死んで叢雲になったわ。なに、不満なの?   作:東部雲

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また1ヶ月くらい掛かってしまいました。他の小説も書いたりしてるからその分遅れがちでもあるんですけど、もう少し改善したいですね。

あと先日、瑞パラに行って参りました。横浜と八景島は旅行で行くのは初めてですが、何もかもが新鮮で終始圧倒されました。艦これ関連のイベントなんて行ったことは今回が初めてだったので、特設酒保の限定グッズは買えませんでした(血涙)

ただお陰で滞っていた話を書くネタが出来ました。なので鋼鉄二次に更新する話を書いていきたいと思います。

今回は叢雲と雪風、タイトルの通り二水戦がメインとなります。少し轟沈ネタが入ってるかもしれません。


第6話 第二水雷戦隊

 戦艦棲姫は向かい合った駆逐艦娘に砲撃を開始した。闇夜を照らす砲火と反響する砲声の直後、彼女の頭上から降り注ぐ。

 それに対し叢雲は鋭角に舵を切り、最初に上がった水柱に思い切って飛び込んだ。恐らく、一度砲弾が落ちた海面には落ちてこないというジンクスに従ったのだと、古鷹は後退しながら察した。

 

 

「だからって、こんなの……っ」

 

 古鷹は悔やんだ。まだ艦娘になって間もない彼女を、このような修羅場に巻き込んだこと。かつて自分の救援に駆け付けるも、ミイラ取りがミイラになる形で沈むことになったこの海、かつての戦いと似すぎる(・・・・)この作戦に参加させてしまったことを。

 

 そんな自分の無力さに、左手を爪が食い込むくらい握り締める。

 

 本当は今すぐにでも飛び出して、叢雲を援護したい。二度と自分の為に彼女が沈むようなことは、それだけは許容できない。

 

 だが、今自分が離れれば意識を失っている霧島や、彼女を曳航する川内と吹雪が危険に晒されてしまう。そう言った懸念を考慮するなら、護衛の役割を放棄してまで援護に向かうのは愚策だった。

 

 それが理屈で分かっているからこそ、沸き上がる感情を抑えてでも役割に徹しなければならない。そんなジレンマを胸のうちに抱えながら、霧島を曳航する川内と吹雪に続いて後退していった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 気を失った霧島、それを曳航する川内と吹雪、護衛する古鷹が海域を離脱していく。戦艦級の砲弾が降る注ぐ海上を右に、左に舵を切りながら、チラッと視線を向けて確認すると再び目の前の敵艦に集中した。

 

 敵艦が撃ってくる砲弾は予想よりバラけていた。先程までの攻撃で思ったより打撃を受けたのかもしれない、そのお陰もあって一対一の砲雷撃戦でも何とか直撃を避けることが出来ていた。

 

 それでも無傷で済んでいる訳じゃない。砲弾が海面に落ちる度、飛んでくる破片が飛沫となって跳んできては着ている服や皮膚を傷付けていく。

 

 主砲も既に一基が脱落した。もう一基はまだ無事だけど、敵の砲撃音が轟くなかでも分かるくらい、不安感を煽るような異音がする。内部機構が損傷したのかもしれない。これだけの損傷を鑑みるに恐らく中破か。

 

 視線を横に流せば雪風が見えた。敵艦は主砲を一基ずつ僕と雪風に指向し、牽制するように各個射撃している。どちらも回避に専念しながら隙を見て砲撃しているが、雪風はこちらより損傷は大したこと無いように見えた。

 

 

「雪風ッ、アンタ五連装酸素魚雷持ってるわよね! 何とかアイツに当てられない!?」

 

「近付かないと難しいです! それに不意を突かないと跳躍で避けられます!」

 

 返ってきた内容を聞いて舌打ちする。駆逐艦が主砲を何発当てようと戦艦棲姫の装甲は貫通できず、虚しく弾かれるだけだ。であれば駆逐艦が持ちうる最大火力である魚雷に頼るしかないけど、戦艦棲姫はあの艤装が持つ同じ艦船ならあり得ない程の跳躍力を誇る。至近で狙い撃っても跳ばれたら当たらず、弾数の限られる魚雷も無駄になってしまう。

