【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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 神様という存在が、意地悪なモノだと藤丸は知っていた。

 それは、神霊サーヴァントを指して言っているわけではない。

 物理的な神ではなく、もっと抽象的な神様だ。何もかもを俯瞰して、その上で世界という盤面を勝手に動かし続けている……そんな神様。

 きっと魔神オティヌスは、そういった類いの神様なのだと、藤丸はようやく理解した。

 

「え……」

 

 マシュが、頼光の言葉を疑うように目をぱちくりとさせる。

 それもそうか。

 マシュ自身、自分の存在がどれだけ藤丸立香のサーヴァント達の中で大きいか、分かっているだろう。だからこそ、この争いに一石を投じるつもりで、本物かも分からない藤丸立香に付いたはずだった。

 しかし、

 

「ええ、そうでした。そこの虫は人の記憶を改竄したのですから。マシュさんを操ることだって(・・・・・・・)、可能でしょうし。ひ弱な虫のことですから」

 

 源頼光(バーサーカー)は止まらない。

 藤丸立香を滅することだけしか、頭にないのだろう。マシュがどちらに付こうが、既にそんなことは斬って捨てられるだけの事柄でしかない。

 藤丸立香は、悪。

 そしてその考えは、バーサーカーだけではない。

 

「……そんな。皆さんは、それで良いのですか!? 確かにこの方が我々のマスターかは分かりません! でも! 本当のマスターだったならと、そう考えないのですか!?」

 

「ぴーぴーうるっせえな、さっきから。どうだっていいだろ、そんなこと」

 

「、モードレッドさん……?」

 

 鎧の擦れる音と共に、赤い雷を纏った白銀の騎士ーーモードレッドは、頼光の隣へと並ぶ。

 

「そいつが本物かどうか? 知らねぇよ、そんなことは。だが、オレはオレの剣を誓った相手を見間違えたりなんかしねえ。だから、こっちにいる(・・・・・・)……それはそこのなよっちいクマ野郎も一緒だと思うけどな」

 

「……そこの粗野なサーヴァントと同意見だ、キリエライト。僕らは別に、藤丸が本物か偽物かを論ずるために来ているわけじゃない」

 

 さっ、とカドックが手を振る。

 直後。その背後に、青く光る瞳が二つ浮かび上がるーー!

 

藤丸(・・)を、取り戻しにきたんだ」

 

「っ、マシュ! 受けちゃダメだ、逸らして!!」

 

 咄嗟の指示に、呆けていたマシュが盾を地面に突き立てる。しかし今度はやや斜めに、受け止めるのではなく、受け流すよう指示していた。

 吹き上がるのは、吹雪。

 極寒の波は氷柱を伴って殺到し、芯から凍りつかせんと暴れまわる。その余りの勢いに、受け流しても衝撃と冷気は殺し切れず、藤丸とマシュは揃って壁へと叩きつけられた。

 見れば、受け流した方角には巨大な氷山が出来上がっていた。

 マシュの盾すら、触れた箇所が凍りつくほどの冷気。もし真っ正面から受け止めていたら、盾ごと藤丸達は氷の彫像になっていたことだろう。むしろ、これだけで済んだのは、幸いといったところか。

 

「あら……流石マシュね。私の宝具を、真名解放もなしに防ぐなんて」

 

 ドレスをなびかせ、カドックの側に控えていたのは、キャスター。アナスタシアだ。彼女はぬいぐるみ、ビィイを抱えており、既に二射目の宝具を撃たんと魔眼を光らせていた。

 

「気を抜くな、一度は負けた相手だ。次は仕留めろアナスタシア」

 

「ええ、言われなくても……ヴィイ、全てを凍りつかせなさい」

 

 寒々とした魔力がアナスタシアから迸り、路面を凍てつかせる。

 不味い。来る。

 そう思っていても、藤丸は動けない。だから、動いたのはマシュだった。

 彼女は脚部のローラー、そして背中のスラスターを駆動させると反動で跳ね起き、藤丸をバッグのように脇に担いだ。

 

