【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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訣別の流星雨 (Wars)

 

 藤丸立香、並びにそのサーヴァント達は、周囲を囲まれている。二百を越えるサーヴァントが勢揃いしたとは言えど、死者の軍勢(エインヘルヤル)による包囲は、数だけならその上をいく。そしてそもそも死角がない。

 だとすれば、まずすべきことは。人類最後のマスターは叫んだ。

 

「一点突破だ!! みんな、頼む!!」

 

 そこからの動きは迅速だった。藤丸がマシュに抱えられ、シャドウボーダーのデッキに飛び乗る。そんな主従を守るように、前後にサーヴァント達が隊列を作ったときには、死者の軍勢は動いていたが、殿の戦士達が宝具を解放した。

 

「あいよ!! 不毀の極槍(ドゥリンダナ)!! 吹き飛びなァ!!!」

 

「ははッ、ノロマな肉塊ども!! 俺についてこれるならついてきてみろ、疾風怒濤の(トロイアス)不死戦車(トラゴイーディア)!!!!」

 

「アキレウスゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!!」

 

「いくぜフラン、出し惜しみなんか考えんなよ!! 我が麗しき(クラレント)父への叛逆(ブラッドアーサー)ッ!!」

 

「う、アアああ……!! 磔刑の(ブラステッド)……雷樹(ツリー)ィイ……!!」

 

「Arrrrrrrrrrrrrrッ!!!!」

 

 ヘクトールが前方の空の敵を一掃、その間にアキレウスが神速で魔神柱を跳ね飛ばし、更にモードレッドとフランの雷撃がボーダーに接近する敵を押し留める。

……若干二名、空を翔んでる味方目掛けて突っ込んだり、戦闘機でドッグファイトしながらガトリングをぶっぱなす者もいるが、その間に種子やラフム達を千切っては投げているから、まあ問題はない。

 急発進するシャドウボーダー。藤丸はデッキにあるハッチを支えに立つ。ボーダーの速度は最大だが、それでも種子やラフム、魔神柱達のあの数で来られれば、それだけで圧殺されてしまうだろう。

 だが、

 

「新撰組ィッ!! 怯むなッ!! 進めェエエエエッ!!!」

 

「遅れを取るな、円卓の騎士達よ!! 我が聖槍に続け!!!」

 

「ふふ、これはケルトの戦士も負けてられないね? では行こうじゃないか、華麗に!!」

 

 それらを食い止める、サーヴァント達。シャドウボーダーに並走しつつ、彼らは懸命に道を作る。剣が、弓が、槍が相手を倒す。

 藤丸は何とか姿勢を保ちながら、同じようにデッキに乗り込んだサーヴァント達に告げる。

 

「目標は虞美人。彼女が制御してる死者を蘇らせる術式をどうにかしたい!! というわけで孔明さん、陳宮、あと頭のいいみんなで作戦よろしく!!」

 

「……お前、疑似サーヴァントだから良いものを、最っ高に頭の悪い組み合わせをぶちまけたの分かってる? なあ?」

 

 少年姿でも相変わらず皺を寄せる孔明に、扇で優雅に口を隠した状態で陳宮は、

 

「まあまあ孔明殿。そこが我らのマスターの良いところではないですか。生きたいと思う余り、部下に全て策を丸投げするのは、軍師の使い方を心得ている証拠かと」

 

「僕の霊基がお前に丸投げするのは死んでもいいときだけって言ってるぞ。それには僕も同意だ。自爆させるのはそこの馬だけでいいんじゃないか?」

 

「ヒヒン!? 私は馬ではなく呂布ですが、確かにマスターが爆発四散するのは忍びありません。ほら、私は呂布ですがやはり同じ野菜を齧った仲ですしね?」

 

「いいからさっさとボーダーに近寄る敵を爆破してきなさい赤兎」

 

 急カーブしたボーダーから飛び降りていく呂布モドキを眺めていると、またもや映像が浮かび上がる。やはりホームズだ。

 

『作戦を立てるというなら、我々から耳寄りな情報がある。報告してもいいかな、ミスター・藤丸?』

 

「どっちでもいいけど、簡潔にね! ホームズ話が長いから!!」

 

「先輩、それはホームズさん、並びに名探偵と呼ばれる方々に中々酷なことかと。真相とは時に物凄く長くなってしまうものですから。話が込み入れば特に」

 

『ミス・キリエライトのフォローはありがたいが、状況が状況だ。善処しよう、ではダ・ヴィンチ』

 

『おっけー☆ じゃあ説明しちゃうよー!』

 

 ダ・ヴィンチはその体躯には不釣り合いなほど大きい丸縁眼鏡をかけると、

 

『この異聞帯に入ってから、虞美人の反応を随時チェックしてるんだけどね。どうにも可笑しいというか、解せないんだ』

 

「というと?」

 

『彼女の生体反応さ。瞬間的なもので、一見分からないよう偽装してあるけど、機器がエラーを起こしてないなら……彼女は()()()()()、死んでいる』

 

「……え?」

 

 一体それは、どういうことなのか。

 と、軍師二人はそれで即座に話の結末まで察したらしく、

 

