【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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あるいは……(Three_Days_Later)

 

 そこは、まるで海中のようだった。真冬の寒さも真夏の温さもない。漂うという行為を長続きさせるだけの温度、流れ、そして静けさが、その空間にはあった。

 それは宇宙にも似ているが、違う。あれは自然の苛烈さで生命を追い詰めるが、ここはさながら頭を撫でるように、漂う生命から気力を奪い尽くす。

 虞美人は、そんな空間を、一人でさ迷っていた。

 

(……、)

 

 人間に負け、異聞帯から脱出して。それからずっと、虞美人はこの空間を浮かんでいる。何処かに行くわけでもなく、本当に、ここで漂うことしかしていなかった。

 考える、必要があった。

 一度、自分を見つめ直す必要がある。虞美人はそう悟り、自分でこの空間に飛び出した。

 一体、あれからどれだけの時間が経ったのか。虞美人には分からない。それでも、たっぷり時間はある。だからゆっくり、一つ一つ考えた。

 項羽のこと。自分の中で渦巻いていた、憎悪のこと。そしてカルデアならば、全てが解決するかもしれないということ。

 

(……)

 

 安易な救いにすがろうだなんて、虞美人は思っていない。人間のために命を張るだなんて真っ平だし、そんなことのためにまた項羽を死の淵から蘇るせることは出来ない。彼にはもう戦ってほしくないし、誰かのためにではなく、せめて生きるのなら自分自身のために生きてほしかった。

 カルデアなら確かに、項羽と会えるかもしれない。だが、それが意味するのは、いつ終わるとも知れぬ戦いの日々へ、項羽を連れ込んでしまうこと。そんなものに身を投じるのは、虞美人の望んだ再会ではない。

 

(……、でも)

 

 どうしても、思ってしまう。

 もしも会えるのなら。そういった可能性を、いくら否定しようとしても。その一点への渇望が、理性を薙ぎ倒してしまいそうになる。

 虞美人という女は、どうしようもなく不安定だ。長い時の中で、心が死なずに生きてこられたのは、結局のところその超越者らしからぬ側面によるものが大きい。

 項羽という存在が、よくも悪くも虞美人を強くもするし、弱くもする。守りたいと思っても、それが許されないことだと分かっていても、項羽に会えるのならと考えて、行動してしまう。

 だからクリプターになり、世界の敵となっても彼女は構わなかった。

 他人の決めたルールなど知ったことか。この気持ちに嘘はつけないし、愛する人に会いたいという想いが、間違っているはずがないのだから。

 だから、だろうか。

 

ーー俺は、アンタ達を一人残らず地獄に送り返してでも、絶対に止めてやる。

 

 あの、見苦しくて。きっと虞美人などより、よっぽど多くのものに囲まれて生きてきた、甘ったれの人間。

 そんな人間ですら、叫んだのだ。

 ルールなど知ったことか。

 お前の事情など知ったことか。

 それでも自分が生きる、と厚かましく叫んだ。

……そのとき。不覚にも、虞美人はこう思ってしまった。

 自分と、同じだと。

 どれだけ間違っていると分かっていても、自分のことを優先してしまうその罪深さ。だが、決定的に違うのは、あの少年は最後の最後までそれを抑え込んでいたことだ。

 ずっと他人を優先してきた。それはまるで他人に怯えている小鹿のようにも思えるが、だからこそ、そんな彼に助けられてきた人々は、力を貸したのだろう。

 せめてこんなときくらいは、と。

……虞美人には、到底それは真似出来ない。苦しいなら苦しい。痛いなら痛い。すぐそれを出してしまいそうになる彼女とは、あの少年はまさしく正反対で、ああやって対立するのも至極当然のことだった。

 

(……なのに、どうして)

 

 結局、論点はそこだ。

 あの少年は、何故こんな自分に手を差し伸べたのか。それが何度考えても、未だに分からない。こんなところでいつまでも燻っているのは、その答えが一向に出ないからだ。

 何も分からずに、愛を理由に答えを出したら、ダメだ。誰が不幸になろうと知ったことではないが、それでも、また横槍が入れられるのだけは我慢ならなかった。

 もう、大切なものを失いたくない。

 そのために考える。

 

「、…………、……」 

 

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 思考は続いていく。流転する。

……そうして、ずっと考えていた。

 すると、

 

「……?」

 