「捕まってください、切り抜けます!!」

 

「させると思うかよひよっこ騎士が!」

 

 インラインスケートの要領で、マシュが近くの飲食店へと飛び込もうとしたが、その前にモードレッドがクラレントを投擲して動きを封じ、そのまま蹴りを突き出した。

 破城槌のごとく刺さったモードレッドの一撃を、片手で防げるわけもなく、マシュと藤丸は路面に打ち付けられる。

 そして、

 

「ーーーー疾走(ヴィイ)精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ)

 

 宝具の二射目。

 今度はかわせない。

 礼装の機能で回避の術式を付与したところで、次に来るモードレッドや、その他の英霊の一撃まではかわせない。

 詰み。

 そのはずだった。

 

 

「ーーところがここで蜘蛛の糸! 私という奴はなんてタイミングの良い!」

 

 

 本当に、宝具が触れるその、直前のことだった。

 何かが藤丸とマシュの体に巻き付くと、ぐいっと引き上げられる。優に十メートルほど浮かんだところで、誰かに抱き止められた。

 

「……けほ、けほっ……あ、アラフィフ!?」

 

「やあ、ご機嫌いかがかな、我がマスター(仮)君! 腕は取れてるが首はついてるね? 元気そうで何より、マシュ君も同じようだ!」

 

 ロマンスグレーの髪に、蝶をあしらった外套を羽織った、老人ーージェームズ・モリアーティ。彼は手の中の糸から藤丸とマシュを解放すると、抱えたまま建造物の屋根を跳ね回る。

 

「も、モリアーティさん!? ど、どうして!?」

 

「どうしてもなにも、私は君と同じ藤丸立香のサーヴァントだヨ? そりゃあこちら側サ」

 

「いや、そうですが……てっきり、貴方もあちら側かと」

 

「まさか。確かに、最初は驚いたさ。だがそれを受け入れて(・・・・・)、私はここに居る。そしてそれは、私だけではないよ」

 

「え……」

 

「っ、しゃらくせえ!!」

 

 そう叫び、魔力放出で背面まで駆け上がってきたモードレッド。赤雷を帯電させる姿は、鬼神を思わせるほど荒々しく、モリアーティでは対抗出来ないだろう。

 故に、対抗するのは同じセイバークラス。

 

「させません!」

 

「ぐっ、テメェ……っ!?」

 

 銀に光る義手が、叛逆の剣を弾く。その手の持ち主は無論あの騎士。

 

「ベディヴィエール!」

 

 円卓の騎士が一人、サー・ベディヴィエール。彼はモードレッドの追撃を抑えながら、

 

「ここは私にお任せください! あなたは先へ!」

 

「……ごめん、任せた! モリアーティ!」

 

「分かってるんだ! 分かってるんだがね!? でもこっちも結構腰とかギリギリなんだよネ!?」

 

 そう愚痴りつつも、モリアーティは動き続ける。

 気付けば、モリアーティやベディヴィエール以外にも、続々と英霊達が集まり、戦い始めていた。藤丸を追いかけてきた英霊達と。

 例えば、ナイチンゲール。

 例えば、レオニダス一世。

 例えば、牛若丸。

 その数は、追う数と比べるとやや少ない。それでも彼らは、ここに集った。

 虚像の藤丸を守るためではなく、今ここにいる藤丸を守るために。

 

「……みんな……」

 

 忸怩たる思いだった。

 遠くなっていく英霊達の姿を見るだけで、藤丸の心が締め付けられていく。

 本来互いに争うこともなかった英霊達が、自分のせいで傷つけ合うことは、藤丸にとって耐え難い苦痛だった。

 モリアーティはそんな藤丸を知ってか、努めて明るく振る舞う。

 

「てなわけで、こちらも援軍を集めていたら遅れてしまったわけさ。少し手間取ってしまったのは言うまでもない。しかもほら、この数だろう? いくら弓兵の私であっても、君を助け出すには上手いこと隙を見つけなくてはいけなかったわけだが……」

 