「なるほどね、そういうカラクリか。神様だのなんだの言っておきながら、結局はチートのごり押しじゃないか。全く、ホワイダニットの欠片もなければ、つまらないにもほどがあるなあ」

 

「しかしだとすれば、こちらにも目が出てきましたね。ふむ、これはしたり。あとは簡単な話になりましたな」

 

「いや軍師さん達、話が全く分かんないんだけど?……マシュは今ので分かった?」

 

「え!? す、すいません! 迎撃していて全く聞いてませんでした!」

 

 盾をぶんぶん振り回してる後輩に、ひとまずバフをかけると、藤丸は改めて、

 

「で? 結局どういうことなのダ・ヴィンチちゃん?」

 

『この点滅する生体反応が本当なら、虞美人はこの世界に遍在している。例えるならそう、彼女は蝋燭だ。吹き消えたはずなのに、蝋は溶けてしまっているのに、無理矢理その絞りカスが世界に染み付いている』

 

『では、その命を預けている先は何か。そして不死者である彼女が、死ぬような状態とは何か』

 

『あっホームズ! そこで説明役奪うのはちょっとずるくない? 君の話長いってさっき言われたろ? おーい聞いてるのかこの名探偵!』

 

 ひょいひょい、とダ・ヴィンチが飛び回るが、ホームズは気にせず話を引き継ぐ。

 

『さて、ここで問題だミスター・藤丸。命の定義とはなにかね? おっと、この場合の定義とは、何も哲学的な話じゃない。単純に人間の構造的な分野の話だ』

 

「……そりゃあ、首が取れたり、心臓が潰れたら……」

 

『大雑把に言えば、それで死ぬ。だが実際にそうなった君は? どうして死ななかった?』

 

……いや、死んでいなかったわけじゃない。ただ、

 

「……生き返った。そうか、ということは!!」

 

 そう、とホームズは結論づける。

 

『君と同じように、()()()()()()()()()。それも恐らく、今この瞬間もずっと、ね』

 

 そう。そうなら、全ての辻褄が合うのだ。魔神オティヌスと契約しているが、そのフィードバックは計り知れないという話は上条ともしていた。普通なら契約した時点で、聖杯のようなリソースがあったとしてもマスターの魔力が枯渇して、死んでしまうほどに。

 だが、もし生き返るなら?

 使い捨てる前提であっても、痛みを度外視するならば。確かにあの主従関係は成立する。

 

死者の軍勢(エインヘルヤル)。恐ろしい術式だ。ミスター・藤丸も死を繰り返したが、彼女の場合はそれ以上だ。何せ契約の瞬間から、一万三十三回もの回数世界を回し続け、そして今までその間死に続けている。それでも精神崩壊手前で耐えている辺り……やはり虞美人は驚異的という他ないし、彼女のあの異常なまでの君への敵意はそれが発端だろう』

 

『彼女は怨念になりかけていたしね。藤丸くん、人間への憎悪によって生き長らえていたとしたら、それは最早妄執どころの騒ぎじゃない。ま、そこら辺は流石に私達じゃ推し量れないけれど、一番大事なのは彼女が君を自分の手で殺さなくなったってコトだ』

 

 ホームズはパイプをくゆらせ、

 

『これは推論になるが、彼女が途中から君を自分の手を下さなくなったのは、君を追い詰めるため、というのも大きいだろう。しかしそれは可笑しい。どうせ死ぬのなら、彼女自身も突っ込んで、その手で殺したいと思うものだ。現に彼女は君への恨みでこんな馬鹿げた計画を立てたわけだからね。まさに今、形成逆転した君目掛けて飛んでこないのが余計にそうだ』

 

「じゃあ、どうして? 別に出来なかったとかじゃないよね?」

 

「いや、まさにその通りさ、ミスター。彼女には出来なかったのさ、君を殺すことが。恐らく、そうしたくても出来ないほど、追い詰められて、ね」

 

 

 

 

 

「どうやら奴ら、お前の弱味に気付いたらしいな、マスター?」

 

 オティヌスの言葉が、今の虞美人には遠くに聞こえる。消えそうな意識を何とか保とうとするものの、ブレーカーが落ちるみたいに、ぷつ、ぷつ、と意識が途切れる。

 虞美人は瓦礫の一つに背中を預け、何とかこの世に止まろうと必死だった。

 ホームズ達の推察通り、虞美人はもう限界だ。それは例えるなら並々に注がれたコップに、一滴でも落ちればあとは表面張力の法則が壊れてしまえほどの。

 藤丸の繰り返しは、それだけ虞美人にもダメージがあったのだ。小さな傷であったとしても、確かに藤丸はその傷を与え、そして追い詰めた。

 

「……全く、不器用な女だよ、お前は。他に幾らでもやり方はあっただろうに」

 

 オティヌスにとっては、別にこんなやり方をしなくたってよかった。しかし虞美人は自分から、この歪んだ主従関係を選んだ。

 そう、まるで。

 

「……愛した男を()()()()()()()()()()痛みを、風化させたくなかったとはいえど」

 

