「...これは、玉座...?」
ルーラー、ジャンヌ・ダルク。
天啓に従い空中要塞を最速で駆け抜けた彼女は、重い扉を力任せに開けた先に巨大な階段からなる玉座を目にした。
「早速のご到着か。お前の天啓とやらも、洞窟の中の松明くらいには脅威のようだな、ルーラー」
「っ...赤のアサシン、セミラミス...!」
そこに座すは、まさにこの要塞の主である赤のアサシン。
打ち倒さなくてはならない。ルーラーはすぐに旗の先端をアサシンへと向け戦闘態勢をとる。
「まあ待てルーラー。我はお前と戦うつもりがない」
しかし当のアサシンは戦うそぶりを見せず、自身の後方へと手を差し向ける。
目の前の敵を倒さなければ開かないと思われたその扉が、あっけなく開かれた。
「その先にマスターが、天草四郎時貞がいる。
マスターがお前と戦いたがっていてなぁ。ルーラーが来たなら招き入れて差し上げろと言われている。さあ、通れ」
「............」
怪訝そうな顔をするルーラーだが、確かに赤のアサシンからは戦意がまるで感じられなかった。扉の先にまたトラップでもあるのだろうか。しかし自身の中の天啓も扉の先を示しており、嘘ではなさそうであった。
しばらくの葛藤の後、ルーラーは旗を降ろし、赤のアサシンの方を向いて警戒しながらも、扉の先へと進んだ。
赤のアサシンは終ぞ手を出すことをしなかった。ルーラーが走り行くその時まで余裕の笑みを絶やさなかった。
ルーラーの姿が完全に見えなくなる。その瞬間、赤のアサシンが別人になったようにどっと疲れた顔になり、どでかい溜め息が出た。
「はぁ~~......思ったよりルーラーが速いぞ、マスター。
急げよ? どうやら我はそちらに構っている余裕はなさそうなのでな」
赤のアサシンは魔術でモニタリングされた要塞内の様子を見る。
そこには、今まさに始まった赤のライダーと黒のアーチャーの戦いと、
× × × ×
「しっかしまぁ、赤のキャスターを倒そうとしたお前が、赤のキャスターに魂として依り憑いて、今度はその体を動かしているってんだから、めちゃくちゃな話だよなぁ」
「ヴン...」
赤のライダーと黒のアーチャーが戦闘を開始した、同時刻。
新たに再契約した黒のバーサーカーとカウレスも、聖杯に向かって要塞内を歩み始めていた。
姉を追いかけて赤のライダーとの戦いに加勢することも考えたが、どう考えても足手まといなうえ、バーサーカーが本調子ではなさそうな様子を見て、別の道を選択した。
その道は先ほどまでルーラーが通っていた道であり、トラップの類は全て効果を失っていた。赤のアサシンが作り出すトラップを万全に対処できるとは到底言えない二人にはこの道しかないのである。
「バーサーカー、その体とか、赤のライダーが置いてったその槍とか、慣れるのに大変そうだが、大丈夫か?」
「ンン......ヴン!」
「...そうか、徐々にでもいいから慣れて行ってくれ」
赤のキャスターの体を借りている形となったバーサーカーだが、元々の体と構造的にかけ離れているため、動きに不慣れさが見える。カウレスがマスターの力でステータスを参照すると、やはり筋力・耐久・敏捷の値と、スキルのいくつかがランクダウンしていた。狂化があるとはいえ、戦闘は苦戦が強いられるだろう。
だが、そんなバーサーカーの手には、赤のライダーが置いていった槍が残されていた。真名もわからない他人の宝具である以上は"ただの槍"としてしか使えない、かつ赤のライダーが倒された途端に消える可能性すらあるものではある。しかしそれでも内包する神秘は相当の物であり、無手よりはよっぽどマシと考え、持っていくことにした。
長さや重さも、ちょうど彼女の得物であったメイスに近く、振りかぶって殴ったり突くだけなら悪くないものであった。
「...止まってくれ、曲がり角だ。サーヴァントの気配は無いが、先行してくれバーサーカー」
「ヴン!」
警戒を胸に、二人は曲がり角を曲がる。
そこにサーヴァントの姿は無く、バーサーカーに続いてカウレスが先を見る。
そこは廊下だった。それも至る所に戦闘の痕が残されていた。壁には焼け焦げた痕、槍先が床をひっかいた痕、矢かあるいはもっと太いものが幾千本も刺さった痕、そして一番目を引くのは床に刻まれた十字の痕だ。さながら十字架の如く、それは存在を主張していた。
「アーチャーが言ってた、黒のランサーが空中要塞でやられたときの状況にそっくりだな。ここがそうか」
「ウウ...」
「戦闘とトラップの痕で床が歩きづらい。慎重に―――」
ヒュン
「ッ!? ナ゛ア゛ア゛!!」
「―――いっ!?」
矢、であった。
聖杯へと向かう廊下の途中、カウレスの隙をついて飛んできた必殺の矢を、間一髪バーサーカーが弾き、しかし左の脇腹を少し抉った。二人は慌てて曲がり角まで戻り、隠れる。
目視できる場所にサーヴァントの姿は無かった。それどころか気配すらカウレスには感じられなかった。常に闘争心を抱いているバーサーカーが警戒していなければ、あるいはこの一撃で終わっていたかもしれない。
「赤のアーチャーか。黒のアサシンが深傷を与えたが、仕留められなかったと言っていた......ここで待ち構えていたってことか」
赤のアーチャー。真名をアタランテ。
その人は最速であり伝説の狩人。
