「......マスター、赤のライダーが踵を切られたというのは本当ですか」
「はい。この目で見ました。
恐らくはアサシンの仕業でしょう。やはりと言いますか、記憶を残さないスキルらしきものが働いています。踵を切った張本人への記憶こそは無いのですが、逆に
ライダーの突撃により、再び破壊されたミレニア城塞。
またかよ、とため息をついてゴーレムを指揮して修復に入るロシェとホムンクルス一同。彼らを見守りながら、フィオレと黒のアーチャーは話し合っていた。
「そうですか......黒の陣営への被害は?」
「幸い、大きな被害はございません。赤のライダーとの戦いで黒のセイバーが消耗したのと、目の前の城塞への傷跡、あとはキャスターが転倒した際に頭を打って休んでいるくらいです」
「そうですか、良かった......」
赤のライダーが突撃してきたというのにこの程度の被害で済んだというのは、まさに不幸中の幸いだった。
黒のセイバーから聞いた言葉によると、どうも赤のライダーはあのキャスターが目的で来たらしい。真意のほどはわからないが、赤のライダーがキャスターを前にして話をしていたところはフィオレも目撃しているので、そう見ていいと思った。
大方、"元"赤だからこその何かがあったのだろうと予想がつく。
「......アーチャー」
「......ご心配なく。たとえ踵を切られ弱体化したライダーが相手でも、私は手加減などしません。元より、踵を切られたからといって彼の本当の強さは変わりません。そんな軟弱者には育てておりませんから......」
ミレニア城塞から視線を外し、遠く空の彼方を黒のアーチャーは見据える。
来たる決戦のとき、己と戦うのは彼であり、彼もまた望むのは己であるだろう。
そのとき、弱体化している彼に、己は情けの余りに矢を引く力を弱めるだろうか?
否、それは僅かたりともあり得ない。
「マスター。敵の心配や数日後の懸念より、まずは目先の問題を考えるとしましょう」
「......アサシンですね」
「ええ。
マスター、私はこれが最優先で対処をすべきことだと思います」
それよりも、まずはアサシンである。
実態の掴めぬ、幻影のような
マスターのみならず、背中を弱点とするセイバーやそもそもが弱いキャスターまでもが命の危機に犯されかねない。かくいうフィオレなど、格好の獲物であろう。
「私も同感です。アーチャー、何か考えをいただけますか?」
× × × ×
「―――でね! わたしたちも頑張って戦ったんだけど、お姉ちゃんはすごく強くて、全然勝てなかったの......でも、たまたま勝てたときはとても嬉しかった! お姉ちゃんもすごく悔しそうにしてた! ぐぬぬぬぬーーって! アハハハハハッ!」
太陽が西に沈む準備を始めた頃のトゥリファス。その中でも"裏"の一画に立つ一軒家の一室。
暖かい家族の団らんを思わせる子供の笑い声が、外に漏れだすほど響いていた。
「今日は随分と楽しかったのね、ジャック」
「うん♪ 今までで一番楽しかったよ、おかあさん!」
昼過ぎに、ただいまも言わずに帰ってきて、
椅子に座って、どこからか持ってきた携帯ゲームをピコピコやり始めて、
気がついたらそのまま目を閉じてぐっすり寝ていて、
目を覚ましてから、夕飯を作っている間もずーっと笑顔で話し続けていて、
「そう―――良かったわね、ジャック」
「うん!!」
聖杯戦争とは一体。
サーヴァントとは、赤と黒とは、魔術師とは、願望を叶えるとは......
