官能小説と女性物の下着を持って旅する話なんだから、この話のジャンルは……うーん、童話!

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裸の王女様。

 昔々ある所に、オシャレ好きな王様が治める国がありました。その王様は三度の飯よりも新しい服を着ることが好きで、同じ服を着ることは二度となかったとされるほどでした。

 しかしそれとは対照的に彼の娘、ネグ王女は育ちました。両親が差し出す服を着ようともせず、外に出るとき以外は服を着ようとはしません。服を着ない理由を聞くと、「ごわごわするから嫌」とだけ返してきます。

 

 それに困った王様とたちは国で最も人気の服職人を呼びつけて、彼女が着たくなるような部屋着を作って欲しいと依頼します。

しかしそれを受けた服職人は困ったように肩をすくめました。不思議に思った王様は服職人にその理由を尋ねます。

 

「王様、私は力になりたいのはやまやまです。しかし、以前に送り出した服を王女様は一度見ただけで投げ捨てたそうではありませんか。私にはあれ以上に自信をもって送り出せる作品は無いのです」

 

 服職人は答えると心苦しそうに息を付きました。しかし王様も今回ばかりは引き下がるわけにはいきません。もう王女様は成長期に差し掛かっています。小さい頃は我慢出来ましたが、いい加減に城の中を全裸でうろうろされるのは限界でした。

 

 王様は代わりの者の当てがないか服職人に尋ねます。服職人は眉間にシワを寄せて長々と考えた後、恐る恐る口を開きました。

 

「私の息子はどうでしょうか。見習いですが王女様の年齢に近く、感性も同調するかもしれません。私よりも適任でしょう」

「成程。お主の息子だ。見習いとはいえ創る物は素晴らしい者なのだろうな。では任せよう。早速家に帰って伝えて貰えるだろうか」

「はは、必ずや王女様の気にいる服を作らせてまいります」

 

 服職人は跪き、その期待に応えるべく返事を返しました。

 彼は城を足早に去ると、自分が開いている店に戻ります。そして息子、リジェに語り掛けました。王様から指令を受けたこと。その内容は王女様の部屋着を創ること。全てを聞き終えたリジェは服職人に答えます。

 

「え、いいじゃん全裸。興奮する。父さんも風呂上がりのまま外に出てみたらその良さが分かるはずだって」

 

 服職人は絶句しました。息子のそんな性癖を知る由もなかったからです。感情の赴くまま怒ろうかと思いましたが、取りあえず理由を聞くことにしました。息子は馬鹿ではあるが意味のない事はしない男です。少なくとも彼はそう考えていました。

 するとリジェから帰って来た理由を噂ではあるがと前置きして「王女様が服を着たくない理由を知りたかった」と語りました。

 彼は幼少期から王族に服を収める父の姿を見て来ました。それ故に自分の顧客になりうる王女の気持をしりたかったのでしょう。

 その結果露出に目覚めてしまうとは想定外でしたが、きっと王女様も「服がごわごわする」とは言っていたが露出が好きなはずだと、リジェは熱弁しました。

 

 一通り聞き終えた服職人は一発リジェをぶん殴ると、子供だから見逃されているが「大人になったら犯罪だからな」と釘を刺しました。「あと王女様の名誉の為にここだけの話にしておけ」とも言いました。リジェは渋々頷きます。

 

 話題を切り換えて今度はしっかりと王女様の服について議論を始めました。

 王女様の言っている理由を信じるとするならば、デザインはともかくとして、生地を重要視するべきではないかという結論に至ります。

 ここは王族や貴族御用達の洋服店。この店の素材ですら満足できないのであらば、この世に王女様が満足するような物は存在しません。

 

 諦めかけたそのとき、服職人は一つ心当たりがあった事を思い出したのです。それは伝承。おとぎ話の様な物でしたが、この無理難題にはそれぐらいあやふやな物に頼ってもいいと考えたのでしょう。

