死んで叢雲になったわ。なに、不満なの?   作:東部雲

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前回の投稿から物凄く遅れてしまった(;゜0゜)
本当にすみません。マスク着用で通勤に勤務なんて本当に辛くて、モチベより体力の問題でなかなか筆は進まず。それでも書けるときには書いていくようにはしてきたので、大遅刻ですが更新します。


~前回までのあらすじ~

特務運用群での見学は随伴のミサイル巡洋艦『こんごう』のCICで近隣の大国から進出してきた潜水艦、それに伴う安全確保の為にこんごうまでで中止となり、むらくもはショートランド泊地へと帰投した。
その沖合いでは薩摩や十傑を中心に恒例行事が行われ、更にその裏では初霜ら魏弩羅のメンバーが上陸した敵の特殊部隊と交戦して殲滅していた。



第12話 計画始動と奇跡の駆逐艦

 国防海軍統合司令部直属の薩摩、横須賀第1の大和と矢矧と菊月と夕立、横須賀第3鎮守府の金剛、佐世保第1鎮守府の綾波を南方まで運んだ特務運用群司令、蕪木から招待を受けた私が特務運用群での見学を終えて泊地に戻り、日没まで間もなくの頃。

 

 

「……これを本気でやるつもりなんですか?」

 

 緊張した表情で桃色髪の女性──国内でも貴重な工作艦の艦娘、明石が問う。

 

 

「勿論、そのつもりだ」

 

 取り敢えずの原案だが、私が必要としてるものを纏めたものだ。第三世代艦娘は私が最初であるためその改装はやったことないだろうから、実際に何処まで実現できるかは分からないがな。

 

 

「改装は上層部の許可が下りないと、それには橿原提督とも話さなきゃだめです」

 

「それは分かっているさ。ただ最初に、明石の意見を聞いてみたくてな。どうだ、これに関わってみる気はないか?」

 

「大変興味があります」

 

 ふ、やはりな。思った通り食いついてきた、それも私の問いかけに即答するほどにな。

 

 明石は現在の日本国防海軍の艦娘のなかでも唯一と言って良いほどに貴重な艦種、工作艦だ。

 史実で兵器開発に携わった事実こそないが、艦内にある艦艇の部品を製造、または修理可能な工場設備が泊地に停泊する連合艦隊を長期に渡って支えていた。

 当然だが、戦時中に新造艦等も連合艦隊や泊地に配備されるためその対応もしていたはずだ。だから新兵器を扱うことに抵抗感どころか期待と好奇心が先行する、それが工作艦明石という艦娘なのは短期間ながらこれまでショートランドの一員として過ごしてみて分かった。

 

 

「……確かにやってみたいですけど、改装するには場所も重要です。むらくもさん、貴女が進水したのは」

 

「舞鶴重工だ」

 

 戦前から造船業を営んできた企業だったはずだが、調べた限りでは造船部門は切り離して独立しているようだ。

 

 

「もし改装するなら、生まれ故郷とも言える舞鶴で行う方が良いです。事情は機密事項で話す段階にないから教えられませんが、とにかくそういうものと思ってください。先方の企業にも連絡を入れないと行けませんけど、やはり上に報告を上げてからになります」

 

「そうか、なら仕方ないな」

 

 やはり、艦娘以前に艦艇だったのだから何かしらの因果関係のようなものがあるのだろう。

 

 

「取り敢えず橿原提督にこの話を持っていきましょう。私もご一緒しますので」

 

「分かった」

 

 

 

「──と言うわけで、許可を貰いたいのだが」

 

「もう日が暮れるってタイミングで、面倒な案件寄越さないでほしいんだけど。気持ちは分かるけどさぁ」

 

 橿原司令官が溜め息をつきながら言う。本土からの攻略艦隊も滞在してるわけだ、やはりこれを相談するのは迷惑だったかな。何時ものように傍で控える飛鷹も、表情に疲労の色が読み取れる。

 

 

「提督、やっぱりダメですか」

 

「ダメ、と言うより……ちょうど良いタイミングでもあったと言うかなぁ」

 

「? どういうことだ」

 

 橿原司令官は「まぁ待ちなよ」と言って執務机のノートパソコンを操作し、画面をこちらに向けてくる。

 

 

「……何ですかこれ」

 

