東京喰種:Dear   作:花良

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○ざっくり登場人物紹介
・波立見 恵那
 CCGアカデミー候補生。16歳。自身が人間だと知らないまま幼少期を喰種の母に育てられる。出生の謎を探るため、篠原・鈴屋ペアの“バロット”捜索に協力する。
・エナの母(“カワセミ”)
 故人。喰種。娘が人間と知らないまま愛情を注ぎ育てた。真戸上等捜査官に討伐される。
・“バロット”
 篠原・鈴屋が追う喰種。胎児のみを捕食する偏食家で、医療経験者。エナとの関係は?



・鈴屋什造
 二等捜査官。19歳。良くも悪くも無垢。飼いビト時代にエナと面識有り。
・篠原幸紀
 特等捜査官。奔放すぎる鈴屋に手を焼く。駆除されかけたエナを助けた恩人で、慕われている。


【第2話】

 ごくり、と喉を鳴らす。どこかでスズメの鳴き声が聞こえた。

 淡い陽光が室内の薄闇を取り払い始め、机上に並べられた本日の献立がその全容を露わにする。ごはん、味噌汁、卵焼きにおひたし。絵に描いたような日本の食卓の定番メニューが、一人前よりも少なめの量で並べられていた。

 傍らで腕を組み仁王立ちするおばちゃんが、地響きのような声で命ずる。

 

「…………お残しは許しまへんで」

「ジーザス……」

 

 朝である。清々しい一日の始まりである。

 CCGアカデミージュニア内の食堂にて、波立見恵那(ハタミエナ)は重々しいため息をはく。味噌汁から立ち上る湯気がほわりと揺れたが、それだけだ。状況は何も好転しない。

 一回、二回、三回と深呼吸を繰り返し、怖気そうな心を落ち着ける。落ち着け、はやるな、約束の時間までまだ余裕はある。早く片付けようとして一気に詰め込めば喉を詰まらせて逆に危ない。昔もよく練習したろう。割り切れ。これは食事じゃない、栄養補給だ。

 息を、止める。

 

「……っ‼」

 

 合掌。おばちゃんの頬を汗が滑る。箸を逆手にひっつかみ、ぞぶりとご飯に突き立てた。

 そのまま口腔に押し込んで、

 

 飲

 

 

「えぅろろろろろあおぅろろろろえぇえええぇええええ‼」

「あ――――――――……」

 

 

 知ってた、と言わんばかりの視線が悲しい。

 おばちゃんに背中をさすられながら、エナは寄せては返す強烈な吐き気に激しく咳き込んだ。

 

「言ってるじゃない。味噌汁がダメなら水でいいから、先に喉を潤しなさいって」

「や、今日はちょびっとだけお米がおいしそうに見えたので、行ったろーやないかいと……」

「言い訳しない!」

「あい……」

 

 毎日2食分行っている、普通食の摂取訓練。

 CCGに保護されてから毎日挑戦しているが、未だに心身が人の食べ物を受け付けない。おかげで週に二日は点滴のお世話になる有様だ。級友たちからは、エナはやせてていいねと言われるが、エナからすれば腹が減れば食べることができるみんなが羨ましい。

 エナにとって、食事は苦痛だった。それは唯一体が拒絶しない食材においても例外ではない。月に一度、特例で提供される“アレ”の包み紙を渡されるたび、自分がひどく情けない生き物のように思えるのだった。

 

「ちゃんと食べきりなさいよ? 一応(・・)消化できるはず(・・)なんだから」

「……。はい」

 

 本人に悪意がないことはわかっている。それでも、言外に含まれた棘に胸がつんと痛んだ。

 朝練前の男子生徒が、わいわい騒ぎながら食堂に駆け込んでくる。これでもかと食券を突き出してくる小僧どもから速やかに券を受け取り、おばちゃんはいそいそと厨房へ姿を消した。

 暖簾をくぐる瞬間、ちらりとこちらへ向けた瞳がこう言っていた。

 

 

 

 ――――この子、本当に人間?

