吉良吉景は夢をみない   作:スージーP

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この小説の吉景君は、ジョジョリオンでいう吉良吉影のような正史とは異なるパラレルワールドの『吉良吉影』です。なので容姿は酷似しており、行動原理も似通っていますが、女性の手に執着したりすることはありません。


2.「召喚」に行こう!

つまるところ、その男は焦っていたのだ。

迫る危機に鈍感になるほど、彼の視界は焦燥で狭く浅くなってしまっていた。それはサバンナで子連れの草食動物が警戒を怠るようなものであり、みすみす捕食者に腹を見せるような愚行であった。

きっと彼の命運はそこで潰えていたのだろう。

 

「絶対にあのゴミ共に分からせてやる。俺はエリートなんだ」

 

聖杯戦争。

あらゆる願いを叶えるという願望機『聖杯』を奪い合って、七人の魔術師が召喚した英霊を駒に戦うという文字通りの生き残り競争。眉唾の話であるが、同時に多くの根源の渦を目指す魔術師にとって垂涎の話でもあった。

男もその餌に食らいついた魔術師のひとりである。本来ならば、魔術師とは代を重ねて研究を子に継がせ続け、蒸留するように、より強い魔力を持つ子孫を作ることを繰り返すことで根源を目指す。

しかし、男はその魔術師とは斯くあるべしという生き方を鼻で笑った。聖杯戦争という他者の尻馬に乗ることにしたのである。

 

────そこに楽な道があるのなら選ばなくてどうする。

 

そんな人間だから、男は多くの魔術師に嫌われ、時計塔では村八分に近い扱いを受けていた。弟子でさえ彼を口汚く罵り去ってしまったのだ。

利口ではあるが男は知らなかった。彼の考えが魔術師そのものへの侮辱であることを。

しかし、男はプライドだけは一丁前だった。なまじっか生まれも実力もそれなりに良いものだったため、彼のそれは際限なく肥大化し続けたのだ。

 

────この聖杯戦争、勝たなければならない。勝ってクソッタレな時計塔のクズどもを見下してやる。

 

魔術師の頭のなかは、既に根源のことなどさっぱり抜けていた。ただただ己を嘲笑った人間を見返すことだけが占め、その執念は彼を視野狭窄で向こう見ずな人間に変えてしまっていた。

だからこそ彼は逃げ遅れてしまった。捕食者から。その不穏な足音から。

 

夜闇に支配された路地裏。

石で舗装された硬い地面を、魔術師は手にしたナイフで削りながら幾何学模様の円を描いていた。既に作業は終着に向かっており、あとは生贄にした山羊の血で作った特製の液を流し込めば魔法陣は機能する。

己が願いの第一歩とも言えるそれが完成を迎え、男は昂る気持ちを抑えつつ、いざ最後のピースを嵌めようとトマトを煮つめたような赤褐色の液体が入ったバケツに手をかけたときだった。

カツ、カツと石畳を踏み打つ規則正しい音が背後から響く。こんな時間に出歩くとは非常識な。一体どんな奴だろうかと、彼は己を棚に上げどうしたものかと思案する。

 

────こんな場所をみられたら面倒だ。一般人なら眠りのルーンでも使ってどこかに放りだしてしまおう。

 

魔術師は身構える。

 

「……自分で常々思うのだが、私はどこかうっかりしてしまう悪癖があるのだ。まったくサーヴァントというのは────────」

「ソウェルッ!」

 

先手必勝。

男は虚空に稲妻のような文字を走らせる。それは彼が得意とする火のルーン魔術であった。確実に人体を燃やし尽くせる威力。

目の前をとぐろを巻くように炎の旋風が巻き上がり、夜の帳を溶かすような眩い橙色と肌を舐めるような熱気が火の粉とともに辺りを支配する。声の持ち主は死んだはず────

 

「おっと危ない危ない。

今日のは一張羅なんだ。汚してしまったら、クリーニングが大変じゃあないか」

 

死んでいない。

どころかまったく脅威にしていないような余裕を含んだ声音が静寂の中を響き渡る。ソイツはおいたをしたペットの子犬に話しかけるように、親しげに魔術師に向かって語りかけているのだ。

