真の勇者なら1人で魔王に勝てるよね 作:お茶に煎餅、お酒にチーズ
今回は文章が長くなりそうだったので前半、後半で分けて書きました。その関係上、本来なら同時に出すか翌日に投稿したかったのですが、小説を書く経験に乏しい私には無理でした
というわけで、続きの後編は来週になる可能性が高いです。いっそのこと来週に一挙投稿の方が良かったかもしれないですが、一週間に1話ずつ投稿というルールを破るとモチベーションが揺らぎそうだったのでご勘弁を
先のことはわかりませんが、取り敢えず最新話です
主人公視点の一人称で展開する7話の前編、どうぞお楽しみください
あー、もう! だから嫌だって言ったのに(言ってない)。溜息を吐きたい衝動に駆られるも、いつも通り身体は動いてくれない
仕方がないので薄暗い小部屋を見渡せば、なにやら長い間放置され続けたであろうカビ臭い壺が置いてあった。中身は特になにも入っていないが、取り敢えず目に付いたので割ってみる。──おっ? まさか身体が言うことを聞いてくれるとはな。ラッキーだぜ!
ガシャーンと甲高い音が薄暗く狭い空間内に響き渡る。別に深い意味もないただの八つ当たりだ
「おい、なにしてんだ?」
んん…? 向かい側から声が聞こえたような……。暗くてよく見えないけど、俺の他にも誰かいるのか
現状確認のため声を掛けようとするが、いつのまにか次の壺に照準を持っていた。いやいやいや、それ割っても中身入ってねえから。さっき確認したばかりだろうが!
それともなにか。樽とか壺とか見つけたら壊さずにはいられないとか? あの〈勇者行為〉ってやっぱり習性だったのか? 衝動的にやっちゃうとか?
俺の必死の制止もなんのその、再び鳴り響く甲高い破砕音。割砕かれた壺の残骸が硬質な石床に無残に散らばった。あああああ──ッ!! 巡回の兵士が来たらどうすんの!? ここ地下だし、静かだからよく響くんだよ!
「落ち着きな。ジタバタしてもどうにもならんぜ」
やっぱり他にもいるよ! こんなところに放り込まれてる以上は碌でもない奴かもしれないけど、こちとら藁にも縋りたい猫の手も借りたい気分なんだ。些細なことは気にしなくて良いよね………
今度こそとさっきよりも幾らか本気で身体の主導権を奪いに掛かれば、一瞬の硬直の後になんとか俺の意志で動かせた。血が出そうなほど拳を握りしめている所為で爪が食い込んで痛いけど、今はそんなことに構ってられん。よし! このまま話し掛けるぞ!
──意気込んだのも束の間、鉄柵に近づいたところでまたしても俺の意志を置き去りに動き出した。あっという間もなく、鉄柵に縋り付いてガッシャガッシャと揺らし始めたのだ
もうやめてくれ──!! 俺が縋りたいのはこんな冷たくて硬い柵じゃなくて、向かい側の牢の中にぶち込まれてる人なのにっ………
うぐぐぐ……。立て続けに騒音を響かせてるから、疑問に思った巡回兵が来ても不思議はないぞ。強面マッチョの看守とか連れて来たらどうしてくれるんだ!
頼む。向かいの囚人さん。煩いかもしれないけど、呆れずにもう一度だけ声を掛けて下さい……!
「やれやれ、騒々しいな。煩い奴が来たもんだ」
俺の願いが届いたのか。向かいからは呆れを多分に含んではいるが、明らかに此方へと語る声が聞こえた
良かった……。どうやら面倒見の良い人物のようだな。または神経質な可能性もある。というか、普通に考えればそっちの可能性の方が高いけど。言葉とは裏腹に声色からは怒りや煩わしさは感じられないし、きっと器の大きい人に違いない!
