凡矢理高校の生徒会長 作:煉獄ニキ
「雪村くん、わかってるわね?」
「あぁ、覚悟はできてる」
「それじゃ、頼んだわよ」
「宮本もアシストよろしく」
「任せておいて」
「油断せず行こう」
普段の教室ではなく、家庭科室での一幕。
宮本と繰り広げられる会話は、自分達を鼓舞するためのものであり、押し潰されそうな重圧から守る為のものである。
これから行われるのは家庭科の授業、それも調理実習である。
課題はケーキ、はっきり言って料理を普段からしており菓子作りもたまにする俺としては然程難しいものでもない。
しかしここで一つ重要なことがある。
俺、宮本、小野寺の三人で一班となったのだ。
お分かりいただけただろうか。
改めて小野寺小咲という女の子について語ろう。
茶髪を左右非対称に整えており、清楚な雰囲気を感じさせる美少女である。
美少女といったところからわかるだろうが、容姿も非常に整っており桐崎さんが綺麗系だとしたら彼女は可愛い系といった分類だろう。
ストレートに可愛いなどと伝えるとすぐに顔を赤くして時に爆発したり活動停止したりと見ていて飽きない一面もある。
性格だが、誰にでも優しく、だが何でも他人の意見に流されるというわけではなくしっかり自分の意思を通せる芯の強さを持っている。
この通り、非常に魅力的な女の子である。
だが、料理が致命的にアレである。
これを知ったのは中二の時の調理実習だった。
その時も同じ班になり、確か簡単なデザートを作って食べた筈だ。
一口で意識が飛びかけたが、どうにか完食したのだけは覚えている。
尚、小野寺含む他の班員は一口食べて気絶していた。
それからおよそ一年半、俺と宮本はそれを回避する方法を編み出していた。
それが【小野寺ゾーン】、彼女を中心とした半径1m 程の位置に常に俺がいることで彼女を緊張状態にさせ、下手な行動をとらせないというものだ。
そうそう、ネーミングセンスに関しては宮本に言って欲しい、技名つけたのは彼女だから。
小野寺の最多のミスはとんでもない材料をいつのまにか入れている、というものだ。
これを抑えるのといざという時止めるために、俺は彼女から目を離してはいけないのだ。
正直役得だと思う気持ちもある。
「なんだ、アレ」
「雪村と宮本が心なしか劇画タッチに見える」
「いやそれよりも見ろ、雪村のエプロンを!」
「ギャルソンエプロン……だと……!?」
「ソムリエエプロンじゃねぇの?」
「呼び方はなんだって良い。問題は雪村がこの上なくそれを着こなしているところだ」
「その通りだ。そもそもあれは料理に慣れた者でないと使うのに相当の勇気がいる」
「ああ、何しろ守備範囲が狭い」
「そういうことだ。そして雪村がエプロンをつける動作からして相当の慣れがあった。恐らく普段からアレを使って料理をしていると見た」
「危なかったぜ。俺もあのタイプにしようと思ってたんだが、直前で普通のに変更したんだ」
「英断だったな。何しろ制服が汚れるリスク以上に雪村と比べられるリスクを背負うことになっていた筈だ。どうやら、手遅れの奴がいるようだが」
「くっ。皆、すまねぇ!」
『ゴ、ゴリ沢!?』
「お前って奴は!どうして一言相談してくれなかったんだ!」
「すまん、けど俺だってよぉ。一花咲かせてぇって思っちまったんだよ」
「わっ。雪村くんのエプロン姿、カッコイイ」
「なんていうか、あのまま喫茶店とかに居ても違和感ないわね」
「写真撮らせてくれるかな。他のクラスの子にもお裾分けしないと」
「いいわね。後で頼んでみよっか」
「…………ゴフッ!!」
『ゴ、ゴリ沢ぁぁぁぁぁ!!』
マジで外野がうるさいが、集中集中。
「雪村くん、これ。貰ってくれますか!?」
「ありがとう。頂くよ。うん、美味い」
結論から言うと、ケーキは上手くできた。
どうしてわかるかと言うと、小野寺から小さいケーキを貰ったからだ。
それもかなりいい出来で、多分小野寺史上一番のケーキだろう。
それを正直に伝えるとやはり顔を赤くして何処かへ逃げてしまったが。
うむ、可愛い。
因みに宮本からも貰った、渡す人が居なかったから、とのことだ。
当然ありがたく食べたし、これまた普通以上に美味かったので素直にいいお母さんになれると言ったら一瞬呆けてすぐに顔を赤くして俺の足を踏んだ後に逃げていった。
セクハラになってしまったかな、反省反省。
しかし、何を想像したんだろうねぇ。
それと、今はクラスの女子からケーキを貰っている途中だ。
ありがたいし、嬉しいし、残さないけど、流石にケーキを十人以上からは苦行と言える。
午前中で助かった、弁当は入らないけど。
俺のケーキは男連中に切り分けて配った。
男を磨けよ、といったノリで。
何故か全員悶えた後崩れ落ちてたけど大丈夫だろう。
そのうちクッキーでも焼いてくるかな、女子へのお返しとして。
男連中はいらんだろう。
少しだけ残念なのは、桐崎さんのケーキを貰えなかった事だろうか。
そこは恋人優先だし、仕方ないんだが。
「えー、泳ぎ方を教える雪村です」
「インストラクターの桐崎です!」
「お、小野寺です?よろしくお願いします」
おかしい、どうして雪村くんに教わることになってるんだろう。
昨日の夜るりちゃんから連絡があって、明日は水着を持ってくること、とだけ言われてすぐに切れちゃったけど。
それで学校で聞いたら何故か水泳部の練習試合のメンバーに入っていると言われ、放課後に練習するから大丈夫だと強引に話を終わらされたんだった。
確かに助っ人を読んでるから大丈夫とは言ってたけど、雪村くんとは聞いてないよ!