 ビュオ!!、と氷塊や弓矢、魔術などによって屋上を吹き飛ばされつつも、次の屋根に飛んでいたモリアーティは口笛を吹く。

 

「このように、大成功したワケだ! いやあ英霊相手にこんな真似が出来るなんて痛快痛快! ほぅらお目当ての盗品はここだ、追い付けるものなら追い付いてみたまえよ! はっはっはー!」

 

 高笑いしながら町を駆け回るモリアーティ。それに触発されたか、英霊達の追撃は激しさを増し、建物が次々と圧砕する。やはり根本的に数の差は覆らない。

 このままでは地の利というアドバンテージを失う。

 藤丸はそれを伝えようとするが、

 

「安心するといい、私の計算に狂いはない。そろそろ……やはりな。見たまえ」

 

 促され、視線を動かすと、丁度モリアーティの直前上に一台の装甲車が急ブレーキをかけたところだった。

 虚数潜航艇、シャドウボーダー。

 モリアーティは慣性をつけたままシャドウボーダーに着地し、藤丸とマシュを下ろす。

 たどり着いたのは、立体駐車場だった。三階程度のそれの、一階だ。近くにはショッピングモールへ繋がるエレベーターと、乗り捨てられた車が至るところに置いてあった。

 

「うっわ……また手酷くやられたもんだね、藤丸くん。大丈夫かい?」

 

 拡声器を通して聞こえてきたのは、ダ・ヴィンチの声だった。恐らくシャドウボーダーのユニットとして操作しているのだろう、ハッチのロックが解除され、音を立てて開いた。

 

「うん……礼装のおかげで、止血は済んでるから大丈夫。話は中でしよう、ダ・ヴィンチちゃん。モリアーティもほら、シャドウボーダーの中に」

 

「いいや、私はここに残るよ。どうやら足止めが必要みたいだからねえ」

 

「え……」

 

 モリアーティが棺桶型の大型変形銃を構える。釣られて藤丸達が辺りを伺うが……そこには何もない。

 いや、無いように見えた。

 一瞬のことだった。 

 遠くの夕日が光ったかと思えば、何かが立体駐車場へと墜落した。

 正確に言えば、ちゃんと着陸はしたのだろう。しかし響く轟音と衝撃は、ジャンボジェット機が墜落したそれと似ていた。

 車をまるで積み木のように押し退けるだけでなく、駐車場の柱を一本化へし折っていく。

 土煙を振り払ったのは、一本の槍。

 現れたのは、大きな戦車だった。三頭立ての戦車は、それそのものが宝具であり、内二匹が不死の神馬という規格外の代物。

 それを操るは、ギリシャが誇る大英雄の一人ーーアキレウス。

 偉丈夫は英雄らしく、高らかに声を上げた。

 

「そこを退きな、悪党。アーチャークラスとは言え、裏から手を引くタイプのお前さんじゃあ俺の相手にはならんだろ」

 

「やれやれ、そうしておきたいのは山々なんだがねえ……計算するとあら不思議、ここは私が君に挑む以外、マスターが生きる道はないと出ている」

 

「……正気か? 弓兵気取りの学者にそこまで言われるとは、俺の足も見くびられたもんだ」

 

 アキレウスの言う通りだ。モリアーティでは、彼に勝てる道理がまるでない。

 アキレウスの宝具、勇者の不凋花(アンドレアス・アマラント)によって、神性を持つ攻撃でなければかすり傷一つすらつけられもしないのだ。

 そして単純に、戦士としての質が違いすぎる。ステータスも技も、元より人を操る人心掌握に長けたモリアーティがアキレウスに敵うはずもない。

 

「ダメですモリアーティさん、あなたでアキレウスさんには……!」

 

「ダメとは何かね? まさか私が戦うことが? 目的を間違えてはならないよ、マシュ君。我らの目的はマスターを逃がすこと、そして彼らを止めることだ。君は私の代わりに、マスターを守ってくれないと困る」

 

