【完結】赤のキャスターは蓬莱山輝夜   作:木工用

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アサシンは嗤わない/セイバーは屈しない

 

 

 

 

 

 

「おっ! ういっす、黒のアーチャー」

「赤のセイバーとマスター様。よくぞご無事で。

 赤のランサーと戦ってから合流とのことでしたが、間に合ったのですね」

「おうよ! 叩き斬ってきたぜ! まあほとんど黒のセイバーのおかげだったけどな」

 

「ご無事で何よりだ。黒のアーチャーのマスターさんよ」

「お互いに、ですね」

 

 各所での戦闘が終わり、勝利を収めてきた黒のアーチャーとフィオレ、そしてここまでの道中を難なく乗り越えてきた赤のセイバーと獅子劫が、聖杯に向かう道中で合流した。

 黒のアーチャーは赤のライダーを倒し、赤のセイバーは黒のセイバーと共に赤のランサーを倒してきた。この二組が現状、黒の陣営の最大戦力であるだろう。

 その足の向かう先は無論の事、大聖杯。

 しかし、歩みを進めていた四人の前に、背丈の何倍もあろう巨大な扉が立ちはだかる。

 

「マスター。この先に、サーヴァントの気配がします。とても強大です」

「ああ、悪臭がプンプン臭ってきやがる。あのカメムシ女で間違いねぇだろうな」

「赤のアサシン。真名、セミラミス。アッシリアの女帝にして、人類最古の毒殺者...」

「この空飛ぶお城も赤のアサシンの宝具だっつー話だし、まあ大物だろうなぁ」

 

 他のサーヴァントとは違い、天草四郎の手によって直接召喚された赤のアサシンは、いわば天草四郎の真の協力者。あのダーニックと同等レベルの事前準備を、あまつさえたった一人の彼女に施すほどに、天草四郎は赤のアサシンの能力に絶大なる信頼を置いていた。

 事実、展開された宝具"虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)"の強大さは言うまでもなく最強の要塞として聖杯大戦に君臨し続けている。

 故に、これを繰る赤のアサシン本人も間違いなく強者であろうと、今まで彼らが相対した赤のランサーやライダーに匹敵しうるまでの脅威を想定していた。

 

「どうでしょう、黒のアサシンと赤のキャスターを待ちましょうか?」

「いえ、どちらも消耗している以上、下手に戦列に加わって倒されるより、生き残って聖杯までたどり着いてもらう方がいいと思います。それに、我々が赤のアサシンを倒せれば、要塞内のトラップなどが解除されてこちらに気安くなるかもしれません。もし戦闘中に合流が間に合えば、そのときに考えましょう」

「そうだな。元よりこちらは四人、相手は一人。不足は無いだろう。作戦を練るぞ」

 

 盗聴防止のため、念話で進められる作戦会議。策が決まり、いよいよ突撃、戦闘が始まる。

 

「...マスター」

「おう、どうしたセイバー」

 

 赤のセイバーと獅子劫が扉を開ける直前、作戦立案中黙っていたセイバーが口を開く。

 その表情は、剣吞そのもの。

 

「イヤな予感がする...()()()()

「...わかった」

 

 重たい扉が、今開かれた―――

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

令呪()()て、()()()()()ず―――』

 

 扉を開けた先、玉座の間に入った瞬間、響き渡る声。その意味。

 理解するより早く、赤のセイバーの直感が全力で警鐘を鳴らした。

 

「マスターーッッ!」

『―――()()を出せ』

 

 

 

 パチンッ

 

 

 

 瞬間、部屋に満ちる猛毒の霧。

 セイバーの後ろ蹴りで扉の前まで飛ばされた獅子劫は、間一髪で毒を浴びなかった。

 兜を被るセイバー。そしてその後ろ、部屋に入らず弓を構えていた黒のアーチャーが、玉座の間に座す赤のアサシンを狙い、渾身の一射を撃つ。

 宝具の一撃にも匹敵するその矢は、寸分違わず赤のアサシンの頭蓋を撃ちぬいた。

 

