Lost dream ~超常の目覚め~ 作:傍観者改め、介入者
光の先にあったのは、慣れ親しんだ故郷の景色だった。忘れかけていた大切な思い出。3年が経過し、その思い出が薄れ始める自分にとって、思いがけない展開だった。
「なるほど―――――そういうことか」
数十秒間、青葉は思考を張り巡らせ、今の自分が置かれている状況。そしてこれからのことを予測し、自分が今やるべきことを考える。
「―――――時刻は夕方。しかも、町からは遠い繭五郎の御神体にいる、か」
丁度祠から出た場所に、タイムスリップした青葉は、これから街に出向き、彗星の話をしなければならないと決意する。
一方、10月3日の朝の三葉と入れ替わりを果たした瀧は、彗星の話をしても誰一人信用してくれないことに焦りを覚えていた。
――――せっかく、入れ替われたのにこれじゃあ何もできない――――
彼女の祖母は、与太話をよく話すのに、彗星の話は信じなかった。妹の四葉は完全に信じていないし、早耶香も乗り気ではなかった。
唯一動いてくれたのは勅使河原だが、それを完全に信用するのも出来ない。
頼みの綱であった3年前の青葉も現在は東京だ。唯一彼の現状を理解している彼がここにいない。
いくら彼が聡明な青年であったとしても、瞬間移動は出来ない。
そして、この現状が八方ふさがりであることで、ある答えに至る瀧。
「三葉なら、説得できるかもしれない」
カタワレ時。それは昼と夜の境界線があいまいになる時間。この世のものではないものと交わる時間と、この町では言い伝えられている。
なら、この世のものではない3年後の自分と入れ替わった三葉に出会えるのではないか。
冷静ではない彼の頭は、次々といろいろな可能性について考えることが出来た。
それに、自分は一度中学2年生の時に彼女に出会っていた。入れ替わりが起きる前の、彗星が落ちる前の自分と彼女は出会っていた。
その時のことを鮮明に、今になって思い出す瀧。
――――それはきっと、一目惚れだったんだ
初めて見た瞬間から、運命染みたものを感じていた。目の前の少女とはどこか繋がっているのかもしれない。これからつながるのかもしれないと。
その意味を知るのに、3年も待たせてしまっていた。
「ごめんな、三葉。気づくことが出来なくて――――」
だから、もう待たせない。今日自分は彼女に会いに行く。
――――青葉さんの顔を見れば、必ず――――
何よりそこには、司がいる、奥寺先輩がいる。そして青葉さんがいる。
だから走った。
繭五郎の御神体にいる彼女を――――
3年後の世界では、瀧が意識を失い、青葉が姿を消した状況下で司と奥寺は――――
「瀧君!! 瀧君どうしたの!? しっかりして!!」
「おい、青葉さんも消えたぞ。いったい何が起きて―――――」
奥寺は必死に瀧をゆすり、司は消失した青葉を探すため周囲を見回していた。
「う、うん……」
唸るような声を上げながら、瀧の意識が回復した。
「奥寺先輩に、司、くん?」
そんな彼の様子を見て、奥寺と司は青葉に説明を受けていたことを思い出す。
―――――3年前、瀧君と三姉は入れ替わっていた。
この言葉遣い。どう見ても彼ではない。
「―――――三葉ちゃん、なの?」
奥寺は信じられないものを見るように瀧の顔を、正確には三葉を見る。
「え――――どう、して……」
絶対に出るはずのない名前を言われ、呆然とする三葉。彼が誰かにしゃべったのだろうか。
「青葉君と瀧君が、貴女を探しにここまで来たの。3年が経過したこの町で、まさか三葉ちゃんがやってくるまでは、予想できなかったけれどね」
「なぁ、三葉ちゃん、でいいんだよな? そっちで青葉さんを見なかったか?」
司は、消失した青葉の行き先が、間違いなく3年前の糸守だと推測出来ていた。だからこそ、彼女に尋ねたのだ。
「青葉、さん? 何を、言っとるん? だって青葉は東京で―――――3年後――――うそっ!?」
ショックを受けたような顔で辺りを見回す三葉。そこには青葉が当時から使っていた彼のバッグが置かれていた。
「―――――ダメ、ダメ――――それはだめなの!!」
頭を抱え、パニックになる三葉。司の言っていることを理解した瞬間に、彼女の顔から血の気が引いた。
「早く戻らないと、青葉が――――頑張ってきたあの子が―――――そんな――――っ!」
焦燥感を大いに感じさせる、三葉の表情に司と奥寺はどうすることもできない。
「何が始まろうとしているんだ、いったい……」
言いようのない不安が、司の胸中に渦巻く。
三葉っ!!!!