「……うる、さいわね。いいから、術式の制御は任せたわよ。あなたの、方が。上手くやれる、でしょ」

 

「無論だ。私は魔術の神だぞ、お前より数千倍は上手く扱えるさ」

 

 かつん、と主神の槍を鳴らす。

 それが合図だった。

 死者の軍勢(エインヘルヤル)が、本来の主に戻り、更にその攻撃が苛烈になる。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 オティヌスと対峙していた上条はと言うと。

 

「っててて……ったく、オティヌスのヤツ、手加減ってものを知らねぇのかよ……」

 

 荒野で治療を受けている真っ最中だった。テキパキと、上条に包帯だのなんだので処置するのはナイチンゲールだ。

 オティヌスはサーヴァント達が出現したところで、上条から手を引いた。念話で効く限り、やはりホームズ?とやらの話は本当のようだ。オティヌスが退いたのは、マスターである虞美人に何らかの異変が起きたのかもしれない。それにオティヌスだって、本調子ではない。今の彼女は、魔神の力を完全に扱えるわけではないのだ。そろそろ不幸(・・)に魔神の力が返ってくる可能性だって、ゼロではない。

 上条は思わず笑う。

 結局、あのときと同じだ。何としても帰りたい世界をかけて、戦ったあのときと同じ。藤丸も虞美人も、同じ痛み、同じ条件で戦い……そして、あと一歩まで互いを追い詰めている。

 

「しっかし、よくもまあここまで藤丸も粘った、ってぇいででででででで!?!?」

 

 バーサーカーというクラスのせいか、それとも上条の傷がそれだけ重いのか。ナイチンゲールは包帯を巻く力を平時の倍込め、

 

「我慢してください。本来であれば四肢を切除し、機械に付け替えるところですが、マスターにそれは止められています。よって、このような応急処置しか出来ないのです。くっ、何と歯痒いことか」

 

「いや普通に死んじゃうから。そりゃ右腕取れたりするけど、少なくとも俺は死ぬから四肢なくなったら。つか同じサーヴァントなんだし、そんなガチガチに治療しなくても大丈夫だよ。それより藤丸のところに行ってやってくれ」

 

「いいえ、それは聞けません。あなたは患者です。であれば、殺してでもあなたを救います。それが私に課せられた任務です」

 

「えっなにちょっとまって? 今殺してでもって言わなかった? 包帯キツく巻いてるのって新手の看護婦絞殺テクニックだったりする? つかサーヴァントになるようなナースさんってこんな殺伐な感じなの? もっとこう、管理人のお姉さん的な包容力溢れる介護とかそういうのを期待してるんですよ俺ってば???」

 

「余り言い触らすものでもありませんが、これでも天使だとよく言われます」

 

 絞殺天使の間違いではなかろうか、とナース姿のお姉さんでイヤンな妄想ばかりするお年頃の上条は思う。死後もなんやかんやでフォーマットは思春期な辺り、仙人とは程遠い精神なのであった。

 

「それに、マスターからあなたへ伝言を預かってます」

 

「んお? 俺に伝言?」

 

「『よくここまで頑張ってくれた、ありがとう。だから今はゆっくり休んで』……だそうです」

 

「……あいつ」

 

 何がありがとうだ、と上条は頬を弛ませる。

 

「誰よりも、一番頑張ったのはあいつだろ。自分を棚にあげるのも大概にしろっての、全く」

 

 だから、

 

「……絶対、勝たせてやらなきゃな」

 

「ええ。そして叱らねばなりません。もう決してあのような弱音は吐かせない、私が全て受けとります」

 

 ぱちん、と最後の包帯を切り、ナイチンゲールが固定し終える。上条は肩を回しながら、立ち上がる。

 そうして、上条当麻は戦場に復帰する。

 

 

 

 

 

「ぐっ、……!!」

 

 魔神柱の光線に、種子の自爆覚悟の突貫。シャドウボーダーは装甲の厚さが売りではあるが、それでも衝撃は殺し切れない。

 

「先輩、ご無事ですか!?」

 

「う、うん……何とかね……」

 

 マシュが咄嗟に藤丸をカバーしなければ、今頃シャドウボーダーから投げ出されていただろう。サーヴァント達は今でも奮闘しているものの、急に相手の動きが変わり、それによってシャドウボーダーは迂回せざるを得ない。

 

『おいおい、何かさっきより敵の数増えてないか!? おいダ・ヴィンチ、ホームズ! 何が起きてんだこれ!?』

 

『ムニエルくんの懸念は最も。恐らくだけど、死者の軍勢(エインヘルヤル)の制御がオティヌスに戻ったんだね。うーむラフムと種子、単純計算で倍は増えてるし、フォーメーションも理想的だ。不味いねこりゃ』

 

『それでサーヴァント達との拮抗が崩れたと。ふむ、由々しき事態とも言うべきかなこれは?』

 

「嬉しそうに笑ってる場合じゃないでしょホームズねえこれ!?」

 

 藤丸が悲鳴をあげる。

 既に孔明と陳宮は姿を消している。後方で殿を任せたのだが、ここにきてその判断が間違っていたのかもしれない。

 ムニエルは、

 

