間がある時にこなせば良いんだからな。それじゃあ、ありがとよっ、レイブン!」
トムは風切りの羽をなくしたことで息子から縁切りをされる可能性まで考慮していたとか。それ故か、とても安堵した様子を見せていた
叱咤激励を受けたレイブンは真剣な表情で頷いて、その場を後にした。ちなみにお礼の品は夢見の花という道具であり、この花の香りには睡眠を誘発する作用がある。仮に魔物に投げつければ高確率で眠らせることができる優れものだ。これからの長い旅で役に立つだろう
次に訪れた道具屋では前回の旅で消費した薬草を買い足すようだ。残念ながらイシの村で買う必要のある道具はこのくらいしかないので、他の毒消し草とかはデルカダール城下町で買わなければならない
簡素だが装備も売っているようだ。しかし、この辺りの魔物は弱いので今は装備していないが、レイブンは鋼で造られた鎧や兜といった防具を持っているため買っても意味はない
ということで、レイブンは道具屋のヘレンという女性に挨拶だけして次の目的地に移動する
レイブンは昨夜眠れなくて散歩をした時に会ったエマの様子がおかしかったことを心配して、旅立ちの前に彼女の家に向かい確認しておきたいようだ
普段よりも幾らか早足で移動していると、不意に村の女性に呼び止められた。彼女は昔からエマに姉のように慕われており、とても優しく朗らかな性格なのだが、今は眉を寄せて気落ちした姿を見せていた
「…シーリアさん?」
「急いでるところ、ごめんなさい。……貴方が冒険の旅に出るって聞いて、エマちゃんずっと家に閉じこもってなにかやってるみたいよ。私から呼び掛けても『今は誰にも会いたくない……』って断られちゃって………。もしかして、レイブンならって思ったの」
「家に閉じこもって……。シーリアさん、教えてくれてありがとう。これからエマの家に行ってみるよ」
ええ、お願いね、と快諾したレイブンにホッと安堵したのかシーリアは胸を撫で下ろして微笑んだ
元よりレイブンは昨夜に別れる直前に泣いていたと思しきエマを気にしていたので、どちらにしても彼女の家に向かう途中だった。実際に閉じこもっているという情報を得られたので、或いはレイブンでさえも追い返されてしまうかもしれない。そうレイブンは思ったが、結局は行ってみなければわからないと気を取り直した
「──わんわん!」
「ルキ。誰か来たの? ──ごめんなさい。今は誰にも会いたくないの」
エマの家に到着したところで、レイブンは扉の前で見張りのように鎮座していたルキに吠えたてられた
レイブンが近づいてくることには気づいていたのだろうが、姿を見た一瞬は駆け寄ろうとしていたのに、すぐになにかを思い出したのか正しく番犬の如く追い払おうと必死になっている。エマからの「レイブンでも家には入れないで」というお願いを守っているのだ。僅かに躊躇したのは大目に見てくれるだろう
ルキの声に反応して家の中からはエマの声も聞こえるが、やはりというかシーリアから聞いた通り「誰にも会いたくない」というのは本当のようだ
こうしてルキがレイブンに向かって吠えている以上、彼の立ち入りも禁止していることには察するに難しくない。恐らく、直に声を掛けても扉をあけてくれることはないだろう
もしかしたら旅に出る前にエマと顔を合わせることができない可能性に気づいたのか、流石のレイブンも顔色が優れない。エマに嫌われたと思っているらしい
シーリアに入れてもらえなかったと伝えると、彼女は驚いた後に悩み始めた。こうして集中すると周囲の音が聞こえなくなるらしいので、レイブンは一声だけ掛けてから村の入り口まで向かって行った
途中でマノロ一家などの村人に応援の言葉をもらいながら、表面上はいつも通りにレイブンも返答する。そのままイシの村にある唯一の外と繋がる出入り口までの坂を登りきると、村長のダンと義母ペルラを筆頭とした村人が一堂に会していた
「いよいよ出発ね。旅だったら暫くは村には戻れないかもしれないよ。村のみんなには挨拶したかい? この村のことを目に焼き付けたかい? 出発して良いんだね?」
「…………うん。もう行くよ」
1人門の前で待っていたペルラが今生の別れだとでも言うかのように、再三に渡る確認をしてくる
彼女にとってイレブンは自慢の息子ではあるが、やはり心配にはなるだろう。或いは母親の勘によるものか。今回の旅が一筋縄ではいかないと無意識のうちに察しているところがあるのかもしれない
そうして問われたレイブンは悩む素振りを見せこそしたもの、旅の出立を遅らせるつもりはないようだ。どうやらエマの反応が胸に引っ掛かってしまっていた
「わかったわ……。さあ、お行き」
旅に出る息子に道を譲るため、一瞬の間の後にペルラは毅然として優しくレイブンを見送った。その先にはもちろん村人たちが待っている
