「......ここは」
「ここは、この要塞の戦闘訓練場みたいなものだ」
赤のライダー、アキレウス。
黒のアーチャー、ケイローン。
この聖杯大戦が始まってから、幾度となく激突してきた両者。
その関係の深さを問うのであれば、この聖杯戦争で間違いなく一番であろう両者。
「無数の柱が突き刺さった一面の大空洞。森林で育った俺たちの戦闘にはピッタリだろう?」
「...柱に刻まれた無数の傷跡、焦げ付いた地面、それらが比較的真新しい...なるほど、昨日にでもここで戦闘訓練を行っていたようですね?」
「場慣れしてて卑怯だとは言ってくれるなよ? アウェーの洗礼ってやつだ」
昨日、赤のランサーとの模擬戦をここで行い、遠距離攻撃も持つ者との戦闘経験を、まさにここで積んできた。構造も、柱の間隔も、床や柱に使われている石材の感触も、非常に慣れたもの。
踵を切られ、多くの能力を失った赤のライダーが考えた、"黒のアーチャーに対して最も勝率の高い状況"がこれだ。空で迎撃できればそれに越したことはなかったが、そう易々と倒せる相手でないことは誰よりも自分がよく知っていた。
故に、要塞内での白兵戦を想定して、赤のライダーは仕上げてきた。
「スゥゥゥゥゥ~......」
~♪
「行くぞ、クサントス、バリオス、ペーダソス!!」
"
響き渡る口笛と共に三頭立ての戦車が現れ、搭乗した自身は盾で身を固めつつ、懐に隠した小剣を抜き刺す隙を伺う。お相手の強さは世界で一番自分自身が知っている。一人だけの弓兵が相手であるという油断は微塵もなく、赤のライダーはこの戦争最後の全身全霊を出すつもりでいる。
対する黒のアーチャーは、いつもと変わらない。
「マスター、令呪の用意を」
『...わかりました。どうかご武運を、アーチャー...!』
―――これが、私と彼との最後のぶつかり合いになる。
赤のアーチャーはそう直感し、赤のライダーと正対する。
視線が交わり―――同時に発射・発進した。
「ッッ!...ちぃ、見失ったか」
顔面を含む急所三ヵ所への初弾を見てライダーは空中に避けたが、その隙にアーチャーは柱の陰へと身を隠した。その気配の無さや、アサシンを思わせるほど。
下手に動けば、即刻射貫かれ、命は無いだろう。
「それが、どうしたあああああああ!!」
否、その程度で止まるほど彼は弱くはない。
上昇と下降を不規則に繰り返し、連発する矢の出所を狙って突撃し、その度に迫る急所の一撃を全て間一髪で盾を間に合わせる。
狙い射ち、迫る戦車を躱してまた身を潜める黒のアーチャーの技も神業なれば。
必殺の矢を躱し、突撃してはまた探す赤のライダーの技もまた神業。
まさに紙一重の攻防が展開されていた。
「......ぐっ!......ちっくしょぅ......!」
だが、拮抗は徐々に傾く。
赤のライダーの動きに慣れてきた黒のアーチャーが、少しづつだが傷を負わせ始めた。
赤のライダーから見れば1本の矢に見えて、その影にもう1本の矢を潜ませる技であった。1本目で顔を狙った矢を防がせ、影の2本目が肩を軽く抉った。
「相変わらず容赦がねぇなぁ......!」
赤のライダーはこういった技を使わせる余裕を無くそうと怒涛の攻めを展開していたのだが、やはり相手が相手、慣れが追い付いてしまう。
このままこちらの動きに慣れられてしまえば、押され負けするのも時間の問題だと、戦士の勘が訴えかけていた。
「見てんだろ。令呪をよこせ女帝さんよぉ!!」
『うるさい英雄様だこと...
令呪を以て命ずる。黒のアーチャーを全力で倒せ!』
「サンキューなぁ。行くぜ、お前ら!!」
黒のアーチャーもそれを感じ取った。赤のライダーが動きを変えると。
『マスター、こちらも令呪を!』
『はい! 令呪を以て命ずる! 赤のライダーに負けないで!』
先ほどまでの流れであれば勝てる予想を立てていたアーチャーであったが、考えを改め、隙を見て矢を撃ちつつ様子を注視する。攻撃パターンの変化が予想されたからだ。
ライダーは一度こちらから離れ、再びこちらへと地を這うように急接近してくる。柱の陰に身を隠しつつ、蛇行も交えながら不規則に間合いを詰めてくる。
だが射程に入れば同じだと、戦車の上にいるライダーを射たんとアーチャーは狙いを定めようとし―――目標を見失った。
(っ―――まさか......!)
