星を仰ぐ少女【完結】   作:gohwave

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第1話「ガンプラ女子誕生」

「マネージャ、ガンプラとか詳しいでしょ」

 

 アルバイト主婦サオリ・ヒロミの言葉には前後の脈絡がない。

 アラキ・カズは書店員である。

 書店員の経験が長く、今はここF県にあるCブック大野城店のマネージャとして働いている中年男子だ。

 本の並べ方についてヒロミに指導していたとき、いきなり彼女が返してきた言葉がこれだった。

 

「うちの子が急にガンプラバトルしたいって言い出してね。私も旦那も分かんないからさ。ちょっと教えてやってよガンプラバトル」

「……事情がよく分からんね。お子さん、プラモとか作ったことないの?」

「うーん、よく分かんない。詳しいことはフミオに聞いてくれないかな」

 

 アラキは心の中で溜息をつく。

 

「別にいいけど……で、いつ?」

「ごめんねー。明日バイトのときにフミオを連れてくるから」

「明日って、俺、休みなんだけど」

「だーいじょーぶ。私、夕方からだし」

 

(夕方からって俺の休みは夕方からなんだよ。なんで貴重な休みを他人の餓鬼なんかのために……)

 

 アラキは心の中で悪態をついた。

 それでも穏やかな表情は崩さない。

 

「夕方ねぇ……」

「フミオは学校があるからねー」

「そうね。明日は平日だよね」

「そーゆーことー」

 

 アラキの遠回しな嫌味はヒロミには通じない。

 

(なにが“そーゆーことー”よ。俺の休みはどうなんの?)

 

 表面では気軽そうに請け負うが、アラキの怒りは有頂天であった。

 

(この憤り。ムラヤにメールせずにはいられない!)

 

 ガンプラ好きの知人、ムラヤにメールして、この怒りを発散することにする。

 

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件名 限界なんてなーい

本文 突然、バイトの子供にガンプラバトルを教えることになったわ。俺の休みはどうなんの?。

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(送信っと)

 

 すぐにメールが返ってきた。

 どうやら知人は暇らしい。

 

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件名 Re:エースだ、エースを狙え!

本文 宗方さんやなー

   何年生か知らんけど子供はすぐ強くなるけんね

   まあがんばれ

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 大して意味のない返信である。

 が、吐き出した不満にとりあえず反応があったのでアラキの気分はそれなりに落ち着いた。

 

◇◆◇

 

 翌日の夕方、アラキは書店の駐車場で待っている。

 夕方の約束は1日のスケジュールを丸々拘束される気分だった。

 全ての行動が中途半端になるため、アラキは少しイラついている。

 三十分ほど待ったところで、サオリ・ヒロミの大型四駆が駐車場に入ってくるのが見えた。

 相変わらず時間ギリギリ出勤の彼女にため息が出る。

 アラキはタバコを消して車から降りた。

 

「マネージャーっ!」

 

 車から降りたヒロミがアラキに手を振る。

 アラキは片手を上げて応じた。

 四駆の助手席ドアが開き、細身の影が降りる。

 ショートカットで利発そうな少女だった。

 少女は母ヒロミの横に立った。

 背丈はアラキより頭半分ほど低い。

 ショートパンツから伸びる素足から若さが溢れていた。

 

「じゃマネージャ、私は仕事に入りまーす」

 

 アラキの脇をすり抜けヒロミは書店に入る。

 紹介してくれないのかと慌てるアラキに少女の方から声をかけてきた。

 

「えっと、あのマネージャさんですね?」

 

 初めて会う大人に少女はハキハキと話しかけた。

 

「うん。アラキ……です」

 

 思わずアラキの自己紹介は丁寧語になってしまう。

 

「サオリ・フミオ、中等部2年です。よろしくお願いします」

 

 まるで声優のようによく通る声。

 目鼻立ちは母親に似ている。

 

「あーその……フミオって言うから男かと思ってた」

「よく言われます。会ってからも言われます」

「会えば女の子って分かるけどね」

 

 はにかんだようなフミオの笑顔。

 第一印象は悪くなかった、とアラキは判断する。

 

「それで……えーっと、ガンプラバトルを?」

「はい。どうしても強くなりたいんです」

「なんで? ……言いたくなかったら言わんでもいいけど」

 

 フミオは少し考える。

 

「あの……この前のガンプラバトル世界大会見ました?」

「録画したけど……そういえばまだ見てないな」

「ぜひ見てください。すっごいカッコ良かったんです」

 

(スッゴイってモビルスーツみたいだな、水陸両用の)

 

 フミオの説明を聞きながら、アラキの頭には余計な考えがよぎる。

 

