【合同企画】 三題噺集 【正月企画】   作:倉月夜光

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【作者:デスイーター】 「人形少女と滅びた世界で」

 『統率躯体、個体名称『リデル』の調整を完了しました。培養槽、パージします』

 

 無機質な機械音声のコールと共に培養槽の扉がカシャリと開き、容器の中から一糸纏わぬ姿の少女が現れる。

 

 少女の均整の取れた肢体は一種の芸術作品のようであり、真っ白な裸体は背徳的な色香と神秘的な空気を纏っていた。そしてその各所には、彼女が人間ではない事を示す球体関節が垣間見える。

 

 こいつは【機械人形(オートマタ)】……錬金術の産物であり、また俺の手足となるべく作り出された下僕でもある。

 

 少女は一見、普通の人間と見分けがつかない。まあ、()()()()()など、ここ数百年見た覚えもないのであくまで朧げな記憶が頼りではあるのだが。

 

 

 --おおよそ500年前、世界は突如として終わりを迎えた。

 

 詳しい原因は分からない。だが、確実なのは星全体に未知の毒素が充満し、作物が育たなくなり‥‥人類以外の動植物は全て息絶え、人類は未曽有の()()に襲われた。

 

 どういうわけが、その毒素は人類には一切の効果がなかった。だが、食べるものがなくては生きていけるワケがない。人類の滅亡も、時間の問題となった。

 

 そんな中、俺達錬金術師は世の混乱を傍観していた。

 

 俺を含む幾人かの優れた錬金術師は不老を得る秘薬、【命の水(エリクシル)】を精製する【賢者の石】の錬成に成功しており、食物がなくても生きる上では何の問題もなかった。

 

 ‥…だが、何処からかそんな俺達の事を嗅ぎ付けた権力者達が、俺達の住処に軍勢を率いてやって来たのだ。曰く、()()()()()()()()と。

 

 当然、俺達は拒否した。何故なら、賢者の石から生成される命の水は…()()()()()()()()()()()()()代物なのだから。

 

 【賢者の石】は生成する時、必ず人間の血液が必要となる。そしてそれが生成された【賢者の石】の中で濾過され、肉体を不老にする効果を持つ血液として生まれ変わったものが【命の水】なのである。

 

 この【命の水】を血液提供者以外が服用すれば、待っているのは拒絶反応による肉体の壊死のみである。

 

 かといって、他者の血液を用いて【賢者の石】を錬成する事も出来ない。

 

 【賢者の石】の錬成に必要なのはあくまで長年の肉体調整によって最適化された()()()()()()()であり、一般人の血液を用いても【賢者の石】を錬成する事は出来ないのだ。

 

 しかし、追い詰められた指導者達はそのような説明では納得しなかった。故に彼等は武力を以て俺達から【賢者の石】を奪取せんと目論み、当然俺達はそれを迎撃した。

 

 --それが、【エリクシル戦争】。その後の星の未来を決定付ける、人類と錬金術師との戦いだった。

 

 現代兵器を以て俺達に戦いを挑んで来た人類を、俺達は錬金術の産物…【機械人形】の力によって迎撃した。

 

 機械人形は俺達錬金術師が手足として使役する存在であり、ホムンクルスと機械部品を合成した生体統合人形(ハイブリッド)である。

 

 機械人形は幾ら壊れても錬金術で即座に修復が出来、戦車を力づくで引き裂く程のパワーを持つ。

 更に体表面に施された水銀のコーティングにより銃器の類に強い耐性を持つ為、現代兵器を駆逐する事など簡単だった。

 

 ……だが、現行兵器で歯が立たないと考えた指導者達は、禁忌に手を出す事でこちらに対抗して来た。即ち、()()()()()の実装である。

 

 かねてより権力者達の間で機械化による延命は考慮されて来たのだが、未だ完成とは言い難い機械化手術により機械人間の稼働年数は僅か数ヶ月に満たず、とても延命手段として用いる事が出来る技術ではなかった。

 

