これまで私が作り上げてきたホムンクルス―――その九十九の子等はみな、強大な力を与えてきた。
時を操り。空間を統べ。熱を支配し。流れを操作し。すべてを破壊する。
その他にも……あぁ、私が想像しうる全てを創造した。
だが、そんな私にも、未だ作り上げたことのないモノがあったと、気付いたのだ。
それは、弱さ。
あらゆるモノに蹂躙され、敗北する運命を持つ子。何も持たぬからこそ、すべてを手に入れうる可能性を持つ。
そう、かつての私がそうであったように。
ゆえにお前には、“最弱”の
あぁ、我が最後の子よ。
どうか、その生に幸あらんことを――――
「――ふっ」
手を地面に着き、触れたところからパチパチと光が走り、土くれでできた床を這っていく。
その光の行先は、およそ五メル先に存在している三匹の魔物、ゴブリンだった。奴らは醜悪な顔をした濃緑色の小人であり、手にはこん棒を持って喚いている。
こちらは一人、ゆえにこそ、三匹に囲まれ殴打されることは絶対に回避すべきことである。
イメージするものは、土の腕。
魔力光が奴らの足元に到達した瞬間、地面が盛り上がり、奴らを足元から銅、手までをぐるぐると覆いつくす。
「ギャッ?!」
突如身動きがとれなくなりゴブリンどもがうめき声をあげる。
あらゆる行動を封殺したため、奴らにできるのはもはや、声をあげることだけだった。
特に躊躇うことなく、手持ちの剣で首を叩き切り、三匹まとめて絶命させる。
ゴブリンが絶命した瞬間、ぼろぼろと奴らを構成する物質の結合が解かれ、地面に呑まれていく。
それを見届けて、次にゆく。
「……さぁ、最後だ」
いかにも何かがあります、と言うような豪奢な扉。
この遺跡は、基本的に上下左右が土で構成されており、一定間隔でランタンが壁に設置されている非常に簡素なところだ。
扉に手をふれると、特に力を込めるまでもなく扉が、ギギギ、と開いていく。
その先にあるのは広間だった。戦いのために用意された簡素な空間。
そこに、鬼がいた。
二メルを優に越える体躯、丸太のような腕に、割れた腹筋。そしてやはり目を引くのは、頭に生えている大きな角だろう。
「いざ尋常に、勝負!!」
大きく声を張り上げて、自分を鼓舞する。
まず大事なのは死なないこと。死なないことには長けている自信がある。これで百度目の挑戦だが、九十九回挑戦に失敗して死んでいない。
《解析》
今まで幾度となく相対してきた相手ではあるが、遺跡の魔物は定期的に入れ替わる。遺跡に呑まれて、また再び遺跡から生まれる。そういうサイクルで生きている。
であるから同じ個体である保証もなく、相手の肉体がどれだけの強度を誇っているか、それらを確認することは大事なことだった。
そしてわかったことは、やはりいつも通りの肉体強度を誇っているであろうこと。
つまり俺の脆弱な攻撃など通らない。
土の槍など肉鎧に砕かれるだけだし、目や口を狙えば可能性はあるが細かなところを狙うだけのエイム能力はないし隙を作るまでがまず一苦労だ。池を作って溺死を狙ったこともあるが、口元まで沈める前に脱出されて終わりだった。では土に沈めるのはどうかと足元を崩したこともあったが地面ごと砕いて這いあがってきた。
地形を変えた攻撃では、あまり意味がないということがこれまでにわかっている。
で、あるから。
「攻撃手段は『金属』であることが望ましい」
結局土の強度では足りないという話なのだ。
もちろん土の硬度をあげることもできるし、粘度の高い接着剤に変えることもできるし、金属に変えることだってできる。
だが“元素変換”をする前に奴は土など砕いてしまうから、ただの土しか使用できない。
(じゃあ自分で持ち込めばいいってだけの話なんだよな)
腰に下げた剣を地面に突き刺す。
もともとこれは白兵戦用の武器ではない。戦場に、金属を持ち込むという錬金術を前提とした武装だ。もとより後衛、剣に命を預けることなどできはしない。
錬成光を纏った剣が地面と混ざり、相手を絡めとるだけの“量”と“質”を備え付けはじめる。
「ガァァァァァアアアアアッッ!!」
己の前方に位置する、半径一メルほどの錬成光を纏う地面、そこに雄たけびをあげながら猛進してきた大鬼。
一瞬遅れれば、その剛腕で引き潰されて俺は死ぬだろう。
