※今回、お食事中の方などは閲覧をお控えください。
「......くぅ~、痛ててて......"成長"で耐久が上がってなかったら即死だったんじゃないかな~......」
えーこの場でアカのキャスターから皆さまに一つ質問がございます。
百人中千人が二度見するような絶世の美少女が、右肩に深々と突き刺さった矢を生やしているところを目撃したことはございますでしょうか。私はございませんでしたが、今自分の姿を鏡に見たらたぶんそれっぽい人が見れると思うんです。
「右肩かぁ~......これじゃあえーりんえーりんできないよぉ......」
言いたいことは山ほどあるけど、これだけは言わせてほしい。
おのれパンツライオン!
私のジャックちゃんを狙いおってからに! しかも仲良くゲームしてるときに! 危ないことは何も無かったじゃんか! アーチャーさんの目は節穴かよ!?
だがしかし、残念だったな! 私が傍にいる限り、ジャックちゃんには手を出させはしない! フハハハハッ!
「んで、ここはどこ......? おーい、ジャックちゃーん、ルーラーさーん、アカくーん」
で、このめっちゃ視界の悪い街は一体どこなの......?
アカ君と連絡......ダーメだ、繋がらない。何故か視界共有だけはできたけど、声が届かないなら意味無いし、そもそも視界ほぼゼロだし。
「肩に重傷負った私、霧の中で独りぼっち。う~ん......よし、ここで一句!」
『雪行きて 霜に痛みし 霧の中
止まぬ雨無しと 雲居訪わん』
「うんうん! いい歌じゃないかな?」
こういう怖くて不安でどうしようもないときこそ!
都に生れ出る者として!
歌! 詠まずには居られないッ!!
「とりあえず誰か......おっ?」
ふう。ちょっとふざけたら落ち着いた。
おや、あんなところに一人の女の子が......え?
やだっ......
うそっ......
まっ......
× × × ×
「......なんだ、これは......」
アカは一人、自室の中で震えていた。
キャスターと視界を共有している右目、そこから送られてくる凄惨な光景は、筆舌に尽くしがたいものだった。
正面から、幼い少女が元気よく駆けてくる。その少女がこちらに気づいて目を合わせた瞬間、横合いから人を乗せた馬に轢かれ、死んだ。
右から、幼い少年がふらふら歩いてくる。支えようと手を伸ばしたのに、手が届く前にその場に倒れ、死んだ。
左に、一際幼い少年がうずくまって震えている。今度こそはと手を伸ばし、少年の肩を持つが、振り向いた少年は口から赤色の液体やら固体やらゲル状の何かやらを吐出して倒れ、死んだ。
背中に、軽い何かが降ってきたようだ。振り向いて何かと見てみれば、まだ生後間もない幼児であった。既に息はなく、死んでいた。
上を見れば、今まさに窓から先ほどと同じようにこちらに幼児を落とそうとしている男の姿が見えた。「やめろっ」と思わず届くはずのない声が口から出たが、こちらの存在に驚いたように男は手を離し、幼児は下に落ちて、死んだ。
足元を見れば、そんな子供たちが、何人も、何人も、何人も、こちらに手を伸ばし、足首を掴み、引っ張ってきていて......