「見ての通りだよ。むらくもがひゅうがの見学に向かった直後、統合司令部から下りた指令さ」

 

「最初見たとき、私達も不思議に思ったわ。いくらなんでも早すぎるって」

 

「……むらくもさんはどう思います?」

 

「自分のことだと言うのに申し訳ないが、なんとも言えないな」

 

 現在の日本国防海軍については、知っていることの方が少ない。だから以下の内容のような電文を見た私自身、困惑しているところだった。

 

 《自衛艦整備計画

 

 大型艦兵装を削減、戦後生まれの小艦艇「護衛艦」を整備する。大型砲×6、中型砲×4を破棄、弾薬750を準備せよ!》

 

 《特別任務! 護衛艦むらくもを担当艦にして、装備開発を10回実施せよ!》

 

 以上の文章がパソコンの画面に映し出された任務欄の一番上とその下、二つのタイトルが表示されていた。

 

 

「橿原司令官、一つ聞いても宜しいか」

 

「なんだ」

 

「任務欄に表示される一番上の任務が私を対象としたもののようだが、優先度の基準はどうなっているんだ?」

 

 表示される任務欄は画面左側にあるカテゴリーのうち下から2番目を選択して、《単 Ones》に限定したものだ。その一番上にあったのがこのタイトルだったわけだが、海上自衛隊時代ではとても考えられないような文面だ。艦娘と妖精を擁する国防海軍になってから、こう言った少し緩いところもあるらしい。

 

 

「上にあるほど優先度は高いぞ。現状では、むらくもの任務の遂行が最優先みたいだな」

 

「……タイミングが良すぎるな。そう言えば防衛艦隊司令部から私が特務運用群を見学する許可が出ているはずだが、あの後統合司令部にも連絡が行っていたはずだな。私の考えることを予測していたか?」

 

 だとすれば私にとっては都合が良いと言えるが、実に奇妙な話だ。

 統合司令部、または国防海軍が海上自衛隊時代から役職に大した変化がないはずだからトップは幕僚長のはずだ。これは階級を指しているわけではないため、就くのは元帥らしい。これは自衛隊時代にはなかった。

 この重要な案件を最終決定するのは勿論、元帥だろう。そこまで案件を挙げた部署の人間については、海上自衛隊時代の私を知っているのか?

 

 

「何にしても良かったじゃないですか、これでむらくもさんは改装に向けて前進できますよ」

 

「……確かに、そうだな」

 

 腑に落ちない点はあるが、明石の言う通りだ。ここはチャンスだと思ってやれることをやるしかないか。

 

 

「それなら、明日の午前中にも始めるからな。廃棄分の装備品は比叡が開発してくれてるから、結果を楽しみにしてくれ。むらくもは開発を頼んだ」

 

「了解した」

 

 橿原司令官と敬礼を交わし、明石と揃って指令棟執務室を後にした。

 

 その後は明石と戦後に就役した艦船について話した。

 

 私のような対潜護衛艦。その対照として、ハイローミックス構想で就役した対空護衛艦。以降の護衛艦隊編制を左右する切っ掛けとなったミサイル護衛艦の登場と、進むヘリ搭載護衛艦の配備。一方で日本独自に開発、洗練された国産潜水艦。輸入され配備される哨戒機、またはヘリコプターまで話した。

 

 私にとっては思い出話のようなものだったが、明石は終始興奮気味でそれを聴いて、気になるところがあればその都度聞いてくるなど積極的だった。これは流石工作艦と言うべきか。

 

 そうして話しているうち、気が付けば夕食の時間を過ぎていて、遅いので様子を見に来た白雪から説教されたのだった。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 時間を少し遡り、むらくもが橿原のもとを訪ねている頃、艦娘用宿舎の廊下。

 

 

「うぅ、今日の演習は一段と厳しかったです……」

 

 痛みを堪えるような声で呟くのは舞鶴第1鎮守府の駆逐艦娘──雪風だ。

 

 雪風は今日、直属の二水戦旗艦神通相手に第十六駆逐隊での対抗演習を行っていた。直前に薩摩主導の恒例行事があったが、それが終わってすぐに艤装を装着して始めたのだった。

 