 空も地面もないその空間で、きら、と光るものがあった。しばらく光を浴びてなかったからか、虞美人が紅い瞳を細めたときには、もう光は奈落の底へと落ちていった。

 それが何だったのか、彼女には分からない。いいや、分からないのはそれだけじゃない。何もかも分からないことだらけで、虞美人はもう可笑しくなりそうだった。

 

(……項羽様)

 

 愛する人の名を、心の中で呟く。

 だけど、それすら最早心を落とす要因にしかならない。

 そもそも他者をなぶり続けた自分が、一体どんな顔をして会えというのか。覚悟はしていた。その行いが、項羽にどんな風に見られるのかも。

 しかしいざそれに直面するのも、怖い。

……どうすれば、いいのだろう。

 身から出た錆。確かにそうだと苦笑する。今更悔いたところで遅いのに、虞美人は前に進めない。

 そのときだった。

 

「……え?」

 

 また、光が落ちてきた。

 しかも一つじゃない。それは次々と落ちてきて、何処かへ流れていく。それこそ、流星群のように。

 虞美人には、その光景と似たものを知っていた。

 あの少年を助けた、数多の英霊達。彼らは流れ星のように飛来し、少年のために命を捨てて戦った。全員が例外なく。

……あの瞬間。同じ渇望を抱いていたのに、それでも大勢に囲まれる少年を見て。

 どうして自分は、ああなれなかったのだろう、と虞美人は少しだけ思ってしまった。

 別に大勢に祝福されたかったわけではない。

 ただ、結局思い返しても。

 虞美人という女は、ずっと一人だった。

 ずっと、一人ぼっちだったのだ。

 

「……、ああ」

 

 そういえば。

 あの戦いの後。少年はこんなことを言っていた気がする。

 

ーー俺達の違いなんてない。だから俺は、やり方はともかく、あなたの願いは叶えられるべきだと思う。

 

 皮肉なのだろうなと、そう思っていた言葉。

 だけど、冷静になった今。思い返すと、その真意を虞美人は受け止められる。

 

「……、そうか」

 

 虞美人は手を伸ばした。

 過ぎ去っていく星達。そこに、届かないと分かってて、なお手を伸ばす。

 

「お前……本気で、私を憐れんでいたのか」

 

 奪い、奪われて。

 そんなことを日が昇っても、落ちても、繰り返して。そうして少年の中に残ったのは、きっとそれだったのだ。

 分かり合うこともない?

 そんなはずはない。

 だって、その喪失が、怒りがあったから、お互いあそこまで戦ったのだ。

 譲るものかと、額を突き合わせてきたのだ。

 

「……はは……」

 

 思わず、虞美人は笑ってしまった。

 そりゃあ、あんなことを言いたくもなる。

 人は、好悪抜きにしても、感情移入してしまうときがある。例えばそう、相手の願いが自分と似通ってなんかいれば、特にそうだ。

 だとすれば。

 その姿を同じだと共感した虞美人も、また、少年に。

 

「……ああ……道理で、勝てないわけね……」

 

 虞美人は忘れてしまっただろうが。

 それは、広義的に言えば……理解と呼ばれるもので間違いなかった。

 刹那を生きる少年と、不死者の女。同じ願いを持っていたからこそ、お互いを認められなかった。

 しかし、認められないからと言って、理解を放棄することではない。

 だから、虞美人は負けたのだ。

 最後の最後で、理解してしまったのだから。

 

 

「ほんと……バカね、私」

 

 

 伸ばした手は、空気を掻き分け、ふわふわと伸びる。しかしその指は当たり前のように空を切り、光は何処かへ去っていく。

 答えは出た。

 行き先は最初から決まっていた。

 なら、こんなところで漂っている理由はもうない。

 そうして虞美人は、自分の命を手放した。

 

 

 

 

 

 そして、それは『いつか』のことだった。

 

(……きた)

 

 英霊の座から分離し、まるで夢から引き戻される感覚。虞美人にとってそれは未知のものだったが、何が起こっているかは予想がついた。

 英霊召喚。

 こちらの意思を確認するそれは、間違いなくカルデアの、英霊召喚システムによるものだった。

 光を通して現世に向かいながら、虞美人は考える。

 恐らくカルデアの連中は、まさか本当に虞美人が召喚に応じたなどとは思ってはいないはずだ。あれからどれだけの時間が経ったかは知らないが、驚くに違いない。

 その間抜け面を拝めるだけでも、まあ悪くはないだろう。

 そう、考えていた。 

 

「……」

 

 光が収まる。

 召喚が完了した。五感が戻った瞬間、目を開けて。

 虞美人は、言葉を失った。

 

