今回は、本編から見て5年後くらい後の未来の時間軸になります。不知火視点でお送りしていきます。
不知火には、様々な事柄に対する理由が存在します。
姉である陽炎に、不知火が居ない間の姉妹の安寧を託せると思えた理由。
黒潮にならと、悩みや弱音を吐露しても良いと感じた理由。
艦娘として顕現してから20年という歳月が流れても、除隊を望まずに現役として国防海軍に留まっている理由。
そんな様々な形の理由のなかでも、不知火にとっては最も大きい確固たる理由があります。それは──
『──峯雲、左舷から回り込んで! 岸波は煙幕を、能代は狭霧と共に突撃するわ!』
『峯雲了解! ……ああ!?』
『こちら岸波! 峯雲は酸素魚雷の網に掛かっててもうダメ! 砲撃支援の大和さん達はどうしたの!?』
『既に、暁
無線越しで伝わってくる阿鼻叫喚の状況を作り出している、一人の少女です。
本日は、日本国防海軍所属舞鶴海軍基地第1鎮守府で対抗演習が行われています。
先程、無線でやり取りしていたのは舞鶴第1鎮守府所属の艦娘です。
旗艦は阿賀野型軽巡洋艦の能代。随伴を朝潮型駆逐艦峯雲、夕雲型駆逐艦岸波、綾波型駆逐艦狭霧。他は支援枠の舞鶴第2鎮守府所属の大和、第1鎮守府所属の日向と言った戦艦2名の計6名で編成されています。
対するは、日本国防海軍最強の艦隊。国防海軍統合司令部直属の精鋭、特務艦隊です。
旗艦は既に名前を呼ばれている特Ⅲ型駆逐艦の暁。そして、もう一人は──
『こちら暁。戦艦群はこちらで撃破しておいたわ。そっちはどう?』
『雪風も問題ありません! そちらが戻るまで絶対、沈んだりしませんから!』
陽炎型駆逐艦の雪風。以上の2名のみの編成です。
舞鶴鎮守府側から軽巡洋艦、駆逐艦からなる前衛、低速戦艦と航空戦艦からなる水上部隊としての艦隊構成なのに対し、特務艦隊からは駆逐艦が2名しか参加していない。
特務艦隊側が明らかに軽量過ぎるとも思える編成で演習に臨んだ理由は……現在進行形で舞鶴鎮守府側が劣勢に追い込まれている状況から察することはできると思います。
特務艦隊とは、上述した通りに日本国防海軍最強の部隊です。
初代旗艦は世界初にして最強と謳われた戦略級艦娘──日本初の国産戦艦にして準弩級戦艦、戦艦薩摩を筆頭に第1世代艦娘で特務艦隊が編成されていました。
ですが、2年前のある事件を切っ掛けに特務艦隊は全員が現役を退き、十傑から新たに6名を選抜されています。
それが、本日の演習に参加している二人。特務艦隊三番艦、暁。同六番艦、雪風です。
それぞれが十傑序列第3位、かつてその座に居た時雨から受け継いだ十傑序列第10位だった彼女達が特務艦隊へと転属して以降、周辺国からは色んな意味で警戒されたり注目されたりしていますが、表立って事件は起きていません(水面下では国内外の敵対勢力が屍山を築いていますが)。
……説明している間に、新たな動きがあったようです。
『岸波ッ、狭霧! 能代に合わせてッ、アレをやるわよ!』
能代が号令を発すると『了解!』と随伴の駆逐艦娘達が返答しました。何か、仕掛ける気のようですね。
『了解! 対超兵器用戦術Aを実施。岸波、先行します!』
『狭霧は三秒差で仕掛けます! 真打ちはお任せしますね、能代さん!』
「──あー、アレはダメなパターンねぇ」
「ええ。そうですね、陽炎」
舞鶴海軍基地の第1埠頭に腰掛ける不知火の隣で、
不知火も能代達が取った行動の意図を察し、ふぅと溜め息を吐きました。雪風に関してはあれ程注意したはずなのに、結局はこの展開になってしまった。後で反省会ですね。
因みに、対超兵器用戦術Aとは、2018年6月28日の現在から遡ること約四年前。従来艦を遥かに凌駕する速力を有する超兵器、それによる武力を背景に、日本と対立する各勢力と共闘する敵性勢力が確認されました。
その超兵器との度重なる衝突の過程で、国防海軍ではこの脅威に対処すべく戦術の研究や、第一遊撃戦隊との技術協力で実現した
その一つが対超兵器用戦術、大別してA・B・Cがあります。更にパターンもそれぞれで複数が決められていますが、能代達が選択したのはAの基本形のようです。速力に特化したヴィント級を想定して確立された専門性の強い戦術ですが、雪風相手には悪手でしかありません。
