「おつかれー」
1回目のプレイ時間が終わったところで、アラキは背後から声をかけられた。
黒縁メガネの中年男が立っている。
知人で暇人のムラヤだ。
「おぅ、おつかれ。……なんでここに?」
ムラヤはすぐには返事せず、戸惑いの表情のフミオを見て訝しげに左眉を上げる。
それからアラキに向き直った
「アラキさんのバトル履歴を見つけたんでね」
ヤジマオフィシャルのバトルデッキはバトルのデータがネットで見られるようになる。
こういう方面でムラヤは
そういえばこの場所を紹介されたのはこの男からのメールだった。
この場所でバトルさせることも計画のうちだったのかも知れない。
「アラキコーチ……その人は?」
フミオが尋ねた。
「ヒアカムザニューチャレンジャー。乱入者だよ」
アラキが答えるより先にムラヤは奇妙な自己紹介をする。
フミオの返事もアラキの紹介も待たず、箱を小脇に抱えてバトルデッキの反対側スペースへと移動した。
箱の中にはムラヤ自身のガンプラが入っているのだろう。
アラキは呆れた顔でフミオに説明する。
「アレが知人のムラヤ。ガンプラバトルしたいって。……どうする?」
「コーチの友だち……強いんですか?」
フミオにそう言われて、ムラヤと本気でガンプラバトルをしたことがないことに気がついた。
「ガンプラの出来と操縦は俺のほうが上やね。ただ
「アラキコーチと同じくらい強いってことですか?」
「いやいや強くはない……と思う。小ズルいだけで」
「ズルいんですか……」
「無理しなくていいよ。まだ操縦にも慣れてないし」
「やります。やらせてください!」
積極的なフミオにアラキは
たしかにフミオの強さを測るまたとない機会ではある。
モヤモヤとした感情はぬぐえないが、本人のやる気を削ぐのはもったいない。
「んじゃま、無理しないように」
コーチとして許可を出す。
フミオの表情が明るくなった。
デッキの奥でムラヤが右手を振っている。
「どうすんの? お邪魔だったら帰るけど?」
「はい、バトルします。よろしくお願いします!」
アラキより先にフミオが返事して、そのままコントロールスペースに行く。
「おお。元気でいいねぇ」
茶化すようなムラヤの返事にアラキの不安になった。
(大丈夫かな……)
ムラヤがバトルデッキを起動する。
すでに自分のGPベースはセット済みのようだ。
フミオがGPベースをセットするとデッキに青い粒子が満ちてくる。
(Field Three "CITY")
フミオとムラヤがガンプラをデッキにセットする。
「サオリ・フミオ、ガンダムスターゲイザー行きまーすっ!」
「ムラヤ・マツト、ジムスナイパーⅡ出るぜぃ」
いつもムラヤがやってるカイ・シデンの口真似だ。
常々似ていないとアラキは思っているが、あの男は止めない。
ただ今日は似ていない物真似よりも使用するガンプラの装備が気になった。
(ロング・ライフルとビーム・ライフル? ヤツの柄じゃないな……)
ムラヤはジムスナイパーⅡにロング・ライフルとビーム・ライフルの2丁を装備して出撃していた。
ロング・ライフルもビーム・ライフルも遠距離用の武装だ。
せっかちで派手な動きを好む筈のムラヤが射撃中心で戦うイメージをアラキは持っていない。
バトルフィールドの廃都市の中心部にフミオのスターゲイザーが到着した。
ムラヤのガンプラは見えない。
「あれ? どこ?」
敵機が装備武器の射程内に入ればレーダーが反応する。
射程外でもフィールドに動きがあればカメラがその位置をフォーカスしてくれる。
敵は射程外の物陰に位置していることになる。
「上のほうが探しやすいかな」
フィールドに動きはなくレーダーは無反応だ。
焦れたフミオは敵機を探そうと上昇する。
「まずい! 高度下げて!」
アラキの声と同時に、収束されたビームがスターゲイザーの右足を吹き飛ばした。
「きゃあああっ!!」
「落ち着いて! 次が来るから態勢を立て直して」
「は、はい……でも」
片足を失いバランスを崩したスターゲイザーが着地したのは、広くて長い大通りの真ん中だ。
そして――、
「いらっしゃ~い」
大通りの入口に、ムラヤのジムスナイパーⅡが陣取っている。
「マズい!」
フミオはビルの陰に逃げ込もうとした。
だが、片足のスターゲイザーに本来の速度はない。
スターゲイザーのコクピットをビームが貫いた。
(BATTLE ENDED)
◇◆◇
「さすがスナイパーⅡ。専用機だけあって俺が使ってもよく当たるわね」
仮想空間が消え、ムラヤは誰に聞かせるともなくひとりつぶやく。