深傷を与えたらしいが、そうとは思えない狙いの正確さと矢の重さ。回復したか、あるいはスキルか。
相手をするにはあまりにも強い相手である。引き返すか。いや、道はここと赤のライダーが戦っている戦場への道しかなく、だからこそ赤のアーチャーはここで待ち構えているのであろう。
そして高耐久で勝ち筋が薄いルーラーを見送り、トラップが壊された後を歩くような者、即ち弱き者を射んとし、自分たちに狙いを絞った。
ルーラーが通ったトラップの無い道、それこそをトラップとした。まさに狩人の思考。
「...キッツイなぁ...」
「...! ヴンヴンッ」
「おっと...そうだな。俺が日和ってちゃだめだよな」
一撃目で仕留められなかったからか、赤のアーチャーは殺気も魔力も隠さなくなったようだ。溢れ出る気がカウレスの肌を焼き、心が締め付けられる錯覚を覚える。
だが、彼は一人ではない。
「ヴンッ!」
進むべき道は、一つのみ。
手札は、バーサーカー、令呪、そして姉さんから譲り受けた魔術刻印など。
ちらりと顔を合わせれば、力強い唸り声。
カウレスも覚悟を決めた。
「ああ、わかっている。
勝つぞ、バーサーカー!」
「ヴンッ!!」
最後の令呪が宿る右手を、バーサーカーとグーで合わせる。
カウレスと黒のバーサーカーは、決死の覚悟を決めた。
× × × ×
「...はぁ...はぁ...ぐっ...!!」
赤のアーチャーは、腹部に重度の怪我を負ったまま、治療などはできていなかった。
黒のアサシンとの攻防で、接近してきたアサシンに赤のアサシンから受け取っていた"毒"をお見舞いした彼女だが、黒のアサシンの呪詛が体を掠め、あわや致命傷となるダメージを喰らってしまっていた。
その後は赤のアサシンの助けを借りて撤退したが、動き回る戦闘は不可能と判断し、体を安静にしながらこの廊下で待ち伏せを図っていたのだった。
「一撃目で仕留められなかったか...であれば、時間稼ぎだな...」
初撃で仕留められれば良し。さもなくば命が尽きるまで時間稼ぎ。
赤のアーチャーは既にここが死地だと定めていた。既に受けたダメージが深すぎる余り、何をされなくても次第に消えてなくなるであろう我が身。であれば使い潰し、少しでも悲願成就の糧とする。
「それにしても...あれは本当に赤のキャスターなのか...? まるでバーサーカーのようだったが...まあ、この際どちらでもよいか...」
彼女が捉えた姿は紛れもなく赤のキャスターのものであったが、叫び方といい雰囲気といい、黒のバーサーカーを思い起こされた。違和感を覚えながら、しかし彼女の矢が狂うことは無い。むしろ最後にあの裏切り者の頭を討つことができたなら悪くないとさえ思える。
そうだ、悪くない。何かと思い通りにいかない戦いであったが、悪くはなかったと思える。
後は、勝つも負けるも、精一杯時間を稼いで後に託し、全ての子供が愛される世界さえ成就されればいい。
例えそこに、自らの命が無くとも。
× × × ×
「いいか、バーサーカー。作戦は...」
強大な敵、特大の殺気。それでも最後まで戦うと決めた男は、最強の相棒と捻りだした作戦に一縷の望みをかける。
「来い...魔術だろうが令呪だろうが、跳ね返してやる...ッッ!」
目は見開き血走らせ、全身にありったけの力を滾らせ、さりとて狩人の狙いは一切のブレも無く廊下の先に絞り込まれている。
「行くぞぉぉぉぉぉ!!!」
「ナ゛ァァァァアアア!!!」
"狂化"
"ガルバニズム"
"オーバーロード"
赤のアーチャーの殺気に負けじと大声を張った二人が廊下から飛び出し、戦闘は始まった。
すぐさま赤のアーチャーの矢がいくつも襲い掛かるが、全身全霊のバーサーカーが押し戻されながらも確実にはじき返し、進む。
バーサーカーの進撃に比例して、カウレスの体に膨大な魔力消費の負荷がかかる。魔術刻印こそ受け継いだが、回路は貧弱なカウレスのまま。それでもカウレスは力を振り絞り、バーサーカーに追随する。
幸いなことにここは廊下。天井があり、曲射でカウレスが直接狙われることはなかった。
「"
赤のアーチャーも負けじと渾身の矢を撃ち続ける。苛烈さを増す矢の弾幕。けれどもバーサーカーは驚異の動体視力で弾き続ける。一発でももらえば戦闘不能、致命傷となりえる中、理性を蒸発させたようにバーサーカーは進撃する。
「ングッ!! ア゛ア゛ア゛!!」
しかしやはり肉体は耐久ギリギリで、憑依している赤のキャスターの体が悲鳴を上げ、腕と足からは既に血管が破れ内出血が始まっていた。
「っ!? まじかよ、魔力が...ッ!?」
更に、カウレスに誤算が生じる。バーサーカーの体が赤のキャスターになったことで、ガルバニズムの魔力回収能力が著しく低下していた。それによりカウレスの決して多くない魔力がゴリゴリと削れていく。元のマスターであったアカの魔力量に驚愕しつつ、戦闘可能時間は決して長くないことを悟った。
「ナ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
弱気になりかけたカウレスの心。それを感じ取ったバーサーカーが吼える。赤のアーチャーの弾幕にも負けじと猛る。
「ッ!! 俺だって...! 負けてたまるかああああ!!!」
その姿に、カウレスも立ち直る。信じる
(おのれ...ッッ!!)