『虞美人まで最短で残り一キロ! だが最短でこれだ! 迂回しながらだとたどり着くまでにサーヴァント達が散り散りになっちまう! そうなったらもうたどり着くどころじゃないってやっば!?』

 

 藤丸達にも見えた。シャドウボーダーを囲うように、魔神柱達が大挙して押し寄せる。その数は八体。ダメだ、どう考えたって直撃は避けられない。

 ならば。せめてマシュの宝具で衝撃を減らそうとした、そのときだった。

 

 

「ーー全く、よくもまあそれで生き残れたものよ、汝は。しかし、なればこそ助力しがいがある」

 

 

 ズバチィッ!!!、と。

 それまでで一番大きな雷が、魔神柱をまとめて焦がし、世界を白熱させた。

 その威力たるや、余波だけでシャドウボーダーが浮かび、それこそ空想樹にまで届くほどだった。

 魔神柱達は煙を出しながら次々に倒れ、残った雷が空間を迸る。

 今の声、そして雷。

 まさかと、藤丸が背後を振り返った。

 そこにいたのは、象だった。

 ただの象ではない。山をも越えるほどの巨躯に、雷雲のように細長く黒い鼻は、紫電が今も充填されている。

 

「……イヴァン、雷帝」

 

「おうとも。息災か、カルデアのマスター」

 

 ロシア異聞帯の王は、ゆっくりと、しかし確かな足取りで行進する。その様はまさに怪獣と言って差し支えない。

 そのすぐ側では、アヴィケブロンの王冠(ケテル)叡知の光(マルクト)が魔神柱を掴んで、ラフムや種子を弾き飛ばしていた。

 しかもそれだけではない。

 シャドウボーダーには既に、異なる二人の王が乗車していた。

 

「ああ、全くだ。あの黄昏を越えて、諦めることなど許されるものか」

 

 スカサハ・スカディ。

 

「まあよいではないか。生を叫ぶあの様こそ、汎人類史の弱さであり強さ。人としての矜持というもの。朕は好きだぞそういうの」

 

 始皇帝。

 今ここに、異聞帯の王達が勢揃いしていた。

 本来であれば絶対にあり得ない光景。あり得ない共闘。これもまた、藤丸立香という縁があってこそ。

 

「……どうして……」

 

 ありがたい、と思うより、まず浮かんだ疑問はそれだった。彼らからすれば、藤丸の考えなど度しがたいの言葉に尽きるだろう。全てを捨てて自分の命を優先するなど、それこそ敗れた彼らよりもずっと醜いもので、それならば別にカルデアが生き残る必要もなく、糾弾することも出来たはずだ。

 しかし、異聞帯の王達は、

 

「どうしても何もない。汝の叫びが我らに届いた。それだけのことよ」

 

「そうだな。お前の声は、私が愛した者達が失った嘆きだ。我々が奪った弱さよ」

 

「まあ、要するにあれだ。我らはそなたを、汎人類史を認め、選んだ。そして世界の終焉と共に見送った。ならばそれを手助けすることに理由などいるまいよ。だってそうであろう? 我々はその生き方に、違う意味を見出だしたのだから」

 

「……みんな……」

 

 ああ、本当に。自分は恵まれていると、藤丸はそう確信した。あれだけの罵詈雑言を吐いて、それでも。彼らは信じてくれている。踏み越えていった藤丸を、汎人類史をまだ信じてくれている。

 

「ありがとう。そしてごめんなさい。本当はきっと、俺が片をつけなきゃいけないことだった」

 

「全くだ。しかし、言ったであろう。だからこそ助力しがいがあるとな。努々忘れるな、カルデアのマスター。我々は強きお前に価値を見出だしたのではない」

 

 イヴァン雷帝はその巨体で全てを踏み潰しながら、

 

「例え弱くとも、他者と繋がり、どんな状況であっても慈しみ合う。その輪をひろげる姿にこそ、お前達に価値はある。有り体に言ってしまえば、()()()()。それが、お前達汎人類史の持つ、最も尊ぶべき力なのだ」

 

「繋がる、力……」

 

 うむ、とスカディがイヴァン雷帝の言葉を続ける。

 

「ここにいる王、全てが成し得なかったものだ。強く、そして孤立していたからこそ、我らはお前のようにはなれなかった。そうあろうとすれば、世界は滅びていたかもしれない、とな」

 

「朕は今でも自分が間違っていたとは思わんがのう。何しろ民は幸せだった故な、うむ」

 

 無粋な横槍にムッと頬を膨らます女神に、しかし、と始皇帝はこう締め括る。

 

「それでも道を譲ったのは、お前達の行く末を信じたからよ、カルデアのマスター。我らを打倒し、その命を踏み越えてなお進むと決めたお前が。お前の信じたものが、我々も好ましい。故に、赦そう。此度の戦い、我らがお前の道を作るとする」

 

「……ええっと、つまり?」

 

