Lost dream ~超常の目覚め~   作:傍観者改め、介入者

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颯ちゃん視点の話になります。

安全も込めて、第三話から読んでください。連続投稿中です。


断章 片羽根の妖精

 

2007年 6月

 

それは颯が小学3年生の時の話だ。

 

 

きっかけは、些細なことだった。小野寺颯が宮水青葉と出会った経緯は、親の気まぐれによるものが大きかった。

 

 

糸守町という緑の豊かな場所に家を建てたい。岐阜市から離れた場所に居を構えたいという父親の我儘から始まった。

 

そこそこ広かった部屋を返し、十分に資金が溜まったといった彼は、この町に家族を引き連れて移り住んだのだ。

 

 

そこでボールをけり続ける少年に出会った。

 

「やぁ! この辺りでは知らない顔だけど、引っ越してきたの?」

 

快活に話しかけてくる少年は妙になれなれしかった。しかし、誰も声をかけてこなかった学校とは違い、自分に興味を持ってくれる人がいてくれたのは助かった。

 

「――――貴方、ずいぶんと馴れ馴れしいけど、図々しいとかよく言われない?」

こちらは好きでもない田舎に移り住んだのだ。多少はいらいらしても罰はあらないだろうと思う。

 

 

「あはは。無理なお願いはしてないはずなんだけど……いやはや、田舎のやり口は合わないかぁ」

少しだけしょんぼりする少年。しかしすぐに表情が変わり、

 

「数少ない情報だけど、どうやらサッカーをしているって聞いたんだけど! どう! 俺と一対一で勝負しないか!?」

 

 

自分が岐阜市内でどんな噂になっているのかを知らないだろうかと、颯は眉を顰める。

 

これでも並の男子は軽くひねってきた自負がある。田舎で、しかも2チームギリギリ作れるぐらいの部活で温くやってきた面々とは違う。

 

 

最初は案の定、颯のテクニックに圧倒される少年。

 

「うわ!? 何だこの技!!」

 

「ターン系を知らないの? 貴方それでもサッカー少年!?」

 

シザースとダブルタッチを知っていたようだが、他の技については知識が皆無に等しかった。

 

偶然繰り出したステップオーバーによるフェイントで彼女を驚かせたが、先読みした彼女が少年を止めた。

 

しかし――――――

 

 

―――――なんて足首!? 一瞬で詰められる!!

 

何度抜き去っても少年は追いすがる。そして、シザースのキレも今まで見たことがないほど鋭さの次元が違う。

 

「あっ――――――」

 

 

そして、ボールをその超常現象のような反応速度で奪われた颯は、彼のシザースからの―――――

 

 

――――嘘っ、その技は―――――

 

軸足でボールを逆方向へと蹴りだした少年。自分がいくつか見せたフェイントの一つであるクライフターン。

 

 

鋭いシザースを警戒した颯は、そのスピードに追い付こうとしていた。少年はそれを本能で察知し、彼女の逆を突いたのだ。

 

「おっ、やっぱりこの技凄いや! えっと、小野寺さん、だったっけ。いっぱいフェイントを知っているんだね!」

 

そして抜き去った少年は満面の笑みで笑う。そして颯のフェイントに興味を示していた。

 

――――こんな能天気な相手に負けたくない

 

 

彼の知らない技で、今度こそ抜く。そう決意する颯は少年に尋ねる。

 

 

「ねぇ、貴方の名前は?」

 

その少年は何者なのか。この無銘の少年はなぜここまで自分に反応できるのか。

 

サッカーをする者として、純粋な興味を抱いた。

 

 

「俺? 俺の名前は宮水青葉! 将来侍ブルーの9番を背負う男だ!!」

高らかに宣言する青葉少年。そして盛大に大それたことを言い放ったのだ。

 

 

こんなど田舎のサッカー小僧が、日本代表の9番を背負う?呆れた口がふさがらない颯だったが、気になることもあった。

 

「なんで10番ではないの?」

 

多くのサッカー少年の間で広まっている10番と司令塔に対する羨望の眼差しを知っている。彼らが揃えて言うのは、司令塔ポジションを奪うということだ。前線の選手が外すシーンばかりを見ている彼らは、それを格好悪いとみて、鮮やかなパスやシュートを見せる10番にあこがれを抱いていた。

 

 

颯は、そんな情けないシーンを見て、いつか自分が一流の点取り屋になるのだと意気込んでいた。

 

 

だからこそ、青葉少年がなぜ点を取ることにこだわっているのか。その背番号にこだわっているのかが知りたかった。

 

