【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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「絶対因果律が可笑しい」

 

「何だ、いつも能天気でイカれてるその脳味噌で何言ってるんだ?」

 

「その言葉そっくり返していいかなカドックくんねえ?」

 

 隣で相も変わらず凍死しそうなほどグロッキーな(多分元々そんな肌の)カドックに、藤丸は敵意剥き出し、というかやけっぱちに返す。

 と、その隣にいたマシュとアナシタシアがお互いのパートナーに小言を一つ。

 

「ダメですよ、先輩。カドックさんにはとてもお世話になっているんですから。勉強や行事、更にはこうして登下校に華を添えてくれているんです。むしろ感謝するべき間柄かと」

 

「カドック、あなたも彼を意識しすぎよ。おかげで二人のCPがそこら中の女子で話題沸騰中で、私とマシュはそれを買い漁るのに忙しいったらないわ」

 

「ちょっと待て何の話だアナシタシア。君の趣味嗜好に口出す気はないけど、本人の前でそのおぞましい妄想を垂れ流すのはやめてくれないか?」

 

「あら、ならこっちの沼にあなたも堕ちればいいのよ」

 

「おい堕ちるってなんだ、新手の近代魔術か!?」

 

……可笑しい。

 ぜっっっっったい、可笑しい。歯止めがまるで効いていない。このスーパーウルトラ可笑しな状況に誰も突っ込まない。スーパー能天気の藤丸もこれには鬼びっくりである。

 分かり合うことは難しいと思われていた相手と、また出会い、そして何故かスクールライフを送っている。しかも朝から一緒に登校という、三年前ですらそんな仲の良い人物が周囲に居なかった藤丸からすると、何というか。

 

「……気味が悪いな……」

 

「だろうな、同意見だ」

 

「あ、ごめん」

 

 聞こえないよう呟いた小言に、カドックは律儀に答え、藤丸は反射的に頭を下げる。

 と、

 

「……僕も、アンタと仲良くなんて、死んでもごめんだからな。そもそも、僕はカルデアを裏切ったクリプターだ。今更仲良くしたって、それが帳消しになるわけじゃないんだしな」

 

 ふん、と鼻を鳴らす横顔は、確かにカドック・ゼムルプスだった。劣っていることを分かっていながら、それでも歩みを止められない、藤丸と同じような凡人でろくでなし。

 こうしてのほほんと話している彼は、何か変なガスやアルトリウムなどといった成分を吸い込んだわけでも、催眠などをされているわけではない。元の因縁を忘れているわけでもなく、魔術やサーヴァントのことも記憶している。

 そしてそれは、マシュやアナシタシアも違わない。目の前にいる三人は、恐らく藤丸立香の知る三人と相違ない。世界が違うという点を除けば。

 ならばこそ、特異点だからと言って殺し合いに発展しないのが本当に不思議なのだが。

 そんな疑問を、カドックは打ち消す。

 

「まあ、なんだ……こうして世界は救われた(・・・・・・・)。僕にだって世界を救えるって証明が出来た今、お前を敵視する理由もない」

 

「……はあ。そう、なの……?」

 

「……ほんと白々しいな、アンタ。そういうところが嫌いなんだよ」

 

 何をう!?、と睨み付けようとした藤丸だったが、カドックの顔を見て黙り込む。

 安らかな顔だった。奪われ、憔悴しきった顔ではない。それでも何かを勝ち取り、その末に納得した。そんな顔だった。

 つまり。

 

(……ここは、全ての戦いが終わった後の特異点……なのかな……?)

