「そらそらそらぁ! その程度かセイバー! 動きが止まって見えるなあ!」
「......っ......!」
城塞から離れ、二人の戦場は森の中へと移っていた。俊敏を武器に四方八方から攻撃を仕掛けるライダーと、それを頑丈な防御でいなすセイバーのぶつかり合い。その苛烈さは、まさに大英雄同士のもの。周囲の木々など、紙も同然として吹き飛ばされていた。
「......踵以外を神々に守られし肉体とは、何とも厄介だ」
「ハッ、そういうお前さんの体だって滅茶苦茶な堅さしてんじゃねえか。まるで鎧を突っついてるみたいだぜ」
セイバーはライダーへの有効打がなく、またライダーもセイバーの背中には傷一つつけられていない。
―――厄介な相手だ。背中さえ狙っちまえばいけると思ってたが、背中に集中するとその隙を見て踵を狙って来やがる......あのランサーが手こずるわけだ。
ライダーからしてセイバーに勝てていない理由はそこだった。
邪竜墜としの大英雄、ジークフリート。いくらアキレウスが俊足の英雄とはいえ、そう簡単に背中をとれる相手ではなかった。
―――やはり真名は知られていたか。勝つのは難しい相手だが、時間を稼ぐくらいなら可能だ。アーチャーさえ来れば、戦況は逆転する。
そして、セイバーはただ時間さえ稼げばよい。
これが一対一のデスマッチであれば話は違うかも知れなくとも、これは聖杯大戦であり、一人で真っ正面からぶつかる必要など有りはしない。
即ち、フィオレとゴルドから何度も指示が来ているように、アーチャーが来るまでの時間さえ稼げればよいのだ。
× × × ×
「......っ!」
ヒュン!
「.......時間稼ぎか」
しかし、それは黒のアーチャーに対しても同じことが言えた。
マスターから連絡を受け、トゥリファスから突然飛び上がるように離脱した黒のアーチャーを、追手は森から逃がさなかった。
『マスター、悪い報せです。敵のアーチャーと思わしき存在に足止めをされており、到着までに時間を要します』
ヒュン!
「っ!......カウンターも手応えなし。弓術での中距離戦闘に長けていますね......」
追手、即ち斥候中であった赤のアーチャーによる足止めはとても上手い。森という戦場での強さには自信がある黒のアーチャーだが、相手はそれを上回る技巧の持ち主と見える。
弓をこちらに向けて射るその姿さえ、物陰に隠れて見つけることができない。
「......
そして素早く、身軽な獣のような戦闘スタイル。そして空中庭園で一度見た、アーチャーと思わしきサーヴァントの姿。
真名に、おおよその検討がついた。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
「っ!?......このままでは危険ですね。令呪をお願いして......いえ、まだそのときではありませんか......」
得られるものは得た。後はさっさとこの場から離脱して......といきたいところだが、生憎とその望みが叶わない。
敵の姿は未だ視認できず、しかしとて矢は飛来する。
草木も音は立てず、しかしとて風切り音は木霊する。
「......ルーラー、もしかしたら貴女のほうが早く城に着くかもしれません。そのときは、私の弟子をよろしくお願いいたします......」
黒のアーチャーは、自分とは別の道で帰路についたルーラーに向けて、伝わらない言葉を呟いた。
× × × ×
「ひえええぇぇぇぇ~~~!?!?」
「離して! 離しなさいよルーラー! 私に触れていいのはカグヤ様だけなんだからっ!!」
「二人ともお静かに!」
黒のアーチャーと二手に別れ、ミレニア城塞へと向かうルーラーと魔術師二名。いつぞやのアカのように脇に抱えられたカウレスとセレニケに申し訳なさを感じながら、それを気にせずルーラーは二人に敏捷Aの圧を与え続ける。
―――ルーラーは二人を連れて、迂回するようにミレニア城塞を目指してください。私は一直線に城塞を目指します。
―――申し訳ありません、ルーラー。敵の追っ手に捕まりましたので、城塞に着くのが遅れます。ルーラーの方が早く着くと思われますので、私の弟子をよろしくお願いいたします。
以上が、黒のアーチャーとのやりとりである。
「だから急がないといけないんですよ! しかも黒のアーチャーと対決しているのは赤のアーチャーです! 下手に大声を出すとこちらが見つかる危険が......!」
「だからってなああああ前っ前っ前ッ!?」
「あら危ない、当たらなければセーフです!」
脇に抱えられたカウレスの頭を、先の尖った小枝が掠める。
「掠めてるんだけど!? 当たってるんだけど!?」
「
「おのれキャスターアアアアアア!!??」
「カグヤ様の悪口言ったわね!? 後で覚えておきなさいッ!!」
「ああ覚えておいてやるよォ! ただし生きて帰れたらなァ!!」
この後わずか十秒後、カウレスとセレニケの両名は仲良く気を失ったそうな。
× × × ×
「ソレソレソレッ! どうしたよどうしたよ!? そんなんじゃぁこの私に勝つことは―――っ!?」
「ひっかかったね! 今だあああ!!」
「なんのこれしき......っ! どりゃああああ!!」
アサシンが両手に持つ暗器を心臓めがけて構え、キャスターが両手を拳に握りしめての、命を懸けた決戦。最後に立っていられるのは果たしてどちらだッッ!?