だがその前に、奴が足を踏み入れたその空間が沈み、隆起し、奴の肉を包み込む。
つい先ほどゴブリンを呑んだそれと同じその光景は、魔物相手に俺がよく行う手法だが。
ピシッ。
拘束が終了したその途端に耳に入る亀裂音。
それは強度を高めてなお拘束時間が長くないことを意味しており、ゆえに、このわずかな間に次の手を打つ必要があった。
イメージするものは―――固く、硬く、堅い鋼。
ただ形を変えるのではなく、構成する成分を分解し、別のそれに変換する。
もとより大地とは“金”の属性を多分に含んでいるものだ。まったく別のそれに変化させるよりも難度は低く、ゆえにこの土壇場でも可能となる。
げっそりと、体から力が抜けて、土色の地面が、大鬼を覆う大地が、鋼色に染まっていき―――
「やっべ」
拘束が完了する前に砕かれた。
上体はもう解放されていて、足元がまだ縛れている。
しかし完全に解き放たれるまでも時間の問題だろう。
どうするべきか、と一瞬悩んで、動きが止まる。
「グォォォォォオオ!!」
その隙に、大鬼の巨腕が迫って――空を切る。
当たる前に、どぷり、と俺の体が地面に埋まり、消えてゆく。
選んだのは、逃げ、だった。
まずは状況を立て直すのが先決だと考えて、安全な場所へと
幸い、武装となる金属はまだ場に存在している。あれが遺跡に呑まれて消えるのも時間の問題だろうが、しばらくは持つ。
地中。
気道の確保。空間の確保は最低限に。あまり空間を開けると砕かれ追いつめられる。上に小さな穴をあけて、音で奴の場所を探ってどうにか―――。
そうして、上にあがっては下に沈み、逃げの繰り返しをして、百度目の挑戦が終わった。
敗走である。
「――で、それでまた負けたんだ」
「そうだよ」
自身が経営する小さな錬金ショップ、アルケミー。
そこのカウンターで、一人の少女と会話をする。
「相変わらずね。いい加減やめたら? カイトに戦う才能ないと思うけど」
「む……」
呆れた顔で忠告をしてくるのは、赤毛のローブを着た女だった。彼女の名前はミリー、我がショップを贔屓にしてくれている呪術師である。
「だいたい。これも何回も言ってるけど、錬金術師がその場で武器作ろうなんてのが甘いのよ。私らみたいな術師は戦場に入るまでの準備が九割。剣しか持っててない錬金術師なんて、雑魚でしかないわ」
「そんなこと――」
「あるから負けてんでしょうが。舐めてんの? 戦い舐めてるからそういうことしてるんでしょ?」
「でも」
「その話も何回も聞いた。自分の憧れた錬金術師はそれで踏破している、と。でもそれは伝説級の存在であって、並の実力しか持ってない奴に、それはできない」
「むぅ」
はぁ、とまたため息をついて、ミリーは言う。
「あんまりこういうこと言いたくないんだけどね。カイトは、錬金術の腕自体は悪くないんだから、普通にお店を回してくれれば。私もこのお店がなくなるのは寂しいし」
そうして、ポーションや火薬など、必要なものを購入していって、ミリーは去っていった。
「舐めてる……かぁ」
そうして一人になった店内で、つぶやく。
「でも……」
パラケルスス、という錬金術師がいた、らしい。
らしいというのは、存在したという事実が曖昧であったからだ。
伝承レベルに、“錬金術師の開祖である”というような噂だけがあって、だから存在の是非は賛否両論だった。
だが、その存在を裏付けるものが数百年前に見つかった。
それが、遺跡である。
パラケルススが残した遺跡。その一つ目が見つかって、その遺跡を攻略した者によって、パラケルススが実在したということが、彼の偉業が、明らかになった。遺跡から発見された、最奥に存在したヒト。
パラケルススによって生み出された、人間を超越したヒト。
遺跡を踏破したものに忠誠を誓うという、ヒト。
パラケルススの
そうして、世界に百の数、強大な力を持ったホムンクルスが遺跡の中に眠っていると語った。
そうして各地に、ホムンクルスのマスターがこの現代、存在する。
その誰もが英雄と呼ばれる剣士であったり、呪術師であったり祈術師であったり、錬金術師だ。
俺が今回挑んだカルミア―――初心者のための遺跡と呼ばれるそこも、パラケルススの用意した最初の遺跡だと言われている場所だった。
何故初心者用だと言われているのか。
それは、ほかのそれと比べて攻略が容易であるから。
