【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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「魔神……オティヌス……?」

 

 聞いたこともない名だった。魔神、という名からすると、神霊の類いだろうか? 藤丸のそんな考察を踏み潰すように、三角帽を被った隻眼の女は告げた。

 

「おいおい、神霊なんて腐り果てた存在と一緒にしてくれるなよ、人間。分かりやすい名で言えば、そうだな。汎人類史での名はオーディン(・・・・・)か」

 

「……ッ!?」

 

 オーディンならば、歴史に疎い藤丸でも知っている。北欧神話において、主神として知られる戦の神にして、神々の王。確かグングニルという必中の槍をもち、隻眼だった。丁度目の前に居る、少女のように。

……ちなみに、オティヌスという名はデンマーク人の事績という歴史書でのオーディンの呼び名なのだが、藤丸は知るべくもない。

 しかし、神霊が腐った存在はどういう意味か。それではまるで、

 

「生きているよう、か? 当たり前だ。私はオティヌス、魔術の神にしてオーディンそのもの。つまり、お前達人間の言う神代から現在まで生き続けた(・・・・・)、本物の神。それが、私だ。いや、だったというべきか」

 

「…………」

 

 藤丸が黙り込む。これがダ・ヴィンチやホームズだったならば、その知識と照らし合わせてあり得ないと狼狽していたかもしれないが、藤丸にそんな知識はなければ狼狽するほどの余裕はない。

 

「今はこのように、亡霊紛いのシミのようなサーヴァントだ。それでも、そこらの神霊ごときに遅れを取るほど落ちぶれたつもりもないが」

 

 既に、藤丸の中で鳴る警鐘は、かのビーストクラスと同等まで引き上げられていた。つまり、銀河と蟻の対決みたいなものだ。最初から勝負としても殺し合いとしても成立していない。

 

(なら、そんな神様がどうして俺なんかをわざわざここに呼んだ?)

 

 全てはそこだ。

 この特異点の黒幕か、それとも第三者か。

 

「……ここは何処だ? さっきの特異点とは、違う場所なのか?」

 

「いいや、一緒だよ。映写機のフィルムと同じさ。全ては見え方の問題だよ」

 

 こ、とオティヌスが槍の柄で闇を叩く。

 本当に、軽い音だった。空虚で、空っぽなコップを置くような。

 しかし、瞬きすら許さずに世界が戻る。

 夕暮れの交差点に。

 全てが終わった後の世界に。

 さっきまでと違うところがあるとすれば、それは藤丸を除いてただの一人も人が居なかったことだ。

 

「一枚挟めば、見ての通り。光も闇も、全てはお前のその薄汚い眼球と脳が識別しているだけに過ぎない。ここでは、見てくれに意味などないよ」

 

 こん、こん、こん。

 魔神が槍で地を叩く度に、世界が入れ替わる。情報量の差の吐き気がする藤丸は、敵の目の前だと言うのにうずくまった。

 幻覚、ではない。

 現実と幻覚の差くらいは、藤丸だって何となく分かる。だが、これはなんだ? まるでカメラロールをスライドするように、世界そのものが上書きされ、削られ、を繰り返している。

 他ならぬオティヌスの手で。

 

「……でたらめだ……特異点そのものを自由に操れるのか……?」

 

「おいおい、神の末席に身を置く私に、そんなスケールの小さい話をするな」

 

 オティヌスは手の槍に寄りかかると、

 

 

「ーーそれで、楽しんで頂けてるかな? 我が異聞帯(ロストベルト)は?」

 

 

 と、知りたくもなかった事実を、軽々と投下してきた。

 

「………………は、」

 

 動悸が早くなる。血管が心臓を絞め付けるようだった。藤丸の脳裏に、三つのあり得たかもしれない未来が去来する。

 まるで、遺影だけを集めたアルバムをめくり、懐かしむような。

 

「……ここが、異聞帯(ロストベルト)、だって?」

 

 異聞帯(ロストベルト)

 それは、過った繁栄の結果。

 特異点のように突然出来た、狂った世界ではない。何も間違えてはいないにも関わらず、それが帯のように何百年も続いた結果並行世界からも弾き出された、歴史の残滓。

 故に、異聞帯。

 腐り落ちてもなお枝から剥がれなかった、禁断の果実である。

 

「まあ、本来の異聞帯とは些か毛色が異なるがな。何せ異星の神とやらのやり方は、回りくどい。空想樹だの、濾過異聞史現象だの、やっていることは実に非効率的だ。仮にも神を名乗る愚物が、人間の手を借りる必要が何処にある?」