微かな気配を頼りに左を向くと、目の前に小剣を振りかざしたライダーの姿が。
「はあっ!!」
「くっ!!」
間一髪、剣の攻撃は防いだが、続く蹴撃により吹っ飛ばされる。
そこに、
「これは...っ!?」
何とか跳んで躱し、アーチャーは戦車の馬三頭立ての内、唯一不死ではないはずのペーダソスに狙いを付ける。
だが、
「させねぇよ!!」
「ちっ!!」
ライダーが再び突っ込んできたことで、アーチャーはライダーへの対処を余儀なくされた。
空中での取っ組み合いを経て、双方吹き飛び、アーチャーは地面へ、ライダーはまた戦車に乗りこむ。
ライダーと戦車による、双方向からの挟撃。
「また妙な技を使いますね...ライダー...」
「へへっ。こいつも教わった技じゃねぇからな。ちったぁ驚いてくれて何よりだ」
「だが...やっていることはあの森で受けた技と同じだ。自分とは違う槍や戦車に注目させ、自身は別方向から攻撃し、二方向から敵を倒す......理解さえできれば難しいことではない」
「へぇ? なら完璧に対処してくれぇ? 賢者様よぉ!」
ライダーはこれを繰り返す。単純に手数を増やされたことで、黒のアーチャーは一気に窮地に陥った。今までは隠れるのに多少の余裕があったが、戦車とライダーの怒涛の攻め、しかもどちらの攻撃も直撃をもらえば致命傷になるうえ、一瞬でも意識をそらせば忽ち目と鼻の先に迫りくるほどに速く、鋭い。
このままではいけない。黒のアーチャーは怒涛の攻撃を精一杯いなしながらも観察を続ける。
戦車は強靭。正面からの攻撃では纏う魔力に矢を弾かれる。弱点は唯一不死ではないはずのペーダソスだが、上や下からの攻撃しか通らない。
ライダーも猪突猛進なように見えて守りが堅い。盾を構えながら突っ込んでくるため、正面からの攻撃は有効打を与えられない。盾を弓ではじいて隙を作ろうにも、シールドバッシュで逆にこちらの隙が大きくなる可能性が高い。ライダー本人からの攻略は至難の業である。
「そして、この空間か...」
そして先ほどから"宝具"の発動のため、天井に数本矢を放っているのだが、一向に風穴が空く気配がしない。この空間の奇想天外な広さといい、魔術で空間拡張が行われているに違いない。となると座標が不明なため、宝具の命中は望めないだろう。
宝具は、使えない。
「......覚悟を決めなければ」
難しいことだが、それでもやりきるしかない。
天草四郎の願いの阻止のため。そしてマスターたちのために。
「おうりゃあああッッ!」
気づけば背後からライダー、前方から戦車の挟撃。
皮一枚のところで横っ飛びし、振り向きざまに数発打つ。この程度は当然防がれる。しかし距離を取ることには成功した。
眼前のかつての生徒を見やる。
「ちっ、今のでもやれねぇか」
「...随分と成長しましたね。私には無いものも沢山手に入れたようです」
「へっ。教鞭垂れてるあんたと違って、数多の戦場を駆け回ったからな。
いい加減勝たせてもらうぜ。先生」
「いいえ。万全の貴方であれば話は違いますが、流石に足を切られた貴方に負けるわけにはいきませんから」
―――勝たせていただきますよ。
息を深く吸い、両腕に、両足に、両目に、腰に、腹に―――体中全てに気合を吹き込む。
狙うのは、正面突破だ。
「あんまり長引かせても女帝さんに怒られちまうんでなぁ!!」
ライダーが再び戦車に乗り込み、発進させる。
アーチャーは分析した。あの戦車は自立しているわけではない。ライダーが操縦した勢いのままに突っ込んできているだけだ。速さこそ規格外だが、軌道は予測できる。
「そろそろ終わりにさせてもらうぜ!!」
ライダーの盾使いは非常に強固だが、攻撃力としての脅威は低い。手にしている小剣も、真名解放する様子はない。注意すべきは本人の徒手空拳と推測する。
「アーチャーーー!!!」
再び前方からライダー。後方から戦車。しかしこれまでの全てより数段も速く鋭い。ここまで成長していたとは。
だが―――惜しい。
「はっ!!!」
弓の構えから反転、全力で疾走する。向かうは赤のライダー、その盾。
驚愕したようなライダーの顔が見える。超高速の世界だが、あいにくとこれまでの戦闘で随分と目は慣れている。
そのまま、眼前に突き出された盾に、正面から飛び蹴りをかます。
ドゴォォォン!!!