道中には
あぁ、その程度、野良で狩りに行っても遭遇するレベルだろう。
だけれどランクの低い冒険者には対応が難しく、俺のようにソロであるというならもっと難しい話になる。
であるが、その程度できなければ他の攻略など夢のまた夢、
だから初心者用。
しかも、この遺跡は攻略しつくしても得るものがオーガの角であるとか、そういったありふれたものだけしかなく。
パラケルススの残した
であるから、ここはほかに挑む前の練習場なのではと言われたのだった。
そんなに簡単ならそもそもパラケルススが手掛けた場所ではないのではないかとすら言われたカルミア。
だが、永久に魔物を生み出すその特色。
遺跡内の錬成物や破壊痕が勝手に消えていくという現象。
そして何より、破壊できない。
これらは、パラケルススのそれに共通するものであったから。
この場所もそうなのだろうと、言われている。
俺も、英雄というものに憧れたから。
まずは、と遺跡都市カルミアへとやって来て、生計を立てながら挑み続け――百度。
負けた。
「舐めてる、か」
では仮に、舐めないとどうなるんだろう。
本気で殺しに行ったら。
まずパッと思いつくのは、毒だろうか。致死性の高い毒、経口でなくとも、肌から含侵して蝕む死毒。金と時間はかかるが、できないことではない。当てさえすればいいので、勝てるだろう。
次にするとすれば、爆薬か。いやこれは自分にも被害がくる可能性が高い。NG。
あるいは接着剤。超強力な接着剤を多量に用意し、完全に行動を封じる。まぁ可能だろう。
その線で行くならば多量の金属を持ち込むのが楽だろうか。これは楽だ。金属は自分で錬成してしまえば元手がいらない。遺跡内で行うには精神力が足りなくなるから、事前に用意して運搬をする必要こそあるだろうが、現実的だ。
「でも、なぁ」
自分の憧れた伝説は、そんなことをせずとも華麗に戦って、踏破して。
だから自分も、と。
「甘えなのかなぁ」
悩んで、悩んだが。
結論は変わらなかった。
やはりその身一つで攻略してこそだろう、と。
百一度目の挑戦。
道中はさしたる苦労もなく、最終エリアへ。
相も変わらず、豪奢なそれを開いて、大鬼と相対する。
手順は変わらず、最初少し動きを止めて、拘束を試みる。
が、変わらず、また失敗。
毎度いけそうでいけない。あと数瞬あれば、完全拘束できそうなのがもどかしい。
また、一度、地中に
視界が暗転する。
そこは静謐な空間だった。
土くれのようであった今までの場所とは打って変わった、真っ白い床、天井、壁。
目を開けると白だけが飛び込んできて、ただただ困惑する。
「……ここは?」
広さは、それなりにあった。
目測高さも奥行きも、十メルはあるだろうか。
困惑しながら立ち上がり、よくよく周囲を観察していると、ヒトを見つけた。
白のヒト。
奥の奥、両の手を縛られ、鎖につながれ宙に浮く一人のヒト。
もしかして、と。
一歩一歩、近付いて行って、触れられそうな距離になったそのとき。
「――はい」
目が開き、口が開いた。
拘束された白のそれは、少女だった。
粗雑に長い白髪は片目を覆い隠し腰まで伸びており、隠れていないその瞳は黄金色のそれだった。身にまとう衣服も、上体から腿のあたりまでを隠す簡素な貫頭衣で。
ただ、白い、という印象を受ける。
「ホムンクルスNo.101、カルミア起動します」
パキン。
鎖が、手枷が砕け、キラキラと結晶のように周囲に舞う。
そして、吊るされていた少女がふわり、と降りてくる。
「カル、ミア?」
「はい」
カルミアと名乗り、ホムンクルスだと自称する。
そしてここは遺跡の内部である。
であれば、この謎の空間が遺跡カルミアの最深部なのだろう。
「お前はパラケルススの生み出した、ホムンクルス?」
「はい。偉大なる父の最後の娘、“最弱”のカルミアです」
「……さいじゃく?」
「“最も弱くあれ”と。私の製造理念はそれでありますので、そのように」
「は?」
幼少期から夢見た遺跡攻略。
それが何故か成り、目の前にはホムンクルス。
だけれども、そのカルミアの言うことがいまいち理解できず、疑問符を浮かべてしまう。
「弱い、とは」