 

「……じゃあ、お前は」

 

「そうだ。私はこの異聞帯全域を自由に操れる(・・・・・・)。それこそ、命すらな」

 

「……命すら、だと?」 

 

「見た方が早いか」

 

 再度、オティヌスが槍の石突を唸らせる。ヒュウン、という空を切る音も束の間、何かが藤丸の前に現れ、雪崩れ落ちてきた。

 見覚えがあるその人型は……。

 

「……マシュ!?」

 

「……」

 

 先程まで楽しげに話していた、マシュその人だった。慌てて体を揺らして呼び掛けるが、返事がない。かけていた眼鏡がずり落ちても、揺さぶっても、彼女は目を開けなかった。

 

「……何をした……マシュに何を!?」

 

「なに、騒がれても話がとっちらかる。だから眠ってもらっているだけだよ。それと、少し離れた方がいい。返り血を浴びたくなければな」

 

「何を」

 

 言ってる? そう、藤丸が問い詰めようとしたときだった。

 鉄が風を切るような音が、耳に届き。

 真下から、間欠泉のごとく藤丸の顔へと噴き出した。

 

「あ……え、?」

 

 一瞬それが何か分からなかった。

 赤。深い紅の液体は、壊れた蛇口のように肉の穴から飛び出している。そう、丁度人の頭をもぎ取ったら(・・・・・・)こんな穴が出来るだろう桃色の肉と穢れを知らない背骨の間から鮮血は藤丸の全身に降り注いで綺麗な断面が赤の乱舞を振り撒いて

 

「ぁ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!??」

 

 あるべきものがなかった。

 真っ白な肌も、好奇心旺盛な瞳も、すらっとした鼻も、最近リップで手入れし始めた唇も。

 マシュの首から上が、ごっそり切り落とされていた。

 

「だから騒ぐなよ。今更人一人の死に絶望するほど柔な精神じゃないだろう。ほら、ロマニ・アーキマンの時も泣かなかったじゃないか?」

 

「おま、え……!!」

 

「なんだ、まだ死を割り切れていなかったのか? 曲がりなりにも世界を救ったのであれば、付き合い方くらい覚えているのかと思っていたが、なるほど。随分大事に扱われているらしい」

 

「お前っ……!!!」

 

 脳を塗り潰すほどの怒りと、脳を埋め尽くすほどの悲しみが、お互いを食らいかねないほどせめぎ合う。ギチギチ、と噛み合った歯が口に入った血で嫌に軋んだ。

 そんな藤丸の怒りすら、そよ風のごとく魔神は受け流す。

 

「怒るなよ、虫けら。うっかりくびり殺したくなるだろう。足を根本からもがれるのは、それなりに痛いからおすすめしないぞ。あといつまでその女を抱いてるつもりだ?」

 

「よくも、よくもマシュを……!!」

 

「せん、ぱい?」

 

 ぴたり、と。

 その声を聞いた瞬間、藤丸の脳は停止した。

 吸い寄せられるように少年は、視線を落とす。そこには、まるで何事も無かったかのようにマシュがきょとんとしていた。

……認識が、追い付かない。確かに見たハズだ。彼女の首の断面を。彼女の血が口に入って歯が軋んだことも覚えている。しかし服に返り血は全くない。

 そう、まるでぐちゃぐちゃに描いた出来の悪い落書きを破り捨てるかのように、跡形も無くなっている。

 

「……なん、だ? なんだよ、これ? 何が、どうなって……!?」

 

「ふん、位相の仕組みすら分からんか。まあ、フィルターを何層にもフォルダ分けして再配置しているだけだ。そう、例えば先程のようにマシュ・キリエライトの頭部が破裂し」

 

「! やめ、」

 

 ろ、という前にまたもや鮮血が飛び散る。むせ返るような血肉は五感を真っ赤に塗りたくり、

 

元に戻す(・・・・)ことも出来る」

 

 次の瞬間には全てが元通りになる。

 悪夢よりよっぽど質が悪い。

 どれも鮮明に覚えているのに、そのどれもが一瞬で幻となって消え失せるのだ。

 マシュを抱えていなかったら、藤丸はその場で胃の中のモノを残らず吐いていただろう。

 

「さて、まあこんなものだ。これを、私は異聞帯全域で行える。あらゆる人、建築物、英霊もその例外ではない」

 

「……つまり、サーヴァントのみんなを呼び出したのは」

 