 

 だとすれば、こんな世界も頷ける。

 これまでの特異点と比べ、記憶や関係性が元の世界と似通っていることや、明らかに異なる点が散見されるが……それはまあ、特異点だしそんなこともあるだろう。ダ・ヴィンチやホームズ、ゴルドルフ所長が居てくれたらまた違った見解を導きだしてくれるかもしれない。

 何にせよ拙いのは、その事情を知るのが藤丸立香一人だけ、ということだ。

 

(……今は何も、俺に危害とかはなさそうだけど)

 

 マシュすら術中にはまっているなら、正真正銘ここでは、藤丸たった一人で戦わないといけなくなる。無論そんな無茶は通用しないことは、この三年で骨の髄まで分かっていた。

 警戒は怠らず、不自然には見せずに。

 まずはそう、情報収集に徹して、

 

「ところで藤丸」

 

「ん、なに?」

 

「お前確か、ギターに興味あったよな?」

 

「えっ? そう……そうだけど?」

 

 そうなの?、と口を滑らせる前に、藤丸は何とか話を合わせる。実際ギターなんかは前々から興味があったわけだし嘘はついていない。

 と、カドックは頬をぽりぽりと掻いて、

 

「……一応、余ってるテレキャスか、アコギがある。どうせ捨てるだけだし、押し付けていいか?」

 

 目を瞬かせる藤丸。これまた……予想外の方向からフックが飛んできたものである。

 

「いやまあ嬉しいけど……いいの?」

 

「何が?」

 

「ほら、こういうのってちゃんとしたお店で売った方がお金になるんじゃ……」

 

「受け取ってあげて、マシュのマスターさん」

 

 つい、と横からカドックの前に出てきたのはアナスタシアだった。彼女は氷の結晶のように儚い笑みを浮かべて、

 

「カドックは、あなたとバンドを組みたいのよ。だけど身近に居るのはほら、サーヴァントかカドックよりも才能がある人だらけでしょう? だから同じ感性を持つあなたとなら、組んでも問題ないと思ったんじゃないかしら」

 

「ば、馬鹿を言うなアナスタシア!? コイツと、バンドだって? ハッ、同じレイシフト適正くらいしかないのに勝ち組の奴とバンドなんてちゃんちゃら可笑しくて反吐が」

 

「あら、ならなんで同じスコアを二つも買ってたのかしら?」

 

「…………おい、キャスター」

 

「ふふ、やっぱり可愛い人。こういうときは愚直に頼むのが一番でしてよ、マスター?」

 

 顔を真っ赤にして今にも喚き散らしそうなカドックと、そんな主人にご満足気なアナスタシア、そしてよかったですね先輩、なんて言ってくるマシュ。

 やはり、違和感しかない。

 違和感しかないのに。

 こういう未来だってあったのかもしれないと、そう考えると。

 何だか心の隅で、ちくりと痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 ところで。

 先のアナスタシアの言葉を覚えているだろうか?

 身近に居るのはサーヴァントかカドックより才能が上の人間だけ、と。

 アナスタシアという異聞帯のサーヴァントが居るのならば、無論汎人類史のサーヴァントだって居なければ可笑しい。

 つまるところ、

 

「やあやあ朝から暇かね、暇だよねマスターくん。いやあこのサボり界のナポレオンと呼ばれた私と今日も甘美なサボりライフを送ろうじゃないか! コーラとポテチに今日は盗撮した映画もあるぞう!」

 

「失礼ですが教授、母としても風紀委員ないし生活指導としても色々と問題を感じるのですがいかに? 具体的にはそのじぇんとるな髭を剃り落としても?」

 

「いやあ今日は絶好の学校日和だねェ諸君! ほらマスターくん、さっさと教室行きなさいな、真面目に勉強するんだヨ!? 主に私の髭とか命のために!」

 

「うむ、前言撤回までが早すぎるのであるな。これでは鰹節も削れまい。ところで猫の髭センサーが今日は雨だと読み取ったので傘を忘れるなよご主人、アタシ狐なので髭とかないが」

 

「何と、今日は雨なのですか。むぅ、晴れであれば太陽の騎士として、口説き文句にもキレが出てきたりこなかったりするのですが……」

 

