【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム 作:388859
「サーヴァントの消失を複数確認! 接続した霊基トランクと照らし合わせると、百以上の英霊が消失!……信じられねえ、仮にも一級の英霊達だぞ!? 本当に埃みたいに跡形もなく消し飛ばしやがった!!」
「シャドウボーダー、直撃こそ免れたものの、各機能が四十パーセントまで低下! 多重結界、及び装甲板に損傷多数!!
ゴルドルフは、目の前の光景が信じられなかった。そしてそれは、ゴルドルフだけではない。幾つもの世界を旅し、そして世界を救ってきた彼らカルデア一同、全員がその光景に理解を拒みそうになっている。
オティヌスの宝具、
一瞬だった。
オティヌスの矢は、直前で滑り込んだイヴァン雷帝の巨体の三分の二を削り取り、更には始皇帝の水銀による守護や、スカディの氷ですら減退せず、更には背後で戦っていた英霊達、ラフムや魔神柱すら穿つと、そのまま矢は空間を突き抜け、真っ暗な穴を作り上げた。
まるで世界なんてガラスで覆われただけだと、そんな錯覚に陥る。
一瞬で起きたそれに、理解が追い付かない。
……一体、何が起きた?
ついに追い詰めたのに、何故、こちらが半壊している……!?
「お、おい……な、何がどうなってる……!? 藤丸は? サーヴァントは!? 早く安否の確認をしろ!!」
「分かってるよオッサン! でも磁場が酷い! 生きてるのは確かだけど、五体満足かまでは……!!」
シャドウボーダーは既に、オティヌスから全力で離れている。しかしそんなものでどう安心しろと言うのか。銀河系の端まで逃げたって、世界に結び付いた光の翼からは逃げられない。あれは寸分違わず、目標を消し飛ばすだろう。
忙しなく計器やコンソールを動かしていたダ・ヴィンチが、これまでで一番焦燥に駆られていた。
「信じられない……こんなことがあり得るのか……? 逐一観測してこれなら、疑いようもないけれど……それにしたってこんな……」
「だ、ダ・ヴィンチ! 何か分かってるなら言え!! 一体どうなったんだッ!?」
「聞きたくなかったと言うかもしれないけど、そうだね。端的に言えば、さっきの宝具でこの
「……は?」
滅、ぶ?
余りのことにゴルドルフは、ダ・ヴィンチの気が狂ったのかと勘違いしそうになった。しかし違う。現に隣でデータを眺めたホームズも、さながら凄惨な殺人現場を目撃したかのような渋い顔をしている。
「あれは例えるなら、弾丸だよ。ほら、よく窓ガラスなんかを撃ち抜いた弾丸はその威力の強さから、衝撃が伝播する前に突き抜けるだろ? あれと同じさ。あの矢は一発一発が、世界を文字通り破滅させるもの。現に突き抜けた先の空間は、跡形もなく
築き上げた価値観が、ボロボロと脆く崩れていくのを、全員が感じた。今まで懸命に乗り越えてきた障害が、まるで赤子の遊びのように思えてくる。
これが魔神。魔術を極めた神。世界の法則をねじ曲げることに特化した結果、神と呼ばれる領域にまで足を踏み入れた本物の理不尽。
「……理論上、あれを防げる盾はない。かつてゲーティアの宝具すら防ぎ切ったマシュだって、恐らくは盾ごと消し飛ばされるだろうね。あらゆる宝具、あらゆる兵器、その全てを束ねても、あれの一射には届かない」
「そんなこと言ってる場合か!? ならボーダーの外にいる藤丸は!? サーヴァントはともかく、奴は普通の人間だぞ! そんなデタラメの側にいたら……!!」
最悪の結果がボーダー内の人間に過る中、ダ・ヴィンチが操作していたコンソールから、それまでとは違う音が鳴った。どうやらボーダーの機能が一部回復したらしい。
「よし、通信再接続……! 藤丸くん? 私の声が聞こえるかい、藤丸くん!?」
「……ぅ、……」
一体、どれだけ眠っていただろう。
数秒のようにも、数時間にも思えるその微睡みが、徐々に浮かび上がる疑問で、現実へと引き戻される。
何が、どうなった?
「……みん、な……?」
薄らぐ意識を繋ぎ止め、何とか藤丸は直前の出来事を思い出す。
そう、あのとき。オティヌスの宝具が撃たれる寸前で、イヴァン雷帝達が割って入り、そして消し飛ばされた。その余波で藤丸も同じ末路を辿りかけたものの、シャドウボーダーから落ちたのが幸いだったのだろう。あちこち打撲や、切って血が滲んでいたものの、それくらいで済んだ。
そして、今。藤丸は誰かに抱えられて、生きている。
「……君、は……?」
揺れる視界の中、自分を助けてくれた相手を認識し、藤丸は驚いた。
少年を抱えるのは、首の無い騎士だった。その手を決して離さぬようにと、騎士の腕は主の体を掴んでいる。その下からは、深い青の体毛が藤丸を包んでいた。
三メートルを越える大狼。アヴェンジャーである彼らは、首なし騎士をヘシアン、大狼がロボ。恐らくカルデアで召喚されたサーヴァントにおいて、人間そのものを心底憎悪している数少ないサーヴァント。
「……ロボ、ヘシアン」
名前を呼ぶと、狼王は鬱陶しそうに唸り声をあげ、首なし騎士は迫る敵を片手に握った鎌で斬り捨てた。死者の軍勢もあの矢に巻き込まれはしたものの、未だ藤丸には迫る影が幾つもある。
藤丸としても、まさか彼らが助けてくれるとは思っていなかった。付き合いはそれなりに長いものの、普段は洞窟を住処としているサーヴァント。異聞帯の王とは違い、未だ完全な意思疏通は出来ていないのだ。
『藤丸くん? 私の声が聞こえるかい、藤丸くん!?』
