【完結】Lostbelt No.10033 黄金少女迷宮 ゲスタ・ダノールム   作:388859

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 世界が灰色に見えだしたのは、一体いつのことだっただろうか。
 長い年月が、この惑星で過ぎ去った。流転する速度はそれこそ嵐のようだったし、その間に環境も大きく変わった。
 だけど、その間も世界は、ずっと灰色に見えていた。
 当たり前だ。
 愛する人を得ていた、あの時間だけが。自分にとって、世界は黄金に見えていた。空も、土地も、人すらも眩しく見えていたのだ。
 しかし、もうそんな世界はない。
 この灰色の世界に、価値などない。
 そしてそれは、自分の命もそう。
 愛する人をこの手で守れなかった時点で、この命に意味など無くなった。
 だから、私は繰り返す。
 黄金の時間。黄金の世界。最早記憶にしかないそれを、何度も繰り返す。この体で良かったのはそれだけだ。過去に想いを馳せる行為も、きっとこの体で無ければそこまで繰り返せない。
 繰り返して、繰り返して。
 ふと、思うときもある。
 もしも、それが現実になったなら、と。
 無論そんなことはあり得ない。夢は夢だからこそ美しいのだし、自分にそんな願いを叶える権利があるとも思えなかった。
 だけど。
 本当にそれが、叶うのなら。
 私は。

 この世総てを敵に回してでも、助けたい人がいる。



絶望の畔 Golden_Out

 

 自殺、と言っても色々な方法がある。

 現代社会で最もポピュラーな自殺と言えば、間違いなく投身自殺だろう。包丁を急所に刺す、という方法も無くはないが、その勇気と度胸があるかと言えば、頭を振るしかない。

 オティヌスの言う崩壊を防ぐために、取れるなら確実な手を。そんなことを考えながら、藤丸は町を歩いていた。

 

(やっぱり高い場所から飛び降りるのが確実、なのかな)

 

 魔術礼装によって、藤丸の体は一般人より耐久力はある。しかしそれは、あくまで雀の涙程度だ。一定の高所、高層ビルなどから落ちれば問題はないだろう。

 直前に足がすくんでも、投げ出せばもう止まらない。あとは勝手に落ちて、それで終われる。確実だ。

……思えば。自殺なんてこと、今まで一度も考えたことがなかった。

 それは死にたいと思わなかったとか、そんなポジティブな理由ではない。自分の代わりが、世界の何処にもいなかった。ただそれだけだ。だからこそ死ねなかったし、後がないことに追い詰められたし、そういう欲求を我慢してきた。 

……改めて考えると、よく今まで我慢出来たな、と自分でも驚いてしまう。

 そんな感覚まで、麻痺していたのだろう、自分は。

 何処かで、軋む音がした。

 

「……」

 

 ふらふらと歩いて、藤丸は町の景色に見覚えがあることに気付いた。

 最初の公園から、ここが現代かと誤解していたが、どうやら違う時代、違う土地がごちゃ混ぜになっているらしい。例えるならそう、特異点と特異点が融合するような形で、一定の距離を歩くと全く別の時代、町並みへと変化している。

 今は優雅なオルレアンと、絢爛なローマの町並みの混成だった。藤丸からすれば違和感しかない光景だが、そこにある幸福を見れば、きっと誰も異議は唱えない。騎士達は剣を捨て、違う国同士であろうと分け隔てなく並んで、踊っていた。

 その中心で一心不乱に、路上に置かれたピアノを演奏する姿が、遠くからでも見える。

 

「ハハハ、全くさあ! この僕に演奏しろだって!? 気が乗ったから良いものの、本当ならこんなこと滅多にやらないんだぜ!? チップだってそれなりに、いや腐るほど欲しいものだよ! あくまでマリアが可憐に踊るためなんだから、そこら辺勘違いしないでくれよサンソン!」

 

「いいからお前は黙って演奏してろアマデウス! こっちはいっぱい、いっぱいなんだ……!」

 

「あら、違うわサンソン。ほら、こうやってステップするの。こう、ね?」

 

「えぇい、マリー様の手をどれだけ煩わせる気だ!? というか君だって社交場で何度か踊ったことくらいあるだろう! なんでそんなにダンスが下手っぴなんだ!?」

 

「マリアが相手だと、緊張していつもみたいに踊れないんだよ……! おいピアノ、急にテンポを早めるな、こんがらがるだろう!」

 