「ふ、聞いて呆れるなガウェイン卿。女性を口説くのに天候を理由に退いては騎士の名折れ。私ならばいついかなる時でもゴミ出しに出てきた専業主婦の人妻から病弱で床に伏せた未亡人まで口説こう」

 

「卿のその面の皮の厚さがここまで心強く、そして殴り倒したいと思ったことはないぞ、ランスロット卿」

 

「オメーら二人とも騎士馬鹿にしてんのかオイ。っと、ようマスター。な、朝飯持ってねぇか? まだオレ何も食ってなくてさー」

 

「ちょっとマスター、私のモーニングコールを着拒するとかどんな神経してるわけ!? 金星飛んで恒星ヒットチャートぶっちぎり年間トップのこのドラゴンボイスを!?」

 

「ハイハイ、マスターは学校だからオタクらに構ってる暇ないの。ったく、アンタもオレらのことなんか気にしなくていいんだぜマスター? え、楽しいから構わない? またまた好きものだこと」

 

 サーヴァントもまた、すべてこの特異点に存在している。

 カルデアで確認されたサーヴァント、総勢二百を越えるサーヴァント全てがこの特異点では、同時に召喚され、思い思いに過ごしている。

 学校に向かう中でも見知った顔に続々と出会い、連れていかれそうになったり、時にはさっさといけと邪険にされたり。対応は色々だが、朝一番に顔見せしてくれた辺り、なんやかんやでみんな優しいなとニコニコしてしまう藤丸。

 

「……毎日毎日、よくもまあお前みたいな奴に会いに来るよな、サーヴァント達も」

 

 カドックの棘のある言葉も最もだ。自分よりきっと優しく、面白く、刺激のある人間はいるのに、みんな会いにきてくれる。

 これほど嬉しいことはない。こんな形ではあるが、自分が旅をしてきた三年間で育んだものは、決して無駄なんかじゃないと分かったから。

 既に藤丸はマシュやアナスタシアと別れ、カドックと二人、教室で待っていた。流石に生徒に混じって学園生活をしようとするサーヴァントはいなかったらしい。僥倖と言うべきかは分からんが。

 

「……にしても、また学校に通えるなんてなあ」

 

 藤丸が在籍するこの三年A組は、別段特筆することはない。ちょっとさっきから掃除用具入れとかベランダがガタガタしてるような気もしなくもないが、まあそこはそれ。シャドウボーダーに移転してから久しく感じてなかったことなのでそれすらひとしおである。

 

「まあ、普通なら無理だろう。これもそれも上手くいきすぎた結果だ。気持ち悪いくらいにな」

 

「君ほんと毒吐いてばっかね……」

 

 隣で頬杖をついてるカドックに、藤丸は苦笑する。

 と、チャイムが鳴る。特異点攻略中だが、久しぶりの学校はやはり楽しみだ。一体どんな学園生活になるのか。

 

「ニャハーーッ!! 三年アマゾン組のみんな、おっはよーうっ!!」

 

 が。

 そんな気持ちは、廊下から聞こえてきた怪生物の声に掻き消された。

 ズザーッゴッ!!、と教室にダイブしてきた茶色い影は、教壇の角に四十度くらいの角度でぶっ刺さる。さながら時計の針みたいにがくん、と墜落したそれは、直後に立って高笑いした。

 

「いやあ、やっぱ朝イチのKUSHIZASHIは最高に目が覚めるわ……みんなもやってみニャい、一刺し?」

 

「やらんわ!!!! つかアマゾン組ってなに!? A組ってそういう意味なの!?」

 

 全力で突っ込む藤丸。元気な生徒に着ぐるみを着た教師ーーもとい、血濡れの戦士ジャガーマンは犬歯を見せる。

 

「ニャハハ、藤丸くんってば冗談冗談。ほら、血を見ると私ってばちょいサバト開いちゃうからやらないようにニャみんな。あと南米出身の私が受け持つ=密林教室的なサムシング。ほんとはほら、三年J組か三年T組とかにしたいけどそこは妥協よネ! アマゾンもいいぞ、宅配とか特に速いしね! コノザマは許せよな特に地方民!」

