【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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逆光 Outbreak_Certain

 

 壊される。

 汚される。

 犯される。

 まるで汚物に集る蝿のように、無軌道に、無差別に、ただ一点、赤いシミを作るためだけに形成されたそれは、まさしく藤丸立香にとって地獄だった。

 斬殺、絞殺、刺殺、撲殺、毒殺、壊死……敵の数だけ殺し方があり、敵の数だけ藤丸に及ぶ痛みは増える。

 今までだったら、死ねばそれで肉体的な痛みはリセットされた。しかし、今回はそれすら許されない。虞美人は藤丸が傷ついた瞬間、傷を治療することで死ねないように細工を施したのだ。

 だから死ねない。死なせてくれない。生殺与奪権を握っているのは、自分でも目の前の敵ではない。復讐に取り憑かれた女だ。

 とっくに致死量の血を流していて、肺と心臓が逆位置になってしまうくらい体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、最早人の形を保てない。頭は度重なる激痛で歪み、髪は磨耗していく心と比例して抜け落ちていく。手足は取れかけのまま放置され、いっそ切り落としてくれと何度も思った。背中と腹部は常に開かれ、さながら血を流す人体模型みたいで、眼球は治る度潰され、肌は模様替えするかのように次々と剥がされる。

 それでも死ねない。

 断絶する時間がない。死という空白すらない。加速していく。藤丸立香という人間が、みるみる内に磨耗していく。

 無理だ。

 こんなの、耐えきれるわけがない。

 虞美人一人ならまだ、耐えられた。彼女は汎人類史を滅亡寸前まで追い込んだ相手だ。一言では足りないくらい言いたいことがあって、彼女の耳障りな罵倒が死を繰り返す中でも皮肉にも意識を繋ぎ止めてくれた。

 だけど、これはダメだ。

 この地獄は本当に、藤丸立香を殺すだけのもの。彼らは藤丸に対して、虞美人のように恨みをもって接するわけではない。ただ蟻を潰すみたいに、淡々と、無秩序に蹂躙するだけだ。そこには一定のリズムすら存在して、ただただ藤丸立香を殺し続ける。

 感傷もない。達成感もない。そう、これは単なる作業だ。一つ一つ丁寧にする必要もない。雑ではあっても、藤丸立香という人間はとても脆い。故に殺せるなら、多少滅茶苦茶にしたって構わない。

 普通の人間は、頭蓋や心臓を潰されれば死ぬ。だが今の藤丸は、それすら痛覚として細部まで認識してしまう。死ぬことで回避していた、人間には根本的に耐えられない痛みを押し付けられる。痛覚に麻痺などない、そんなものすら治せるのだから。

 だからこそ、耐えられない。

 ただの人間だから。

 藤丸立香は、魂すら死ぬ。

 

 

 

 

 

「見ろ、人間。これが考えなしに発破をかけた、お前の招いた結果だ」

 

 上条は、言葉を失っていた。

 実際に見たわけではないが、それでも、上条は契約時に知識として目の前のそれらを知っていた。

 ラフム、魔神柱、空想樹……どれも藤丸達が犠牲を払って、何とか倒してきた強敵。人理に名を刻んだ英霊ですら、手を焼くような相手。その一切合切が、たった一人の少年に殺到している。

 その光景を表す言葉があるとするなら。

 まさしく、それは地獄だった。

 

「ぐ、う、おおおおおお……ッ!!」

 

 上条はようやく鉄筋から抜け出す。しかし、その四肢に空いた風穴は大き過ぎた。サーヴァントであっても、結局上条のステータスは普通の人間並みでしかない。膝をつく程度で済んだのはむしろ流石というしかないだろう。

 

「……やめさせろ、オティヌス」

 

「何故? 今の私とお前は敵同士だぞ。更に言えば、そもそも戦の神でもある私がそんなことで絆されると思うか?」

 

「だったら、お前をブッ飛ばしてこんな戦い終わらせてやる……!!」

 

「やれるものならやってみろよ」

 

 直後だった。

 キュゥッン!!、と。上条の腹部を、光の槍が貫通した。

 

「が、ぶ、……!?」

 

 避けられなかった。

 あれだけやり過ごしてきた攻撃に、上条は反応すら出来なかった。いや、脳自体はその前兆を感知していたし、何より体も動いていた。

 だが、

 

「ノーミスクリア、なんてものは五体満足の場合だけだろう。傷がある状態で、この私に勝てると本気で思っていたとしたら、相変わらずおめでたい奴だよお前は」

 

「……、」

 

 倒れないでいられるのが、やっとだ。

 粘ついた血が溢れる。びちゃちゃ、と滴るそれを踏んで、もう一度立ち上がろうとして。

 束ねた不可視の爆発が、上条の肉体を叩いた。

 

「ご……ぉ、……、っ」

 

 受け身なんて取れるわけがなかった。

 優に百メートルは吹き飛ばされたところで、大きなコンクリートに激突し、少年の体は停止する。

 

「……ぶ、ふ、……ぅ……」

 

 倒れる体。その四肢に、再び鉄筋が深々と突き刺さった。しかもさっきとは違う場所。ただでさえ風穴の空いた四肢で立っていることすら難しいだろうに、上条の肉体は完全に地面に縫い付けられる。