その時、彼女の名を呼ぶ少女の声がした。3人はその声を確かに耳で聞いた。
それは幻聴ではない。
慌てて祠から抜け出た一同は、時間軸が狂いだしていることを思い知ることになる。
「うそっ、さっきまで昼だったのに―――――」
「夕方前……? そんな馬鹿な――――」
現代にいるはずの時間軸も歪み始めている。これも祠の力のせいなのだろうかと、奥寺は冷静に分析していたのだが、
三葉っ!!!!
またしても聞こえた彼女の声。司と奥寺にとっては初めて聞く彼女の声だが、不思議とその声の主が誰だかわかった。
あれは、三葉と入れ替わった瀧の声だと。
「瀧君?」
必死に、そして必死にその声の方向へと向かった。これでつながるかもしれない。与太話がついに現実になるのかもしれない。
繭五郎の御神体を囲むような堀のような岸壁の上を走り、彼女の姿を探す。
――――こんなことが、起きるのね――――
その光景を、おそらく奥寺は忘れられないだろう。
「瀧君―――――」
その少女と自分たちの時間がつながった瞬間、入れ替わりの魔法は解けていた。少女の口からは、目の前の少年に対し、愛しいものを見るかのような声色で囁く彼の名前。
「ようやく会えた。ようやく三葉に出会えた。ふつうは、絶対に気づかないぞ、こんな場所」
朗らかに笑う瀧の笑顔は、奥寺の眼から見ても好きな人へとむけるものだった。ようやく彼が変わった理由を知った奥寺は納得していた。
彼が変わり始めていたのは理解していた。しかし、それが果たして何なのか。何か大切な人が出来たのだと薄々感じていた。
それがまさか、3年前の少女だったことまでは、今目の前でそれを見るまで信じ切ることが出来なかった。
「でも、だって――――どうして―――――」
「口噛み酒。三葉のあれを、青葉さんと一緒に飲んだんだ―――――あれ、青葉さんは?」
今更気づいた瀧。説明をしている途中に青葉の姿が見えないことに気づいた。
「あ、青葉!? 瀧君、青葉がいない!! 青葉がいないの!! 青葉は――――」
狼狽えるように涙を流してしまう三葉。彼女の言っていることをもう誰もが理解している。
「青葉さんは3年前の糸守町にタイムスリップした、かもしれない」
司は、その残酷な現実をつぶやき、目を背ける。
そんな彼らの様子を見守っていた青葉は――――――
「悪いな、みつ姉。3年なんだよ。俺は3年間頑張ってきたよ」
誰にも聞こえない独り言をしゃべる青葉。
「だから、この巡ってきたチャンス。賭けないわけにはいかないんだ」
もうすぐ自分の願いが叶うかもしれない。そう思うと、彼には止まる意思などなかった。
「後は俺が、なんとかする。昔からフォローは得意なんだ」
そしてカタワレ時が終わり始める。
「あ、カタワレ時が――――そんな、待って!! 青葉が、青葉がまだいるの!!」
天に向かってまだ待ってほしいと訴える三葉。
「このままカタワレ時が終われば、どうなるんだ――――」
司は、3年前に同一人物がいることで、タイムパラドックスが起きると間違いなく予期していた。そして真っ先に消されるのは3年後の青葉だ。
「そんな、青葉さんが、消える?」
瀧は、自分の我儘に付き合ってくれた彼が消失するという事実に、焦りを感じていた。三葉に会いたい一心で、ここまで来た。いろいろと上手くいきすぎていた。
そして気づかなかった代価に、今になって気づいた。
「―――――世界が、この御神体を、糸守町を中心に書き換わる?」
奥寺は、彼らの言葉を集め、整理し、並べ替えることで、一つの結末が待っていると判断した。
その頃、夕方前に地元の実家に戻った青葉は、久しぶりに家族と再会することが出来ていた。
「――――――ただいま、四葉」
「お、おにいちゃん!? なんで、まだ東京ではないん?」
「少し計画が狂ってね。颯だけまだ東京から帰る途中かな」
落ち着いた物腰の青葉に、四葉まるで彼が彼ではないような印象を受けた。
――――東京に行って、なんだか大人になってる!?