 褒められているのは何となく分かるが、つまり助けてくれるってことでいいのだろうか?……と首を捻る藤丸に、ロシアの皇帝は分かりやすく、端的に告げた。

 

「空想樹は任せよ、カルデアのマスター。あれは我らの妄執の残滓。ならば、その決着は我らがつけるのが道理である」

 

「……良いんですか? その……」

 

「良いわけがなかろう。そこの二人はともかく、私はまだあの北欧を諦められそうにないのでな」

 

 スカディは自分を偽らなかった。そして残りの王も、同調はしないが、やはり何処かにそんな気持ちはあるのだろう。

 それでも、と北欧異聞帯を統治した唯一の女神は、

 

「ここには守るべきものも、我が愛が届く対象もない。あんな木偶が立ったところで、そこに住まう命がなければ何の意味もなかろう。であれば、為すべきことは最初から決まっている」

 

 故に、と。

 三人の王はたった一人の少年に告げる。

 

 

「ーーーー進め(・・)。そして、()()()()()()

 

 

 ただ、未来へ、と。

 彼らはそう言った。

 

「……先輩」

 

 マシュが心配そうに、こちらを見る。

……正直に言ってしまえば。彼らの期待に応えられるかなんて、分からない。

 しかし、思ったのだ。

 

「分かりました。だからみんなも、気を付けて」

 

 この人達に恥じない、人間であろうと。藤丸立香は、そう強く思った。

 そして、異聞帯の王達はそれぞれ、己が空想の根を目指し、シャドウボーダーから離れていく。

 

 

 

 

 

 気を付けて、か。イヴァン雷帝はその言葉を反芻しながらも、何処か晴れ晴れとした気持ちで行軍していた。

 英霊の座において聞こえた、あの声。恐らくイヴァン雷帝を初めとした異聞帯の王達であれば、地獄の底でも聞こえてくるに違いない、民の声。

 それがまさか、自分を討ち倒した少年の声だと、誰が最初に気付けただろうか。何の覚悟もなく、それでも進めてしまう少年は、確かに脆かった。しかしあれほど脆いとは、異聞帯の王達も夢にも思わなかったのだ。

 

「ふむ、これはまた随分と機嫌がいいな、ロシアの帝よ。朕の見立てなら、そなたはどちらかと言うと激情家の類いかと思っておったが」

 

「貴様が言えたものではあるまい。完璧を謳う肉体が跳ねているぞ、真人とやら。ちなみに私は単に氷を張って滑っているだけで他意はない」

 

 何処からか聞こえる声は、彼らの能力か。イヴァン雷帝はひたすら歩を進める中で、獣の五感で彼らを確認する。

 スカディは言葉通り、道に氷を張り、その上を優雅に進んでいるようだ。しかしその頭上では、ワルキューレ達が隊列を組み、露払いをしている。

 始皇帝は始皇帝で、本気なのかはわからないが、何故か笑顔でスキップしている。だがそんな彼を守る臣下は多く、李書文と韓信だけではなかった。

 さて、ではそんなイヴァン雷帝はと言うと。

 

「ん? 何故こちらを見て、残念そうに鼻をもたげる。僕が何か気に障ることでも?」

 

 ばごーん!!、としっちゃかめっちゃかに辺りを壊しているのは、アヴィケブロンと彼が操るゴーレムだった。魔神柱などを素材にしたそれは、ややグロテスクな気もするのだが、作った本人はまるで気にしていない。

 そう。仮にもイヴァン雷帝も異聞帯の王。しかし他の異聞帯を見て、彼は思った。

 あれ? もしかして余、部下とか一人もいなくない???

 

親衛隊(オプリチニキ)のせいで忘れていたが、かの異聞帯で、余の味方となるものはいなかったな……」

 

 アナスタシアとその魔術師は、寝首を掻こうとしていたし、手足としてずっと使っていた親衛隊(オプリチニキ)も結局は宝具、つまり自分自身だ。

 無論、イヴァン雷帝はそれが自業自得だと理解している。しかし、

 

「……実際にこう見せられると、いかに余が孤独だったか分かるな。うぅむ……やはりもう少し、親しみやすさでも備えるべきか……身形からして人とは違うわけであるし……」

 

「? 僕には皇帝の気持ちなど分からないが、少なくとも僕のゴーレムと、その巨獣が並び立つ姿にかなり興奮を覚えているんだが。これはそう、マスターの観ていたアニメーションとやらによくあるシチュエーションだ。ゾクゾクする」

 

 そうじゃない。いやまあイヴァン雷帝も、このツーショットには何となく、子供のときに感じた何かを浮かび上がるような気がしなくもないのだが。

 おほん、と空咳をうって、

 

「では魔術師よ、随伴を許す。共にあの樹を切除するぞ」

 

 返答はゴーレムの咆哮だった。

 そして、三人の王はそれぞれの力を発揮する。

 スカサハ=スカディは氷を。

 始皇帝は水銀を。

 そしてイヴァン雷帝を雷をもって。

 

 

「ーー安らかに眠れ、我らが悪夢よ」

 

 

 胸糞悪い後悔を、粉々にぶち壊すーー!