 

 

「...やったか?」

 

 

 

「ッ!? アーチャー!!」

 

 

 

 弓を降ろしかけた黒のアーチャー。その背後に、無数の魔法陣が展開された。

 刹那、射出される魔弾と鎖による弾幕がアーチャーとフィオレに襲い掛かる。

 

「ぐっ!?」

 

 足の不自由なフィオレに代わる形で、アーチャーが身を挺して防御する。

 矢で相殺しきれなかった弾を受けたアーチャーはダメージを喰らい、更には炸裂した勢いで玉座の間の中まで飛ばされてしまった。

 そして息を、毒を吸ってしまった。

 

「ぐああああああああああああああああああっっっ!?!?」

「アーチャー!? くそっ!」

 

 一息、たった一息。

 それだけで、ヒュドラの毒という特攻毒を全身に浴びた黒のアーチャーは、激痛に倒れ伏し身動きが取れなくなる。命が瞬く間に削られ、服用していた赤のキャスターの宝具が意味を無くしたことを悟る。まさしくケイローンという不老不死を倒した逸話によって、ヒュドラの毒はカグヤの宝具を貫通した。

 完全に先手を取られつつ、セイバーが矢を撃たれたはずのアサシンに斬りかかる。

 アサシンは、呆気なく胴体を真っ二つにされた。が、ここでセイバーが気づく。

 

「っ!? 毒のデク人形、だと!?」

『ご明察だ』

「っ!!」

 

 瞬時、玉座の間に展開される無数の魔法陣。射出される弾幕と鎖。

 ゲル状のものになり崩れ行く赤のアサシンだったものを急いで払い、セイバーが玉座の間を慌てて逃げ回る。

 縦横無尽に立ち回りながら見回し、見上げた入り口の扉の遥か頭上、外窓の近くに赤のアサシンは座していた。

 

『その毒人形トラップを作るのには随分と時間がかかったからなぁ。気に入ってもらえたようで何よりだ』

「クソッ、女帝を自称するなら、大人しく座っとけやッッ」

『そうしたかったがな。油断して開幕で宝具を撃たれでもしたら、流石の我も少しは応えようものだ。

 すまぬが、今の我は、本気でな』

 

 悪態もつきたくなるくらいの猛攻を、赤のセイバーは必死に捌く。毒に耐性の効く全身鎧を装備し、優れた直感と対魔力を併せ持つ赤のセイバー。しかしそれでも圧倒的物量に防戦一方となる。倒れ伏す黒のアーチャーと共に、毒が全身に浸食しきるのも時間の問題だ。

 開始して瞬く間に、万全の態勢で戦いに臨んだはずの黒の陣営が大ピンチを迎えていた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

『初めまして、赤のアサシン、セミラミス。私はシロウ=コトミネと申します』

 

 

 

―――ロクデナシな人ばかりであった。

 捨てられ、夫を奪われ、その返しにと毒を盛ってみれば、やれ後の世の人に"人類最古の毒殺者"などとあまりにも下らん商標で暗殺者風情として売られる始末だ。

 

 

 

『貴女のことは存じ上げています。宝具起動のため、いろいろと用意したのですが、不足はないかどうか確認していただけますか?』

 

 

 

―――人はロクデナシばかりであった。

 鳩になりたいと思ったこともある。温い日々や冷え切った情熱を人に与えることはあっても、温もりを与えてくれたのは鳩だけであった。

 

 

 

『アサシン。私は、人類を救済したい。そのために、貴女の力をお借りしたい。改めて協力をお願いします』

 

 

 

―――人はロクデナシだ。

 サーヴァントとして与えられた体も、スペックを生かす条件があまりに厳しく、おのれ神々はここまで我を愚弄するかと最初は激昂した。こんな(サーヴァント)を生かし切れる者など、ロクデナシの人間にいるわけなかろうと。