「……ダ・ヴィンチちゃん?」
藤丸は起きて、ヘシアンに体を預けながら返答。すると通信の向こうから、安堵した空気が伝わってきた。
『ああよかった! 反応が大分後方にあるから焦ったよ! いやーまさかボーダーから落ちてたなんて……』
「うん。ヘシアン・ロボが助けてくれたんだ」
『へえ、彼らが? 珍しいこともあるもんだ……って、むむむ。ということは、マシュとはぐれちゃったのか……』
「……そうだ。マシュは、上条は!? 他のみんなはどうなったの!?」
すると、ダ・ヴィンチは端的に状況を説明した。サーヴァント達の過半数が今の攻撃で消えたこと。マシュも反応はあるが、現在地までは分からないということ。
「……上条は?」
『それは君から念話した方がいいかもしれないね。術式は既に構築して、礼装に送ってある。オープンチャンネルだから、こちらとの情報も共有出来るよ』
「ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん」
通信をひとまず切り、藤丸は礼装の魔術を確認。新しく送られた念話の魔術に魔力を注ぐと、術式を発動させる。
「上条、無事? 今どこにいるんだ?」
『……、げろ……』
「? 上条?」
狼王が風を切る中、念話がようやく安定し、その声は聞こえてきた。
『ーーすぐに二発目と三発目がくるぞ!! 早くそこから逃げろ、藤丸ッ!!』
マシュ・キリエライトは、滝のような汗を流して、それを見据えていた。
運よく他のサーヴァント達と合流していた彼女は、ボーダーともマスターともはぐれてしまったものの、むしろ合流したサーヴァント達は実に心強い。
レオニダス一世、ジャンヌダルク、アキレウス、ブーディカ……どの人物も、防御系の宝具を所持するサーヴァントである。その性能はマシュも知っており、例え何があっても、彼らが同時に宝具を展開すれば、どんな攻撃であろうと一度は防げるだろうと思っていた。
しかし、
(……、
絶対などない。そんな当たり前のことを、今更マシュは思い出してしまった。
光の翼。世界につがえた、矢の軋む音。来る。三桁もの英霊達を一度に吹き飛ばしたあの攻撃が。恐らく、逃げも隠れも出来ない、そんな絶望的な終わりが。
「マシュ殿、お逃げください。あなたには、マスターを守る役目があるでしょう」
「……それは出来ません、レオニダス王。あれは、多分私を狙っています。感じるんです。虞美人の、ヒナコさんの意志を」
逃げも隠れも出来ない。どう行動したところで、今のマシュ・キリエライトではあれを対処出来ない。唯一方法があるとすれば、それは。
「私がマスターに近づかなければ。少なくとも、それで先輩の身は守られます。あとは私があの攻撃を防ぎ切れば良いだけです」
防げるわけがないのに、防いでみせるという矛盾。それは単なる傲慢ではない。マシュ一人では確かに無理だろう。
しかしここにいるのは、盾のクラスである彼女が、守護において認めるサーヴァント達。
「皆さんとなら、きっとあの攻撃を防げます。ですから、私に力を貸してください。お願いします!!」
「……言われなくとも」
レオニダス一世は槍と盾を自身の前で構え、
「元よりそのつもりです。我らはサーヴァント、主の守護のためならば!! この命、惜しむ理由が何処にありましょうや!!」
スパルタ王の言葉に、サーヴァント達は頷く。
ならば、もう迷うことはない。矛盾、その永久に出ることの無い答えを、今この場で出すとしよう。
盾の英霊が魔力を練り始めた途端、それに倣ってサーヴァント達が宝具を展開する。
「
「
展開される防壁。一枚、二枚、三枚。まだまだ増えていく中で、盾の英霊は詠唱を始める。
「我が旗よ!! 我が同胞を守りたまえ!!
「
「真名、凍結展開。これは多くの道、多くの願いを受けた幻想の城ーー呼応せよ!!」
ゴンッ!!、と。勢いよく盾を地面に叩きつけ、マシュ・キリエライトは、その宝具を顕現させる。
「ーー
それは虫にでも食われたように、破損の激しい白亜の城。崩れ去ったかつての栄光は、現実の残酷さに耐えきれないのか、今にも瓦解してしまいそうだ。
しかし、それを覆う数多の英霊達の宝具により、その守りはいかなる矛をも通さぬ強固な盾と化す。
ぎぎぎぎぎぎぎ、と。軋み続ける世界がひずみ、雲が川のように流れていく。空間がひび割れていくんじゃないかと思ってしまうほど。
弩の狙いは言うまでもなく藤丸だろう。しかし上条は二発目三発目と言った。今の藤丸はサーヴァント一人の背に乗っただけであり、一発撃てばそれで済む。なら、二発目は誰に向けて放たれるものなのか?
「……マシュ……!!」
ヘシアン・ロボに乗った藤丸は、ダ・ヴィンチから受け取った反応を頼りに走り続ける。しかしダメだ。間に合わない。ヘシアン・ロボの秀でた脚力でも、例え間に合ってもそこから逃げるまでの時間がない。
「くそっ、そもそもあれをどうやって避ける!? マシュ達どころか俺達も避けられるかどうか……!!」
不満そうにロボが吠えるが、事実今の藤丸が率いるサーヴァント達に弩を完封出来る者はいない。遠くで宝具を展開し、弩を防ごうとしている彼らすらそうだ。
一度目はイヴァン雷帝達のおかげで避けられた。それでも三桁である。
なら、藤丸単身で避けられるわけがない。
どうする。
シャドウボーダーは巻き込めない。上条だってあの攻撃で生前死んだと言っていた、迂闊には頼れない。
どうする。
どうする……!?