 

 

 

 ぐっと口元を拭う。

 気づかれないように胸を何度か叩いて、今度はおひたしに箸を伸ばす。

 

 

 

 

 〔CCG〕20区支部、第二会議室――――。

 

 

「来ないねえ」

「来ませんねえ」

 

 

 腕時計を覗くたび、篠原の顔に浮かぶのは困ったような苦笑いだ。もう一時間が経つか、経たないか。エナの学生生活を考慮し、打ち合わせを休日に指定したのが逆にまずかったようで、しびれを切らした篠原が電話を掛けたのが30分前、什造の「忘れてましたあ」の一言に膝をついたのもまた30分前である。

 

「すまんね、こんなに待たせちゃってさ」

「いいえ! 久しぶりに沢山おしゃべりできて楽しいです」

 

 嘘じゃない。主に話していたのは互いの近況についてだ。篠原の方については機密事項の関係で詳細が掴めない話もあったが、元教官の名調子は飾らずも滑らかで、自然と語りに引き込まれた。……エナの生い立ちを慮って、わざとぼかしたり茶を濁してくれている部分もあるのだろう。その心遣いが申し訳なくもうれしかった。

 篠原は再び時計を見やり、やおら席を立つ。

 

「こんなにかかるとは思わなかったな……。恵那、悪いけど部屋を移ろう。次にここを使う奴らがいるんだ」

「はーい。えと、カバンカバン……」

 

 ガチャ、とドアが開く。やっと来たかと視線を向けた篠原の顔がかすかに引きつった。鉢合わせになることがないよう、早めに動こうとしていたのだが。

 

 

「失礼。先の案件が早く片付いたので……」

 

 

 篠原に言いかけて、女性はロの字型に並べた長机の奥側に座るエナを凝視する。獲物を見るような冷徹な眼光に、思わずエナは鞄を抱え腰を浮かせてしまった。

 

「その傷。父が言っていた“カワセミ”の元飼いビトか?」

「!」

「アキラ……」

「すまない、露骨すぎたな。捜査への協力感謝する」

 

 微笑を浮かべて、アキラと呼ばれた女は長机を回り込んできた。微笑みながらも瞳に宿す光はそのままに、アキラはエナに握手を求める。

 手を伸ばさなければ、頭ではそう思うのに、いつか見た誰かの双眸と重なって体が動かない。アキラの方も長くは待たなかった。クリーム色の髪を翻しながら引き返し、エナのはす向かいの長机に腰掛ける。

 

「アキラ! まだ部屋には特等たちが……!」

「おお亜門、休日出勤お疲れさん」

 

 大きい。

 息せき切って会議室に駆け込んできたのは、上背が篠原よりありそうな若い男性捜査官だった。誠実そうな印象を受ける端正な顔立ちが、エナを見とめ歪む。それがどういった感情ゆえか直視する勇気がなくて、たまらずエナはうつむいた。

 

「そんじゃ、私たちは第一に……」

「波立見恵那。16歳。CCGアカデミー候補生」

 

 そそくさと部屋を出ようとしていたエナの足が止まる。恐る恐る振り返った先にいたヒトは、ぞっとするほど美しく凍るような笑みを浮かべていた。

 

「7歳まで喰種として飼われながら都内を流れ歩き、“カワセミ”討伐後の身元をCCGが保護。以来、自己同一性(アイデンティティ)と食性の是正、及び喰種世界との接触断絶のためCCGアカデミーの施設内のみで育つ。……違いないな?」

 

 頷くこともできないエナに構わずアキラは続ける。

 

「だが前者2点に関しては、保護から10年近く経った今も改善されたとは言い難いと」

「アキラ……。お前、」

「自分が人間だと受け入れたくないのか」

 

 ひゅ、と喉が鳴った。

 

「捜査の協力条件として、篠原特等に無理やり同行を要求したと聞く。外の世界が恋しいか? 喰種としてしがらみなく生きていた頃が懐かしいか? 自分を囲う檻から抜け出して、あるがまま生きたいと考えたことはないか?」

