赤のキャスターは蓬莱山輝夜   作:木工用

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トラブルメーカーは一人笑う

 

 

 ~~空中庭園、玉座の間~~

 

 

 

「......一つだけ確認させてくれ」

「なんだ」

「お前のマスター、天草四郎時貞。あいつは本当に正気か?」

 

 玉座の間、黒の陣営が飛行機を飛ばしたその頃、こちらでは厳かな雰囲気の中で問答が行われていた。

 

「我はあやつに何もしておらぬ......我も少々頭を抱えたがな。奴は正気で、本気だったぞ。

 その証拠が、これだ」

 

 玉座のアサシンが、服の両肩を少しはだけさせ、眼下のサーヴァントたちに肩回りを見せた。

 そこには、天草四郎の体に刻まれていた無数の令呪が移されていた。

 

「先ほども言ったが、マスターは予定より早く大聖杯の第三魔法起動にとりかかった。魔力は少々不足しているが、どうせこれからの戦いでサーヴァントがいくつか脱落するだろうと読んでな。

 そのため、戦いでの令呪の使用を任せると言って、()()()()()()()()

 これにより、汝らのマスターは我となっている」

 

 ガンッ、とライダーが槍で床を強かに打ち付ける。

 

「あんたほど信用ならないマスターが居てたまるか。

 ついこの間のときといい、いい加減に承服しかねるぞ、アサシンッ!」

 

 普段からかうように使っていた”女帝さん”という呼び名も捨て、ライダーは本気でアサシンに訴えた。

 

「マスターからは、令呪一画を以て、天草四郎に有利になるように行動しろという命を受けている。令呪の強制力の強さは知っておろう? 我も簡単には歯向かえんよ」

「それは逆を言えば、必死になれば歯向かえるということだろう。赤のアサシン」

 

 少し離れたところにいるランサーも、言葉を挟む。

 ライダーの横にいるアーチャーも、不満さを隠していない。

 

 

 

 

「......貴様らが不安がるのも、理解できる」

 

 そんな中、アサシンは独白を始めた。

 どこか遠くを見るように、目を細めて。

 ライダーを含め、誰も見たことが無いような表情で。

 

「我は、あやつが、天草四郎という聖人が、失敗する姿を見たいという欲を否定しない」

 

 そして真っすぐ、ライダーを、ランサーを、アーチャーを視界に収めた。

 

「だがそれよりも......あやつが願い、あがき、求めた結果。どこまで行けるのか、何を掴むのか......その先にある未来を、見てみたい」

 

 意を決したように、彼女は玉座から立ち、目の前の階段を一段一段と降り、やがてライダーたちと同じ目線に立ち―――

 

 

「どうか、頼む」

 

 

―――頭は、下げなかった。

 

 

 

「......ククッ、ハハハッ、それでも頭までは下げないのな、女帝さんよぉ」

「......うるさいっ、我はマスターぞ! 誰が魔力を供給してやってると思っているっ! ふんっ!」

「今は大聖杯にパス繋いでるんだろうに......まあ、いいや」

 

 ひとしきり笑うと、ライダーは背を向け、

 

「決まっちまったもんは仕方ねえし、その言葉に免じて、今回は許してやろうかい。よろしく頼むぜ、女帝さんよ」

「......お前は黒のアーチャーを頼む」

「言われるまでもねぇな」

 

 一人、稽古に戻っていった。

 

「話は済んだか。オレもそろそろ出る」

「......ああ、黒のセイバーを頼んだぞ、ランサー」

「構うな。これはただの、オレのエゴだ。

 貴様も、それが自分のエゴだというのなら、叶えてみせろ」

 

 ランサーは一人、アサシンが前から用意していた魔方陣の中に、その先にある戦場へと、消えていった。

 

「......アーチャー」

 

 残るは赤のアーチャー、ただ一人。

 

「......私は、全ての子供が愛される世界を願っている。そして、天草四郎時貞の願いが叶えば、私の理想にも近づく。

 そのために、我が弓を用いて障害を殲滅する。お前からもらったものも容赦無く使う。それだけだ」

「......そうか。

 努々、取り扱いには注意しろ。その入れ物は割れやすい。

 黒のアサシンと、もし来るようならあの女を、頼む」

「ああ」

 