 

 それなら。

 

 

「雪風、常にヤツの後ろをキープして! こっちで何とか動きを止める!」

 

 彼女の装備が一番の決めてだ。それを確実に叩き込むしか、あの戦艦棲姫に打撃を与える手段はない。

 

 

「そんなっ、無茶です! 叢雲ちゃんはまだ錬度が低いんですよ!」

 

「それでも私達の中で最大火力はアンタよ! だったら私がそれをやるしかない!」

 

 叫んでから舵を切り、戦艦棲姫目掛けて突撃した。

 

 例え主砲を至近距離で当てても先程までと同じように弾かれ、一方的に反撃されるだけなのは分かってる。だけどこれは、彼女が前世の頃から待ち望んでいたことだった。

 駆逐艦は英名であるDestroyerが示す通り、敵艦を駆逐する(フネ)。それは主力艦のために露払いする役割の他、自分より大型の敵艦を喰らう大物喰らい(ジャイアントキリング)にも成りうる。

 そんな駆逐艦にとって夜戦は華だ。前世では連合国の駆逐艦を妹の白雲と共同で撃破したのが最初で最後、それからは艦としての最期を遂げた南方作戦で敵艦と交戦することなく沈んだ。

 

 僕の知識の通り倒せないと分かっていても構わない。今は夜戦、目の前の敵戦艦を沈めろと叢雲が叫んでいる。それを胸の内から感じながら、右手の槍を脇に挟むと、魚雷発射管から魚雷を一本引き抜いて左手に持った。

 

 主砲が弾かれるだけなのは分かっている。だけど、まだ魚雷がある。戦艦は基本的に甲板の装甲は薄いため、主砲弾ではなく爆発力のある魚雷を直接ぶつければどうか。試してみる価値はある。

 

 

「沈ミナサイ──!」

 

 その動作を見た戦艦棲姫は近付かせまいと砲撃してきた。

 

 

「ッ──!!」

 

 咄嗟に舵を切りかわそうと試みる。直後、先程までいたすぐ横の海面に砲弾が着弾。至近弾とはいえそれでも凄まじい爆風に襲われ、堪らず吹き飛ばされた僕はそこから離れた海面に叩き付けられた。

 

 

「ぐ、うぁ……」

 

 爆風が全身を横殴りに叩いたためか酷く痛い。前世で剣道やってた頃は打撲することはあったけど、ここまで酷くはない。この分だと骨は何ヵ所かやられているし、さっきまでのような動きは無理だろう。

 

 それでも立ち止まったままでいるわけにはいかない。ここは戦場のど真ん中だ。のんびり寝転がっていたらいい的だ、生きるなら動き続けないと。

 

 そう思って上体を起こした瞬間、正面に水飛沫を立てて巨大な足が見えた。反射的に視線を上げると、その先には艤装に抱えられた戦艦棲姫が僕を見下ろしていた。

 

 

「がッ!?」

 

 突然の戦艦棲姫の行動に硬直した僕は首を掴まれ、そのまま持ち上げられた。

 

 

「呆気ナイモノネェ? 威勢良ク向カッテキタノハ誉メテアゲルケド、駆逐艦ジャコンナモノヨ」

 

 拍子抜けしたように言う戦艦棲姫の力は強く、槍で反撃しようにも首を締め付ける握力に気道が圧迫される。振りほどこうと左手で相手の手を掴んで抵抗してみても、酸素を得られない事で力が徐々に抜けていく。

 

 

「叢雲ちゃんを離してください!」

 

 叫び声と同時に砲撃音が鳴り響く。直後、戦艦棲姫の艤装から鈍い音が伝わってきた。多分、弾かれているんだろう。

 

 このままだと首を掴まれたまま、絞め殺されるだけだ。この女は駆逐艦の砲撃をいくら受けても大した損傷は受けず、その余裕からゆっくり息の根を止めるつもりだ。

 

 ……ふざけるな。

 

