【合同企画】 三題噺集 【正月企画】   作:倉月夜光

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【作者:世嗣】 「僕は、そして彼女と」

 世界は、いつだって未知に満ちている。

 

「さてさて、行きますかね」

 

 片手の杖を軽く回して調子を確かめると肩を回して目の前の遺跡へと一歩足を踏み出そうとして、ピタリと動きを止める。

 

「遺跡を見る時はトラップに気をつけろ、ね。忘れるとこだった」

 

 遺跡の入り口でしゃがんでみると、砂埃の下に薄く何人かの足跡を発見する。

 

「……随分新しい。ってことは、あんまり遺物には期待できないかもな」

 

 思わず肩を落とす。今日の遺跡は比較的未開の地で見つけたものだったので、先駆者はいないと思っていた。少なくとも先週見つけた時は誰も来ていなかったはずだ。

 

「……あんまり今回は期待できねえかもなぁ」

 

 じゃり、と靴底が砂利を擦る。

 

 広がる世界に光はなく、鼻腔へと届く香りは黴臭くて、どうにも長居したい場所とは思えない。

 

「ふむ、光がないのはちと辛いな」

 

 頭をすっぽりと隠すフードを払うと、腰帯にかけていたランタンを取り出した。

 

空を、火へ。理は我が腕の中(炎よ起きろ)

 

 パチン、と指を鳴らすと如何なる法則に従ってか、虚空から炎が生み出されランタンに仄かな光を宿す。

 

「うむうむ、なかなか上手くなったな、錬金術。こりゃ完全な金を作るのもそうだ遠くないかもな」

 

 ランタンを再び腰帯にかけると仄暗い遺跡に、カツカツ、と手の杖が床を叩く音が一定の周期で響く。

 身の丈ほどのある杖は独り立ちした時に師匠からもらったもので、先には青い宝玉が輝いている俺の唯一、そして最大の宝でもある。

 

「……ん、気配がするな」

 

 しばらく歩いていると、ふと、足音が聞こえた。思わず目を細めると、古びた遺跡の道、その角から一匹の巨大な鼠が飛び出してくる。

 

 見た目自体は納屋や、そこいらにいるような鼠と何ら変わりない。けれど、問題なのはそのサイズ。体高は60センチを超えている。

 そして、鋭く突き出た歯、血走った瞳は人間に友好的な雰囲気をしているとはとても言えない。

 

 怪物(モンスター)、溢れ出る魔力素によって姿を変えた人間にあだ名す生物の総称。

 

巨大鼠(ジャイアントラット)、エンカウントってとこか」

 

 ジャイアントラットが吠えて、向かいかかってくる。

 

「ーーー」

 

 ラットが薄汚れた前歯をぎらり、と凶悪に光らせて目の前に現れた人間の首元へと噛み付こうと迫る。

 

「おっと、そいつは頂けないな」

 

「ーーー」

 

 それを杖を手の中で回して、腹部を弾いて吹き飛ばす。呻き声を上げて吹き飛んだラットは軽いダメージによって憎悪(ヘイト)が上がったのか、目に宿る赤を増して俺を睨む。

 

 長引く戦闘は良くない。俺は基本的虚弱児なのだ。

 

「……熱い奴、行くぞ」

 

 杖を握る。遍く世界へと俺の声を呼びかける。杖を通して、その理を書き換える。

 

空を火へ。地は鉄へ。遍く理は我が腕に(金よ、顕れよ)

 

 杖先の宝玉が淡い光を湛え、そこを起点に空間が遺跡の床の土を巻き込んで、その元素の在り方全てを変質させる。

 

「──吹き飛べぇっ!」

 

 光が、弾けた。

 

 元素を変質させる錬金は金を生み出す過程で激しい熱量を生み出しながら、飛びかかろうとしていたラットの鼻柱に炸裂し、粉々に打ち砕いた。

 

 肉が吹き飛び、遺跡の壁にびちゃびちゃと粘着質な液体と、それに混じるように骨が跳ねた。

 

「おーおー、汚ねえなぁ」

 

 その光景から目を逸らして、掌へと目を落とすとそこには紛れも無い金色の光を湛えた小さなかけらがあった。

 

「……まあそうなるわな」

 

 けれど、それも一瞬のこと。瞬きの間に金のかけらがぐずぐずと端から黒ずんで消えていってしまう。

 

 その事に特に落胆もせずに錬金の衝撃で生まれた破壊跡をよっこらと歩き始め、遺跡の深奥へとまた向かう。

 

 『錬金術』。

 

 昔々、俺が生まれるかなり前、たぶん名も知らぬ俺の爺さんのそのまた爺さん、そのまた爺さん、まあたまには婆さんとかが混じってたかもしれないが、とにかく気の遠くなるくらい昔の話、『錬金術』という技術が生まれたらしい。

 

 それは名が表す通り『元素を作り変えて金を練り上げる技術』の事だ。

 

 まあ厳密には金だけを作るわけではない。周囲にある空気、大地、目に移るもの全てを材料として、全く別の物質へと変質させる。

 

 空気から水を。土から炎を。木から鉄を。

 

 そうした、無から有ではなく、有から別の有へと変える技術なのだ、錬金術は。

 

 それで、当然のように錬金術にも難度、というものがある。算数に足し算から、考えるのも億劫な難解な式があるように。

 

 まず入門、これは錬金というより調合の域だ。水薬だとか、大気に満ちる魔力素を固形化するだとか、そういうのだ。これは知識と道具さえあれば誰にでもできるため、できない奴は殆どいない。