先頭に立つダンは、昨夜とは打って変わり旅装束に身を包むレイブンの姿を眩しそうに目を細めて見詰めていた。すぐ目の前までレイブンが来ても、暫くは感傷に浸るような表情で孫にも等しい存在の姿を目に焼き付けていた
「こんなにも早く旅立ちの時が訪れるとはな。お主の祖父、テオにもその勇姿見せてやりたかったわい」
そう言って沈んだ表情を見せるダンの姿は、周囲の者から見ても彼の口惜しさが強く伝わってくる。テオは古くからダンの知己であり、誰が見てもわかるほどにレイブンを愛していたテオの死去に言葉にし難い気持ちを抱くのは仕方がないというものだろう
「テオがお主を拾って…………いや! 連れて来たのは確か16年前じゃったのう……。極普通の子供だとばかり思っていたお主がまさか〈勇者〉の生まれ変わりとはのう………」
沈んだ雰囲気は消えたが、それに代わってダンは憂いを感じさせる複雑そうな表情になっていた。当のレイブンと周囲の村人たちからは、まるでレイブンが〈勇者〉であることを歓迎していないように映った
しかし、その表情もすぐに真剣な面持ちへと変化した。疑問はあるがレイブンと村人たちも真剣にダンの話を聞く体勢に入る
「──〈勇者〉とは、伝説の英雄。その昔、大いなる闇を払い世界を救った人物と聞く………」
「伝説の英雄………。大いなる闇………」
そう呟くレイブンの表情は、昨夜にペルラの話を聞いた後のようになんだか疲れたような様子だった。拳を血が出そうなほどにキツく握り締めて、なにかを堪えているようにも見える
だが、レイブンの様子が少しばかりおかしいことに気づいたのはダンとペルラの2人だけで、彼らは大いなる使命に向けて気炎万丈なのだろうと解釈した
どうやら疲れた表情には気づけなかったらしく、ダンはそのまま話を続けていく
「お主がそんな大それた人物の生まれ変わりとは俄かには信じられぬが………。まあ、テオが言うならそうなんじゃろうな」
古くからの知己というだけあって、ダンはこの村に定住するまでテオが伝説のトレジャーハンターとして名を馳せていたことを知っている。だからこそ、このような信頼の言葉が出てくるのだろう
ダンは信じられないとまで言ったが、彼の内心を鑑みれば信じたくないというのが本心のはずだ。孫のように思うレイブンに課せられてしまった重い使命。彼は心底からレイブンの行く末について憂いていたのだ
「デルカダールの王様に会ったら呉々もこの村のことよろしくな。勇者様を育てた村ということで王様からなにか褒美がもらえるかも知れんからな」
「──村長! そりゃはしたないですって!」
ふと門出の日には些か相応しくない辛気臭い雰囲気に気づいたダンが、場を和ませるために剽軽に戯けてレイブンへと集るような仕草を見せる
そこに、ダンの思惑を察したイルダという恰幅の良い村人の女性も同様にわざとらしくダンを窘めた
無論、2人は本気で言ってるわけではない。ダンには幾らか本音が混じっているように見えたのは気の所為…………気の所為だよね
「わっはっはっは。冗談じゃよ冗談」
「実は思ってたり………」
「………………。ともかく、レイブンよ。この先お主には儂らでは想像も付かんような運命が待ち構えているかもしれん!」
呵々大笑といったダンだが、イマイチ信用ならない。冗談にしてはヤケに目が真剣だった
ポソリと呟いたレイブンの言葉に反応してから一瞬動きが止まったり、少し沈黙して急に話題転換したり、わざとらしい咳払いと言い…………。こんなでもイシの村では尊敬されている村長である
「故郷を離れ、旅に出るお主にこのロトゼタシアの地図を授けよう。道に迷った時はこれを見るのじゃ」
そう言うとダンは、紐で筒状に纏めた1枚の紙切れを手渡してくる
受け取ったレイブンが開いてみれば、ダンの言葉通りに世界地図だった。驚いたレイブンがダンを見れば、優しい表情でダンが頷いて、紐を巻き直して〈魔法の袋〉に仕舞うように促して来た
すると、レイブンの背後、即ち村の中から蹄で土を踏む音が聞こえる。ダンが手を挙げて応えたのに合わせて振り返ったレイブンの目には、彼とメルが丹念込めて育て上げた白馬の姿があった
そのままメルが白馬の手綱を引いてダンたちの前に連れてくる。自らが視線を集めていることを自覚しているのか。或いは、レイブンに挨拶でもしているのか、白馬は一度大きく嘶いて存在感を示した
メルはもちろん、美しく立派に育った白馬の姿にダンは満足げな様子で頷いている。毎日欠かさず世話をした2人の功績だろう。レイブンもジッと見詰めてくる円らな瞳に向かって、小さく微笑んでいた
しかし、なぜこの場に連れてきたのか。その答えは、徐に白馬を指し示したダンが教えてくれた
「この馬もお主に授けよう。村一番の器量良しの馬じゃぞ。まあ、お主の方がよく知っておるか!」
──と、再びダンは楽しそうに笑った。釣られて周囲の村人たちも雰囲気が明るくなっていく