 僕も叢雲も、まだ何も出来ていない。主砲を何発か当てただけで、戦艦棲姫はダメージを受けていない。

 

 叢雲の姉である吹雪、川内と古鷹、霧島は逃がすことができた。だがそれだけで終わらせるためにここまで来たんじゃない。

 

 まだ出せる力を振り絞って、ゆっくりと左手の魚雷発射管を向ける。

 さっき突撃した時に引き抜いた魚雷は砲撃で吹き飛ばされた後、手から取り零したから手元にない。だけど一門だけなら、まだ魚雷は残っている。

 

 向けられた魚雷に気付いた戦艦棲姫はぎょっとした表情を浮かべた。まさか、こんな至近距離では自分も巻き添えだ、なのに撃つのか。そんな思考を窺わせるような、正気を疑うような顔に見えた。

 

 ……残念ながら正気だよ。

 

 言葉にはせず内心で呟くと、三連装発射管のうち生き残った一門から空気魚雷を撃ち放つ。

 

 直後、視界が閃光に包まれた。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 雪風はその光景を見ていることしかできなかった。自分が制止しても止まらず、突撃して行った彼女が砲撃で吹き飛ばされ、首を掴まれながらも魚雷を放って、決死の反撃をした彼女を。

 

 空気魚雷の爆発に巻き込まれた叢雲は離れた海面まで吹き飛ばされ、何回も海上を転がって停止した。

 

 

「叢雲ちゃんッ!」

 

 吹き飛んだ時点で体は動いていた。叢雲が飛ばされていったのは敵旗艦の前方、自分は横から砲撃していたため、駆け寄れば(ひだり)舷後方に対して隙を見せることになるはずだ。

 

 

「オノレェ……! 駆逐艦ゴトキガァ……!」

 

 敵旗艦が呪詛の言葉を叫び、艤装の雄叫びが左舷後方から響いてくる。視界の端に光が瞬き、鳴り響く轟音が腹まで震わせるが構いはしない。

 

 

「雪風は沈みません!」

 

 お互いの距離が短いため、敵旗艦は主砲の仰角をほぼ水平に合わせて発砲した。雪風に向かって飛翔する砲弾はしかし、風に煽られたせいか掠めるように逸れていく。続けて発砲するが横に逸れるか手前で落ちてやはり当たらない。

 

 雪風にとって、このような偶然の連続(・・・・・)は今に始まったことではない。

 横須賀で生まれた第二世代の艦娘として生まれた当時、新鋭の陽炎型駆逐艦として中核を担うことが期待されていた国防海軍の黎明期、配属された二水戦旗艦神通の下で過酷とも言える訓練に明け暮れていた。

 

 その時期から雪風は驚異的な幸運を訓練で発揮していたのだ。砲撃訓練では風向きが偶然(・・)都合良く変わったため他の陽炎型と比べても命中率が高く、航行訓練でも波の動きに偶然(・・)上手く乗れたから成績は良かった。

 

 そんな奇跡的な出来事を何度も起こした雪風は何時からか幸運艦と呼ばれるようになった。多少錬度が低くても補って余りある強運は羨望の的になり、同時に不満を抱えるようになった。

 

 自分は幸運だから雪風なんじゃない、陽炎型駆逐艦の八番艦だ。そう言い聞かせようとしたが、起こる偶然は前世を彷彿とさせる物ばかりで、更に不満を大きくさせた。

 

 そんな状況にあった自分が腐りながら訓練していた時、神通から叱責された。

 

 ──貴女が強運持ちなのかは関係ありません。前世の貴女は数多くの海戦に参加して終戦を迎えた一番の武勲艦です! なら、貴女には自分以外の誰かに伝えることがある筈。それは貴女だけが持つ役目です!