互いに跳ね返され、吹き飛ぶ。その反動を利用して空に飛びあがると、狙い通り眼下には戦車が到来した。
馬の頭はガラ空きだ。
「はぁ!!」
空中から弓を引き絞り、一閃。
矢は狙い通りペーダソスの頭蓋を貫いた。
「ペーダソスッッ!! ちっ、ぐあっ!!」
力なく吼える一頭の馬からバランスを崩し、宝具"
戦車を無力化されて動揺したアキレウスは、その隙をつかれて蹴り飛ばされ、遠く離れて着地する。
後は
彼方までの距離は、ざっと一キロメートル以上。流石のアキレウスも一瞬で詰められる距離ではない。
「...やるしかねぇかあ! うおおおおおおおおおおお!!」
"
ついに真名を解放したアキレウスの盾。
展開されるは、アキレウスの生きた世界そのもの。
正真正銘、アキレウスの最後の防御手段であり、攻撃手段。
遠方に見えるアーチャーを押しつぶさんと、アキレス腱を負傷し、戦車も無くした赤のライダーが単身疾走する。
「まだそんなものを持っていましたか...だが!」
黒のアーチャーは、容赦なく全力で討ちにかかる。
宝具の特性からして、あれはアキレウスの体験した世界を元にしている。ならば、矢の通る隙や弱点は見当が付く。
まさに針の穴に糸を通すような矢、それを雨の如く乱射する。
肩と大腿に矢が突き刺さる。
止まらない。
首筋と頬を矢が掠め、血が流れる。
止まらない。
ついに盾を持った腕に矢が直撃し、盾を落とし、宝具が消滅する。
止まらない。
剣で急所への矢だけでも捌くが、全身を矢が深く抉り、走るたびに血が噴出する。
それでも、赤のライダーの疾走は止まらない。
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ついに、赤のライダーは黒のアーチャーに剣を振りかざす。
「受け取れッ、ケイローンッッ!!!」
―――だが、届かない。
「......かはっ...」
核
剣は弓に弾き上げられ、逆にその手首を掴まれて地面に叩きつけられてしまった。ご丁寧に手首を捻りつぶされ、もう剣も盾も持てそうにない。
「ちっ...やっぱ勝てねえなあ......」
「生憎と、踵を切られた貴方に負けてあげるほど、私は優しくありません」
「がはっ!!」
最後の矢が、赤のライダーの心臓、霊核を貫いた。
手も足も、体の全てが重症。最後に暴れようにも心臓の矢は貫通して地面に縫い合わせられるように突き刺さり、立ち上がることもままならない。
「...ちっ。まあそうだよなぁ。
はぁぁぁあ。今回は、ダメだったなぁ。全然活躍できなかったぜ。大英雄の名が泣くなぁ」
「随分と、赤のキャスターに引っ掻き回されたように見えます」
「..ハハッ、そうかもな」
思えば随分と赤のキャスターに固執してしまったものだ。
後悔が無いといえば嘘になる。暗殺者ごときに踵をやられ、終ぞ戦果らしきものを挙げられなかったのだから。大英雄の名が廃るというものだ。
それでも、不思議と気分は悪くなかった。
「なあ先生。もしまた会えたら、またこうして戦ってくれるかい?」
「...弟子の成長を見られるのは、私としても嬉しいですからね。何度でも挑みに来なさい」
「ケッ...次は一度で仕留めてやるぜ...! まあでも、今回は...」
俺の、負けだな...
そう言い残し、聖杯大戦を駆け抜けたギリシャの大英雄は、魔力と共に散っていった。
赤のライダー、敗退。