ここに来て、漸く身体の方も自らに掛けられる声に反応する素振りを見せた。今更ではあるが、融通の効かないことに恨めしさが湧き上がってくる
「牢屋に入れられたぐらいでオロオロ、ビクビクしやがって。しけた野郎だな」
ぶっきら棒な物言いに若干ムッとくるも、やはり向かいの男からは呆れしか感じ取れない。言葉だけを聞けば嘲られているようにすら聞こえるのだが………。不思議なものである
さておき、相変わらず薄暗さの所為でハッキリとは見えない。だが、先程よりも目が慣れてきたらしく、なんとか牢屋の様子が見て取れた
俺に声を掛けてきたと思われる男は渋い深緑色のローブに身を包んでおり、フードで目元まで隠していることで人相の判別は不可能だった。この時点で割と怪しさメーターは高水準を叩き出している
男の体格は特別に小柄というほどではないが、随分と痩身で身軽そうに見える。声から推測できる年齢の男としては平均以下の身長のようだ。少なくとも俺よりかは幾らか背が低い
囚人さん、改めフードの男は気怠そうに首を傾けて此方を見遣る。暇なのか胸の前で組んでいた腕の片方を解いて、どこか揶揄うような調子で尋ねてきた
「ところで、お前なにやらかした? 此処は牢の最下層だ。余程のことをやらないと此処までは入れられねえ」
へぇ…。はぁーん…。よりにもよって、それ聞いちゃうんだ。正直言うと俺もなにがなんだかわからんが、この胸の苛立ちを吐き出すには丁度良いかね
どうやら身体の方も素直に話す気になっているようだし、もしかしたら説明してるうちに投獄された理由も少しはわかるかもしれないしな。俺も此処にぶち込まれるまでの記憶を掘り返してみるか
そうしてフードの男に説明している傍ら、数時間前に村を旅立ったところまで記憶を遡っていく
◇◇◇
デルカダール王国の牢屋に投獄されるよりおよそ2時間ほど前のこと。俺は育ての母、ペルラの言葉を発端として不本意にもイシの村を放り出されていた
村のみんなに送り出された手前、ノコノコと帰るわけにもいかない。というか、そもそもの話として戻ろうと思ってもどうせ帰らせてもらえないからなあ(諦め)
特にこの旅立ちに際しては、いつにも増して身体の主導権を奪うのが難しかった。母さんに〈勇者〉の使命について聞かされた時なんて、それこそ恥も外聞も投げ捨てて駄々をこねようとしたのに失敗したんだよなあ。激しい主導権争いの所為で手も血だらけになったし。その後すぐに《ホイミ》で治したけど
それにしても神様(自称)の野郎、転生した後にこんな不自由があるなら先に言っておけよ!
不幸中の幸いというか。本当に危険な時とかは自由に動けるようにはなるけどさあ。日常生活でやりたいことが殆どできないなんて苦痛以外の何物でもないわ。縛りプレイのつもりなら他でやってろ
自給自足が基本のこの世界とは言えど、こちとら社会整備が殆ど完璧な平成生まれの社会人(享年28歳)でしかないんだぞ。幼馴染の女の子が一生懸命に仕事してる隣で弱音を吐くほど落ちぶれたつもりはないが、もう少しゆとりのある生活が欲しいというのは俺の我儘なのか……?
くそ…っ!? こんなことなら転生なんてしなければ良かった。詐欺だろって、少しは思ってたはずなのに!
1つだけでも転生特典がもらえたり、ドラゴンクエストの世界に行けるって聞いて舞い上がっちまったのがダメだったな。深く考えなくても人生を左右する重大な場面だってわかってたのに、一瞬の感情に振り回されて選択を間違えるなんていつ以来だよ
──などと。内心で愚痴を吐き出す間にも、意志に反して動く身体は白馬を駆り、デルカダール王国を目指して街道を爆走している。あっ、今スライムを撥ねた。悪いね。突発的な交通事故だと思って諦めてくれ
このペースだと村を出たのが午前8時前くらいだと考えて、1時間30分程度でデルカダール王国に着くかな。メルちゃんと一緒に育てたから良く知っているつもりだったけど、やっぱりこの白馬は出鱈目な馬力だわ。他の馬と比べたら間違いなく倍以上のパワーとスピードがある。流石だぜ!
また話は戻るけど、あの神様(自称)は説明不足が多すぎる。転生後の制約はもちろん、ドラクエの世界とは聞いてたけど〈勇者〉に転生するなんて聞いてないって! 完全に厄ネタじゃねえか……!?
ドラクエで勇者と言えば真っ先に思い浮かぶのはロトシリーズだけど。残念なことに俺はドラクエ5以降しかやってないんだよ。個人的には5と8が印象に残ってる。7は面倒だった…………って、そんなことはどうでもよろしい!!