 そう言い、手元の小瓶を確認して、アーチャーも玉座の間を去っていった。

 

 

 

 

 誰も居なくなったことを確認し、アサシンは転移で玉座に戻り、ほっと息をつく。

 

「全く......サーヴァントを使いこなすというのは大変だな。

 さて......いよいよ、今夜か」

 

 サーヴァントに、道具というニュアンスを含ませながら、セミラミスは小声でそう一人呟いた。

 使えるものを上手に使いこなし、備えた英知を存分に発揮する。そのための手札、令呪を手に入れた。

 アッシリアの女帝、セミラミス。今宵の彼女は誰よりも本気である。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ねえねえお姉ちゃん、なんで笑ってるの?」

「くくくっ......ごめんごめん。気にしないで。お願いだから」

「?......うん、わかった」

 

 流石に、さっきの一報は笑うわ。

 空港に現れた炎の侵入者とか、完全にあの娘じゃん。手口が永遠亭にカチコミに来るときと一緒だもん。そんで見張りのイナバが逃げてきて、怒ったイナバ(鈴仙)が出て行くも返り討ちにされて、やっほーって言いながら私が出迎えるいつものやつじゃん。

 こんなん笑わんほうが失礼でしょ。

 

「......ねえねえお姉ちゃん。わたしたち、マークされてるかな? かな?」

 

 マークってのは、赤のやつらに狙われてるかどうかってことかな。

 

「うーん、私が飛べるっての奴さんは知らないだろうし、ジャックちゃんに至っては情報抹消してるわけでしょ? 何ができるか不明だろうし、マークしようがないんじゃないかな?」

「そうかなあ......そうかもね」

「何より、私って赤のほうにいたとき、特に重要な存在では無かったというか、結構雑に扱われてたというか、ぶっちゃけ戦力外と見なされてたというか......まあとにかく、そんなに注意されないと思う。

 相手からして明確に注意しなきゃいけないこっちのサーヴァントって、一番はアーチャーさんだろうし」

 

 まあその油断を全力で生かして、懐に潜り込んで敵の砲台を壊しつつ、私たちで赤のアーチャーを倒すところまでこなせるかどうか。

 それが、突入作戦の肝心要らしいけどね。

 つまり私たちが重要ポジションってこと! 緊張する~!!

 

「ジャックちゃん、作戦と合図は覚えてる?」

「ばっちりだよ! 『ルナティック―――」

「言わなくていいから! ちょっと恥ずかしいんだから!」

「えー? かっこいいと思うよ!」

「だって、アーチャーさんと話してこの名前出したとき、笑われたんだもん......」

「わたしたちは好きだよ? お姉ちゃん?」

「もー♪ 私もジャックちゃん大好き♪」

「えへへへへっ」

「えへへへへっ♪」

 

 そんな他愛もないことを話しつつ、飛行機は飛び続ける。

 空中庭園到着まで、あと―――

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 ~ ? ~

 

 

 

畜生......ち゛く゛し゛ょ゛ー゛......!

 

 上から下まで服を黒焦げにしながら、されど体には傷一つ残っていない少女が、日の落ちたルーマニアをトボトボ歩いていた。

 

「逃げられた......あいつに、逃げられた......!」

 

 途中まで彼女は、とある男の車に乗せられていた。拙い言葉を何とか駆使し、ルーマニアのとある街で最近まで殺人事件が起きていたこと、その近くの空港が今日になってとある富豪が貸し切っていることを聞きだした彼女は、男にお願いして現地まで乗せられていた。

 彼女の勘が、全力で訴えかけて来たのだ。

 ()()()がいる、と。

 

『うーん......いいや、今日は帰ろう』

『は? なんて?』

『今日はこのまま帰ることにした』

 

 空港が近くになって彼は唐突にそんなことを言い出した。

 何とか言葉を聞きとった彼女は、ハンドルを切り始めた車から飛ぶように離脱し、少なくない傷を刹那で元通りにして、走って空港に向かった。

 そして、今に至る。背後に燃え盛る空港を添えて。

 余談だが、事後処理は魔術協会がやった。何故か怪我人は一人もいなかったそうな。

 

「......くそ、どれもこれもちゃんと施錠しやがって」

 