× × × ×
「ここは......」
アサシン捜索時に歩いたトゥリファスの街並みとは似ても似つかぬ、寒くて暗い街。そして見渡す限りの、霧、霧、霧。
ジャック・ザ・リッパーの出自から推測して、ここは十九世紀のロンドンかとルーラーは考えた。
「なるほど、それならこの溢れんばかりの死穢にも納得ができます」
聖女として名高いルーラー、ジャンヌ・ダルクは、その身にしつこく纏わりつく呪詛を敏感に察知し、そして高すぎる対魔力スキルによって無効化していた。
「...............」
目の前で起こる凄惨な光景には、ただただ目を伏せ手を組み祈る。
せめて、今を生きる罪無き者には手を出さないでほしいと、安らかに眠ってほしいと。
「この全てが、黒のアサシン......ジャック・ザ・リッパーなのですね」
どういうわけか、ルーラーの"真名看破"スキルが、目の前の者たちには働かない。ルーラーは推測する。直前の黒のアサシンの様子からして、彼ら彼女らは既に
しかしそれでもルーラーには真名の見当がついていた。恐らく黒のアサシンの正体は、[十九世紀のロンドンで無惨に散らされた幼い命の怨念が、ジャック・ザ・リッパーの名を持って集まり自我を得た怨霊集合体]。
「......黒のアサシンの本体を見つけなければ」
ルーラーは急ぐ。この考えが当たっているならば、このような存在が黒の陣営の仲間になったとしても、今後の関係が上手くいくとは考えにくい。キャスターの考えは根本から破綻している。
故に、キャスターより先に自分がアサシンと会わなければ。
「......啓示が、降りない」
しかしどういうことだろうか。キャスターより先にと思っても、ルーラーのスキル"啓示"は全く反応しないのだ。
それはまるで、その望みが叶わないような理由があるということであり。
とどのつまりそれは、キャスターが既にアサシンに近づいているということであり......
× × × ×
―――ずっと、ずっと、
暗い霧の中、一人で歩くキャスターに
―――ずっと、ずっと、
背後から、右から、左から、正面から、
―――ずーっと、いっしょに。
無数の黒い腕が伸びて、キャスターに纏わりつき......
"狂姫"
"魔力放出(雷)"
「「「「「っ!?」」」」」
突然、キャスターを起点に雷が渦を巻く。
あと少して触れるというところまで接近していた彼ら彼女らは、しかし軽く仰け反るくらいで傷を負うことは無かった。
その代わり、周囲に立ち込めていた霧は吹き飛んでしまったため、彼ら彼女らはその姿を晒すことになり、
「見つけたわ、ジャックちゃんたち」
雷の発生源である、優しげな瞳で周囲を見渡すキャスターに見つかった。
「..................」「..................」「..................」
「あれ、何だか怪しい者を見る目を向けられてるみたい。もしかして、私が平常心でいられてることが不思議なのかしら?」
「..................」「..................」「..................」
「お生憎様。地上がどれだけ穢れてるかなんて折り込み済みよ。私は全てを理解した上でこの地に足をつけているの......ちょっと、ほんのちょーっと、怖かったけどね」
無防備に両手を横に軽く広げながら、ジャック・ザ・リッパーの呪詛を伴った百を超える視線に晒されているキャスター。しかし、彼女にはあまり効いている気配が感じられない。対魔力でもなく、他のスキルでもなく、キャスターはただの精神力だけで視線という呪詛を跳ね返している。
ジャック・ザ・リッパーにとってそれは、理解不能であり、恐怖である。
「帰りましょう? こんな湿っぽいところにいたら身も心も腐ってしまうわ」
「......
「ええ。私たちの帰るべき場所に」
キャスターはその優しげな表情のまま、ジャック・ザ・リッパーの一人の少女に歩み寄る。無理矢理染められた金髪に地肌が見えないほどの厚化粧を施されたその子に、キャスターの左手のひらがそっと頬に触れた―――瞬間、
パァン!