雪風は鋼鉄式艤装を受領していますが今回の演習では持ち込まず、本来のIF改装型の艤装を使用しています。所謂、改二艤装ですね。十傑未満の軽巡洋艦と発展途上の駆逐艦相手では、あまりにもオーバースペック過ぎるからです。
かつて、大亜連合の工作員に拉致され台湾島で改装された雪風は一時期、IF改装されるまで
「──こーらっ」
「っ。……何をするのですか、陽炎」
物思いに耽っていると、不意に陽炎が頭を叩いてきました。
「何をするのですか、じゃないわよ。そんな怖い顔して、そんな調子で演習後の雪風をちゃんと出迎えてあげられるの?」
「……そこまで言う程でしたか」
どうやら、2年前の一連の事件を思い出して殺気出していたようです。
普段でさえ、不知火の表情は豊かとは言えないとされていて、表情の変化を読み取れる貴重な艦娘である陽炎がそう言うのだから、余程険しい表情だったのでしょう。隠密を是とする魏弩羅の一員であると言うのに、我ながら情けないですね。
「しっかりしなさいよ、もうっ。雪風に関して思うところがあるのは知ってるけど、あの娘にそれで心配かけたことがあるのを忘れた訳じゃないでしょう」
「そうですね。確かに、こればかりは不知火の落ち度です。雪風のそんな顔は見せられません。あの時の事は考えないことにします」
「分かれば良いのよ、それで。──そろそろ終わったみたいね?」
『舞鶴合同艦隊旗艦能代、大破判定。今演習は舞鶴合同艦隊の全滅判定として、特務艦隊の勝利です』
視線の先では、巨大な水柱が立ち上っていました。
その直後に今回の演習でアナウンスを務める軽巡洋艦大淀の音声が、演習の結果を報せる。
「やっぱり能代さん達は駄目だったわね。流石に相手が悪すぎたかしら」
「馬鹿正直に攻めたところで、特務艦隊側とは数的有利以上の実力的な差が開きすぎています。対超兵器用戦術Aも選択ミスでしたね」
神速を誇るヴィント級超兵器の速力に対抗して編み出された対超兵器用戦術Aは、雪風相手では前提から間違えています。
どれだけ網を張ろうと、異能が雪風への脅威を
さて、気持ちを切り替えて雪風を迎えましょう。まずはタオルの用意をして、
「──こんな時に」
そう思っていた矢先、左手首から電子音が連続して鳴り始めた。
視線を向けると、右手首には腕時計のような機器が赤く発光していました。
「陽炎」
「……分かってる。何時もの仕事よね」
「ええ。雪風の事はお願いします」
全く、このタイミングに魏弩羅から出動命令とは運がない。今回は、雪風を出迎えることは出来そうに無いですね。
「不知火と一緒にお迎えしたかったけど、こればっかりは仕方がないのよね。今までもやって来て、あんたもそれを辞める気は無いんでしょう?」
「はい」
「……ここは任せて行ってきなさい。雪風には上手く言っておくわ」
「頼みます、陽炎。では、行ってきます」
信頼する姉である陽炎から「行ってらっしゃい」と贈られた言葉を背に、不知火は舞鶴の埠頭を後にしました。
数十分後、不知火は鎮守府を出て南西にある舞鶴市内の臨港地区に来ていました。
大別される分区で言えば鉱物資源や化石燃料を取り扱う特殊物資港区です。舞鶴港でも最奥に位置する埠頭であり、不定期航路でやって来る貨物船や客船を扱っています。
岸壁に係留されている貨物船、その眼前に移動したガントリークレーンが稼働してコンテナの荷下ろしをしているのが見え、その様子を見ただけなら平時通りの運行をしているように感じるでしょう。
ですが、陸上にあるコンテナの群れでは──
『こちらアジーン、敵の特殊部隊と遭遇した! 応援を要請する!』
『ディーアルは動けない! 見えない敵に襲われて……』
『どうしたディーアル!? こちらアジーン、応答を!』
『部隊長が戦死しました! ディーアルは動けません!』
『……チクショウ!』
明らかに民間人ではない、自動小銃などで武装した集団が銃撃戦をしていました。
無線を傍受した限りだと、集団は二つあるようです。