 彼はリジェにそのおとぎ話をしてみせます。

 この国のはずれにある小さな泉。そこの水は妖精が住んでいるとされるほどに綺麗で、その水に馴染ませた物は水の様な柔軟さを得ることが出来るとされていると。

 この話はすっかりとすたれてしまって服職人も子供の頃に一度聞いたきりでした。

 馬鹿馬鹿しいと聞いていたリジェでしたが、他に解決策も思いつかなかったのもあって、その話に乗ってみることにしました。

 父は店の仕事があるため離れることが出来ないので、リジェがその湖に向かう事になります。その日のうちに旅の準備を整え、翌日にその湖に向かう事にしました。

 

 服を創るための極上の布。父の書斎からくすねた官能小説。そしてどうせ服を作るならついでにと、自分が作った女性物の下着を持って行く事にしました。水に馴染ませれば服が失敗しても最低限下着は身に着けてくれるはずです。

 王女様は成長期。ブラジャーは適切な時期に適切な物を付けないと、形が崩れてしまったり、王女様本人にストレスを与えたりしてしまいます。リジェはその必要性を父に熱弁して、持って行く事になりました。何故かまた一発ぶん殴られましたが、気にしません。

 

 そして迎えた翌日。リジェは父に見送られて城下町から旅立ちます。

 コンパスと地図を片手に一日かけて歩くと、いつも見ていたお城は遠ざかっていき、やがて見えなくなっていきました。

 

 そうしてひとまず、第一目標にしていた宿屋にたどり着きます。中に入ると、薄暗い明かりが彼を出迎えました。客は彼以外にはおらず。カウンターで店主がうなだれていているのが見えました。

 泊めて貰えるかどうか尋ねると、「妻に逃げられたばかりで、とてもおもてなしをする気分にはなれない」そう返ってきました。

 

 しかしリジェもここで止めて貰えないのは困ります。どうするか悩んだ挙句、彼は店主に文字の読み書きができるかどうかを訪ねました。「馬鹿にするな」と荒々しく店主が答えます。リジェは「馬鹿にしてません」と言って、断腸の思いでバッグの中から代金と共に薄い一冊の本を取り出して、カウンターに置きました。

 

 そう、官能小説です。

 

 悩みに押し潰れさそうなときはシコって寝た方が良いとは彼なりの人生哲学でした。本はそれなりに高級で、中々出回りません。店主もそれが出て来たことに驚いていました。

 

「人妻物のエロい奴です」

「……人妻? なんだぁてめえ、嫌味かよ」

「いいから、読んでみてくださいよ。接客はいりません、お代もちゃんと払いますから、部屋だけ貸していただけませんか」

 

 接客がいらないという言葉がよかったのか、本は売れば金になると思ったのかは分かりませんが、店主は渋々頷いて部屋を貸してくれました。

 リジェは店主から使っていいといった部屋の鍵を貰って、その部屋に入りました。持っていたマッチで備え付けの蝋燭に火をつけてからベッドに横になります。

 煩悩が頭をよぎり、バッグの中に手を入れましたが、そこに求めていたものは無い事を思い出しました。なぜ自分のお気に入りの一冊を見ず知らずの男にあげてしまったのか、後悔に苛まれます。

 しかし今更返せとせがむのも意地汚い。そう思ったリジェは枕を涙で濡らしながら眠りにつきました。

 

 翌日。慣れない寝床ながらも熟睡したリジェは、鍵を返す為、昨日店主がうなだれていた場所へと出向きました。あの調子だと酒にでも溺れて酷いことになっているかもしれません。面倒だとは思いましたが、ここで一言も言わずにこの場を去るのは良くないだろうとも思ったのです。

 しかし予想とは裏腹に彼を出迎えたのは曇りのない笑顔の店主でした。店主は昨日の荒々しい言葉遣いが嘘だったかのように、丁寧な言葉で彼に非礼を詫びます。

 リジェはもし店主の立場だったら同じようになっていたと思ったので、気にしていないと店主に言いました。

 