「私だ。カルデアに出来て、神である私に出来ない理由などない」

 

……化け物なんてレベルじゃない。この目の前の少女は、たった一人でカルデア全ての機能を補い上回るほどの力を持っている。しかも、それはあくまで機能の一部だ。本当の力は世界の操作……いや、ここまでくると改変と言っても良いだろう。

 英霊召喚すら、片手間。

 既に藤丸の懐には、マシュすらいない。邪魔だから消したのだろう……とにかく藤丸は、情報収集に徹する。

 

「じゃあ、あのマシュ達は?」

 

本物(・・)だよ。いや、その言い方は正確ではないか。位相……では理解出来ないのだったな。そちらの言葉では、剪定事象に近いかもしれんな。腐り落ちる寸前の木々を保護するのと同じように、ここに生きていた人々を拾い上げただけだ。生きているのだから、文句はあるまい?」

 

「……つまり、俺達とよく似た世界を、お前が好き勝手粘土みたいにこねくり回してるってことか」

 

「人聞きの悪い。有効活用していると言えよ、人間。これでもそれなりに人間は好きなんだ。殺したくなるほど憎んでもいるがな。ま、心配するな。連れてきたのはお前一人、他の連中は今も仲良く異星の神とやらと戦っているだろうさ」

 

……徹底的に舐め腐っている。オティヌスは、藤丸を道端に転がる小石以下の価値としか見定めていない。

 実際その通りなのだが……なればこそ、余計に思ってしまう。

 どうしてここに、藤丸一人を呼んだのか?

 

「……その愚かな人間を一人異聞帯に放り込んで、何をさせようとしてるんだ、お前は? 俺が今まで戦ってこれたのはカルデアのみんなの助けがあったからなのに」

 

「そんなの、一つしかないだろう」

 

 オティヌスが答える。

 

「ーーお前が潰れ、命乞いするところを見たい。そう、お前だよ藤丸立香。汎人類史、最後のマスター。星の輝きすら反射させられない、路傍の石ころ」

 

 神々の王を名乗る少女が、口の端に笑みを乗せる。

 まるで虫の足を全部引き千切って、無邪気に笑う子供のように純粋なーー悪意が一切ない目で。

 

「不思議だったんだよ。お前のような石ころが、どうして世界を救えたのか。別にお前に隠された力があったわけでも、優れた指導者だったわけでもない。むしろ流され、守られる立場だったお前が当たり前のように生きてることが、私には不思議でたまらない」

 

「……当たり前だ。俺一人じゃ、絶対に生き残れなかった」

 

「まさか。英霊どもがいくら束になろうと、お前が死ぬ可能性の方が高いに決まっているだろう。いや、事実お前の代わりに死んだわけか。例えばそう、神を差し置いて不遜にも魔術王を名乗る男(・・・・・・・・・・)とかな」

 

 奥歯が、鈍く唸る。真っ暗な世界が発光したかと思うほど、沸騰していく感情を抑えつけるように、藤丸は両手をぎゅっと握り締めていた。

 

「……不思議だな。理不尽に怒るほどの気力があるとは。何も出来ないくせに、まだ立ち上がろうとしてることを恥ずかしいと思わないのか、お前?」

 

 落ち着け、と自身に言い聞かせる。

 怒りを発信するのではなく、立ち上がる気力にして、漲らせる。

 この前後どころか一寸先すら分からぬ暗闇で、怒りは分かりやすく恐怖をはね除けてくれた。

 

「そうだ……俺は、色んな人に守られて、ここに居る。だからこそ、死んでなんかやらないぞ、魔神オティヌス」

 

 だが。

 オティヌスは、そんな藤丸を鼻で笑う。

 

「よく言う。お前が死ねば(・・・)、全ての人が救われたかもしれんというのに」

 

「……え?」

 

「考えもしなかったわけではないだろう? 簡単な話だ」

 

 まるで、前提条件のように。

 

「マスターがお前でなければいけなかった理由はなんだ? お前以外のマスターが全て生死不明の境目だったから? まさか。お前が死んだところで、カルデアは次の手段を考えていたよ。お前より(・・・・)は優秀なマスター程度、誂えるくらいは可能だろう」

 

「……だから、無駄死にだって言いたいのか? そんなもしもに、今更騙されるとでも……!!」

 

「騙されるか騙されないかは勝手だよ、藤丸立香。関係あるのは、お前が正しかったかどうかに過ぎない。私以外にも言われたことがあるだろう? どうしてお前のような奴に世界が救えたのか、と」

 