 

 

 

 

 

「すごい……」

 

 みるみる内に削れていく空想樹に、藤丸は頬をひきつらせる。藤丸も毎回切除してはいるが、あのスピードは異常だ。あれでは五分と保たないだろう。種子達が踵を返したところで遅い。むしろ敵が減って、より進みやすくなったところだ。

 

『残り五百メートル!!』

 

 ムニエルの報告と同時に、一回り大きなラフムが姿を見せる。ベル・ラフム。ラフムの進化体だ。四つ足に進化した彼らは、普通のラフムよりも更に速く、鋭く、シャドウボーダーへ近づく。

 しかし、こちらも総力戦だ。そう簡単にやられるつもりはない。

 

「マルタさん、アルジュナ!! 宝具いくからラフムに!! バニヤンは魔神柱を投げ飛ばして!!」

 

 さながらフリスビーのように回転し、轢き潰していく竜と、シヴァの光によって殲滅されるラフム。その横で、バニヤンはその巨体をもって魔神柱を投げ飛ばすと、震動でシャドウボーダーが大きく揺れる。

 しかし、対応出来る。突破出来る。オティヌスを食い止めるために、上条を回収したいところだが、下手に止まることも出来ない今、最早退路はない。

 何とかしがみついていると、そこで藤丸は気付いた。

 

「……あれ、新所長は?」

 

 いつもならこんなところでドンパチやってれば、彼の小言が降ってくるものだが。今日はそれがない。

 

「……ホームズ、新所長は? いるよね?」

 

『勿論いるとも。しかし今は話すべきときではないだろうね』

 

「? どうして?」

 

『彼にも罪悪感があったというわけさ』

 

 ますます意味が分からない。どうしたのだろう、と眉をひそめていると、何やらボーダー内で一悶着起こってるらしく。

 

『おいオッサン、呼ばれてるぞ。素直に出ていけ』

 

『何を言ってるのかね君は!? ほら、ここにいるのはただのシンボル。人類の象徴たる不屈、不死鳥なのだよ? なので新所長などという人物は留守ですお引き取り願いますようん』

 

『うーん、言い訳として見苦しすぎないかなあ、ゴルドルフくん。藤丸くんに言いたいことがあるんだろ? でもいつもみたいに言えないから困ってるんだろ? んー?』

 

『これは探偵としての忠告ですが、こういう話は早めに。小さなしこりが事件に発展することは往々にしてあることです、聡明なあなたならお分かりかと思いますが』

 

『ぬぐぐ……出会う先で事件と出会う探偵に言われると説得力が段違い……分かった、分かりましたよ!! ほらどけどけ、私が話すんだから!!』

 

 ばたばたっ!、と騒がしく映像に映り込んだのは、いつも通り小太りの新所長だった。しかし、

 

「新所長?」

 

『……あー。その、なんだ。聞いたぞ、お前の本音を』

 

 やはり歯切れが悪そうに見える。ブロンドのちょび髭も、心なしか垂れていた。

 

『魔術師であり、私のような冷酷人間としては、その。確かに聞くに堪えん言葉だったとも。足りんのはもう少し皮肉にフックを効かせるところだ、ゴッフパンチならぬゴッフックをね。うむ』

 

 こんなときでもジョークを欠かさない彼に、ムニエルが肘で小突く。流石のゴルドルフもそれで観念したのだろう、一度天を仰ぎ、そして、

 

『……お前達にあーだこーだ指示する前に、私はまず、こう言うべきだった。()()()()()()、藤丸立香』

 

「え?」

 

 突然のことに、藤丸は目をぱちぱちと開く。すると、ゴルドルフはそれこそ土下座でもしそうな勢いで、

 

『確かに、今でこそ私はこのカルデアの新所長となった。しかし当初の私は、コヤンスカヤくんに絆されてカルデアに隙を作らせた。私の横槍が無ければ、その……少なくともダ・ヴィンチは……』

 

「……新所長……」

 

 ああ、やっぱり。この人は。

 

「……新所長って、ほんといい人ですよね」

 

『はぁ!? ど、何処がだね君ィ!?』

 

 恐らく、藤丸の本音を聞いてからずっと気に病んでいたのだろう。ゴルドルフはそれまでの沈黙分を返済するかのように、

 

『私はただ、事実と事実を擦り合わせて、そこからきちんと謝罪すべきだと思っただけであってだねえ……! 別にお前が潰れようが知ったことではないし、何なら一回へこたれればその生意気な口も治るのではないか?と考えていたがやはりお前が折れてしまうと結局困るというか……!』

 

「だって、別に言わなくてもよかったじゃないですか、そんなこと」

 

 ゴルドルフは目を丸くする。

 そう。藤丸は正直な話、さっきまでそのことに気づいていなかった。

 確かにゴルドルフがいなければ、カルデアが崩壊することはなかったのかもしれない。けれど、事はそう単純じゃなかったはずだ。

 

「あなたがいなくても、きっと誰かがカルデアを買っていたし。そもそもカルデアを買収するよう仕向けたのはコヤンスカヤだ。実際あなたが手を下したわけでもないし、きっとあなたが応じなかったら、それこそ他の誰かに同じことをやらせていたと思います」