「アキラ!」

「そう思っていても不思議でない相手が、本当に信用できるのか。私はそれを懸念しているだけだ」

 

 亜門の怒声に微塵も動じず、アキラはただエナを見つめていた。篠原は双方の顔を見比べ困り顔だ。長い沈黙ののち、張りつめた緊張の糸を破ったのはエナの方だった。

 挑むような面持ちで、エナはアキラの目の前でカバンの中身をぶちまけた。机上に携帯や筆箱の中身が派手な音を立てて散乱し、そうして散らばったもののひとつを乱暴にひっつかむ。

 両手で持ち、アキラの眼前で開く。

 A4サイズの、よくあるキャンパスノートだった。

 時折イラストを交えて、びっしりと文字が書きこまれている。

 

「これ、私がいたところ、見たものの情報とかを、時系列順に思い出せるだけ書き出してみたんです。場所の名前がわからなかったり、いつのことかわからなかったものは別冊に書いてます」

 

 半ば押しつける形で差し出す。アキラはためらいなく受け取り、無表情にノートをぱらぱらとめくった。一通り目を通したあと、上目遣いにエナを見る。

 

「おっしゃる通り、私は未だに普通の食事が出来ません。おいしくないし、口に入れた瞬間吐き気が来るし、食べたことで体調が良くなってるのかもわからない。

 喰種の特徴である赫眼(カクガン)赫子(カグネ)が発現しないのは、赫包(カクホウ)が未発達なだけかもしれない。ラボの皆さんが言うことを信じていないんじゃありません。でも私自身が、自分が喰種でないことを実感できるものは何もないんです」

 

 今まで誰にも言ったことがなかった思いを吐き出していることに、戸惑いと、恐怖と、快感を覚えながら、エナは声を張り上げた。

 

 

 

「私は、自分が人間なのか知りたい。人間だと言ってくれる人たちを信じられるようになりたい。そのために本当のことを知りたいんです。この一点において、嘘偽りはありません‼」

 

 

 

 肩で息をしていた。顔が上気しているのを感じる。穴があったら入りたいぐらいだったが、同時にアキラの反応を見るまでは梃子でも動きたくなかった。

 こんなに懸命に話したのに、まるで厚いガラスの壁にあるみたいにアキラは反応を見せなかった。興奮がおさまれば後に残るのは真っ赤な羞恥心で、視線が泳ぎ、そわそわと体が動く。いたたまれなくなり、ついに目をそらそうとした時、アキラはゆっくりと口を開いた。

 

「いくつか質問があるんだが……」

 

 ぐっと身構えたエナに、アキラはノートのあるページを指さしながら問うた。

 

 

「この三角錐はもしや東京タワーか?」

「あ、です……」

 

 

「全身串刺しでうなだれてるこの方は?」

「ラ、ラ○ュタのロボット兵……」

「トゲトゲしてるの腕だけじゃなかった?」

 

 

「一区にこんな禍々しい体毛で脱糞している牛のオブジェなどあったか?」

「これ脚です……」

「僕、秋ぐらいに見たことあるですよ~」

 

 

 うわっ。

 いつ来てどこまで聞いていたのか、常時に輪をかけてぼさぼさ頭の什造がエナの隣でノートに注目していた。飛び退く彼女のことはお構いなしに、

 

「牛さんの像に、人の顔とか富士山とか描いてるです。楽しかったですよ~」

「おいお前、ジューゾー‼ 身だしなみには気を遣えとあれほど……‼ さてはお前さっきまで寝てたな!?」

「快眠でした~」

「貴様……!」

「まあまあ。亜門、まあまあまあ」

 

 混沌深まる第二会議室に、アキラの笑い声が響いた。皆がぽかんとする中、アキラは片腕で腹を押さえて肩を震わせている。

 

「いや、すまない。何だかおかしくてな。

 波立見恵那、お前にもだ。大人げない物言いをした。申し訳ない」

「え……。あの、その」

「確かに、こんな絵じゃ何を指しているか本人以外にわからんな。お前を連れ出して、虱潰しに調べるしかあるまいよ」

 