「もう一度お願いします!」
「おっけー。次ね」
真っ赤な顔をしたフミオの挑戦を、ムラヤは視線も合わせず受けた。
(おいおい)
アラキが止める間もなくプラフスキー粒子が新たな仮想空間を作り出す。
(Field Seven "SOLOMON")
「サオリ・フミオ、ガンダムスターゲイザー行きます」
「ムラヤ・マツト、νガンダム出る」
(νガンダムだと? ムラヤの分際で偉そうに)
人間の格でいえばムラヤはジェガンだ。
譲歩してもギラドーガ止まりだが連邦派のムラヤはネオジオンの機体は使うまい。
そんなアラキの思惑とは裏腹にガンプラは使用機体も自由だった。
フィールドはソロモン。
そんなジオンの宇宙要塞の宙域に、スターゲイザーガンダムとνガンダムが進入する。
フミオは素早くソロモンに取り付くと表面を注意深く進んでいた。
これなら少なくともソロモン側から攻撃されることはない。
機体を晒す危険性を前のバトルで理解したようだった。
やがてレーダーが敵を位置とおおよその距離をフミオに知らせた。
敵の位置はソロモンの内部を示している。
スターゲイザーは宇宙船の発着港と思われる巨大洞穴へと進入した。
もちろん遮蔽物を利用し、周囲からの攻撃に注意しながらである。
レーダーで敵の位置を確認しながらフミオはソロモン内を慎重に進んだ。
敵も移動しているようで、なかなか遭遇しない。
アラキは「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」で見た戦術を思い出す。
「壁にバズーカを仕掛けているかも。注意して」
「はい!」
壁に注意しながら通路を進んだスターゲイザーは格納庫へと出た。
少し開けた空間にフミオは少し安堵したようだ。
そして正面の通路の先に敵の反応があった。
「見つけた!」
――ゴォン
鈍い音と共に通路の扉が閉じ始める。
「あ、いけない!」
あわててフミオはスターゲイザーを通路に滑り込ませた。
――ズゥン
スターゲイザーの後ろで扉が閉まる。
「間に合ったぁ」
安堵のため息を漏らすフミオだが、アラキは通路を凝視していた。
「敵! ファンネルがある!」
「えっ?」
スターゲイザーの後ろ。
閉じた扉の近くにあった放熱板の残骸が動いた。
νガンダムが持つ攻防一体の装備、フィンファンネルだ。
白く細長い板4枚がスターゲイザーを囲む。
「なにこれっ!?」
初めて見る兵器にフミオは戸惑っていた。
アラキが叫ぶ。
「避けて!」
「そして時は動き出す……なんちゃって」
ムラヤがガンダムとは無関係の台詞をつぶやき、同時にフィンファンネルがスターゲイザーに集中砲火を浴びせた。
「っ! こっのおおぉぉーっ!」
フミオは気合とともにスターゲイザーのリング――ヴォワチュール・リュミエールを展開し急加速する。
攻撃を食らいながら、スターゲイザーは通路の先へと進んだ。
その先に――、
「決まったと思ったけどね、あれで」
2枚のフィンファンネルを携え、ムラヤのνガンダムがハイパーバズーカを構えていた。
「!」
声にならないフミオの叫び。
ファンネルの攻撃がリングに当たり、バズーカがスターゲイザーに直撃した。
(BATTLE ENDED)
◇◆◇
「やっぱファンネルは難しいな。狙って当たるもんじゃないねぇ」
ムラヤは独り言を言いながらアラキを見る。
「もう一回くらいならバトルする時間がありそうやね……どうする?」
「……お願いします」
フミオが力なく応じ、アラキは眉をひそめながらうなづいた。
(大丈夫かね……)
フミオの小柄な後ろ姿がより小さく見えた。
(Field One "SPACE")
「スターゲイザー……出ます」
「ムラヤ・マツト、ジム・ホウセンカ出るよー」
標準的なバトルフィールド。
標準的な宇宙空間。
ムラヤが出してきたのは標準的でない背中に巨大ブースターと2本のサブアームを取り付けたいびつなカスタムジムだった。
サブアームはそれぞれ地球連邦軍謹製のシールドを持っている。
(アイツ、カスタム機なんか持っていたのか?)
2本のサブアームがシールドを持つという機体コンセプトは、サンダーボルトジムやパワードジムカーディガンに似ている。
プロがまとめたデザインではなく、面倒を惜しみ他のガンプラからそのまま持ってきた巨大ブースターとサブアームが、異形のモビルスーツ感を漂わせていた。
ムラヤが考えたと思しきアニメじゃないガンプラバトル用のカスタムガンプラだ。
(シールドで守り勝つ? アイツが?)