 藤丸の側を、通り過ぎていく人々。彼らはピアノに引き寄せられるように近づいていく。

 

「おお……! これはまた、見事な演奏ではないか! もしや余も路上ライブ、とやらを開く絶好のチャンスなのではないか!? 観客も踊り子も揃っているし、うむ!」

 

「いやネロ、今から我が虜を迎えにいくのだろう? 道草を食っている暇があるのか?」

 

「何を言うかアルテラ! よいか、こんなによい演奏を耳にしたら、誰だって歌いたくなってしまうもの! 少なくとも余は歌いたい、今すぐ歌いたい是非歌いたい!」

 

「ふむ。我が虜は恐らく玉藻辺りとランデブーしてる頃だろうが、さて。そこまで言うなら一曲歌うしか」

 

「仕方ない奏者のためだ今すぐ行こうそうしよう!!!!」

 

「ハァイ、全世界の子ブタ達!! 盛り上がってるーーっ!? アタシを差し置いて路上ライブとは寂しいことしてくれるじゃない! 飛び入り参加でも、アタシの子ブタ達なら許してくれるわよねーーっ!!」

 

「むおっ!? エリザベートが三人、いや五人だとォ!? また増えたのか!?」

 

「いや、恐らく両側二人は別人というか、メカみたいになってるが……いや本人もヴォイドってるのか……? ん、このライブは破壊した方がいい気もするな……」

 

 路上ライブが開始する前に、景色が切り替わる。

 次は海賊船が停泊した港、そして霧の都ロンドンだった。まるでテーマパークのような景観が広がる中、やはりお祭り騒ぎはあちこちで起きている。

 

「野郎共、いくぞォッ!! 俺達は今日、戦いにきた!! 具体的には濡れ透けお嬢さんを量産するために、このウォーターガン()を取りやがれェッ!!」

 

「マスケット銃を改造して何をするかと思えば、またくだらないなあ……ねー、もう僕ら下りていいかなあ、この船から」

 

「あら、私はメアリーを濡れ透けにすることに吝かではありませんけれど……まあ、この船長の前では嫌ですわね」

 

「いやね、おじさん的にはまずそういう発想がどうかと思うわけよ。ほら、どう思います、キャプテン?」

 

「どうもクソもあるか。そもそもなんでオレはこんな船に乗せられてるんだ? アルゴー船はどこいった? メディアか? またあいつの仕業か!?」

 

 一瞬、藤丸の目の前が真っ暗になった。影を落としたのは、二人を担いでなお、のっしのっしと歩く少年だった。

 

「ねえアステリオス、あそこのカフェなんてどう? あそこならあなたの大きい体でも入れると思うのだけど」

 

「うー……えうりゅあれ、ごめん。こーひー、ぼく、きらい」

 

「あら、あなたでも飲めるものはあるのよ、アステリオス。まあ(エウリュアレ)が一緒にコーヒーを飲みたいなら、話は別だけど」

 

 喫茶店から香ばしい匂いが漂うが、藤丸に食欲などなかった。視線だけを向けると、テラスにはジャケットにチューブトップの少女と、紳士然とした青年とがテーブルを挟んでいた。

 

「だからよ、父上が最近増えすぎて、どう呼べばいいか分からねーんだって。なー、どうすりゃいいと思う?」

 

「……普通、父親はそんなポンポン増えないと思うのだけど……セイバーの家はその、本当に複雑だね」

 

「まぁなあ。そろそろ十人くらいに分裂してるしよ。でもお前だって、あの作家二人を泊めてんだろ? 毎日奇行ばっかで困ってるって、バベッジのおっさん言ってたぞ」

 

 切り替わる。

 次に見えたのは、アメリカ西部にあるような酒場だった。

 

「いやー、サーヴァントで早撃ち勝負なんてしたら面白いとは言ったけど、店ごと吹っ飛ばす奴は初めて見たよ!」

 

「申し訳ない……その、オレはランサー、もといランチャークラスだ。飛び道具で皆に勝てるようなものと言えば、この目だけだと思い……その……すまない」

 

「その、私の弓がカルナの攻撃に劣るわけにいかないと思ったら、つい力が入ってしまい……」

 

「笑い事ではないだろうに。我々はサーヴァントだ、今の世を乱さないためにも、節度を保たねばならないだろうに……ビリーも笑いすぎだ」

 

「わっとと、分かってるよジェロニモ。全くお堅いんだから」

 

「おい凡骨、なんだそれは」

 