 

「終わりだ、人間」

 

 いつの間にか。オティヌスは、倒れ伏した上条の側で座り込んでいた。血の池に足を浸からせ、彼女はつまらなそうに。

 

「だから言ったんだよ、無謀だとな。あえてお前に敗因があったとしたら、それはたった一つだ」

 

 この世の地獄を遠くに、告げる。

 

 

「お前のマスターは弱すぎたよ、人間」

 

 

 

 

 

 やめて。

 そんなこえはとどかない。

 くるしい。

 のどがつぶれて、ことばにできない。

 たすけて。

……だれも、そばにはいてくれない。

 やめて。

 めをとらないで。

 てをきらないで。

 あしをもがないで。

 なかみをつぶさないで。

 こころを。

 こころを、くだかないで。

 だれもきいてなんかくれない。

 だから。

 わらいながら、うばわれる。

 よろこびながら、ころされる。

 いみもなく、つらいことだらけで、おれてしまいそうになる。

 

「どう? まだ続ける?」

 

 みみがないのに、そのこえは、はっきりきこえた。

 もうだれのこえかもわからない。

 だれだっていい。たすけてほしい。もうやめてほしい。こんなの、もう、いやだ。たえられない。つらくて、くるしくて、ひたすらそんなのがつづくなんて、もう。

 

「あら、随分素直ね。流石に蘇生回数が()()()()()()()、ここまで大人しくなるか」

 

 なんかいしんだかなんてどうでもいい。

 おねがいだから、もう、おわりにして。

 きえたい。

 もう、こんなおもいしたくない。

 こんなことなら、もういきたくない。

 だから、

 

「でも残念。終わりなんてないわ」

 

 なのに。

 

「お前の心が壊れようが、知ったことじゃない。なんだったかしら? ああそう、世界を救ったこともない奴が勝手なこと言ってるんじゃねえ、だったっけ? だったら言わせてもらうけど」

 

 いやだ。

 おねがい。

 たのむ、たのむから、

 

 

「ーー永久の苦しみを味わってから物を言え、小僧」

 

 

 ああ。

 せまる。こわいものが、せまる。

 つきたてる。いたみがくる。

 いやだ。

 いやだ。

 あああああああ、あああああああああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 そして。

 上条当麻は、その声を聞いていた。

 己がマスターの助けを呼ぶ声を。

 

「ッッ……!!」

 

 数百メートル先で、ひたすら殺され続ける少年。拠り所にしていたものすら忘れるほど磨耗し、ただ降り注ぐ苦しみから逃れようとしている、そんな、不幸な少年。

 助けたい。でも上条にはそれが出来ない。何度抜け出しても、オティヌスは上条の体に何度でも突き刺して、その場に押し留めてしまう。

 いっそ死なばもろともと思うのだが、オティヌスはわざわざ右手を()()()()()()から回復させ、上条がギリギリ死なないラインを保ち続けているのだ。

 いっそ殺せれば楽だろうが、その場合は死んでも構わないと上条が突っ走ることになる。そうしないためのこの状況は、確かに上条にとっては最悪に近かった。

 

「ちくしょう……ちくしょう……!! 目の前で助けを求めてるヤツがいるってのに、俺はどうしてこんなところでうずくまってんだ……!!」

 

「お前のせいではないだろう、気に病むなよ。どちらにしても、勝ち目がないと一番分かっていたのはお前だろう。その時点でこうなることくらいは想像に難くなかったはずだが」

 

 オティヌスの言う通りだ。

 そもそも、上条が対魔神で特殊な技術があるとはいえど、それは基本的にオティヌスが正攻法で挑み、かつ自分が生き残ることに特化したものでしかない。例えば自分以外の誰かを守ることには、特化していないのである。それが藤丸のような一般人なら尚更、上条への負担は大きく、守り切れない確率も高まる。

 そして藤丸がこんな風に拘束された時点で、こちらの負けは確定であり、ほとんどの場合はそうなるだろうと上条は思っていた。

 

「……ああ、そうだな」

 

「なら何故? 上条当麻らしくもない。玉砕覚悟だなんて、お前の最も嫌う選択だろうに」

 

「……、」

 

 理由なんて、今更言う必要はない。

 そう、これは単純な話なのだ。

 世界の命運とか、全人類の幸せだとか、そんなことは最早どうだっていい。そんなものは神様が槍を振るえばどうにだってなるものなのだから、それを理由にしたところで薄っぺらい綺麗事にしかならない。

 それでも、戦いを挑んだ理由。

 守りたかったものを、全てかなぐり捨てて、神様に唾を吐いたのは。 

……そしてオティヌスはそれを、分かっていて問いかけた。上条がそれで奮い起つと、確信して。

 

「……サンキューな、オティヌス」

 

「今も苦しめられている張本人に礼とはな。相変わらず、どんな思考をしているんだお前は」

 

「それでも言いたくなったんだよ。おかげで、見失わずに済みそうだ」

 

 まともに動けなくても構わない。

 今の上条はサーヴァントだ。であれば、藤丸を助けられる方法は一つだけある。

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………しにたい。

 しにたい。

 しにたい。

 しにたい。

 だから。

 ころして。

 ころして。

 ころして。

 ころして。

…………だれか。

 もう。

 おわりに。

 して。

 くれ。

 

「これで()()()()()()()

 

 うすれる。

 なにもかも。

 きおくはくずれて。

 みちしるべも、ない。

 

「……正直見くびってたわ。まだ意識を保ってるなんて。だからそろそろ楽にしてあげる」

 

 ほんとうに?

