「......キャスター、本当に貴女の考えは特殊です」
彼女は、それを"難題"だと言った。
―――勝ったら、私はアサシンを黒の仲間に引き込む。負けちゃったら、そのときはごめんなさい。
「なよ竹のかぐや姫......物語では、月から来て、言い寄ってきた者達それぞれに"難題"を与え、それを叶えた者とのみ婚約するとして、数多の貴族たちを振り回した女性として描かれておりました」
黒のアーチャー、ケイローンから見たカグヤは、"自分が楽しいことには全力で臨み、それ以外の周りで起こることには第三者として静観、という立ち位置を取る女性"であった。
月から来たという生まれの特殊さが、周りのことに積極的になろうとしない考えに繋がっているのかもしれない、とケイローンは推測する。
「それが、因縁深きアサシンと仲良くなろうとは......どういう風の吹き回しか......」
そんなキャスターから提案された作戦は、こうだ。
―――アサシンちゃんが私たちの仲間になるように、いろいろと頑張ってみるわ!
―――何かあったらアサシンちゃんを射っちゃう? うーーん......仕方ないかあ。
アサシンを黒の仲間にしようというのに、ケイローンに否やはない。赤の陣営と比べて戦力に乏しい現状を鑑みれば、むしろ歓迎するべきである。その実力も、黒のライダーを倒して赤のライダーの踵を切ったことから疑う余地はない。
しかし、だ。黒のアサシンは黒のライダーの仇である。そしてそれを一番恨んでいそうなのは、他ならぬキャスターの主従では無いのだろうか。ならば、どうしてあれほどまでアサシンの勧誘に積極的なのか。
「何を考えているのでしょうか......」
『アーチャー、準備はよろしいでしょうか?』
『はい、私のほうはお気になさらず』
『......アーチャー、貴方はキャスターの作戦をどう見てますか?』
マスターから連絡が来て、アーチャーは今は目の前のことに集中することを決めた。
キャスター、か。
『マスター、元はと言えば、彼女は"赤"の陣営のサーヴァントです。マスターがアカ君であるとはいえ、最悪のことを考えておくべきだと私は考えております』
『......最悪、とは』
『無論、いざというときには―――』
―――いざというときには、キャスター、貴女を射たせていただきますから。
矢尻を
緑色に光る双眼は、ゲーム機を片手に高々と立ち上がるキャスターを睨み付けていた。
× × × ×
「ふぅ~~......長かった今回の旅も、今日で終わりか~。いやー疲れたナ~」
「思えば最初からいろんなことがあったナ~。束の間の休日に小さく旅するのを趣味として始めてから長いけど、ヒッチハイクしたのなんて初めてだぁ」
「明らかにこのトゥリファス行きだっただろうに、あんな道の途中で下ろして大丈夫だったかなぁ、あの金髪の町娘さん......」
「とっとっと、人の心配をしてねえで自分の心配をってな。最近はここも物騒だし、早く今日の宿を探さねえと......」
―――もし、そこの車の方。
「ん......なんでい嬢さん、見ない格好だが東洋から来た旅人かい?
悪いがヒッチハイクならお断りだぜ。今日は急いでるんだ。他を......」
―――チャカッ。
「......へ?」
―――降りて?
「け、けんじゅっ......! わ、わかった......! 降りるから撃つな! 撃たないでくれ!」
夕暮れ時のトゥリファスに、一人の男の声が木霊した。
× × × ×
「行くよ~、ばよえ~ん!」
「うわぁ~!?」
「やった~! 完璧です! 大勝利!!」
「ば、ばたんきゅ~......」
「......平和な戦争、ですね......」
ルーラーであるジャンヌ・ダルクは、キャスターとアサシンの戦い(?)を陰ながら見守っていた。ルーラーとして、曲がりなりにもサーヴァントどうしの戦いであるこの戦いの行く末を見届ける使命があるからだ。
「ふっ......四連鎖や五連鎖では温いわ。私を倒したくば、せめてその三倍は持ってくることねっ!」
「む~......!」
しかし、ジャンヌ・ダルクには、この戦いはそもそも聖杯戦争のものとして考えてよいものなのか? という根本的な迷いが芽生え始めていた。
生前を思い出す。
ジャンヌにとって戦争とは、鉄を握り、血を踏みしめ、炸裂音を耳にすれば花火と呼び、人の猟奇死体を見れば花と謳うものである。
それがどうだ、前を見る。
小さなピコピコを二人仲良く握り、穏やかな芝の上、デフォルメされた効果音を奏であい、誰も傷つくはずもない平和な"戦争ごっこ"がそこにある。
「............それとも」
むしろ、こちらのほうがいいのではないか? という思考にまで陥ってしまう。
ルーラーとしての最たる理想とは、聖杯戦争が今を生きる誰一人も傷つくことなく終わること。戦いがあくまでも魔術師どうしの決闘として執り行われ、敗退するのはサーヴァントのみでマスターは生存、それが七回ほど起こって勝者が決まり、その過程で関係する人々の一人たりとも傷つかない―――そんな
「......いや、違いますね」
否、とジャンヌ・ダルクは思った。
目の前の平和も、フィオレたちマスターが城から見張り、アーチャーが遠方から矢尻を向け、自分も必要とあらば神明裁決でセイバーを呼び出せる状況を作って、ようやく完成されたものである。