「……、え?」
と。思い悩む藤丸の頭に、ぽん、と。誰かの手が置かれた。
首なし騎士……ヘシアンだ。優しく頭を撫でるそれは、まるで藤丸を落ち着かせようとするようだった。
思わず見上げるが、首がない以上、彼の表情など分かるはずもない。困った藤丸は、そのままロボに視線を向ける。
「……、ロボ?」
名前を呼んでも、知るか、と言わんばかりに狼王は首を動かす。だが藤丸の見間違いでなければ。
復讐に身を焦がした大狼が、一瞬だけ。笑っていたように、思えた。
「ヘシアン、ロボが今……、」
笑っていた、と言いかけたときだった。
首なし騎士が、藤丸を投げた。
「……へ……?」
藤丸の体が、彼らから離れていく。空中だからこそ、もがくことも出来ず、ヘシアンの並外れた膂力で投擲された体は、あっという間に距離を離される。
どうして、だなんて脳は理解していた。弩が放たれた。だからヘシアンは藤丸を投げた。自分を踏み台にしてでも、生き残らせるために。
「ヘシアンっ、ロボっ!!」
浮かんだまま、手を伸ばそうとする。そんなことに意味はないのに、伸ばさずにはいられない。しかしそれを遮るように、狼王が一際大きく吠えた。
遠吠えは短く。されど、その遠吠えは何処までも遠くまで響く。
「……、ごめんっ……」
込み上げる涙が情けなかった。藤丸は、
「ごめん……ごめんっ、ごめん……!! 俺、君達が何を伝えたいのか、全く分からない!! マスターなのに、一年以上一緒だったのに!! 今こうやって、助けてくれた君達の声すら、俺には一つも分かってあげられない……!!」
果たして、この言葉すら伝わっているのか。所詮人と獣、意思の疎通など最初からあり得ない。
だからそれも、ただの幻影だったのかもしれない。
だけど。
「……」
確かに藤丸立香は、見たのだ。
彼らが、笑って。自分を見送るところを。
大丈夫だとーーそう言っているように、聞こえたのだ。
笑うなんて、本当に久しぶりだった。嗤うことはあったとしても、この体になってから笑うことはなかった。
そう言えば丁度、こんな荒野に似た遥か彼方で、よく誰かに笑っていた気がする。泣いていた誰かに、大丈夫だと、安心させるように。
そう。泣かれるのは、困る。例えそれが分かり合うことのない相手であっても。だから駆け付けて、笑ってみた。
なのにあれは未だ泣いている。申し訳なさそうに、自分がまた生き残ってしまう罪悪感に、理解してやれないことに。
相変わらず人間らしい傲慢だ。獣は知っている。あれはずっと媚びを売って生きてきたと言っていたが、それだけではないことを。例えそうだとしても、その媚びは、誰かを思うからこそ、そうありたいと願う目標だったことを。
だからこそ、獣は叫び、笑ったのだ。
獣にだってそれが分かるのだから、人相手なら十二分に伝わっている。安心しろ、と。
……この言葉が伝わることは、未来永劫無いのだろうけど。きっと、あの人間は、そんな自分に価値を見出だせないかもしれないけれど。
それでも、言ってやらねばならない。
吠えろ、生きろ、噛み砕け、滅びろ。
守れ、と。
笑って諭すように。最期まで、獣は叫び続けた。
そして藤丸は、笑っていた誰かが、矢に削り取られる瞬間を目撃した。
まるでアイスクリームがスクーパーで削られるみたいに、確実に形のある遺体は残らない、そんな死だった。
「……ああ、ちくしょう……」
それで思い出した。
自分がどうやって生き残ってきたのか。どうやって歩き続けてこられたのかを。
それを再現してくれた彼らのおかげで。
だから。
藤丸は右手の令呪を掲げた。
「……令呪をもって命ず。来い、シールダー!!」
令呪が一画消費され、遠く離れていたマシュが、空間の軛から外れて召喚される。いきなり浮かんだ状態で召喚されたことに、彼女は酷く驚いた様子で、
「……令呪による空間転移? 先輩、これは……!?」
「ごめん、説明は後!! 今は着地お願い!!」
英霊による全力の投擲で、藤丸の体はたっぷり浮かんだが、同時に人間ならばまず落ちれば怪我をする程度の高さから落下している。
マシュが各部からバーニアを噴かしながら、藤丸を抱き止め、着地点を探そうとしたそのときだった。
「…! 先輩、あれを!」
「え、なにが……!?」
藤丸とマシュ、両側から。
くん、と。二発目、三発目の弩が、一通りサーヴァント達を殺してから、鎌首をもたげるようにこちらへと追尾してくるーー!!
「……ち、くしょう……!」
脱出不可。回避不可。それこそ、時間でも逆転しなければ届かない必殺の領域。
であれば。時間停止にも等しい速度が必要だ。
藤丸はマシュの胸の中で、その名を叫んだ。
「……っ、巌窟王ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「ーーーークハハハハハハハハハッ!! オレを!! 呼んだな!! 藤丸立香!!」
毒炎を撒き散らし、雷よりも早く空を駆けたのは、巌窟王エドモン・ダンテスだった。
藤丸は高笑いを続けるサーヴァントに、ただ一言告げる。
「任せた!!」
「承知したマスター! ならばオレは虎の如く駆けるのみ!!