 それでも、一応は召喚に応じてやった。果たしてこんな(サーヴァント)を呼ぶ者はどんなツラをしているのかと。カラダ目的か、ただの馬鹿か。どちらにせよ毒を盛って、後は好き勝手やらせてもらうつもりであった。

 

 

 

『セミラミス、庭園の守りをよろしくお願いします』

『お味噌汁、とても美味しかったです。ありがとう、セミラミス』

『令呪と、彼らのマスター権を委譲します。任せましたよ、セミラミス』

『セミラミス、貴女を信じています』

 

 

 

―――人にはロクデナシしかいないと、そう思っていた。

 自分を呼んだマスターは、馬鹿を超えた大バカ者であった。

 だが、そんな大バカ者が願いを叶える姿を、見てみたいと思った。

 

 

 

 いいだろう、出してやろうじゃないか、()()を。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「お前たちとは、覚悟も情熱も違うのだ。我も、あいつもな」

 

 入り口の扉は閉じた。赤のセイバーのマスターが令呪の使用を試みたようだが、この玉座の間で令呪を使うなど、この我が許さぬ。

 黒のアーチャーは思っていた通りヒュドラ毒により倒れ伏した。赤のセイバーの兜が毒に耐性を持っているのが面倒だが、時間の問題であろう。

 

「黒のアーチャー、赤のセイバーよ。生半可な思いで我の前に現れたことを悔い、毒に溺れて死ぬがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――覚悟であれば。

 

 私も、彼ら今を生きる者たちが、よりよい未来を築けるように導こうと。

 不老不死の世界などという停滞した世界ではなく、今を生き、明日を願えるような世界であれと願う心は、私も負けていない。

 

(...マスター...)

(っ!? アーチャー! 無事ですか!? どうなって...)

(...()()()()。令呪を...)

(!!!...わかりました...!)

 

 全身を蝕むこの毒。この痛み。忘れもしないあのヒュドラの毒。

 本来であれば既に致死となってるであろうものだが...あのキャスターの妙な薬のおかげか、まだ幾ばくか猶予があるようだ。

 目はほとんど見えない。耳もほぼ聞こえない。全身の感覚は全くと言っていいほど無い。

 それでも、どうか。お願いだ。意識よ。

 頼む。赤のアサシンは。どこだ。

 いしきよ―――

 

 

 

「うおらああああああああああ!!!」

「っ!?」

 

 

 

 それは、正しく直感であった。

 黒のアーチャーが、何かをしそうだという、直感。

 赤のセイバーが、毒に苦しむ体に鞭を打ち、弾幕と鎖を力業でねじ伏せ、赤のアサシンに突撃をかけた。

 

「ちっ...! 煩わしい獣風情が!!」

 

 接近を許した赤のアサシンは、赤のセイバーの猛攻を受ける。賭けともいえる特攻であった。

 流石に速さでは劣る赤のアサシンは、下がりつつ深魚の鱗を展開し、

 

『我が肉体に命ずる。掴め』

「がっ!?」

「ふう...いささか冷や汗をかかされたが、所詮は獣。鎖につながれては身動きも取れまい」

 

 令呪を一画消費することで、赤のセイバーの全身を鎖で完璧に絡み取った。

 これでゲームセット。赤のアサシンが勝利を確信した瞬間だった。

 それが唯一、これまでの戦闘で赤のアサシンに隙が生まれた瞬間であった。

 

 

 

最後の令呪て、我が友にじます。

 赤のアサシンを撃て! アーチャー!』

 

 

 

 だからこそ、その令呪は届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この戦争の最後で...私が導かれる側になるとは。

 

 

 然るべき時も、然るべき座標も、然るべき速度も、今の私にはわからない。

 だが、目指す先は令呪が、マスターが導いてくれる。

 後は、当てるという心、思い、願い。それさえあれば、十分だ。

 

 

 

"天 蠍 一 射(アンタレス・スナイプ)"

 

 

 

「―――っ、―――」

「なっ!?」

 