 

 そう言った神通の言葉は雪風の腐心を打ち消すものだった。

 そして雪風は目的を見出だした。これから会わなければいけない艦娘達がいる。彼女達に会って、二度目の艦歴を与えられた艦娘としてやり直したい。

 

 結果としてその願いは半分叶い、半分は出来なかった。

 前世で共に行動した艦娘達と再会して和解は出来た。だが前世でも会ったことがない第一世代の大部分と、自分と同じ一部の第二世代の艦娘達は守れなかった。

 

 それで絶望した時期があった。結局前世を再現したじゃないか、なにも変わらないじゃないかと。

 

 そんな自分を姉妹達は励ましてくれた。

 

 長女の陽炎は前世から背負わせてきた事を謝り、泣きながら抱き締めた。

 次女の不知火は雪風を置いて沈まないと誓った。

 黒潮も、親潮もそれに倣った。

 自分が所属していた第十六駆逐隊や第十七駆逐隊は、死神と呼ばれた史実に関係なく頼ってくれ、と言った。谷風が申し訳なさそうに頭を下げた時は慌てた記憶もある。

 

 雪風はもう迷わなかった。未だ顕現していない艦娘はいる。彼女達を、他の皆も自分より先に沈ませない。その想いを胸に今まで闘い続けてきた。だから、叢雲は絶対に沈ませない!

 

 背後の敵旗艦は依然として砲撃を繰り返していたが、それとは別の砲撃音が左前方から、直後に砲弾が着弾したのか弾かれた音を聴いた。

 

 

「雪風さん、叢雲さんは!?」

 

 左前方にいたのは神通だった。周りには同じ第十六駆逐隊の初風と一水戦を援護していた時津風、天津風。第十七駆逐隊と第十八駆逐隊がいる。

 

 

「叢雲ちゃんは敵艦の砲撃を受けました! その直後に近接されて、拘束された状態で魚雷を放って、それで……!」

 

「分かりました。雪風さんは初風さんと一緒に叢雲さんの救助を。あとは私と攻撃を仕掛けます!」

 

「がってん! 谷風さんに任せな!」

 

「十八駆、了解です! 砲雷撃戦、用意!」

 

 二個駆逐隊に第十六駆逐隊の二人を加えて10人の駆逐艦娘が、旗艦の神通を先頭に単縦陣で突撃していく。そこから抜け出すように一人の駆逐艦娘が近寄ってきた。

 

 

「初風ちゃん」

 

 艦娘は第十六駆逐隊の一人、駆逐艦初風だ。激戦を幾つも潜り抜けてきたのだろう、頬を煤で汚し服は一部焼け落ちている。

 

 

「ぼんやりしないで、行きましょ。まずは、ドロップして直ぐに飛び出していった馬鹿な駆逐艦を救助するわよ」

 

「はい!」

 

 

 

          ◇◇◇

 

「十七駆、十八駆は左右に展開!時津風、天津風は私に続いてください。行きましょう!」

 

「 「 「了解!」 」 」

 

 神通の号令が発せられると駆逐艦達は力強く応答し、二つの駆逐隊が分散し始めた。

 

 

「霰と霞は酸素魚雷を先に撃って! あたしと不知火は先行するわ!」

 

 第十八駆逐隊嚮導艦陽炎が指示を飛ばし、彼女ともう一人の陽炎型駆逐艦が散開する。

 直後に後方から二人の朝潮型駆逐艦が酸素魚雷を発射した。それぞれ左手に装備した四連装を一基ずつ、計八射線が敵旗艦を絡めとるように海面下を突き進む。

 

 同様の動きは第十七駆逐隊にもあった。左右に展開する駆逐隊が包囲して、雷撃と近接砲撃の飽和攻撃を仕掛ける。

 

 二方向から挟み込むように放たれた雷撃は数瞬の後、巨大な水柱を巻き上げた。

 だがその直後、水飛沫の壁を突き破るように敵旗艦が飛び出してきた。

 

 

「不知火!」

 

「承知」

 

 雷撃は不発に終わった。恐らく敵旗艦は信管が接触する直前に跳躍し、二方向から向かってきた魚雷同士を接触させて誘爆させたのだ。

 

 陽炎はそこまで瞬時に把握すると、妹であり無二の相棒の不知火を伴い弾かれるように動いた。

 

 敵旗艦が跳躍した先には二水戦を統率する旗艦神通と、十六駆の二人がいる。何とか阻止しようと鋭角に舵を切り、後を追った。

 