「はい。そのままであります。私は単体では何者にも勝つことは不可能であると――えぇ、もちろんそのようなことはないのですが。有象無象程度に敗北などはしませんが。えぇ、私の腕力が脆弱であり、祈術も呪術も、錬金術も使用はできないというのは事実です」
「ホムンクルスとは、単体で軍隊規模の能力を保有すると聞くが」
「はい。いいえ。それは製造理念によるでしょう。癒しの力を持つ姉、No.42アルストロメリアなどは、戦闘能力に乏しいです。しかし、死を操るNo.6リリィなどは軍とは言わず、国を転覆させるだけの力を持つでしょう」
最も私は外界を見たことがないので詳しいことはわからないのですが、と彼女は続ける。
「……」
「質問は以上でしょうか」
「……あぁ、待て。色々頭がこんがらがっている」
「はい」
静止しているカルミアを、もう一度よく見る。
美しい少女だった。
その容貌はいままで見たどの女よりも整っており、胸の膨らみは蠱惑的で、腰は細く、それでいて足は肉感がある。
これが自分のものなのだと、そう思って。
本当にそうか? と自問する。
そこは、まず大事なところであると、息を吐く。
「……質問だ。俺はお前のマスターということでいいのか」
「はい。いいえ。資格を有してはいらっしゃいますが、まだ」
「…………」
再度、考える。
「……資格を有しているだけではマスターではない?」
「はい」
「マスターになるために必要なことは?」
「この遺跡の攻略です」
「……この場所は、幾人も攻略したが、そいつらがマスターになっていない理由は?」
「強いからです」
「は?」
何を言っているのかがわからず、疑問の声をあげた。
強いから。
それではまるで、強者はマスターになれないかのような――。
「……資格とは?」
「弱いことです」
「――俺が弱いと」
かぁ、と顔に血が集まる。
怒りが、感情を支配する。
「はい。いいえ。より正確に言うのであれば、百の敗北と、さらに挑む勇気を持つことです」
「……どういう意味だ、それは」
どうもこうも、その言葉の通りの意味であるのだが。
聞きたいことは、そうではなかった。
カルミアは、淡々と、言葉を紡ぐ。先ほどとは、少しばかり言葉を変えて、同じことを。
「最弱たる私を所有する資格とは、弱いことであり、さらに言えば弱さを許容せず挑む心を持つことです」
「……あ?」
「…………」
疲れているのもあるのかもしれない。
急な事態で頭がついていっていないのもあるかもしれない。
弱いと面と向かって言われて、怒りの心を抱いたこともあるかもしれない。
思考がまとまらず、何も考えることはできなかった。
「――時間ですね」
「あん?」
背後で、何かが崩れる音がした。
天が砕け、鬼が降りてくる。
「ガァァァアアア!!」
大鬼が、雄たけびをあげる。
「――――ッ」
あぁそうだ。そうだった。
つい先ほど、マスターになるためには、遺跡の攻略が必要であると言われたばかりであった。
「一つ、アドバイスを」
カルミアが、口を開く。
「あなたはずっと、逃げてきたのでしょう」
不思議と大鬼は動きを止めて。
「でなくば百も挑めない」
逃げずに百も立ち向かっていたのであれば、きっと死んでいたから。
「であれば、死を恐れず立ち向かうべきです」
白の少女の、黄金の瞳がまっすぐにこちらを見つめてくる。
「えぇ。それを乗り越えてこそ。私のマスターに相応しい」
勇気を持って死を切り抜けてこその英雄だと、カルミアは言う。
「――ご武運を」
そうして、再び戦いがはじまった。
「ああああああああああああああッッ!!」
心構えも何もあったものじゃない。
思考に冷静さなんてものは欠片もなくて。
ただただ、目の前の恐怖に、あらがうことしかできなかった。
「グアァ!」
高速で突進してくる巨体に対してまず行うことは、回避。
準備も何もないのだから、まずは
巨体のそばを、すんでのところで潜り抜けていく。体を巻き起こった風が撫でて、ぞわりと背筋が寒くなる。
武器。武器。武器。
まずは武器が必要だった。
《解析》
錬金術は、まず物質の構造を理解することからはじまる。
であるから、武器になりそうな素材の選定が必要だった。この場所を形成している白――その強度を調べて。
「使えねえ!」
ただの土くれと同等かそれ以下。
その程度の強度しか有していない、白亜。これで奴を殺害することは無理だろう。
なら、なら、なら。
(――どうするッ?)