 最後に矢と共に放った言葉は、言葉になったか。

 我が矢は、正しく射抜くべき蠍を射抜いたか。

 願わくば、あの子たちの未来が、よりよいものでありますように―――。

 

 

 

 黒のアーチャー、敗退。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「...ゲホッ! ゲホッ! 玉座の間が...おのれ、アーチャーめ...!」

 

 黒のアーチャーが最後に手元から放った矢は、赤のアサシンに難なく躱された。

 されど、狙い通り躱して誘導された赤のアサシンは、天から流星の如く降ってきた宝具"天蠍一射(アンタレス・スナイプ)"の衝撃に吹き飛ばされ、その一撃はそのまま玉座の間の中心へ命中。豪華絢爛な玉座が台座ごと粉々に崩れ去り、瓦礫の山と化した。

 赤のアサシンは玉座の間という空間特性の破壊と、それによる"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"の大幅な弱体化を悟った。同時に天井が破壊されたことで換気され、毒も薄まりつつあるようだ。

 

「...ガッ...うぁぁ...!」

「...フフ...だが、こうなれば我の勝ちよ...!」

 

 しかし視界が晴れて見てみれば、黒のアーチャーは敗れ去り、赤のセイバーは毒に苦しみ膝をついたままうずくまっていた。

 赤のセイバーが動けなくなり、黒のアーチャーが特攻のヒュドラ毒で倒れるまで、その時間さえ稼げれば、自身の勝利。サーヴァント二騎を相手に、らしくない全力を惜しむことなく披露し、それでも足元を掬われかけはしたが、危なげない勝利であった。

 後は立つこともままならない獣に止めを刺すだけ。物理的には難しいが、自身には毒があった。

 

「終わりだ...これを飲むがいい...」

 

 致死量の毒を手元に生成し、手のひらの棘に十分染み込ませる。

 うずくまった赤のセイバーの顎にそっと手を添え、上げさせ、

 

 

 

「オレの願いは...テメェの首だッ!!

 女帝ッ!!

 

 

 

―――赤のセイバーの目が、死の淵から蘇った。

 

 

 

「っ!?」

 

 驚きと共に後退する赤のアサシン。

 赤のセイバーは力を振り絞り、魔力を纏った剣を思いっきり振り抜いた。

 そしてその勢いを乗せた魔力の雷は、入り口の扉を吹き飛ばす。

 

 

 

「マスタアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 扉から現れたのは、赤のセイバーのマスターである獅子劫―――ではなく、()だった。

 霧は、瞬く間に部屋中に広がり、赤のセイバーと、赤のアサシン諸共覆い尽くした。

 

「これは...! 黒のアサシンの宝具か!」

 

 ここで決め切らなければまずい。そう判断した赤のアサシンは、赤のセイバーがいたであろう場所にありったけの鎖を打ち込む。さながら黒のランサーの如く、尽くを突き刺し、串刺しにせんと。

 そうしている内に、霧の正体が掴めた。硫酸であった。硫酸とは広義で毒である。

 故に、"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"の適用内であった。

 

「舐めるなよ...暗殺者風情が...ッ!」

 

 部屋中を覆う霧を操り、自分の手中に収め、空中庭園の逆しまの概念にのせて天井付近へと追いやった。

 そして、敵の姿を目視する。

 冷や汗が頬を伝った。

 

「へっ...久しぶりだなぁ、()()()...あいつ、行けるか?」

「うん! みんな、みんな、解体しちゃうよ!」

 

 片や全身血まみれ、片や全身毒による火傷だらけ、それでも力強く立ち上がる赤のセイバーと黒のアサシンの姿があった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「二人とも、無事か!?」

「お姉ちゃん!...は、いないんだ...」

 

 時は少し遡る。

 アカと黒のアサシンも、いくつものトラップに妨害されながら、何とか玉座の間の前までたどり着いた。

 途中からは赤のセイバーたちの通った道が使えたため、幸運であった。

 

「どうしたその右目、大丈夫か!?」

「おお、アカと黒のアサシンか...お前らもボロボロだな」

 