 その言葉に店主は再び頭を下げると、話を昨日貰った本へと移したのです。そう店主は昨日のうちにあの本を読破していたのでした。そのおかげで吹っ切れて今の精神状態でいられているのだと言います。

 それを聞いたリジェはなんだか報われたような気分になります。一人の人間を立ち直らせることができたのだ。自分が流した涙も決して無駄ではなかったのだと。

 

 彼は店主と感想を述べ合い、いくつかのお見上げを貰って、固い握手とハグをしてから宿屋を出ました。日はすでに高く上がっており、時間が流れ過ぎた事を察しましたが、今こうして生まれた縁を想えばそれもまた悪くはないと思いました。

 

 旅を続けるリジェでありましたが、想定に無かった遅れを生じたため、次の宿に着く前に日は暮れてしまいます。夜道を歩くのは危険も多いので、今晩はこれ以上歩くのを止めて、野宿をすることにしました。日が暮れる前に牧を集め、マッチを使って火をつけて暖を取ります。宿屋の店主からもらったパンと火で焼いたベーコンをかじり、揺れる炎を眺めました。

 

 そうしていると草木が揺れたのを目の端で捉えます。動物が近づいて来たかと思いましたが、火を怖がるはずなのでそうではないでしょう。

 となると夜盗か何かでしょうか。リジェの荷物には盗まれては困る物がいくつかあります。もしかするとそれを狙って来たのかもしれません。

 

 残りの食べ物を手早く口に入れ飲み込むと、リジェはそのへんに落ちていた手ごろな木の棒を手にして草陰に向かいました。ヤられる前にヤれの精神です。いつ襲われるか分からないままでは安心して寝ることもできません。

 覚悟を決めると、木の棒を振りかぶって、草陰に飛び込みます。採寸の最中に穴が開くほど見た肌色を確認し、標的として見定め、木の棒を鋭く振り下ろす――はずでした。

 

 甲高い悲鳴と腰まで届くほどに長い金髪。大きなサファイヤブルーの瞳と夜盗に似合わぬ小さな体躯。そして、本来であればそれを覆っているはずの服が無かったのです。

 彼は一瞬息を呑んで、その少し後に安堵の吐息を漏らしました。

 

「なんだ、露出が好きな娘かそうならそうと早く――」

「違います!」

 

 顔を真っ赤にした娘にリジェは頬に平手を入れられました。

 

  ▼

 

 話を聞けば、娘は夜盗に荷物を根こそぎ取られて、服も失ったそうです。命からがら逃げ出して来ましたが、このまま住んでいた場所に帰るにしても、この姿ではそれも難しい、途方に暮れていたのだとか。

 そんなとき、炎の明かりと、匂いに釣られてここに来た。万が一にも女性の旅人だったのなら服を貸してもらえるかもしれないと。しかし当てが外れて戻ろうとしたときにリジェが襲い掛かったのでした。

 

 服すらはぎ取ってしまう盗賊なら身柄も拘束してそのまま奴隷になっていそうだとか、いろいろと突っ込み所はありましたが、リジェはそれ以上聞くことはありませんでした。無言のまま羽織っていた服を貸します。

 そう、これはプレイがばれてしまったときの良い訳なのだと。自分も万人に認められるような性癖では無いのだから、他人の行いに口を挟む筋合いは無いのだと。

 彼は父に殴られた影響もあり、それを学んでいました。表向きの言い訳を信じたふりをして彼は彼女に問いかけます。

 

「服のあてはあるのか?」

「いいえ」

「そうか。なら少し待っているといい。幸い俺は服職人の息子だ。一晩で作ってやるから待ってろ」

「……本当ですか?」

 

 飛びついてもおかしくない話題に彼女は曇った表情で返す。何でもタダではない。何か求められるかもしれないと思っているのでしょう。ただでさえ彼女は一糸も纏わない身体を晒してしまっているのだから。

 