 

「十六駆、散開!」

 

 迫る敵旗艦を見据えた神通が号令した。それを聞いた瞬間に時津風、天津風は左右に別れる。

 

 すぐ目の前を敵旗艦が着水した。巻き上がる水飛沫のカーテン越しに本体が神通を睨み、艤装が主砲を指向する。

 その時点で神通は動いていた。死角を探すような小細工はしない、真正面から突っ込んでいく。

 

 それを見た敵旗艦も避けるでもなく、応じるように艤装の腕を振り上げる。

 相手は明らかに自分より格下の軽巡洋艦。装甲は駆逐艦と大差ない艦種ではこの一撃を耐えられないだろう。距離の関係もあるが、艤装に殴打させるだけで充分だ。

 

 そう考えていた敵旗艦の思考を他所に、軽巡洋艦神通は思い切り海面を踏みしめ飛び上がった。

 着地点は艤装の胴体。横から飛び越えたことで本体は狼狽していた。

 

 

「ナニヲォ──!?」

 

「撃ちます」

 

 短く呟いてから右腕を前に出し、足元の艤装に向けると主砲を照準して発砲。完全にゼロ距離の砲撃を受けて艤装が揺らぎ、振り落とそうと腕を回そうとしたときには再び跳躍していた。

 空中で宙返りしながら四連装魚雷発射管を発射。空中を重力に引かれながら落下する九三式酸素魚雷は艤装に命中。次いで発生した爆風を背に受け、それに押されるように敵旗艦から離れていった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

『ここ、は……?』

 

 呟いて聞こえた僕の声はエコーがかかっていた。周囲を見渡す。黒で塗りつぶしたような一面の闇、下降する逆さになった自分の視界。沸き上がる気泡を見て何処なのか理解した。

 

 

『結局、沈んだのか……』

 

 情けない。あの時、猫吊るしの提案で文字通り二心同体、駆逐艦叢雲として第2の人生を送ると決めていたのに。比叡を始め、叢雲に縁の深い艦娘達とショートランドで出会い、逃げたくないからって飛び出し、何度も必死の戦闘を経て会敵した戦艦棲姫相手に出来たのは捨て身の雷撃のみ。

 決死の覚悟でやった甲斐は果たしてあったか、今となってはそれも分からない。

 

 

『諦めるのか』

 

『? ……誰?』

 

 突然聞こえた声に慌てて周囲を見渡した。しかし、視界に入るのは先程と変わらない風景のみだった。

 

 

『私が誰かなど大した問題ではない。それより質問に答えろ』

 

『諦められるわけ、ないじゃないか……!』

 

 僕と叢雲は何故だか、こうして二人で一人の艦娘として生を受けた。

 僕はまだ生きていたい生の願望の為、叢雲は艦娘として二度と後悔しないために。その筈がこんなあっさりした最期なんて、あまりにも空しすぎるだろう。

 

 

『まだ生きたいのか』

 

 謎の声の主は続けて質問してきた。

 

 

『生きたいよ……っ。このままじゃ未練しか残らない。それに……』

 

『なんだ』

 

『白雪と初雪に、約束したんだ。カレー食べるために生きて帰るって』

 

『…………』

 

 理由を告げると沈黙が帰ってきた。

 

 

『え、っと。どうし『フ、ハハハハハ!』……!?』

 

 黙りこんだのが気になって訊こうとしたらいきなり笑い出した。え、本当にどうしたの?

 

 

『なんでいきなり笑うんだよ』

 

『ハハッ。いや悪い。思いがけない答えが返ってくるものでな、可笑しくなって我慢できなかったのだ』

 

『からかってる?』

 

『否。寧ろ嫌いではないから可笑しくなったのさ。これが若さか、なかなか良いものだな!』

 

 謎の声は愉快げに話した。なんか古風な話し方だけど、一体何がしたいんだ?