悩んでいても、相手は止まってはくれない。
再び突っ込んできた大鬼。
毎度ギリギリで回避していても埒があかないし、安定した回避手段を。
と、慣れた動作で、床に沈もうとする。
地形変化はこちらの得手とするところで、下に逃げることが活路―――
「禁」
そしてカルミアの一言で、床の変成が禁じられる。
「逃げの一手。えぇ、時には必要なことでしょう。ですが、それは百繰り返したこと。この場所で、それはもう認めません」
「クッソが……ッ! 何もできない最弱じゃなかったのかよ!」
怒声をあげながら、再び、間一髪で回避をする。
こんなまぐれ、いつまでも続かない。
「はい。いいえ。それはそうですが、ここは私の体内のようなもの。ある程度の融通は効きますとも」
淡々と告げるカルミアに、殺意を覚える。
安定した回避を封じられ、攻撃手段は未だなく、時間経過で死ぬことがいま目に見えている。
「考えろ」
追ってくる鬼から必死に遠ざかり、思考をフル回転させる。
身の回りのものを変えられないなら、残るは我が身。
服。靴。髪。
それらには力が通る。
そして――空気。
気体も物質なのだから操れない通りはない。
空間に手をかざし、大気中の成分の移動を行う。選り分け。
非物質でもって物質を操る錬金術師。
成分判定などとうの昔に終わらせており。害あるものが存在することも、知っている。
大気中に最も多く存在するそれを、かき集めて、維持する。
こちらに突っ込んでくる奴が吸うように。
百の戦闘経験から、奴がまっすぐ突っ込む傾向が高いことは理解している。
だからきっと、と賭けに出た。
奴と罠と自分を直線状に結んで、振り返ることなく、奴を背にして走り出す。
「グガッ?!」
魔物であろうとも、基本的な肉体構造は生物をベースにしている。であるから呼吸をする魔物は呼吸をするし、肺も、脳もある。であれば。
毒でなくとも、普段大気中に存在するものであっても、急激に高濃度のものをものを吸えば――呼吸困難になる。
自分が吸うリスクもあった。
そして効かないリスクもあった。
それを超えて、いま、可能性を探して走り出す。
目星は、一つだけ、ついていた。
強度が高い、奴を貫ける可能性を持つもの。
カルミアが最初繋がれていた、鎖、手枷、その破片。
「退いてろ!」
当然それがある場所にはカルミアがいて。
よく見ると、ほのかに蒼い銀の結晶が、散らばっている。
《解析》
見たことのない物質だった、
だけれど比重が低く、それでいて強度の高い金属であることはわかる。
あわてて蒼銀のそれが落ちている白亜の地面に手をついて、そこを起点に、錬成を行う。周囲の蒼銀が手元に集まるように、一つになるように。
そうして、手もとに蒼銀の金属塊が生まれた。
「ガァッ!!」
だが当然それをずっと見守ってくれる敵などおらず、とうとう、背後からまともな一撃が入る。
「ぐ、えぇ――」
バキバキ。
体の内部からそんな、小枝が折れるような音が聞こえて、口の中には鉄の味が満ちる。
吹き飛んで、転がって、床をなめる。
死ぬ。
そんな言葉は、また頭をよぎって。
視界の隅に、カルミアが映る。
その黄金の瞳は、無感動にこちらを見つめていて。
それがどうしようもなくムカついて仕方がなかった。
「ぐ、あ」
「ギャアアアアアアッッ!!」
仕留めた、とでも思っているのだろうか、醜悪な顔をゆがめた大鬼が、高笑いをするかのように叫んでいる。
あぁ、間髪入れず追撃すればよかったろうに。
そうすれば、お前の勝ちは確定していただろうに。
立ち上がる時間をくれて、ありがとう。
「勝負だ……ッ!」
血が混じって、肺が死んで、まともな声を発せていたかどうかもわからない。
ただ、殺す、と。
勝つ、と。
その気持ちが純化して、前を向く。
「グアア……!」
手に掴んでいる蒼銀の塊は、相手を確かに殺しうる。