これは果たして平和と呼べるものなのか。
「............わからない」
平和とは呼べないと思った。
しかし目の前の、どうみても平和としか言えないキャスターとアサシンのごっこ遊びを見ていると、やはり平和としか言えないのである。
「......いやいや、今は目の前のことに―――」
ルーラーは首を振り、目の前の"戦争"に集中することにした。
それが己の使命であるし、何よりキャスターやアサシンがいつ良からぬことをするかもわからな―――
× × × ×
「五、六、七......!」
「十連鎖ぁ~!」
「うぅ~......!」
勝負は、二本先取。
さっきの戦いは、カグヤお姉ちゃんの勝ちで、一本取られた。
既に勝負は二戦目。カグヤお姉ちゃんは変わらず強い。
―――負ける。
ジャックはそう思った。
このゲームのやり方はわかってきた。コツもつかみ始めているような気がする。あと三ゲームくらいやれば、私も
でも、それだと間に合わない。
―――負けたら、終わり。
ジャックには、その固定観念が聖杯戦争の始めからあった。
負けたらどうしよう、などとは考えない。負けたらそこで終わり。私も、聖杯も、おかあさんも。
―――おかあさんも。
「―――おかあさん」
「ん? どしたのジャックちゃん?」
「―――おかあさん」
呼び出されたときも、必死に令呪で呼び戻そうとしてくれた、おかあさん。
今も、こっちに向かってきてくれていることがハッキリとわかる、おかあさん。
サーヴァントとして呼ばれたときも、こっちに来るまでも、来てからも、ずっと一緒だった、大切なおかあさん。
―――おかあさんが、終わり。
おかあさん。
おかあさん。
おかあさん。
おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん
「宝具―――」
ちょうど、西に太陽が沈んだときのことである。
「―――
無意識に、無造作に、だからこそ洗練され研ぎ澄まされた動作で。
アサシンはゲームを置き、懐からナイフを取り出し、そこに最大級の呪詛を込め、距離五メートルも離れていないキャスターの元へと駆け出して―――
シュッ
「っ―――えっ」
―――躱された。
そのまま、キャスターは自身の背後をとる。
その姿を追いかけてアサシンは振り向き、キャスターの背中を見た瞬間―――
ぶしゅっ
「あうっ......!?」
キャスターの右肩に、先が尖った細長いものが生え、そこから飛び出した赤いものがアサシンの顔にべちゃっと付着した。
× × × ×
「そんな、馬鹿な......」
視線の先で、キャスターが一歩後ずさる。
それを、遥か遠方から眺めるアーチャーは、確かにこの目で、たった今見たものが信じられなかった。
今、己はアサシンを狙って矢を放った。それは牽制や忠告が目的のものではなく、アーチャーの名に相応しい必殺の一射であり、狙いはアサシンの心臓部、霊核であった。
それでこの現状はどういうことなのだ。アサシンを狙った矢は、まるでアサシンを庇うように前に出たキャスターの手に握られ、それでも殺しきれなかった勢いでキャスターの右肩に突き刺さっている。勿論、アサシンには傷一つついていない。
「いったい、何が......?」
事態が飲み込めないまま、視線の行き場に迷ったアーチャーの目は吸い込まれるようにキャスターに向き―――そのまま目を離せなくなった。
――――――。
日没後の、真っ暗な森の奥深く、アーチャーの中でも随一の視力を持ち得ないと発見できないようなところから見ているアーチャーに対し、キャスターは
そしてその姿は―――キャスターであって、キャスターではなかった。少なくともアーチャーには、今のキャスターは似て非なる別人のように映った。雰囲気も、溢れる魔の力も、より"月"のものになっているのだ。
アーチャーは、この驚愕と、何よりキャスターの視線が持つ強制力から、目を離せられない。
―――............。
「............っ......?」
―――視界の先が突然の霧で覆われ、キャスターの姿が見えなくなるまで、アーチャーは体の自由を取り戻せずにいたのだった。
「..................」
キャスターだと思っている、カグヤ姫を自称している謎のサーヴァント。あれは一体何者なのか。
アーチャーは冷や汗を抑えられなかった。
× × × ×
「あ、あ、あ、」
カグヤお姉ちゃんが、射たれた。
わたしたちの、目の前で。
「あ、ああ、あ......」
カグヤお姉ちゃんが、射たれた。
わたしたちが、殺す前に。
「あ......あああ......!」
カグヤお姉ちゃんが、射たれた。
わたしたちを、庇って。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
―――その瞬間、ジャック・ザ・リッパーは全てを見失った。
自分も、赤も、黒も、聖杯戦争も、サーヴァントも。
「......どう、して......」
全てを見失った少女たちは、少女たちの持つ世界に周囲の者を巻き込み、深い深い霧の世界へと姿を消す。
その世界の名は―――