「あの、えーっと……名前は忘れたんですけど、中高生の部で上手くて強くて綺麗でカッコ良くて強い女子ファイターがいて感動しちゃって」

 

 強いを2回も言っている。

 よほど強かったのだろう。その女子は。

 女の子は大会で優勝し、フミオの言う強い×2を証明したらしい。

 

「それで自分もガンプラバトルがやってみたくなって。自分、キッカの中等部で、その……模型部に入部しようとしたんですけど……」

 

 フミオは俯いた。

 キッカ学園といえばF市内にある私立の中高一貫校だ。

 自分とは縁が無いと思っていた私立学校に模型部があるということをアラキは意外に感じる。

 

「……けど?」

「女だし初心者だし弱いからって断られて」

 

 フミオは顔を上げる。

 その瞳には強い意志が篭っているように見えた。

 

「だったらガンプラバトルで勝つから入部させろって言って」

「うわー。王道だなぁ」

「だって女も初心者もその通りで変えられないけど、弱いは変えられるじゃないですか」

「そりゃそうだな」

 

 少女のポジティブさが中年のアラキには眩しく見える。

 

「最初、弟に聞いたんですけどイマイチよく分からなくて……。母に相談したらマネージャー――アラキさんのこと教えてもらったんです」

「りょーかい。事情は分かった。分かりました。それで模型部とのバトルはいつやるの?」

「はい! バトルは今度の土曜日です」

「……そりゃまた急な話やね」

 

 フミオは不安そうな顔になる。

 

「ダメ……ですか?」

「いやまあそこはサオリさんの母ちゃんから引き受けてるからね。ある時間でできるだけやりましょ」

 

 フミオの顔がぱっと明るくなる。

 クルクルと変わる表情が愛らしい。

 

「ありがとうございます!」

 

 フミオはぺこりとお辞儀した。

 そして、アラキの顔をじっと見つめる。

 

「フミオです」

「?」

「フミオでお願いします。呼び方」

 

(苗字に思うところがあるんかな?)

 

 少し気になったが、それ以上は考えない。

 

「りょーかい。フミオちゃんをコーチしましょ」

「よろしくお願いします。アラキコーチ」

 

 フミオはいたずらっぽい笑顔を見せた。

 

「ところでフミオちゃん。ガンプラは、ある?」

「あ、その……まだです。お金はあるんですけど……何を買ったらいいか分からなくて」

「んじゃ、とりあえず俺の車でヨドバシにでも行ってみる?」

「いいんですか?」

「コーチだからね」

「はい!」

「母ちゃんにヨドバシに行くって言ってき。それとフミオちゃんは俺が家まで送って行くってことも」

「はい」

 

 軽い足取りでフミオは書店に入っていった。

 アラキはその後ろ姿を見つめる。

 

(ムラヤにメールしとくか。フミオちゃんが女の子ってのは……教えない方がいいか)

 

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件名 アラキコーチ爆誕

本文 バイトの子供、中学生だった。学校の模型部員に勝ちたいらしい。

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 暇人からの返信はすぐにきた。

 

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件名 Re:アラキコーチ爆誕

本文 中学生のコーチってのはメンド臭いな

   まあ子供は子供で勝ち負けがあるから色々大変だろうけど

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(ホントにムラヤは暇人だな)

 

 暇人の言葉を頭の隅に起きつつ、アラキは車のエンジンをかけフミオを待つ。

 少女はすぐに書店から出てきた。

 

◇◆◇

 

 ヨドバシカメラへの移動中、アラキはフミオのガンダム知識について探りを入れてみた。

 ガンプラバトルで見たのがほぼファーストインプレッションで、あとはオンデマンドでアニメを少し見た程度らしい。

 アラキは劇場版「機動戦士ガンダム」三部作を観るようフミオに強く勧める。

 特に第三部の「めぐりあい宇宙(そら)」は名作であることを力説し、作画の魅力を語っている途中で車は店に到着した。

 

 ヨドバシカメラマルチメディア博多店には、F県F市で最大級のガンプラコーナーがある。

 JR博多駅にほど近く公共交通機関で行くには良い立地条件だ。

 ただし、その立地のためか駐車場の使用料金が高めに設定してあり、車での移動が基本のアラキにとっては行きにくい場所でもあった。

 

 二人は3階のガンプラ売り場に到着する。

 フロアいっぱい、あふれんばかりのガンプラにフミオは目を輝かせた。

 

「ここだったらフミオちゃんが好きなガンプラが見つかるやろ?」

「はい! あります、絶対!」

「あと道具も売ってるし。ちょっと見てき」

 