「ああ、出血大サービスのタダで作ってやる」

「すいません……この恩は必ず」

「だから、いらんっての。もし返したいなら。他の困ってる奴に返せよ」

「……はい。ありがとうございます」

 

 頭を下げる彼女を横目に見つつ、バッグから商売道具の裁縫セットと王女様の服に使うはずの布を取り出しました。余計な材料を持ち運ぶ余裕はなく、布の持ち合わせはこれしか無かったのです。

 迷うことなくそれを半分に裁断して、単調ながら服に仕上げていきます。娘は木の爆ぜる音を聞きながらそれを眺めていました。

 

「服職人のあなたがなぜこんなところまで旅をしているのですか?」

「まあ、ちょっとな厄介な依頼が来てね。服嫌いの王女様に服を着せたいんだと」

「服嫌いの……?」

「そう、丁度さっきアンタみたいに城の中だと服を着ないらしいぜ。あ、この話は広めるなよ。王女様の沽券にかかわるから」

「そ、そうですね……」

 

 眉をぴくぴくと動かしながらぎこちない笑みを浮かべます。さっきまで裸だった事実を認めたくないのかもしれません。まあ、今も半裸なのですが。

 

「それでどんなものを作るのですか?」

「え? そうだな……飛び切り可愛く、ついでにエロく創るかな。親父が作るのは肩肘張っててるからウケが悪いから」

 

 リジェはそこで初めて自分が作りたいものを明確に思い描けたような気がしました。「可愛くてエロい物」これこそが自分が追い求めているものだと口にして初めて気が付いたのです。

 一方、娘はまた苦笑いをしました。

 

「エロく、は余計じゃないんですか?」

「ばっか、エロくていいんだよ。じゃないと俺のテンションが上がらない」

「困った人ですね。そんな事ではその王女様に、おこ、られて……しまいますよ」

 

 隣を見ると娘は膝を抱えるようにして寝ていました。彼はそれを確認すると集中して布に向き合いました。

 

 日が昇るほんの少し前になって一着のシャツが出来上がりました。リジェは集中していて、さっきまで空が白んでいるのに気が付いてませんでした。彼にとってはよくある事です。

 リジェは替えのズボンと完成したシャツ、そしてわずかながら食べ物とお金を分け与えて、彼女が起きるのを待ってから旅路へ戻ろうとします。

 

「すいません、何から何まで」

「災難だったな。帰る場所は分かるんだろ? この先に行けば村がある。そこで準備を整えると良い。無事に帰れよ」

 

 リジェは来た道を指差して、娘の行き先を示しました。娘は何度も頭を下げてから先に行こうとしました。その途中で娘は振り返ると、彼に問いかけます。

 

「すいません、貴方の名前を教えて頂けますか?」

「俺か? リジェ、リジェ・ベルナード」

「リジェ、リジェさんですね。覚えました。いつか、また会いましょう」

「ああ、また会えたらいいな」

 

 二人は手を振って別れて、お互いの目指すべき場所へと向かいました。途中でリジェは彼女の名前を聞くことを忘れていたことに気が付きます。しかし「また」とは言ったものの、もう一度会う事など殆どないでしょう。だから支障は無いはずでした。

 しかしリジェには後悔の念が付きまといます。あれだけ綺麗で、年端も行かぬ娘だったのに、自分と同じ趣味、露出プレイに興じていた娘が、気になってもしょうがないかったのです。

 そんな想いを引きずりながら日の出と同時に歩き出し、本来ならば昨日着くはずだった村にたどり着きました。ここから今回の旅の目的だった泉を探します。

 

 リジェは村人から聞き込みをしていると、老人からそれらしい泉の話を聞きつけました。しかし、その老人が言うには泉のおとぎ話が広まり、曲解され、飲めば不老不死と言ったでたらめな噂がばら撒かれた。その結果、商業利用で消費されて、最終的にその泉は枯れてしまったといいます。

 リジェはダメ元で場所を聞いて、老人の案内でその泉へと向かいました。

 