 急に謝られて気持ちの整理がつかない。あたふたするエナを尻目に、アキラは椅子を引いて立ち上がった。

 

「お詫びではないが、私たちが第一会議室に移ろう。あちらの机に散らかしてある書類を寄せれば充分使えるだろうしな。行こう、亜門上等」

「だから、なぜおまえが決める……」

 

 さっさと会議室を出たアキラの背中を諦念交じりの眼差しで追って、亜門上等はエナへと視線を映した。申し訳なさそうな、やさしげな笑顔。

 

「部下が不躾な真似をした。俺の方からも謝らせてくれ。すまなかった」

「い、いやいやいや! 怪しまれるのも当然ですから!」

「……昔のことを、ノート1冊分思い出すのは難儀だっただろう。大した根気だ。きっといい捜査官になれる」

「えへへ……」

 

 曖昧に笑うエナの頭をくしゃりと撫で、篠原に一礼したのち、亜門上等もアキラに続くように会議室を立ち去った。何だか嵐が過ぎ去ったあとのようで、しばし放心状態に陥るエナだった。

 パンパンと、篠原が両手を打ち鳴らす音で我に返る。

 

「はいはい、じゃあやっと全員そろったことだし、ミーティング始めよっか。って言ってももう時間が時間だし、要点だけ絞って説明するぞ! 什造、恵那がカバンの中身片づけるの手伝ったげて」

「えー。自分にやらせりゃいいでしょー」

「お前には迷惑かけた分をどこかで挽回しようって発想はないの?」

「あ、いいですいいです、パパッと済ませますから!」

 

 散らばった物を拾い集めることことしばし、何とか話し合いの場としての体裁が整えられたのち、エナは配られたレジュメに目を通す。その隣でさっそく什造はペーパーの隅っこに落書きをしはじめた。

 

「“バロット”についての概要だ。

 元々は他所の区が担当していた喰種だったが、担当捜査官が別件で殉職したことに加え、奴の行動拠点が20区に移ったため、私たちの担当になった」

「7区のジュントクトーとジョートーですよねー。お給料もらってる身なんだからちゃんと働けってんです。僕は楽しくなるからいーですけどぉー」

「什造、機密事項だから。

 推定年齢は70代、女性。ターゲットにしているのは主に妊娠7~9ヶ月の妊婦の胎児。これまでの被害者数は、CCGが把握しているだけでも300は下らない」

「それって赤ちゃん込みの人数ですか~?」

「……いや。出生前の子供は数にカウントされない。悔しいことにね。

 最後の目撃情報は6日前、重原(かさはら)小学校付近の河川で」

「あ」

 

 ふたりの注目がエナに集まる。当人は思わずつぶやいてしまい、話の腰を折ったことへの申し訳なさで身を縮めていた。篠原は穏やかな声音で「いいよ。どうした?」と話を促した。

 

「あの、昨日ノートに書いたんです。6つの頃だったかな、重原小学校の近くで野宿したことがあって。その時私が学校に行きたいってゴネまくって、母を困らせてしまったなって……」

 

 ぽんと、篠原が自分の膝を叩いた。

 

「それだ。やはり“バロット”は君にゆかりのある場所を訪れているようだな」

「はい。でも……」

 

 それを知っているのは――――。

 

 

 

 

 同刻。〔CCG〕20区支部内、渡り廊下。

 亜門(アモン)鋼太朗(コウタロウ)上等捜査官の説教を遮る形で、真戸(マド)(アキラ)二等捜査官は問いかけた。

 

「亜門上等。あのノートの内容、ちゃんと目を通したか」

「おい、話を逸らす気ならもっとましな……」

「これは私の“勘”だが……、」

 

 

 

「あの娘、我々にすべてを教える気はないぞ」

 

 

 

 窓の外で、木々が春風に揺れていた。




鈴屋二等が言っていたイベントが気になったそこのあなた! 「丸の内カウパレード」で検索だ!
次回こそ什造と篠原とのきゃっきゃ回、のはず! 予定!
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