 

「……おい藤丸。授業になるのか、あれ?」

 

「なるわけないでしょうよ」

 

 最早通じ合えぬ。

 ここまで授業になりそうもない教師は、藤丸立香も初めてなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学校とは一体なんだったのか」

 

 ぐでーん、と長テーブルの一角で突っ伏す藤丸。よしよしと背中や頭を擦る後輩の優しさが今となっては仇になる。こんな素晴らしい後輩と同学年だったならば、きっと滅茶苦茶きらびやかな授業だったのに、と。

 ジャガーマンは始まりに過ぎなかった。

 弱肉強食英語教室が序章など、誰が分かっただろうか。

 二時間目。物理&化学、エジソン&テスラ。

 交流直流「直流交流だ忘れるなよオォン!?」……まあ二つの電流が薬品に接触してなんかこう摩訶不思議な電気の力で爆発。そうでなくとも口喧嘩ばかりで授業にならない。帯電したチョークが音速を越えて眉間に炸裂したときは藤丸もマジでキレそうになったのも仕方ない。

 三時間目。現代文、シェイクスピア。

 例文の意味を解説するのに自身の著書から引用し、何となく分かったけどいやそれ結局自分の本の方が分かりやすいって自慢してるだけじゃね?と気づいてからはまあドヤ顔がうざいのなんの。そして最後は、

 

ーーTo climb steep hills(険しい丘に登るためには) requires a slow pace at first(最初にゆっくり歩くことが必要である)!と言いますが、まあ、我輩の本を読んだ方が教育的に良いでしょうな!

 

 と、大々的に宣伝して朗々と帰っていったのである。二度と来ないでほしいと藤丸は思った。

 四時間目は保険体育。

 担任教師、殺生院キアラ、退場してからはスカサハ師匠。

 以上。

 以上ったら以上なのだ。

 そんな非常に濃い時間を過ごした藤丸は、心身ともに疲れ果てていた。

 

「……なんか、違う……思い描いてたのと、なんか、違う……」

 

「皆さん、先輩に自身の分野を教えられるということで、偉くはりきっているご様子でしたから……」

 

「張り切るっていうか、すごい自由にやってたけど……」

 

 特にシェイクスピアとキアラはもうそりゃあ凄かった。片や題材となる例文を添削しながら虚仮にするし、片や自身の体で保険の授業をしそうになったのでアンデルセンを召喚して退場、急遽体育服を着てサッカーになったもののスカサハ師匠の扱きで体がバッキバキになったのである。

 こう、加減がない。

 全く加減がない。

 人を超人か何かと勘違いしている間違いなく。

 

「大変でしたね、先輩。お疲れかと思いますが、午後を考えると昼食で英気を養うのが得策かと。カツ丼などいかがですか?」

 

「うん、そだね……いいよね、カツ丼……」

 

 午後は残り二時間。あとは数学と世界史だったか? 誰が受け持っているのか考えたくもないが、体力補充をしなければ。

 ガガッ、と椅子を引いて立ち上がる藤丸をマシュは止めて、とことこと入り口から一番遠い調理場へと食事を受けとりにいった。こういうとき、そっと気を利かせられる後輩力に毎回藤丸としては申し訳なくなる。

 と、

 

「なんだ、たった四時間で情けない。その体たらくでよくカルデアのマスターが務まったもんだ」

 

 すとん、とプレートにざるそばを載せて向かいに座ってきたのは、またもやカドックだった。が、藤丸としては今の一言に少し物申したい。

 

「……膝、笑ってるけど」

 

「これは証明だ。僕も君と同じ授業を受けたっていうね。あと膝なんて笑ってないこれはざるそばを食べられるって言う歓喜のコサックダンスだ」

 

「しょうもない証明だなあ……」

 

 ざるそばそんな好きなんだね、黙れ呪うぞこの劣等生、と言い合いながらテーブルを囲む二人。

 