そんなこと、僅かたりとも気にすることなく、六導玲霞は眼前で笑う娘とともに、心からの笑顔を浮かべていた。
当然だ。六導玲霞にとって、聖杯戦争なんてものは魔術師の起こした出鱈目で傍迷惑な暴動に過ぎない。
彼女にとって大切なものは、今ある目の前の"ささやかな幸せ"なのだから。
「そうねえ、ジャックの話だと、お昼ごはんはたくさん食べちゃったみたいだけど、お夕飯は食べられるかしら」
「うーん、確かにまだお腹すいてないかな......でもおかあさんのごはんなら、なんでもおいしいよ!」
「ふふっ、ありがとうジャック」
「ううん! わたしたちこそありがとう、おかあさん!」
そんな、極平凡で、それでいて幸せに溢れる家庭を、アサシン主従は作り上げていた。
捨て子の怨念と一人の娼婦が求めた理想の日々は、確かにここにあったのだった。
『ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、黒のアサシンに令呪を以て命ずる―――』
「あっ......」
「ジャック......?」
しかし、これは聖杯戦争。
『私の元に来なさい』
幸せな時間など、長くは続かないのであった。
× × × ×
「お会いするのは始めてですか、黒のアサシン」
おいしいご飯の匂いとゆったりとした雰囲気があった空間から一転、黒のアサシンが呼び寄せられたのは、未だ血生臭い鉄の臭いとピリピリとした雰囲気の残る、戦場跡。
無数の骸骨と、人間なのに人間らしさが無い人間の屍が延々と転がり、所々に焼けたり削られたり、無数の尖ったものに耕されたりといった痛々しい地表面が続く。間違いなく、黒と赤が本格的にぶつかりあったあの場所のド真ん中である。
いったいなぜこんなところに、と黒のアサシンは溢れる焦燥を隠せない。
「......どうして」
「質問にお答えするために、まずは自己紹介から。
私はサーヴァント、ルーラー。聖杯戦争における中立の審判。今回は貴女の行動について、少々目に余るものがございましたので、ルーラーの権限で此方にお呼びいたしました」
その
ルーラーの持つ、全サーヴァントへの二回だけの命令権。その力は令呪と同等の強制力を持つ。
それを特大の魔力の塊であるサーヴァントが振るえば、相手の意志に沿わない命令であっても叶えることは可能であった。
「......っ!」
「武器を構えるのは自由です......が、」
未だ動揺しながらも、アサシンはその手に武器をとる。目の前のルーラーを明確に"敵"と判断したからだ。
しかし、ルーラーはそれを手で制し、言葉を続ける。
「戦う相手は私ではありません......別に私が戦ってもよいのですが......むしろ私が戦ったほうが絶対に良いと思うのですが......貴女が戦う相手は、別にいます」
話すにつれて明らかに不機嫌さを増すルーラーの視線は、アサシンから逸れて、沈み行く夕陽の方を向く。そちらを向いた瞬間に不機嫌さが更に五割ほど増す。
「......戦う相手......?」
自分に何が起こるのか、誰と戦わされるのか、とアサシンはルーラーを気にしながらもその視線の先を追う。
逆光で、詳細な姿はよくわからない。
けれど、こちらに向かって元気ハツラツそうに走ってくるそれが誰なのかなど、アサシンがわからないはずも無かった。
「ジャックちゃーーん!!」
ようやくわかったキャスター、カグヤの表情は、後ろの夕陽に負けないくらい明るいものだった。
× × × ×
~~少し前のこと~~
「足止め?」
「ああ、アーチャーから話があった。今日の夕方、日が落ちる前にアサシンを倒すと。
そして、カグヤの役割は、アサシンの足止めだと」
ライダーのにぃちゃんに倒されて陣地で休憩中だった私のところに、アカ君が来た。
いやー痛い痛い。頭の後ろにタンコブができてたよ。耳もキーンってなってるし、容赦ないねライダーのにぃちゃん。
「具合はどうだ、カグヤ」
「ん、私は大丈夫。話をお願い」
いかんいかん、アカ君に心配をかけるのはよくないね。
ほんで、黒のアサシン、つまりジャックちゃんを倒す、か。
......イヤだなあ。
「わかった、順を追って話をする。
まず、ルーラーがアサシンを呼び込む。ルーラーには全サーヴァントに対して令呪を使えるスキルがあるらしい」
よし、その場面を頭の中でイメージしてみようじゃないの。
まずルーラーさんが高々と右手を掲げて令呪を発動! 赤い光がピカーってなってアサシンちゃんがこんにちはー!
「そして、カグヤが出てきて、アサシンを足止めする」
うわ、変なのが来た。
というか私だ。
改めて私ってこの聖杯戦争で異質だと思うわ。みんな当時の各々の衣装を御召しになってるのに私だけそこらで買った服だし。うーん、そろそろ"十二単ver"に戻ろうかなー。
「そして最後に、アーチャーさんが射る」
ぐはっ!? 私が射たれた!?
パ、パンツさんそんなのってないよ! パンツさんって呼んでたの気にしてたの!? だからって私をコロコロすることないじゃん! この人でなし!
「......確認だけど、倒すのはアサシンなのよね?」
「ああ、そうだが。アサシン以外に誰かいるか?」
......いや、どうにも私が射たれる未来しか見えなくてね。ありがとうアカ君、君は正気でいてくれて。
ふう。なるほどね、そんな感じでジャックちゃんを倒す、と。
「それで、終わりかしら?」
「ああ。これで問題なくアサシンを倒せるはずだ」
へぇー、問題なく、ね。
うんうん、あーそうかいそうかい。
「なるほどなるほど―――ちょっと行ってくる」
「カグヤ? どこに行くんだ?」
持ってたゲーム機をポーズ画面にして歩き出した私を、アカ君が止める。
「アーチャーさんのとこ。話をしなきゃ。
「っ!? 本当か!?