 違う、と藤丸はかぶりを振る。

 本当は、自分が死ねばこんな馬鹿げた争いは止まる。

 この世界は、藤丸立香をマスターとして信じられるか否か、それによって敵か味方かに割り振られる世界だ。

 その結果として、藤丸立香が死ぬのは当たり前のこと。だが、それで彼らサーヴァントが死ぬのは筋違いにもほどがある。

 そもそも、味方となったサーヴァント達にとって、本当は藤丸など何の関係もないのだ。何せ藤丸はこの世界の住人ですらなく、彼らサーヴァントにとって最大の裏切りなのだから。

……そう、言えたのなら。

 どれだけ良かっただろう。

 だが、藤丸は怖かった。

 今もまだ、斬られた腕と、頼光のあの顔を鮮明に覚えている。心と体が、どこかで、サーヴァント達を信じ切れていない。

 が、

 

「何も言わなくていい。行きたまえ、マスター」

 

 モリアーティは、それを制した。

 老獪な紳士を気取りつつも、額に浮き出た冷や汗は見間違いなどではないだろう。

 しかし、それでも彼は引かない。

 己の本質が悪でありながらも、決してその魔弾の照準を間違えたりはしない。

 

「いいかいマスター君、覚えておくといい。実はね、かくいう私も君を本物のマスターとして信じているかと問われれば、そんなことはない。今も、君が偽物だったなら、と疑っているのだよ。そしてそれは、私だけに当てはまらない。きっと私以外の君に味方する英霊達全てがそうだろう」

 

 けれど、

 

「だが、それはない。それはこのモリアーティが証人だ。善を行い、されど悪を憎みもしない我がマスター……私のような英霊に、そんな顔で心配してくれる変わり者は、君くらいだからネ。だからほら、行きたまえ。私の魔弾がうっかり君を撃ち抜く前に」

 

「……っ」

 

 ずき、と心が軋む。

……またか。

 また、お前はこうやって見捨てるのか。

 無能と呼ばれても、生き残らなくちゃいけないのか。

 

「先輩……行きましょう」

 

「っ……!」

 

 心の声を振り切るように、藤丸はハッチの中へと一気に飛び込んだ。

 もう振り返らない。

 そのまま、シャドウボーダー内を走る。

 

「よし、じゃあシャドウボーダー緊急はっ、」

 

 しかし。

 そんな藤丸の覚悟すら、残酷に世界は踏み潰す。

 

「……ダ・ヴィンチちゃん?」

 

「が、ガガがが……ッ!! ピー……ガガ……ッ!!」

 

 何処からともなく聞こえていた少女の声は、いつの間にかノイズへと切り替わっていた。思わず藤丸とマシュはボーダー内を走り回りながら、顔を見合わせる。

 

「館内放送の故障とかじゃ、ないよね……?」

 

「はい、ダ・ヴィンチちゃんの発明に限ってそれはあり得ません。これは恐らく、敵サーヴァントの攻撃によるものかと……!」

 

 ボーダー内にまでサーヴァントが潜んでいたとは、最悪の展開に近いが、装甲車というだけあって車内は広い。しかし、サーヴァントが戦うには手狭過ぎる。三騎士クラスが戦うとなれば尚更だ。

 となれば、この場において最も奇襲に適したサーヴァントは……。

 

「不味い……奇襲はアサシンクラスのサーヴァントの仕業だ! マシュ逃げよう! このままじゃ」

 

 揃って犬死だ。

 そう言おうとしたが、言葉が続かなかった。

 こひゅ、と藤丸の喉から息が漏れる。走った勢いのままつんのめると、口から黒い血が大量に吐き出された。

 

「マスター!?」

 

 マシュの声が遠い。視野が狭くなり、頭痛と耳鳴りが思考を奪っていく。五体を襲う寒気は、急速に気力を霧散させるだけでなく、血の流れすら塞き止めるかのようだ。

 僥倖だったのは、失った右腕から届く鈍痛のおかげで、気は失わなかったことか。

 だからこそ下手人が誰か、すぐに当たりはついた。

 

「静謐の、ハサン……!」

 