最初に無線で話していたのはロシア語で話していたので、新ソ連の特殊部隊で間違いないでしょう。因みに、アジーンはロシア語で『1』を意味するそうです。
次に応答した集団ですが、北京語で話していました。ディーアルは『第2』を意味しますので、大亜連合の特殊部隊でしょう。
異なる二つの集団ですが、傍受した無線の内容だと連携を図ろうとしていますね。上陸後は互いに足並みを揃え、計画して行われたものだと考えられます。利害が一致して徒党を組んだようですね。
何を意図して上陸したかは言うまでもなく、舞鶴港に所在する海軍基地への潜入、更に言えば艦娘の拉致でしょうか。
特に艦娘戦力がゼロの大亜連合にとっては、喉から手が出る程に欲しいことでしょう。3年前、雪風を拉致したあの時のように。
──そんな事はさせませんが。
それまで不知火が居た二段で積まれたコンテナの上から飛び降り、新ソ連の集団の直前で着地します。
「ッ。お、お前は……!」
新ソ連の特殊部隊の隊員がロシア語で何か言っているようですが、不知火は気に留めません。動揺したその隙を見計らい、爪先目掛けて足払いを仕掛けます。
「ぐっ……!?」
転倒したら間髪入れずに襟元を掴み、新ソ連の集団のど真ん中を突っ切るように引き擦り回してやります。
「隊長!?」
「……クソ! このままじゃ撃てねぇ!」
「この女も艦娘か!? 可愛い見た目なのに何てやつだ!」
ロシア語で口々に新ソ連の隊員達が言い募って居ますが、無視します。隊員の一人でも盾にしてやれば、それで手を出し難くなるのは解っていますので。
それにあまり血塗れの状態で帰っては、陽炎に心配を掛けてしまうのでこの方が都合は良い。
「お返しします」
そんな一言をロシア語で添えて、それまで引き擦り回していた、他の隊員から隊長と呼ばれていた兵士を放り投げます。
慌てて数人が受け止めます。何人かは目の前の不知火に警戒しつつ銃口を向けていますが、
「遅い」
新ソ連の集団に銃弾が浴びせられる。それは新ソ連の集団の後方や側面から、或いはコンテナ上から激しい銃声やマズルフラッシュをさせながら降り注ぐ。
「撃ち方やめ」
一斉射撃をした魏弩羅の末端構成員達がリロードする頃合いと見て無線で指示し、攻撃の戦果を確認する。
不知火の強襲で混乱した直後だったからでしょう、今の一斉射撃だけで新ソ連の集団は死屍累々の状態です。
とは言え、息のある隊員も居たようです。少しでも不知火から遠ざかろうと、銃撃が加えられてこなかった方角へと這いずっています。
「馬鹿なヤツ」
太股のホルスターから自動拳銃を引き抜き、死に損ないの方へと歩いていく。
スライドを引くと、その音で死の予感がしたかのように体を震わせた。その様子を眺めながら安全装置を解除して、銃口を相手の頭部に向けます。
「これで終わりです」
何かが破裂するような音が一つ、鳴り響く。銃口から飛び出した9mm弾は正確に後頭部を直撃して、力尽きて倒れると地面に赤い液体が広がっていく。
「こちら
『第二班、
『
不知火が無線で報告を求めると、各々がそれに応える。
矢矧だけが魏弩羅の幹部であるにも関わらず報告してきませんが、第二班に任せて死体撃ちでもしているのでしょう。死んだフリは大亜連合の得意とするところですから、彼女に関しても問題はありません。
「状況終了。各員、事態の収拾を始めてください」
「──お疲れー、不知火。今日も急な出動だったよねー」
「……
声のした方へ視線を向けると、見た目は20代前半らしい女性が立っていました。魏弩羅の末端構成員の一人で不知火の部下でもありますが、彼女は少し変わった経歴の持ち主です。
氏名は
ですが、ある時期に親族を大亜連合に人質として捕られ、工作員に仕立て上げられた過去があります。
それからは悲劇的な出来事を経て表向きは死んだこととされ、魏弩羅の末端構成員として活動しています。その過程で当時は魏弩羅の主頭だった暁によって人質が救出され保護しているため、後顧の憂いは絶たれていますね。
「別に、不知火としては問題ありません。この程度は良くある……」
「姉妹との時間が邪魔される形が増えてるんだって?