 らくに。

 して。

 くれる のか。

 

「ええ。死ねばまた記憶も心も蘇るわ。だから、最初からじっくりと殺し尽くしてあげられる。繰り返しましょう、この地獄を」

 

 なんでも いい。

 ころして。

 くれ るなら。

 もうそれで。

 もう いい、からーーーー。

 

『聞こえるか、藤丸?』

 

 そのとき。

 しらない/しっているこえが、きこえた。

 

 

 

 

 

 サーヴァントが念話を使えることを、今の今まで忘れていたなんて、なんて馬鹿なのかと上条は自身を罵倒する。

 右手のせいで基本的に魔術は使えない上条だが、あくまでラインを介した無線のようなものだからか、問題はないようだ。

 念話自体を使い慣れていないからだろうか、上条は口に出して会話する。

 

「すまねえ。お前を守るって言ったのにこのザマだ。ほんと、どうしようもないよな、俺って」

 

『……きみは、……だれ……?』

 

 藤丸の声は幼かった。意識的にそうしているわけじゃない。ただ、そうしないと心が保てないのだ。

 ぐ、と上条は右手を握り締める。当たり前だ。藤丸はここまで、上条だって耐えられる自信がない地獄を耐えてきた。そのために、全てを捨てたのだろう。その結果がこれだ。

 

『だれ でも、いい……おねがい、ころして』

 

 余りにか細い声だった。足音がしただけで消え入りそうな声は、平凡な少年の切実な願いが込められている。

 胸が締め付けられる。それは上条が焚き付けた結果、助けられなかった誰かの声だった。

 本音を言えば。

 上条だって、もう眠らせてやりたかった。よく頑張った、だからもうゆっくりおやすみと。ここまで我慢して、ここまで砕かれたのだから。もういいと、そう言って眠らせてやりたかった。

 だけど。

 無責任だと分かっていて。

 上条は、それを口にせずにはいられなかった。

 

「なあ、藤丸。お前はどうして、戦ってるんだ?」

 

 藤丸は一瞬だけ何も言わなかった。しかしすぐに、気を取り直し、答える。

 

『……たたかってなんか、ない。ずっと、まけてる』

 

「それは違うよ、藤丸」

 

 そうだ。

 例え藤丸が覚えていなくても、上条は覚えている。

 

「約束しただろ。もう負けないって、折れないって。勝てなくてもいい、どれだけボロボロにされても、例え一人ぼっちになっても。それでも、こんな世界に負けたくないって。お前はそう言ったんだ、藤丸。だからここまで、お前は頑張ってきたんだよ。誰にも負けないように』

 

 死ぬことこそが、藤丸立香にとっては敗北だ。だとすれば彼がこの世界に存在し続ける限り、一度だって負けちゃいない。

 だから我慢してきたのだ。全てをかなぐり捨ててでも、たった一度の敗北だけはしないように。

 けど、と念話は響く。

 

『……でも、ずっとくるしいんだ』

 

 今も地獄の中心で、恐らく無意味に消費されながら。少年は語る。

 

『つらいんだ。いきてるだけで、こんなにもいたいんだ。だから、もう、かつとか、まけるとか、いいんだ』

 

 ああ。

 それはきっと、辛い。

 上条も経験があった。生きたまま埋葬されて、虫に食われたまま絶命したり、宇宙船だか何かに放り込まれて、そのままたった一人宇宙が滅ぶまで生き続けたり。

 上条はまだ、死ねた。

 地獄が続くとしても、最後の最後にはリセットされて、多少のインターバルがあった。

 だけど藤丸にはそれすらない。

 永久に、ひたすら殺される。一秒の休みすらない拷問。 

 

「……そうだよな。そこまで頑張ったのに、ゴールはずっと見えないままだ。そんなの誰だって折れる、挫けちまうよな」

 

 だけど。

 

「それでもさ。こんだけ頑張ったお前が、何も報われずに死ぬのは、やっぱり間違ってるんだよ」

 

 上条当麻は、彼を見捨てたりしない。

 安易な終わりなんかで、彼の受けた仕打ちを誤魔化したりなんかしない。

 

「辛いのは分かってる。今がどれだけ苦しいかなんて、俺には想像もつかない。だけど!! 俺は知ってるんだ。お前があのとき、泣きながら叫んだことを。もっともっと生きたいって、死にたくないんだって、だから頑張ってきたんだって知ってる!! 例え報われなかったとしても、それでも負けたくなんかないんだって、そう約束したお前を、俺は今でも覚えてる!!」

 

 これは結局、単なる押し付けだ。上条の知ってる藤丸立香なんて、もう何処にもいないのかもしれない。

 けれど、それでも上条は言わずにはいられないのだ。

 ここまで付き合ってきたからこそ。

 その終わりが、こんなものであってたまるか。

 