東京に行けば、みんな大人になるのだろうか、と小学生の四葉は考えた。あまりにもいつもと違う、青葉の雰囲気。
「―――――青葉?」
祖母である一葉は、青葉の雰囲気が違うことを一瞬で見抜いた。何より体格もいつもと違う。
「―――――四葉、おばあちゃんと少し真面目な話をするんだ。少しだけ、時間を貰えないかな?」
「う、うん」
物腰も、いつもの元気なものとは違い、柔らかく、丁寧なものだった。どこか超然とした兄の姿に圧倒されながら、四葉は言われるがままに席を外した。
「――――――今の青葉は、どこか雰囲気がいつもと違うねぇ」
まず切り出したのは、一葉の方だった。
「―――――いろいろあったよ。ここまでたどり着くのに。いっぱい苦労もしたし、やり遂げたこともあった」
青葉は自分のやってきたことを話す。それはこれから自分が行うはずだった未来の話。今の自分が、そして3年前の自分がこれから起こすこと。
「俺さ、未来でプロサッカー選手になったんだ」
「――――――青葉まで、ようわからん話をするんやねぇ」
やや呆れた口調の一葉。今日は何かおかしいと彼女にも何かが起きている予感が芽生え始めた。
「―――――確かに、頑固なお婆ちゃんを説得するのは、一苦労だよ。でも、これは俺の我儘で、今は事情を考えないで、信じてほしいんだ」
頭を下げる青葉。どう見ても正気がないようには見えない。青葉は正常で、本当の話なのかもしれないと。
「青葉がそこまで―――――話すだけ話してみんさい」
最終的には一葉も折れて、青葉の話に耳を傾ける。
話をする今になって、その記憶がパノラマ写真のように、脳裏に浮かんできた。
――――まだ死んでいるわけではないんだけどね
神様が其れを起こしているのか、それとも自分の本能が理性に悟らせようとしているのか。はたまたそのどちらでもなく、自分の妄想なのか。
「でも、それを投げ打ってでも、ここに戻る意味があった」
「―――どういうことなん、一葉?」
夢を叶えた青葉が、夢を捨ててまでここにいる理由。ますます分からない、といった様子の一葉。
そんな彼女の様子を見て苦笑いの青葉。ふつうはここにいるわけもないし、ここに行こうとは思わないだろう。今ここにいるのは底抜けの大バカ者だ。
「―――――聞いてくれ。今、この時間軸の青葉はまだ東京にいるよ」
唐突な独白。大人びた青葉は幼い自分がまだ東京にいることを明かす。
「な、お、大人をからかうのもいい加減にせんと―――――」
「三姉は、俺にとっての3年前、夢を見ていた。そして、今の姐さんは夢を見ている最中なんだ」
その言葉だけで、一葉の否定の心が解けていく。それは自分も体験したものであるから。初対面なのに、どうしてかわからないほど惹かれ合った伴侶がいたことを、彼女は覚えている。
その夢は薄れ、いったいどんな意味があったのかすらわからない。しかし、その夢が確かに存在して居た確信だけが残っている。
「青葉、あんた――――――」
それは、三葉に対していつの日か言い放った自分の言葉。その場面で青葉はいなかったが、まさかその言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「―――――恐らく、三姉に今朝言われたと思う。彗星が落ちて糸守がなくなる話を。俺と颯を残して、全てが消える史実」
真剣な瞳で話す青葉は、畳みかけるように一葉にその憶測をぶつける。
きっと彼なら必ず話す。その事実を伝え、歴史を動かそうと動くだろうと。
「―――――その話は本当だ。俺はその――――3年後の未来を生きていたのだから」
ついに白状した自分の状態。一葉は呆然としていた。確かに今目の前にいる青葉は青葉だが、体格もでかくなり、大人顔負けのいい体をしている。自分の知る青葉もたくましかったが、彼はそれ以上だ。
そしてそれ以上に、成長した青葉の姿と言われてみると、納得してしまうほど彼は青葉だった。
「ようわかった。その話を信じるね」
が、すぐに毅然とした表情に戻り、
「―――――これから青葉はどうするん?」