ロトシリーズのプレイ経験がないのは本当だが、全く知らないわけではないからな。生まれた時から左手にある痣の形になんとなく既視感はあったんだ
先日の発光から落雷までの流れで大方の予想はついたよ。あの落雷には濃密な魔力が感じられたし、ドラクエで雷の魔法と言えばデイン系だろう。でもって、《デイン》系は基本的に〈勇者〉専用の魔法だったりする。そんなの連鎖的にすぐ思い当たったさ
なんとか思考の隅に追いやったのに、儀式の後に母さんから「アンタは〈勇者〉の生まれ変わりなんだよ」とか言われて絶望の淵に叩き込まれるし…………。マジで急すぎるんだよ。〈勇者〉の使命なんて知るか
ロトシリーズのあらすじは多少知ってるけど、生憎と全く知らない始まり方だ。恐らくまだ作品化されてない物語か、完全オリジナルの世界かもしれねえな。それにしては痣の形がロトの紋章に似ているが、ハッキリとは明言できない
だが、明言はできなくてもロトシリーズに連なる物語だという可能性を捨て切ることは難しい。判断材料は少ないが、その中には左手の痣を筆頭に匂わせるような情報があるのだ。安易な結論は出すべきではないだろう
どちらにしても発売済みのドラクエにはなかったストーリーのはずだから、それらがわかっても心構えを一新するくらいしかできないけどな。今更言っても詮無いのは承知の上だが、転生前にちゃんと聞いておけば良かったぜ。後悔先に立たずとはこのことか
まあ、既に旅に出た以上は嘆いても仕方ねえや。何度もしつこいかもしれないが身体の自由も効かないしな
幸いにも転生特典の一部である〈直感〉のお陰で世界中を旅して見聞を広めたり、実践を含めて必死に鍛錬に励んで力をつけることができた
今だからそう思えるのかもしれないけれど、あの原因不明の背中に寒気が這う感覚は本能による警告だったのだろう。それこそ悪寒は徐々に強くなっているので、これからが本番だと言えるかもしれない
転生特典はそれなりに万能というか。使い勝手が良くて強力なモノを選んだのだが、あらゆることが不自由な現状では宝の持ち腐れなのは否めない
普段から正常に機能しているのは〈直感〉と〈カリスマ〉程度だと思う。今は〈騎乗〉が発動してたり、戦闘中ならば他の能力も発揮されるのだが…………
無い物ねだりはやめよう。虚しくなるだけだ。別に不便をしているわけではないからな
そんなこんなでモヤモヤとしながらも一応の折り合いをつけたところで、馬上から遠くにデルカダール王国の街並みが見えてきた。かつては五大国と呼ばれた一国なだけあって、何度見ても圧巻としか言いようがないなあ
当初の予定より早く着きそうなので、馬を休ませるためにも手綱を握る手の力を抜く。白馬も賢いため一定の速度を保ちながらも移動速度を落としていく。人間で言うランニング程度まで脚を遅めて、馬上からのんびりと景色を眺めながら、デルカダール王国に繋がる最後の坂を登りきる。避けきれない魔物には白馬を驚かせないように《メラ》の魔法で離れた位置から狙撃したり、面倒なので正面からの戦闘はしていない。というか、この辺りの魔物ならそれで充分なんだけどな
「ようこそ、旅の者よ。此処はデルカダール王国だ」
「旅の者か? 此処まで来るのに大変だったと思うが、もう安心だぞ。この先はデルカダール王国だからな。王国に入ったら宿屋に泊まるなどし、旅の疲れを癒すと良いだろう。ゆっくりしていくがよい」
結局デルカダール王国には1時間程度で到着した。徒歩だと4時間は掛かる距離なので、正直に言ってかなり楽な道程だった
城下町に続く門を抜ける前に常駐で番をしている兵士たちは揃って明るい表情で歓迎してくれる。俺のことを案じるような言葉を掛けてくる兵士がいるということは、他人の心配ができるほどこの国には余裕があるのだとわかる。辺境の村とかだとこうまで愛想が良くはならないからなあ………
ところで、何度かデルカダール王国には訪れているが、流石に王様に会ったことはないから緊張する。いや待てよ。
割と現実になりそうな嫌な想像で汗が背中を濡らす中、俺の身体はなんともないように城下町へと繋がる門を抜けていた。──うん、知ってた(諦め)
城下町に入ると、やはりというか活気に満ち溢れているのが見て取れた。往来で立ち話をしたり、商いに精を出したり、小さなステージで踊り子がパフォーマンスをすれば観衆が囃し立てたりと賑やかだ