 獅子劫は二人を見る。この二人はマスター契約していないはずであったが、まあそういうこともあるかとすぐに納得した。

 

「ああ、何とかな...状況は?」

 

 アカは閉ざされた扉を見る。何となくだが、中で戦っている気配がしている。

 

「赤のセイバーと黒のアーチャーがいて、赤のアサシンと戦っていた。だが、今しがた黒のアーチャーが敗退した」

「黒のアーチャーが!?」

「...はいっ...」

 

 フィオレは、悲しそうに、何かを祈るように手を組んで、座り込んでいた。

 

「戦況は恐らく不利だ。圧倒的にな。

 扉は固く閉ざされている。赤のアサシンに何かが起きない限り、突破できないだろう。

 しかも、中は猛毒が充満している。不用意に手出しはできない」

「そんな...」

 

 獅子劫は簡単に、それでいて残酷なまでに追い詰められた現状を口にする。

 

「ああ...だから頼む、黒のアサシン。そしてそのマスター。手伝ってくれないか」

 

 目を伏せ、獅子劫は腰を曲げて頭を下げた。

 彼の故郷、日本での精一杯の誠意を示す"お辞儀"であった。

 

「勝てるかどうかわからない。命を危険に晒すだろう。だが、お前らが協力してくれるなら、作戦がある。だからどうか、頼む」

 

 獅子劫の誠意を受け、アカは黒のアサシンに語り掛ける。

 

「...アサシン。君の本当のマスターは今でも六道さんやカグヤだろうから、俺からは何も命じたりしない。

 だから、君がどうしたいか、教えてほしい。やるなら、できる限り協力する」

「............」

 

 黒のアサシンは考える。

 毒の火傷と道中のトラップで、既にだいぶ消耗していたアサシンだったが―――すぐに答えは出た。

 

「...やるよ。わたしたちも、戦う。そうだよ。

 わたしたち、がんばるっ!」

 

 小さい手で、大切にしまっていた御守りを握りしめる。

 おかあさんと、お姉ちゃんと、行きたいところがあるから。

 それに...獅子劫から感じるものが、どことなくおかあさんに似ていて、優しかったから、信じることにした。

 

「...ありがとう、アサシン。

 それで、赤のセイバーのマスター。作戦は? 扉が開かないことにはどうしようもないんじゃないか? それに毒なんて、俺らじゃどうしようも...」

「いや...」

 

 獅子劫は装備品からあるものを取り出す。

 それは、二つの()()()のようなものだった。

 

「黒のアーチャーがいくつも情報を残してくれた。その通りなら、勝算はある...それに」

 

 立ち上がって、決意の込められた目を前に向けた。

 

「扉は開かれる...()()()だ」

 

 目線は扉に向かっていたが、その目は間違いなくその先にいる赤のセイバーを見ていた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「...血清か。どうやらヒュドラの毒を使うことを読まれていたようだな。随分と頭のいい魔術師がいたものだ」

 

 黒のアサシンの手から、使用済みの注射器が落ちる。それこそが獅子劫が用意した、二本のヒュドラ毒の血清。

 一つは今、赤のセイバーに。もう一つは先ほど黒のアサシンに使われた。

 

「認めよう。汝らは強い」

 

 赤のアサシンは独り言のようにつぶやきながら、玉座の残骸に歩み寄る。

 油断なく構える赤のセイバーと黒のアサシン。どころか、黒のアサシンは宝具を発動し、すぐにでも決め切ろうとさえしていた。相手は女で、夜で、後は霧さえまた張れれば、確実に決められる。

 

「光栄に思っておくれよ? この()()()まで使わされるとは思っていなかったからな!」

 

 手が、残骸の岩に触れる。

 途端、怪しげな光と共に、部屋中が魔力を発し始めた。

 

「チッ! 行くぞ殺人鬼ッ!」

「えっ、何?」

「あいつっ、まだ()()()を残していやがったんだっっ!」

 