 

 

『戯れもここまでにしようか。本題に入る前に一つ、君も叢雲もまだ沈んでいないから安心しろ』

 

『えっ?』

 

 沈んでいない? でもここは僕が前世で死んでから目覚めた場所と同じだし、沈んだのでなければなんだって言うんだ。

 

 

『そもそもここは特定の人物の意識を、別の場所と繋げるための回廊なのだよ』

 

『回廊? それじゃ、やっぱり死後の世界じゃ』

 

 そこまで言いかけてから気になることを思い出した。

 

 あの時猫吊るしは何と言っていた? 確か、あの時。

 

 

 ──安心してくれ。ここは死後の世界とは違う、ある場所へと繋がる通り道みたいなものだ。

 

 記憶が間違いでなければそう言っていた。ということは。

 

 

『僕は意識を別の場所に向かって降りているのか?』

 

『ほう? よく解ったな。君の言う通り、ある場所に向かっている。ほら、ちょうど下に見えてきた』

 

 言われるままに逆さになった視界で視線を動かした。

 

 僕が向けた視線にあったのは、海底に横たわる船の残骸だった。

 船体は攻撃で誘爆したのか、中央から破断していた。前部は同じ理由で脱落したのか、主砲を置いていた場所に穴が出来ていた。そのすぐ後ろも基部だけで、痕跡を残して装備は残っていない。

 更に後ろは艦橋だったらしい上部構造物が見える。叢雲みたいな天蓋付きではなく密閉型のようだ。両舷に取り付けられたウイングがひしゃげている。

 

 少し離れた所では船体後部が海底に突き刺さっていた。何か搭載していたのか、格納庫と余裕のある広さの後部甲板がある。上部構造物の直後には前部と同様、主砲が収まっていたらしい穴があった。

 

 まさか。

 

 

『これって、戦後のフリゲート艦と同じレイアウトじゃないか!』

 

 前世の僕は艦これを通して駆逐艦叢雲に興味が湧き、太平洋戦争は勿論、初代の東雲型に至るまで調べた。その過程で知ることとなったのが3代目に当たるみねぐも型護衛艦だった。

 

 艦歴を調べていくうちに解ったのは、護衛艦むらくもが設計上の重大な課題を抱え、試験的に新型の速射砲を含む兵装を試験運用したこと。そして、第3代護衛艦隊旗艦に選ばれていることだった。

 

 眼下にある残骸のレイアウトは護衛艦むらくもと一致していた。なら、あれは。

 

 

『君も薄々気付いただろう。あれは、護衛艦むらくもの成れの果て。私がかつて海原を往き、最期を遂げた残骸だよ』

 

『……じゃあ、やっぱり君は』

 

『叢一、君は何を望む?

 

水上艦を沈める魚雷か?

 

駆逐艦叢雲の最期を繰り返さぬよう、敵機を撃墜する機銃や対空電探か?

 

敵潜水艦を発見して掃討する爆雷か?

 

どれを求める? その力を使って、何を為すつもりだ』

 

『僕は』

 

 謎の声の主──むらくもの言葉を頭の中で反芻させて、考える。

 

 駆逐艦としてなら、強力な魚雷は欲して止まないだろう。かつての叢雲の二の舞にならないよう、対空兵装の充実も重要だ。駆逐艦の主要任務である露払いをするなら、対潜兵装だろう。

 

 でも、僕が求めるのはそうじゃない気がした。

 

 

『僕が欲しいのは、護るための力』

 

 先程にむらくもが並べた言葉の中から選ぶのは、僕には難しい。

 

 何故なら、それらは駆逐艦に必要な要素だったから。どれも数に優れた駆逐艦だからこそ活きる兵装で、現代の護衛艦はそれを兼ね備えているはずだから。

 

 

『自分の身だけじゃない、仲間を護れる力が欲しい。それが僕の望むものだと思う』

 

『理不尽な現実が待ち受けてるかもしれんぞ? どうしても避けられない運命もあるかもしれない』

 

『そんなの認めない』

 

『何故?』

 

『僕も叢雲も、そう決めたから』

 

 駆逐艦叢雲の最期は、数多くの犠牲と無念を伴ったと思う。だから、そう決意した。今度こそ護るために。

 