「なんだもなにも、我ら二人で発明した直流交流システムだろう。む、何か問題でもあるのか、ミスターすっとんきょう?」

 

「さらりと交流を後ろにしただろうがこのライオンヘッド!! 交流こそ至高、故にその前時代的な直流を後ろにして交流直流システムに今すぐ改名しろ今すぐだ!!」

 

「すまないがもう商標登録その他諸々は済ませてあるので……」

 

「凡骨貴様ァッッ!!!!」

 

「あーもーうるさぁい!!! そんなに電気の話がしたいなら酒場の外でやってちょーだい!! あっちでバリバリこっちでバリバリ、間に挟まれたせいで髪が静電気にさらされる気持ちも考えてくれるかしら!?」

 

 その反対では、白亜の城が構えており、その入り口では騎士達がたむろしていた。

 

「私は悲しい……数歩足を動かせば酒場があるというのに、そこに行くのは騎士としての矜持が許さない……ああ、なんたる悲劇か……」

 

「いやトリスタン卿、あなた昼間とか立ったままポロロンポロロンやって寝てたでしょう。酒盛りするには色々とこう、仕事をやってからじゃないとダメな部類かと思いますが」

 

「ベディヴィエール卿の言う通りだ。卿は少し自由がありすぎる」

 

「そういうあなたはサングラスにアロハシャツで帰り支度してる辺り、この後の予定が透けて見えますが、湖の騎士殿」

 

「いやガウェイン卿、誤解だ。だからまずその聖剣を下ろそうじゃないか。な? な?」

 

 一歩一歩に、とてつもない労力が必要だった。しかしそれは、藤丸立香という楔を、この世から引き剥がすために必要な儀式だ。

 情けないことだが、寸前で藤丸の中に楔が残っていれば、足踏みしてしまうだろう。

 確実に死ぬためにも、歩く必要がある。

 また景色が変わる。

 今度の町は、単一だった。

 石材で作られた建造物が並ぶそこは、大都市ウルク。藤丸にとっても苦い思い出が多々甦る場所。

 

「ふむ。流石にここまで理想的だと、少々刺激が欲しくなってしまうものよな……」

 

「おや、今のギルは一応賢王なんだろう? 僕個人としては、まあ、昔の苛烈さが好ましくはあるけれど」

 

「……私としては、昔の王はこう、少々、いやかなり、アレでしたので……一言ぶちまけたいくらいには」

 

「ハハハ、許せシドゥリ。若気の至り若気の至り」

 

「そういうとこなんじゃないかなあ、とマーリンお兄さん思うなあ。ま、こんな結末も悪くはないけれどねえ……」

 

 町を眺める彼らを追い抜くと、更に景色は混沌と化していく。

 新宿、アガルタ。

 

「どうしたカヴァス二世? ふむ、あの狼の餌が足りないと。全く王の手を煩わせるとはしょうがない奴、と言いたいところだが……そこはそれ。久々に王の度量を見せるとするか。おいそこの無駄にダンスの練習ばっかやってる突撃女」

 

「言っとくけど暇じゃないからね、私。つか、なんで私がそんな使い走りしないといけないのよ死ねば?」

 

「あ? パシられるためにダンスって待機してたんだろう、違うのか?」

 

「違うわよこの冷血女!! 鼻フックしてコーラ流したろか!?」

 

「ネバーギブアップ、って言葉。知ってるか、お前さん」

 

「はい、存じていますが……あの、その、それが死なないことと何の関係が……?」 

 

「つまり、諦めなければ夢はいつか叶う、ってことよ。諦めなければ、俺達は死なねえ。つまりは不老不死さ。だからあんたの話術でそのことを刷り込めば、奴隷達をいくら働かせても死なねえそういうことさ!」

 

「いえ、人はいつか死ぬのでお断りします」

 

 下総国、セイレム。

 

「おいおぬい。儂ァ確かに何でも欲しがれとは言ったけどよ……剣なら儂が幾らでも打ってるだろうが」

 

「むぅ。じいちゃまの、ぜんっぜん飾り気がないんだもん。私は武蔵さんみたいに、華のある奴が欲しいの!」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない、このこのぉ! あっうんごめんなさいおじいちゃん、だからそのめっちゃ業物の刀は仕舞ってね? ね? 刀は飾り気じゃないもの、そうなのよーおぬいちゃん!」

 