「豪快なシュートで1点入るんだよ! 得点を奪って初めて試合が動くんだ。何度いいパスをしても、得点に結びつけなきゃ、意味ないもん」

 

素朴で残酷な事実だった。いくら起点となるパスを出しても、アシストにつながるようなパスを見せても、ゴールに直結しなければ忘れられてしまう。

 

そのパスを出した意味もなくなってしまう。

 

なら、そのパスに意味を齎すにはどうすればいいのか。

 

答えは単純だ。

 

「点を取ったやつが一番偉いと、俺は思うけどなぁ」

 

 

初めてだった。全国で司令塔をやっていた年上の少年がいたが、あの鮮やかなパスが何度も無駄になるシーンが目についた。

 

点を取る選手がいない。彼は口には出さなかったが、そんなことを思ったに違いない。

 

―――――抜かされても、すぐに追いつく俊敏さ。その秘訣は何なの?

 

「貴方。相当いい脚をしているわね」

素朴な疑問をぶつけた颯だが、

 

「え!? 異性にそんなことを言われても」

いきなり何を言っているの、と怪しい目で青葉が彼女を見た時、颯は奴に対して怒鳴っていいと思った。

 

————妙にずれているわね、この子

 

「そういう意味ではないの!! ものすごく足が速いから、どこでそんな足を身に着けたのか気になっただけ! 変に取らない!」

 

 

「は、はい!! すいませんでした!! うーん、山を走り回っていたぐらいかなぁ。学校でも50メートル走もシャトルランも一位は当たり前だったけど、特に何かの練習をしていたわけではなかったし」

 

 

「何秒で走っていたわけ? 言っておくけど、8秒台は当たり前だからね。」

 

 

「うん。7秒7だったね。ちなみにシャトルランは153まではいったけど、授業が終わるから途中で終了になっちゃったぐらいかな。けど、全国にはまだまだいるでしょ?」

 

 

有り得ない。彼の頓狂な声とともに出た答えに、戦慄を覚えた颯。

 

 

小学3年生で7秒台後半というわけのわからない数値。さらには50メートルよりも正確性の高いシャトルランの出鱈目な記録。

 

 

全国にはまだいるでしょ?という彼の神経はおかしい。

 

「だって。みんな最低80は行くしね、シャトルラン」

 

この町の子供はどこかおかしいのではないかと思う颯。青葉曰く、トラック競争というのがあるらしく、1位になるとお菓子がもらえるらしい。

 

そんな幼稚な競争で一生懸命になるこの村は大丈夫なのかと思った。

 

 

だからなのだろう。年老いた年配の方も足腰が現代人に比べて強いと思えた。あの山中の道を杖なしで歩ける人もいたぐらいだ。

 

その他の人間も、平気であの道を走っている。

 

ちなみに、立ち幅跳びは188cm、反復横跳びは54回だったらしい。そして長座体前屈は驚異の39㎝とかいうおかしな記録。

 

 

もし、彼が同性だったなら嫉妬せずにはいられない。この自然の中で生まれた天賦の才を持つ少年。しなやかな体と瞬発力を誇る原石の塊のような存在を、そのままにしていいのか。

 

現代日本において希少な山育ち。その環境が、彼らを変異させたのだろう。そうとしか言えない。

 

小学3年生でこれだ。成長すればどこまで伸びるのか。

 

「―――――面白いわよ」

 

「へ? ど、どうしたの? なんでそんな顔をしているの!?」

 

慌てる青葉少年。今の颯の顔を見て狼狽えている。きっと自分の顔は凄いことになっているのだろうと自覚するが、気にする事柄でもない。

 

「あんた。代表に選ばれるんだって言ったわね」

 

「う、うん」

戸惑いながら、先ほど彼の言った言葉を言い放つ颯に対し、頷く青葉。

 

「あんたはそこを目指せる体をしている。だから、私が直々に見てあげてもいいわよ」

 

 

「体目的なのはちょっと」

 

 

「そこっ!! 変に捉えない!!」

 

 

「は、はいぃぃ!!!」

 

 

そこからどさくさに紛れて青葉を岐阜県下のサッカークラブにねじ込み、颯と父親の伝手が活きた。

 

ド田舎からやってきたサッカー少年が、同世代どころか年上の選手すらぶっちぎる光景は、何度も見てもおかしいと思いながら。

 

「なんだあの子は!? 上級生をぶっちぎったぞ!」

 