―――なんてことをしていたのは体感時間で半日も前のこと。
「ふんっ! よっしゃあ!」ゲーム セッツ
「あっ!? あー!? あーーー!?」ピカーッ
「ふっ......まだまだだね」オソスギダゼッ
「ぬわーん! なんでよー! その青いネズミさんそんなに強かったのー!?」
「速いからね! まだまだ黄色いもんには負けんよ!」
「むーっ! いいもん私はこの黄色い子を使うもんっ」ピッカァ
「それじゃあ私は......お姫様で行こうかしらねっ」ズェルダァ
「いざっ......」「じんじょーに......!」
「しょーぶっ!!」
今やアサシンとキャスターが両手に持つのは、ただのテレビゲームのコントローラー。そう......二人の勝負はただのゲームの対戦になってしまったのだ!
大型スクリーンを前にして、ソファーに体を預けるキャスターと、そのキャスターの膝の上にすとんと座って笑うアサシン。傍から見れば平和そのものであるが、聖杯大戦関係者からすれば唖然呆然間違いなし。そんなこの状況を、時間が切り離された世界で二人だけが楽しんでいた。
「うー! このゲームは無理! 他の無いの!?」
「うーん、ならハードは変わるけど、これはどう?」
そう言ってキャスターが取り出したのは、二つの手持ちサイズのゲーム機。
その画面にはカラフルでキュートなキャラクターの皆さんと、
みんなでぶよぶよっ!
の一文字。
「なにそれ?」
「面白いわよ♪ ちょうどいいわ、私も最近やり始めたの、一緒にやってみようじゃないの!」
「うん!」
アカのキャスターと黒のアサシン。
二人の戦いは、まだ始まったばかりであった......
× × × ×
「カグヤ......」
一方こちらは、キャスターのマスター兼保護者のアカ君。
彼はキャスターの工房(?)への扉を閉めたあと、地下から上がってすぐのところで待機していた。そして状況がわかるようにとキャスターと視界を共有させ、アサシンの戦闘スタイルや宝具らしきものをメモしつつ、いつでも使えるようにと左手に宿った令呪を握りしめていた―――のだが、
「どうして彼女が関わると、こうなるんだろうか......」
その心配は杞憂も杞憂。キャスターの視界を共有して送られる空間には、お腹いっぱい幸せいっぱいで満面の笑みを浮かべるアサシンの姿があった。
話は二時間ほど遡る。
事の発端は、やはりというかなんというかカグヤの一言であった。
―――アサシンちゃん、お腹すいてるでしょ?
―――え!?
その後のアサシンの反応から見て、カグヤはアサシンのお腹が鳴るのを聞いてしまったらしいことがわかった。
顔を赤らめて明らかに動揺するアサシン。拳をブンブン振り回しながら早口で言い分を述べるその姿は、ただの幼くて可愛い少女である。
―――いただきます!
―――いただきまーす!
その後は流れるように昼食の時間になった。カグヤのためにと事前に用意されていた五千食ぶんの食事を見せつけられたアサシンは、抵抗する気を失ったのだ。
カグヤに用意された食事は種類の豊富さを極めていた。なんでもいいよー、というカグヤの言葉を信じぬいたカウレスが、トゥリファス中の全ての食事処や食糧庫に声をかけたからである。
―――これ、どれを食べていいの?
―――ん? 全部よ?
―――これ、全部?
―――うん、全部。
―――ぜ、全部......!