一瞬だった。巌窟王の宝具が発動したと藤丸が認識したときには加速し、首根っこを掴まれて地上に着地。背後で二つの
空間が捻れ、弾ける。さながらブラックホールのような黒点が作り出され、その飛び抜けた威力に、藤丸達は地面を転がった。吹き荒れる風だけで嵐が巻き起こり、体が巻き上がりそうになる。巌窟王が咄嗟に覆い被さることがなければ、とっくに藤丸はボール感覚で転がっていたに違いない。
十秒ほどそうして、やっと、尻餅をついたまま息を吐いた。
「何とか、生き残った……?」
「はい……しかし、サーヴァントの皆さんが……」
二人を守るために消えたサーヴァント達は、十人ほど。
この調子で行けば、あっという間にサーヴァント達は全滅だろう。そして藤丸は、弩についても上条から聞いていた。
「……あの宝具、上条の言葉が正しいなら、少なくともあと七本は残ってる。ダ・ヴィンチちゃん、サーヴァント達の残り人数は?」
『こちらの残存サーヴァントは七十人と少し。三本で過半数が消し飛ばされたとなると、このままなら多く見積もっても八本目以降が越えられないね……』
「うん。
言ってみて、吐き気がする。いつもしていることなのに、改めてその度しがたい行為を直視すると胃からせり上がってくるものがあった。そして流石にこんな言い方をすれば、目敏いマシュは気付く。
「……先輩? 何を、言ってるんですか……?」
「ごめんマシュ。あとでちゃんと話す。だから、今は少し待ってて」
話すべき相手は他にいる。藤丸は立ち上がって、地平線をねめつけた。
光の紋様の根元。恐らく今もこちらに狙いを定めている相手を。
「……これがアンタ達の狙いか。虞美人、オティヌス」
『あら、何のことかしら』
声は近く。しかしいかなる術か、姿形が見えない彼女の声は、確かに藤丸にはすぐ側から聞こえた。
「惚けるなよ。さっきの矢、俺じゃなくてマシュ達を攻撃したのは、その分多くサーヴァントを殺せたからだろ」
あのときは自分なんて一発で殺せるからと思っていたが、よく考えればそれは可笑しい。殺すなら確実にやればいいだろうに、隙だらけの本命を無視して、わざわざ手駒から削ぎ落としたのは?
「俺に無力感を味合わせるため。いつもみたいに、守れなかったって思わせるためだろ」
『……へえ。流石にあんな露骨な攻撃すれば、あなたでも分かるのね。そうよ。あなたを追い詰めるために、わざとサーヴァント達を殺した。あなたの得意技でしょう、誰かの死体を踏み越えるの?』
「……ふざけやがって」
確かに、これは悪趣味だ。
英霊達は誰も彼も、藤丸立香のような人間より誰かのためになれる存在だ。多くの人を救える存在だ。なのに藤丸一人のために、その命を投げ出すだなんて、間違っているとしか思えない。
『ほら、歩き続けなさい。私を倒すんでしょう? 大軍を引き連れて、私を殺すのでしょう? だったらほら、今すぐ殺しにきなさい。私を殺したければ、全てをかけてごらんなさいな』
「……酷い」
マシュが思わず、そう呟いた。
進めば、ここまで助けに来てくれた仲間は死に。退けば、誰も生き残らない。
どうあれまた藤丸は死体を踏み越える。それも今度は顔見知りどころか、戦友のその全てを、失って。
「……なるほどな、考えたもんだ。いや驚いた。アンタすげえよ。そんなに俺が憎いか、虞美人?」
『当たり前よ。お前を殺すことだけを考えて、私はここまで来た。お前が苦しんでいるという事実が、私を奮い立たせてくれる……!』
虞美人はこれまでを思い出し、声を上擦らせて語る。
『お前のせいだ……お前さえ、お前さえいなければ、私は!! ここまで堕ちることも、苦しむこともなかったのに!! お前が、お前が……!!』
ああ、と藤丸は思う。きっと、彼女がここまで歪んでしまったのは。こんな酷い怪物に追い込んだのは、確かに藤丸立香せいでもあるのだろう。こんな道を選んだのは彼女だけど、こんなやり方でしか満たされなくなってしまうほど、死を繰り返したのは、全ては藤丸立香への復讐だ。
何も変わらない。藤丸は自身の命のために、虞美人は項羽への愛で、世界を踏み潰した。
だからこそ。
藤丸立香はこの怪物を、止めらなければいけない。
「……サーヴァントのみんな。一つ、お願いがある。藤丸立香として、お願いがある」
口の中が乾いていく。喉まで出かかった言葉の意味を何度も確認し、藤丸はそれを正しく飲み込むと、前だけを見て告げた。
「俺のために。
「っ、な……!?」
『……なに……!?』
マシュと、そして遠く離れた虞美人が狼狽する。まさかこんな言葉が出てくるだなんて予想もつかなかったか。
しかし、藤丸はむしろ当然と言わんばかりに、
「今更驚くこともないだろ。俺は自分の命のためなら、自分以外の全てを捨てた奴だぞ。今更こんなことで止まれるほど、人間出来てねぇんだよ」
『貴、様……! 一体何処まで私を侮辱して……!!』
オティヌスの弩が光り輝き、世界が軋んでいく。残り七本。絶望的な光が、たった一人の少年の全てへ照準を合わせる。
それでも、関係ない。
勝つためなら手段は選ばない。そうして生きてきた。それなら。誰かの死体を踏み越えてでも生きると、そう決めたのだから。
「……先輩……」
「ごめん。俺、こんな人間なんだ」
背後にいる後輩の顔が、今の藤丸には見れなかった。こんなことをして先輩面出来るほど、藤丸は厚顔な人間ではない。
「マシュは離れてた方がいい。俺、必要なら多分、マシュのことも踏み越える。事実、前に踏み越えて、世界を救った。俺はそういう人間だ。だから」
「側にいない方がいい、と?」