 たどり着いた泉は老人の話通りの有様でした。泉の底は乾き、ひび割れた泥が目立ちます。そこには求めていた水は一滴も存在しません。

 彼は膝から崩れ落ちて、項垂れます。背中を丸めながらボロボロと涙を流しました。これでは合法的に姫様にエロい部屋着を創れない。これまでの旅は何だったのかと。自分の無力感に苛まれていました。

 そんな恐ろしいまでの落胆っぷりに老人はリジェに問いかけます。

 

「そこまで落ち込むとは……君は何の為に泉を求めたのかね?」

「この国の王女様に部屋着を創りに来たのです。王女様が自由に着れる服が創れるかと思って」

「……そうか」

 

 老人はリジェに肩を貸して、彼を立ち上がらせます。

 

「すいません。見苦しい姿をお見せして」

「構わんよ、少年。若いうちの挫折は後々の成長につながる。必ず糧にしなさい」

「はい゛」

 

 リジェは涙を拭い、震えている声のまま返事をしました。老人は「よろしい」頷きます。

 少し時間を置いて落ち着いたリジェは老人に何かお礼をしなくてはと思い至りました。バッグに手を入れて何かないかと漁ると、女性用の下着が姿を現します。

 姫様の服が作れない以上、今の自分には必要ではない。そして今のリジェにはこれぐらいしか渡せるものがありません。躊躇いましたが、リジェは老人にその下着を差し出しました。

 

「少年、これは……」

「すいません、ふざけている訳では無いんです。今の俺にはそれぐらいしか渡せなくて……いや、すいません。ふざけてました忘れて下さい」

「怒っているのではない。しかし……この下着はレースや布の風合いといい素晴らしいものだ。これは職人の魂が入っている。あと何より……エロい」

 

 老人の言葉にリジェはつい嬉しくなってしまいました。どんなものであれ創ったものを褒められるのは嬉しいのです。父親はそのような物を創るのを認めず、殴って来るような人間だったので感動も一入(ひとしお)でした。

 それ故に自分の自信作であるその下着について、そのこだわりを老人に向かって語りました。老人はそれに深く頷いてくれます。一通り話し終えた後老人は彼に問いかけました。

 

「ところで少年、君が作ろうとしていた部屋着は、どのような物だったのだ?」

「フリフリのレースを多く使ったゆったりとしたワンピースです。少しアレンジして艶やかさを出したいと考えていました」

 

 それを聞いて老人は考えるよう仕草を見せます。時間にして五分が経った頃、老人はリジェに再び向き合いました。

 

「少年よ。その夢を成し遂げる覚悟はあるか」

「ありましたよ、さっきまでは。そんなカサブタをめくるみたい傷をえぐらないで下さいよ」

「ではチャンスがあれば成し遂げられるかな? どこかにはそのような泉があるかもしれぬ。だとしたらどうだ?」

 

 リジェはその問いの意味を測りかねましたが、ここまで話を聞いてくれたのですから、詮索せずに答えることにします。

 

「そうですね。もしそんな場所があれば、成し遂げる覚悟はあります」

「そうか、その言葉で十分だ」

 

 老人は目をつぶってリジェの言葉を聞き遂げるとバチンと指を鳴らしました。

 するとなんという事でしょう。さっきまで枯れていた泉が嘘の様に水で満たされ、荒れた大地も緑に覆われました。

 

「お爺さんこれは……」

「隠していたのだ。話した様に利用されないとも限らないしの。だが少年、君の創ったパンツを見て気が変わった。あれはいい物だ。君ならきっと最高にエロい部屋着を創れる」

 

 老人、改め泉の精は咳ばらいをするとリジェに目を向けて問いかけます。

 

「少年、もし君がその部屋着を付けた姫様をここに連れてくると約束できるのならば――」

「できます!」

「早いな。話を最後まで聞いたらどうじゃ……。だがまあいい。ほれ、布を寄越すといい」

 