「あのエセ忍者、余計なことを」
大方、不知火を気遣い良かれと思ったからでしょう。とは言え、お喋りが過ぎますね。
「ここはあたし達がやっとくからさ、不知火は早めに撤収して良いんじゃない?」
「そう言う訳にも行きません。第一、忘れたのですか? 私は貴女の上司ですが、同時に監視役でもあることを」
元々、明華は書類上では故人となっています。だからこそ彼女の活動範囲などを厳重に管理し、衆目に晒されることを防がなければ行けない。
それは明華を部下として預けられた不知火の領分であり、果たさなければならない義務でもあります。それを放り出すわけには行きません。
「勝手を働いてしまうのは分かってるけど、それはあたしがちゃんと懲罰受けるからさ。この場には隔離結界張ってる左頭が居るんだし、監視役はあの人に引き継いで貰えば良いよ」
「その話を受け入れてしまえばどちらにせよ、不知火も何かしらのペナルティがあるでしょう。それで姉妹から心配されるより、このまま任務を継続した方が良いに決まっています」
「……そこまで正論で返されると何モ言えないんだけどさぁ」
明華は唸るようにして言う。懲罰も覚悟した上で不知火に気を遣ってくれているのは解りますし、素直に嬉しいのですが。だからと言って、任務に私情を挟むわけにも行きません。
「話はこれでお仕舞いです。さぁ、現場を片付けて撤収しますよ」
手拍子を二回して、明華やその他の不知火麾下の構成員を促す。
遺体や遺留品の回収。現場の痕跡の抹消を済ませて不知火が帰路に着けたのは、それから一時間後の事でした。
不知火が舞鶴海軍基地に帰還した頃には夕方になっていました。
日本海を監視する唯一の海軍基地である舞鶴海軍基地は舞鶴市の西港に位置しており、旧海上自衛隊時代から所在地はそのままに、規模を拡張して活動しています。
基地の衛門で身分証明書を警衛に見せて本人確認等を済ませ、入り口を通って鎮守府に向かう。
本日、実行された特務艦隊と舞鶴鎮守府による対抗演習のため、特務艦隊は陸路ではなく拠点のある横須賀海軍基地から大湊を経由して、態々海路で日本海からやって来ています。
埠頭に視線を向けると、その為に第一特別任務部隊から派遣されてきた艦娘支援艦『たつた』が舞鶴海軍基地の第4ベイで係留されているのが見えます。
艦娘運用母艦からコストダウンが図られ、全通甲板を備えていないドック揚陸艦型の艦艇で、航空機運用能力をオミットした補助艦艇ですね。
武装も強力ではありませんが、それでも艦娘が遠洋まで活動するのにこう言った艦の存在は非常に助かっています。
「──久し振りね、不知火」
「! ……暁」
聞き覚えのある声を聞いたので振り向くと、そこには幼い見た目をした駆逐艦の少女がいました。
日本国国防海軍統合司令部直属、特務艦隊三番艦駆逐艦暁。
元十傑第3位だった艦娘であり、今は日本国国防海軍を代表する一艦となっている駆逐艦最強の一人です。
黒を基調とした識別帽はやや斜めに被り、同色の長髪が埠頭側から吹く風に靡くのを片手で押さえています。
その様子は容姿とは裏腹に、それよりも更に上の年頃の女性を彷彿とさせるような雰囲気があります。本人には特に意識したつもりはないのは既に前から知っていますし、駆逐艦暁の真霊とは言え他の同位体とはやはり差異が大きいですね。
「対抗演習、お疲れさまでした。暁。貴女から見て、舞鶴の艦娘はどうでしたか?」
「どうって、例えば?」
「先の対抗演習で、何が問題だったか、です」
「……個人的な意見になるのだけど、雪風に対してアレは見当違いだったわね」
溜め息を吐きながら言った。
暁の言うアレとは、先の対抗演習で舞鶴艦隊が起用した対超兵器用戦術Aの事でしょう。
近年になって脅威として認識されるようになった超兵器。その中でも超高速とされるヴィント型の速力に対抗するため、その足を止めるため編み出された専用の戦術。それこそが対超兵器用戦術Aとなります。
そんな仮想敵が限定的な戦術を雪風に対して起用したのですが、暁の言う通りこれは見当違いと言わざるを得ません。