頷くと、マシュが背後から、触れあうようにその手を握ってきた。両手で、いつまでも無くさないように、彼女はその手を絡ませる。
「……いいえ。私はあなたの側にいます。例え何があろうと、その果てがどうなろうと。先輩を、一人になんて絶対に出来ません」
だから。マシュは笑顔で、
「必ず、あなたのことは私が守ります。シールダーのサーヴァントとして、その責務を必ず果たします」
「おうとも。アンタのためなら、オレ達が死んでやるさ、大将」
ぶるるん、と嘶きのような排気音を轟かせて現れたのは、サングラスに金髪の偉丈夫、ゴールデンこと坂田金時だった。愛機であるベアー号に跨がった彼の側には、残った英霊達が続々と集まってきている。
藤丸立香の命に集った彼らの目に、些かの躊躇もない。
「元々オレらは死人だぜ? そんな風に自分を悪者にするこたぁねえさ。オレも、ここに集まったバカども全員がそうジャンよ。みんなアンタのためなら、命を差し出して……つっても、それが嫌なアンタからすれば、どう反応すればいいかわかんねぇか。あー、つまりだな」
金時は鼻の頭を擦り、
「
「……、」
結局。
例えどれだけの英霊が集まろうと、奇跡が起きようと。藤丸立香に許される戦いは、初めからこれだけだった。
それを知らず知らずに行ってきた今までも、その意味を正しく知って進み続けることも、本当に罪深いのだろう。
けれど、やっぱりこれしかないのだ。
だからこそ。
藤丸立香は英霊達に、こう言った。
「……ごめん。みんなの命、俺に使わせてくれ」
「おう。使ってくれや、マスター」
ゴールデンが後部座席を親指で差す。それに同意を示すサーヴァント達。
腹は決まった。
『……お前、達……』
「……言ったろ、虞美人。今更綺麗事なんて言ってんじゃねえ」
ならば行こう。
全てを踏み越えて、その先へ。
「全部出し切れよ。そしてお前の憎しみすら踏み越えて、俺は元の世界に帰ってやる。必ずだ!!」
そのとき。
魔神オティヌスは静かに、自身の体に耳を澄ませていた。パキパキパキパキ、という異音。それは胸に刺さっている十字架の杭から響く、崩壊の音だった。
オティヌスの死因は、その妖精化。つまり宝具を使えば、逸話によってオティヌスは崩壊する。自然なことだった。
(いつ味わっても、嫌なものだな)
体の節々がほどけ、パラパラと空中へ舞う。絶対的な勝ちすら捨てて、放つ宝具。
オティヌスの目的はあくまで上条ともう一度会うことだ。ならば、そもそもここまでする必要なんて何処にもなかった。
だが、
「……またアテが外れたな、マスター。どうあれ、ヤツを精神的に追い詰めるのはもう不可能だと何度言えば分かるのやら」
「……うる、さいわね」
不機嫌そうに、虞美人が顔を歪める。彼女は心底理解が追いついていないのだろう、
「どうして……? ただの、ただの人間でしょう? それがどうして魔神の攻撃で膝をつかないの? 見たでしょう。サーヴァントどもが消し飛ぶ瞬間を。なのに何故あの男は、一向に止まろうとしないの……?」
「簡単な話だよ」
オティヌスは経験談を語る。それこそ、虞美人よりも長く、人間と戦い続けた記憶を思い出して。
「ヤツにとっては、ナイフも私の弩も一緒なのさ。怖いものは怖いし、命を脅かされるものであることには代わりないが、それだけだ。自身が矮小だからこそ、命を奪うものは多く、弩とてその一つという認識なのだろう」
「勝てるわけがないのに?」
「では逆に聞くが、お前はどうして藤丸立香に執着してきた?
そう。つまるところ、両者は同じなのだ。
乗り越えられるわけがない目標に挑む少年と。帰ってくるわけがない男の幻影を、いつまでも追う女。
違いがあるとすれば、それは。
「まあ、お前にはこの神がいるがな。にも関わらず、その願いを叶えないお前の健気な姿は、私も涙を禁じ得んよ」
「おちょくるなら後にしてくれるかしら? 今はあいつを消す。それだけに集中しなさい」
「了承した。全く、我ながらよくお前のようなマスターに付き合ってきたものだと思うよ。特にこの見苦しい悪足掻きなんかは特にな」
虞美人はそれ以上何も言わなかった。彼女の目には、もう藤丸立香しかない。それでオティヌスも弩の狙いをたった一人に絞る。
さあ、踏み越えろ。
この異聞帯を左右する、最後の戦いを。
その戦いの火蓋を切ったのは、果たしてどちらだったか。恐らく順序に意味はなく、そしてお行儀のいい決闘などではない以上、こう記すべきだろう。
何の突拍子もなく、同時に、両者は動いた。
「掴まってなァ!!
金時の咆哮と共に、ガチャガチャガチャッ!!、とゴールデンベアー号が変形した。文字通りモンスターマシンと化したベアー号は、マッハの領域にまで加速。更に角度がついたハンドルを金時は回すと、車体が斜めに傾き、滑り込むように地表を移動する。
作戦はたった一つ。サーヴァント達を使い潰して、虞美人を止める……たったそれだけ。
迫る四発目の弩は、オーソドックスに正面から。目撃した藤丸は背後に控えるサーヴァント達に指示を出した。
「頼光さん、武蔵ちゃん!!」
「来たれい四天王!! 牛王招来・天網恢々ッ!!!」
「行くぞ……剣轟抜刀ッ!! 伊舎那、大天象!!!」
神雷と極太の斬撃。下から撫で斬るように、二人の剣士の宝具が弩の表面を斬り裂く。しかし、
「ウッソ!? これでも結構会心の一刀だったのに、全然斬れてないんですけど!?」
弩は少しの衰えもなく、二つの宝具を突き抜ける。サーヴァントの中でも高ランクに位置する二人のサーヴァントの宝具でこれだ。ならば、
「茨木!! 巴さん!!! ノッブ!!!」
「馴れ馴れしく命令するな!! 羅生門大怨起ィッ!!!!」
「朝日の輝きをッ!!