その結果テーブルの上に置かれたのは、和洋折衷どころではない多岐が過ぎる食べ物の数々であった。
パン、米、パスタ、ラーメン、カレー、蕎麦、ペンネに焼きうどんまで主食となるものが集まる中央の一画。当然全て永遠に温かいように手が加えられているためホッカホカである。
牛肉、豚肉、鶏肉に羊肉。川魚に海魚。それらを焼き、煮て、タタき、揚げて料理したものが並ぶ右の一画。当然ハンバーグもある。
キャベツ、トマト、人参、カボチャ、カリフラワーにコーンまで全て新鮮な野菜が食べやすくカットされ盛り付けられている左の一画。当然ドレッシングなどの味付けも好みでできる。
そして極めつけはテーブルそのものを覆うように置かれたサイドメニューの数々だ。
コーンスープ、コンソメスープにみそ汁を揃えた汁物メニュー。
オレンジジュースから青汁、レモンサワーから梅酒、さらには苺黒酢から養命酒まで、広く要求に応えてくれるドリンクバー。
ショートケーキ、いちごパフェ、チョコプリン、ピーチゼリーと、乙女の心と胃袋をこれでもかっと刺激してやまないデザートコーナー。
本格料理のほうもユグドミレニアのホムンクルスたちが鋭意料理中のようであり、数は少なめだがグラタンや肉味噌炒め、ローストビーフやスシの姿も見えている。
もはやこのテーブル周りは、食べ物の世界地図と言っても過言ではない。
―――はいアサシンちゃん、あーん♪
―――あ~む♪ っ~~! おいしー♪
「......俺もお腹が空いてきたな......」
つい、そんなことを呟くほどアカもすっかり気を抜いていた。
『ん、マスターもお腹空いた? こっちくる? ご飯たくさんあるよー♪』
『カグヤ、聞こえていたのか......』
それゆえ、呟きがキャスターにも聞かれてしまう。
『いや、そっちには行かないでおく。なんだか行きづらい。どこかで食べる』
『そっか。ならもう視界共有外しちゃおっか? もう戦い終わったから大丈夫だし!』
大丈夫だし、とは何を思って言ったのだろう。
カグヤは自分の横にいる者が何者なのか、自覚が無いのだろうか。
『......相手はライダーをやったアサシンだってことを忘れないでくれ』
『ん、大丈夫! マスターが信じる私を信じろ!』
その自信はどこから湧いて出てくるのだろうか。
『じゃ、切るねー』ブツッ
「あっ!?」
そして通信は途絶した。
しばらくその場に棒立ちしたアカは、歩けばすぐそこにある地下への扉を一瞥し、意を決して―――
「......もう、どうにかなってくれ」
―――流れに身を任せることとした。
そして三十分後。
「はああああ~~♪ 楽しかった! アサシンちゃんはどうだった?」
「楽しかったよお姉さん!」
「ん~♪ 良きかな善きかな!」
「またやろうね"ぶよぶよ"! 今度はわたしたちが勝つからっ!」
「ふふんっ。貴女に"あどばんす"を貸したのは、練習しても私には勝てないってことを教え込むためなのだけれど......?」
「ふんっ。よゆーを見せてるのも今のうちだよ~だ! アハハハハッ!」
なに食わぬ幸せそうな顔をした二人が楽しそうにお話ししながら地下から出てきたのを見て、アカは思った。
―――聖杯戦争って、なんだろうか。
「あ、マスターもといアカ君ただいま!」
「......ああ、おかえり」
「私、アサシンちゃんを外まで送って行くから。
何か危ないこととかあったら、遠慮無く私を呼んでね! 約束だよ!」
―――今まさに貴女の右手が危ない人と繋がってる、というのは言わなくていいのだろうか。
「じゃ、行こっかアサシンちゃん! あぺりお~♪」
「うん! アペリオ♪」
―――城の扉を開ける呪文、極秘だった気がするのにアサシンが知っていていいのだろうか。
―――もしかして、聖杯戦争だから戦わなくてはならないと決めつけている、俺のほうが間違っているのだろうか。
―――戦う必要なんて、無いのか?
「......帰ってきたらアーチャーさんに相談しよう......」
そんな考えが頭をよぎるが、アサシンと手を繋いで楽しそうに歩いていくキャスターを見ていると、考えるのがバカらしくなってきて。悩みを振り払い、アカはキャスターと反対方向に歩き始めた―――
―――直後。
ドゴオオオオオオオンッッ
「っ!?」
大きな音が聞こえて振り返った、そこには、
ついさっきカグヤの出ていった扉が、外窓と周囲の壁ごと木っ端微塵に吹き飛ばされた残骸。そしてそこに鎮座する三頭立ての戦車と、
「見つけたぜ......久しぶりだな、カグヤ姫様」
大英雄、アキレウスの姿があった。