それ以前に雪村くんを直視できそうにないよ。
いや、雪村くんの水着姿はちょっと刺激が強いと思います。全体的に引き締まってて無駄な脂肪とかついてない感じであと腹筋も割れてる。
ど、どこを見ればいいの?
「それじゃ、まず確認だけど。小野寺は水中で目を開けれるか?」
「えっと、ごめんなさい。そこからもうできないです」
「別に謝ることはねーよ。まあゴーグルつければ良いだけなんだが、折角だし水中で目を開くことからやっていこうか」
あっ、ちょっと心臓がもたないかも。
それからは、小野寺にとっては幸せな時間となった。
最初に互いに手を繋いで水中へと潜り、雪村は彼女が目を開くのを待つ。
結局、水への恐怖心を無くさなければ泳ぐ段階へと進めないとの考えからである。
それから息が続かなくなり浮上するまでを三回繰り返し小野寺は目を開くことができた。
その時に微笑む雪村と目が合い、驚きやら気恥ずかしさやらで空気を吐き出してしまい慌てて浮上することになったが、別に溺れたわけでもないので問題ない。
尚、これまで桐崎はやる事がないので宮本と共に競うように泳いでいた。
「良し、じゃあ次だな。これからやるのは、人間の身体は水に浮くってことを自覚してもらうためのものだ」
「どういう事?人の身体って浮くの?」
「まあな。緊急時とかにも役に立つし、覚えていて損は無いと思う。あとはちょっと申し訳ないんだが、少し体に触れることになる。勿論嫌なら桐崎さんとか宮本呼んで手伝って貰うが」
「大丈夫だよ。雪村くんは信頼してるし、二人も楽しそうで、邪魔するのも申し訳ないから」
「なんか、ありがとな。それじゃ、失礼して」
「ひゃっ!?」
そう言って、小野寺の横に回り込み、背中と太腿の裏に手を回し、優しく抱きあげた。
ドドドドドドドドッ!!
現在、彼女の心臓の音が届けばこんな風に聞こえることだろう。
顔を赤くし、雪村の腕の中でカチコチに固まってしまっている。
「ゆ、雪村くん。これは一体」
「いや、疚しい気持ちは無くてだな。これから少しずつ力を抜いていくから、姿勢を整えて、感覚を覚えてほしい」
「うん。よく分かんないけど、頑張るから」
この時、顔を赤くした小野寺に上目遣いで見つめられ、内心ときめいていた。
当然のようにポーカーフェイスでそれを表に出すことはなかったが、彼は彼で結構色んな意味で大変だった。
その後も、手を引いてのバタ足の練習。
桐崎を呼び戻してのクロールの手の動きや息継ぎのタイミングを見てから実践。
他にもいくつかの練習を重ね、小野寺は25m限定ではあるが泳げるようになった。
「ったく、仮にも彼女が助っ人で呼ばれてるんだから一度くらい顔出そうとか思わないのかしら」
今日は練習試合の当日だ。
私はまだ着替えている小野寺さん達より一足早く着替え終わり、会場に来ていた。
「そう言ってやらないでくれ。今は道場が楽しくて堪らないんだろう」
「ひゃっ。……いきなり背後に立たないでよ!?びっくりするでしょ!」
「それは悪かったな」
クスクス笑いながら言われても反省してるように見えないんだけど。
私に話しかけてきたのは雪村くん、昨日は小野寺さんに付きっきりで泳ぎ方を教えていた。
しかし、やっぱりすごい体つきしてるわね。
何というか、必要なだけ鍛えられているような感じかしら、今は黒のパーカーを着ているからイマイチわかんないけど。
でも割れてる腹筋とか動くたびにチラチラ見える鎖骨などは正直目の毒なので前のファスナーを閉めて貰いたい。
「それで、あのモヤシは昨日も今日も何してるのよ」
「合気道の道場で、今頃は稽古してるだろうな。もう二年は通ってるから中々の腕だぞ」
「あんなにモヤシみたいな体型してるのに?」
「どうにも筋肉がつきにくい体質みたいでな。それもあって合気道を勧めたんだ」
「ふーん。まあ私には関係ないでしょ。でも怪しまれたくないから程々にして欲しいわ」