 

『フッ、合格だ。その答えが聞けただけで充分だろう。さあ、受け取れ』

 

 むらくもがそう言った頃には、残骸が目の前だった。右手を下に向け、甲板に触れる。

 直後、叢雲の時と同様に船体が光に包まれた。

 船体だけじゃない。離れた海底の何ヵ所かに光が灯った。

 

 

『私はかつて舞鶴で生まれ、幾度も試験運用に使用されて護衛艦隊旗艦に選ばれた。平和主義国家となった日本を護るために生まれたはずだった』

 

 船体や周囲の残骸から溢れた光は奔流となり、僕の体に流れ込んでくる。同時に、むらくもの記憶が流れ込んできた。

 

 DD-118 みねぐも型護衛艦三番艦むらくも

 

 1968年 10月19日に起工、1969年 11月15日に進水。1970年 8月21日に就役後、第1護衛隊群第22護衛隊に編入。呉に配備された。

 

 1985年 3月27日に第3代護衛艦隊旗艦となり横須賀を定係地にして転籍、旗艦として指揮管制能力を拡張する改装が施された。

 

 

『私は護れなかった。今から26年前、人類に牙を剥いたヤツらと戦うため、米軍との共同作戦でこの南方の海に来た。それが私にとって最初の防衛出動で、最後となる初陣だった』

 

 次に流れ込んできたのはむらくもとは異なる、多分だけどこの世界に関わる歴史だった。

 

 1983年にオーストラリア国籍のタンカー一隻が謎の攻撃を受けて撃沈。

 原因を突き止めるべく、オーストラリア政府は海軍に調査を命じて実施するが、同任務行動中の艦艇までが消息を絶った。

 数年後の1987年、アメリカのハワイ州を国籍不明の航空機が爆撃。

 出動した米海軍が迎撃して犠牲を出しながら撃退。母艦と思われる存在を確認し、討伐部隊が編成されて出撃したが全滅。

 その後対象は移動し、南太平洋に向かったことが偵察で判明。更に調査した結果、ハワイを襲撃した母艦と思われる存在と、正体不明の大規模な勢力が確認された。

 最新鋭の装備を以てしても予想外の損害が出たことで米軍は警戒し、太平洋諸国に協力を要請。日本を含む多国籍軍を結成して南太平洋に集結、敵勢力と会戦した。

 結果、敵勢力に損害を与えられず多国籍軍は半壊。残存艦艇は撤退を開始した。

 

 これがこの世界の歴史なのか。前世では、二次界隈で多種多様な世界観の作品が存在した。なかには米国が衰退した設定の作品もあったくらいだ。

 

 光の奔流がもたらす情報はそれに留まらなかった。スライドショーのように映像が流れ始める。

 

 南太平洋ソロモン諸島近海上空を乱舞して、墜落していくジェット艦載機。生き残った機体を追い回す小型で黒い異形の飛行体。

 艦首を真上に向けて沈没していくミサイル駆逐艦。その周辺で漂う溺者を捕食する怪物。

 無線に悲鳴を伝えて機銃で散っていくパイロット達。海に投げ出され、不気味さを感じさせる怪物に捕食されまいと、恐怖と本能に突き動かされて必死に泳ごうとする艦艇の乗員達。

 

 僕の記憶の通りなら、あれはイ級だ。ゲームで見た物と多分同じ姿、ならここで日米連合部隊は。

 

 僕の思考を他所に違う映像が流れてくる。海上に見覚えのある個体が航行していた。

 

 

『戦艦棲姫!』

 

 見間違える筈がない。さっきまで交戦していた筈の深海棲艦が映像に映っていた。つまり、この時期から姫級が存在したことになる。

 

 映像のなかの戦艦棲姫が腕を降り下ろし、背後の艤装が砲声を轟かせる。

 砲撃を受けた艦艇は懸命に回避運動するが、一発の至近弾が艦左舷中央付近に着水。発生した衝撃波が船体を叩き、竜骨(キール)が悲鳴のような軋みを鳴らした。直後、艦内で爆発を起こして船体は分断し始める。一方で前部主砲が旋回して戦艦棲姫を指向、最後の抵抗とばかりに発砲した。