「わはははは!! まさかこの世で神殺しとは、愉快痛快是非もなし!! 天魔轟臨、これが魔王の
炎を纏った巨腕、矢、そして銃弾が殺到。そして再発動した武蔵と頼光の宝具が再度、弩に衝突する。
ズバァンッ!!!!と。今度こそ弩が切断される。しかし微かだ。薄皮一枚。いくら滑り込むとはいえ、こんな序盤でほんの僅かにも当たってしまうのは避けたい。
なら、
「おっきーッ!!」
「ーーすなわち、白鷺城の百鬼八天堂様。ここに罷り通ります!! 行って、まーちゃん!!!」
弩の直下。藤丸に触れる直前で現れたのは、姫城城のミニチュアだった。それは触れた瞬間に崩壊しながらも、弩を僅かに押し上げ、今度こそ藤丸は四発目の弩を潜り抜ける。ギャギャギャギャ!!、と激しく車体を荒野に擦り付け、金時はすかさずハンドルを戻した。
押し通るどころの騒ぎじゃない、こんなもの、弓矢の雨を傘を差しながらバイクで走り抜けるようなものだ。そしてそれは背後で走るシャドウボーダーも同じらしく、通信の向こうで歓声と悲鳴が半々に分かれて上がる。
『ヒュウ! ははは、綱渡りにもほどがありすぎるねこりゃあ!! そういうの大好きだけど私!!』
『言ってる場合かダ・ヴィンチ!? シャドウボーダーも続いているとはいえ、奴の巻き添えを食らえば消し飛ばされるんだぞ!? つか運転なんで私!? い、胃が縮みそうだよぅ……!!』
『うわったたたたた!? おいオッサン、マジ頼むぞ!? アンタにかかってるんだからな人類の命運が!?』
『というわけだ。こちらは心配しなくていいだろう、ミスター・藤丸』
ホームズがそう締め括ると、ダ・ヴィンチが鋭く声を上げた。
『っとと、そんなこと言ってる場合じゃなさそう。五本目くるよ、頭上から!!』
藤丸も確認した。五本目の弩は空に上がると、途中で分裂し、そのまま億の矢となって降り注ぐ。
「天草!!!」
「聞こえていますよ。ヘブンズフィール起動、万物に終焉を。
藤丸の真上に現れたのは、世界に点在する黒い点と同じような、擬似的な暗黒物質だった。それは凄まじい魔力の暴走により、降り注ぐ矢を片っ端から吸収し始める。
しかし数が多すぎる。それに地上ではもう避けきれない。だからこそ藤丸は、彼の名を叫んだ。
「来てくれ、
ゴォゥッ!!!!、と。直前まで迫っていた頭上の矢を、苛烈な炎が焼き尽くした。
巨大な影が藤丸を覆い、体を寄せる。
邪竜ファヴニール。それに転身したジークだ。彼は炎を口から吐き出しながら、金時と並走する。
「ようダークドラゴン! こっちはそろそろ限界だ、アンタに任せていいかい!?」
「分かった。あなたも気を付けてくれ、ゴールデン」
「へっ、あんがとよ。ほら行ってきな、マスター!!」
と、金時は片手で藤丸をぶん投げた。ジークは体を低くすることでマスターを受け止め、浮上する。
『六発目、君達の直下だ!! 今すぐ回避だ、回避!!』
ダ・ヴィンチが警告するが、ファヴニールは巨体だ。いくら速度はあったとしても、浮上始めでは姿勢を変えられるにしても限度がある。
故に、
「ゴールデン!!」
「あいよ、大将」
それを打倒するは、サーヴァントの役目。
「そんじゃ、いっちょキメるぜ? 変、身ッ!!!」
ベアー号から飛んだ金時はそう叫ぶと、霊基を
バリ、と紫電が迸る。赤龍のように染まった右腕には、既にマサカリが握られており、霊基が完璧に変貌した瞬間、天気すら塗り替えるほどの雷がマサカリへと充電される。
「オレはよ。正直、もっと他のやり方があったんじゃねーかって。大将や、その他の大勢が苦しんでるところを見てると、そう思っちまうよ」
だが、まだだ。まだ終わらない。雷神の子である彼の本気は、こんなものではない。
「だがな。だからって!! 大将が、オレ達がこれまで進んできた道が、間違っていただなんてこれっぽっちも思えねえんだよ!! それはオレが馬鹿だからじゃねぇ、テメェらが何も分かっちゃいねえ大馬鹿野郎だからだ!!!!」
黄金喰いには全十五発装填されたカートリッジがあり、宝具はその三発を使う。しかし、この際だ。ありったけでなければ、マスターの門出にはふさわしくないと、金時は笑った。
「だから、こんなもんはぶっ潰す」
充填完了。カートリッジリロード、全弾装填。金時はマサカリを担ぐと、他のサーヴァント達と共に、六発目の弩にそれを叩きつける。
「こんなもんは全部吹き飛ばして、オレ達は綺麗さっぱり死んでやらぁッッ!!!
ズヴァッチィッ!!!!!!、と。電光が、眼下で弾けた。凄まじい落雷が地表を駆け巡っていく。そしてかろうじてずれた六発目の弩に、ジークの旋回が間に合い、横手をすり抜けていった。確かに避けたのに、衝撃波だけでファヴニールの巨体が揺れてしまい、藤丸はその首から手を離してしまいそうになる。
『残存サーヴァント、残り三十基!!』
ダ・ヴィンチの報告に、思わず奥歯を噛み砕くかと思うほど、強く噛んだ。踏み越えた死体の数が加速度的に増えている。残り四発。なのにこちらはもう三十基しかいない。絶望的な差。
しかし、
「……諦めるもんか……」
のし掛かる強迫観念。込み上げる罪悪感。その全てを拒否せずに、受け入れ、それでも。
少年は真っ直ぐ、自らの敵を見据える。
「ここまでお膳立てされて、怖じ気づく理由なんか、一つだってあるか……!!!!」
「ああその通りだ! 飛ばすぞマスター、一気に距離を詰める!!」
上昇が終わり、邪竜は翼を羽ばたかせる。たった一度の羽ばたきで竜の巨体が驚くほどのスピードを出すと、あっという間に風に乗って空を突き進む。
行き先は決まっている。残り四発の弩、その根本。今もふんぞり返っている虞美人の他ないーー!!