「その辺は改めて俺からも言っておこう。同じ道場の先輩とも顔見知りだから」
聞けばモヤシこと、現在仮初めの恋人関係にある一条楽は合気道の道場に通っているらしく、そのせいで昨日も今日も顔すら出してない。
別に私としてはどうでもいいのだけれど実家の連中特にクロードが怪しむ可能性があるわけでそれはできる限り避けたい。
だから雪村くんに頼んだのだが、どうやら彼もモヤシに声をかけてくれたらしいのだが、向こうも他所の道場と合同練習があったらしくどうしてもこっちには来れなかったようだ。
それでももう一度言ってくれるようなのでひとまず気にしないことにしよう。
「そろそろ宮本たちも来そうだし、この話題はここまでにしておこうか。ボロが出てもマズイだろう」
「そうね。この後は私の華麗な泳ぎを見てなさい!」
「期待しておくよ。その為にもしっかりと準備運動するように」
「わかってるわよ」
多分宮本さんたちのところへ行くのだろう、此方に背中を向ける雪村くんにそう声をかけると後ろ向きに手を振ってきた。
僅かに見えた横顔で笑っているのがわかった。
まったく小学生じゃないんだから、そんなこと言われなくてもちゃんとするわよ。
けれども、この後雪村くんと話していたことについて水泳部の子達に囲まれて凄い勢いで聞かれたことで私は殆ど準備運動ができなかった。
「おっ、お疲れ様。やっぱり宮本は速いな」
「ありがとう。でも私よりずっと泳ぐのも速い雪村くんに言われても微妙な気分ね」
「おおっと、そうかもしれないけど言ってることは本心のつもりだぞ?」
「はいはい。そういえば、さっき桐崎さんと何を話してたのかしら?」
「うん?別に、世間話かな。大したことは話してないぞ」
「随分と楽しそうに話してたようだったけど?」
「そう見えたか?」
「ええ。見方次第で略奪愛とか言われかねないくらいにはね」
「それは良くないな。気をつけるとするよ」
練習試合も始まり、私の出番も終わってしまい今は小咲と桐崎さんが参加するリレーを見るために雪村くんのところへ戻った。
彼は私にお疲れ様と労って、スポーツドリンクを手渡してくる。
こういうことをさり気なくできるから雪村くんはモテるんだろう。
あまり他の女子にこういう事はしないで欲しいんだけど、ライバルが増えると困る。
今でさえ毎日のようにラブレターを貰っているようだし、更に増えるとなると気が気でないのだ。
いやッ、勿論小咲のライバルが増えるのは彼女の恋を応援しているという私も困る、という意味でそこに個人的な感情は入っていない。
……私は誰に言い訳しているのか。
「おっ、始まりそうだな」
「そういえばありがとうね、小咲のこと。まさか本当に泳げるようにしてくれるなんて思ってもなかったわ」
「いや、あれは小野寺が頑張った結果だぞ」
「それもあるわ。でもそれだけあの子がやる気を出したのが、雪村くんがコーチ役をしてくれたからなのよ」
「ん、それだったら嬉しいけどな」
少しは自分の指導能力を自覚した方が良いと思うのだけれど。
ああは言ったが、彼の教え方が上手いから小咲が泳げるようになったことも事実。
全部が彼のお陰でないにせよ、中学での同学年が全員第一志望校に合格というのは快挙であり雪村くんが毎日放課後にやっていた勉強会がそれの大きな要因なのは間違いないのだから。
ぼんやりと少し前のことを思い出して遠い目をしてしまっていると周囲が騒がしいのに気づいた。
「ちょっと、あれ溺れてない!?」
前の方が騒がしく、そちらに視線を向けると区切られたコースの半ば程で二本の腕が慌ただしく動き激しく水飛沫が散っている。
そして明るい金髪が水面からほんの少しだけ頭を覗かせている。
アレって桐崎さんッ!?
「宮本、これ持っといてくれ」
「雪村くん!?」
私が驚愕している間に雪村くんは着ていたパーカーを此方に投げると脇目も振らずにプールへと駆け出した。
そして彼の迅速な行動のお陰で桐崎さんは多少水を飲んだくらいで救助された。