「……わぁ、見てみてラヴィニア! セイレムであんな大きいぬいぐるみ、見たことがないわ!」

 

「うん……凄い……ふ、二人で抱き締めても、よさそう……」

 

「あら、それってとっても素敵なことだわ! そうだ、あとでおじ様に買ってもらえるかお願いしてみましょう?」

 

「ん、そうだね……そうしたい、な……」

 

 見覚えのある顔が、いくつもあった。

 中には知らない関係を築く人達もいたけれど、きっと、藤丸の知る世界よりも良い結果になっているに違いない。

 そこまで来て、ようやくこの町は、特異点を順番に回っているのだと気付いた。

 なら、あとはもう何が来るか、藤丸でも理解した。

 景色が、切り変わる。

 

「……、」

 

 一面に広がる、銀世界。しかしよく見ると、そこも二つに別れている。しんしんと降り積もる雪と、空に浮かぶオーロラが場所を物語っている。

 ロシア、北欧異聞帯。

 やはりというか、公園で見かけたときと同じく、ヤガと子供達は歌を歌っていた。きっとその曲が、好きなのだろう。騒ぎ立てるようだったアマデウスとは違って、ピアノの奏者はただ粛々と、自分自身を安らげるように、穏やかに弾き続ける。

 

「いい歌だな」

 

「ああ。あの先生が教えてくれてよ。なんでもそう、きらきら星、だったか。ガキどもだけじゃねえ、俺らまで歌いたくなっちまうよなあ」

 

 まるで、それは祈祷だった。

 どうかこれからも。こんな時間が続きますように、と。そう祈るような。

 そして。

 最後に、景色が変わる。

 辿り着いたのは、特異点F。冬木市だった。現代日本に程近い町並みは錯覚でなければ、藤丸の住んでいた町にも似ているように思える。

 そんな町の歩道橋を、ゆっくりと、歩く。

 後悔を、呪いを削り取っていく。ここにある正しさに、心を傾けさせていく。

 そして。

 

「あ、皆さん!」

 

 その声でようやく、藤丸は顔を上げた。

 マシュ・キリエライト。

 彼女は目を輝かせて、こちらへ走ってきている。誰に対して心を開いているのか、誰を焦がれて目を輝かせているのか、藤丸は、何となく理解していた。

 それでも、視線が一瞬重なった気がして。

 そして。

 

「待っていてくれたんですね、ありがとうございます。今日は私が主催させていただきます、Aチームの懇親会(・・・・・・・・)なんですけど……」

 

 少女は、藤丸を通り過ぎていった。

 最初から彼女は、少年のことなど意識の何処にも置いていなかった。

 背後から、和気藹々とした声が聞こえてくる。

 それは、藤丸立香の世界を壊した人間達の、声だった。

 

「……」

 

 振り返る。

 そこにはクリプター達と、仲良く談笑するマシュの姿がある。遅れてロマニとダ・ヴィンチも追い付いていた。

 そこには、藤丸立香の入る隙間など、何処にも存在しない。

……きっと。人理が崩壊していなかったら。こうなるはずだった光景を。自分が奪ったことで、作れなかったその光景を、藤丸は目に焼き付けて。

 それで自分は間違っていなかったと、確信した。

 この世界が正しいと思える理由を、また一つ見つけられた。

 同時に。

 何処かで、軋む音がした。

 

「……」

 

 振り返ることを止めて、藤丸はまた歩き出す。

 そこからは早かった。歩道橋を渡り、そのまま都市部へ入ってみると、一際大きいビルを見つけた。都市開発を担うセンタービルらしく、百メートルはくだらないか。

 ここならば。

 この世界では藤丸の存在は本当に薄いらしく、中に入っても素通りだった。エレベーターに乗り込むと、緩やかな加速から上昇していき、藤丸は屋上に到着する。

 

「……」

 

 吹き付ける風が、少し生暖かい。春の陽気にも近いそれは心地よくて、藤丸は金網の上をガシャガシャと歩いていく。

 屋上の景色は、格別だった。

 一面に広がっている黄金のパノラマは、それまで見たどんな景色よりも美しく、それでいて嘆息してしまうほどだ。落ちていく夕陽と、それを覆うように被さる夜空の見事なコントラストは、きっと、普遍的で理想的な世界だった。

 それでいて、直下にある町並みですら、輝いている。今まで切り替わったと認識していた特異点と異聞帯は、どうやら地続きだったらしく、屋上からだと全ての景色が果てしなく広がっていく。