アウェーな環境で、彼を知らないステージで、彼が輝きを見せるたびに感嘆の声をあげる周囲の人間。そして、天狗になることもなく、試合の一つ一つのワンプレーを覚え、常に

 

「くっそ、あそこはこうするべきだったかぁあ!!!」

と悔しがる姿は、とても好ましく思えた。そんな風にどんどん伸びていく青葉の姿は、見ていて痛快だった。

 

 

――――そして、だんだん私は彼に勝てなくなった。でも、それでもいい

 

颯とのマッチアップで、砂漠で水を吸い込む様に技術を会得していく彼に対し、怖いもの見たさにその先を見てみたいと思うようになったこと。

 

――――私はいつの間にか、彼の真っ直ぐさと、プレーヤーとしての姿に、惹かれていたのだから。

 

 

それから――――――

 

 

「今の俺があるのは、小野寺のおかげだから」

 

そんな言葉が飛び出したのは、小学6年生の時だった。出会いから3年で、岐阜県下のサッカー界で彼を知らぬ者はいなくなっていた。

 

12歳でありながら、同世代のトレセンで活躍する颯を尻目に、彼はU-14トレセンで無双を続ける。

 

「なんだあの少年は!?」

 

 

「信じられない切り返しだ。なんて足首の強さだ」

 

年上の選手を簡単に躱し、単独でゴールを奪う突破力を見せ続ける青葉は、全国屈指のストライカーとして名を馳せていくようになる。

 

 

指導者たちも、もはや教えることがない無名のサッカー少年だった青葉に視線が釘付けになる。何しろ、小野寺颯の勧めで岐阜県のクラブに姿を現したと思えば、2週間で不動の地位を確立した化け物だ。

 

女子サッカーの有望株である彼女が太鼓判を押すほどの存在。中学高校と争奪戦が予想される逸材に対し、周囲の目も変わる。

 

 

騒がしくなった彼の周りの後継を見ていた颯は苦笑せざるを得ない。

 

――――最初は興味本位だったのにね

 

颯のフェイントを会得した彼は、さらなる進化を遂げていた。彼はよく合わせ技、コンボ技と言っていたが、発想がもうおかしい。

 

同世代の選手が鮮やかなフェイントに目が行く一方、青葉などの少数派はフェイントでなぜ抜かれたのかというところまで見ていた。

 

しかし、彼という強烈な存在と、颯はチームの根幹を任されることが多い。

 

実は、岐阜県下では真ん中でプレーできる存在がなかなかおらず、所属クラブでは真ん中をする羽目になる青葉。そして時にはトップ下という彼があまりやりたくないポジションまで。

 

 

時々ではあるが、ボランチでさえやることもある。器用な青葉に経験させると同時に、他の子どもの経験値を稼ごうとする意図だった。

 

本人は、渋々ながらそれを引き受け、試合になるとそのポジションで求められている動きを考え、自立的に動いた。

 

しかし、根っこは変わらない。

 

 

そんな彼の根っこを証明する試合があった。小学生最後の全国大会で彼は2回戦、ボランチのポジションで先発出場を果たしていた。

 

豊富な運動量でボールハンターと化した青葉は颯を含む前線にボールを供給し、手早く2点を演出していた。

 

後半相手がシステム変更で攻勢に出た際のことだった。1点差に詰められ、尚も勢いづく相手チーム。

 

しかし、そんな攻勢に唯一の綻びが生まれる。

 

青葉が追い込み、相方のボランチのプレスから零れたボールを受けた颯。

 

―――――ダメ、ドリブルコースがない

 

前線はマンマークでパスコースを塞がれている。数的に有利を備え、運動量が落ちてきたこちらをあざ笑うかのようにゴール前をがっちりと固めていた。

 

 

しかも、青葉のクロスを警戒し、キーパーもやや前のポジション。パスコースも寸断されていた。

 

 

「青葉!!」

 

仕方なく上がってきた3列目の青葉にボールを渡した颯。何とか試合を決めるプレーをしてくれるのではないかと思った颯。

 

 

「――――――」

 

青葉はブロックの上を行くロングシュートをいきなり放ったのだ。まるでパスを受ける前から決めていたかのように。

 

 

前よりのポジションだったキーパーの頭上を往くシュート。彼の手はボールに届かず、吸い込まれるようにゴールネットへと入り込んでいったのだ。

 

試合を見に来ていた観客からもどよめきが起きる。本職ではないポジションで初得点。1ゴール1アシストの活躍を見せた彼は、彼らの視線をくぎ付けにした。

 