「……え?」

 

 彼女を待っていたのは、平凡な少年でも、そのサーヴァントである盾の少女でも、長年観察して得た情報しか知らない、元同僚達でもない。

 たった一人。

 たった一人の、人とも思えぬ人だった。

 

「……うそ」

 

 それは、人というには造形が人間離れし過ぎていた。髑髏のような人相と、バサラ髪。ここまでならまだいいが、その下半身は馬のような四つ足で、更に腕は四本も生えていた。そんな造形だからか、身長はそこらの男性の倍以上あり、もし稀代の暴君もいうものに形を与えるなら、その一つがこれだろう。

 しかし、それは違う。

 もう違うのだと、虞美人は伝えてきた。

 

「……そんな、だって……」

 

「……妻よ」

 

 その人は、目線を出来るだけ下げる。

 

「本当に、このような形で再会が叶うとは。幾星霜、この時を待っていた。我は、この時のために、また現世に舞い戻ったのだな……」

 

 彼の名は、項羽。秦王朝を滅ぼし、劉邦と天下を争った西楚の覇王。

 そして、虞美人が何をしてでも会いたかった最愛の人。自らの全てを擲って、守りたかった人だった。

 あれだけ求めていた再会。

 それが、叶った。

 

「……項羽、様」

 

 しかし。

 喜べない。

 虞美人はこの再会を、素直に、喜べない。

 だって、まだ何も清算出来ていない。

 項羽が最も嫌う行為を、虞美人はここに至るまで何度もした。許されようとは思わないけれど、それでもやはり、項羽に会うのなら、胸を張って会うべきだと、そんな思考が出来るくらいには虞美人も冷静になれた。

 なのに、

 

「……すみません、項羽様」

 

 恥ずかしかった。

 これまでの行いが。

 今こうして、全身全霊で自分を思ってここまで来た項羽に対して、虞美人は、合わす顔がなかった。

 

「私は……私は、貴方にそんな風に喜んでもらえるような、女ではありません。私はっ、私は、ただただ皆殺しにしてきた怪物で……!!」

 

「言うな」

 

 だが。

 項羽はそんな虞美人を、そっと、抱き締めた。ともすれば人の胴体ほどありそうな腕でも、そのたおやかな肢体を受け止める。

 黄金の世界では、何度抱き締められても後悔しかなかった。

 だが今は、空へ飛び上がってしまいそうなほど、虞美人の心は晴れやかになっていく。

 

「もう、何も言うな、虞よ」

 

「……項羽、様……」

 

「我も知っている、汝の行いを。知った上で……やはり、それでもこの再会は嬉しく思うのだ。だから何も言うな、虞よ。ただ今は、汝との再会を、噛み締めたい」

 

「…………、はい……っ」

 

 虞美人がゆっくりと、その手を項羽の体躯に触れる。巌のように固い、人ならざる感触は間違いなく、項羽のものだった。

 ぽろ、と頬を伝う滴。次第にそれは止めどなく流れ落ちて、虞美人は顔をくしゃくしゃにしてその体を預けた。

 

「項羽様……! 項羽様、項羽様、項羽様……っ!! 本当に、本当に会いとうございました……!!」

 

「おお、妻よ……長き時の中、孤独にさせて済まなかった」

 

「いえ……! いえ、いいのです! いいのです……!!」

 

 だって、もう一度こうして、会えたのだから。

 虞美人はその言葉を口にせず、ただ、愛する人の胸で喜びを表した。

 

 

 

 

 

 そして。

 藤丸立香はその声を最後に、部屋の音声を切った。

 監視だなんだと言っていたこれも、この様子なら必要ないだろう。藤丸は部屋の扉から背中を離し、その場から去っていく。

 と、

 

「上手くいったみたいだな」

 

「全く。あのくらい素直さを、私の前でも出してほしかったものだ。あの逆ギレ吸血鬼め」

 

 そんなことを言ってきたのは、項羽と同じく、つい最近カルデアに召喚されたサーヴァント達だった。

 ツンツン頭の少年に、長い三角帽、マントですっぽり体を覆った少女。

 上条当麻とオティヌス。あの異聞帯で会った二人も、カルデアに召喚されていた。

 

「うん、良かったよ。やっぱりこうでなくちゃね」

 

 しかしその様子は、あのときとはちょっぴり違っていて。

 

「うーん……何度見ても、変態野郎にしか見えない……」

 