 生じた変化は三つ。

 一つ、手が触れた玉座の残骸から、魔法陣が刻まれた岩石が十と一、顔を出す。さながら庭園外で浮遊していた"十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)"の如く。

 二つ、部屋に再び、毒が満ち始めた。先ほどよりは明らかに薄く、効力も弱い毒ではあるが、有害なのは間違いない。

 三つ、かつてミレニア城塞を襲ってきた竜牙兵が、今度は部屋中に大量に召喚されたのだ。

 

「んだよこの物量!? 殺人鬼! てめぇは隠れてろ!!」

「う、うん!」

 

 

"不 貞 隠 し の 兜(シークレット・オブ・ペディグリー)"

"暗黒霧都(ザ・ミスト)"

 

 

「おらああああああああああ!!」

 

 すぐに兜を被り直し手近な竜牙兵を破壊しにかかる赤のセイバーと、霧に隠れて姿を晦ます黒のアサシン。

 赤のアサシンは全竜牙兵の指揮を執る。手近な竜牙兵は赤のセイバーにぶつけ、残りには黒のアサシンを囲い込ませるよう動かした。

 そして忘れず、自身も"十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)"からレーザーを打ち出し、さらに鎖も併せて射出し、"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"で毒を展開しつつ、黒のアサシンの霧をも阻害する。

 

「クソッ、近づけねぇ!」

「わたしたちも...! 何とかかわせるけど...!」

 

 一発一発が高火力なレーザー、倒しても際限なく召喚される竜牙兵、量は減ったがそれでもなお脅威である鎖と、展開された新たな毒。今度は麻痺させる神経毒の類のようで、やはり長期戦は不利となる。

 徹頭徹尾、黒のアサシンの戦略は消耗戦であった。それもそのはず、黒のアサシンには玉座の間という圧倒的有利な戦場と、大聖杯、そして大量の令呪という規格外のリソースが与えられていたのだから。

 

「この庭園内にある物は、尽くが我の支配下だ。我の全力で―――今となっては死ぬ気で体を酷使すればこの程度、造作もない...!」

 

 

 

 

 

 

 

 一方、後方のマスターたちにも脅威は襲い掛かっていた。

 

理導(シュトラセ)開通(ゲーエン)!!」

 

 扉が破壊されたことでオープンとなったマスターたちに、数匹の竜牙兵が襲い掛かってきた。

 

「強化魔術を付与。

 ...ふう、急場は凌いだが、部屋ん中は見れなくなっちまったな」

 

 それをみてアカが床と壁を崩壊させ、獅子劫がその残骸を強化魔術で補強し、中に全員で入り、即席のシェルターとした。

 密かに令呪を使う機会を伺っていたアカと獅子劫にとって、部屋が見れなくなった今は厳しい状況となった。

 

「セイバー、アサシン...どうか、勝利を...!」

 

 今やこの三人にできるのは、二人の勝利を祈るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらああああ!!」

 

 

 "魔力放出"

 

 

 暴力的な雷の旋風が、周囲の竜牙兵をまとめて吹き飛ばし、粉々にする。

 しかしその数秒後には、また同数となって赤のセイバーに襲い掛かる。

 何とかそれを突破して赤のアサシンに近づいても、空間転移であっけなく逃げられていた。

 

「クッソがぁ! キリがねぇ!」

「数ばっか多くて、イヤになっちゃうな!」

 

 数だけは脅威な竜牙兵。

 その傍ら、時に掠めたり軽傷を与えてくる赤のアサシンの魔術攻撃。

 赤のセイバーも黒のアサシンも、機を見て何度も接近しようと試みているが、赤のアサシンの魔術が巧みで決定機を作れていない。

 庭園に来るまで、赤のアサシンは固定砲台タイプで接近すればこっちのものだと赤のセイバーは見立てていたが、評価を改めなければならなかった。

 

「ふんっ、存外しぶとい羽虫どもが。毒も効いてきた頃合いだろう。いい加減負けを認めたらどうだ?」

「そっちこそっ、こんだけ大量の魔術行使をしてたら、疲労も魔力供給も限界になってるんじゃねぇのか!?」

「ハッ!! 笑わせるなセイバー。限界などとうに超えておるわ。この状況、死ぬ気でこの体を酷使せずして何になる!