 ルーマニア全土が物騒になってきたせいか、バイクを盗もうにも全て鍵がかけられていた。

 何度怪我しようとも無理やり操縦しようといていた彼女だが、鍵無しでは流石に動かせない。

 仕方が無く、自転車の鍵を炙って溶かして、チリンチリンと当てもなく自転車をこいでいる。

 

「金もねぇ、光もねぇ、車もそれほど走ってねぇ......」

 

 当てもなく数時間、気が付けば彼女は、真っ暗闇の、だだっ広い草原の只中にいた。

 あの山と山の間に夕日が沈んでいったら綺麗だろうなぁ、とぼんやりそんなことを考えていた。

 その時、

 

 

 

 

 

 バゴオオオオオオンン

 

 

 

 

 

 

「うぇ!? うわっ!?」

 

 モコォォン

 

 かなり遠くからだが、ただしあまりにも大きすぎる爆発音に、彼女は驚いてコケた。

 そのせいでタイヤが曲がり、自転車が使えなくなった彼女は、恨み半分興味半分で音のしたほうにトボトボ歩き始めた。

 

 

 到着まで、あと―――

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「..................」

 

 時刻は、空港が謎の襲撃者によって焼かれた頃。

 黒のセイバーは、真っ暗闇の草原の只中、無言でバイクを走らせていた。

 出発前にマスターから受けた言葉は一つ。

 

 

 

『勝て』

 

 

 

 それだけだった。

 思えば、不器用で、傲慢で、自己顕示欲が高い男だったように、思う。

 されど、ひたむきで、一所懸命で、優しさがわかるような仕草も確かにあったように、思う。

 そんなことを考えながら、城塞から自分を見ているだろうマスターへの思考を切り、また無言でバイクを走らせる。

 ふと、超一流にまで至った戦士の感覚が、戦場の空気を感じ取った。

 

「..................」

 

 黒のセイバーはバイクを降り、エンジンを切りもせず無造作に捨て置き、剣を手に数歩前に進み、立ち止まった。

 

 

 何故か。

 そこから先が、()の槍の間合いであるからだ。

 

 

「もしかしたらまた、オレの言葉が足りなかったかもしれないと、少々不安に思っていたが」

 

 彼は、目を瞑り、正面を向いて槍を地面に突き立てていた。

 あまりにも、あまりにもここ最近で聞きなれた声に、黒のセイバーは安心すら覚える。

 

「心配無用だ、赤のランサー。元より戦士(われわれ)に言葉は不要。ただ、推して参るだけだろう」

 

 同様に、赤のランサーもどこか落ち着いた口調で、言葉を紡ぐ。

 

「すまない、黒のセイバーよ。マスターから指示された内容だけ、話しておく。

 オレが受けた指示は三通りだ。

 一つ目と二つ目は、貴様が約束を違えた場合の話だった。約束を守ってくれたことを、感謝する。

 そして三つ目、約束通りとなった場合のことだ」

 

 ここで赤のランサーは、槍を取り、黒のセイバーへ切先を向ける。

 対する黒のセイバーも、全くの同時に剣先を赤のランサーへ向ける。

 互いの武器が強かにぶつかり合い、強烈な金属音がした。

 

「オレは黒のセイバーと戦い、勝利し、その後にミレニア城塞を陥落させ、令呪で空中庭園へと引き返し、その場にいる黒のサーヴァント及びマスター全員を殲滅する。

 これが、オレがマスターから受けた指示だ」

 

 実際、彼ならば可能であろう。

 内包する超火力と圧倒的な耐久力、槍術。恐らく彼ならば、単騎で黒の陣営を壊滅することさえ可能だと黒のセイバーは分析する。

 負けるわけにはいかない。

 場を包む空気が、戦場のそれから、大戦場のものへと移り変わる。

 

「そうか、赤のランサー。聖杯戦争に参加した以上、貴殿にはマスターがいて、貴殿の目的があるのだろう。

 俺もマスターから指示を受けた。内容はただ一つ。

 勝て、と」

 

 

 

 黒のセイバーの剣より、膨大な魔力が火柱のように立ち上がる。

 赤のランサーの槍より、莫大な火炎が魔力を伴って燃え上がる。

 

 

 

「行くぞ、赤のランサー!」

「来い、黒のセイバー!」

 

 

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!

 梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』!!

 

 

 

 壮大な爆発音と共に、火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 


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