魔法少女の末裔   作:倉田京

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妹はツインテールをやめた

 艶(つや)のある真紅のローファー、つま先はふっくらとしていて、少女のキュッと引き締まった足首を際立たせている。靴から伸びるのは鳥の羽のように無駄のない美しい脚線(きゃくせん)。健康的な太ももを取り巻くカボチャ型をしたピンク色のスカート。その縁(ふち)を彩(いろど)るフリルは幾重(いくえ)にも層を成して、肌を上品な贈り物のように優しく包んでいる。細身の腰周りをした純白のシャツ。その胸元にあしらわれたプックリとした形の空色リボン。ちょっぴり幼げな口元。キラキラの瞳。ハートマークの髪留(かみど)めから伸びる黄金色(こがねいろ)のツインテールが風になびいている。

 すべすべの手に握られているのはもちろん、色とりどりの宝石が散りばめられた魔法のステッキだ。

 

 

 思い描いた魔法少女が今、目の前にいる。魔法少女はこうあるべき、いや、こんな魔法少女が現れてほしい。ずっとずっと、そう想っていた。けれど、その理想の全てが詰まった存在を目の前にしながら、俺は絶望のどん底にいた。なぜかって、その魔法少女は紙の上に描かれたイラストだから。そして、それを妹に見つけられてしまったから。

 

 

「な…何これ…おにいちゃん…」

 理想の魔法少女(紙)は、妹に汚れた洗濯物をつまむような持ち方をされ、俺の目の前にぶら下がっている。紙を持つ手がぷるぷる震えている。頬(ほほ)は真っ赤だ。まずい、妹が本気で怒っている状態。

 

 

 十六年間生きてきて、妹に『恥ずかしいものを見られる』ことは何度も経験してきた。『魔法少女のイラスト』ぐらいどうってことはない、と言いたい所だがこいつはレベルが違う。ただの絵じゃない、俺が自分で描いた魔法少女だ。筆を走らせ理想を思い『描(えが)いた』自家製の女の子。

 

 それだけに止(とど)まらない。きっちり中の設定まで描き込んでしまっていた。中とはそう下着だ。パンティーだ。ブラジャーだ。

 

 夜中に描き始めたのが仇(あだ)になった。走り出したら止まらなかった。初めは名前や好物、口癖などのプロフィール、続いて必殺技。そこで止(や)めておけば、まだ重症で済んでいたのに、こだわりが加速してしまった。鼻息荒く机に向かって『リボン付き水色しましま上下お揃い下着設定』を描き込んでいたあの時の俺、まじ殴りたい。

 

 

 冷静になって何度も焼却処分の候補に上がったのに、完成度の高さゆえに捨てずに残してしまった黒歴史。親や友達でも十分致命傷なのに、よりにもよって妹に見つかるなんて。最悪だ。最悪な理由、それは髪型。

 

 改めて妹を見る。イラストの少女と瓜二つのツインテール。ほぼ毎日しているお気に入りのヘアスタイル、同じくお気に入りのハートマークの髪留め。不幸な一致。

 

「何…これ…」

「あ、いやこれは…ちがうんだ…」

 お前の髪型からインスパイアを受けた訳じゃない!決してお前を描いた訳じゃない!そう言いたかったのに、三角関係の修羅場(しゅらば)に直面した情けない浮気男が口にするような言葉しか出てこなかった。

 

 

 頭の中ではこの絵を描くきっかけになった魔法少女アニメの魅力が早口で展開されていた。

 

 実はその髪型は『焼き菓子魔法少女めるん』の主人公『めるんちゃん』を参考にしていてさ。その『めるん』っていうのは日曜の朝にやってる、いわゆる女の子向けのアニメなんだけど、ストーリーがよく練られていて、高校生の俺が見てもすげえ面白いんだよ。その子が作るお菓子は武器になるだけじゃなくて、それを食べた友達や周囲の大人の心を癒してあげたりもするんだ。熱い戦闘だけじゃない、まったりも癒しも感動も、とにかく全てが詰まっている作品なんだ。お菓子をストーリーや商品展開に上手く絡(から)めていてさ、お菓子だけに『美味く』『カラメル』なんて…。

 

 

 『ショックな場面に遭遇して頭が真っ白になる』なんてよく聞くけれど、こんな状況でも魔法少女の魅力を熱く語ろうとフル回転する俺の脳みそって一体…。ああ、なんで魔法少女になるとこう、止まらなくなっちまうんだ、ちくしょう…。後悔と諦めが混じったため息が漏れた。

 

 妹はもう目の前にいなかった。残されたのは床に落ちた理想の魔法少女(紙)だけだった。

 

 結局、髪型もろもろの弁解はできなかった。まあ話したところで聞く耳を持ってもらえる可能性は、ほぼゼロだったろうけれど…。

 

 

 その日を境(さかい)に妹はツインテールをやめた。そして俺を『おにいちゃん』と呼ぶこともやめた。そして俺は妹から新しい称号(しょうごう)『キモにぃ』を授(さず)かった。

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