 重ねて令呪て我が肉体にずるッ!!

 全身全霊を出せ! セミラミスッ!!

 

 再び、令呪の赤い光が赤のアサシンを包み込む。

 赤のセイバーは自分らの限界のほうが近いことを悟った。

 

「おい殺人鬼! 次で終わらせるぞッ!」

「うんっ! でも、どうやって!?」

「んなもん決まってら...」

 

 また竜牙兵が湧きだした。先ほどまでより数を増やし、二人に襲い掛かる―――

 

 

 

 

「正面突破だ!!!」

 

 

"魔力放出"

 

 

 

 

 ランクAに相当する赤のセイバーの魔力放出が、今までで一番激しい赤雷となって竜牙兵の尽くを貫き、赤のアサシンを圧した。

 

「くっ...! だが、読めているぞ小娘!」

「かわされ―――「行ってこい殺人鬼!」―――うわわわわ!!」

 

 隙をついて斬りかかるジャック。しかしセミラミスは転移によって躱した。

 しかし、モードレッドがジャックの元に急行。掴んでぶん投げた。

 

「なんだとっ!?」

「もー乱暴なんだか、らぁ!!」

 

 再度ジャックが斬りかかる。が、ギリギリのところで再び転移が間に合う。

 しかしロクに用意もできずに転移したその先には、ジャックの霧が満ちていた。

 

 

 

「終わりだよ!!」

 

 

"解体聖母(マリア・ザ・リッパー)"

 

 

 

 ニヤリ、と悪い顔で嗤い、

 満を持して、ジャックは残る全ての魔力を込めたナイフを、宝具の呪詛と共に全力で投擲した。

 

令呪三画ずるッッ! 

 防ぎきるんだッ!!

 

 即席で盾として召喚した竜牙兵。

 操った玉座の残骸。

 自分の眼前に配置した"十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)"の内の六つ。

 そして最後の砦として神魚の鱗を展開し、

 

 

 

 

 ガキィン!!

 

「ゴフッ...!...耐えたぞ...!」

 

「うっそ...嘘だ...!」

 

 

 

 必殺を、耐えた。

 呪詛とは、毒に似たもの。

 最終的に"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"まで使い、体を襲う呪詛を無理やり支配し、間一髪で抑え込んだ。

 しかし、セミラミスの受けたダメージはかなりのもの。

 

 

 

我が麗しき(クラレント)―――」

 

 

 

 背後から狙うモードレッドの宝具を防ぐ術は、ない。

 

 

 

「―――ガハッ...!?」

 

「...ふんっ。遅かったようだな」

 

 

 

 モードレッドの口から、血が噴出する。

 賭けに出て、宝具を発動して兜を外したモードレッドだったが、毒が体を浸食し尽くすほうが速かった。

 剣を覆っていた禍々しい魔力が霧散する。

 

「終わりだ。赤のセイバー。王に敗北する屈辱的な最期を迎えるがいい!」

 

 毒の鎖が、モードレッドの全身を絡めとる。

 残った全ての十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)の先がモードレッドに向き、竜牙兵が一斉にとびかかった。

 

 それを見て、

 モードレッド(叛逆の騎士)は、

 静かに笑った。

 

 

 

(そっちこそ笑わせるな、毒殺者風情が...!)