 だが、指導者達はそれを使()()()()()()()とする事で戦場に送り出した。人類は、手を出してはいけない領域に手を出してしまったのだ。

 

 機械化により自我の殆どを奪われ指揮官の言いなりになった機械化兵士の登場により、俺達錬金術師は苦戦を強いられた。

 

 人類は俺達の機械人形の事を戦いながらも研究していたらしく、機械人形に通用する武器を用意していた。即ち、【王水】である。

 

 【王水】は、機械人形の動力核である特殊な錬成物……【心金(アマルガム)】を、溶かす事が出来る。

 

 【心金】が溶かされてしまえば、機械人形に血液の代替物として流れている代物……即ち、【水銀】が生体部分を蝕み、機械人形は自壊してしまう。

 

 故に、機械化兵士達は王水を使用した武器を用いて機械人形に挑んで来た。王水を傷口に注入する剣や槍、王水を込めた弾丸などを用いて、一方的だった戦場を塗り変えて行った。

 

 だが、人類の快進撃はそこまでだった。人類の暴挙に遂に堪忍袋の緒が切れた一人の錬金術師が錬金術の秘奥、【黄金錬成(アルス=マグナ)】を用いて大気中の酸素を二酸化炭素に変換し、人類を()()したのだ。

 

 こうして、地球上の人類は死に絶えこの星に生きる人間は錬金術師だけとなった。その時は俺達は人類のいなくなった惑星で静かに生きるものかと考えていたが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 ……何故ならば、機能停止した筈の機械化兵士達が、見るもおぞましい変異を遂げて俺達に牙を剥いたからである。

 

 自我を完全に失った機械化兵士はあらゆる機械部品を取り込み、異形の怪物と化した。俺達はこいつらの事を尸解仙に至れなかった人類の残骸、【尸穢人(マシングーラ)】と呼んでいる。

 

 【尸穢人】は俺達錬金術師を探し求め、襲い掛かって来る。その為、俺達錬金術師はかつての人類の足跡が残る遺跡をダンジョン化し、立て籠もる事で生き延びる道を選択したのだ。

 

 その後はダンジョンに迷い込む尸穢人を撃退しながら悠久の時を一人過ごしていたのだが、機械人形を統御する為の個体、【統率躯体】は定期的な調()()が必要となる。

 

 汎用の機械人形は大まかな命令を遵守するだけである為細かな調整は自動でやる為問題ないのだが、それらを統御する【統率躯体】だけは複雑な命令系統が必要である為明確な()()を持つ。

 

 その為、汎用躯体より遥かにデリケートな部分が多く、定期的なメンテナンスをしなければその機能を十全に活かす事は出来ない。

 

 今日は一か月に一度の定期メンテナンスの日であり、今丁度それが終わったところだ。調整が完了した事により少女の意識が覚醒し、瞼が開いて紫水晶の瞳が俺の姿を視界に捉えた。

 

 「--マスター、定期調整ありがとうございます。つきましては、召し物を着せて頂きたく思います。私の裸体をそのまま視姦していたいのであれば、このままでも構いませんが」

 「……全く、そのくらい自分で着れるだろうに。分かった分かった、今着せてやるよ」

 

 機械人形の少女……リデルは慇懃無礼な口調で着替えを要請し、俺はいつも通りのリデルの行動に溜め息を吐きながら傍に置いていたリデルの衣服を手に取ってリデルに着せ始める。

 

 培養槽で調整を行う為には、着ている服を全て脱ぐ必要がある。その為、当然ながらリデルは繰り返し俺の前で全裸になる事になるのだが、リデルは何故かその都度着替えを俺に頼んで来るのだ。

 

 最初は俺も渋ったのだが、調整直後で上手く身体が動かないと言われてしまえば是非もない。今ではもうすっかりと慣れてしまい、考え事をしながらでも素早く着せる事が出来るようになってしまった。

 

 「ん……」

 