「ダ・ヴィンチちゃん、弩は!?」
『今のところはまだみたいだね。余裕ぶってる間に懐まで行っちゃおう!! あの威力だ、近くで射てばそれだけあちらにも被害が』
出る、と彼女が言いかけたときだった。
ボジャァッ!!!!!、と。
「ジークッ……!!?」
夥しい量の血が、邪竜の双翼から溢れ落ちる。激痛に悶えるジークは、転身を維持することが出来ず、人型へと戻り、藤丸も空中に投げ出されてしまう。
『こっちの計測を誤魔化した……!? 魔術の神って言っても、なんでもありすぎない!? こちとら虎の子の技術いっぱいなんだけど!?』
着地はどうにでもなる。でも、まだ二本の弩はこちらを狙っている以上空中で消し飛ばされる可能性の方が高い。なるたけ切りたくなかったけど、と思いつつ、藤丸は切り札を切る。
「スカサハ師匠!! スカディ!!」
「うむ。良い叫びだ、マスター」
「ああ。まだまだ元気が有り余ってると見える」
どうやってここまで来たのか、ともかくその二人は何処からともなく現れた。
同じ顔、同じ体型、同じ神話を持つ英霊。しかしその在り方は決定的に違う。
影の国の女王、スカサハ。北欧異聞帯の王、スカサハ=スカディ。彼女達は槍、もしくは指揮棒のような杖を握り、藤丸立香の前に飛び出す。
「影の国、その真を見せてやろう。開け、異境の帳!! その魂まで私の物だ!!」
「私の知らぬ影の城、私が有する影の城。空より来たれ、此処へ来たれ」
声高に、あるいは静かに。
二人の女王は、同時にその門を開く。
「「ーーーー
開かれるは、この世の外側。世界とは断絶された影の国へ通じる、巨大なレリーフにも似た鉱石状の門。
それが、二つ。
目論み通り、七本目、八本目の弩が門へ吸い込まれ、門が閉じる。ぶっつけ本番だが、成功したらしい。
「よし、これで……!!」
「ぼさっとするな、マスター!!」
スカサハが怒鳴り付けると、両手の槍を投擲した。すると、藤丸の背後にまで迫っていたラフムと種子達が凍りつき、枝分かれして何重にも分身した槍に穿たれる。
そう、脅威は弩だけではない。死者の軍勢は復活しなくなったが、
「まだ敵はいる!! 我らがいくら道を作ったとしても、進むのはお前だ!! 無駄にしたくなければ忘れるな!! よいか!?」
「、はい!!」
「汎人類史の私は苛烈だな。だが、私も同じ言葉を贈ろう。先に行くが良い、カルデアのマスター」
首を縦に振り、藤丸は落下しながら叫んだ。
「マシュ!!」
背後の地上。シャドウボーダーのカタパルトから射出されたのは、藤丸立香の中でも随一の信頼を寄せるサーヴァント。
マシュ・キリエライト。彼女は背中のバーニアを点火させて更に速度を上げると、藤丸をキャッチ、そのまま浮遊しながら追い付いてきたボーダーに着地した。
「ご無事でしたか、先輩!?」
「みんながここまで繋いでくれた。だから、俺は大丈夫」
ずき、と胸が痛む。消し飛ばされたサーヴァント達の顔が、頭から離れそうにないが。
もうあと少し。その距離、三百メートルもない。弩は残り二本。次が峠。
『……今度は見つけたぞ、九本目!!』
ダ・ヴィンチの言葉通り、今度は藤丸達の目にも見えた。しかし、矢というよりそれは、
『……なんだ、あのふざけたサイズ!? 何が弩だ、反則じゃないかなあれ!?』
天に聳えるそれは、それこそ死神の鎌のようだった。弩という制約を破った、数キロ単位の死の塔。それを傾けると、九本目の弩は袈裟斬りに振るわれる。
サーヴァントは残り少ない。温存なんて言ってる場合じゃない。これを切り抜けなければ、どちらにしろ明日なんてやってこない。
マシュと揃って伏せながら、藤丸はボーダーに並走するサーヴァントに命令をくだした。
「メルト!! 沖田ちゃん!!」
九本目の弩が振るわれ、ボーダーごと地表を切断しようとした、その瞬間だった。
ガゴォンッ!!!、と二人のサーヴァントの宝具が、弩に激突した。
メルトリリスの
そうして生まれた僅かな歪みで、九死に一生を得た。
九本目の弩は藤丸の目と鼻の先を通り抜け、そのまま左側の大地をまるごと斬り飛ばした。まるで料理下手が果物を切ったようなそれで作られた崖は、底すら見えない。背筋が凍る思いだったが、
「峠は越えた……!! 新所長!!」
『ええい、分かっている!!』
シャドウボーダーが速度をあげる。残り百メートル。藤丸はマシュに背負ってもらうと、そのまま電磁カタパルトに接続する。
分かっている。まだ弩は一本、最後に残っている。しかしそれは、ふさわしい人間に託すとしよう。
「頼んだぞ、
そして。
ようやく自分の番だと、上条当麻は自覚した。
ここまで。あの弩を前にして、その脅威を身をもって知っている上条が率先して戦ってこなかったのは、ある理由があった。
生前において、上条当麻を死に追いやった魔術。逸話や人々の願いなどを組み込むサーヴァントにおいて、上条の死因は決定的だ。元々極度の不幸体質である彼にとって、その死因も本来は不幸に近いもので、仮にあの魔術と相対すれば、十本中一本は
英霊にとって、因果とは馬鹿にならない要素だ。それによって形成されたようなものなのだから、上条は今まで待っていた。最後の一本になるまで。
そして今。
九本の弩から、カルデアは生き延びた。上条当麻ですら成し遂げられないだろうものを、彼らはやってのけた。
大した奴らだと上条は思う。同時に、危なっかしいとも。
そこにはいつも犠牲があった。多くの犠牲があって、託された願いがあって、上条当麻はここにいる。
何度も飛び出してしまいそうになった。
その度に抑え込んだ。
だけど、もうそれを我慢する必要は何処にもない。
「もしもテメェが、こんなやり方でしか、大切な人に会うことが出来ないと思ってるなら」
「、……!?」
崩壊を続ける魔神オティヌス、その背後。巌窟王の宝具により、ついにその背後を取った上条が、右手をあらん限りの力で握り締める。
いつかのように。
ここだけは、例え誰に何と言われようと。上条当麻とオティヌス、二人だけの戦いだと。
「自分が救われなかったことを理由に、たった一人の幸せを根こそぎ奪って。それでも上条当麻に救われたいって、そんな風に思い上がっているっていうのなら!!」
本物の神に向かって。
平凡な少年は、その拳を突きつける。
「ーーまずは、その幻想をぶち殺すッ!!!!」
オティヌスがぐりん!、と振り返り、最後の弩を放つ。同時に、上条も走り出していた。
弩は正面。真っ直ぐ、上条の首を狙った一矢。上条当麻にとっての絶望。覆ることのない終わり。完膚なきまでに敗れ去り、そしてリベンジすることもなく、一度は逃げ出してしまったもの。
だが、関係ない。
今日こそは乗り越える。
回避はしない。防御もしない。最初から一発だけと決まっているのなら、こちらだってやることは一発勝負。
そして。上条は、こんなことを思った。
(……ああ、なんだ。あのとき、俺はこうすればよかったのか)
ミシィ!!!、と右拳を握りしめ。
そして。
上条当麻の拳が、魔神の弩と正面から激突した。
「ぐ、……ッ!?、ッ!??!?」
ゴッギィィィイインッ!!!!!、という極大の衝撃。握られた右拳が、みるみる内に裂け、五指が歪んでいく。異能の力を打ち消す右手であっても、完全には消しきれないほどの質量。
押し返される。蘇る死の記憶。震え出す膝。背筋はゼロ度の炎に炙られたように、冷や汗が滝のように流れ落ちる。
だが。
(折れてたまるか……!!)