 結果を言えば、第十六駆逐隊の敗北だった。

 あちらは一隻、こちらは四隻の数的有利だったにも関わらず、文字通り蹂躙されていた。

 二水戦でも特に秀逸な駆逐艦娘である姉の七番艦──初風も擁する陣容だったが、技量の差は絶望的なまでに開いており、一対四でも彼我の戦力差を見せ付けられた。

 

 怪我もあったので入渠は先に済ませたのだが、痛覚まではすぐに消えなかった。必死に神通の動きについていこうとしたため、疲労が抜けきっていないのだ。

 

 

「それでも、神通さんとの訓練は絶対っ、無駄になりません!」

 

 雪風は一度、表情を引き締めてから言った。

 

 艦娘として顕現してからは18年、今までこうして努力を続けてきたのだ。

 神通のような十傑、薩摩のような統合司令部所属で海上幕僚長直属の特務艦隊にはまだまだ追い付けず背中を追いかけるしか出来てないが、それでもこれまでの年月は雪風を経験相応のベテラン艦娘にしていた。それだけはハッキリしている。

 

 

「取り敢えず今は休息です。食堂で初風ちゃん達の為に場所取りしておかないと」

 

 雪風は比較的対抗演習で受けた損傷は軽微で、入渠は他の姉妹より早く済んだ。そのまま待っているのも暇であるため、初風から食堂の場所取りを頼まれたのだった。

 

 気持ちを切り替えて、食堂前まで辿り着いた雪風がドアの取っ手に手をかけようとした次の瞬間。

 

 

「いい加減にしてください!」

 

「そう遠慮するな」

 

 ドアの向こうから唐突に叫び声が聞こえ、雪風はビクッと動きを止めた。

 

(な、何でしょう。誰かの叫びが聞こえたような……?)

 

 気になって廊下の食堂とを隔てるガラス窓から覗き込んだ。

 

 

「寸胴鍋に何を入れるつもりですか!?」

 

 食堂の奥にある厨房の一角で叫ぶのはショートランド泊地所属の高速戦艦の艦娘──比叡だ。調理中だったのか割烹着を着ており、背後にある寸胴鍋を庇うように身構えている。何か臭うのか、袖で鼻と口元を覆っていた。

 

 

「何って、追加の具材だが?」

 

 比叡の問い掛けに答えたのはセーラー服を着た陽炎型駆逐艦の艦娘──磯風だ。真面目な表情で堂々と返してはいるが、右手に持った食器の上にある食材はどう見ても──。

 

(な、何ですかあれ!? どう見ても劇物じゃないですか!?)

 

 同じ陽炎型の中でも比較的幼い容貌とは言え、雪風の目にもそれが食材とは言えない代物であることはハッキリ解った。

 

 磯風が食材と称したソレは、見るからに毒々しい色合いをしたナニカだった。

 全体的に紫色の色合いと、材料を複数使ったつもりだったのかドロリと溶けた生チョコレートのような物体に、何故か鶏肉が半ばで埋め込まれている。しかも、生チョコレートらしき物体の表面はどういうわけか沸騰するように泡が弾けたりしていた。見ただけで口にするのを遠慮したい気分にさせられるようだ。

 

 

「そんなものは食材とは言いません! 料理に対する冒涜です!」

 

「随分な言い草だな、御召艦ともなれば料理に口うるさいのか? そう言う比叡こそ、毎日のようにカレーばかり食わせても飽きが来るだろう。なら一度くらい、同じカレーでも違う何かを加えてみてもいいだろう? ……どうしても嫌か?」

 

「うっ、……駄目ですから! そんな上目遣いしたって許しませんからね!」

 

 これが磯風の厄介な部分だった。

 別に悪気があるわけではない。本人は至って真面目に、嫌がらせする意図もなく純粋にカレーを特徴あるものにしたいだけなのだ。

 

 更に上目遣いである。

 邪気の感じられない瞳で、しかも明らかに断られないか不安と言わんばかりの顔でそんなことをされれば、厨房を借りている立場上責任がある比叡であっても、流石に御召艦としての記憶からくる矜持が揺らぎそうになる。流石に譲れないが。

 

(……助けないと)

 

 ガラス越しに覗くのをやめて、入り口のドアに足を向けて数歩歩き、そして躊躇うように止まった。

 