 

『し、しかしだな……!?』

 

「それに、あなたは今まで俺達と戦ってきてくれた。小言を降らせたり、たまに不満を言ったりもしたけど、最後の最後で、あなたは間違えなかった……それは確かなんです、ゴルドルフ新所長」

 

 きっと、彼なりに覚悟していたのかもしれない。それこそ罵倒されることすらも、受け入れる姿勢だったのだろう。

 そんなわけがないのに。

……今なら、胸を張って藤丸は言える。

 

「ダ・ヴィンチちゃんの後釜が、あなたでよかった。ゴルドルフ新所長」

 

 ゴルドルフは言葉を発することが出来なかった。唇をわなわなと震わせて、ただ最後にぽつりと。こんなことを呟いた。

 

『……それはお前も同じだ、藤丸立香。お前だからこそ、ここまで来れた。だから、勝て』

 

 拳を握り締めて、彼は力説する。

 

『勝って、帰ってこい! 司令官として言えることなんて、いつも通りそれだけだ。いいな、お前にはやるべきことがまだ山ほどある!!』

 

「はい……絶対、勝ちます!!」

 

 藤丸はそう言い切ると、意識を正面に割く。

 残り三百メートル。ここまで来れば、藤丸の視力でも目標が見えた。

 

「……」

 

 漆黒と黄金が混じる空の下、瓦礫の山に座り込むのは、異聞帯の王。

 虞美人。そして魔神オティヌス。

 とうとうここまで追い詰めた、と藤丸は確信する。あちらも同じことを考えたのか、声だけが人類最後のマスターの耳に届く。

 

『まさかここまでとはな。驚いたよ』 

 

「……もう終わりだ、オティヌス。虞美人」

 

 背後で続く戦いは拮抗していた。今なら邪魔もない。

 

「ここで決着をつける。どっちが正しいかなんて関係ない。ただ、こんな世界のために俺が死ななきゃいけないっていうなら。俺は全力で、お前達を打ち倒す」

 

『……は、』

 

 瓦礫に寄りかかっていた虞美人が、ゆら、と今にも倒れそうになりながら立ち上がる。黒真珠のごとく輝きを放っていた黒髪が乱れに乱れ、まるで落武者のようである。

 

『まさか、勝ったと、でも? こんな、たかが英霊が集まったところで……私に、勝つだと? 笑わ、せるな。私には、まだ』

 

『取り繕ったところで良いこともあるまい。こういうときは素直に認める方が楽になれるぞ、マスター』

 

 意外にも、そう言ったのはオティヌスだ。

 

『元々私は主神の槍(グングニル)で魔神の力を制御しなければ、その力に振り回され、何かの拍子で腕が取れていたほどだ。いくらその精度を高めても、これだけ繰り返した今、百パーセント扱えない魔神の力には頼れない。これ以上使えば、いつかハズレを引く可能性もあるしな』

 

 はぁ、とオティヌスはため息をつく。

 それは自棄になったようにも、見える。しかしそうではないと、藤丸は見破っている。

 

「……どうしてそんなことを教える?」

 

『ここまできた褒美だ。いやまさかだよ、あの人間の真似事をお前が出来るとは。だが』

 

 むしろ逆だ。

 隻眼の魔神が、ジロ、とねめつける。

 

 

「ーーーー見くびるなよ、人間ども。今すぐ埃みたいに吹き飛ばされたいのか?」

 

 

 ず、と。見えない圧が、オティヌスから叩きつけられる。それは藤丸が今まで感じたどんな敵よりも濃厚で、圧倒的で、そして、重い。

 殺気ではない。単なる怒気。しかしそれは、世界に震えとなって伝わり、風となって吹き付ける。

 存在としての格が違う。

 これが魔神。あらゆる世界を手中に収め、それを自由に扱う、魔術の神。

 

「……っ、!」

 

 しかし。

 藤丸は退かない。その風を、怒りを、真っ正面から受け入れてなお、立ち向かうことを選ぶ。

 それで、オティヌスは何かを決めたらしい。

 

『……マスター、()()()使()()。いいな?』

 

『ええ。こうなったらもういいわ。全て吹き飛ばしなさい、オティヌス』

 

 宝具。その言葉でシャドウボーダーが色めき立っている様子が藤丸には聞こえてくるが、続くオティヌスの行動に目を見開いた。

 何故なら、彼女は主神の槍(グングニル)()()()()()()()

 

「なに、を……?」

 

 上条の言葉通りなら、あの槍は彼女の力を扱うための霊装だ。ならばそれを使用した絶技こそ、宝具なのではないのか?