 発射された砲弾は吸い込まれるように直撃。被弾した戦艦棲姫は目立った損傷こそ無かったが、恨みを込めた視線で睨んでいた。

 

 最後の砲撃をした艦艇には艦首に艦名が記されていた。

 『DD-118 むらくも』

 この場所に誘った彼女と同じ名前。つまり、本当にここで戦っていたのだ。恐らく護衛艦隊旗艦として、他の護衛艦を率いて多国籍軍に参加していた。

 

 映像のなかの彼女は力尽きたように、浸水による負荷で船体を半ばからへし折られ海中に没していった。

 

 

『今のが私の記憶するすべてだ。ここから先を知りたいのなら、今日の戦いを生き延びるしかないだろう』

 

『まだ、僕も叢雲も沈んでないんだよね?』

 

『そうだ』

 

『戦いは終わっていない?』

 

『ああ。当海域に友軍の増援も近付いているが、現場の敵は君を救助する駆逐艦達に攻撃するだろう』

 

『戻らなくちゃ』

 

 雪風は顕現して間もない叢雲を気遣って同行してくれた。これ以上彼女に守られるだけでは終われない。

 

 

『私はフネだった時代、ヤツらに通用しなかった。だから、頼んだぞ』

 

『それなんだけど、さ。僕からもお願いして良いかな?』

 

『なんだ』

 

『僕は駆逐艦叢雲についてある程度解っているつもりだけど、護衛艦むらくもについては殆ど何も知らない。だから、最初は君に体を預けたいんだ』

 

 これは僕なりに考えてみたことだ。この海は駆逐艦叢雲にとっても、護衛艦むらくもにとっても因縁深い場所だ。本来は平凡な高校生が全部担うより、リベンジを果たす意味でも彼女に任せてみたかった。

 

 

『……良いのか?』

 

『勿論、君が拒むなら強要しないよ。僕が引き受ける。でも、この海に因縁があるのは叢雲だけじゃなく、むらくもだって同じだよ。だから、最初は君に預けたいと思う』

 

『……解った。君がそう望むなら、私としても拒む理由はない。彼女、叢雲の台詞を真似するわけではないが、言わせて貰おう。ありがとう。私に機会を与えてくれて。そう願ってくれた君の為にも、生きて帰らせると確約しよう。今日から頼むぞ、相棒』

 

 やがて光の奔流は海底より遥か上に向かって上昇し始めた。体もそれに運ばれるように浮き始める。

 

 急速に上昇してどれ程経っただろう、海上に立っていた。意識は体の制御から離れているのを確認した。

 

 

「また会えたな、あの時の深海棲艦! 沈められた姉達、僚艦の仇は取らせて貰うぞ」

 

 そう告げられた深海棲艦、戦艦棲姫は信じられないような表情を浮かべていた。

 

 

「みねぐも型護衛艦三番艦、DD-118 むらくも。交戦規定に従い交戦する! 往くぞ」

 

 専守防衛を掲げる戦後の自衛艦の生まれ変わった姿、自衛艦娘が声高く宣言した。




唐突な自衛艦娘登場。ここから彼女はどう戦っていくのか。

それはそうと雪風については、あれは史実をあれこれ調べて考えた結果こうなりました。

幸運艦なんて呼ばれていても結局、一番不幸なのは雪風だったと思います。自分が行く先々で多くの艦を看取るなんて、普通だったら気が気でないでしょう。
それでも彼女が前向きに戦ってこれたのは姉妹や二水戦旗艦の神通が居たから、今度こそ護ると思えばこそ。

次回も雪風の視点を含む描写になると思います。今回みたいにごちゃごちゃ視点が変わることはないかと。多分。

艦娘運用母艦なるものを出したいけどどうしよう?

  • 艦娘用カタパルト装備で二段式甲板の空母型
  • 強襲揚陸艦ベース
  • 内火艇と同じ発艦方法でいい
  • 考えるな、感じろ

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