だが遠距離から鏖殺するには絶対量がなく、ゆえに近接しか望めない。
バチリ。
錬成光を伴って形成されたのは、ひと振りの簡素な剣だった。
剣を構えて、
「死ね」
剣が爆ぜる。
杭のように棘が幾条にも生まれ、大鬼の目を頭を胸を、刺し貫く。
ああこれは絶命しただろうな、という呆気ない幕切れ。
しかしただ単に、これで終わるはずもなく。
「グヴォエア゛」
絶命して動かなくなる前に、こちらの矛が届いたように、敵の拳もこちらを捉える。
「ぐげあ゛」
妙な音が肺から漏れて、べきべき、とまた体がへし折れる音がする。
棘剣から手が離れ、床を、ごろごろと転がってゆく。
彼も、大鬼も、動かない。
あるいは。
そう、あるいはこれは、引き分けと呼ぶべきものなのかもしれない。
大鬼は動かなくなり、こちらも、致死ではないものの、放っておけば危ないだろう。たかが二発。しかし自分よりはるかに大きく、力の強い者の二撃。あぁ、重い。
しかし。
これは、勝利だった。
客観的に見て、最終的にどちらも倒れていたとしても。
彼にとって、まぎれもない勝利であることは間違いなく。
だから。
「あぁ、勝った……」
涙が、こぼれた。
仰向けに倒れて、ひゅーひゅーと呼吸をして、苦しくてたまらないはずなのに嬉しくて。
涙が出る。
逃げずに立ち向かった。
そして勝った。
これが嬉しくなくてなんだというのか。
「――お疲れ様です」
「……あぁ」
「はい。今からあなたは、“最弱”のカルミアのマスターです」
「…………」
「マスター?」
「……うるせぇな。いまそれどころじゃない」
「はい。なるほど。確かにそれは。まずは体の修復からですね。治癒は可能ですか?」
「……できたらやってる」
「はい。そうですか。それは困りました。マスターはカルミアの初めてのマスターですので。はい。生きて、私と共に生きてもらわねば、困ります」
「……」
「体の修復は、難しい技能です。脳や心臓、そのあたりを下手に変えてしまうと、それだけで致死です。ですが、骨をつなぎ、出血を止めるだけなら可能なのではないでしょうか」
「……あのな」
ごほっ、とせき込み、体に激痛が走る。
無感動に、こちらを姿勢よく見下ろすカルミアの姿がどうにも腹立たしい。
「俺は、あまり力の総量が多くはない。ここに来るまでにゴブリン殺して、最初大鬼と立ち回って…………ここ来て、あれだ。もう使える力なんてない……」
話すたびに、体に激痛が走る。
苛々とストレスを蓄積させながら、また口を開く。
「というか、お前。……俺を連れてここから脱出くらいはできないのか」
「はい。いいえ。可能ではありますが、私に戦闘能力はありませんゆえ、何がしかに襲われた場合終わります」
「お前。有象無象には負けないって……言ってなかった……?」
「はい。ただの羽虫には勝てますとも。犬や猫、あるいは人など、そういったものと戦闘となると、厳しいものがあります」
「…………」
「はい。話がそれました。力が足りないのであれば、私を利用していただければよいかと存じます。ええ。これでも私は
「……」
「賢者の石。大気から、大地から、世界から。エネルギーを無尽蔵に蓄え使用できる永久機関。我々の心臓です。マスターには、この力の使用権があります」
「あ。そう」
「はい」
「…………」
「…………」
「……どうしろと?」
「使用方法でしたら、私に触れていただければ。あとはそう、汲み上げてください」
そうして、カルミアがしゃがみこみ、彼の顔を覗き込む。
長い長い雑な白髪が垂れ、両の黄金が視界に映る。宝石のように綺麗なそれに触れたくて、手を持ち上げ、カルミアの頬へとまず触れる。
柔らかい。
暖かい。
あぁ、女の子だなぁ、とそう思わされる。
「……マスター?」
「……あぁ」
自分の中にある力を行使するときのように、カルミアの中から、力を汲み上げ、行使する。
パチ。