旅装束の俺に気づいた小太りな中年の男性がデルカダール王国へと訪問した理由を聞いてきたので、特に隠すこともなく答えたところ有用な情報を得られた。どうやら俺の懸念は杞憂だったらしく、要約すると「夜は寝るからやめとけ。昼間なら会えるかもな」みたいな感じだった。そんな簡単に会えるのか。知らなかったわ
それじゃあ、今は昼間だし早速王城に向かうか! ……とはならないんだよなあ
元より寄り道する予定だった道具屋に向かう途中でギャン泣きする少女を見つけては、反射的に少女の近くで慰めようとする強面の大男を問い質して。少女からも話を聞いてから、道具屋の屋根から降りられなくなったという飼い猫のメアリーを救出した後に毒消し草をダース単位で購入した。少女からはお礼として猫砂をもらったが正直なところ使い道が思いつかない
王城はこの道具屋が存在する一般の民衆が暮らす居住区画ではなくお金持ちたちの集まるエリア、即ち高級住宅が建ち並ぶ最奥にある
そこで、お金持ちエリアへの直通の道は城下町の正門から延びる大通りを進めば簡単に辿り着ける。区画を分けるための壁の中央にはもちろん長い階段があるのだが、またしても俺は頭を抱えて悩む人を見つけた
城下町で困ってる人を見つけた途端に速攻で「なにかあったんですか?」と無償の善意(強制)を振り撒く聖人のような旅人がいたという。──というか俺だった
その結果、城下町に到着してから1時間が経過していた。一々言わなくてもわかるだろうが、あの金持ち区画に突入する階段横にいた男から「デルカダールの英雄について書いた本を探してクレメンス」とかいう、自分でやれ! と言いたくなる依頼を快諾して、町中を駆け巡って依頼達成するまでに掛かった時間である
そもそもの話、デルカダールの英雄なんて持て囃されて書籍にまでなっているような人物のことならば、いっそのこと直接この国の住民に聞いてしまえば良いのだ。なぜ敢えて「本を読んで内容を教えて欲しい」なんて訳のわからない回り道をするのか
探し回って発見したのは城下町の東側下にある一般民家だった。いやいやいや、他人の家で立ち読みとか気まずいにも程があるわ!? 家主も俺も居た堪れない空気の中、かつて習得していた技能こと速読を駆使してぱぱっと読み終わり内心は愛想笑いしまくりで退出した
1時間という捜索時間には全く見合わない、文字にすれば数行程度の報告を行い、報酬としておよそ16年くらい前に滅亡したとされるユグノア王国で取り扱っていた銅貨を渡された。ううん。さっきは依頼主が子供だったから仕方ないとして、お礼はもう使えない貨幣ってお前ェ…………これ売れるかなぁ?
そんなこんなで、折角早く到着したのになぜか予定より遅れて俺は王城の前にいた。正確には城門の前になにもせず立っているので、見張りの兵士たちから凄い不審そうに見られてる。あれは恐らく上司に報告するか直接詰問しようか相談しているのだろう。残当だな(白目)
あー、やばいなあ。なにがやばいって、このタイミングで身体の主導権が戻ってきたことなんだよなあ。こういう事例は今まで数える程しかないが経験してきた
例えば、そのどれもがギャルゲーで言うルート分岐的な選択肢になっている気がする。この場の行動で俺を含める周囲への影響が確定する。具体的には、今回は
今のところ俺の前に提示されている選択肢は全部で3つある。さっさと吟味していこうか
まず初めに、俺が王城に行かずこの世界の何処とも知れない場所にバックれた場合。これは本来なら〈勇者〉が打倒するはずの敵が野放しになる。ドラクエの魔王クラスが好き勝手暴れまわったらバッドエンド不可避としか思えないので却下
次の選択肢は、イシの村にとんぼ返りかな。……うん。1つ目となにが違うのかわからない。どちらにせよ、村に帰っても今度はこっちにとんぼ返りさせられる羽目になるだけな予感がする。まあ心の準備はできるかもしれないが、もう一度此処まで来るのは面倒なだけなので選ぶ意味は薄いだろう。というわけで、これも却下
最後となる選択肢は、もうゴチャゴチャ考えるのはやめて王様に突撃しようぜ! という極めて脳筋的な思考に基づいた結論。俺のこれまた極めて個人的な感情を素直に告げれば最も選びたくないが、残りの選択肢が物の見事に全滅しているので必然的に3つ目の選択肢しかないというね。実際にこれ以外の解決策は思い浮かばないのでどうしようもない