 返事もそこそこ、フミオは売り場に突進していった。

 フミオがガンプラを物色している間、アラキは売り場を見て回ることにした。

 手前の平台にはセール品と新製品が平積みされてあり、メインの棚にはガンプラが縮尺比(スケール)ごとに分けて置いてある。

 ガンプラ棚のさらに奥にガラス張りの部屋があり、ガンプラバトル用のデッキが2台置いてあった。

 アラキが覗き込むと、どちらのデッキでもガンプラバトルが行われていて、順番待ちまでいる。

 

「ナニ使ってんの?」

 

 順番待ちをしている少年にアラキは聞いた。

 少し陰のある少年は何も言わずアラキにガンプラを見せた。

 2つの目とV字アンテナのそれはガンダムタイプだが、アラキの知らないものだ。

 

「ゲームに出たガンダム?」

 

 見たことのないガンダムはゲームに出た物であるという確信がアラキにはある。

 アラキはゲームをしないからだ。

 そんなアラキの偏見に少年は小さく頷いた。

 

「エクストリームガンダム……です」

「エクストリームかぁ。シンプルだけどバランス良くてかっこいいな」

 

 ざっくりとした褒め言葉だったが、少年は嬉しそうな顔をする。

 少年のガンプラは、かつてアラキが入り浸っていた模型店の常連作品ほどの完成度ではない。

 それでもパーツの合わせ目を消し、塗装し、墨入れを施し、ツヤを抑えた作りは、少年の情熱と細心を十分に感じさせるものだ。

 

(ガンプラバトルしても強いだろうな……)

 

 そのうち順番が来たようで少年はデッキへと向かっていく。

 少年のバトルを見ようとウィンドウに近づこうとしたところで、アラキは横に立っていたフミオに気がついた。

 

「……おう。ガンプラは見つかった?」

「アラキコーチ……カンノと知り合いなんですか?」

「カンノ?……誰?」

「話してたじゃないですか、そこで」

「あ?……ああ、さっきの少年ね。いや。ガンプラ持ってたから話しかけただけよ。カンノって名前なんだ、あの子」

「そうです。模型部の部員カンノ・リョートです」

「……フルネームまで知ってるのね。模型部ってことは、フミオちゃんの対戦相手?」

「そうです。っていうかまだ誰とバトルするか分からないんですけど」

「チャンスやね。今、バトルやってるから戦い方が見れるよ」

 

 アラキがウィンドウの奥を指差す。

 フミオはウィンドウを覗きかけて、何かを思い出したように首を振った。

 

「やめときます。カンノがメチャメチャ強かったら落ち込むし、それに相手の戦い方をこっちだけ見るのは卑怯っぽいです」

「そんなもんかね」

「それで、その……ガンプラ決まりました」

「それ?」

「はい。スターゲイザーガンダムです」

 

 それは世界大会U19で優勝した女子ファイターが使っていたガンプラだった。

 

◇◆◇

 

 アラキとフミオは駐車場に戻った。

 フミオはガンプラとニッパー、カッターと紙やすりも買った。

 お金を出したのはアラキだ。

 自分で払おうとするフミオを押し切り、半ば強引に買い与えた。

 懐具合は厳しかったが、駐車場の利用チケットになるし、 なにより女子中学生のためと思えば気も楽だ。

 少なくともムラヤに奢るよりは有意義だろう。

 

貴族の施し(ノブレス・オブリージュ)ってヤツだな……)

 

 そんなことを考えてるとスマートフォンが鳴る。

 画面にはムラヤからのメールの知らせが出ていた。

 

(……ヤツめ。俺の思惑に感づいたか?)

 

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件名 バトルデッキ

本文 ヤジマのサイトで調べたけどバトルデッキはアラキさんの職場の近くだと

   ミスターマックス大野城店、大野城イオン、ゲオあたりにあるぞな

   練習するなら通ってる学校からは離れていたほうがいいかもね

   あとビックカメラとかヨドバシとか人が多そうなところは避けたほうがいい

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(ビンゴだムラヤ。確かにヨドバシには敵が居た……)

 

 アラキの中のムラヤ評価が3ポイント上がった。

 

「なんですアラキコーチ? 笑ったりして。面白いメールだったんですか?」

「メールでガンプラバトルの練習場所を教えてもらった」

「なるほど。それはありがたいですね」

「無駄に気を使うヤツだから。それより今日は家まで送るから、家でそのガンプラ作っとき」

「はい。わかりました!」

 

(ムラヤにメールしとくか……)

 

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件名 Re:バトルデッキ

本文 サンキュー。参考にする。

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 感謝の返信はシンプルである。

 フミオを自宅まで送り届け、Cブックに行き母親のヒロミにそのことを伝えた。

 

「ありがと、マネージャ」

 

 こちらの感謝の言葉もシンプルだった。

 

(キッカ学園中等部模型部とのガンプラバトルまであと5日)

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