「君のサーヴァントは? あの皇女さんが離れるなんて珍しいね」

 

「僕だって側にいろと強制はしてないからな。なのに彼女がくっついてくるだけだ」

 

「お暑いことで」

 

「眼球箸で破裂させてやろうかこのオタマジャクシ野郎」

 

 ん、とカドックが顎でしゃくった先は、食堂の一角だった。そこにはあのアナスタシアと……鈴鹿御前やマルタなどが相席して、何やら携帯端末片手に右往左往していた。

 

「……なにあれ?」

 

「インスタ映えだとさ。何でもSNSに自分と料理を映った写真を投稿して、女子力とかいうのを高める儀式らしい。魔術の一つなんだと」

 

「いやそんなマジカルな要素多分無いと思うけど……」

 

 マルタさんも一応女子力とか気にしてたんだな、と失礼なことを思う藤丸。それにしては画角に入っている料理がハンバーグカレーなのは女子力の欠片もないと思うが。

 しかし。

 改めて周囲を見渡すと、何とも奇妙な光景だ。

 すぐ側では目玉焼きに醤油かソースかで喧嘩してるサーヴァントも居れば、静かに食事をしているように見えて寝ている奴もいるし、はたまた食べたことのない料理に宇宙の神秘を見つけたのか宇宙食にしようとパック詰めする奴やら。

 かつてのカルデアでもここまでカオスではなかっ……いやカオスだったなあ、色々。藤丸は数々の珍事件を思い出して遠い目をする。

 

「どうした黄昏て。ざるそばならやらないぞ」

 

 ずずず、とざるそばを啜るカドックに、藤丸は何だか安心する。小言(藤丸基準)ばかりのカドックは、まだ接しやすいのである。非常に。

 

「ああいや、凄い学校だなあって。カドックはいつからこの学校に?」

 

「? いつからも何も、一緒のタイミングだったろ。記憶まで可笑しくなったのか?」

 

「そうだっけ? あはは、物ボケが酷くてさ。どうやって全部の戦いを終わらせたのかすらすっぽぬけてる」

 

「ふん、それは嫌味か落第生?」

 

 不機嫌そうにつゆにワサビを足す少年に、藤丸は曖昧模糊とした笑みで受け流した。

……カドックから情報を得るには、彼からの心証が悪すぎる。何よりカドックの言葉からすると、相当記憶に残る戦いがここではあったようだ。それこそ終局特異点と同様。それを知らないと押し通すには、藤丸の稚拙な腹芸ではどうにもならないだろう。

 本格的な調査は放課後、別の方向からが良いのかもしれない、と藤丸は結論づける。

 

「お待たせしました先輩……あ、カドックさん。いらっしゃってたんですね」

 

「成り行きでな。他のサーヴァントと相席するよりは、藤丸やお前と相席した方がまだマシだと判断しただけだ」

 

「そうですか、嬉しいです」

 

「……おい藤丸。お前、キリエライトにどんな教育をしたんだ? 一応皮肉だぞ今の」

 

「世界は広いよってことくらい?」

 

「広い狭い以前の問題だろこれ」

 

 マシュからカツ丼を受け取り、合掌する藤丸は、笑って流す。

……少年はいつ気づくだろうか。

 自分がこの状況に、居心地が良いと感じ始めていることに。

 そして徐々に、自分の世界ーー漂白され、不毛な争いしかない世界との差に、精神を削り取られていっていることに。

 

 藤丸立香は、いつ、気付くだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になった。

 一言で済ませてしまうには惜しいというか言いたいことが山程あるくらいなんやかんやがあったのだが、今更なので閑話休題。とりあえず教室でドンパチやらないでほしいと藤丸は切に思った。

 さて、下校である。

 やっと学校から解放されるとなればあとは自由時間。しかし藤丸にとって、それは楽しみな時間ではない。この世界を壊すための下準備、それを行うための時間である。

 この世界にとって、藤丸は簒奪者。

 エネミーなどが発生しないため忘れそうになるが、藤丸にとって目に見える人影全てが敵も同然なのだ。 

 