えー、つまり、なんだこれ。結局は強制イベントってことなんですかね? ──ははは。笑うしかねえだろ。俺に逃げ場なんて初めから用意されていなかったと
ふむふむ。なるほどなるほど。………いいぜ、上等だコラ。こちとら戦闘だけなら転生チートが割と平常に稼働するから生半な相手なら食い潰せる自信はある。世界中を旅する間に何度死に掛けたかわからんが、それでも生き延びた実績はあるんだ。今の時点でも中ボスくらいが相手なら負ける気はしない。だとすれば、もう迷う必要はないだろう
「待て! 止まれ!」
「旅の者よ。一体なんの用だ?」
城門に近寄る不審者、つまり俺のことを門番の兵士たちが手に握る槍を交差させて制止する。警察のペアのように片方は気難しそうで、もう片方はどことなく優しげに見える。心理学的な観点に於いては、恐らく有効な手段なのだろう
だが、今はそんなことはどうでもいい。普段なら内心で盛大に怖気付くところだが、4〜5m以上もある巨大な魔物と相対するのと比べれば大したことはないと割り切れる。人間と魔物とでは怖さのベクトルが全く異なるなんてことも、今は勘定に入ってこない
自分で言うのも情けない話なのだが、基本的に俺は日和見主義だ。前世でも交通事故だったり、目の前に困っている人がいても自分には関係ないとして素通りするタイプだった。争いごとや他人の事情に巻き込まれるのが嫌だと思う人種なので、オブラートに包めば事なかれ主義とも言えるかもしれない
人見知りで小心者というミスマッチの結果、人間関係を構築するのも苦手だった。ついでに空気を読むのも苦手で、高校時代にバイトの上司から「君は性格は良いし気も遣えるのに、決定的に間が悪い」と言われた回数は計り知れない。総じて優れた人間とは言えなかったと思う
そんな俺にも、他人からも評価されるような自慢できることはあった。というのも、俺は特定の状況に於いて………ぶっちゃけると逃げようのない状態に追い込まれた時は、
だというのに、なぜか全て最良の結果に落ち着く。自分自身でもわけのわからない底力を発揮して、なにもかもを良い方向に持っていく
例えば、中学時代に多数決で部活の部長に選ばれてしまった時のことだ。開き直った俺はインターネットで効率的な練習方法を調べるだけでなく、その道のインストラクターに直接話しを聞きに行って身体の調整の仕方などを教わった。顧問に直談判して、練習メニューを自作のものに変更してもらうように頼み込んだ
結果それまで区大会止まりの弱小だった部活は、部長が代替わりした翌月の大会で初の県大会出場を果たした。更に翌々月の大会では市大会規模の試合で優勝。次は関東、次は全国と。俺が引退する最後の大会では全国大会で優勝こそ逃したもの、堂々たるベスト4に輝いた。初めはやる気の薄かった部員たちも、思わず笑ってしまいそうなくらい簡単に大会で勝てるようになると嘘みたいに従順に練習へと向き合うようになった
例えば、とある会社の営業部門に新社員として入社したばかりにも関わらず「早速一本契約取って来い」とクソ上司に言われた時のことだ。営業のノウハウも殆ど知らないので、在籍する部門の直属の上司(クソ)や同じ新社員を含めた全ての同僚に話を聞くのはもちろん、本屋で〈猿でもわかる〜人心掌握術〜〉などの怪しげな書物を購入して読み漁ったりして営業に臨んだ
結果あっさりと契約を決めた。更にはその時の客がお得意様になってくれて、偶然にも超が付く程のブルジョワジーだったお陰で会社への多大なる貢献と見做されて入社から1年という短期間で昇進を果たした。直属の部下や以前に相談に乗ってくれた人たちから相談された時には、当時の経験談を交えて話せば不思議なほどに契約を取ってくるのだ。ちなみに、例のクソ上司は部下になった
火事場の馬鹿力とはまた違う気もするのだが、ともかく俺は逆境に於いて普段人間が発揮できない潜在能力的なものを解放しているのかもしれない
前述の例に出した時よりは追い詰められていないため現状は暴走まではいかないが、それでもまるで根拠のない全能感のようなものは既に感じている。その点では最高のパフォーマンスは期待できないけれど、常ではあり得ないほどに感覚が研ぎ澄まされているのは確かだ。今ならデュラハンのような強い魔物に囲まれてもノーダメで無双できる自信があるぞ
諦観から開き直って覚悟完了という過程に思うことこそあれど、最早この状態の俺を止めるのは容易ではない