 ここに来て雪風は迷った。自分にそんな資格はあるのかと。艦だった頃、彼女を見捨ててそこから逃げ出した自分に。

 その迷いは、南方での大規模作戦でショートランドに滞在してから比叡を避けるように過ごしすてきたことにも表れていた。艦娘として顕現して随分になるはずなのに、雪風はそれを引きずり続けていた。

 

 

「何してるのさ」

 

「っ!? ……時雨ちゃん」

 

 声を掛けられ、振り向くとそこにいたのは佐世保第1鎮守府所属で十傑第10位の立場にある駆逐艦娘──時雨が立っていた。

 

 

「あ、あの。雪風は……」

 

「比叡を助けるよ」

 

 雪風の手を掴み、食堂の入り口に引っ張っていく。

 

 

「え、ちょっ、時雨ちゃ」

 

 その行動に雪風が思わず顔を赤らめるが、時雨はそのままドアに手をかけ、開け放った。

 

 次の瞬間、形容しがたい強烈な悪臭が鼻に入った。即座に鼻と口元を覆うがこれはキツい。時雨も顔をしかめる。

 

 

「──む? 時雨、それに雪風か」

 

「時雨ちゃん、雪風ちゃんも! 少し待っててください、今取り込んでて……」

 

「磯風? 比叡が困ってるよ、そのくらいで止めておきなよ」

 

 流石に時雨は繋いだ雪風の手のひらを握る力をそっ、と強くした。

 

 時雨と対面した時点で、雪風は手先を震わせていた。理由は時雨にも解っている。軍艦だった頃の比叡の最期に、雪風を指揮下に置いた司令駆逐艦として時雨もそこに居たのだ。

 当時の高官同士が意見を対立させ、その間に時雨を旗艦とする駆逐隊は、戦況の変化によってその海域からの退避を余儀無くされた。その後、戻ってきた頃には比叡は海に没していた。

 比叡を置き去りに見捨てた事が雪風にとって負い目なら、その責任の一端は自分にもある。それが時雨の考えだった。

 

 わざわざ手を握ってまでここまで引っ張ってきたのは、感情の上書きによる心理的効果を狙ったからでもある。その甲斐はあったようで、雪風は表情を強張らせながらも確かな声音で言った。

 

 

「磯風ちゃん、大人しく席で座りましょう。比叡さんの邪魔になります」

 

「ゆ、雪風姉さんまで。私はただ、変わり映えのないカレーを特徴的なものにしようとだな」

 

「その必要はありません!」

 

 今度は力強く叫んだ。時雨は雪風が気付かない間に繋いでいた手を離している。迷いの感情より比叡を助けたい感情が上回った。この場で時雨が支える心配はないだろう。

 

 それに、磯風を止めるのは自分達だけではない。

 

 

「良く言ったわ。後は任せなさい」

 

「! 霞ちゃん。霰ちゃんまで」

 

「ん。霰達も、手伝う……」

 

 現れたのは雪風と同じ舞鶴第1鎮守府所属の朝潮型駆逐艦で第十八駆逐隊の霞、霰だった。

 

 

「うちらもおるよ。……こりゃぁ、磯風ぇ! なにやっとるんじゃ!」

 

「谷風さんも居るよ? ちょっと止めるのを手伝うかねぇ」

 

「浜風も……」

 

 続いて現れたのは同鎮守府の陽炎型駆逐艦、浦風達第十七駆逐隊だった。磯風を見ないので、念のため食堂まで様子を見に来たのだろう。

 

 

「ワタシもいマース!」

 

「お待たせっぽい!」

 

「私もいますよ~」

 

 更に金剛、夕立と綾波が駆け付けた。この分だと、騒ぎを聞き付けて食堂に来る人間や艦娘が増えるかもしれない。そろそろ決着をつける必要がある。

 

 

「騒がしいと思ったら、こんなことになってたのね」

 

「! 初風ちゃん!」

 

 雪風と同じ第十六駆逐隊の初風までやって来た。元は雪風に席取りを頼んでいたので、入渠が終わって食堂に来たら現場に遭遇したのだろう。食堂の状況を見て呆れた表情だった。

 

 

「埃が立つといけないし、手短に終わらせるわ。……誰か、磯風から産業廃棄物を取り上げなさい! あとは私が取り押さえるわ」

 