「だから頼むよ。こんな世界に負けないでくれよ。諦めるだなんて言わないでくれよ!! 今すぐ俺が、神様でも馬鹿でかい木でもなぎ倒してお前を助けにいくから。絶対に、お前を一人ぼっちになんかさせないから!! だから!!」

 

 そこで、待っていろと。 

 上条当麻は、己に刺さる全てを無視して、行動を開始する。

 

 

 

 

 

 ふしぎな、こえだった。

 なきたいのはこっちなのに。なぜかなきそうになりながら、ひっしにしゃべっていて。

……それで、ひとつおもいだした。

 あれはいつのことだったか。まっくらなへやで、だれかのまえでわんわんないたことを、かすかにおもいだした。

 なにをはなしたかも、どうしてないていたのかも、いまではもう、わからないけれど。

 きっとそんなことに、いみはなかったのかもしれないけど。

 だけど。

 なんでだろう。

 それでじぶんは、なぜか。

 もうすこしだけ。

 がんばってみようと、そうおもった。

 

「……なに?」

 

 いまも、こわいものは、かぞえきれないくらいおそってくる。そのたびにいたくて、くるしくて、ころんでしまう。

 でも。

 まっていろ、といってくれたひとがいた。まけないでくれと、ひとりぼっちなんかじゃないと、そういってくれたひとがいた。

 つらくて、くるしいことだらけのいのちだったけど。

 それだけじゃないと、そういってくれるひとがいた。

 そういったことが、あった。

 だから、まだがんばらないと。

 その()()()()がここにくるまで、がまんしようと、そうおもったのだから。

 

「ふ、……っ、ぅぅ……!!」

 

 どれだけけっしんしても。こわいものは、こわくて。いたいものは、いたい。

 それでも。

 

「いだ、ぐ、ない……!!」

 

 たちあがれ。

 

「こんな、いたみより。もっと、いたい、ことが、たくさんあった」

 

 わすれない。

 わすれるものか。

 

「だれかの、したいを……ふみこえたほうが……よっぽど、いだがっだ……!!」

 

 あのいたみを、こんなことでわすれるものかーー!!

 

「……立ち上がった、だと……!?」

 

 たつのはほんとうに、ひさしぶりだった。かれえだのようなからだは、いまにもささえをうしないそうで。おれてしまえば、もうたてない。

 そんなからだでこぶしをにぎる。

 むけるのは、いってん。あそこで、ふんぞりがえってるおんな。

 

「ッ……!!」

 

 こわいのが、さらにやってくる。

 かまわず、こぶしをふりかぶった。めのまえのてきとくらべて、それはあまりにちっぽけで、たよりない。

 それでもいい。

 それでも、こぶしをにぎり、ふりかぶることで。

 まだやれると、そうたたきつける。

 

「お前……!!」

 

 そして。

 藤丸立香は死んだ。

 意識の空白は一瞬だった。

 死んだ、と思った瞬間には藤丸立香は蘇生し、荒野に倒れ込んでいた。

 一見勝負はついたように見える。

 しかし、藤丸の傷は全て癒えていた。心的ダメージはまだ色濃いが、肉体のダメージはないに等しく、また記憶などの藤丸立香のアイデンティティーも回復した。 

 視線を遠くに移す。

 自分が、倒すべき敵へと。

 

「……なによ、その目は」

 

 口は開かなくていい。睨むだけで、彼女は自分が負けていないと思い込む。

 しかし、

 

「勢い余って、死者の軍勢の術式ごと食い潰すなんて……全く」

 

 虞美人はやはり、俯瞰出来るよう瓦礫の上に陣取っていた。おかげで、と彼女は指を鳴らす。

 

「ほら、()()()()()()()()()()()()

 

 ズンッ!!、と重音を立てて、現れるのは、人類の脅威の成れの果て。

 ラフム。魔神柱。空想樹とその種子。ついさっきまで藤丸立香を精神崩壊直前まで追い込んだ彼ら。

 高笑いしながら藤丸の周囲を旋回する新人類に、ただ息の根を止めるためだけに特化した浮遊する種子。雷を伴いながら、竜のように動いて崩落したビルを壊し、その巨大な影で藤丸を覆う七十二柱の魔神。そして既に開花し、残すはたった一人の少年を潰すだけとなった空想の楔。

 

「まあ、いいわ。もう一度やりましょう、それじゃあ。何度でも。あなたの心が砕けるまで」

 

「……そう簡単に、いくもんか……」

 

 ぐ、と拳を握る藤丸。しかし、やはり体は正直だ。心身に受けた傷は今も深く、無意識に藤丸の体は震えていた。

 ガタガタと、いっそ冷や汗すら噴き出した彼に、虞美人は笑い出す。

 

「あら? またお得意の虚勢? なんでもいいけど、何をしようがどうせ踏み潰されるのがオチだってわからない?」

 

 藤丸は答えなかった。そんなこと、自分自身が一番よく分かっている。抵抗したところで何になると、そう考えたのは他ならぬ藤丸自身なのだから。

 それでも拳を握るのは、約束したからだ。

 負けない。

 もう二度と、負けてやるものか。

 

「……ふぅん、そう」 

 

 虞美人は興味も無さげに、手を振った。

 それが合図だ。

 

「さっきので()()()()()回。これで一万三十四回からスタートね」

 