青葉のこれからを尋ねる。このまま過去に戻り、彼は何をするのか。
「夏祭りを中止させて、みんなを遠い場所に避難させる。家屋半壊の範囲のギリギリ外で一番近い建物。地元の学校辺りまでね」
つまり、大幅な歴史改編。日常のちょっとしたことならそこまで影響はないだろう。しかし、これは違う。
日本で悲劇と言われるほどの厄災。その犠牲者を消すということ。全てを生存させる選択と行動をとることは、未来が変わるということ。
「―――――あんた、自分のやろうとしていることをわかっとるん? 未来を変えることがどんなことかを、本当に知って―――――!?」
項垂れる一葉を支える青葉。そして優しく抱きしめるように、彼女の耳に告げる。
「大丈夫。俺はいつでもそばにいるよ。たとえ、俺が消えても。この世界の俺が、ずっとそばにいるから」
それは紛れもない本心だった。組紐の守りもない自分は、世界の荒波に抗う術がない。この先の運命は常に最悪を考えなければならない。
それでも、この世界の自分に、同じ悲劇を味わってほしくない。
ガタンッ
その時、ふすまの外で物音がした。慌てて振り向いたがもう人の気配はない。
「――――まさか、四葉!」
慌てて駆けだそうとする一葉を制する青葉。
「―――――お婆ちゃんは先に避難して。父さんのところへ行けば、たぶん良い方向に行くと思う。四葉は俺が必ず連れ戻す。大丈夫」
安心させるように、青葉は一葉を説得する。
「なんたって、俺はお兄ちゃんだからね」
兄として、妹を、弟として、姉の未来を切り開く。
街を救う前に、妹を救うのが先だ。
その話を飛び出した少女は、思わず逃げ出してしまった。
兄と祖母の難しい話は、彼女にとって理解しがたいものであった。思考能力を容易にオーバーする、小難しい話だった。しかし、一つだけ理解してしまったことがあった。
四葉は走っていた。嘘だと思いたかった。
―――――消えるって、どういうこと?
あの優しい兄が、物腰の柔らかい、大人な兄が、消える?
この世界の彼は消えない? 青葉と颯だけが生き残る史実?
全てが幼い四葉にはわからない。ただ、目の前の青年がこのまま破滅するという事実だけが理解できた。
「四葉っ!!」
その時、彼の声が聞こえた。いつも誇らしく、自慢の優しい兄の声。
「―――――お兄、ちゃん」
まともに彼の顔を見ることが出来ない。視界は濡れており、それは当分乾きそうにない。
「―――――お兄ちゃんの我儘を、聞いてくれるかな?」
朗らかな笑顔で、近づいてくる青葉。そんな彼を拒絶するように、四葉はじりじりと後退する。
「―――――だって、消えるんやよ!? お兄ちゃんが消えるんやよ!! 怖く、怖くないん!? だって、だってぇ!!」
人目をはばからずに泣いた四葉。周囲に人がいたらきっと青葉は悪者にされてしまうだろう。それぐらい彼女は泣き続けた。
「俺は、妹の成長した姿が見られないのは、ちょっと不満かな」
「な、何を言っとるん!? こんな時にあほなことを言わんで!! お兄ちゃんのケダモノ!!」
赤面する四葉。そして両腕で体を隠すように抱き、叫んでしまう。
「いや、そういうわけではないんだけど―――――こう、お兄ちゃんとして――――まあ、この際もういいか……」
とほほ、と落ち込む青葉。
「お兄ちゃんって、本当に完璧に見えてどこか抜けとるよね」
ジト目で青葉の落ち込んだ姿を見つめる四葉。
「いや、案外抜け穴だらけかもな。妹一人、誤解を解くのにも苦労している」
そして、そんな彼女を青葉は優しく抱きしめるだけ。そんな彼のしぐさと行動がズルい。今度は彼を拒絶しなかった。
「兄ちゃんの我儘、聞いてくれるかい?」
「―――――ホンマ、卑怯や。お父さん以上に卑怯やぁ」
色々と小言を言われる青葉。しかし、そこで揺らがない。
「――――でも、それだとみんなと会えない。“俺”にそんな寂しい思いはさせたくない。みんなが死ぬ事実も、認めたくない」
少しだけ、抱きしめる手が強くなった。その歴史を知る者だからこそ、その意志は強いのだと悟ってしまう四葉。