コツ、コツと木の人形が歩くような神経質で硬い音が恐ろしい。なにか得体の知れない化け物のようで、彼は背筋に冷たい金属をあてられたような寒気が走り抜けた。

 

「な……な、にものだ。お前は誰だ! 」

 

思わず悲鳴が漏れそうになった喉を必死に閉めて、闇の向こうへ魔術師は問いかける。

相手の顔は奈落のような夜陰に阻まれ視認できない。分からないというのは怖い。

歯の根が合わない。動悸が速くなる。ソイツが魔術師の攻撃に激昂してくれたのなら、まだこれほどの恐怖はなかった。

しかしなんだあの平然とした声は。朝食のあとに珈琲を嗜むが如き平坦とした態度は。

 

「私の名は吉良吉景。年齢17歳。自宅は深山町北東部の住宅地帯にあり、彼女はいない」

 

黒い霧の向こうからテノールが耳に入り込む。普段なら耳心地のいい声だと賛美のひとつはするだろうそれは、今は場違いで耳障りなノイズのようにしか聞こえなかった。

総毛立ち、魔術師は自分が立っている場所の床が消えてしまったような浮遊感をおぼえた。

 

「私立穂群原学園の学生で、毎日遅くとも夜7時までには帰宅する。部活はしていない、趣味は散歩」

「な、なんなんだッ! お前は何が言いたいんだ!?」

「夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠をとるようにしている」

 

暗い、今にも自分という存在を吸い込んでしまいそうなそうな空間がギリギリと歪む。

揺れている。いや、自分自身が震えている。男はもうこの場から一目散に逃げてしまいたかった。

 

「寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡さ。赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝目を覚ませるんだ。

健康診断でも異常なしと言われたよ」

 

滔々と自身のプロフィールを語り続けるソイツに、魔術師はただただ圧倒される。一見隙だらけのようではあるが、手を出してもソイツは容易く下してみせるだろうことを彼は本能で理解していた。

彼には最早、ソイツをどうこうしてやろうという気力はなかった。

 

「な、なにが目的なんだ……お前は」

「君に簡単な質問をしにきたんだよ。なあ、聖杯戦争って知っているだろう? 」

 

暗闇からソイツの姿が浮かび上がっていく。

最初に磨かれた革靴が、次にパリッとした上品なスーツが。そして闇を纏うようにしてついにソイツは震える魔術師の前に姿を現した。

豊かな金髪をオールバックに整えた痩せぎすの男。どこか気品のある顔立ちは、魔術師に曰く付きの呪われた宝石を想起させた。

 

「なあ君、英霊を召喚するにはどうすればいいのかね? ハリーポッターのように杖を構えて呪文でも唱えるのかね? 」

 

琥珀色の双眸が魔術師を射抜く。それはどこかネコ科の猛獣を思わせるような危険な雰囲気を醸し出していた。

しかし男はそれに射竦められながらも思い出す。場違いな願いを。

 

────そうだ。俺は聖杯戦争を勝ち残って腐れ魔術師どもの頂点に立つのだ。こんなところで震えている場合ではない。

 

そう思うと男は、腹の真ん中から勇気が湧いてでてくるのを感じた。

目の前のこの男は幽霊やモンスターでもない、列記とした人間だ。くわえて自分より二回り若い。しかも聖杯戦争の基本たるサーヴァント召喚の方法すら知らないときた。偶然、聖杯戦争の存在を知った木っ端魔術師なのだろう。

最初自分の攻撃を躱したのもまぐれなのだ、魔術師はそう結論に至った。そう思い込んだ。

 

「フン、誰が貴様のような者に教えるものか。出直してこい若造が」

 

魔術師は平生を取り戻していた。

この至近距離ならばいつでも目の前の存在を燃やし尽くせる。嫌われ者ではあるが、彼は本来優秀な魔術師なのだ。

吉景と名乗った男はそうかと一言呟き、残念そうにやれやれと肩を竦めた。

 

「それは残念だよ。ところで君、足元に気をつけたまえ」

「は? 」

 