 

 それで、次に中級。ここに行き着くのは学び始めて約一年とかたった連中。近しいものを作り変える段階に入る。石を鉄だとか、大気にある水を元に氷だとかだ。

 

 上級でようやく元素を全く別のものへ、つまり『金』へと変える段階に移る。しかし、それには相当な年数の修行か、それに比肩するレベルの才能が必要になる。

 基本、錬金術は知識を基に体系化された学問という色合いが強いのだが、上級に至るまで最低でも二十年、長けりゃ人生の半分ほどは経験を積まなければいけない。

 

 しかも、この錬金術で作り出した金は、原則()()()()()()

 

 俺も完璧に理解できている訳ではないが、どうやら世界の修正力という奴らしい。世界の法則を歪めて作られた物質は世界に馴染めず、一定の時間が経つと消えてしまう。

 

 まるで、泡沫の夢のように。

 

 しばらく遺跡の中を歩き回りいくつかの売れそうな遺物の回収と、数度のモンスターとのエンカウントをして、恐らく遺跡の半ばと思われる地点までやってきて一度腰を落ち着けた。

 

「ふう、疲れたなぁ」

 

 ランタンを脇に置いて深く息をついた。

 

「……錬金術をこんな使い方してるのバレたら師匠に殺されるかもなぁ」

 

 いくら金を生み出す過程のエネルギーがちょうど攻撃に便利だからって使いすぎるのは良く無いかもしれない。

 

「でも便利なんだよなぁ……」

 

 思わず頭をかいて、また嘆息を漏らしそうになって、声が聞こえた。

 

 

────け──て。

 

 

「あン?」

 

 眉をひそめる。

 

──だ──か──すけて。

 

 頭に声が響く。

 

「なんだ、これ?」

 

──誰か、助けて。

 

 耳を塞ぐが聞こえてくる声は、まるで直接頭に伝わるかのように響き続ける。

 

──誰か、助けて。

 

「……助けを、呼んでる?」

 

 また頭をかく。

 

 訳がわからない。いつもと同じように移籍に潜ったら、唐突に謎の声が響く? なんだそれはまるで幼い頃に読んだ寝物語では無いか。

 

「嫌だぞ、俺は、そういうの」

 

 こういうのは七面倒臭い事に巻き込まれると相場が決まっているのだ。俺はただの何処にでもいる錬金術師。物語の勇者でもなければ、そんな慈愛に満ちた自己犠牲精神など持ち合わせていない。

 

──誰か、助けて

 

「…………」

 

──誰か、私を、ここから

 

「…………」

 

──お願い、します

 

「いや、だぞ。俺は帰らせてもらう」

 

 首を振って立ち上がる。軽く土のついたローブを払ってランタンを腰帯にかけて元来た道へと戻っていく。

 遺跡の奥までは辿りつけないし、そのせいで今回の稼ぎは少なくなるだろう。けれど面倒くさい事態を抱えるくらいならしばらく飯のおかずを減らす方がいくらかマシだ。

 

 そして、歩き出した瞬間──

 

──さみ、しいよ

 

 声が、聞こえた。

 

──だれか、おねがい

 

「…………あああああ! くそッ!」

 

 頭をガリガリとかきむしって、天井を見上げて叫ぶ。

 

「もうわかったよ! 行きゃいいんだろ! 行けば!」

 

 思わず舌打ちと一緒に背後を睨んで、再び遺跡の深奥へと足を向けた。

 

──だれか

 

 足を進める。天井から数匹のラットが落ちてくる。

 

──わたしを

 

 架空の金を作り出す。ラットを吹き飛ばす。

 

──ここから

 

 足を進める。

 

──さみしいよ

 

 ただひたすらに歩いて、歩いて、歩き続けて、体力の底が見え始めた時、ついに辿り着く。

 

「はあはあ、なんだ、これ……」

 

 ずっと続いていた遺跡の道が途切れ、目の前に巨大な玄室が広がっていた。先ほどまでは外から吹き込んでいた砂埃によってうっすらと汚れていたが、この部屋は違う。

 

 通路のような砂埃どころか、本来あるはずの経年劣化すら見て取れない。まるで()()()()()()()()()()()()()()、造られたばかりかのような美しさを保っている。

 

 そしてその中心に鎮座する巨大な培養管が一つ。

 

「おいおい、ほんとにいたぞ……」

 

 深い緑色の不思議な液体で満たされたその中には、一人の少女が眠るようにしてそこにいた。

 未だ二桁にすら届かない歳であろう彼女の体は起伏が乏しく、ふわりふわりと液体の中で透き通るような青色の髪が踊っている。

 

「なんでこんなとこに────ん」

 

 ゆっくりと少女の目が開いて、今まで彼女のまぶたの下に隠されていた彼女の髪とよく似た空色の瞳が俺を見つめた。

 

 まるでそれは自ら光り輝くかのようで、俺は彼女から目をそらすことができない。

 

──あなたは、だあれ?

 

 ガラス越しの彼女の口が動く。本当ならなんと言ったかなんてわからないはずなのに、俺には彼女の言葉が直接伝わってくる。

 

「俺、は…………」

 

 俺は、『錬金術師』。何処にでもいる、ありふれた、ただの学者くずれ。

 

 でも、彼女にとっては、俺は唯一無二なのだろうか。

 

 そうして、俺は彼女に自分の名を告げる。

 

 どこか、変わらないと思っていた日常が離れて行く気配を感じながら。

 

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