「合点、谷風さんに任せな! 浦風、浜風も手伝ってくれ」

 

 初風に応えた谷風達が動き出す。

 

 

「さ、早いとこ磯風を取り押さえましょ。手伝って、ユキ」

 

「僕も手伝うよ。行こう、雪風」

 

 初風と時雨はそう言って、雪風の背中を押した。その背に緊張による震えはなかった。

 

 もう、比叡に対する後ろめたい感情は雪風にはなかった。それより今は、今度こそ比叡を助ける為に一歩を踏み出した。

 

 

「はい! 比叡さんをお助けします!」

 

 雪風は力強く応え、初風と時雨の後に続いた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 その後、磯風は初風の手によって鎮圧された。

 

 姉の一人である不知火から護身用に格闘技を習っていたらしく、初風曰くこれで雪風を守ってほしいと頼まれていたからとのこと。それでも磯風が反応するより早く下顎を殴って気絶させたので、周りの艦娘達から感心の声が上がっていた。

 

 磯風は鎮圧後、浦風達第十七駆逐隊に連行されていったため食堂にはいない。

 

 

「いやー、助かりました。流石ですね初風ちゃん! 食堂ってことで配慮して、埃を大して舞わせることなく鎮圧するなんて! 凄いですっ」

 

「大したことはしてないわよ。時雨とユキが磯風を下手に避けさせないように牽制してくれたからね、私もやり易くて助かったわ」

 

 初風は比叡からの称賛に素っ気なく返すが、実際のところ、下手に抵抗できない間に一瞬で気絶させるのは誰にでもできることではないだろう。

 初風の言う通り、時雨と雪風で逃げ道を塞いで牽制はしていた。だがそれ以上に、初風の技術が並外れていたのは確かだった。

 

 

「時雨ちゃん、雪風ちゃんも。お陰で助かりました」

 

「この結果、僕の力なんて些細なものさ。雪風が前に一歩踏み出したから、僕は背中を押しただけだよ」

 

「……雪風は、別にそんな」

 

 時雨はあくまで雪風の頑張りを強調するが、雪風はそれに肯定はせず、俯いた。

 

 食堂に突入する際には時雨が気を紛らせてくれたが、改めて比叡と対面して雪風は、またしても緊張で体を震わせていた。

 

 

「…………まだ、あの頃のことを気にしてるんですね」

 

「──っ」

 

 不意を打つような比叡の言葉で、心臓が一拍強く跳ねる。

 

 

「やっぱり、そうなんですね」

 

「雪風は、私はその」

 

 図星だった。あの時代から半世紀が過ぎた頃に、自分は真霊(・・)の艦娘として建造で顕現した。それからだって15年近く経つのに、雪風は軍艦だった頃の記憶に折り合いを付けられずにいた。

 

 特に比叡に関してはそうだった。当時の上層部で意見が対立して、結果的に見捨てる形になった。その時の記憶は、比叡に対する負い目として雪風を縛り付けている。

 

 

「雪風ちゃん」

 

「……え?」

 

 いつの間にか比叡が目前まで近付き、気付けば雪風は抱き締められていた。

 

 

「雪風ちゃん。私は貴女のことを恨んでなんかいません。だから、雪風ちゃんがそれを負い目に感じる必要なんてないんですよ」

 

「……でも」

 

 比叡はそう言ってくれても、簡単には割り切れない。

 

 今更、どの面下げて比叡の傍に居られると言うのか。比叡の近くで笑っていられる資格などあるのか。そんな自責から今まで彼女を避けるようにしてきたのに、今から過去の出来事を無かったことになど出来ない。そんなことは雪風が他ならない自身に対して許容できないことだった。

 

 そんな葛藤する雪風を見かねて、初風が口を開いた。

 

 

「ユキ。いい加減好きにしてみたら?」

 

「……好きにって」

 

「ちょっとくらい我が儘言っても良いじゃない。私はそれで良いと思うし、そう思うのは私だけじゃないわよ」

 

 初風は周囲を見渡しながら言う。今いる食堂では、雪風を気遣うように多くの視線が向けられていた。

 