 殺到する。

 どうしようもなく。

 また、たった一人の少年を蹂躙し尽くす、地獄が作られる。

 逃げる術などない。

 二度も耐えられる保証はない。

 そして、先遣隊であるラフムと種子の群れが、藤丸の命を刈り取るーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーいつまでもびくびくしてるのに、それでも逃げないなんて。ま、あなたらしいと言えばらしいわ、()()()()

 

 

 その、少し前に。

 

 流星(・・)が、世界に落ちてきた。

 

 

 

 

 

「やっときたか」

 

 そのとき。

 崩落した建物に腰掛けた金の獣は、それを見て、薄く笑った。

 

「本当に、いいところをもっていく。私の時といい……全く、忌々しいことこの上ないがな」

 

 懐かしそうに見る先は、地獄の中心。真っ黒に塗り潰された極点……の、真上。

 次々と落ちてくる、無数の流星だった。

 

 

 

 

 

 聞こえてきた悲鳴は、自分のものではなかった。ラフム、種子達が何者かに焼き尽くされたことで発せられた、敵対者の断末魔だった。

 痛みに耐えようと、閉じていた目を、開ける。

 

「せっかくこんなところまですっとんできてあげたって言うのに。相も変わらず酷い顔ね、マスターちゃんは」

 

「……ぁ」

 

 そこにいたのは、魔女だった。

 紅蓮の炎に身を焦がしながらも、されど藤丸の体を包むように、温めていく。冷えきった心に、その炎は心地よく、そして何よりその憎まれ口が、妙に懐かしかった。

 知っている。

 その顔を、その口ぶりを。

 その掲げる()を、自分は知っている。

 ジャンヌダルク・オルタ。

 竜の魔女にして復讐者、そして藤丸立香のサーヴァント。

 

「馬鹿な、あり得ない……!! なんだこれは!? どうしてこんなことが起きている!?」

 

「あらそう? 私からすれば、こんな大人げないことやってるあなたの方があり得ないけど?」

 

 対し、虞美人は辺りを見て動揺していた。当たり前だろう。藤丸だって、信じられなかった。

 

「ああ……」

 

 漆黒の夜空に、何条もの流星が落ちてくる。それは漆黒も黄金も切り裂いて、ただ一瞬に焼き付いた閃光のように、世界を席巻する。

 

「ああ……!! ぁぁ、ぁぁ……っ!!」

 

 言葉にならなかった。

 流星は全て、ただ一点に集まる。

 つまり、藤丸立香へと。 

 

 

「きてくれた……みんな……っ!!!!」

 

 

 星々が象るのは、人理の守護者。

 一騎当千、万夫不倒の英霊達。

 特異点、亜種特異点、異聞帯。

 これまで出会ったサーヴァント達、その全てが。今、藤丸立香の元へと集っていた。 

 その光景には見覚えがあった。人理焼却を巡る戦いの終盤。倒れそうになった藤丸を、助けてくれた人達。

 だけど、一つの疑問が湧き上がる。

 

「サーヴァントの連続召喚だと……!? 何故だ、たった一人の子供だぞ!! そんな、どこにだっている奴のために何故ここまで駆けつける!? どうしてこんな都合よく集まる!? そんなに安いものなら、もっと駆けつけるべき世界と相手がいるだろう!!」

 

 そうだ。

 終局特異点とは状況が何もかも違う。あのときは世界を巡る戦いの最終局面だからこそ可能だった。繋いだ縁が、ようやくそこまで来て活用された。

 なのに、今回はむしろその逆だ。脇道で勝手にくたばりかけていたというのに、どうして。

 

「ーーなに。初歩的なことだよ、ミスター・藤丸」

 

「! ホームズ?」

 

 礼装を介して投影されたのは、シャドウボーダー内で優雅に座るホームズだった。彼はいつものように、真実だけを告げる。

 

「我々がどうしてここまでたどり着けたのか。この魔神オティヌスの支配する世界へ、どうして入り込めたのか。そして何故英霊達が、同時に召喚されているのか」

 

 一呼吸置いて。

 

「それは君の契約したサーヴァントが、全ての鍵を握っているというわけさ」

 

 

 

 

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 クックックッ、と。オティヌスは笑いを噛み殺して、

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)とは、世界の基準点。魔術師達の願いによって作られた集積体。であれば、その右手が存在する限り、お前は魔術師の願いを集め続ける。例えばそう、()()()()()()()()な」

 

「ああ、そうだ。だから俺には、藤丸の助けを求める声が聞こえた」

 

 そして。そういった民衆の願いに応える機能を、魔術世界では何と呼ぶか。

 

()()()()……なるほど、幻想殺しと言う名を冠しておきながら、その右手はそういう機能も得たか」

 

 異聞帯の秦を思い出してほしい。秦の人々は、平和を享受することで必死に願うことを忘れてしまった。故に、その世界では英霊の座が存在しなくなったのだ。

 そういう意味で言えば、確かにこの世界も同じだったかもしれない。だが違った。藤丸立香という人間はひたすら願った。生きたいという、何処までも自分勝手な願いを。

 だから上条はここに召喚されたのだ。

 単なる連鎖召喚だったかもしれない。

 だけど、確かに。魔術師の、藤丸立香の声は誰かに届いていたのだ。

 