ヴィント型は従来の艦と比べても艤装が巨大であるため魚雷による攻撃網で捉えやすく、巡洋艦以上の艦が相手の煙突を砲撃して損傷させれば速力は低下するため、これが有効な戦術として全鎮守府に通達されて実用化していました。
話を戻しますが、尋常ならざる速力を持った敵に有効な戦術も、雪風相手では有効とは言えません。何故なら、特務艦隊に所属する雪風はただ強運に恵まれた駆逐艦娘ではないからです。
絶え間無い努力によって獲得した回避技術と、それと組み合わせて使う雷撃技術。ある時期を境にして獲得した、1%の確率を100%にして特定の事象を必ず成功させる、まさに奥の手と言うべき異能を有しています。
最後に挙げた異能については恐らく使用していないでしょうが、卓越した回避技術を軸にしたカウンター戦術は世界的に見てもトップクラス。生半可な技量と付け焼き刃な陣形が通用する相手ではないのです。
「後で反省会ですね。まぁ、超兵器に匹敵する脅威レベルを認識したのは評価するに値するでしょうが。他は海面への注意不足でしょう」
「問題点を挙げるとしたらそんなところかしらね。後は支援艦隊の大和達だけれど、私の事を駆逐艦だと思って、高を括りすぎね。それもあって付け入る隙も大きかったわ」
溜め息を吐きながら、淡々と話す。
他の同位体と比べても、目の前の暁は経験が豊富で、それに裏打ちされた精神的な落ち着きがあります。彼女の場合は魏弩羅の主頭だったことも関係しているので、海軍の暗部として時には裏社会と渡り合ってもいますから、尚更でしょう。
因みに暁の実際の戦闘能力ですが、あの薩摩道場の白雪と同格と言えば大体想像が付くでしょう。
「それは大和達支援艦隊も良く分かっている筈でしょう。それと申し訳ありませんが、急ぎたいので不知火はこれで失礼します」
「雪風との時間を大事にしたいのだったわね、良いわ。引き留めて悪かったわね」
「いえ。それでは、失礼します」
お互いに敬礼を交わし、不知火はその場を後にしました。
艦娘専用浴場。
舞鶴第1鎮守府に設置されている設備の一つで、不知火達艦娘にとって一日の疲れを癒すのには欠かせない場所です。
そんな憩いの場に不知火は──
「はいっ、これで髪はお仕舞い。不知火は?」
「腕は左右ともに完了しました」
「オーケー。なら、あたしの髪をお願いね」
陽炎と共に汗を流しに来ていました。
あれから暁と別れた後、駆逐艦娘用宿舎の入口で待っていた陽炎と合流してから引き摺られるようにここへ連れ込まれました。
陽炎曰く、血の臭いをどうにかしなさいとのこと。確かに、一時間前までは不法入国してきた他国の工作員を相手に殺し合って来たところですから。
「聞いてもいいですか、陽炎」
「なぁに、藪から棒に」
「雪風の事です。あれから、あの娘はどうしていましたか」
つい1時間前まで魏弩羅として活動している間も、頭の片隅ではずっと気掛かりだったことでした。
明華にはああ言いましたが、本当は一秒でも早く帰ってきたかったのです。しかし、不知火は諜報と暗殺を主任務とする隠密集団、魏弩羅の幹部。その立場上、私情で好き勝手する訳にはいかなかった。
「そうねぇ。雪風にはボランティア活動があるからって言って置いたけど、落ち込んでいたわよ」
「そう、ですか。それにしても、ボランティア……?」
「他に思い付かなかったし、何度もこれで誤魔化してきてるのよ。あんたは真面目な性格だし、雪風もそれで納得してるわ」
不知火が真面目、ですか。
「不知火が今までやって来たことは、本当に正しかったのでしょうか」
「何よ、急に」
「雪風や他の姉妹の為なら、不知火はいくらこの手が汚れようと構いません。そう思えばこそ、これまであらゆる汚れ仕事に手を染めてきました。ですが……、雪風は人間同士のイザコザの犠牲になりました」
それまでずっと恐れていたことで、だからこそ魏弩羅に加入した動機になった筈でした。
ですが結果として、雪風は人間の悪意に晒された。艦だった時代に縁があったとは言え、それでも他国の身勝手な思惑の下で戦う事を強いられるところだったのです。魏弩羅の幹部になれば舞鶴の守護を主として活動できるからそうなるよう努力して、第二足の席を獲得するに至ったのに、あの時の出動が敵による陽動だったことに気付けなかった。