 

 "魔力放出"

 

 赤雷が、右手を中心に爆ぜた。

 赤雷の中心部だけ毒鎖の拘束が緩む。右手は見るも無残な状態になったが、剣だけはしかと握りしめていた。

 

(オレにとって、王とは―――)

 

「父上だけだッッ!!!」

 

 

 モードレッドは、今度こそ宝剣に全てを込めた。

 

 

「遅い!!」

 

 

 しかしセミラミスが先に魔砲を放つ。既にそれはモードレッドの眼前に迫っていて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"燦 然 と 輝 く 王 剣(クラレント)"オオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ!?」

 

 

 

―――()()()()()モードレッドの王剣(クラレント)が、セミラミスの霊核を貫いた。

 

 

 

 直後、セミラミスの一点集中魔砲が、動けなくなったモードレッドを貫いた。

 両者は、ほぼ同時に倒れ伏し、沈黙した。

 

 

「...セイバーさんが、勝った?」

「...ふっ、なんだその、攻撃は...お前は騎士では、ないのか...」

「へへっ...何かわいいこと言ってんだよ...

 

 

 

 勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ...へへっ...」

 

 

 

 セミラミスは、赤い光と共に、どこかに転移して消えていった。

 モードレッドは、最期にいい笑顔を浮かべ、消滅していった。

 

 

 

 

 赤のセイバー、モードレッド。敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「...長かった。だが叶ったぞ、我が願い。確かに叶った...

 人類の勝利だ...!」

 

 全人類を対象とした、魂の物質化。

 大聖杯への願いを、天草四郎時貞は確かに届けた。

 時間はとてもかかってしまったが、彼は無事に終わらせ、聖杯から帰還した。

 

「...戦況はどうなっているのでしょうか、アサシンは......」

 

 

 

 見上げた先に、

 

 

 

 

『―――主よ、この身を委ねます!』

 

 

 

紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)ッッ!!』

 

 

 

 

 焔が、花を咲かせていた。

 

 

「おい...ふざけるな...ルーラーアアアアアアアア!!」

 

 既に、焔は眼前に迫っている。

 迫る絶望を前に、天草は何とかヘブンズフィールへの接続も始めたが、どうやっても間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――()()がいなければ。

 

 

 

『全ての令呪て、我が肉体にずる!!

 マスターを守れッ!!

 

 

 

 現れたのは、巨大な岩盤。

 それが盾となり、天草に刹那の猶予をもたらした。

 故に、間に合うのだ。

 

「っ! ヘブンズフィール、接続!

 人類の救済を阻むものを、叩け!」

 

 大聖杯への接続、完了。

 白い巨人が三体立ち上がり、焔の花とジャンヌへの攻防を開始した。

 劣勢に見えるからと次の一手を用意する天草の背後に、彼女が現れた。

 

「...すまんな...遅くなった」

「いいや、来てくれてありがとう...しかし、その傷は...」

「ああ...永くない」

 

 赤のアサシン、セミラミス。

 赤のセイバーに霊核を貫かれ、消滅寸前の彼女は、それでも令呪と意志の力でマスターの彼のもとに帰ってきた。

 

「下がっていてください、ここは私が...」

「...いいや?」

 

 セミラミスは、天草の後ろに回ると、

 その背中を、ぎゅっと抱きしめ、

 

「...最期まで、お前を支えてやろうではないか。光栄に思え...?」

 

 優しく、優しく微笑んだ。

 

「...ありがとう。実は痛いの、ちょっとだけ怖かったから、助かるよ。

 貴女と会えて、本当に良かった。セミラミス」

「...ふっ...私もだ...」

 

 

 

『左腕・縮退駆動! 右腕・空間遮断!

 "零次集束(ビッグクランチ)"!!

 

 

 

「はああああああああああ!!!」

「やああああああああああ!!!」

 

 

 天草の右腕の犠牲により顕現したブラックホールと、ジャンヌの焔が拮抗する。

 拮抗は、ジャンヌの焔がブラックホールを打ち破る形で崩れ、大聖杯と天草、その背中のセミラミスが吹き飛ばされた。

 天草は、右腕の痛みと吹き飛ばされた衝撃で気を失う。その体を受け止めたのが、彼女にできた最後の仕事だった。

 

 

 

「...願い、叶えろよ、シロウ...」

 

 

 

 優しく、触れるくらいの口づけを残し、

 セミラミスは、消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルク。敗退。

 赤のアサシン、セミラミス。敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 

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