「……まだ喋れるほどの余力がありますか。流石は主人になり代わろうとした外道、そう簡単には死にませんね」

 

 ぬ、と近くの部屋から湧いて出たのは、体にぴったりと張り付いた黒衣の少女だった。たおやかな肢体は褐色で、そのあどけない顔は暗殺者とは程遠い気弱な性質を物語っている。

 彼女こそ、藤丸を蝕む毒ーー妄想毒身(ザバーニーヤ)を宝具とする、アサシンクラスのサーヴァント。静謐のハサン。

 

「……っ、しまった! 頼光さんによって先輩との契約はもう……!」

 

「ええ。そこの男が持つ耐毒スキルは、サーヴァント契約を破棄された今、無効化されています。仮に本物であるのなら、の話ですが……毒が効く以上、あなたは本物の主人ではありませんね」

 

 何処までも、静謐のハサンは冷静だった。彼女にも藤丸の記憶はあるだろうに、そんなものは意味を持たないと。

 マシュは盾を床に打ち付け、静謐のハサンから藤丸を隠すが、

 

「ーーーーあら。あらあらあらあら。大嘘つきが、こんなところにいましたか」

 

「!? せんぱ、」

 

 振り返る間もなかった。

 ボゴァ!!!!、という爆発と共に、シャドウボーダーがいとも簡単に内側から弾け飛んだ(・・・・・)

 青い大蛇が、ボーダーを、コンクリートの天井を突き抜け、立ち昇る。まさしく昇り竜だ。業火の姿をした竜は鎌首をもたげ、ぶるりと身体を震わせる。

 間違いない。

 バーサーカークラスのサーヴァント、清姫。例えどれだけの理由があっても、嘘を許しはしない愛に狂った女。

 

「ぐ、ご、ぁ、……!?」

 

 ボーダーから投げ出された藤丸は、とにかくうつ伏せになった。次いで、降り注ぐ瓦礫に身を丸くしてどうにかやり過ごす。

……不思議なことに、藤丸自身はあれほどの爆発があっても、軽傷だった。マシュが割って入る形で盾を滑り込ませたからだ。しかし、それでは不十分。

 だとすれば。

 瓦礫が落ちるのも鬱陶しいと言わんばかりに、毒に侵された身体で藤丸は立ち上がろうとする。しかし出来ない。巨大な瓦礫の下に、藤丸が埋まっていたからだ。

 その横に、マシュが墜下した。

 酷い有り様だった。

 盾で防ぎ切れなかった炎をその身体で盾の代わりとしたのか、白い肌は焼け爛れ、髪に至っては半分が焼けて皮膚が見えていた。

 胸部や腹部には、シャドウボーダーの欠片が幾数も貫いており、サーヴァントであっても死を覚悟するほどの重症だ  

 宝具、転身火生三昧は、清姫自身を炎そのものとなった竜種へ変化させるものである。それはつまり、竜種の息吹(ブレス)そのものをマシュは己の身体で受け止めたも同然。

 

「マシュ……マ、シュ……!!」

 

 必死に、左手を伸ばす。

 だが瓦礫に潰されかけている身体では、自分を守ってくれた少女の手すら握れない。その距離、たった手のひら一つ分。

 でも、届かない。

 どう足掻いても動けない。静謐のハサンの毒、清姫の業火、そして礼装が機能不全を起こしたせいで頼光に斬られた右肩がまた血が噴出し始める。

 死んでいないのが本当に不思議だった。

 いや、死ねないよう加減しているのか……そんなことはどうでもいい。欠片もどうでもいい。

 

「くそ……くそ、くそくそくそ、くそッ……!!」

 

 視界は真っ暗になっているのに、マシュの手だけはくっきりと見えていた。見えているのに、掴めない。

 こんなにも。

 こんなにも自分の無力を噛み締めたことが、果たしてあっただろうか。

 サーヴァント達の信頼は得られず。

 守ってくれた後輩の手だって、握れない。

 あの時と、瓦礫に押し潰されて死にかけた三年前と何も変わらない。むしろ今の藤丸は、三年前より酷いと言えるだろう。マシュの側にいてやることすら出来ていないのだから。

 そんな風に、藤丸が打ちひしがれていた時だ。

 