「っ!?」
少女が、一瞬にして風船のように膨張し、そのまま破裂。辺り一面に毒々しいドロッとした液体を撒き散らした。
「うっ!?」
そして、キャスターが下腹部に違和感を覚えて俯く。腹の中に、鈍くて重い何かが入り込んだような、そんな違和感がした。
瞬間、キャスターは首筋に強烈な寒気を感じ、思わず見上げると―――
「カーゴーメ、カーゴーメ♪」
「かーごのなーかのとーりーはー♪」
「いーつ、いーつ、でーやーる♪」
「よあけの、ばんに♪」
「つーるとかーめがすーべった♪」
「うしろのしょうめん、だーあれ?」
「アハハハハハハッ」「へへへへ「フハハハ」「ハハハ「キャハハハハハハッ」「アーッハハハ「ヘヘヘヘッ「クックック」「ヒヒヒヒヒヒヒヒ」「ハハハハハハッ」「アハハハハアハハ「キャハキャハッ」「クハハハハアハハハハ「ヘヘヘヘへ」「ハハハ「アハハハハ」「へへへヘヘヘヘへッ」「キヒヒヒヒヒ「ヒヒヒヒ」「ハハハハハッ」
「アーッハッハッハッハ!!」「ヒヒヒヒッ!フヒヒヒヒッ!」「キャハキャハ!!キャハハハハハッ!!」「ケヒャケヒャヒャヒャヒャ!」「ハハハハッ!!ハハハハッ!」「へへへハハハハハハハハッ!」「ヒッヒッヒヒッ!!」「アハハッ!アハハ!アハハハハッ!!」
―――少年少女は息もバラバラに不気味に謡い、嗤った。キャスターを取り囲んだままで。
「......そうか、あななたちも、帰りたいんだね......」
ジャック・ザ・リッパーの反応、たくさんの子供の姿、今まで目の当たりにした惨劇、そして下腹部から伝わる重い感情。
キャスターは、ジャック・ザ・リッパーの正体を理解した。
「うん! それでそれで、お姉ちゃんの胎内、温かそうだね?」
「温かいらしいよ? 胎内のわたしたちから聞こえてくるよ?」
「やっぱり! やっぱりやっぱりやっぱり!」
「みんなで帰ろう? みんなで帰ろうよ?」
「そうだね! アハハッ、そうだね! アハハッ!」
「「「「「アハハハハッ!!」」」」」
パァン!!
「っ!?」
ジャック・ザ・リッパーたちが、先ほどの金髪の少女のように一斉に弾けとぶ。
キャスターの第六感が、全力で警鐘を鳴らした。
"狂姫"
"竹取飛翔"
キャスターは、その場から全力で逃げた。魔力放出も須臾の能力も全開にして、とにかく逃げた。
幸い、ここは現世から離れた異世界なのか、須臾の能力が問題なく発動できるキャスターの竹取飛翔は、赤のライダーとスピード勝負できるほど速い。
(ただいまぁ......!)
瞬間、全身を襲う殺気と寒気。そして脳内に響く呪いの言葉。
それだけではない。建物の壁から、アスファルトから露出した地面から、はたまた何もない空間から、無数のどす黒い腕がキャスターを捕らえんと伸びてくる。
その腕に捕まれば―――否、触れただけでも、重度の呪いが襲いかかるだろう。一本一本に黒のアサシンの宝具と同等の呪詛を感じる。
それらから何とか逃れようと、雷の軌跡を刻みながら、キャスターは縦横無尽に空を翔る。
(ねえねえねえ......!)
(開けて? 開けてよぉ?)
「......っ、だめだよ。あなたたちの帰るところは、そこじゃないものっ」
(なんで? なんで?)
(入れて? 入れてよぉ?)
「だめったら、だめなんだからあ!」
さらにジャック・ザ・リッパーはキャスターの精神にまで追い打ちをかけている。
キャスターはその全てから、逃げて、逃げて、逃げて、逃げていた。
「死にたくない......まだ私はっ、ジャックちゃんに教えてあげられてないことがたくさんあるのに......!」
しかし、それでも現実というものは残酷だ。
既にジャック・ザ・リッパーという世界に捕まってしまっている以上、キャスターはケージの中のシンデレラであり、キャスターの必死な行動は、踊りにはなっても抵抗にはならなかった。
「ぐっ......!」
下腹部に激痛が走る。あの少女が暴れだしたようだ。
そのせいでキャスターは飛行バランスを崩し、地面に落下してしまった。
偶然か必然か、その場所は最初にジャック・ザ・リッパーに囲まれた場所と同じで。
そのときと同じく、キャスターを囲うジャック・ザ・リッパーの少年少女が、中央のキャスターに向けて手のひらをかざす。
―――ダメだった、かな。
頑張った。
キャスターは黒のアサシンに仲間になってほしいと必死になった。
黒のみんなのためになると思ったし、黒のアサシンにとっても良いことだと思ったし、何より自分がもっとこの子と一緒にいたいと思ったから。
―――あの子に笑われちゃうなあ。
(バイバイ......そして、ただいま)
―――さよなら、みんな。
「うおっ、眩しっ!?」
しかし、彼女はまだ見捨てられていなかった。