「青葉まじかよ!」

 

「そこから決めんのかよ!!」

 

チームメートも駆け寄る。スーパーゴールを決めた彼は冷静だった。

 

「キーパーが不用意に前よりのポジションだったから。決められる自信があった、自信のあるプレー。驚くようなことでもないしね」

 

理想通り。思惑通りのことをしてもあまりリアクションのない青葉。

 

 

 

その後の青葉の軌跡は尚も加速していく。

 

岐阜県下の中学でも強豪校に入ると、1年生でエース。全国大会に3年連続で進むという躍進を成し遂げ、いずれの大会も得点王とアシスト王を獲得。黄金世代という一つ上の世代すらほとんど寄せ付けない強さで、U-15日本代表にも選ばれた。

 

 

さらに東京蹴球高校でレギュラーを張り、総体と選手権を制覇。一気にプロチームで名を馳せていった。

 

 

 

そして彼は今、日本サッカーの期待を背負っていた。今は亡き逢沢傑が認めた逸材。幼少よりフィジカルエリートといわれた彼は、日本人離れした身体能力を手にしていた。

 

 

サッカーが出来なくなった私はその軌跡を見守るだけ。

 

 

その活躍を見守るだけでよかった。

 

「―――――なんで、行っちゃうかなぁ……」

 

その病室を去った彼を想い、颯は悲しげに笑う。

 

――――私はもう、貴方にいっぱい夢を見させてもらったのに

 

 

 

世界が変わり始めている。あの日以来、感覚が無くなっていたはずの場所に、

 

 

―――――本当に、こんな贈り物、受け取れないよ

 

 

右足首が、元に戻っていた。

 

空が虹色に輝き、その現象を認識している人間はだれ一人としていない。きっと自分が今見ている者は、限られた人間にしかわからないだろう。

 

この盛大な世界への喧嘩を行った人間にしか。

 

 

そして彼の姿が3年前の自分を通してよく見えた。彼とあの少年がきっかけとなった今回の騒動は幕を閉じつつある。

 

 

森の中の景色が見えなくなり、しばらくの静寂が颯の周りに生まれる。

 

「―――――私も消えればよかったのに。それで後腐れがなかったはずなのに」

 

こんなものをしているせいで、四葉の首紐を青葉から受け取ったせいで、記憶は薄れない。

 

 

「俺は、足を失った颯に、サッカーができるよう祈っただけだ。あの寂しそうな横顔を見れば」

 

そして彼のエゴが記憶を確固たるものにする。

 

「颯のあんな辛そうな顔を見ていれば、このチャンスに食いつくしかなかった」

 

 

青葉は3年後の颯にしか目が向いていない。3年前の彼女のことを考えていない。

 

考える余裕すらなかったのだ。

 

 

「―――――本当に、困ったやつよ、貴方は」

 

怒る気力にもなれなかった。その純粋な善意に当てられて、颯は光の中で笑う。

 

この光の向こう側に、改変された世界が待っている。代償を支払うと同時に、存在の全てを消されるであろう彼には、立花瀧たちのような悪運は訪れない。

 

立花瀧は三葉と首紐を通してつながりを保ち、その余波で藤井司と奥寺ミキ、宮水四葉は記憶を保持することになるだろう。

 

しかし、糸守はそうではない。首紐の縁がない彼らには、3年後の青葉を認知できなくなる。3年前の青葉を上書きすることを放棄した彼は、消える定めなのだ。

 

――――自分に対しても優しいのね

 

 

自分ではない自分に、何も背負わせない。あの時彼は背負うと叫んだ。しかし3年後の青葉はそれを許さない。

 

十字架を背負って、自分にプレーをさせないためだ。

 

「なぜ私に十字架を背負わせるの? 私も消えれば楽だったのに」

 

 

「それは――――ごめん」

思い至らなかったと苦笑いの青葉。しかし彼にはそれ以上の想いがあったことを知らない颯ではない。

 

「でも、青葉だもん。あの時から変わっていない。一直線にゴールへと突き進むのが、君だから」

 

何一つ変わらない。

 

「だから、今度は私が貴方の夢を背負うわ……! 貴女が取り戻してくれた右足とともに!」

 

 

「颯………」

 

 

「私は、これから頑張っていく。精々どこかで想像することね。私が、なでしこがワールドカップを制する未来を」

 

もう時間が切れる。彼は微笑んだまま颯の決意を黙って聞いている。

 