赤のアーチャーに苛立ちが生まれる。黒のバーサーカーも、赤のキャスターも、最初に会った時から大したことない相手だと思っていた。驕りなどではなく、自身の経験と自己理解、洞察力からなる正当な評価であった。
それがどうした。もはや肉眼でハッキリ見えるほどにその距離を詰められている。打った矢の数はもう百を超えるであろうに、頭に血の上った獣一匹すら仕留められていないのだ。
「いい加減に......しろッッ!!!」
これまでで一番、魔力も筋力も込めた矢を放った。
距離が近づき威力も高まった矢が、弾ききれなかったバーサーカーの左肩を深く抉る。
(見えたッッ!!)
しかし、隙の大きい一撃を放ったことで、カウレスが初めて赤のアーチャーを目視できた。
赤のキャスターの肉体に、バーサーカーの反応速度、それらが合わさり、二人は赤のアーチャーに接近するに至れた。
そしてこれが最後となる。カウレスが魔術回路を限界励起させ、令呪にも魔力を込める。人生に一度の、命を賭けた大博打だ。
自身の、カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアの一番の魔術をここに。
「令呪を以て命ずるッッ!!
赤のアーチャーの近くにワープしろ!
やっちまえ、バーサーカーッッ!!」
―――その展開は読めているぞ。
赤のアーチャーは不敵に笑う。令呪による短距離ワープを用いた奇襲。その程度が読めない
まして、既にアサシンとの一戦で不意打ちは経験している。何故か記憶こそ薄いが、体は覚えているものだ。
"追い込みの美学"
魔術と共に、真横に現れた獣のような気配。
「"
最速の狩人渾身の一射は、見事にバーサーカーを貫いた―――
―――はずだった。
『キャウン!!』
貫いたのは、
カウレスの誇る、一番の魔術であった。
「ウ゛ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」
呆然とする赤のアーチャーの懐に、既に黒のバーサーカーは潜り込んでいた。
見慣れたはずだった赤のキャスターの顔。引き絞られる黒のバーサーカーの右腕。その手に持たれた赤のライダーの槍。
「...狩られるのは、私の方であった、か...」
力任せの豪槍が、赤のアーチャーの心臓を貫いた。
赤のアーチャー、敗退。
× × × ×
「...そうか、ライダーに続いて、アーチャーもやられたか」
ほぼ同時にやられた両者を魔術でモニタリングし、赤のアサシンは一人、玉座にて頬杖をつく。言葉に悔しさや焦りは微塵も感じられず、まるで映画の感想でも述べているかのような気楽さがあった。
その顔に乗る表情は焦りか、怒りか、失望か、哀れみか。
「マスターの知識は本物であったようだな。奴らのマスターになるときに我が提案したものではあるが...よもやここまで
横に目線をやれば、赤のセイバーとそのマスターがこちらに向かう姿。流石は最優のセイバーといったところで、トラップの類も豪快に破壊しながら最短距離で進んでくる。
黒のアーチャーとそのマスターもこちらに向かってきているため、恐らくこの二ペアが共に仕掛けてくるであろう。
逆に赤のキャスターのほうは戦闘の消耗が効いているのか両者とも気絶している。赤のアーチャーが仕留め損じたのは残念だが、あの死にかけの体でよく頑張った方なのかもしれない。あれの中身が本当にあの忌々しい女なのかは甚だ疑問ではあるが、無視して構わないだろう。
黒のアサシンはいるであろう周囲には霧が立ち込めており、居場所が捉えられない。深傷を負っているであろうとはいえ、急に仕掛けられないよう注意する必要がある。
「まあ...今の我に勝てるというのなら、やってみるがいい...」
あざ笑う最古の毒殺者、セミラミス。
その胸元には、マスターの知識をもとに細工した成果が―――ライダーやアーチャーが敗退して尚、消えずに残り続ける
「精々あがけよ、マスターを邪魔する黒の使い魔ども...!」
赤のアサシン、セミラミス。
彼女は、本気だった。