 最初にまずは、下着を着せる。弾力のあるすべすべのお尻を覆うようにショーツを履かせた後、小ぶりだが確かな膨らみのある乳房をブラジャーで保護する。当然着せる時にお尻や乳房に触れてしまうが、リデルは少し身動ぎするだけで嫌がる様子はない。

 

 薄い黒のレオタード状のインナーを履かせ、その上からミニスカートとパーカーを着用させる。あとは黒のニーソックスを履かせて、完了だ。

 

 「終わったぞ」

 「ありがとうございます、マスター。どうでしょうか? 美少女の着替えをさせてあげたのですから、オカズには充分ですか? それとも、今度はストリップが必要でしょうか?」

 「……いらん。下らない事を言っている暇があったら、さっさと業務に戻れ」

 

 相変わらず主に対して遠慮のない挑発を繰り返すリデルに辟易しながら、俺は努めて冷静にそう返した。

 

 人形の裸なんぞに興奮しないから、というワケではない。

 

 むしろ、リデルの着替えを手伝ったり彼女が無防備に触れて来る度に、心臓の鼓動抑えるのが大変だった程だ。

 

 リデルは人形ではあるが、ホムンクルスと機械のハイブリッドである為当然生体部分があり、性行為も可能だ。

 

 【命の水】を経て不老となった自分と同じく食事も排泄も必要としないが、女性器も子宮もきちんと搭載されている。つまり、やろうと思えば彼女と()()()()()事も可能なのだ。

 

 正確には、子宮で保存した俺の遺伝子情報を元に新たなホムンクルスを作成する機能ではあるが、疑似的に新たな生命を作り出す事が出来る事に変わりはない。

 

 理性が切れかけてリデルに手を出そうと思った事も、一度や二度ではない。そして恐らく、リデルはそうなった時一切抵抗しないだろう。

 

 被造物は、造り主には逆らえない。そういったプログラムが、機械人形にはプリインストールされているからだ。

 

 そもそも、機械人形作成の技術は錬金術師の間で一般化されている技術であり、俺もまた古来より伝わる技術を流用して機械人形を作成している。

 

 その技術の完成度が高過ぎる為、俺ではそのプロテクトを弱める事が精々であり、リデルの中には()()()()()()()()()()()という不文律がインプットされているのだ。

 

 ……俺は、それが嫌だった。彼女が純粋な恋愛感情から俺を求めてくれるのなら、それを拒む理由はない。

 

 けれど、そうじゃない。あくまでリデルは定められたプログラムに従い、俺に身を捧げようとしているだけだ。

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。かつて大切な子を救えなかった、俺のような人間が、どうして……

 

 ーー■■■■、くるし……たす、け……ーー

 

 「……ター、マスター、どうしたのですか? 顔、真っ青ですよ?」

 「……あ、ああ、すまない。少し、疲れているのかもな」

 

 ……白昼夢に囚われかけていた俺の意識が、リデルの呼びかけによって浮上する。気が付けば、リデルが怪訝な表情を浮かべて俺の顔を見詰めていた。

 

 「…………そうですか。まったく、私のマスターならば健康管理にくらい気を付けて頂きたいものです。よいですか? 優れた錬金術師たるもの心身共に平静を維持するのは基本的原則であってですね……」

 

 呆れた様子で説教を始めるリデルの言葉を聞きながら、俺は内心やれやれと溜め息を吐いた。慇懃無礼で毒ばかり吐くこの人形の少女の根本には、俺に対する気遣いがある。

 

 こうして説教しているのも、俺が余計な事を考えたりしないようにする為の心配りだろう。まったくもって、彼女の()()には頭が上がらない。たとえそれが、()()()()()()()()()()であったとしてもだ。

 

 「……む、何か不愉快な勘違いをしているような気配がしますね。マスター■■■■。私はですね、貴方のそういうところが……」

 

 ……リデルが何か、意味の分からない単語の羅列を喋った気がする。その言葉を耳にした瞬間俺の聴覚が拒絶反応を起こし、不快な耳鳴りを起こした。

 