 だから、とオティヌスは豪語する。

 

「教えてやろう、人間。お前がいかにちっぽけで、いかに取るに足らん存在かを。ただ何となく生き残ってしまった不運を呪うがいいさ」

 

「……何を、するつもりだ」

 

「決まっている」

 

 こん、と石突きで地面を一突き。

 それだけだった。

 

「お前の全てを、へし折り、蹂躙するだけだよ」

 

 漆黒の世界が色を帯びる。

 光すら飲み込む黒から、光すら弾く黄金へ。

 変化は一瞬だった。

 気付けば、藤丸立香は横断歩道に立ち尽くしていた。

 

「……先輩? 大丈夫ですか、先輩? 顔色が優れませんけど……」

 

「え? ぁ……、うん」

 

 隣にいるハズのマシュが、凄く遠くに感じた。目の前の世界が酷く脆く思えて、立っているだけで壊れてしまいそうな錯覚に陥る。

 何処からが現実で、何処からが幻覚だったのか……先程までの全てが現実だということは、藤丸には到底受け入れがたい。

 だって、世界はあんなに簡単に壊れたりするモノではない。

 藤丸をいつも助けてくれた後輩は、あんな人形みたいに首が取れたりしない。

……そのハズだ。そう信じている。

 しかし、藤丸の脳裏にはこべりついている。世界はあんな風に壊れるし、マシュも簡単に死ぬと。

 現実味がないのではなく、現実味がありすぎるから、夢と現実の区別がつけられない。

 

「……大丈夫だよ。うん、大丈夫」

 

「本当ですか……? その、緊急でしたら担ぎましょうか? 任せてください、迅速にマイルームまで運びますので」

 

 ぐっ、と力こぶを見せるマシュに、藤丸は首を振る。

 

「いやいや、町中だからほら。大丈夫だって、マシュが心配するようなことは何もないよ」

 

……とりあえず、整理しよう。

 ここは魔神オティヌスが管理するロストベルトで、どうやら藤丸はたった一人ここへ連れてこられたらしい。目の前のマシュや英霊達は、全員このロストベルトの住人であり、オティヌスにとっては人形に過ぎないようだ。

 つまり、四面楚歌。

 藤丸はたった一人で、このロストベルトに対峙しなくてはならない。

 

(……冗談だろ。神様に喧嘩売られたって言うのに、一人ぼっちとか……)

 

 全てが藤丸にとって、敵だ。

 それは今こうして心配してくれたマシュだって、変わらない。藤丸が汎人類史の住人である以上、この世界か、汎人類史が滅ぶまで殺し合うしかない。

 どうすればいい。

 事情を説明する? ここがどういう世界かまでは分からないが、最終的に滅ぶと分かって、全ての人間が勝ちを譲ってくれるとは限らない。今までのロストベルトだってそうだった。認められないと、ぶつかり合って、そしてやっともぎ取ってきたのだ。

 それを、自分は果たしてやれるのか?

 勝てる勝てないの話ではない。

 マシュを、今まで助けてもらった人達全てを見捨てられるのだろうか?

 そんなことが出来たとして、あの星に帰れたとして……本当に、自分はみんなの前でヘラヘラとしていられるのか?

 守りたいモノがあるのに、それすら切り捨てたら、何のためにロストベルトを破壊してきたのか。

 何のために自分は、大勢を殺したのか、それすら分からなくなる。

 だが、世界はそんな藤丸を待ったりはしない。

 

「っ、先輩下がって!!」

 

「え? お、わっ!?」

 

 一瞬のことだった。

 横断歩道を渡ろうとした藤丸の首根っこをマシュが掴み、歩道へ引き戻すと、そのまま盾を召喚しアスファルトへ突き立てる。

 すると、複数の飛来物が盾に弾かれ、背後の道路標識や看板を根本から引き千切った。

 藤丸は無様に体を丸めつつ、周囲を見回す。

 

「な、なんだ……? 敵襲?」

 

「分かりません。一体何が……」

 

「その男から離れろ、キリエライト」

 

 滑り込んだ声は、目の前からだった。

 それは、狼のようなダッフルコートに、銀髪で、面相の悪い男だった。

 カドック・ゼムルプス。

 元クリプターであり、この世界では世界を救ったという証明をした男。

 その彼が、こちらを睨み付けている。まるで、あの異聞帯で殺し合ったときのように。

 そして、

 

 

「ーーそいつは、藤丸立香(・・・・)じゃない。だから早く離れろ、キリエライト」

 

 

 

 

 

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