どこかからカチッという子気味いい音がした瞬間。

ドシャアという、まるでトマトを壁に打ち付けて潰すような音と共に、魔術師は体のバランスが保てなくなった。彼はそのまま重力に支配され、冷たい床にろくな受身も取れずに倒れ込む。

 

「なにが起きたのかという顔をしているな。足だよ足」

 

魔術師は催促されるままに自分の下半身をみる。そこには本来あるはずの二本の脚がなかった。

腰の辺りで破れたズボンから覗くのは、おろし金で擦ったように粗く抉れた乳白色の断面。

 

「私の能力で君の履いていた靴を爆弾に変えたんだ。こうして君の足を小麦粉をぶちまけるように粉微塵にするのは簡単さ」

「……ぁ、あ……あ、し」

 

理解ができない。

蒼白だった脚の断面にはスっと赤が滲み出し、次第に溢れるほどに広がっていく。それに伴い魔術師を耐え難い激痛が襲ってきた。

 

「ぐぅ……あああがッ、くうう」

「『キラークイーン』……と私はこいつを名付けて呼んでいる。君には見えないだろうがね」

 

痛い。痛い。棘のついた針が身体にズブズブと入り込んでいるようだ。魔術師は苦痛に顔を歪め、どうしようもなく痛みに喘ぐ。

 

「いいかい? しゃべらなければね…… 君の肢体を順々に壊していくよ」

 

魔術師には、わざわざ腰を落として視線を低くし、まるで級友と内緒話でもするかのようにヒソヒソと語りかけてくる吉景が悪魔にみえた。

吉景は有言実行するだろう。この男には、やるといったらやる『スゴ味』がある。躊躇うことなく魔術師を、アリの巣に水を流し込むように残った腕を、身体を粉微塵にしてしまうだろう。

 

「ぐ、ぅうう…… わ、かた。おしえる」

「よく言えたね。万年筆と買ったばかりのメモ帳がある。私はここに君が教えてくれたことを書くよ」

 

訥々と喘ぎ喘ぎではあるが、魔術師は己が知りうる限りの英霊召喚の知識を吉景に語った。それはひとえにこれ以上の苦しみを感じたくないがため、眼前の死神から生き延びるために。

 

召喚儀式────

英霊を現世に呼び出すには魔法陣と詠唱、そして英霊との縁を結ぶための触媒が必要である。

魔法陣は、生贄の血液、水銀、溶かした宝石を混ぜた液で専用の召喚陣を書く。触媒には、召喚したい英霊にゆかりの深い品が必要である。

そして彼は魔法陣と触媒について、自分が既に準備していることを吉景に告げた。

 

「ふむ。それにしても気持ち悪いものだ。数学の公式だけを棒暗記して、どうしてそう求めることができるのかという仕組みがさっぱり分からないような気分だ」

 

吉景はどこか納得できないと片眉を吊らせながらも、魔術師の話をメモ帳につらつらとサインでもするようにペンを踊らせていく。

そして吉景がメモ帳を懐にしまう頃には、魔術師は失血と恐怖で息絶え絶えといった様相であった。

 

「さぁてご苦労だったね。足……痛いだろう? 助けてやるよ」

「……ぁ、ああ」

 

掠れたようなうめき声をあげて頭を上下に振る魔術師に、吉景は目尻を下げ労うように彼の肩をポンポンと軽く叩く。

魔術師は安堵に心底ホッとした。きっとまたよく分からない術で、死にかけの自分を助けてくれるのだろうと吉景の言葉を疑ってもみなかった。

だから────

 

「ぇ……?」

 

自分の身体に亀裂が入り、崩れていくのをみて魔術師は呆けたような声を漏らすしかなかった。

白光がアルミ箔を突き破るように、彼の体を分解しながら進んでいく。それは雨上がりの雲の裂け目から差し込む陽射しのようでも、死にゆく彼を迎える天の光のようでもあった。

 

────これで明日も安心して生活できるな

 

発光が収まり、闇がその場に帰ってきた頃には魔術師も吉良吉景の姿もそこには見えなかった。

 




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