「ぐげっ」
自分の体の修復など。
基本しない。危ないからだ。そして壮絶に痛い。折れた骨をつないで、破れた血管をつないで、表皮を取り繕う。
(……あぁ、たぶん上手くいった)
これも、下手なことをしていれば死に至るような行為なのだが。
割と躊躇いなく実行できたのは、何か吹っ切れたからなのだろうか。
「……あ゛-」
「お体のほうは」
「まぁ、現状問題はない」
「それは重畳」
カルミアが、淡く微笑む。
はじめて、彼女が表情を変えた瞬間だった。
「マスター」
「なんだ」
「はい。いいえ。マスターというものができたことはこれが初めてですので、はい」
「……嬉しいの?」
「はい」
「そうか」
「はい」
真っすぐ見つめられて、嬉しいなどと、そんな風に言われてしまっては、戦闘中抱いていた苛立ち殺意を向けるわけにはいくまい。
少し照れて、上体を起こして、頭をがりがりと掻きむしる。
「マスター」
「なんだ」
「……あなたには、夢がありますか」
「……夢」
「はい」
カルミアの、長い長い白の髪がゆれる。
周囲の空間が、砕けてゆく。
遺跡が、崩れる。
踏破された遺跡は無に帰して、その場からはホムンクルスとマスターだけが現れるという、その噂に聞いた事象が起きているのだろう。
「……夢というなら、この状況が、夢だった、かなあ」
「……」
「遺跡を踏破して、ホムンクルスと巡り合う。そういうことを、夢見ていたんだ、俺は」
「…………」
「だからそう、夢というなら、とりあえず、今叶ったさ」
「……はい。なるほど。そうですか」
なんだか、カルミアの顔が、ほとんど表情は動いていないのだが、所作が、何か言いたそうなそんな雰囲気を纏っていて。
何が言いたい、と眉を顰める。
「弱い奴は夢が小さいとでも言いたいのか」
「はい。いいえ。ただ、私にも夢がありまして、それと重複する点があれば都合がいいなと思いまして」
最初に弱い弱いと言われたことをまだ根に持っていたんだろう。
我ながら女々しい言動をしてしまったが、はて、カルミアの夢とはいったいなんだろうか。
「夢?」
「はい。私には夢、というより、やらねばならないことがあるのです。えぇ、マスターにも、できれば手伝っていただきたいと思っていますが」
「手伝いって、お前」
くくく、と笑みがこぼれる。
最初の言動といい、今といい、上位者は自分であるというかのようなふるまい。あぁ、マスターというよりはこちらがサーヴァントであるかのようだ。
「なんだ。言ってみろ」
「はい。私は生まれる前から“弱者”だという烙印を押されたのです。えぇ。納得などできるわけがない。そうは思いませんか」
「……あぁ」
なるほど、と頷く。
カルミアは、無表情に淡々と語っているが、その想いは、感情は無であるわけではないらしい。
「ですから。えぇ。私は私が“最強”であると証明すべく―――九十九の兄姉を降さねばならないのです」
「なるほど」
九十九の兄姉。
ああ、そういえばこいつは最後の娘であると言っていたか。
「どうやって?」
「そこは。えぇ。これから考えるのです」
「ふはっ」
最弱。ただの人間にすら敗北するホムンクルス。
それが軍隊規模、国規模の存在を降すという。しかしその目処は何も立っていない。
あぁ、無謀。迂闊。無鉄砲。
なんだそれは。実に笑える。
「あぁ。まぁ、いいぞ。付き合おう」
「流石カルミアのマスターです」
もとより百敗北してもなお挑み、勝利する。
そんな存在でなくばこの場を攻略はできない。下剋上。そういうものと、縁がある存在でなくばマスターたる資格などなく。
であればマスターたる彼が了承するのも当然の話で。
「じゃあ行くかあ」
「はい。えぇ」
彼らは立ち上がり、歩いてゆく。
これは、“最弱”と呼ばれた主従が、世界に足跡を刻むまでの英雄伝。
可能性を拾い。敗北を重ねて、やがて勝利を掴む彼らのお話。