前へ。一歩ずつ、前へ。
(約束したんだ。例え世界の全てと戦ってでも!! お前を助けてやるって!! 例えお前と戦ってでも!! 俺は!!)
力の入らない指が、弩を掴む。
「お前を助けてやるって、そう決めたんだ!!!! オティヌスッ!!!!」
ゴォァッ!!!!、という恐ろしい音が上条の耳に届いた。
それは、右手によって逸らされた弩が、上条の頭上を通りすぎる音だった。
生前の死因、その克服。自身が成し遂げたあり得ない偉業すら、上条は意識の外に追いやって、腹の底から叫んだ。
「藤丸、いけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!!!」
電磁カタパルトから撃ち出され、藤丸はマシュに掴まって、肉薄する。
見据えるはたった一人。
虞美人。
彼女は自身を構成する魔力を暴走させながら、怨嗟の声を上げる。
「空よ!! 雲よ!! 憐れみの涙で、命を呪えええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」
「
虞美人の宝具、
あと三メートル。ついにマシュも宝具を何度も使用した代償か、その場で倒れ込んだ。
構わない。藤丸は走る。元々これは、一人で決着をつけるべき戦い。むしろここまで連れてきてくれた彼らに感謝をしよう。
「虞美人……ッ!!!!」
「藤丸立香……ッ!!!!」
二つの咆哮があった。
勝てるわけがない戦い。
だからこそ越えろ。
今こそ、この忌々しいクソッタレな腐れ縁に、自分自身で決着をつけろーー!!
「!!」
虞美人が右手を振るう。肥大した鋭利な爪で、藤丸の心臓を抉り取ろうというのか。
だが、
「な、に……!?」
「う、おおおおおお……ッ!!」
一万回以上殺されてきた。上条のように死んで覚えて、百パーセントノーミスクリアなど出来ずとも。
たった一発、初回の攻撃だけなら。藤丸立香にだって覚えられるくらいには殺されてきた!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
キィン、という駆動音。それは、魔術回路が回転し出した音。例え凡人であろうと、藤丸立香にもとっておきの魔術回路が右手にある。
令呪。それを二画。藤丸はそれを魔力リソースとして、右拳に集めると、振りかぶった。
「終、わり、だああああああああッ!!」
虞美人の頬に、藤丸の拳が突き刺さる。いかに平凡な少年と言えど、令呪を二画も込めた一撃。虞美人の頬が醜く歪み、そして。
堪える。
「おわ、らせて、たまるか……!!」
一度は完全にめり込んだ拳。それが、徐々に押し返される。虞美人は首の筋力だけで、藤丸の全力を事もなく押し返す。
「こんな、こんなところで!! 終わらせるものか!! 何も終わらせない。誰にも終わらせない!! お前を、お前を終わらせるまではあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「……悪いけど」
しかし。そこで、虞美人の首が止まる。
そして今度は逆に、彼女が押し返されていく。礼装でかけられる強化でも、ここまでの力は出せない。しかし藤丸の手にはもう、令呪は、
「な、……!?」
「俺はアンタを踏み越えるよ、虞美人」
ある。
たった今、回復した令呪。
虞美人は知らない、いや覚えていないだろうが。
それはカルデアスタッフが開発した、令呪を回復させる機能。一日の始まり、つまり零時丁度ーーたった今回復するもの。
ダ・ヴィンチが、ロマニ・アーキマンが守ろうとした、藤丸立香が守ってきた世界からの、贈り物。
偶然?
いいや違う。少年が、それだけの時間耐えてきたのだから。これは彼が勝ち取った、最初で最後のチャンスだ。
「例えどれだけ恨まれても!! 俺は、生きるために!! 世界を救うために、未来を踏み越えるッ!!!!」
藤丸は魔力へと変換し、既に負荷で内側から弾けそうな右拳に叩き込む。
「藤、丸、立香」
暴発しそうな魔力。血管が弾けながらも、これまで習ったきたことを思い出し、少年はそれまで以上に拳を握り締める。
「藤、丸、立、香……ッ!!!」
足を開き、体全身を使って。平凡な少年は、雄叫びと共にその拳を振り抜く!!
「藤、丸ッ、立香ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
バキィッン!!!!!、という凄まじい音がした。
それは、決着の音。
平凡な少年が、そのちっぽけな拳を、仇敵目掛けて振り抜いた音だった。
それまでの人智を越えた戦いを思えば、地味で、呆気ないとまで思ってしまう一撃。
しかし、少年の全てを懸けた拳は、ついに仇敵の意識を昏倒させた。