「……せん、ぱい……?」

 

 マシュが目を覚ました。藤丸は今の自分に出来る精一杯の声で、呼び掛ける。

 

「マシュ……! よかった、無事だった……!」

 

「……?……、」

 

「……マシュ……?」

 

 可笑しい。

 マシュの瞳の焦点が定まっていない。それどころか、あらぬところをきょろきょろ見たかと思えば、そのまま口をぱくぱくと動かし、それっきりだ。いつものように、あの綺麗な瞳は、吹き抜けへ変貌した駐車場を眺めている。

……まさか。

 

「……目が見えてないのか?」

 

「……、」

 

 言葉は返さなかった。

 ただ、申し訳なさそうに頷くと、口を何回か開いた。

 よくカルデアスタッフで談話していたとき、マシュが口パクで何度も自分に言っていた言葉だった。

 ご、め、ん、な、さ、い。 

 

「……!! ぐ、ぅうッ……!!!!」

 

 読み取れなくても分かる言葉だった。

 マシュはそういう人間だ。そういう子だったから、藤丸はそんなマシュが好きだった。

 例え宝具をあの距離で受けて、一人の人間を守った代わりに失明するとしても。

 その責任を感じるほど、優しい女の子なのだと。藤丸は知っていたのに。

 

「お、ぉおおおお……ッ!!」

 

 左手が拳を作り、地面を殴る。

 心が、怒りと悲しみで塗り固められていく。誰が悪いとも言えず、誰のせいにも出来ないこの悲劇に、何も解決策を提示出来ない自身の無能さだけが募っていく。

 

「マシュ……そこで、待って、て…!! 今、助ける、から……!!」

 

 だから、足掻くことだけは止められなかった。

 瓦礫は退けられない。マシュを助ける方法だってない。生きていられる傷でもない。

 それでも、動く限りは、藤丸も諦めるつもりは毛頭なかった。

 だから、

 

 

「それには及びませんよ、虫」

 

 

 ストン、と。

 マシュの心臓に位置する場所に、刀が振り下ろされたとき。

 今度こそ、藤丸立香の心は、折れた。

 

「あ…………ぁ……………………ぁ、」

 

 信じたくなかった。

 信じられるわけがなかった。

 何処かで。藤丸は、つい数十分前に、マシュが何度も死んだ光景を現実ではないと否定していた。

 あれはオティヌスがああやって、簡単に殺せるよう細工した肉人形だ、とか。姿形や声を似せていただけで。

 けれど、違った。

 

「……マシュ……? そんな、うそだ、だって、……」

 

「ええ。だから、ここで終わりです」

 

 頼光が、刀を引き抜く。確かに、心臓の部分を両断したところを見て。

 藤丸立香は絶叫した。

 声にすらならないような、情けない声だった。怒り、怯え、そして悲しみ。そのどれもが混ざったことで、いっそ滑稽とも言える声が駐車場に木霊する。

 しかし最後には、怒りが思考を染め上げる。

 

「どうしてっ、どうして殺した!!? どうしてマシュを!!? なんで!!?!」

 

「あそこまで傷ついた戦士を、生かす理由がありますか? 速やかに介錯し、痛みから解放するのが筋でしょう?」

 

「だとしても!!! マシュはっ、マシュは普通の女の子だったんだ!!!! なんで、なんでそんな風に平気で殺せるんだよ!?!? どうして!!!!」

 

 うっ、と喉の奥で痰と血が絡まり、藤丸はそれを吐き出す。自身の吐瀉物に顔が汚れるよりも、藤丸にとってはこの状況こそ何より許せなかった。

 

「それに、マシュさんだけ(・・)ではありませんよ」

 

「え……」

 