「そしてサーヴァント契約を通して、カルデアにも繋がりが出来た。だからずっと、アイツの声は()()()()()()()。俺と契約したときから、あっちに届くようになってたんだろうさ」

 

 

 

 

 

「じゃあ……」

 

 みんな、聞いてたのか。

 あの見苦しい声を。あの、どうしようもなく自分勝手で、そして攻撃的な本音を。

 

「ああ、聞いていたとも。少なくとも、我々全員と、彼女はね」

 

 彼女?、と藤丸が疑問をぶつける前に、その正体は明らかになった。

 

「お久しぶりね、座長さん」

 

「……アビー?」

 

 ホームズの横にちょこん、と立っていたのは、アビゲイルだった。それも恐らく、カルデアの彼女ではない。このタイミングで出てきたのは、きっと彼女が。

 

「……君は、セイレムのアビーかい?」

 

「ええ、そうよ。あなたが拐われたから、助けようと思ってここに来た。時空を越えてね。そしたらあのサーヴァントのお兄さんがカルデアとあなたの繋がりを強くしてくれたから、わたしがそれを補強して、目印にしたの。そしたら」

 

「俺の声が、届くようになった……」

 

 だったらどうして、ここまで来てくれたのか。

 知っているだろう。自分はお人好しであっても、善人であったとしても。それは平凡の域をでなくて。きっと、それ以上に黒いものを抱えていて。

 

「俺、みんなに酷いこといっぱい言ったよ。本当はずっとそんなことばかり考えてた。綺麗事ばっかり並べて、みんなに気に入られようとしてきた!! そうしないと世界が救われないからって、生き残れないからって!! そうやってずっと、ずっとずっと俺、俺は……!!」

 

「ええ、知ってるわ。座長さん」

 

 でもね、と。アビーは涙を浮かべて、

 

「それはきっと、とてもワガママなことだけど。多分あなたは、そんな自分を許せないかもしれないけれど。でもそんなあなたを、わたし達はずっと助けたかったの。そうやって、胸の内を明かしてくれるだけで、あなたの抱えるものを知るだけで、わたし達は嬉しいの。とってもね?」

 

「……アビー」

 

「だからいいの、座長さん」

 

 いつかの、微睡みのように。

 アビゲイルは告げる。

 

「あなたは、みんなの前で、無理をする必要なんて何処にもないのよ」

 

……それは、難しいことだ。

 きっと、歩き続けることよりもずっと。

 つい、と映像の横手から出てきたのは、ダ・ヴィンチだった。彼女は得意気に、

 

「それだけじゃないんだよー、藤丸くん。彼らサーヴァントがここに来たのはね、君のためさ」

 

「……それって、オルタちゃんも?」

 

「ちゃん付けすんな、気が抜けるでしょうが!?」

 

 うがーっと怒った後鼻を鳴らし、ジャンヌダルク・オルタは、

 

「私達英霊はね。そもそも召喚陣も無しに召喚されるほど安い存在じゃないし、つか普通は喚べないし。あなたともそこまで強い絆を結べたかと言われると、私はともかく、全員が全員そうじゃないわ」

 

 だけど、と。

 復讐者に身を堕とした少女は、ここにたどり着いた理由を語る。

 

「それでも聞こえたのよ、あの霊基(狭い)トランクの中で。馬鹿みたいにいつも笑って、誰よりも前を向いて、歩いていた奴が。たった一人、世界に取り残されて、善意に押し潰されて、幸福の眩しさに焼かれて、自分を傷つけて。それでも私達に助けてと一度も言わなかった、そんな声を」

 

 竜の魔女は続ける。

 

「そして聞こえたのです。あなたの願いが、生きたいという祈りが。世界の片隅で押し潰されようとしてることが分かった。だから私達は、声なき声に応じてここへ来た。あなたという、たった一つの縁を辿って」

 

「……たった。たった、それだけのことで、召喚されるだと……?」

 

 だが。虞美人は納得がいかないのか、頭を掻き乱す。

 

「ふざけるな……!! そんな、そんなふざけた話があってたまるか……!! お前達はこの世界を見て、何とも思わないのか? たった一人のエゴのために、お前達の思い描く幸せとやらは全て破綻した!! それでも、そこの小僧を救うことが、英霊として正しいことだとでも……!!」

 

「正しいか正しくないかなんて、最早関係ないのよ」

 

「んな……!?!?」

 

 ばっさりだった。ジャンヌオルタはいっそ、耳の穴をかっぽじるかのような適当さで、

 

「どちらが正しいかなんて、そんなのは真面目ちゃんにでも任せればいいこと。私の知ったことじゃないわ。だけど……そうね」

 

 ジャンヌオルタが振り返る。今も周囲の状況に振り回されるマスターに、笑みを溢した。

 

「あなたよりは、私はマスターに幸せになってほしいと思った。そしてここに集まったのは、そんなことを愚かにも考えた馬鹿ばっかりよ」

 

 藤丸を守るように囲う英霊達は、ジャンヌオルタの言葉に強く頷く。そこには、一片の迷いすらなかった。

 

「大体、自分勝手に世界を歪めて、それで他人が幸せだと決めつけるようなクソッタレどもよりは、踏み台にされた人達のために涙を流せる彼を選ぶのは当然でしょう」

 