強制イベントだとか〈勇者〉の使命だとか。本音ではそんなものゴミ箱に捨ててやりたいところだが、自分の生死を他人に託すよりは100倍マシだ。魔王でも邪神でもどっちでもいいけど、もし敵として立ち塞がるなら覚悟しやがれ。俺にこんなふざけた運命を背負わせたこと後悔させてやる
「突然で済まないが────俺は〈勇者〉だ。今からデルカダール王に取り次いで欲しい」
飽くまでも無表情の鉄面皮なのは変わらないが、その時の俺には、そんな戯言を一笑にさせない威圧感があったのかもしれない
戸惑って顔を見合わせた兵士たちは、自分たちでは判断できないと考えたのか。小声で打ち合わせをした後に、猛烈な勢いで王城へと駆け出していった
俺はこの時の判断を悲劇に見舞われた未来でも後悔することはなかった。なぜならこの場で逃亡して人並みの平穏を選んでいては、絶対に手に入ることのなかった大切な仲間たちとの絆と未来を得られたからだ
この辺りで7話は一旦切ります
原作をやったことのある方は流れからわかると思いますが、次は例の場面になります。というか、前後編に分けても結構文章が多いですね。書いてる途中で「これ1話に纏められないわ」って気づいて急遽分割したのですが、そうしなければ途轍もないぐだぐだが繰り広げられたでしょう
ところで、先日にも感想でいただきましたが、この作品はFate/の微クロスと言っても本当に極僅かな要素しか出て来ません。具体的にはタグに追加したように〈スキル〉しか登場しないものと考えてもらえばと思います。それらについて期待していた方には本当に申し訳ないのですが、英霊などは出さないのでご了承ください
もうお分かりかと思いますが、主人公が選んだ転生チートは〈Fate/に登場するスキル〉です。流石に全部は神様(自称)に認められなかったので、数は10個まで、ランクは全てリアルラックで決定するランダム抽選(という名の作者セレクト)で決定しました。その内の2つほどは現状では殆ど機能していないのですが、当人たるレイブンは全く気づいていないということで
そんなわけなので、実際の戦闘力に関しましては推定レベル(Lv.30〜35)を上回る強さを持っています。戦闘中でも完全に身体の主導権が得られるわけではありませんが、普段の状態と比べれば遥かに自由に身体を動かせるので、転生チートも戦闘系に限り本来の効果を発揮できます
レイブンの現時点の実力は、具体的に言えばお互いに万全のコンディションでデルカダールの英雄さんと戦った場合、無傷とはいかないものそれなりに余裕を残して勝てるくらいです。といっても、どうしても身体の自由が効かない関係上から主人公は万全のコンディションでは臨めないため、純粋な技量や経験では劣ることを鑑みてギリギリ互角以上といったところではないかと考えています。えっ……もう1人の英雄だとどうなるかって?ははは。智将(笑)が相手なら楽勝ですわ
今回の話でもメルちゃんと主人公が言っているのは厩戸の娘さんです。旅立ちの時に白馬を連れてきてくれた女の子のことですね。紛らわしいかもしれませんが、後々に出てくるメルトアとは全くの無関係であります。勘違いさせてしまっていたら申し訳ありません
それでは後書きもこの辺りで終わりとしておきます。前書きでも宣言した通りに続きとなる後編は来週の投稿となるかと思います。モチベーションの変化などで完成次第投稿する可能性もありますが、私の中では既に火曜か水曜に投稿するものという認識になって来ているので期待はしないでください
これからも週一投稿で完結まで目指していくので、どうか最後まで読んでいだけると嬉しいです。それでは今週もありがとうございました
ーー現在判明している転生チート一覧ーー
〈直感〉……わかり辛いけど2話から既に出てます
〈カリスマ〉……7話前編、今回の話で名前だけ出た
〈騎乗〉……同上。ただし、主人公がデルカダール王国に予定より早く着いたのは白馬のスペック以外にこのスキルも影響している
〈縮地〉……これまたわかり辛いですが、2話でスライムを三枚おろしにした時の瞬間移動じみた歩法が実はこれでした。特に言及することもなかったので気付けた人はいないと思います。適当な文章でごめんなさい
これらの〈スキル〉の詳細やランクにつきましては、次の話の後書きにでも掲載するのでよろしくお願いします