「……とは言ってもなあ」

 

 学ラン代わりの極地型カルデア制服を身を包む藤丸の足は、右往左往して全く定まらない。見ようによってはあてもなくぶらぶらしているだけのお気楽学生だ。

 再三言わなければならないが、基本藤丸立香はお飾りのマスターである。エネミーの索敵から、戦闘、魔術、知識から何もかもが足りない。そんな藤丸が一人、特異点にぽーんと放り込まれたらどうなるか。そんなことは火を見るより明らかである。

 

「……日付はやっぱり2018年か……となると、ここは正規の英霊が作り出した特異点じゃないな……」

 

 コンビニのレジ近くにある新聞を購入して、ざっと見出しを確認する。藤丸は新聞を読まないが、問題は情報の鮮度だ。

 三年前のあやふやな記憶から当時と現在の政治家の写真とを照らし合わせてみたが、やはりここは藤丸が生きていた世界と似ている。

 違うところがあるとすれば、この世界は全ての戦いが終わった後の世界だということか。

 例えば人理焼却。例えば、ロストベルト。それらの全てを解決し、めでたしめでたし、となった世界のようだ。

 しかしそのロストベルト攻略も、藤丸の記憶にあるシンまでの記録しかないし、無理矢理めでたしめでたしと締めたような感じ、らしい。端的に言えば、どうやって世界を救ったのか誰も分かってはいないが、とりあえず救われたことは分かっている状態である。

……本来特異点は、歴史という波に押し流されて消えるだけの小石だ。しかし、そんな小石であっても、発生させるには聖杯クラスの品が必要となる。

 発生源が聖杯だとして、では黒幕は何を思ってこの特異点を作り出したのか? そこから思惑が新聞を読めば、多少なりと分かるのかもしれないのだが……。

 

(……うん、わからん!)

 

 学生鞄に買った新聞をねじ込むと、藤丸はてくてくとコンビニから離れていく。

……勘違いしないでほしいが、藤丸立香は考えなしなわけでも、ただ無能な少年ではない。

 ただヒント一つで、あっという間に謎が解ける名探偵でもないのである。

 

「珍しいですね、先輩。急にコンビニへ行かれたかと思えば、新聞を購入されるなんて。何かあったんですか?」

 

 放課後から向こう、結局ついてきていたマシュの質問に、藤丸はやや間延びしながら、

 

「あーー、まあほら。テスト勉強とかに役立つかなあって。時事問題とかほら、出るかもしれないし。ネットで検索するのもいいけど、紙でも確認しなきゃね、ほらダ・ヴィンチちゃんも言ってたし。ネットの網に巻かれるなよ若人って」

 

「はあ、そうなのですか。でしたら明日から、不肖マシュ・キリエライトが先輩のために情報を仕入れて説明しますね」

 

「えっ、なんで?」

 

「……先程、先輩は新聞を読んで五分もしない内に鞄に押し込んでいたじゃないですか」

 

 ぎく、と藤丸は肩を震わせる。そういえばこの後輩の体内時計は完璧だったと、失念していた。

 

「ダメですよ、せっかくやる気になったのですから。この機会に毎朝新聞を読む習慣をつけるのがよろしいかと。世界情勢とまではいきませんが、国内の事柄程度は知っておくべきです」

 

「む、むぅん……でもなあ、朝は眠くて頭に入ってこないっていうか……」

 

 歩行者用の押しボタンに指をぐいっと近付けると、信号が変わるのを二人して待つ。

 朝も通った交差点は、今度は帰宅ラッシュで込み入っていた。幸いにも朝よりは人通りも少ないので、急かされることもない。幾分揺ったりとした波に、二人は運ばれていく。

 するとマシュが、

 

「……カドックさんのように。オフェリアさんとも、仲良くなれたのでしょうか」

 