なら急ごう、作戦決行まで時間が無いんだ」
えー、時間が無いの?
そんなあ、もっと早く言ってよー、パンツさーん。私の準備の時間とかは考えられてないわけ?
そう言えば、日が落ちる前に決行するって話だっけ。なんか限定的な言い方を感じる。ジャックちゃんと何か関係があるのかな?
「なら、走ろうかアカ君。アーチャーさんはフィオレちゃんの部屋にいるかしら?」
「ああ、そのはずだ」
私たちは部屋の扉を開けて、もう慣れ親しんだミレニア城塞の廊下をトコトコと走る。
うおー、頑張れ敏捷E! じゃなかったちょっと"成長"して敏捷D+! 体が軽い!
「ところで、カグヤの見つけた問題ってのは、何なんだ?」
アカ君も私についてくる。いやー立派になったねキミは。始めて見たときの弱ってたアカ君とは別人のようだ。
「アカ君は、アサシンちゃんを倒すって話に、問題なく倒せるって言ったよね」
「ああ......たとえアサシンが抵抗してきても、そのときはルーラーが対処できる。何も問題は無さそうだが......」
ちっちっち。甘いぞアカ君。
それでも私の、カグヤ姫のマスターなのかな?
「そう......本当は私、答えを教えるなんてことはしたくないんだけどね、アカ君には後で特別に答えを教えてあげましょう!」
フィオレちゃんの部屋はもうすぐだ。
さてと、久々に真面目に頑張るとするかな。
「アカ君は私に足止めしろって言うけど......別に、アサシンちゃんを―――してしまっても構わないのでしょう?」
「えっ......?」
「ジャックちゃん! 私は貴女に、"ぶよぶよ"でのガチバトルを申し出ます!
ルールは1on1の二本先取! 制限時間は無し! 待ったも無し!」
右手に持った"あどばんす"を突き出して、ジャックちゃんに勝負を申し込む。
ふふん、ルーラーちゃんの目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないぞジャックちゃん。
その手、その指、そして背中のリュックに入ってる"あどばんす"の姿。お主、帰ってからも"ぶよぶよ"をやりこんでいたであろう?そうであろう?
「そしてこの勝負、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くこととする!」
そしてぇ! 乙女と乙女が勝負するって言えばぁ! 罰ゲームがあって当たり前だろぉ!?
ふっふっふ......どうだジャックちゃん! 恐れおののくがいい!
「......ぷっ、アハハハハッ! 戦うってそういうことなの!? カグヤお姉ちゃんは本当に面白い人!
それじゃあ、私が勝ったら―――お姉ちゃんのハンバーグを食べたいかな? 食べたい! 食べてもいいよね?」
「ハンバーグ? うん、食べさせてあげるわ。あまり美味しくないと思うけど......」
ハンバーグかあ。ニュアンス的に私の作ったハンバーグを食べたいってことだよね? あの料理は作ったことないから不安だけど、食べたいって言うんだから食べさせてあげるよ。
まあそれは、
「やったあ♪ よーし、がんばるぞ! 勝負だカグヤお姉ちゃん!」
「よっしゃ! 勝負だジャックちゃん!」
......なーんて楽し気に話してるけど、実は私、すごく緊張してる。
アーチャーさんと話をした。私が負けるようなことがあれば、その隙にアーチャーさんがジャックちゃんを射つって。それだけは譲れないって。
だからこの勝負には、ジャックちゃんの命がかかってる。幾らでも変えが効く私の永遠の命なんかじゃない、死んだらそれまでの掛け替えのない命が。
加えて、私が変な良からぬことを企てようものなら、ジャックちゃんと共に私も射たれ、最悪アカ君も危険になる。私は"元"赤のサーヴァントで戦闘力的にもそうでもないんだし、あのパンツさんならやるだろう。
しかぁし! だからどうした! 私は私が望む最高の結果の為に頑張りたい!
この子を守り、勝って、"仲間にしてみせる"んだ!
『別に、アサシンちゃんを仲間にしてしまっても構わないのでしょう?』
「ふふっ......」
「うん? どうしたのカグヤお姉ちゃん?」
「いいえ。ただ、楽しい夜になりそうだなーって」
「うん! 楽しい夜になるよ! きっと!」
何かを求めるが為に、難題に挑む、か。
まるであのときの貴族どものと同じね、私。
「「ゲーム―――」」
でも嫌いじゃない。むしろフェイバリット!
求める者に難題を与える。それこそが竹取物語の"
「「スタートッッ!!」」