「あ―――――」
「お婆ちゃんと一緒に、父さんのところへ向かって。大丈夫、きっとまた会えるから。3年後に絶対、会えるから」
嘘だ、と彼女は思った。3年がたてば彼に出会えると彼は言った。しかしそれが嘘だとなぜか悟ることが出来た。
目の前の兄にはもう会えないと。
「少しだけ、我慢できるかい?」
しかし――――――
「―――――うん、約束やね、お兄ちゃん………」
「四葉……」
驚いたような声を出す青葉。恐らく彼はすぐに、自分が強がりを言っていると見透かすだろう。
昔から聡く、鋭いところがあった。自分の強がりを看破できない兄ではない。
でも、これが今は正しいのだ。
「―――――また後でな、四葉」
もし―――――
もし、あの時強引にでも止めていれば、彼は立ち止っただろうか。
しかし、彼は止まらない。妹の言葉でも止まらない。そこまでの覚悟を彼は秘めていた。
「お兄ちゃん――――――」
森を駆ける青葉は、自分が破滅に向かっていることを自覚していた。
――――帰る手段はもはやなく、片道切符の人助け、か
それでも、3年間恋焦がれていた現実が、そのレールが敷かれている。ならば乗らないわけにはいかない。そのレールの先が崖であろうと。
「青葉君? どうしたの、颯も帰ってきたの?」
そこにいたのは、隣近所の颯の母親だ。何も知らず、何も知らないまま、隕石の犠牲者となった一人だ。
「え、ええ。そんなところです。ただ、蹴球高校のスカウトが熱心で、今日の夜まで帰れそうにないみたいです」
「そうなの? そっかぁ、夢を叶えるんやねぇ、あの子。うちの娘のこと、これからもよろしゅうなぁ」
娘が夢を叶える第一歩を踏んだことに、喜ぶ颯の母―――――小野寺楓はそのあとすぐに青葉のことを見て、探るようにある一言を言い放つ。
「――――でも、その過程でうちの娘を泣かさんといてな」
「――――――滅多にないですよ、そんなこと」
女性の鋭さ、理屈ではない直感は侮れないと感じた青葉。手早くその場を去り、市役所へと向かう。すべては父がいる場所へ。
その過程で青葉は町の人から地元の誇りと言われ続けたが、それを手早くさばきながら市役所へと向かう。今は時間がとにかく惜しい。
そして―――――
「――――――父さん」
「―――――青葉か。東京からすぐに戻ってきたのか」
職務に追われる父を黙って見つめている青葉。
――――父さんは、母さんを愛していた。
彼だって人間だった。心を持った愛情の深い人間だった。姉や妹、そして祖母はそれを誤解してしまったままだった。
しかし―――――
――――俺は知っています。貴方は、母さんと出会う前から、分かり合えていた。
そんな半身ともいうべき存在と別れて、辛いはずがない。自棄になってしまう感情を、否定できない。
だからこそ、俺は―――――
「―――――父さん、昼過ぎぐらいに、みつ姉がバカなことを言っていたと思います」
「―――――なんだ、お前も知っているのか。本当に困った、政務で忙しい時にそんな絵空事を言いに来るとは―――――」
なんでもなさそうに、俊樹は彼の言葉を否定せず、愚痴り始めた。
「――――――それは、本当のことなんです、父さん」
真剣な瞳で、青葉は彼女の言葉を肯定する。優しげに、姉の立場と、父親の立場の両方を気遣うような物腰で、彼はしゃべり続ける。
「―――――変な冗談は止してくれ。お前まで変なことを言うとは――――」
「父さん、みつ姉はね。ようやく見つけたんだ」
だからこそ、彼を説得できる裁量言葉を言い放たなければならない。
「父さんと母さんのような間柄の人と、巡り合えたんだ」
「――――――その話は、母さんにしかしていない――――まさか」
知るはずのない話を知る息子の姿に、驚愕をあらわにする俊樹。二葉が彼に話したとしか考えられない。
「俺が興味本位で母さんに聞き続けたから。だから―――――」
「―――――それが、今の与太話と何の関係がある」
しかし大人として、毅然とした態度を取らなければならない。息子が何を言おうとしているのか。