 ニィ、と。清楚ですらある顔を、邪悪に歪め。彼女は親指を下に向け、それで首元をかっ切るように引いた。

 

「あなた達よりよっぽど真っ当に、馬鹿みたいに頑張った彼にこそ、未来を取り戻す権利がある。それくらいの権利を与えなくて、何が英雄か。何が世界か。そんな等価交換すらない世界なんて、粉々にぶっ壊れちまえばいいのよ」

 

「黙れェ!!!」

 

 虞美人の声に反応して、ラフムと種子達が襲いかかる。思わず身を固くする藤丸。

 だが、

 

「なにを怯えることがある、マスター」

 

 ぽん、と肩に置かれる手。

 その瞬間、ビュオッ!!!、と幾つもの影が飛び出した。サーヴァント達は、何の躊躇いもなく藤丸立香の前へ飛び出すと、主の敵を殲滅する。

 セイバーは斬り、アーチャーは射抜き、ランサーは貫き、ライダーは踏み潰し、アサシンは殺し、キャスターは撃ち滅ぼし、バーサーカーは暴れ回り、エクストラクラスは好きなように殲滅する。

 あれだけ好き勝手されてきた敵。しかしそれは今、逆にサーヴァント達によって消し飛ばされる。

 そしていの一番に飛び出した黒い影ーー巌窟王は、定位置である藤丸の背後へと戻る。

 

「見ろ。全員、お前のためだけに戦っている。お前の足掻きを、恩讐を目撃し、誰しもこう思ったのだ。()()()()()()()()()

 

 だからと。

 巌窟王は高らかに。

 

「何度燃えようが、白紙になろうが!! 今日まで続いてきたお前の旅は!! 決して、無駄などではなかった!! だから誇るがいいマスター!! オレ達が他の誰でもない、お前を選んだことを!!!」

 

「……巌窟王」

 

 世界でもなく。かつての幸せでも、いつか訪れる幸せのためでもない。

 それでも彼らは、選択したのだ。

 藤丸立香の側にあり続けることを。

 直後だった。

 藤丸の視界に、サーヴァント達が撃ち漏らしたラフムが入ってきた。

 足止めを、と礼装を起動しようとして、巌窟王はこんなことを言う。

 

「主役は遅れてご登場か」

 

 なにを、と藤丸が聞こうとして。

 ドッッッ!!!、と背後で爆音がした。

 土砂が、盛り上がる。さながら船が座礁するかのような形で、それーーシャドウボーダーは虚数空間から抜け出し、そしてデッキから何かが射出された。

 その何かは、勢いそのまま、藤丸に襲いかかろうとしていたラフムを身の丈ほどもある盾で殴り飛ばし、目の前に着地した。

 マシュ・キリエライト。 

 何をしてでも守りたかった、大切な人。

 だからこそ、一番あの声を聞かれたくなかった相手。

 

「……先輩」

 

 ゴーグルを外した彼女は、少し困惑しているようだった。それも当たり前か。藤丸は特に彼女の前では弱音の類いを吐かないように努めてきた。

 藤丸だって、何を話せばいいか分からない。話したいことは沢山あっても、どれから語ったって、きっと長くなる。

 マシュだってそうだ。クリプターのことも、これまでのことも……きっと語りたいことはあって。

 

「……私は。マシュ・キリエライトは」

 

 故に、交わす言葉は簡潔だった。

 

 

「ーーあなたが、隣にいてくれる未来を望みます、藤丸立香(・・・・)先輩」

 

 

 それを聞いて。

 ああ、と。藤丸は想う。

 自分を肯定してくれる誰かというものは、こんなにも安らぎを与えてくれるのか。

 こんなにも、救いになるのかと。

 

「……ああ」

 

 見渡せば、みんないる。

 みんな、ここにいる。

 

「……ああ……ちくしょう……!」

 

 少し前まで当たり前で、でもいつの間にか崩れ去った景色。

 それがまた見れただけで、胸が一杯になって、涙が出てしまう。

……まだ、あるのだろうか。

 自分には、彼らを率いる資格があるのだろうか。

 彼らの作ってくれた道を、自分は歩いてもいいのだろうか?

 

「良いに決まってるじゃない」

 

 ジャンヌオルタは拗ねるように、

 

「今更水臭いのよ。そんなガラじゃないでしょ、アンタ。いつもみたいに、お気楽に、馬鹿みたいに前を向いてなさい、マスター。そうすれば、見えるでしょう。もう一人じゃないってことくらい」

 

 ああそうだ。

 どんな言葉をぶつけられても、どんな悲劇があったとしても。

 目の前の景色が答えだ。

 空に流れる星々が、答えだ。

 藤丸は声にもならない声で、頷く。

 

「……俺も。みんなと、生きたい」

 

 くす、と誰かが笑っていた。

 仕方ないな、と誰かがため息をついていた。

 

「みんながいてくれる世界がいい」

 

 当たり前だ、とみんなが応えてくれた。

 いつまでも、とみんなが頷いてくれた。

 だからーーーー!!