 と、呟いた。

 

「……マシュ」

 

 藤丸は何も言えなかった。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 二番目のロストベルトで相対したクリプターであり、カルデアを裏切ったマスター候補、Aチームの一人。

 敵に回っても、マシュだけは殺そうとしなかった、何処か優しい人。

 

「……、あ。ご、ごめんなさい……言葉に出ちゃってました、か……?」

 

 無意識だったのだろう。わたわたと慌て始めるマシュに、藤丸はいいんだ、と返す。

 

「大事な人だったんだね、やっぱり」

 

「……はい」

 

 藤丸は、クリプターとしてのオフェリアしか知らない。だからマシュがあのオフェリアとどんな会話をして、どんな日々を過ごしたのかは分からない。

 けれど。

 

「分かるよ、その気持ちは。俺も、今でも思う」

 

 オフェリアが死んだ直後。藤丸は、マシュからこんな話を聞いたことがあった。

 

ーーもし叶うのなら。私、オフェリアさんと食事を共にしたかったんです。Aチームとしてではなく、友達として。

 

 悲しそうに目を伏せる彼女に、藤丸は何も返せなかった。ただこれからもこんな風に、かつての仲間が死んで、その度にこの少女が郷愁に耽るのかもかもしれないと思うと、酷く心が痛んだ。

 本当だったら、クリプターなんかにならなければ、マシュとこうやって過ごせているのかもしれないのに、と。

 

「その気持ちはさ。きっとこれからも、無くなったりしないんだと思う。傷痕っていうのかな。痛かったことは記憶から消えてくれなくて、その度に胸が張り裂けそうで」

 

 だけど。

 藤丸立香は知っている。

 それは、ただ悲しいという袋小路で終わったりしない。

 

「でも。それでも、俺達は出会いと別れを繰り返してきた。最期には悲しくなったり、辛くなって涙を流しても。色んな人と触れ合って、色んな人に手を振った」

 

 藤丸がマシュの手に触れる。

 小さな、陶器のように白い手の平。それを握る。

 

「助けられなかったことを悔いるな、なんて言わない。でも、楽しかったことがあったら、一緒に笑おう。オフェリアさんと出来なかったこと、みんなとやろう。オフェリアさんに届くように」

 

 穢れのない少女の瞳が、一瞬潤む。せめぎ合う感情の波を抑えるために俯くと、顔を上げたときにはそんな素振りすら見せなかった。

 

「……はい! オフェリアさんの分まで、きっと!」

 

 夕日を背景に、噛み締めるように思い出を語る少女は、綺麗で、美しかった。まるでそれは網膜というファインダーが捉えた写真のように、マシュのはにかんだ顔が藤丸の脳に焼き付く。

……マシュのそんな顔を、藤丸はいつぶりに見ただろう、と考える。たった二ヶ月前ーーそれこそクリスマスのときまでは、楽しそうに笑っていたのに、今ではもうマシュが心の底から笑っている顔が鮮明に思い出せない。

 それは別に、楽しかった思い出を忘れてしまったわけじゃない。

 けれど。

 ああ。

 

ーー俺は、テメェを、絶対に許さない。

 

 誰かの死体を、踏み越えていったことがある。

 

ーー俺に幸福な世界があることを教えてしまった失敗を、絶対に許さない。

 

 誰かの不幸を、許せなかった人がいる。

 

ーーあたし、また困らせるようなこと言ったの? どうしよう。ああ、どうしよう……。

 

 誰かに、幸福を押し付けてしまったことがある。

 

ーー胸の奥、きゅうっとなって……涙が出ちゃう。あたし、どこも痛くないのにね?