 そして。

 オティヌスの胸元から、十字架の杭のような光が、飛び出した。

 

 

 

 

 

 そのとき。

 異聞帯の王達は、その光を見た。

 

「……なんだ、あれは……?」

 

 それは、何とも形容しがたい光だった。オティヌスを中心に、世界に広がっていくのは、紋様のようにも、翼のようにも、花のようにも見えたし、そのどれでもない気がした。まるで世界に亀裂を入れるかのようなそれは、何処までも遠くの世界にまで根付いていく。

 しかしそれでも、その正体が何であろうと、彼らは感じ取ったはずだ。

 あれこそ、この世界に終末をもたらすものだと。

 何よりスカサハ=スカディは、その他の王とは違う印象を、その光に見ていた。

 

 

「……あれは、()……? いや、あれがオティヌスならば、あれの正体はまさか……!?」

 

 

 

 

 

 

 そのとき。

 上条当麻は包帯でぐるぐる巻きになった体で、ひた走っていた。負傷者を救出するためナイチンゲールと別れてから、英霊達に助けてもらいつつ、何とかここまで来た。

 体力は底をつきかけているが、藤丸だって戦っている。なら、サーヴァントが先に根を上げるわけにはいかないと、再び走り出そうとするのだが。

 そのとき、見た。

 

「……? あれ、は……?」

 

 迸る目映い光。それは数秒間の間に、あっという間に地平線の先まで広がっていく。それはまるで天体を塗り替えるような規模で、しかし壁紙を張り替えるような手軽さで世界へ広がっていく。

 

「……不味い」

 

 見覚えがある、なんてものではない。

 もしも上条の思い通りなら、この先に待つのは()()だ。

 このままでは追い付けないと、上条が辺りを見回し、そして見つけた。

 背後でゆっくりと行軍するマンモス皇帝を。

 

 

 

 

 

 藤丸は動けなかった。それに恐怖したからではない。ただ、その光に見惚れたのだ。

 その破滅的なまでに、世界を破壊するでろう、終焉の光に。

 ムニエルが悲鳴をあげる。

 

『おい……! おいおい、おいおいおいおいおい!? なんっ、なんだありゃあ!? あの光、地球どころの騒ぎじゃねぇ! たった数十秒で宇宙どころか太陽系まで伸びてるぞ!? なんなんだよありゃ!?』

 

『ええい、一度虚数潜航で待避だ!! あれが何をするにせよ、あの空間なら何だって回避出来るだろう!?』

 

『いやー、それはどうかなあゴルドルフくん。計器が故障してなきゃ、あれの熱量は虚数空間にも届きかねない。というか、虚数空間ごと吹っ飛ばすねありゃ』

 

『はい!?!?』

 

 ゴルドルフみたいに叫べるならいいが、今はそれどころではない。マシュ共々、目の前のオーロラにも近い光の波に、呑まれる。

 

『まずはあれの正体を知らねばいけないだろう。しかし、手掛かりとなる北欧神話において、オーディンにもオティヌスにもこれに該当するものはない。これは一体……』

 

『聞こえるか、藤丸!?』

 

 と。最後に飛び込んだ声で、藤丸は我を取り戻した。

 

「上条……?」

 

『ああそうだ!! いいか、よく聞け!! それを絶対()()()()()()()!! でも()()()()()()()()!! 回避しろ!! いいか、絶対に避けるんだぞ!!』

 

 それはどういうことなのか。いや、そもそもあれは何なのか。

 混乱と困惑が藤丸の中でせめぎ合う間に、決定的に動いた。

 藤丸達を追い抜いて現れた、異聞帯の王と。

 バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ……!!、という破砕音が、オティヌスから鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 それは、果たしてどこから響くものだったか。オティヌスの体か、それとも世界そのものか。ともあれ魔術の神は光を伴い、ふわ、と浮かんだ。

 主神の槍を失うことで、解禁される宝具。一見それは弱体化にも見えるが、違う。

 

「神座、接続。()()可能性、百パーセント」

 

 かつて魔術の神として、大罪人として名を轟かせたとき。オティヌスは既に槍を失っていた。つまり魔神オティヌスにとって、そもそも槍とは付属品の一つに過ぎない。

 だからこそ、破壊ではなく吸収。

 妖精化。かつて魔神オティヌスを死に至らしめた術式であり、今なお十字架の光として残る罪の証。しかし、それを窓口にすることで、

 

 

「ここにーー魔術の神は再誕する」

 

 

 今、魔術の神は真の意味で完成した。

 

 

「幸せを忘れよう」

 

 

 それは、世界を終わらせる創造。

 

 

「夢を仕舞おう」

 

 

 それは、あらゆる苦しみを取り除く、十の矢。

 

 

「そしてーー理解を、遠ざけよう」

 

 

 魔術の神は右手を伸ばす。

 奇しくも、あの少年と同じ。

 軋む。

 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ、と。

 世界が、軋む。

 曰く。

 オーディンではなく、オティヌスと呼ばれる神は、とある武器を持っていた。

 一度に十本もの矢をつがえ、どんな敵であろうと撃ち抜く、弩を。

 世界に結び付いた光が蠢く。それは世界を軋ませ、引き裂くように、莫大な力を蓄える。

 つまり。

 

 世界(ソレ)が、彼女の弩だった。

 

 

 

「ーーーー理解者亡き、漆黒の世界(いしゆみ)

 

 

 そして。

 絶望が世界へ降り注ぎ。

 

 ()()()()が、この世から消し飛ばされた。

 

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