 

「だから、行こう。行こうマシュ!! 行こう、みんな!!」

 

「はい!! 行きましょう、先輩!!」

 

 ジャンヌオルタが、旗を突き立てる。

 それもかつての再現。違うのは、それが正義の元でも、世界のために行われるのでもないということ。

 

 

「ーーーー聞け!! この領域に集いし、悪鬼羅刹、異類異形の英霊達よ!!」

 

 

 声が響く。

 それは、死の苦痛を知りながら。

 戦うと決めた者達への激励。

 

 

「本来は世界のため、本来民衆のために戦う存在であっても!! 今は互いに肩を並べ、誰よりも前に立つがいい!!」

 

 

 ばさ、となびく旗は反逆の狼煙。

 これより始まるは、救世でも救国でもない。

 しかし、確実に泣いている誰かを助けられる、そんな戦い。

 

 

「未来を取り戻すためでも、世界を守護するためでもない!! 元よりこの戦いは、我らが契約者の願いのため!!」

 

 

 ただ一人。

 たった一人のために行われる、最大規模の聖杯戦争。

 

 

「ーー我が真名は、ジャンヌダルク・オルタ!!」

 

 

 竜の魔女は腰の剣を引き抜き、それを敵へと向ける。

 

 

「この剣を振り下ろす限りーー貴公らの罪は、この魔女が焼き尽くそう!!!!」

 

 

 無数の咆哮が、轟いた。

 それは獣のようでありながら、何処までも理性的で、絶望すらも吹き飛ばし、藤丸に力を与える声だった。

 生きろ。

 死ぬな。

 歩き続けろ。

 そんな願いが込められた、声。

……酷いことを、沢山言ってきた。

 幻滅されるようなことを、沢山してきた。

 きっとこれから、醜く想って、泥臭いことばかりしていくのだろう。

 それでも、この手にはあるのだ。

 まだ自分には、彼らを率いる資格が、この右手にあるのだ。

 だから、戦おう。

 何も恐れることはない。

 だって、一人じゃない。

 だからもう一踏ん張り。

 ここからが、本当の戦いだ。

 

 

 

 

 

「……くくくくッ、はははははははッ!!」

 

 ゲーティアはその光景を目撃して、心の底から笑っていた。不快すぎて、綺麗すぎて、そして、鮮やかすぎて。

 

「そう……これが人間だよ」

 

 自身がかつて敗れたもの。圧倒的な力の差というものすら度外視した、滅茶苦茶な逆転。まるで前後の文脈が噛み合わないようなそれは、確かに見ていて爽快だった。

 

「生きたいから傷つけ、生きたいから奪い、生きたいから不幸を生み出し、そして」

 

 思い知るかのように、ゲーティアは呟く。

 

「生きているから、お前達は笑っている」

 

 そう。

 前のゲーティアは知らなかった。人間というものを図りかねていた。過大評価と言ってもいい。守らなければいけないのだから、きっとそれだけの価値があるのだと。

 されど。

 

「人間とはそんなものだ。全ては生きる為。己が己であるため、無意味で、無駄な行動を重ねる度しがたい愚か者ども。だからこそ、人の命に同じ輝きはない」

 

 ゲーティアは腕を広げる。

 あくまで彼が見据えるのは一点。藤丸立香のみ。

 

「最早正しい秩序はない。人理を守る英霊はいない。何一つ、お前の味方となる者はいない。この地ではお前こそが、悪なのだから」

 

 異聞帯攻略は今後も続いていく。

 あの少年は、この先も今回のような選択を迫られるだろう。

 

「だが、こと生存においては、善悪による優劣は無い」

 

 そう、生存競争に善悪など不要。

 そこにあるのは、生きるか死ぬか。ただそれだけ。

 故に、

 

「……お前がまだ、諦めないというのなら」

 

 この先へ進むのなら。

 

「あの時と同じく、何もかも無に帰したこの状況で!! まだ生存を望むというなら!!」

 

 何も終わっていないと、空を睨むのなら。

 

「愚かしくも、力の限り叫ぶがいい!!」

 

 これまでのように。

 

 

「惜しげもなく過ちを重ね、あらゆる負債を積み上げて、なお!!

 

 

 

ーーーー希望に満ちた、人間の戦いはここからだと!!!!」

 

 

 獣は藤丸立香から目を離し、空を見上げる。

 

「我が真名は、ゲーティア」

 

 厚い雲の、更に遠く。(ソラ)を超えた先にある青い惑星(ほし)を、ただの人は夢想する。

 

 

「あの惑星(ほし)に生きた人としてーーーーお前の生を、彼岸より見届ける者だ」

 

 

 人間(ヒト)よーー未来に打ち克て、と。

 

 

 

 







幻想殺し《イマジンブレイカー》

常時真名解放型の宝具。
上条当麻の右手に宿る力であり、あらゆる異能の力を打ち消すことが出来る。
その正体は、あらゆる魔術師の怯えと願いによって作られた集積体であり、世界の基準点。魔術師達は魔術によって世界を歪める一方で、根幹の法則まで歪めることに対して怯えていた。
幻想殺しはそんな歪みを破壊することで元の世界へ戻す、リセットボタンのような存在。
魔術世界においてそれは、魔術師限定の英霊の座と言ってもいいものであり、あの世界において生きたいと願ったのはまた藤丸だけだった。その声に応え、上条当麻は召喚され、間接的に藤丸立香と縁を結んだサーヴァント達が召喚される切っ掛けとなる。
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