「不知火」
不意に陽炎が名前を呼ぶと、不知火の肩に腕を回して抱き寄せてくる。
「陽炎……?」
「あたしは間違いだったなんて思わない」
その言葉と同時に、不知火の肩に懸かる力も強くなる。
左に視線を向ければ陽炎の横顔が見えました。その表情は決然としていて、陽炎はその発言になんの疑問も抱いていないのだと分かる。
「不知火は、ずっと頑張ってきたじゃない……」
「陽炎」
「雪風の事だけじゃない。あんたは姉妹を、更に言えば舞鶴鎮守府を影として護ってきた。深海棲艦と戦うことこそが艦娘の本分なのに、その領分すら越えて害意ある人間と戦い続けた……。そんなに頑張ってきたあんたが、間違いだったなんてあるはずなんてない……! あたしは……っ」
「……不知火は、幸せなのですね」
陽炎の気持ちに応えるように、その腕を強く抱き返す。
「不知火……?」
「陽炎。不知火は確かに、艦娘と暗殺者を兼ねて活動してきました。その切っ掛けは雪風だったことに相違ありません。でも、不知火にとって何よりも安心させてくれる者は別にあったのです」
今にして思えば、最初から今に至るまでずっと傍に居た。
艦娘としての座学を受けるときも、それが終わって初めて本格的に訓練を受けるようになってからも、そこから始まる長年に渡って続いた苦難の数々であっても。
ずっと、必ず不知火の傍で支えになってくれていた。
「不知火を安心させてくれるのは、陽炎。貴女です」
「不知火……」
「ただ安心させてくれるだけではない。不知火にとって、陽炎は帰るべき場所。例え舞鶴から転属になっても、必ず傍に帰ってこられるなら不知火はそれ以上を望みません」
「……馬鹿」
今度は不知火の告白に応えるように、胸に顔を埋めるようにして抱き付いてくる。
抱擁をしていて、更に愛しいと想う気持ちが溢れて強まるのを自覚しました。今までずっと近くに居て、それが当たり前だった関係は、何時しか最愛の相手同士に変わっていたようです。だから、不知火はこの言葉を伝えます。
「これからも、傍に居てくれますか。陽炎」
「~~~っ、ずっと離れないわよぉ!」
陽炎が顔を近付けて、柔らかい感触が唇に押し当てられた。ファーストキスは、浴場の湯気で熱く感じるものになりましたね。
「これで、不知火は沈まない理由ができました」
「雪風じゃなかったの?」
「勿論、あの娘がそうでした。それは今も何ら変わりません。でも、今はこれが理由です」
あの娘は、雪風は自分より先に他の艦娘が喪失される事態を最も恐れていた。
雪風の艦だった時代に経験した出来事の数々を思えばそれは当然で、だからこそそれを吐露してきた時に不知火は目的を見出だしたのです。
「あの娘はもう大丈夫です。トラウマの再現を恐れていた頃と比べて強くなりましたし、特務艦隊には暁もいる。強力に守ってくれることでしょう」
「それでも、雪風は助けを求めることがあるかもしれないわよ?」
「その時は是非もありません。必ず助けとなりましょう」
旧来より変わらない意思を決意表明する。
このあと、不知火は陽炎とは姉妹ながらも恋人同士になったことを鎮守府にいる皆に報告しました。
当然ですが驚いた方も多かった。ですが、既にそうなることが分かっていた方や、やっとくっついたかと漏らした方もおり、意外にも陽炎とは公認のカップルのように認識されていたようです。
途中、政治的な話題は出てきましたが、本作は実在する国家や組織、団体や人物には一切関係はありません(実在の国家名は出しましたが、当サイトでは珍しくありませんので)。
最後は陽炎とのカップリングも見せましたが、あの二人は姉妹と言うより夫婦みたいだと思っていましたから。
番外編追加するならどれ?
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オリジナルキャラ視点
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未登場の原作キャラ視点
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大和視点