 

 誰も救われないことを、教えられなかったことがある。

 一体、幾人の人を殺してきただろう。

 世界を守るため、なんて上品な言葉でコーティングして、何度戦ってきただろう。

 何度も何度も傷つけて、何度も何度も失って、その度に言われてきた。

 進め。

 決して、立ち止まるな、と。

 でも、ずっと思ってきた。

 

(それならーー俺は、いつこの足を止められるんだろう)

 

 一度は、世界だって救われた。

 足を止めて見上げた青空を、藤丸は未だに覚えている。眩しいだけの光輪なんかとは違う、何処までも何処までも、澄み渡るような青空を。その光景がどれだけ得難いのか、誰だって分かっていたハズなのに。

 なのにまた、世界は壊れて。

 青空は、見えなくなって。

 進めと託されて。

 大切な人は、笑わなくなった。

 

(……また、見れるのかな……あの空を……マシュが笑ってくれる日は、みんなが何の憂いもなく笑える日は……来るのかな……)

 

 自信がなかった。

 一人では何も出来ないのに、たった一人で、特異点にいるという今までになかった状況だからか。

 不安になって、そのくせ何かを為すことなんて出来なくて。それでも、足は動いてしまうから。

 だから、

 

 

 

「ーーーーだから大丈夫だ、と? ふん、人間らしい楽観的な思考だな。感動すら覚えるよ。自惚れもそこまで行けば、世界を救えると勘違い出来るのだからな」

 

 

 

 声が意識に挟み込まれた直後だった。

 世界が、暗転した。

 

「な、……!?」

 

 それを、何と表現すれば良かっただろう。

 暗闇が逃げてしまうほどの、濃い漆黒の世界。爪の先どころか髪の毛一本すら隙間のない黒が、藤丸立香の目の前に広がっている。何処までもフラットな、足場の凹凸すらない平面の光景。

 理解が、追い付かない。

 まるでテレビのコンセントを抜いたかのような、ぶつ切りという言葉すら温く見える切り替え。

 藤丸は自分が立っているのか、寝ているのか、それすら確かに言い表せない。

 

「まるで、夜が怖い赤子だな」

 

 再びの声。

 この暗闇で耳が可笑しくなっていないのなら、藤丸の耳にその声は女性の声に聞こえた。系統的にはオフェリアに近いだろう。尊大なのだが、それを是とするほど異質な感覚が、藤丸の全身を叩く。

 そう、これはサーヴァントの気配ではない。むしろビーストやグランドクラスのような、規格外に近いーー!

 

「せっかく招待してやったのに、涙が出そうじゃないか。これで世界を救うだのよく宣えるものだ。人材不足にも程があるだろう、汎人類史とやら」

 

「……だれ、だ……?」

 

「ほう?」

 

 こっ、こっ、と。

 ヒールが、闇を鳴らす。それは、酷く不気味な音だった。この上も下すら分からない世界で、当たり前のように闇を歩くその手慣れた音が、音の主の異質さを語っていたからだ。

 藤丸の目にも、その姿がようやく見えてくる。

 それは、まさしく魔女のような姿をしていた。小柄な裸体を隠すような、黒皮の装束。首から広がるマントと、金髪のロングヘアーをもすっぽり覆うつばの広い三角帽。

 そして目を引くような、顔の右半分に巻かれた眼帯の奥にある、真っ赤な何か。

 少女は、右手に持った金色の槍をバトンのようにくるりと回し、地を石突で叩いた。

 

「この神に不遜にも名を問うとは、存外その魂は頑強だな。たかが(・・・)世界一つとはいえ、救っただけのことはあるらしい。故に褒美だ、語ろう」

 

 す、と息を少女が息を吸う。ただの呼吸。なのに、藤丸の体はメキメキメキ、と何かの干渉を受ける。それは、名の持つ言の葉の力。名前そのものが一種の力として振るわれるほどの存在。

 

 

「私の名は、オティヌス」

 

 

 それは、まるで琴の音色のように。

 それは、まるで雷の轟音のように。

 

 

「魔神、オティヌス。その矮小な脳味噌に、この名を記憶しておくがいい、人間」

 

 

 魔神が、現れた。

 

 

 

 

 

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