ムラヤの
先の二戦の反省からフミオも周囲を警戒しつつ注意深くムラヤのジムを探している。
そしてムラヤは――、
「――突っ込め、突っ込め、突っ込め、突っ込め、へいっ!」
大昔の特撮ソングを口ずさんでいた。
ムラヤのカスタムジムは巨大ブースターを吹かしながら、最短距離でスターゲイザーに向かってくる。
「後ろ、下がって撃って!」
「は、はいっ!」
カスタムジムは本体を2枚のシールドで挟み、ブースターの推力に物を言わせて突っ込んできた。
コクピット視点でないガンプラバトルだからできる動き。
スターゲイザーが後退しながらビームライフルを撃った。
斜めにかざしたシールドが、スターゲイザーのビームを次々と弾いていく。
前進と後退の速度差がスターゲイザーを追い詰めていた。
「肩! 肩を狙って!」
「はい!」
アラキのアドバイスにフミオは素早く反応する。
2発目のビームがシールドからはみ出ていたジムの左肩に当たった。
「痛えぇっ。でも、まだっまだあぁぁーーっ!!」
ムラヤは叫び声までどこかで聞いたものでわざとらしい。
シールドに守られたジムは速度を緩めずスターゲイザーに突っ込んでいった。
(まさか特攻!?)
アラキがそう思った瞬間、ムラヤのジムはシールドをスターゲイザーに向かって投げつけた。
「ちょっ!?」
フミオの射撃が間に合わない。
スターゲイザーのビームガンが弾き飛ばされた。
「でも!」
殴りかかるフミオ。
「接近戦は練習したんだからぁーっ!」
「もいっちょ」
もう1枚のシールドが飛んできた。
「あっちいけーっ!」
殴りかけた右腕でシールド払い飛ばすスターゲイザー。
その腕をカスタムジムのサブアームが掴んだ。
「な、なんでっ!?」
もう一本のサブアームに左腕も掴まれる。
両腕を封じられたスターゲイザーは動くことができない。
「そんな……」
「ふはははっ、怖かろう!」
どこかで聞いたガンダム悪役の台詞をムラヤは口にする。
ムラヤのジムの腕と脚にはビームスプレーガンとビームサーベルがマウントしてあった。
そのまま手足のビームサーベルとスプレーガンを動けないスターゲイザーに浴びせかける。
弾けるようにビームが輝き、そして爆発した。
(BATTLE ENDED)
◇◆◇
「ちょっとムラヤ」
ガンプラを片付けてるムラヤにアラキは小声で話しかけた。
「やりすぎじゃね? 彼女、初心者だぜ」
ムラヤは片眉を上げる。
「バトルする模型部の強さを知らんからね。全力でやるさね」
「彼女の気持ちが折れたらどうすんのよ?」
「そんときゃアラキさんがコーチじゃなくなるだけやろ」
「そりゃそうだけど……」
ムラヤは使ったガンプラを元の箱に放り込んだ。
「とりあえずジムスナイパーⅡとνガンダムは貸すから。終わったら返して。使うときはC設定ね」
「あ、ああ」
ムラヤに言われるままアラキはガンプラの入った箱を受け取る。
ラプラスの箱とマジックで書いてあった。
いちいちアラキの癇に障ることを仕込んでくる男だ。
「じゃオレは帰る。アラキさんも仕事やろ。女子中学生とは犯罪にならん程度に仲良くね」
「……お前とは違う」
アラキの憎まれ口には力がなかった。
ムラヤは顔を上げてフミオを見る。
「そんじゃま。バトル頑張ってねー」
「……」
片手を挙げるムラヤにフミオは顔を上げるが、すぐに自分のガンプラに視線を戻す。
そんなフミオを気にする風もなくムラヤはバトルコーナーから出て行った。
「俺は仕事に行くから。対策は明日考えよう」
「……アラキコーチ」
「なに?」
「私、負けたんですよね?」
「……ああ」
「どうして私は負けたんですか?」
理由は幾つもあった。
スナイパーに対したときの行動の拙さ。
自分が駆るガンプラの特性を活かしていない等々。
それら全てをまとめて言うとこうなる。
「……経験不足だな」
それはアラキ自身の経験不足も含まれていた。
ムラヤの戦術はどれも初見殺しである。
中級者が勝つためだけに、よく採るやり方だ。
定石さえ知っていれば勝敗はさておいても簡単に負けるものではない。
土曜日にフミオがガンプラバトルする相手は中学校の模型部だ。
なりふりかまわず勝つために初見殺しの戦術を選ぶ可能性は高い。
アラキも気づいていないワケではなかった。
ただバトル楽しむことを優先して、勝敗が持つ負の面を後回しにしていたのは事実だ。
バトルコーナーから出るフミオの足取りが重い。
勝った負けたの問題ではない。
自分が好きになったゲーム、好きになりそうなゲームの中、知らないルールを出されて立て続けに3回負けを宣告された。
そのゲームに取り組む自分の存在が否定されたに等しい。
フミオがガンプラバトルに抱いていた希望が消えかけている。
アラキにはそう見えた。
すぐさま会社に電話を入れアラキはフミオに声をかける。
「フミオちゃん、今から俺ん
「えっ?」
希望の光は消させない。
そうアラキは思った。