レイブンは白馬の手綱をメルから受け取り、物欲しそうに彼を見上げてくる少女の頭を優しく撫でた。そうすると、普段は余り表情の変わらないメルがとても嬉しそうに笑顔を見せてくれた
そして、村人のみんなが見守る中でレイブンは白馬の上に跨った。もちろん白馬に嫌がる様子はない
「知っての通り、村を出て真っ直ぐ北へ向かえばデルカダール王国じゃ」
「レイブン。アンタは自慢の息子さ。辛いことがあっても、挫けずに頑張ってくるんだよ」
「お兄ちゃん……。その娘をよろしくね。あと、旅が終わったら、また一緒に馬を育てようね………」
ダン。ペルラ。メル……他にもこの場に集まった多くの村人たちがレイブンに応援の言葉を掛けていく。温かい言葉の数々はレイブンの心に届いたことだろう
手を振り見送るみんなを目に焼き付けるように眺めて、またしても笑みを見せる。今度は、誰が見てもわかるような表情の変化だった
「──レイブン!」
そして、いざ馬を駆って村を飛び出そうとした瞬間にレイブンを呼び止める声が聞こえてきた。聞き覚えのある声におもわずといった様子で振り返った
振り返った先には先の声の主、エマが傍らにルキを伴って息を荒げながら走って来ていた。レイブンの目の前で立ち止まった彼女は膝に手をついて息を整えると、汗を拭うこともせずに手に持っていた物を差し出した
「これ、受け取って! 昨日、貴方が旅立つって聞いて急いで作ったの!」
そう言って差し出された物を受け取ると、青い巾着の中にお守りが入っていた
昨夜にレイブンと別れたエマが夜通し作っていた物が、このお守りだったのだ。目を見開いたレイブンが彼女を見れば、疲れた表情の中に達成感を匂わせるドヤ顔で彼に微笑んでいた
エマの“贈り物作戦”はレイブンの鉄面皮を引き剥がしたことも含めて大成功に終わったらしい
「デルカダール王国は村を出て北にあるわ。村の外は魔物が出て危険だけど、貴方なら大丈夫よね。でも、そのお守りはしっかり身につけていくのよ」
エマは言葉とは裏腹に、心配だという気持ちを隠すこともなく眉を八の字にしていた。胸の前で重ね合わされた手は不安そうな気持ちを抑えるためか、強く握り込まれているのがわかる
しかし、エマとしても旅立つ前のレイブンにそんな顔をいつまでも見せたくはなかったようで、若干の無理があるけれど笑みとわかる表情を作った
「………どんな使命があるのか私にはわからないけど、どこにいてもこの村のこと忘れないでね。絶対に元気で帰ってきてね! レイブン!」
小さく笑みを湛えたまま、エマはこの先に待ち受ける悲劇の中で彼女の心の支えとなる約束を交わす
旅に出る前に会うことは叶わないと思っていた幼馴染の激励にレイブンも力強く頷いて、手の中にあるお守りの存在を感じながら手綱を握り直して馬主を巡らせる
そうしてイシの村のみんなが手を振り見送る姿を見て背に、レイブンは勇ましく白馬を駆って村を飛び出していった
この時はまだ誰も知る由もなかった
レイブンの旅が途轍もなく過酷なものになること
〈勇者〉に課せられた使命の裏側に膨大なまでの巨悪の影が潜むこと
世界の運命を繋ぐために奔走するレイブンの元に集い、力を貸してくれる心強い仲間たちのこと
今日この門出が、およそ2年以上にも渡る長い旅路の始まりに過ぎないということ
今はまだ、レイブンでさえも知らなかった…………
ここまでが6話になります。
今週も読んでいただいてありがとうございます。
少し文章が長くなってしまいましたが、読み辛くはなかったでしょうか。
実際のところ何文字くらいが良いのかわからないですが、私は基本的に6000〜9000文字くらいの要領で書いています。
個人的にはこの辺りがあっさりし過ぎず、こってりし過ぎない文字数だと思っているのですが…………。
それはさておき、漸くレイブンが旅立ちましたね。
ゲームに於けるオープニングムービーはまだ先とはいえ、やっと話が進むのかと思うとなんだか嬉しいです。
物語の進行速度に関しましては、もう気にしないことにしました。
ゲームでムービーになる場面はなるべく飛ばしたくないですし、キャラとの会話もまた同様です。
加えて、文才がないなりに丁寧に描写しようとするとどうしても話が先に進みません。
本当はもっと削るべき場面とかあるのだと思います。
或いは文章を書くのが上手い人ならば、場面を削らずに読者にわかりやすく描写してみせるのかもしれませんが、小説を書くという経験が著しく不足している私には難しいようです。
それでも読んで下さっている方、お気に入りをしてくれている方までいるのですから、途中で書くのをやめるつもりはないですけど。
いつもながら長々と申し訳無いです。
今週は残念ながら1話しか書けていないので、次の投稿は来週の火曜と水曜のどちらかになります。
それでは、ありがとうございました。
また来週をお待ちください。