 上条の肩。そこには、何故か十五センチほどにまで縮んだオティヌスが、足を組んで座っていたのだ。

 何でも本来の歴史なら、死んだオティヌスは肉体を再構成し、どうやらこの形になるらしく。

 カルデアの英霊召喚システムは、そちらを主体にしたようで、おかげでちょっとのことではだけてしまいそうな人形と、それを肩に乗せて徘徊する変態野郎の図が出来てしまったわけだ。

 一部の男連中と、人形を愛でる女性サーヴァント達からは大変人気だが、当の本人は上条にべったりなので、藤丸のその視線も鬱陶しいらしく、

 

「おい、いつまで見てる。お前のような奴に私を見る資格を与えたつもりはないぞ、カルデアのマスター」

 

「いや、だって滅茶苦茶目立つしなあ。どうあっても視界に入っちゃうというか」

 

「言っておくが、この姿でも貴様のその二つ付いてる目ん玉を掻き乱せるくらいの力はあるからな? 何なら片方潰しとくか? 魔神に潰されたとなれば箔がつくぞ? ん?」

 

 ジト目でそんなことを言っている隻眼の魔神だが、いまいちサイズのせいで恐怖感が伝わってこない。とはいえ怒っているのは本当のことなので、藤丸は平謝りするしかなかった。

 

「ごめん、悪かったよ。君が気にしてることだった」

 

「ほら、藤丸もこう言ってることだし、許してやれよオティヌス。大体自分が目立つのは分かってるんだろ? そんなに視線が嫌なら、俺の肩よりフォウの背中に跨がってた方が目立たないんじゃないのか?」

 

「お、お前は四つ足のあのビーストどもを舐めすぎだ人間……! いいか? お前らで言えばワイバーンが火を吹きながらじゃれついてくるようなものだ! そんなデンジャラスゾーンに誰が好き好んでいくか、私はここから離れんぞ!!!!」

 

「いや、俺の肩なんだけど……まあ、いいか」

 

 そうして三人(内一人は妖精さん)は廊下を歩いてると、ところで、と上条が切り出した。

 

「あの虞美人って人、ほんとここに来るまで早かったなあ。まだあれから三日(・・)しか経ってないだろ?」

 

 そう。

 実はあの異聞帯を切除してから、まだ数日しか経っていない。あの渋り具合からして、藤丸も次の異聞帯までは召喚されないだろうと思っていたのだが、

 

「ここに帰ってすぐ項羽と君達が召喚されたときから、何となくは察しがついてたけど……それにしたって、早かったなあ」

 

 たった三日である。三日坊主なんて言葉があるものの、それにしたって目の前でされると、まあ目も止まらぬ早業というか。

 流石に不憫に思ったか、オティヌスがすかさずフォローを入れた。

 

「ま、英霊の座は時間の概念がないからな。未来で登録された英霊が、現代で召喚される事案も少なくない。現にこのカルデアにもそういう英霊はいるし、あの女も『いつか』の未来で、カルデアに召喚されてもいいと考えたのだろう。ただ」

 

「ただ……? 何さ、オティヌス?」

 

 藤丸に問われ、魔神は呆れ半分に、

 

「この間の悪さからして、あの女は相当残念なヤツだ。覚悟しておくといいマスター。恐らくとんだトラブルを引き起こすぞ、あの女は」

 

「うーん。まあ、それなら大丈夫だよ」

 

 そうして、舞台は次のステージへ。

 けれどそれは、もう語るまでもないだろう。

 少年と少年が再び交差したときから、既に物語は始まっているのだから。

 

 

「ーーーーいつも通り、何とかなるさ!」

 

 

 









というわけで。
Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム、これにて完結です。
半年間、拙作にお付き合い頂いてありがとうございました。ここまで来れたのも、皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。
元々異聞帯の設定が禁書とシンパシーがあったので、そこから書いてみた作品でしたが、いつの間にか藤丸後輩とぐっさん先輩が殴り合い異世界してましたね。なんで???
このお話は、藤丸立香というどんな風にも変化するアバターが、もしも我慢強いだけだったら、という感じに書いてみましたが、いかがだったでしょうか?まあ普通の少年ですから、清濁あって当然だよね!ということで、それこそ見るに堪えない点があったかと思います。
でも、こんな平凡な少年が好きだと言って頂けるのなら、これ以上ない喜びです。ちなみに自分は好きです。頑張れ藤丸立香。

そんなところで。
今回は改めてありがとうございました。
また次の作品でお会いできたらな、と思います。

次は獣国の皇女様で一つ書きたいなあ。
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