 リジェはバッグの中から持って来ていた布を取り出して、泉の精に渡します。泉の精は泉にさらして、彼の手に返しました。

 返って来た布は滑らかさが増し、まるで摩擦が無いかのかと錯覚してしまうほどに仕上がりました。しかし生地の本来の色味は失せて、半透明と言ってもいい状態になってしまいます。

 リジェはその事を泉の精に聞くと、「そっちの方がエロいじゃろ」と答えます。それに彼は深く頷き、固い握手をして帰路につきました。

 

 ▼

 

 それから数日後。リジェは店に帰ると、一心不乱に布を使って一つの服を創り上げます。その作業中は誰も立ち入らせず。肝心の服を見たものは創ったリジェ本人だけでした。

 何故そんな事をしたかと問われれば、父に見つかればこの服は完全に処理されてしまうだろうという理由がありました。それ故の策だったのです。

 

 そして王様との謁見を迎えました。父の同伴で城へ向かい。着いてから長々しい話を聞き流し、そしていよいよ衣装の公開です。

 赤い布を勢いよく引きはがし、リジェが創り上げたものが初めて他人の視線を浴びました。

 

 開放的な胸元。短いスカート丈。宣言通りに多くあしらわれたフリフリのレース。そして極めつけは肌が透けるほどの透明感のある生地。

 日光を浴びてキラキラと輝く服を見て、多くの人間は息を呑んでいます。

 

 が、しかし、ただ一人それを良しとしない人間がいました。そう、王様です。彼は玉座を立ち上がると、怒りのままにリジェへと走りました。胸倉を掴み上げて彼を睨み付けます。

 

「貴様ァ! 我輩の娘になんて服を着させる気だ! これではまるで娼婦の様ではないか!」

 

 リジェは王様の行動を全く予想していなかったのです。姫様が気に入りそうな服を作って来た。それも同じ(と勝手に思っている)変態目線でです。だから姫様が気に入らないはずはない、そう確信していました。

 しかし王様も気に入らなければ意味がない。彼の逆鱗に触れてしまってはすべて水の泡。彼の鶴の一声で全ては無に帰します。その事を彼は考えていませんでした。

 

 王様が臣下に「剣を持ってこい」と怒鳴りつけます。その隣で父が王様に懺悔しているのが見えました。

 リジェにはその全てがまるで他人事の様に見えて、色彩が失われているように感じられました。

 想いを馳せるのは過去の記憶。旅の思い出。泉の精、宿屋の店主、そして金髪蒼眼の娘。また彼、彼女らに会えたのならば、語りあかしたかったと。もう叶わない望みを抱きました。

 リジェは赤い絨毯に乱暴に体を転がされると、背中を踏まれ、身動きが取れなくなってしまいました。王様は臣下から剣を受け取ると、リジェに向かって振りかざします。

リジェに剣が突き刺さる瞬間。

 

「御父様待って下さい!」

 

 叫びと同時に閉ざされていた扉が開いたのです。その来訪に一番動揺していたのは王様で、それに釣られるようにその場に板いた人間が振り向きます。リジェもその例外ではありません。

 

 そこから出て来たのは長く伸ばされた金の髪、透き通る様に白い柔肌を包むバスタオル。

 丁度、思い返していたサファイアの眼光がリジェと目を合わせて微笑みます。

 

「その服、わたくしに着させて頂けますか?」

 

 

  ▼

 

 

「驚いた。まさかあんな所であった人が王女様だったとはね」

「まあ、いろいろと事情がありまして。深くは聞かないでください。……所で、あの服の名前は付けたのですか」

「いいや、まだだけど」

「ではあの服をリジェと名付けましょうか」

「何で俺の名前なんだよ」

「生みだされた物に作った者の名前を付けるのはよくある事でしょう?」

「それは、そうだけど。あれはそんな大層なものじゃあ……。まあいいか。でも、あの服はキミがいたから生まれたものだ。だからキミの名前も取ろう」

「わたくしは別にいいですよ。後世に名前が残るのも悪くないですしね」

 

「なら決まりだな。あの服の名前は――――」



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