 問う暇すら与えられなかった。

 何故なら、この駐車場に次々と、死体が落ちてきたからだ。

 その死体達には見覚えがある。

 蝶をあしらった外套、義手のついた銀鎧、赤い軍服。それ以外にも沢山、死体が落とされ、魔力へと還る。

 全員、藤丸立香を守ろうとして散った、サーヴァント達だった。 

 

「……なん、で……」

 

 最早、怒鳴る気力すら振り絞れなかった。

 心が砕けて、欠片すら溝に落ちて何処か消えていってしまう。 

 なのに頼光はあくまで律儀に、藤丸の問いに答える。

 

「偽物に与したサーヴァントは、生き残らせても今後同じように本物のマスターを襲うかもしれませんので……逆臣は誅殺する、戦においては当たり前のことです」

 

「……、」

 

 こんな。

 こんな風に、いとも容易く切って捨てられてしまえるほど、サーヴァント達は軽い関係だったのか。

 すべてのサーヴァントが、カルデアで幸せだったなんて、藤丸も思い上がってはいない。

 だけど、それでも藤丸は思っていたのだ。

 この数年できっと、サーヴァント達の間にも絆は生まれていたと。

 世界を救った、あの流星雨のように、ずっと……カルデアにいる限り、争ったりなんてしないと。

 なのに、これはなんだ?

 だったら……あの三年間は、これまでの戦いはなんだったのだ?

 

「では、お覚悟を。牛のように悲鳴をあげて死ぬのも一興でしょう?」

 

 頼光が刀を振り上げ、頂点に達する。

 誰かいないのか。

 みんなを助けてくれるサーヴァントは、誰か、 

 

 

「まだそんなものにすがっているのか、殊勝なことだな」

 

 

 気付けば。

 周囲の時間が止まっていた。

 そしてやはり、誰にも認識されない魔神オティヌスは、藤丸が埋まっている瓦礫の上に、腰かけていた。

 

「どうしてこんなことになったか、正解を教えてやろう。簡単な話だ。

 

ーーお前に、マスターとしての資格ってヤツがまるでないからだよ」

 

 あくまで、それは確認だったのだろう。

 オティヌスは特に感傷もなく、

 

「本物か偽物? どちらの記憶も同じで差異はない? おいおい、仮にも二年もの月日をかけて世界を救った上に、何百と英霊を率いたマスターなんだろうお前は? そのお前を見て、今更偽物か本物か疑ってかかるほど英霊達が耄碌していたと思うか?」

 

 言葉の一つ一つが、呪いや凶器よりも鋭利に、ねちっこく、藤丸の心を蝕む。

 

「結局、お前の役目など誰でもよかった」

 

……そんなことは、ずっと前から分かっている。

 人類最後のマスターだと、選ばれたときから。

 そんなことは、何度も何度も考えてきたことなのに。

 こんなときに限って。

 その問いは、心をぐちゃぐちゃに犯していく。

 

「そこら辺の老人でも、そこら辺の小学生でも。何ならクリプターとやらでも。お前のやってきたことは、誰がやっても変わらない、その程度の些末事だよ。確かに多少の数は合わないかもしれんが……その程度だ。お前がやってもやらなくても、世界を救ったという事実さえあれば、そこに誰が座っていようと同じ結果になっただろうさ」

 

 なあ、と。

 オティヌスは素足で藤丸の頭を踏みつけながら、問いかける。

 

「まだすがるのか、こんなものに?」

 

「……、」

 

「お前は幾度の奇跡を手にし、世界を救ったのかもしれん。そして、その中でかけがえのない何かをもらったことだってあっただろう。だが、現実はこんなものだよ。お前自身を助けようとする英霊が居ても、お前は結局救われない。それに、覚えがないとは言わせんよ」

 

 確かに。

 オティヌスの言う通り、それには覚えがあった。

 思えば藤丸立香の戦いとは、そういった屍を踏み越えるだけのことだった。

 怪物を押し返す力も。誰かを癒す魔術もない。人を動かせる言葉だって、持っていない。

 だから、藤丸はいつも、歩くことだけは辞めなかった。 

 心を無にしたいと、そう思ったことが何度もある。けれどそんなことは許されず、誰かが屍と化する場面を何度も見てきた。

 時間神殿のときも、カルデアが凍結されたときも。

 それが分かっているから、オティヌスは問いを投げる。

 