そして聞き続けようと思ったとき、ある違和感に気づいた。
「―――――お前は、青葉、なのか?」
背丈が伸び、体格も豊かになっている。中学3年生とは思えない。まるで青葉がそのまま成長した姿。
「うん。俺は3年後の未来から、ここに戻ってきた宮水青葉。今の俺は、たぶんようやく岐阜県内に入ったところだと思う」
知り得るはずのない情報を知る息子に似た青年。そんなはずはない、自分と彼女のなれそめを聞ける存在は、もはや自分しかおらず、彼女の生前までだ。
だから、間違いなく彼は青葉なのだ。なのに―――――
「―――――これからおそらく、みつ姉の友人が避難指示を放送すると思う。だからそれを、どうか止めないでほしい。そして、みつ姉もここに来る」
「―――――なぜだ。」
震えるような声で、俊樹は青葉を問いただす。
「なぜ、お前はここに戻ってきた? その与太話の後、お前は生きていたんだろう!? だからここにいる!! ならなぜ、いま逃げない!!」
怒鳴るように、彼は息子に問いただす。逃げればいい。彗星が落ちてくるなら、一人逃げればいい。それが恐らく彼の体験した歴史なのだから。
彼はこれから、歴史に反抗するのだろう。このイレギュラー染みた状況が其れを証明している。
その代価はいったいどれほどのものなのか。
「―――――だって、死んでほしくなかったって、3年前からずっと思っていたから」
何を当たり前のことを言っているの、というような青葉の答え。
その時、町全体に彼女の声が響き渡る。
―――――こちらは 糸守町役場です
「なんだ、この放送は―――――」
「始まったか―――――」
今の彼には世界の全てが見える。彼に縁の深い人の行動が分かる。イレギュラーで、リスクを超えた選択をし続けたからこそ得られた今夜だけの力。
名取早耶香が放送を始め、勅使川原と三葉が電力所を爆破。
そしてまだ、彼女は彼のことを覚えている。組紐は、まだ彼の腕に巻いてある。
彼と彼女の縁は、まだまだ結ばれている。
踵を返す青葉。それを見て狼狽える俊樹。
「待て、どこに行くんだ、青葉!?」
振り向いた青葉は、今にも消え入りそうな笑顔で、
「ちょっと幼馴染の未来を切り開いてきます。学校でまた、父さん」
その数分後、
「お父さん!! 放送のことだけど――――!!」
そこへ、今度はしっかりと娘だとわかる少女が、「入れ替わり」が起きていない娘に会うことになった俊樹。
「―――――本当に、あいつの言うとおりになった。」
その一言で、彼女はわかったのだろう。本当に自分の子供たちは鋭い。
「―――――え、もしかして、青葉がここに、ここにいたの!?」
しかし、狼狽えるように彼を探そうとする娘。
「―――――早くしないと、3年後の青葉が消えちゃう――――」
彼女は必然的な事実を前に、狼狽えていた。
「―――――三葉」
「父さん!? どうして平然としているの!? 青葉が、青葉が消えるんだよ!! このまま何もしなければ、青葉は――――っ!!」
「それが、あいつの願い、なんだろう」
「―――――え?」
彼自身の消失を、青葉が望んでいた?
「―――――歩きながら話そう。お前にこれまで話していなかったこと。お前たちの悪だくみに騙されたまま」
「そして聞かせてもらうぞ、何が起きていたのかを」
全部話した。瀧君と入れ替わりが起きていたこと、実は3年の時間軸がずれていたこと。その世界に成長した青葉がサッカーの世界で活躍していたこと。
そして、3年後の青葉がこの町を救いに瀧君とともに3年後の糸守からここにやってきたこと。
「――――――親不孝者め、あのバカ者が」
全てを聞いた俊樹はそれ以上のことは言わず、黙々と住民とともに避難行動に移るだけだった。
糸守を救う。それも青年の願いだった。
しかし、一番望んだのは—————
あの二人なら、絶対に届く。だから、その先の未来を返してくれ
いいだろう、神様?
アンタはアイツに、でかい貸しを作ったんだ
なら、いい加減返してやれよ。
アイツに、返してくれよ