「だから、あんたは自分にその夢を託して、信じてあげて。」

せめて、彼が報われると思いたい。青葉がその夢を実現すると信じる。

 

少なくとも、まずは自分が信じなければならないと、颯は思う。

 

そんな彼女の心に反応した青葉は、不意に口を開いた。

 

 

「夢も誇りも、その全ても。俺はあいつに託した。だから、不安なんてないよ」

 

 

 

「なぜならあいつは、宮水青葉だから」

 

 

最後にそう言い残し、青葉は光の中へと消えていき、颯の目に映る景色は、3年前のあの日に変わる。

 

しかし、悲劇ではなく奇跡が起きた世界である。ほんの少しの改変が為された世界。

 

 

改変が行われた世界で3年後の青葉だけがきれいに存在を消されていた。残るのはシミにすらならない程度の歪み。

 

「―――――バカね、ホントバカだよ……」

 

 

「颯?」

3年前の彼がこちらを不思議そうに見る。いくら聡明な彼でもわからないだろう。灯台下暗しとはこのことだ。

 

――――私は、全力でサッカーをするわ。

 

 

――――だから、途中までしか貴方の面倒は見切れない。

 

自分の夢を追える喜びを取り戻した彼女は、寄り道をすることが難しくなるだろう。

 

―――でも、貴方は宮水青葉

 

彼女が夢を乗せたプレーヤーであることに、変わりはないのだから。

 

 

 

そして時間はある程度過ぎていき、宮水青葉は一人暮らしの準備を完了させ、その夜は就寝につくはずであった。

 

「————————また、変な夢、なのかな」

青葉は、たまに糸守の風景が夢の中で映りこんでくる。あの祠の近く、草原が伸び放題となっているあの場所で、いつも彼がいる。

 

—————でも、彼を見ていると涙が止まらない

 

朝起きると、涙を流していたことがよくあった。何に対して悲しいと思っているのかすら分からない。漠然と何かを失った喪失感だけが青葉にのしかかる。

 

彼が夢の中で出来るのは、彼と一緒にサッカーをすること。ボールを片手に佇んでいる彼は、言葉を何も発さない。

 

 

しかし、フットボーラーであるならば、言葉はいらない。ボールで語り合うだけだ。

 

 

—————しかし、あいつには勝てない

 

何もかも上をいかれる。中学時代までの必殺技だった、シザースからのクライフターンを防がれ、未完成のエラシコも、あっさりと止められた。

 

そして、そのスピードはスピード自慢だった青葉の速度を圧倒していた。

 

「!?」

一瞬の切り返し。たったそれだけで、青葉は振り切られた。まるでプロのような動きだ。しかもそれは国内リーグですら見たことがない。

 

 

青葉を躱したその技は、彼が会得したいと願うエラシコ。エラシコとは、こういうものだと教えんとばかりに、エラシコで青葉を躱し続ける。

 

「—————————」

しかし、逆にエラシコに警戒し過ぎると、マシューズフェイント+ルーレットで転がされた。

 

スピードに乗った彼を止めるために追い縋った青葉。彼の速度ならそれが可能だ。しかし、急に視界から消えたと思えば、逆を突かれて抜き去られていた。

 

—————スピードを利用されたのか!?

 

「このっ!」

その後も悉く逆を突かれる青葉。同年代、さらには上の世代と戦った時でも、こんな経験はなかった。それこそ、ワールドクラスの選手と思えるような存在。

 

 

 

それでも青葉は挑まずにはいられない。あの夜から颯は夢に向かって走り出している。ならば、自分も置いて行かれるわけにはいかない。

 

 

この神奈川には、江ノ島には、近くに大きな山があった。砂浜もあった。足腰を鍛えるには最適な環境であることはわかっている。

 

いつか夢の中の存在に打ち勝つために、青葉は走り続ける。

 

—————あなたが誰なのかは分からない。けど、

 

何かを伝えたがっている、何かを託したいと思っていることだけはわかる。

 

——————けど、貴方とサッカーをしていれば、わかるはずなんだ

 

言葉はいらない。自分は彼とサッカーをし続ける。そうすればいつかはわかるはずだと。

 

 

亡霊は彼に夢を託す。自分から放棄した夢を、彼に継いでもらうために。

 

3年のアドバンテージが尽きるまで、その存在が尽きるまで、亡霊は自分の全てを教えるのだ。

 




恋愛感情は木っ端みじんですが、青葉のことはほっとけない様子。

なお、彼女と相性がいいのは、

重度のチキンだけど、頑張る男性です。


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