 美しかった。

 それは人理という人の縮図をそのまま描き出した、一枚の壁画のようだった。

 

「……ああ」

 

 これは、作れない。

 こんなもの、逆立ちしたって、藤丸立香には作れやしない。

 色んな世界を壊して、一つの世界を守ってきた。旅は険しく、されど藤丸なりに一生懸命答えを求め続けてきた。

 だが、その先に果たして何が待っていただろうか。

 別に富や名声が欲しかったわけじゃない。そんなものがあったって、世界が滅んだままでは意味がない。ただ当たり前に広がる世界を、隣にいる誰かと、当たり前のように享受したかっただけ。

 だけど、それすら藤丸立香には成し遂げられなかった。

 きっとこの世界の、一割分の幸せすら、誰かに与えることは出来なかった。

 

「……ずるいなあ」

 

 思わず、藤丸は呟いた。

 後出しでこんなもの出されたって、勝てるわけがない。平凡な少年に、こんな世界を望まれたって、叶えられるハズがない。

 こんなにも美しいものを叩きつけられて、少年が抱いた感想は、それだった。

 なんて、醜い。

 なんて、度しがたい。

……英霊達が藤丸立香の元に残らなかったのも、至極当然のことだ。こんなにも卑屈で、自分の功績ばかり気にしている、どうしようもない自分が、あんなにも凄い人達を率いていたこと自体、可笑しかったのだ。

 だから、足はもう止まることはない。

 屋上の端まで、歩を止める。強風で流されただけで藤丸立香の体は投げ出され、そのまま落下していくだろう。

 だから、あとは時間の問題だ。

 

「……」

 

 目は閉じなかった。そこで逃げることだけは、絶対に許されないと思った。

 ぐらり、と体が揺れる。それは空を切った足のせいだ。そこまで行けば、もう誰の手でも止まったりしない。止まれない。

 明確な終わり。

 なのに、やっぱり軋む音がする。

 ぎし、ぎし、と。ずっと耳元で軋む音がする。それが何なのか気になったけれど、もうどうだっていい。

 そして。

 黄金の空へ、落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、直前のことだった。

 

 

「うおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!????」

 

 

 それは怒鳴るというより、悲鳴に近かったのだろうか。

 ドップラー効果をたっぷり含んだその声は、真上。今まさに、落下を始めていた藤丸の目と鼻の先。

 つまるところ藤丸より先に、誰か、落ちた。

 

「……!?」

 

 黒い影が過った瞬間、咄嗟に藤丸は右手を伸ばしていた。助けないと、というより、何とかしなきゃ、と思ったのか。

 大事なことは、藤丸も自身が落ちかけている事実を失念していたことだろうか。

 足が、完全に地面から離れた。

 黒い影を掴んだ右手ごと、フリーフォールが始まる。排水口に引きずり込まれるような形で、藤丸立香は落ちて、最期にはトマトのように肉片を。

……撒き散らさ、ない?

 

「ぐ、お、ええ……せ、清掃用のゴンドラか? うぐぐ、嫌なとこまで真似てやがる……」

 

 どうやら、数メートル下に足場があったらしい。藤丸はどうやら、その影とまとめて突っ込んだようだ。背中や足に痛みがあったものの、何とか軽い打撲程度で済んでいる。

 

「いやあ……本当に助かった。まさか召喚されて(・・・・・)、いきなり急転直下、パラシュートとかそういう類いのもんは一切無しとか、サーヴァントってこういうもんなの? だとしたらブラック過ぎない???」

 

 黒い影だと思っていたのは、どうやら人らしかった。まるでゴミ箱にお尻から座ったような間抜けな形のそれは、捲し立てるように喋る。

 藤丸は恐る恐る、

 

「……あの、君は? サーヴァントって、さっきそう言ってたけど……」

 

「あー、まあ色々話さなきゃいけないことがあるんだけど……とりあえず、自己紹介からで」

 

 そして。

 ツンツン頭の少年(・・・・・・・・)は、こう言った。

 

 

「ーーサーヴァント、イマジンブレイカー。真名は上条当麻。アンタの声を聞いて、駆けつけた」

 

 

 右手で髪を掻くと、サーヴァントは困ったように、

 

 

「……とりあえず、そのぉ。初対面でこんなこと大変言いにくいんだけども。お尻がずっぽりハマってここから動けそうにないので、助けてもらえませんか……?」

 

「えぇ……?」

 

 

 


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