 金剛は不敵な笑みを浮かべたままに見ている。何も心配していない、大丈夫だと言わんばかりに。

 夕立、綾波はただじっと見つめている。これからする選択を見届けようとするように。

 霞は呆れたような顔をしながらも、どうするの?と言いたげな目だった。霰は普段通りの無表情だ。だが視線だけは確固たる意思を感じさせた。

 時雨が見ていた。雪風がどうするかを疑っていない、確信した穏やかな表情だった。

 

 

「もう、良いんですよ。あの時代、あの戦争は終わったんです。過去は消えないけど、それに縛られる必要なんてありませんから」

 

「……雪風は」

 

 比叡の言葉で限界を迎えたかのように、目尻から涙を一筋流しながら、感情を堪えるように震えた声で訊いた。

 

 

「雪風は、今まで悔やんできましたっ。比叡さんを置き去りにした事を、艦娘になってからもずっと……っ!」

 

「それを言ったら、当時の司令駆逐艦は僕だよ。責任を問われるべきだとしたら、責められる立場にあるのは僕しかいない」

 

「寧ろ、そうやって避け続けるのは比叡さんに悲しまれるだけよ」

 

「そうですよ。今まで避けられつづけて私、そのたびに傷付いたんですからね」

 

 時雨は責任の所在を明らかにして、初風が雪風の行動による影響について言うと、比叡もそれを肯定しながら本気とは感じさせない口調で言った。

 

 

「ご、ごめんなさ」

 

「ああ、謝らないでください。今は、謝るより吐き出して。もう我慢しないでください」

 

 比叡はより強く雪風を抱き締める。衣服越しに伝わる温もりが一層強まると、我慢など出来そうにはなかった。

 それまで溜め込んでいた分が全て溢れだしたかのように大粒の涙はポロポロと流れ落ち、比叡の胸に顔を埋めてひたすら泣き続けた。

 

 

 

「そろそろ落ち着けましたか?」

 

 雪風が泣き止んだのは数十分経った後だった。流し続ける涙をそれまでの感情と共に受け止め、落ち着けるまであやし続けていた。

 

 

「はい、比叡さん。ご迷惑おかけしました」

 

「迷惑だなんて思っていませんよ。やっと雪風ちゃんが素直になってくれましたから、それで安心したくらいです」

 

 泣き続けた為かまだ少し顔が赤いようだったが、先程までとは雰囲気が異なっていた。憑き物が取れたようなスッキリした表情だと比叡にも感じられ、心底から安堵する。

 

 

「さて、これ以上遅くならないように夕食の支度を済ませないと。すぐ用意しますね」

 

「私も手伝うわよ。霰は席取ってなさい」

 

「……ん」

 

 霞が霰にそう告げて厨房へと歩いていった。

 

 

「なら、綾波もお手伝いしますね」

 

「ごっはんー、ごっはんー♪」

 

 上機嫌な様子の夕立を席につかせ、綾波も率先して厨房に向かった。

 

 

「それじゃ、僕達も手伝おうか」

 

「そうね。いい加減、急いで用意しないと食べ盛りな連中からクレームが来そうだし。早いとこ終わらせましょ」

 

 比叡を手伝おうと時雨、初風も動き始めた。陽炎型の七女は肩越しに雪風を見る。

 

 

「ユキも手伝って。お腹空いたなら準備は早めに終わる方がいいでしょ」

 

「……はい!」

 

 少し前までとは一転して、雪風は曇りのない笑顔で返事をした。

 

 ────絶対、大丈夫!

 

 心のなかでそう信じて、前へと足を運んでいった。




今回はむらくもさんの改装に関わる導入、または雪風さんがトラウマを一つ乗り越える内容となりました。

~次回予告~

トラウマを一つ乗り越え、1歩前進した雪風。むらくもが改装のために前提任務をこなすため、それに誘われて臨時編成の艦隊に誘われる。その構成は奇しくも、大半がかつての坊ノ岬沖海戦と同じメンバーの第二艦隊だった。

むらくも「お前のような戦艦が居るか」

護衛艦むらくもが戦没した海で、あらゆる艦種を超越した深海棲艦と遭遇する。

次回、第13話 第二艦隊

新たに自衛艦娘出したいけどどうしよう?

  • ミサイル護衛艦あまつかぜ
  • 対空護衛艦たかつき
  • ヘリコプター護衛艦しらね
  • どれも一緒に出そうか

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