「……結局、お前はこれからもそれを続けるよ。だとしたら、それは質の悪い感染病のように広がる。お前の役割は、誰にだって押し付けられる程度のものだ。なら、それのために死ぬことが、本当に意味がある(・・・・・)と思うのか?」

 

……何故か。

 その言葉だけは、それまでの言葉と違って、少年の心に一つの感情を生まれさせた。

 それは違う、と。

 

「……あるよ」

 

「……なに?」

 

「意味なら、あるよ」

 

 瓦礫から這い出ることも。

 毒を癒すことも。

 失った右腕を取り戻すことも。

 目の前で死んでいくサーヴァント達を止めることも、藤丸立香には叶わない。

 それでも。

 藤丸はそんな現実から、一歩も逃げない。

 

「例え、どれだけ無意味に死んだって。例え、どれだけ悲劇的に奪われたって。それでも、俺は、それにすがっていたいんだよ」

 

 今の藤丸には、そうやって進むことしか出来ない。それは確かに、見方によっては、更に悲劇を加速させている要因だったのかもしれない。

 だけど、そこに意味がないと言うのは、あんまりだろう。

 そんな、そんなにも救われないことが、この世にあって良いわけがないだろう。

 意味ならある。

 託して、託されて。そうやって繋いだ願いの先でいつか、花開くものがきっとある。

 藤丸は、その末で起こった奇跡を、実際に知っている。

……夜が明けた雪山で。満天の青空を眺めた、あの世界で最も尊い色彩を。

 

「だから、俺は決めた」

 

 悲劇では終わらせない。

 全てが滅ぶと分かっていても。

 こんな形で、この世界を終わらせたりはしない。

 

「この世界を壊すことになっても、俺はお前を止める。こんな残酷なことが罷り通るお前の支配を、絶対に、このままになんてしない……!!」

 

 何も、誰かのために立ち上がる資格は、英霊だけが持っているわけじゃない。

 力が無くたって。

 それは違うと、そう言えるだけの意志があるのなら。

 人は、それだけで英雄(ヒーロー)になれるのだから。

 

「……なるほど」

 

 気付けば、オティヌスは藤丸の目の前で屈んでいた。

 あくまで憎むべき敵……というよりは、動かなくなったピエロを見るように。

 

「普通の人間が世界を救うと、こういう風に精神に歪むわけか。なるほど、これは驚いた。これほどの悲劇を見てまだ意味を見出だせるとは、中々興味深い」

 

 オティヌスは。

 笑っていた。

 まるで解剖した死体に、未発見の細胞でも見つけた科学者のように。

 知的生命体の負の感情を凝縮した、黒い笑みを。

 

「良いだろう。では、次の世界を見せるとするか」

 

「……な、に?」

 

「何を驚く、耐久実験は回数が必要だろうに。これで折れないのであれば、方向性を変えるのが当たり前だ。お前の性質は大体分かった、馬鹿馬鹿しくて余りに面倒だが、人間のためにフィルターを一枚差し替えるとしよう」

 

 オティヌスはそう言うと、くるりとステップを踏んで、指を鳴らした。

 そして。

 源頼光の刀は、余りに呆気なく、藤丸立香の首を斬り落とした。

 

 

 

 





Version Alpha世界

藤丸立香をマスターとして信じられるか否か、それで敵味方に割り振られる世界。この世界のサーヴァントは汎人類史のマスター、つまりこの作品の主人公である藤丸立香の記憶があるのだが、そんな彼を『マスターとしてふさわしくない』と思った瞬間、本来の藤丸立香を偽物とみなし、完璧な藤丸立香(女)という虚像を思い描き、本物とみなしてしまう。また、マスターにふさわしいかどうかは個々人で基準は違っている。

オティヌスが変えた位相は『藤丸立香がマスターにふさわしいか』、ただそれだけである。
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