 耳障りな騒音にしか聞こえないそれは恐らく、俺の()()であるのだろう。こういう時に聞こえる不快なそれは、きっとそうである筈なのだ。

 

 ーー俺は随分昔に、自分の()()を認識する事が出来なくなってしまった。

 

 ハッキリとした理由は、今も思い出せない。過去の記憶は虫食いだらけで、信用出来るものなど何もない。

 

 500年もの歳月は、俺の記憶を摩耗させるには充分過ぎるものだった。錬金術師は通常俗世との関わりを断つ事で人間社会への未練を消し、自らの研究に没頭する事で記憶の摩耗を防いでいる。

 

 分割思考が行える錬金術師は、その思考をフル稼働させている限り記憶領域が摩耗する事は有り得ない。

 

 なのに俺の記憶が摩耗している原因は、俺自身が人間社会への……人類に対する未練を、捨てきれていないからだ。

 

 俺は錬金術師でありながら俗世との関わりを持ち、身分を隠して学校にも通っていた。俺の見た目は17歳前後の少年の姿で固定されている為、とあるハイスクールに転入して学生生活を送っていた。

 

 ……【エリクシル戦争】が起こったのは、丁度その時だったと思う。錬金術師としての身分を隠していた俺は人類と錬金術師の戦争を前に戸惑い、どうするべきかを悩み、そして……っ!

 

 「……っ! マスタ……っ!!」

 「……っ!? り、リデル……?」

 

 何か大切な、でも致命的な事を思い出そうとしたその時、リデルの怒声と共に身体全体に感じる柔らかな感触を感じて、息を呑む。

 

 ……リデルが、俺の胴に腕を回して俺に縋りつくように抱き着いていた。人工物の筈なのに暖かな彼女の体温が俺に伝わり、冷えかけていた心を温めてくれる。

 

 「ーーマスター、一度しか言いませんからよく聞いて下さい。私がマスターに従うのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の為ではなく、私が貴方を仕えるべき主として認めているからです。ですから貴方は堂々と、私の主として振る舞うべきなのです」

 「……リデル……」

 

 いつもの軽口ではない、本気の想いをリデルの言葉から感じ取り、俺は何も言えなくなってしまう。そんな俺を尻目に、リデルは矢継ぎ早に話し続けた。

 

 「マスターは錬金術師ではありますが、同時に()()でもあります。愚かな暴走によって息絶えた()()()()()()()という意味ではなく、自分で考え、自らに責任を持ち、物事の間に立つ存在としての()()です」

 

 だから、とリデルは言う。

 

 「マスターの過去に何があったのか、私は基幹ライブラリによる情報でしか知り得ません。けれど、()()()()()()()()()()()()()とか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、私は一切気にしていません。製造目的がなんであったとしても、結局のところ、マスターは私を単なる道具ではなく……一個の()()として、扱ってくれました。そして私にとっては、それが()()です」

 

 リデルはそう告げるとその顔を俺の胸板に埋め、優しい声で告げた。

 

 「だから、いいじゃないですか。私はマスターのお役に立つ事が出来れば嬉しいですし、マスターが悲しんでいると私も悲しくなります。マスターの幸福は、私の幸福なんです」

 

 けれど、とリデルは言う。

 

 「……マスターは少し、色々な事を気にし過ぎです。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()的な自虐思考も、正直気に入りません。だから私は、マスターの為なら、なんだってするつもりです」

 

 何処か熱っぽい声で、リデルは告げる。その声は蕩けるような甘さがあり、俺の耳に染み込んで行った。

 

 「マスターの外敵の排除は勿論、身の回りの世話をするのも苦ではありません。それに、必要とあらば夜伽に興じる事も吝かではないのです。だから、お命じ下さいマスター。私は、貴方の……貴方だけの、機械人形です。貴方の望みを叶える事こそが、私の至上の悦びなのですから」

 「……俺、は……」

 

 ーー甘い誘惑の言葉に、理性が溶け落ちる。それ以上彼女の言葉に抗う術を、俺は持たなかった。

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